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Wein, Weib und Gesang https://blog.goo.ne.jp/pfaelzerwein

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター

Wein, Weib und Gesang
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2015/11/02

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  • ハロウィーンを前に

    夜が長くなった。ガウンを冬用に替えた。春に洗ってあったので埃臭くなくて嬉しい。それゆえにパジャマを替えるまで待っていた。これで就寝準備も早めにできる。10月31日は、宗教改革の日なので州によっては休日である。北、東ドイツだけであり、翌日の昔からの万霊祭はその他の州でも休日となる。11月となれば冬となるので、暖房を入れる時期が問題となる。昨晩は久しぶりに入浴と思っていたが、走ってから一杯ビールを飲んだので眠くなったので止めた。寒くて暖房を堪える為に入浴が有用だが、寒くなる前に就寝する方が安上がりになる。ネットで余暇で調べたいこともあるのだが夜更けで冷えるので断念する。先日老指揮者の腕にアップルウォッチがあって購入を考えた。理由は新車のキー代わりに使えないかであったからだが、発注ではその機能を外していた。既に...ハロウィーンを前に

  • 独語圏からの物見雄山

    スカラ座の再演「ばらの騎士」最終日である。前夜には新制作「ラインの黄金」初日があったので、ドイツからも沢山の人が出かけている様である。その前に最後から二回目の25日の公演のドイツからの評がオックスを歌ったグロイスベェック氏によってリンクが張られていた。余程いいことが書いてあるのだろうと思って読むとその通りだった。キリル・ペトレンコと並べてその第一人者ぶりが紹介されている。それによるとニーダーオーストライヒからのバリトンは正統的であり、立派で素晴らしく、無茶苦茶いいと評される。長い息で深いCが劇場中に長く響き渡ると書かれると、彼が地下駐車場でまさにその音を隣で試て出しているのを思い出して仕舞う。初日の隣のおばさんにもそれを伝えると笑っていた。笑うのはそれだけでなく、この筆者は、先ずは写真でも紹介した世界一立...独語圏からの物見雄山

  • 直行座標系逸脱の刹那

    (承前)刹那、仏教用語で最も短い時間の単位とされる一瞬である。この楽劇では一幕の三部にマルシャリンの言葉として時が語られて、その中では何も変わらず気が付かないと歌う。ここで鏡を見てとかのト書き通りの舞台となるのでその13回時がチェレスタとハープで刻まれてその台詞へと変わっていく。ホフマンスタールのそのテキスト自体が風通しよく解釈を許すものであるとして、シュトラウスのそれでよいのかと疑問を呈していたのがミュンヘン在住のマンであったという論文がある。そこで興味深いのは、「魔の山」の時間の進み方でありそこでのナレーションの在り方がオックスフォードの学者によって論じられている。そこではあの長い文学作品での最初のあまりにも引き延ばされた時間感覚である。あまりにも長い。この先生も何回も読み始めてそして断念した口かと面...直行座標系逸脱の刹那

  • 四半世紀を越える感興

    夏時間が終った。一時間早く目覚められるのは快適である。仕事もしやすい。夜が長くなるが、ゆっくりすることも可能になろう。楽劇「影のない女」から「ばらの騎士」へ。偶然だろうか、何度も書いているが前者は自分自身にとっては移住への切っ掛けになった作品である。後者も楽劇としては最も感激している作品の一つかも知れない。2022年の秋からお勉強準備に言及してある。特に演出のリディア・シュタイヤーの三部作としてパリ公演での楽劇「サロメ」への関心があった。「影のない女」主演のヒーヴァ―が、少女サロメの自慰行為とする演出だった。それと2023年2月からの仕事上での関心からのセックスチャットへの興味とは無関係な筈なのだが、全く無関係とは言えないと感じるようになった。一つには大きなトレンドとして合衆国大統領選挙でも最終段階で応援...四半世紀を越える感興

