中論を勉強してます
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ハンドル名
悠村隆道さん
ブログタイトル
中論を勉強してます
ブログURL
http://sekisinhenpen.blog.fc2.com/
ブログ紹介文
西嶋和夫先生がサンスクリット語から直訳された中論を勉強しています
自由文
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  • 中論・17-17頌 真実の探求と現実

    第十七頌 真実の探求と現実西嶋先生の訳すべての探求は眼に見えないさまざまの部門に帰属しており、さまざまの相互関係の中に含まれており、また行いと関係している。推移する傾向を持っているさまざまの物質的な要素の中に、たった一つのものが姿を現わしており、それが正に現実である。中論を勉強していますすべての真実の探求は具体的には確認できないものであり、この世の中の様々の事物そのものであり、そして行いとも強い関...

  • 中論・17-16頌 実行の有無が全て

    第十六頌 実行の有無が全て西嶋先生の訳もしも何らかの仕事を止めてしまうことが、それを一時的に棚上げすることと同じであるような場合でも、さまざまの行いに関連した事柄は、恐らくやはりただ実行するという事実の中だけにあるであろう。さまざまの悪徳が蔓延るような場合には、人殺しのような行為も非常に残忍なものになることが事実である。中論を勉強していますもしも何らかの行いを止めてしまう事と何らかの行いを途中で中...

  • 中論・17-15頌 時間の経過と結果の発生

    第十五頌 時間の経過と結果の発生西嶋先生の訳何らかの仕事を止めてしまうことと、それを一時的に棚上げすることとは同じではなく、それは両方とも存在することを止めないという点で共通である。したがって時間が経過して行くという事実だけから、行為による結果が生まれつつある。中論を勉強しています何らかの行いを止める事と、何らかの行いを途中で中止している事は同じではない。しかし両方とも行いをしてきたという点では共...

  • 中論・17-14 頌 具体的な行為と現実

    第十四頌 具体的な行為と現実西嶋先生の訳翼が限りなく動き続けて行く処に飛ぶという事実の存続があり、それが正に行いの実体である。(地、水、火、風と呼ばれる)四種類の物質も現実的なものであり、それらは本源的なものではあるけれども、まだ充分には説明の行われていないものであり、それが現実である。中論を勉強しています翼が絶え間なく動き続ける事に飛ぶという行いが存在し続ける、行いを存在し続ける事が正に行いその...

  • 中論・17-13頌 幻想的な虚構とこの世以外の世界

    第十三頌 幻想的な虚構とこの世以外の世界西嶋先生の訳そこで私はもう一度、幻想的な虚構がこの世の中以外の世界と結び付く傾向があることを強調して置きたい。これは真実を得た仏陀と呼ばれる人々によっても、環境を大切と考える縁覚と呼ばれる人々によっても、また理論を大切にする声聞と呼ばれる人々によっても、正に詳く説明された処である。中論を勉強していますそこで私(ナーガールジュナ)は、頭で考えた出した空想の世界...

  • 中論・17-12頌 さまざまの事物と幻想的な虚構

    第十二頌 さまざまの事物と幻想的な虚構西嶋先生の訳増大する恩恵や偉大さやまたさまざまの悪徳でさえも、幻想的な虚構と結び付いている場合には、恐らくさまざまの事物が幻想的な虚構に依って、さまざまの事物とは全く別のものになってしまっているのであろうから、(さまざまの事物も)幻想的な虚構として現われて来ているに過ぎない。中論を勉強しています成長する恩恵や偉大なる結末や様々の悪行でさえも、頭で考えた妄想の世...

  • 中論・17-11頌 道義的な態度と結果

    第十一頌 道義的な態度と結果西嶋先生の訳真っ直ぐに目的に向かって突進する態度が、宇宙の秩序に適っており、その純粋な姿が十種類の行いに関する道である。結果は人々が望ましいと考える対象でありその発展であって、宇宙に関する未来に関する意識でもあれば、現在に関する意識でもあるに過ぎない。中論を勉強しています我々が具体的な目標に向かって一直線に進む態度が、この世の中の秩序に適った態度であり、その純粋な姿が十...

