ふたりで陶芸店に戻ると、中は先週と同じように女性たちが商品を見ていた。だけど、気のせいか先週より人数が少ないように思う。ぼくたちも今日する予定の絵付けの話をしながら、商品を眺めていた。スジョンさんが奥から呼びに来て、ぼくたちはぞろぞろと教室に向かう。先週座った机の上に自分の作品が置いてくれてあって、その席に座った。前を見ると、作品は机の上にあるのに誰も座っていない席がある。「どうしたんだろうね。」...
ユノさんとの食事はとても楽しかった。コースで出される料理も、どれもこれも全部美味しかったけど。もしかしたらユノさんといっしょだからよけいに美味しく感じたのかもしれない。ぼくは食べることが大好きだから、いっしょに食べて美味しいと感じるって結構重要なポイントなんだ。例えばマナーが悪いとか会話が楽しくないとか。ユノさんはマナーは悪くないし、何より会話がとても楽しい。ほんのちょっと食べこぼしが多い気はする...
「お待たせ!ちょっと早いけど夕食にしようか。」「はい。」お店はカジュアルフレンチというんだろうか、洋食屋さんなんだけどメニューは本格的だ。お手軽な値段のコース料理もある。先週は満席だったけど、今日はまだ早い時間帯だからぼくたちともう一組カップルがいるだけだ。「へえ、どれも美味そうだな。チャンミンは先週来たんだろ?何食べたの?」「あまり時間がなかったので牛頬肉の煮込みです。美味しかったですよ。」煮込...
スーツを着てビジネスバッグを持った人は他にも何人も歩いているのに、ユノさんだけが浮き上がって見えた。いったい何頭身なんだ?と思うほどすらりと伸びた体にちょこんと乗った頭。カッコいい~~♡それに、なんてキレイなんだろう。いままでハンサムだと思う人は何人もいたけど、こんなにキレイな男性は初めてだ。アイドルや俳優さんなんかにも絶対負けてない。「チャンミンも早かったんだね。」「え?あ、はい。何時に来たらい...
自分の思考の底に沈み込んでいて、時間泥棒に遭ってしまったようだ。気がつくとベッドの端に腰かけたまま数時間が経っていた。「うわっ!」壁かけ時計はもうすぐ16時を示していて、ぴょんと飛び上がる。出かけるときはいつも持ち歩いているデイバッグに必要なものが入っていることを確かめて、右肩に背負って。最寄りのバス停に向かいながら、そういえば食事の約束だけで待ち合わせの時刻は決めてなかったなと思い出した。ウチの会...
バスを待っていられなくて、通りでタクシーを拾い家に帰った。お酒を抜くためにお水をがぶ飲みしてから熱いシャワーを浴びる。えっと、何を着ていこう。下着姿でクローゼットを開け、持っている服を眺めてみたけど、選べるほど種類も数も多くない。ユノさんは仕事帰りだろうからスーツだよな。ぼくもスーツは一応持ってはいるけど、滅多に着る機会がないもんな。仕事の行き帰りはカジュアルな服が多いし。それにぼくはどうも似たよ...
ぼくたちの新しいゲームが出来上がり、みんなでプレイしてみてバグがないことを確かめて。ヒチョリヒョンが販売を委託している会社に渡して、ぼくたちの仕事は一区切りだ。その会社の専務で次期社長のチェ・シウォンさんはぼくたちが作るゲームを気に入ってくれていて、ひとりのユーザーとして貴重な意見をくれたりする。今回も企画段階から、ユーザー目線で意見を出してくれていた。そのチェ・シウォンさんが山ほどの差し入れを持...
スヨンとふたりで母の日のプレゼントを選び、スヨンは自分の家用にもかわいいお皿を買った。「ふふっ、オッパがいいお店を見つけてくれてよかった。また来ますね。」「ええ、いつでもお越しください。お待ちしています。」スヨンは車で来ていて、プレゼントもひとりで実家に届けに行ってくれることになった。体験教室は旦那さんとも相談してから決めるということだった。スジョンさんは日曜日はお店を休んで工房にいるらしい。窯は...
その二日後、ぼくは妹のスヨンといっしょにあの陶器のお店を訪れた。正直、偶然あの人に遭遇するんじゃないかという期待と不安が頭の中でせめぎ合っていたけど。母の日が目前に迫っていることを言い訳にして、お店のドアを開けた。「いらっしゃい、、あら、シムさん。」「こんにちは、チョン先生。」「ヤダ、先生なんてやめてくださいよ。」あの人の従妹であるスジョンさんは、今日も輝くような笑顔だ。そういえばあの人の笑顔も輝...