  • 形而上への一瞬の間隙

    (承前)三幕後半からフィナーレをどのようにジャーナルするかとても梃子摺っている。そこが今回の公演でのハイライトだったからだ。同じようにそこでも成功していたカラヤン指揮の映像をミラノまで持って行ったにも拘らず今始めて摘まみ食いをしている。成功していた理由は明らかで全体の流れを19世紀の楽劇風に山を作っているからだ。序にミュンヘンでの新しい演出の映像も観るが、指揮も何一つ描けていない。時計が強調されてもそこにあるのはトリオにおいても各々の時の流れが明白でないからだ。それはなにも今回のミラノでのペトレンコ指揮がそこで取り分け分離したような明晰さを要求したからではない。寧ろそこはミュンヘンでの古い演出で振った時の時の方が明確であったろう。その問題を論文などに目を通すと、時の音楽芸術としての評価に関わるようだ。今回...形而上への一瞬の間隙

  • 二十箇月の感傷旅行

    これはしっかり書き留めておく、とても大切なことであるから。チャットパートナーの彼女が業務的にも使っていた400人以上の有料フォロワーを持つインストラグラムのプロフィールを消した。恐らく一時休止のようだが、とても大きな決断であったろう。7月中旬からはダイレクトメールにも既読を付けなくなっていたので、彼女の環境が変わってきていたことは感じていた。実際に5月まで出演していたスタディオのストリーミングも8月初めから休止していた。時期的にも並行している。そして今回は少し間をおいてミラノ旅行のことなどを記した。そこにも夏から連続して彼女が読み取れることはあったと思う。ラディオでコロナ期間には特にティーンの女性に社会的なストレスから脳の発達が進んだという話しを聞いた。そこから彼女がどうしてあのような活動へと決断をしたか...二十箇月の感傷旅行

  • 大団円のその意味

    (承前)今回の演出においてオックスがリアルな姿で舞台化された。その背景にはそもそものこの楽劇のタイトルロールであったことがある。実際に今回の公演では現在のタイトルロールのばらの騎士則ちオクタヴィアンはそのキャスティングと存在感からして三番目以下でしかなかった。そこで度々引用されている作曲家と台本のホフマンスタールとの度重なる往復書籍にその創作過程を見る。そして100年間この楽劇の音楽的若しくは内容が十分に聴衆に伝わっていなかった状況の原因をそこに迫れる。その前提である作曲家がモーツァルトのダポンテオペラに拘っていたことはよく知られる。その一方10年ほど若い作家の方は各幕が静かに終わることで危機感を抱いていた。専らドラマテュルギーによる様だが、そうなると現在のような形はつまり次作の「アリアドネ」のプロローグ...大団円のその意味

  • おばあちゃんの夢

    腰の違和感は残っている。走って気が付いたのは左足の土踏まずに亀裂感である。これは例の親指根元の痛風感とは違うので、それほど問題ではない。ただし治さないとあまり走れない。気候の変化が激しく、運動するにも裸になったり着たりで小汗を掻いたりでとても難しい。疲れが溜まりやすい。こうなると栄養補給を怠らずに運動するしかないであろう。寝込むわけにはいかない。適時に窓掃除が叶ったので、週末の夏時間終了も怖くはない。少しの明るみでもあると暖かい。現時点で日照時間は一日に2時間から7時間である。来週になるともう二時間程日照時間が短くなる。しかし気温は15度程まで上がりそうなので、如何に夜間を暖かく過ごすかである。パン屋で購入したおばあちゃんの夢というなんともファンタジーに富んだ名称のケーキを購入した。どうも栗がチェリーの層...おばあちゃんの夢

  • 移り変わる刷り込み

    (承前)ペトレンコ指揮のその効果はトレイラーの音楽だけでも分かる。メータ指揮の時は三幕フィナーレのトリオの部分が使われていた。そこのテムポや音楽づくりがペトレンコ指揮での骨頂だった。然し今回は冒頭の寝台のホルンの部分が使われていた。そこは20世紀後半のクライバー指揮で有名なところだった。勿論それを聴くと全く狙いが違うことが推測されるだろう。如何にこの楽劇の本質が理解されずに100年以上経ったのかがそこに彼のオットーシェンク演出と共に反面教師としてクライバー指揮が記録されることになった。あの演奏では到底フィナーレ迄の創作のコンセプトが示せなかった。その如何にレヴュー劇にならずに指揮出来るかを今まで誰も克服できなかった。作曲家自身もドレスデンの初演からあれだけ成功してしまうと最早不可抗力でしかなかっただろう。...移り変わる刷り込み