  • 中論・17-10頌 結果と現実の事態との相違

    第十頌 結果と現実の事態との相違西嶋先生の訳したがって意識の働きを離れて継続があり得るのであり、継続を離れた状態が結果と呼ばれるものである。つまり結果は行為が実行される以前から(意識として)存在しているのであり、(現実の事態のように)刹那的なものでもなければ、永遠のものでも決してあり得ない。中論を勉強していますしたがって考える働きをしなくても成長変化があり得るのであり、成長変化がいずれ結果というも...

  • 中論・17-9頌 意識の働きと結果

    第九頌 意識の働きと結果西嶋先生の訳したがってそのような結果は、意識における継続であり、知能の働きに従って前進している。意識の働きの発展が結果として意識から遊離して動いているのであり、結果そのものが前進している訳では決してない。中論を勉強しています従って前頌のような結果は、認識や判定の連続であるというのが実体であり、考える働きによって次々と生まれて来る。認識や判定を続ける事が、意識とは関係なく結果...

  • 中論・17-8頌 種子と結果

    第八頌 種子と結果西嶋先生の訳種子の段階を離れて継続があり、継続を通じて結果が獲られる。種子が(再び)獲られる以前に結果があるけれども、それは決して途切れ途切れのものでもなければ永遠なものでもない。中論を勉強しています種子が発芽すると若芽の成長が始まり、成長をする事によってその成長の結果が獲られる。種子が発芽成長し再び種子が獲れるという結果は存在する、それ故に成長と結果は決して途切れ途切れのもので...

  • 中論・17-7頌 発展の継続と結果の固定性

    第七頌 発展の継続と結果の固定性西嶋先生の訳そのような新しい萌芽が、種子の状態から抜け出すと、継続が前進する。その発展として結果が種子を離れて動き出すけれども、その結果自身が自動的に発展するということは絶対にあり得ない。中論を勉強しています種子の状態から抜け出して種子から萌芽が出て来ると、その若々しい萌芽がグングンと成長を始める。成長は続いている、その成長している結果は種子の状態から芽を出して成長...

  • 中論・17-6頌 現実の行いと結果

    第六頌 現実の行いと結果西嶋先生の訳行いが時間に対する未熟な考え方を離れて正に確立されている場合には、行いそのものが行いをさまざまの独自のものとし、非常に大きな範囲のものに発展させる。何となくはっきりしない状態があまりはっきりしない侭に経過している場合には、そのような状態が何らかの結果を生み出すということが、将来といえども期待できない。中論を勉強しています行いは現在の瞬間において実行される事が良く...

  • 中論・17-5頌 快楽の追求と現実の行い

    第五頌 快楽の追求と現実の行い西嶋先生の訳快楽の追求というものは、それが純粋な場合であろうと不純な場合であろうと、ただそれだけの範囲のものでしかない。はっきりと客観的に捉えることのできるものとしては、(七等覚支と呼ばれる)七種類の均衡した実観があり、行為を美しくするものであり、過去の行為に対する追憶でもある。中論を勉強しています快楽の追求という行いは、行いが純粋な場合であろうと不純な場合であろうと...

  • 中論・17-4頌 情報の過多と情報の欠徐

    第四頌 情報の過多と情報の欠徐西嶋先生の訳談話が止めども無く続いている場合には、それらはやはり情報として価値のない議論が長々と伝えられていることを意味する。さまざまの情報が伝えられていないという状態は大変異例なことであり、その場合には、さまざまの記憶と呼ばれるものも停止してしまっている。中論を勉強しています話題が長々と何時までも続いている場合には、何時まで経っても価値のある情報が伝えられず、価値の...

