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博多湾つれづれ紀行 益田啓一郎のブログ https://blog.goo.ne.jp/mapfan01

博多湾に面した福岡市を拠点に、仕事にプライベートに活動する日々を綴ります。趣味の吉田初三郎話や郷土の

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2015/08/30

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  • 大洋映画劇場さよなら興行、閉館まであと8日。

    30年近くお世話になってきた中洲大洋映画劇場の閉館(2024年3月31日現在の建物が老朽化のため閉館取り壊し)まであと数日。ご縁をいただき大洋映画劇場メモリアルブック『映画のまち中洲・大洋映画劇場クロニクル1946〜2024』の編纂製作を担当させていただき、3月1日のさよなら興行開始に合わせて劇場で販売されています。メモリアルブックの中身は、1946(昭和21)年4月開館以来の大洋映画劇場さんに遺る写真や資料を中心に、私が独自に収集してきた中洲の映画館の歴史資料、ご縁をいただいた30年近くの間に大洋さんで映画を観るたびに撮影してきた写真なども加えて構成しています。また、館内では3月1日からメモリアル映像4種も上映中!これは永年「記憶探偵シリーズ」「ひと駅ノスタルジー」などでご一緒している映像ディレクターを...大洋映画劇場さよなら興行、閉館まであと8日。

  • 1970(昭和45)年に閉山した「嘉穂炭鉱」跡地に工業団地整備へというニュースで思い出す。

    先日、1970(昭和45)年に閉山した「嘉穂炭鉱跡地に工業団地整備へ」というニュースを見た。ニュースみて思い出し、手持ちの嘉穂炭鉱の宣伝絵葉書セットを久しぶりに眺めてみる♫中野徳次郎と松本健次郎(初代社長)ゆかりの炭鉱…。昨秋のブラタモリでは、北九州ゆかりの名士として名前だけボードにゆる〜く登場していた方々。嘉穂炭鉱だけでなく、飯塚エリアの炭鉱絵葉書はかなり入手しているが、アーカイブサイトでは未公開のものばかり。吉田初三郎「飯塚市鳥瞰図」2種をはじめ、産業セメントなど麻生関係の資料は、2023年初めに完成した「麻生150周年史」にご縁あって活用いただいた。潤野炭鉱の絵葉書は、2015年の朝ドラ「あさがきた!」主人公モデルの広岡浅子が経営してから日鉄二瀬の潤野坑となったこともあり、絵葉書資料も希少とのことで...1970(昭和45)年に閉山した「嘉穂炭鉱」跡地に工業団地整備へというニュースで思い出す。

  • 九州帝国大学医学部の卒業アルバムに名島飛行場のレア写真が!

    先日、Facebookの過去投稿に11年前に入手した九州帝国大学医学部の卒業アルバム(1930年=昭和5年)が表示されて、その存在をすっかり忘れていたので慌てて書庫を確認するも、このあと自宅マンション修繕の際に実家に移した荷物に含まれ、そのままになっていると気づいた。数百点のプリント写真を貼り込んだ電話帳の倍ほどの厚さの手製アルバム。当時の総長や歴代教授、授業や手術実習風景に加えて、博多祇園山笠の櫛田入り写真や、当時開設されたばかりの最新スポット「名島水上飛行場」格納庫内での記念撮影など、レアな写真も多数。名島飛行場の格納庫内の写真は、これしか見たことがない。リンドバーグ夫妻が来福する1年前、出来るだけ早く現物を確認してデジタル化しておかないと、きっとまた忘れる(笑)。福岡の空港(名島・雁の巣・福岡)名島...九州帝国大学医学部の卒業アルバムに名島飛行場のレア写真が!

  • 50年前の博多大丸チラシ「ナウな魅力売ります。」

    先日、絵葉書研究会の交換会で入手した貴重資料から。この日イチバンの衝撃コピーは今からちょうど50年前、1974(昭和49)年の博多大丸チラシ「ナウな魅力売ります。」でしょうか(^.^)。呉服町時代のモノ。オフィスレディーやティーンは解るけど、ミッシーって何⁈って思わず叫んだけど、業界用語なんですね。博多大丸(大丸福岡店)はこのチラシの翌年1975(昭和50)年11月に、博多区呉服町から中央区天神に完成したばかりの西日本新聞会館(現在の店舗)へ移転し再開業。昨年は呉服町で開店してから70年の節目でした。私の記憶では、天神に移ってからはミッシーではなくミスとミセスを合わせた「ミズ」戦略で展開していたように記憶しています。たまたま以前一緒にお仕事をした犬丸さんという外部アートディレクターが担当されていたかと。こ...50年前の博多大丸チラシ「ナウな魅力売ります。」

  • 太宰府天満宮「お石茶屋」大正初期の絵葉書!