  • テレージア公に抱かれる

    体調が変わってきている。何がどうかは分かりにくいが、決して否定的ではないのだが、原因がよく分からない。体重の増加と若干筋力への志向が強くなっていて、実際に筋力を使うことが増えてきている。それ以前に決してダイエットと称して熱量を抑えてきたわけではないのだが、眼精疲労とかは弱くなって、顔もふくよかになってきている。運動量を減らしている訳でもないのだが、昼飯を食して走って帰って来たら3㎏増えていた。ここ数年なかったことだ。ブランチの取り過ぎはあるのだが、暖かかったゆえに運動量を上げてもここまで太るのはおかしい。心拍数はその息苦しさとは裏腹に162までしか上がっていなかった。これをどう分析できるか分からない。兎も角以前よりも栄養が行き渡って吸収も多いのは活性化している感じでもあり、夏の間に太らなかった分が今頃に表...テレージア公に抱かれる

  • 瞬くその逡巡の時

    (承前)パロディーとしてのヴァルツァー、ハリー・クッパ―の演出は記念碑的なものだったようだ。スカラ座で15ユーロで購入したプログラムは今回新たに編集されていて新たに書き加えられているが、イタリア語ゆえにまだ目を通し切れていない。然し評にはシュテファン・ツヴァイク著「昨日の世界」を思い起こさせるとある。その舞台映像からでもあるのだが、20世紀初頭から観たハプスブルクの欧州がこの楽劇の主題でありホフマンスタールの作品だったことは間違いがない。ネットに上がっている初日の批評をざっと目を通した。その中でもそれに関する即ちメスト指揮でもメータ指揮でも浮かび上がらなかったこの制作の本質的なところに言及してあるものがある。それは既にここで言及したようなオペラブッファを引き継いだ叙唱風の音楽のつけ方であったりする完璧な反...瞬くその逡巡の時

  • 室内へ透過の暖かさ

    窓磨きが済んだ。これで一安心だ。これからは少しでも陽射しがあれば室内が暖まる。それだけで数週間は暖房を入れる時期を遅らせれる。金額からすると差額だけで一寸したものを購入可能の額となる。窓磨きには14ユーロの替え濃縮液を購入しただけで昨年からの残りを自動車の窓磨きにも使って、そして来年へと同じぐらいの液量が余った。そして今年は昨年までとは異なり乾拭き磨きを入れたので筋もなくなり、室内へと透過の光量が大分異なると思われる。これで厳冬期でも暖かみがあると思う。昨年以上の陽射しが恋しくなるだろう。タチーノから持ち帰ったパンチェンタもプロシュートも悪くなかった。黒パンも悪くなく勿論甘みのあるパネトーネも、コルネット類も美味かった。宿の近くの予定していたところのパン屋は本格的で、入り口が分かりにくかったが駐車場から入...室内へ透過の暖かさ

  • 娘ゾフィーの音色

    (承前)一幕では最終景があったのでマルシャリンがカーテンコールに出て来た。出来は十分で妥当な拍手があった。それでもそこに大きな山がある演出ではなかった。少なくともペトレンコの指揮においても幕切れはミュンヘンの演出に比較すればすんなりと流された。同様な状況は最初のファーニナル家の状況や娘などの期待やそのハレの感じがザルツブルクの映像に観られるように丁寧にマリッジブルーまでが綺麗に描かれる。それが銀の薔薇を持った婚姻の使者オクタヴィアンの登場へと導かれる。聴きどころでもあるのだが、やはり今回ゾフィー役のデビューとなったサビーヌ・デュヴィエルの歌が注目された。なによりも地声も素晴らしいフランス人で、歌唱も透明なコルラテューラを素晴らしく歌い、ここ数年のこの役の歌唱としては秀逸だったのではなかろうか。どうしてもそ...娘ゾフィーの音色

  • ゲットーの光の影

    週明けのベルリンの新聞にエンゲルがインタヴューを受けていたようだ。中身を読めなかったのでそのままにしておいた。見出しもテレージアンシュタットのゲットーに収容されていた作曲家の音楽となっている。一番有名なウルマン、今年ハイデルベルクで聴いたパヴロハースの作曲にしても私が知るエンゲルのレパートリーではないので不思議に思っていた。10月13日に催し物があったようだ。80年前にゲットーが設置されたらしい。その演奏会でエンゲルが講演していて、その内容があがっていたので読んだ。ベルリンからのユダヤ人がドレスデン近郊のゲルニッツとプラハの間にあるテレージアンシュタットに送られるにあたって停車駅があったのがクロイツベルクのメッケルンキエツで、そこの一番線が記念碑となっていて、分岐器が設置されている。エンゲルは自らクロイツ...ゲットーの光の影