「じゃあチョンさんは陶芸は初めてじゃないんですね。」一瞬ふたりともこちらを向いたけど、すぐに誰のことかわかったようで隣りの人がにっこり微笑んでくれる。「私、もうちょっと片付けするね。」先生が離れていって、ぼくと隣りの人が棚の前に残された。「おれのことは『ユノ』って呼んでください。どっちも『チョン』だからややこしいし。」「ああ、えっと、、ユノ、さん。」うわっ、恥ずかしい///当のユノさんはうれしそうに...
「シムさんって几帳面なんですね。」「へ?」いきなり隣りの人に話しかけられて、ぼくはマヌケな返事をしてしまった。「あら本当。とても初めてとは思えないくらいキレイですね。すごく整ってるわ。」「あ、いや、そんなことは。難しくて思うようには作れてないんですけど。」「いえ、本当にキレイですよ。それに引き換えオッパのはwwww」先生がクスクス笑い出したから、隣りの人はまた唇を尖らせてぷっと頬を膨らませる。丸文...
先生は棚に移動した作品の横に置いてある紙の上に小さな土の塊を乗せていく。「この部屋の窓は開けないんですけど、万が一紙が動いてしまわないように、です。」ぼくが先生の手元をじっと見ていることに気づいたのか、気になっていたことを先回りして教えてくれた。「なるほど、そういうことですね。」「えっと、シムさん?」先生はぼくの名前を書いた紙を見たんだろう。「はい。」「来週も来ていただけますか?」「はい、もちろん...
人生で失敗したら簡単にはやり直せない。特にぼくのような少数派の人間には・・・だからこそ臆病になり、いつだって初めの一歩を踏み出せない。「そろそろ時間ですので、仕上げてください。」先生の呼びかけに一瞬ざわついたけど、すぐにみんな集中して自分の作品の仕上げにかかった。仕上げると言っても、初めてだからどこでやめたらいいのかわからないけど。先生が「終わってください。」と言うまで器の表面を滑らかに、できるだ...
隣りの人は、しばらく「うわぁ」とか「ひゃあ」とか小声で言いながら土をいじっていて。ぼくは気になって仕方なくてなかなか集中できずにいたけど、少ししたら声が聞こえなくなった。横目でチラッと見ると、集中しているのか唇を尖らせて熱心に作業している。ふふっ、子どもみたい。頬が緩みそうになるのを必死でこらえて作業するうちに、隣りの人のことは頭の中で小さくなっていった。途中で何度か先生が前で次の工程を説明してく...
その人は、走ってきたからなのか暑くもないのに手の甲で額の汗をぬぐい。持っていたビジネスバッグを足元のカゴに入れて、椅子を引いて座る。その勢いで土を覆った布を取ろうとするから、つい声をかけてしまった。「あ、あの、」「はい?」「エプロンを先につけたほうが、、」自分のエプロンを指でつまんでそう言うと、その人はポカンとしてぼくの顔をしばらく見つめたあとハッとして、「あ、ああ、そうですね。忘れてました。」は...
「では、土に触れてみてください。」女性陣は、「うわぁ」とか「キャー」とか、何やら叫びながらこわごわ触っているようだ。まったく、黙ってできないものかと呆れてしまう。ぼくも触ってみて、心の中で「ひゃっ!」と叫んだ。冷たくて、しっとりしてて、まるで、、、突然後ろからバタバタと大きな足音が聞こえてきて、それがどんどん近づいてくる。「ごめん!遅くなった!」反射的に振り向いたら、飛び込んできたのは男性で。「も...
ぼくも含めて生徒が全員準備できたことを確かめて、先生が教壇に立つ。「改めまして、『CRYSTAL』陶芸教室にようこそ。私はこのお店の店主で陶芸をしているチョン・スジョンと申します。どうぞよろしくお願いします。」先生が自己紹介してお辞儀をしてくれて。「よろしくお願いします。」ぼくたちも異口同音に挨拶を返す。「今日は初日ですから、土を触ってもらうことから始めたいと思います。」つまり先生はその準備をしてくれて...