  • 中論・17-3頌 言葉による議論と現実の行い

    第三頌 言葉による議論と現実の行い西嶋先生の訳そのような状況の場合には、心に関連した事柄が話題の対象になるけれども、(抽象概念としての)行為そのものは心の中における追憶である。心に関連した問題は、正に議論における好話題であるけれども、心に関する話題は肉体に関連した問題でもあるから、(それを単に心の世界だけに限定して議論することは、)やはり言葉の上における議論でしかない。中論を勉強しています第二頌で...

  • 中論・17-2頌 感受作用と現実の行い

    第二頌 感受作用と現実の行い西嶋先生の訳物事がよく見えているということは、正に感受内容に関係した問題であるけれども、行いについて語ることは気長な辛抱を必要とする。そのように行いについて語ることは、単細胞的な独断ではないけれども、行いについて語ることは一方的な宣言のような性格がある。中論を勉強していますこの世の中の様々な物事がよく見えるという事は感受作用という心の働きであるが、もしも行いについて言葉...

  • 中論・17-1頌 意識の働きと宇宙の秩序

    第一頌 意識の働きと宇宙の秩序西嶋先生の訳精神主義的な立場から自分を抑制することも心の働きであり、他人に対して恩恵を与えることもやはり心の働きである。他人によって与えられた親切が現実の宇宙における秩序そのものであり、結果として生み出された想念は、将来に帰属している場合もあれば、現在に属している場合もある。中論を勉強しています我々は日常生活において、自分自身を抑制することがあるが、これは心の働きであ...

  • 中論・第十七章 行為と結果との融合に関する検証

    第十七章 行為と結果との融合に関する検証に入る前に西嶋先生の解説ですわれわれが現実の行いというものを考えた場合、それを行為という抽象概念と感覚的な刺激としての結果として二つの捉え方に分ける習慣がある。しかし心と物とが一つに重なった中道的な仏道の立場で問題を考えるならば、行いという現実の事態が現在の瞬間においてあるだけのことであって、それは行為という抽象概念と結果という感覚的なイメージとが、一つに重...

  • 中論・16-10頌 日常生活における浮き沈みと均衡した状態の実情

    第十頌 日常生活における浮き沈みと均衡した状態の実情西嶋先生の訳自由で静かな境地は、努力して其処に入って行かなければならないような場所ではないし、日常生活の浮き沈みも、努力してそれを取り除かなければならないような場所ではない。言葉では表わせない何かのある場所が、この日常生活の浮き沈みの場所であり、自由で静かな境地がどうして入れ替わるということがあり得よう。中論を勉強しています自由で静かな境地という...

  • 中論・16-9頌 感受作用に対する批判

    第九頌 感受作用に対する批判西嶋先生の訳この現象世界以外の世界が、私の中に住み着いている場合には、自由で静かな境地が私の中に入り込むということも、あり得ないであろう。そのような状況であるから、多くの人々の把握は、それらの人々にとって現象そのものであり、それが偉大な把握である。中論を勉強しています「この眼の前の在る現象世界以外が自分の住む世界だ」と思っている場合は、自由で静かな境地が私のものになる事...

  • 中論・16-8頌 束縛と解放と現実の事態

    第八頌 束縛と解放と現実の事態西嶋先生の訳束縛されている状態が解放されることがないという事情は、束縛されていない状態が解放されることが絶対にないという事情と同じである。ああ恐らく束縛されているという状態の中でも、解放されているという状況の中でも、一つになることによって救われるという状態は、束縛と解放とが一つに重なった事態の中にあるのであろう。中論を勉強しています現在の瞬間において束縛された状態が解...

  • 中論・16-7頌 束縛とその離脱

    第七頌 束縛とその離脱西嶋先生の訳事態が、束縛される以前から存在している場合には、束縛された状態を自由自在に離れることができる。それ以外の事実は全く実在する筈がないという論証は、(第二章で述べたように)「行きつつある」「行った」「まだ行っていない」(というような頭の中における認識と現実の行いとの間の次元的な相違)によって説明することができる。中論を勉強しています事態というものは本来拘束が始まる以前...