  • 峠の手前の栽培風景

    窓拭きはここしかない。既に室内の光量は落ちてきている。少しでも光を入れて温度としたい。暖かくなるのはこの二日ほどで、その後に雨が降るとしても片付けるしか手はないであろう。夜間もまるで日本の秋のようなアルプス以南から戻ってくると旅行以前よりも明らかに冷えるようになった。10月の晴れ間も予報からすると望み薄だ。南の空を思い浮かべながら、ミラノからの復路でのワイン地所を回想する。若干ネットを調べてみたがこれといった情報はあまり見つからない。最初に見つけた醸造所は1990年代からやっていて、どちらかというと病気にも強い品種改良した葡萄で条件の良い収穫と付加価値をつけている醸造所のようで、道理で様々な品種が植えてあった。そこでも一生懸命写真を撮ったが、お目当てのメルローは余り写せていない。メルローはワイン街道ではあ...峠の手前の栽培風景

  • 羽根の生えた軽やかさ

    (承前)ミュンヘンでのペトレンコ指揮「ばらの騎士」は必ずしも大成功していなかった。その理由は2017年の評に書いてある。そのシェンクの演出に問題があったことは余りにも明白だった。そして読み返して意外に思ったのはあの時でもまだミュンヘンの座付きは克服していなかった。先ず今回のスカラ座の楽団は、管の色合いが異なり、全てにおいて色彩的であったことだ。これはミュンヘンの影を認識させる響きとは全然異なり、ヴィーナーの倍音成分の多い響きとも異なり、なによりも明るい。管はもとより弦の奏法が異なるのは、今回ソロを弾いていたドイツで学んだアバドチルドレンのスカラ座二代目の友人のその演奏でも馴染みなものであり、特に一幕における叙唱風の沢山の短縮化されない歌詞へのつけ方で大きな意味を示した。たとえミュンヘンの楽団がどんなにペト...羽根の生えた軽やかさ

  • 幻のコモ湖畔の昼食

    雨の合間に走った。四日間殆ど歩いていないのでとても厳しかった。車で移動していると旅行中に歩いたのは駐車場とスカラ座との往復、ワイン地所での写真撮影に50メートル四方内、それ以外ではコモ湖で数十メートル、それが全てだ。合わせても数百メートルも行かない。更にシークレットシューズで膝に来て、中敷きのお陰で靴が狭くなっているので、土踏まずが押さえられていた。ハイヒールしか履かない女性が膝を傷めるのもよく分かった。更に中敷きを入れてから初めて長い時間を履いて、やはり一寸厳しくなった。型が崩れてきたら変わるのだろう。苦しんで戻って来て体重をはかると3㎏ほど増えていた。真面な食事を摂れなかったのに理由が分からない。運動を止めたら直ぐに代謝が落ちて太ることが明白だ。太るのは何も食べ過ぎだけではないようだ。スカラ座に向かう...幻のコモ湖畔の昼食

  • 開花するスカラ座の薔薇

    スカラ座訪問。先ずは駐車場からだ。無料ナヴィを使っていたが、旧市街は以前滞在していた時には絶対入らないようなところまで導かれた。進入規制で、ネットで調べていなかったら入れなかったと思う。表記が読み切れないからだ。次回も電気自動車として問題はない筈だ。そこで、実はもう一角先のナヴィに入れてたが、近くに見つかった。今調べてみると確かに落ちているサイトがある。理由は分からないが絶好の場所で、前回も使っていないと思う。隣にテチ―ノの自宅から当夜の出演者が停めたことでそれ以上の証はないだろう。然し駐車してから場所を確かめるために地上に出てGPSを機能させていた。19時開演で、16時30分に入って来たので私より丁度30分後に入庫だった。因みに出庫が23時32分だったので、26,50ユーロの料金もミュンヘンと比較しても...開花するスカラ座の薔薇