机の上にはエプロンと、こんもりした塊に濡れた布をかぶせた物が置いてある。服が汚れないようにエプロンをつけるんだろうと思って広げてみたら、思っていたのとはちょっと違う?「それはいわゆる割烹着というものです。サロンエプロンではお袖が汚れてしまいますから。」確かに長い袖がついているから服は汚れないけど・・・これって食堂の女将さんが着てるやつ、だよなww女性陣からも笑いが起こっている。「泥染めという染色法...
初めて入ったお店の料理に満足して、隣りの陶器のお店に戻る。注文した料理が来るまでの間に、妹たちとのグループカトクに母の日のプレゼントのことを流して。下の妹からは『任せる』と一言だけ。上の妹は送った写真を見て気に入ったようで、自分も見に行きたいと返事が来て。それならと、ぼくはしばらく休みだから来られる日を連絡して、と返しておいた。陶器のお店は外の照明が灯っていて、ドアの上にさっきは気づかなかった小さ...
土がついてるってことは、、「もしかしてこちらの陶器はあなたの作品なんですか?」「ええ、そうです。よろしければゆっくりご覧ください。」うっかり入ってきてしまったけど、有名な作家さんだったりするのかな。もしそうなら、ぼくには手が出ない値段がついてる可能性もあるってことか?「こちらの食器類は、普段使いしていただけるようにお手頃な価格設定にしています。」心の声が漏れてたかな。よく見ると、ディスプレイの下の...
えーっと、この辺りだと思うんだけどな。気になるお店の外観や看板は覚えてるんだけど、走るバスの車窓から見ていたものだから、場所ははっきり覚えていない。バスはあちらからこちらへ走ってるんだから、通りのこちら側には違いないんだけど。「あ、あった。」思わず大きな声を出してしまって、周りの人にチラ見された。うん、思ったとおり美味しそうな匂いがしているけど、だからこそお客さんでいっぱいだ。ここで少し待てば入れ...
ウチの会社は光化門にある韓屋をリフォームした建物だ。ゲストハウスを営んでいたのが廃業して売りに出ていたのをヒチョリヒョンが買ったらしい。個室がいっぱいあって、大きさもいろいろあるから、それぞれ仕事の仕方や個性に合わせて部屋が割り当てられている。他にも在宅で働いてる人もたくさんいるけど。ぼくは小さな個室、キュヒョンは一番大きな部屋にキャラクターデザイン部のみんなといっしょにいる。ヒチョリヒョンの部屋...
「終わったか。」「ええ、なんとか。」「おお、お疲れ。仕上げは若いヤツらに任せて、しばらく休んでいいぞ。」ヒチョリヒョンは満足そうにハグしてくれて、背中をぽんぽんと叩いてくれた。「あざ~す。キュヒョンは?」「それが、メインキャラクターが気に入らないって一から練り直すんだと。たぶん今夜は徹夜だろうな。」「え~~、また?!」「ああ、またまたまたまた、だww」キュヒョンはこのところ、最後まで作ったキャラク...
ぼくはシム・チャンミン、ゲーム機関連の会社に勤める会社員だ。大学校に入るまでは両親と同じ教師になろうと思ってたんだけど、入学式で隣り合わせたチョ・ギュヒョンと友だちになったのが運の尽きで。共通の趣味がゲームとアニメというオタク体質だったのが災い(?)して、ふたりで最高のアニメゲームを作ろう!と盛り上がってしまった。それからぼくたちは入学した当初の専攻科目は進級・卒業の必要最低限に留め、ゲームソフト...
「あっち~い。」「暑いって言うな、よけい暑くなる。」「けど暑いんだもん、仕方ないじゃん。」「仕方ないって、、ちょ、何だよその汗ぇ!マジで暑苦しいわ!」「え~、そんなこと言ったって汗かきなんだから仕方ないじゃん。」「仕方ない仕方ないっておまえ、」「あ、」「なんだよいったい!?」ぼくはたったいますれ違った人たちの中に、知ってる人がいたような気がして振り向いた。けれど、それがどの人だったのか後姿だけでは...
はい、例によって突然『完』となりました(;^_^A アセアセ・・・今回はずいぶん短かったですね、すみません。突然降って湧いたお話だったのですが、このラストシーンが書きたかっただけなんですwww不老不死の薬の作り方を教えた悪魔の話とか、いまもなお生きているその薬を飲んだ人たちの話とか。書き始めたらめちゃくちゃ長くなりそうなので・・・まあ、次のお話へのつなぎ部分だと思っていただけたらうれしいです←おい次のお話...