  • 中論・16-6頌 束縛の実感と拘束の状態

    第六頌 束縛の実感と拘束の状態西嶋先生の訳眼の前の現象が拘束されているように見える場合でも、現実の現象が拘束されているということはない。現象とは別のものに関連しても、それが拘束されているということはないのであるから、この世の中の恒常性が拘束されているというようなことも、どうしてあり得よう。中論を勉強していますもしも我々の行為が拘束されているように見えたとしても、現実においては我々の行為が拘束されて...

  • 中論・16-5頌 宇宙の秩序と行いの自由自在

    第五頌 宇宙の秩序と行いの自由自在西嶋先生の訳現われては消え現われては消えしている宇宙の秩序は、拘束されているものでもなければ、解放されているものでもない。現実におけるさまざまの行いも、したがって現実そのものも、拘束されているものでもなければ、解放されているものでもない。中論を勉強しています次々と生まれては消え生まれては消えるこの世の中の現状は、何かに拘束されている訳ではないし、何かから解放されて...

  • 中論・16-4頌 均衡した状態の欠除と不可解なものの出現

    第四頌 均衡した状態の欠除と不可解なものの出現西嶋先生の訳さまざまの現実の行いの中には、自由で静かな境地は見られないというようなことが、一体何処に起るということがあり得よう。自由で静かな境地は、現実の事態の中には見当たらないというような事実が、一体何処に起り得よう。中論を勉強しています様々の現実の行いにおいて、自由で静かな境地(ニルヴァーナ=涅槃)が現われないと言われるがそれは事実ではない。諸々の...

  • 中論・16-3頌 感受作用と流転

    第三頌 感受作用と流転西嶋先生の訳感受作用が本来の感受作用の状態から逸脱している場合には、至る処に流転を作り出す可能性があり得る。至る処で感受作用が制御されておりさえするならば、現実的な何かが何かを流転させるということが、将来といえども何処に起こるということがあり得よう。中論を勉強しています我々の感受作用が正常に働いていない場合には、流転が至る処に存在する様になってしまう可能性があり得る。しかし感...

  • 中論・16-2頌 現実的な生き方と流転

    第二頌 現実的な生き方と流転西嶋先生の訳人間が日常生活の中で流転する場合でも、五種類の集合体の基礎には、物質的な要素がある。その五種類の集合体を拠り処として、何かを求める意欲が実在しないならば、日常生活の中で苦しい浮き沈みを繰り返すなどということは、決して実在するものではあり得ない。中論を勉強しています人間は日常生活において絶えず流転している、その様な状況は五種類の集合体(五蘊)を拠り所とする物質...

  • 中論・第十六章 束縛と解放との融合に関する検証

    第十六章 束縛と解放との融合に関する検証に入る前に西嶋先生の解説です一切の束縛から解放されて、自由自在に生きるということが、仏教徒の願いである。それと同時に、さまざまのものに束縛されて自由に行動できないと考えていることが、われわれの日常生活における実情であろう。しかし幸い二十世紀における心理学、生理学の発達により、われわれの交感神経が強い場合には、われわれは意欲的な立場に置かれる処から、あらゆる状...

  • 中論・16-1頌 日常生活の流れ

    第一頌 日常生活の流れ西嶋先生の訳さまざまの行為の実行が揺れ動いている場合でも、さまざまの...

  • 中論・15-11頌 器世界の否定

    第十一頌 器世界の否定西嶋先生の訳器世界と呼ばれる世界が、主観的な想念に依存して実在すると考えられるような場合でも、器世界と呼ばれる世界が実在する訳ではなく、永遠と呼ばれるものも、実在している訳ではない。現在の瞬間も実在ではなく、すべてが生まれて来る以前であるという考え方は、刹那的な考え方に拘わりわすぎている。中論を勉強していますこの世の中が主観的な想念によって器世界と呼ばれ実在すると考えられたと...

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