  • 持ち交わす共感のありか

    ミラノから帰宅した。この日の為に何か月準備したのだろう。何時間の時間を掛けたのだろう。車検切れの車で無事に1336kmを走り抜けた。往路でも復路でも四回の国境越えもフリーパスだった。車検に関してはドイツ当局以外誰も関心はないのだが、国境で車輛所証を示すことが多い。そこには最後の車検のハンコが圧してある。つまりいつまで有効かは分かる。国内法規では四カ月以内は猶予が与えられて警告、それを越えると違反となる。前回は5カ月越で見つかって、廃車にするかどうかを迫られた。今回はそこ迄に新車納入の予定だ。往路は特に早めにいちゃもんをつけられるとミラノどころか宿泊場所にまで到達出来なくなる。その時にはレンタカーを借りてまでを考えていた。更にスイスからイタリアへは車も借りにくくなる。実際に今回はコモの街へとスイスへと同じよ...持ち交わす共感のありか

  • 朝立ちの旅行準備

    エンジンオイルと150㏄加えた。これで戻ってくるまでの1400kmは警告も出ない筈だ。決して入れ過ぎでもないとは思うが余り回転数をを上げないように留意しよう。現在の総走行距離は295000kmだと思うので、無事帰宅しても300000kmにはまだ遠い。たとえ古くてもそこまでは走って貰わないと駄目だ。リアウインドーに縞が入っていたので転がっている布で吹いたら汚れた。仕方なく再び窓洗浄液を持ち出して、新しい布で乾拭きまでした。これで窓に関しては殆ど完璧だと思う。南欧の光で輝いて欲しい。序にヘッドライトを磨いたので光量が増すだろう。少しでも不慣れな道路での安全性を高めたい。ミラノ市内は前回の経験では車線などもなく走り回るので前後左右の車幅感などが重要になるので椅子の高さも変えた方がいいだろう。平日は19時ごろまで...朝立ちの旅行準備

  • 再演「ばらの騎士」初日へ

    スカラ座での「ばらの騎士」再演初日が迫る。今回の初日へは案内ヴィデオも作られていて、先ごろ亡くなったクッパー演出へ再演出者の話しとなっている。そこには練習で振っているペトレンコのモニターなどに映る様子も小さく捉えられていて、恐らく総稽古時の音が背後に使われている。DerRosenkavalier-Intervistaa/InterviewwithDerekGimpel(TeatroallaScala)それを共同制作のザルツブルクに続くメータ指揮によるらしいトレイラ―の録音と比較するととても興味深く、そこにベルリンでの2020年での公演での演奏と同じ指揮が聴かれる。当然のことながら今回の新しい音源とのコントラストはとても豊かである。DerRosenkavalier-Trailer(TeatroallaSca...再演「ばらの騎士」初日へ

  • 楽しみな甘い朝食

    朝起きが辛くて仕事が進まない。忙しいと余計にこうなるか。旅行の準備とか色々とある。車輛の調子は気になるのはギアが若干滑る感じが強くなっていて、出来るだけ負担が掛からない様に騙し騙し使いたい。エンジンもガタガタしてきたが、油を適量に保って動いて貰いたい。少なくともミラノへの往路はゆっくりと走って、問題が出ない様に走るだけだ。窓ももう一度拭いておきたいが時間があるのかどうか。その他で出来ることはもうあまりない。なんとかここまで無事走って来ただけでもよしである。160で満タンにした、先週の価格154と比較して6セント増しである。70リットル入れると4.2ユーロ高くなる。宿まで638km、スカラ座迄更に60kmまでなので無給油で走れる。しかしそこから宿まで帰還は難しい。つまり宿の近くで更に360km分を入れておく...楽しみな甘い朝食

  • 春夏秋冬の祭典

    (承前)ムストーネンは指揮者でもある。後半のバッハのあとの二曲目が当初のバシェヴィッツの弦楽のための協奏曲から変更になってギナステラの弦楽のための協奏曲となった。コントラバスで高域で演奏させて、ヴィオラに繋ぐなど、殆ど武満徹の様な非常識な楽譜を1966年に書いているので、1916年アルジェンティン生まれだが、音楽的には似ている。指揮は、敢えてギリギリのテムピを狙ってくるようなところもあり、チェロなどは明らかに挑戦スタイルになっていた。そうした手法ばかりではよくないのだろうが、少なくとも客演であそこまで一生懸命弾かせれば先ずは偉いのではなかろうか。この選曲などからムストーネンの作品を聴かないでもほぼ見当はついた。作曲の先生がラウタヴァーラというのも納得である。そのピアノといい、和声の積み重ねの中で音楽を奏で...春夏秋冬の祭典