「ユノッ?!」おれのすぐ後ろでヒチョルの声がして、「ユ、、ノ、、」目の前にはチャンミンの顔をあった。自分でも何が起こったのかわかるまでに少し時間が必要で。ああ、そうか。おれはチャンミンといっしょにヒチョルのデスサイズで切られたんだ・・・「ユノおまえ、なんてことを、、」「ごめん、ヒチョル。体が、勝手に、、動いちまった、、、」「ユ、、ノ、、ごめん、ね、、」チャンミンの体が黒い煙の塊になったと思ったら、...
悪魔と闘ったことがないから実際見るのは初めてだけど。悪魔の武器はそれぞれ自分に合ったものを使うらしい。チャンミンが持っているのは身長よりまだ少し長いくらいの棒で。両手を使って自分の体の前でくるりと回転させてから、小脇に抱えるように構えた。ヒチョルは両手で持ったデスサイズを最上段に構え、スッと間合いに入るとザっと振りかざす。それをチャンミンの棒が下から跳ね上げ、ガンっと鈍い音が鳴る。ヒチョルの一撃を...
おれはヒチョルとチャンミンのジャマにならないように、少し後ろに下がった。修道女はもう息がおかしくなっていて、目もうつろになってきている。血液が気管に入ったのか、息を吐くとボコボコと音が鳴り、吸おうとしてもゼーゼー言うばかりでうまく吸えなくなっていた。「そろそろだな。」「マジで美味しいのかな。」ヒチョルは指を鳴らし、チャンミンは舌なめずりしているのが後ろからでも見えるようだ。「先に、始めようか。」ヒ...
死神と悪魔の戦いは、どちらかが命を落とすまで続く。おれはチャンミンと会うまで悪魔と遭遇したことがなかったから、あのときが初めての闘いになるはずだった。だけど、どうしてもチャンミンとやり合う気にはなれなくて、チャンミンが魂を食らうのを黙って見ていたバカなおれ。おれがあのときのことを思い出して感傷的になっている間に、眼下には悲惨な光景が広がっていた。修道女は握ったはさみを自分の首に突き立て、そこからお...
突然、強烈な『死』の匂いを感じて修道女を見ると。いつの間に立ち上がったのか、医療用具が入れてあるキャビネットの前にいて。その手にははさみが握られていた。「あ、」反射的に止めなきゃと思ってしまったけど、死神であるおれが人の生き死にに関与できるはずもなく。「突発的だな。」やはり『死』の匂いをかぎ取ったのか、デスサイズを携えたヒチョルがとなりに現れてつぶやいた。「それだけショックが大きかったんだな。」「...
5月になりました‼️その前に4月27日、東方神起日本デビュー17周年記念日に来てくれましたね(♡>艸ω...
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工場入り口のドアを開けて入ると、御曹司と秘書さんの背中が見えた。「あ、代表。」顔をこちらに向けていたイ・ジョンシン工場長がおれに気づいて声を上げ。御曹司と秘書さんが揃って笑顔で振り向いた。その顔が一瞬固まって、すぐにより大きな笑顔になった。「やあ、ユノさん。待ちきれずに来てしまいましたよ。」まったく悪びれた様子もなく満面の笑みの御曹司のとなりで、秘書さんはちょっと困った顔をして頭を下げる。どうやら...
台所を手伝うというチャンミンに見送られ、玄関を出て、気合を入れるために大きく息を吐く。「よしっ!」と一歩踏み出したところで、後ろからチャンミンに呼び止められた。「ユノ、待って。」「どうした。」一瞬忘れ物したのかと頭をよぎったけど、工場まで行くだけだから何も持つ必要がない。「叔母さまがぼくにもいっしょに行けって。」「うん?」なんで?と出かかった言葉を飲み込んだ。「ぼくはユノのパートナーで会社の関係者...
「ユノ?どうかしたの?」帰ってきたチャンミンは心配そうな顔でおれを覗き込んでくる。庭に停まったおれの車を見て、体調が悪くて帰ってきたとでも思ったんだろう。「それが、」説明すると、ただでさえ大きな目を倍くらいに見開いて。「何なの、その人たち!!?」と一声叫んで。おれの手を掴んで部屋に走り、手と顔を洗って着替えて。おれにもスーツを着させようとしたけど、断って。仕事に着ていった服だから、誰に見られても恥...
家に着いたのは正午を回っていて。勝手口の前にはボテに大きくスーパーの名前が書かれた軽トラックが停まっていた。叔母さんだけ先に下ろして、車をチャンミンの車のとなりに停めて。買ってきた物と叔母さんの荷物を提げて玄関へ回る。叔母さんはもう台所に行ってるようで、テンションの高い話し声が聞こえた。お義母さんは言葉では遠慮してるけど、叔母さんが駆けつけてくれたことを喜んでいるようだ。普段は聞くことのない大きな...
どうやらどんな料理を作るか、こちらから買っていくものはないか。そんなことを相談しているようだ。ふたりで相談がまとまって、こことあそこに寄れと言われておれは言われるままにそちらへ車を走らせた。チャンミンは仕事中だから連絡してないけど、帰ってきたらびっくりするだろうな。いや、ぷりぷりと怒るかもしれない。何にしろ、人騒がせなお坊ちゃんだ。「ねえ、チェ家のお坊ちゃんはまさか泊まるなんて言わないわよね。」「...
『代表!SJ商事の代表が今日の午後に工場を見に来るって連絡がきたんですが。』緊張した声でイ・ジョンシン工場長から電話がかかってきたのは、その週の土曜日の昼前だった。「え?今日?!」『ええ、急なことで申し訳ないけど、やっぱり機械が稼働しているところを見たいとおっしゃいまして。』なんと?!突然訪ねてくるなんてさすが御曹司!と感心している場合じゃない!通話を繋いだままトゥギヒョンに事情を説明したら、もちろ...
家に帰ってチャンミンに、御曹司たちがウチに来たがっていることを伝えると、「へ?」と一瞬固まってから、おれをジト目で睨んだけど、「そう、仕方ないね。」とひとつうなずいて、「その人たちが本物のカップルなのかどうか、ぼくが確かめてあげるよ。」腕まくりする勢いで、頼もしい限りだ。お義母さんにも週末お客さんがくるかもしれないと伝えて。「チェ家の方ですか。おもてなしが難しいですね。」「そんなかしこまらないでい...
試着室を占領しているわけにはいかないからそれぞれに考えることにして、夕方には釜山へ帰るというふたりにはタクシーを呼んだ。担当者と聞いて頭の固いお偉いさんを想像していたけど、話の通じる同年代のふたりでよかった。最初はおれ個人的には参加したくないと思っていたけど、担当者のふたりに会って楽しみにさえなってきた。トゥギヒョンは最初から乗り気だったから、楽しいを通り越して浮かれているように見える。事務室でふ...
プサンから来たふたりがウチの店を見たいというから、いっしょに歩いて連れてきた。来るときは御曹司の車に乗せてもらってきたらしい。「せn、、ユノさんのショーの動画を観せてもらいました。特にここの一回目のショーは何度も観返しました。」ヒョクチェさんは舞台演出を勉強したんだったな。「そうですか。それはありがとうございます。」「いままで何度もショーの手伝いをさせてもらってきたけど、あんな斬新なショーは初めて...
食事はランチでお手軽だとはいえ、コース料理だった。おれとトゥギヒョンにとっては懐かしい味で、パリ時代の思い出がよみがえる。いまそれを話すのは失礼だろうから、帰りにでもふたりで話そう。「チョン・ユンホ先生はずっとパリに住んでらっしゃったから、いつもこんな料理を召し上がってたんですか?」「いえいえ、そんなことはないですよ。パリにもいろんな国の料理が食べられる店がありますし、普段はサンドイッチとかハンバ...
「お待たせしてしまって申し訳ありません。」窓からの眺望に気を取られて挨拶を忘れていた。「いえ、僕たちが早く来たんです。まだお約束の時刻にはなっていませんよ。」広々とした部屋の真ん中に6人掛けのテーブルがあり、全員から眺望が見えるように配慮してか窓に横向きに座るようになっている。テーブルの片側に御曹司と秘書が、もう片側に初めて会うふたりが座り。おれたちに気を遣ってくれたのか、窓に近い席を空けてくれて...