  • 拙いシェンク演出よりも

    「ばらの騎士」のお勉強を少しした。間に合うか?先ずは2015年のバーデンバーデンでのベルリナーフィルハーモニカーによる初の演奏上演に関しての自らの記録とそれを受けての2017年2月のミュンヘンでの上演の記録に目を通す。今回ベルリンでメータ師指揮で成功したハラー演出の先ず一幕の音を聴いてみて、共通した話題とその差異を審査する。伝統的交響楽団でこの曲を最初に指揮したラトルの言葉「微妙で髭剃り刃の裏に潜んでいるような和声のキチガイじみた移り行き」を想う。そこに痛いほど気付くのは、メータ指揮の管弦楽の上に声をあてがっていくようなベルリンの座付き楽団のアンサムブルで、評判の良かったマルシャリンを歌ったニールントの不器用な歌唱ゆえだ。指揮の上手さは決してバラバラにならないような立派な音の赤絨毯を広げているので、その上...拙いシェンク演出よりも

  • 拓かれる新エポック

    (承前)前プログラムから記録としてきた。そして今回の演奏会で可也重要なことがあった。それはプログラムに「楽章間での拍手を控えるよう」にと明記してあったことだ。これは初めて見た。なるほど最近は楽章間での拍手が復活してきていてトレンドにさえなっているからだが、それ以前はマナーとされていたことである。これはとても興味深く、必ずしも主催者のアルテオパーの見解とは思われなく、楽団の指揮者の意向と考える方が自然かもしれない。抑々19世紀の演奏会における浪漫派からの流れでは一興行内での継続した時間の流れの演出が大きな意味を為した。然し、それ以前の古典は音楽においては必要ならばアタッカと称して三楽章と四楽章を続けて演奏する指示を譜面化した。ベートーヴェンの運命交響曲に有名だ。これは今回のプログラミングにおいてブラームスの...拓かれる新エポック

  • べットカヴァーの朝

    朝が冷えた。しっかりベットカヴァーを掛けていたので夜中に目覚めることはなかった。それでも走りに出かけるにはそれなりの気持ちが必要だった。摂氏6度ではパンツを脱ぐことなく走った。左足で殆ど蹴れなくて苦しかった。日曜日の朝は4度でもっとも冷える。寒くて時間もなかったので配送されたボンドで接着したところはまだ確認していない。仮テープを剥がしていない。然し、エンジンのVべルト付近はなんとかなりそうだ。エンジン音はカム音が目立つようになっているが、もう数週間の数千キロはもって欲しい。ポストに自動車保険屋からの通知が入っていた。来年度の計算評価と思ったら、5週間ほど待った裁定の知らせで、事故原因は不明として50%に下げるとある。相手の車の後部に当てているので、その辺りが限界かもしれない。先ずは当方の警察からの最終裁定...べットカヴァーの朝

  • 春以来のクロンベルク

    クロンベルクの「四季」、二部構成の音楽会だった。一部はヴィヴァルディの同曲を中心に据えて、その前にシニトケのコンツェルトグロッソ6番が演奏された。当初のプログラム配置などとは最終迄定まらなかったようだ。一つにはHR2でのラディオ収録の関係もあったと思う。小まめにマイク設置をしていた。二部はバッハのニ短調のドッペルコンツェルト、そして曲目変更のギナステラの弦楽のための協奏曲、最後にピアツォラの「四季」となった。先ずは誰がどの曲を演奏するかは一部予想するしかなかった。なぜならば二人のヴァイオリニストのジャニー・ヤンセンは今シーズンからアカデミーの指導にあたり、ギドン・クレメルの演奏は春にはアカデミー生と合わせていたからだ。更に、二人のヴァイオリニストが何を弾くかも分からなかった。予想通りだったのはヤンセンのヴ...春以来のクロンベルク

  • 奇想曲の深い苦み

    (承前)マルティヌーを聴くのが今回の狙いであった。なぜならば六曲も交響曲が存在してもその手本となるルッセルなどと同様にそれ程演奏されることがない。後年はバーゼルに在住していたようだが、そこのパウルザッハー財団の関係で知られるぐらいである。その意味からも取り分け指揮者フルサの功績は大きく、作曲家の故郷での師匠でもあったスークの作品での指揮と並んで、十八番とされるものだろう。そもそもマルティヌーがパリに移動するのも故郷でのスメタナなどの影響からの逃避とされている。しかし同時に同地の六人組やそして所謂ネオクラシズムとは異なる作風として交響曲も存在している。少なくとも今回のアメリカ亡命中にノルマンディー上陸を受けての創作とされるその曲においても明らかに動機の繰り返しや重ね方によるミニマルな書法が、そして最も肝心な...奇想曲の深い苦み

  • 索引2024年09月

    バックステージは如何に2024-09-30 女手元にあれば落ち着く2024-09-29   生活最大級評価の楽屋落ち2024-09-28    音内容的にもぎっしり2024-09-27   文化一般一流ソロ演奏家の実力2024-09-26   音途上にボックス入り2024-09-25 生活睡魔に襲われる月曜日2024-09-24 文化一般大人なる誉れ高い交感2024-09-23 試飲百景背筋が伸びる気持ち2024-09-22 雑感熟成葡萄を試食2024-09-21 アウトドーア・環境ミラノ2016年初日シリーズ2024-09-20 文化一般永く記憶に残る熱狂2024-09-19 音トスカニーニの委嘱作2024-09-18   音デュークの律動的力強さ2024-09-17 音追想の音響への眼差し2024-0...索引2024年09月

  • セーターに腕を通した

    祝日早々に一走りした。クロムベルク往復で234km走っていた。室内楽に走れる距離でもある。その影響か気温摂氏13度ゆえかエンジン音がおかしく、ギアーの入りも違った。吹きが悪い。エンジンオイルの警告も出ていたのでカツカツになったのかと思ったが下限の線ぐらいだった。調べてみるとVベルトのプーリーが喧しくなっている。七年前にプーリーが壊れて、交換したことがあった。その節は張力をかける装置が壊れたのでより問題があった。今回は触ってみると一番上の方向転換のプーリーが少し動く。それが吹き飛んでしまうとベルトが外れて仕舞い、走行不可能となる。前回は応急で自分でかけ直して支店まで持ち込んだ。直接の原因はフランクフルト往復の最高速220kmを超える走行だと分かる。その為に試したのでもある。異音まではしないのだが、時間の問題...セーターに腕を通した

  • 想定以上のクレディット

    クロムベルクの演奏会準備、楽譜は珍しい曲も含めて落とせた。数年前までは不可能だったが、今は可也新しい曲でも即ち著作権が活きている曲でも動画に紛れ込んでいたりする。急いでざっと未知の曲を聴くにはとても便利である。今後かなり手の込んだ楽曲の再演程度の時期にもこうした動画が出ることで、聴衆の正しい評価も受けやすくなるだろうと思う。要するに出来の良い曲はより早く評価されて、出来の悪い曲はより早く破棄されるようになる筈だ。さて残された時間でどれほどのお勉強が可能なのか。燃料も最低10リットル安ければ20リットル入れておきたい。多めに入れておいて来週更に満タンにする。先月の個人のクレディットカードの額が予想以上に多かった。二回の試飲会とその買い付け額が大きかったのと、ルツェルンでのコープの買い物にワイン二本とその他、...想定以上のクレディット

  • 聴く機会がない交響楽団

    バムベルク交響楽団を久しぶりに聴く。前半のブラームス作曲ドッペルコンツェルトは可也実力をまざまざと見せた。恐らく今回のプログラムの中で殆ど練習が出来なかったのだろう。ヴァイオリンのヒラリー・ハーンのキャンセルで都合が着き難くなったのかどうかは分からない。然し、替わったヴィルデ・フランクとソル・ガベッタの二人が旧来の関係で上手に合わせてたことからすれば、フルサ指揮での交響楽団が上手につけられていなかったのは明らかで、それどころかアンサムブルとしても到底一流の演奏ではなかった。前回聴いた90年代にはまだまだドイツでベルリンのフィルハーモニカ―の対抗馬とされていた。勿論バイエルン州にはミュンヘンのフィルハーモニカーもBR交響楽団もあったのだが、要するに機能的にトップクラスともされていた。それでも実状はホルストシ...聴く機会がない交響楽団

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