エレベーターの扉が開くと、目の前に店のスタッフらしき人が立っていて、すぐに深く頭を下げた。あのロボットから連絡が行くようになってるんだろう。「チェ・シウォン様のお連れ様ですね。お待ちいたしておりました。どうぞこちらへ。」「チェ・シウォン代表はもういらっしゃってるんですか?」「はい、先ほど他のお連れ様とごいっしょにおいでになりました。」ってことはおれたちが最後だったか。そのレストランは最上階にあるか...
御曹司と秘書は一度帰って出直すと言って帰っていった。車に乗るとき、助手席のドアを開けることまではしなかったけど、やっぱり運転は御曹司が、秘書は助手席に座った。「あれがあのふたりのスタイルなのかもな。」誰に言うつもりもなかったけど、トゥギヒョンが「そうなんじゃない?」と返事してくれた。正午近くまで仕事をして、トゥギヒョンと歩いてホテルに向かう。いつもは車で前を通るだけだからわからなかったけど、中に入...
「お店はここからなら歩いてでも行けるところなんです。先月新しくできたホテルの最上階なんですが、ご存じないですか?」「あー、あのシャレたホテルですか。」ホテルができたのは知ってたけど、前を通っただけでどんな店が入ってるのかは知らない。「フレンチレストランでディナーが人気ですが、ランチもなかなかのものですよ。」ディナーか。近いうちにチャンミンといっしょに行こうかな。もちろん部屋も取って・・・「代表、正...
翌朝、開店と同時にあのふたりが飛び込んできた。「ユノ先生!!ご決断いただいてありがとうございます!おかげさまでアンリ・アブリル先生もご参加くださることになりました!」「そうですか、それはよかった。」御曹司にすればアンリがメインだもんな。「それでプサンの担当者と顔つなぎさせていただきたいんですが、今日のランチでいかがでしょうか。」「は?それはまたずいぶんと急ですね。」「ええ、善は急げと言いますからね...
おれの目には、たぶんトゥギヒョンの目にも、あのふたりは仲のいいカップルに見えた。だけど考えてみれば、プライベートならともかく仕事中に代表が運転する車の助手席に秘書が座るっていうのは考えられない。しかも帰りは、車のドアを開けて先に座らせることまでしていた。おれとトゥギヒョンだったから微笑ましく見てたけど、公道なんだから誰が見ているかわからないのに。「ごめん、ユノ。またぼく、よけいなこと言っちゃったね...
「いや、カミングアウトできないから誰かに言いたかったって言ってた。」チャンミンは、自分の顎を親指と人差し指の第二関節あたりでつまんで考え込む。いまチャンミンの頭の中はコンピューターが複雑な計算をするように、猛スピードでいろんなことを考えてるんだろう。「ユノはカミングアウトしてるから、ぼくたちのことを知るのは簡単だよね。」「あー、たぶん。それにマダムリーと知り合いで、おれの情報を仕入れたらしいし。」...
「あっ、ちg」違う、と言いかけて、前に『違う』と言ってしまってそこをツッコまれたことを思い出した。えっと、、「ユノはその人のこと、気に入ったんだよね?」目には怒りの炎がメラメラと燃えているのに口元は笑みの形に持ち上げるという、おれにはできない芸当をやってのけるチャンミンはとてつもなく恐ろしい。思わず「ひっ」と声を上げそうになって慌てて飲み込んだ。そんな声上げたら、火に油どころか短い導火線に火をつけ...
「それにさ、トゥギヒョンもヒチョリヒョンもめっちゃ喜んでくれて。イェソニヒョンなんて泣くほど喜んでくれたんだ。」「へえ、そうなんだ。」「考えてみたらイェソニヒョンは、もちろんデザイナーとして自分の作品を発表してるけど、店はおれのだからどうしても影になってしまうんだ。」「あー、そういうものなんだね。」「だからか、イェソニヒョンは今回のオファーもおれ個人に来たもんだと思い込んでたくらいでさ。」「そうか...
まるでおれの誕生日を祝うような夕食のあと、チャンミンと部屋に戻ってすぐに抱きしめた。「チャンミン、ありがとな。疲れてるだろうに、おれのためにいろいろ準備してくれて。」「ううん。けど、ユノがショーに出ることを喜んでるみたいでよかったよ。」「うん?喜んでないと思ったのか?」「だって、最初この話聞いたとき、ユノは乗り気じゃなかっただろ?」「ああ、確かにそうだけど。おまえがおれの背中を押してくれたから。」...