    以前入手した太宰府天満宮北神苑の「お石茶屋」絵葉書、仕様などから推察して1910年代(大正初期)のもの。ひょっとして今もある建物って、当時の建物に壁と扉付けたりしただけ?絵葉書に写るのは、北神苑奥の「お石茶屋」から天開稲荷にかけての場所。やはり現在の場所と基本同じですね。美人として有名だった看板娘・お石さんのおかげで「お石茶屋」と呼ばれるようになった頃のもの。1枚目の絵葉書は、まだお石トンネル(宝満宮参拝隧道)が出来る前…。この頃は天開稲荷を経由して尾根伝いに竈門神社への参拝道が続いていたそう。お石茶屋には、茶屋ゆかりの著名人とお石さんの古い写真は飾られているけど、以前伺ったときき「建物全景が写る古い写真はお店には遺ってない」と聞いていたので、貴重資料の入手となりました。まだちゃんとお店の方々に見せてない...太宰府天満宮「お石茶屋」大正初期の絵葉書!

  • ダイエーホークスの1990年代ファンブックに想う

    2024年2月20日、森口博子さんの176曲サブスク解禁記念♫という訳でもないけど、書庫の古い資料を整理していたら1990年代の福岡ダイエーホークス諸々の保存資料が出てきて、懐かしく見返した。田淵監督の頃の懐かしいユニフォームとヘルメット。同い年の湯上谷さん、大きくページで紹介されている。そういえば、ホークス福岡移転30周年のTVQ特番の依頼を受けたのが5年前、2019年2月20日だった…。番組スタッフから「南海からダイエー初期時代の話が出来るOBで、今は球団から離れて福岡にいる適任者って誰でしょう」と聞かれて、即答で湯上谷さんの名前を出した。ご縁あって「プロ野球を語る会」などでガメさんともご一緒していたからだが、同じ見開きページでコメント寄せてるのが森口博子さんで驚く。TVQの特番では、偶然にも森口博子...ダイエーホークスの1990年代ファンブックに想う

  • 関門橋50年、開通当時の絵葉書&ひと駅ノスタルジー

    関門海峡に架かる関門自動車道「関門橋」は、1973(昭和48)年11月14日に開通しました。この記事の投稿の翌日2023(令和5)年11月14日に50周年を迎えます。NHK(山口放送局・北九州放送局)が関門橋開通の特集を展開していて、工事風景など当時の貴重なカラー映像もX等で紹介されており、見入ってしまいます。・NHK「関門橋50年」関連番組一覧11月12日にはNEXCO西日本が関連イベントを開始したり、記念ライトアップが始まったりと静かに盛り上がっています。北九州市・下関市在住者向けの記念ツアーなどもあるようですが、私が企画をお手伝いしているFBSめんたいワイド「ひと駅ノスタルジー」でも11月13日(月)16時台の放送回で「関門橋50年」特集が放送されます。また、開通当時に発行された関門橋の絵葉書セット...関門橋50年、開通当時の絵葉書&ひと駅ノスタルジー

  • 博多郵便局100周年

    博多郵便局が2023(令和5)年11月1日に開局100周年を迎え、11月9日・10日に記念イベントが開催された。現在の博多駅中央街に移転したのは1966(昭和41)年9月、それ以前は旧馬場新町(現在の冷泉町)の冷泉山龍宮寺の南隣にあった。1枚目の写真は開局1周年記念の絵葉書。しかしながら、記念スタンプや切手を眺めると万国郵便連合加盟50年の切手とスタンプには1927(昭和2)年11月1日とある。所有している同じ絵葉書がもう1点あり、そちらは1928(昭和3)年11月1日の日付スタンプと同年秋の昭和天皇御大典記念の切手。これから推察できるのは、1923(大正12)年11月1日に開局して、毎年開局記念日に記念スタンプと切手を押した絵葉書を販売していたということか。旧庁舎の施工は福岡県内で最も歴史ある建設会社の...博多郵便局100周年

  • アリス1976年の福岡・天神限定シングルと天神で流れていたイメージソング

    2023(令和5)年10月、アリス・谷村新司さんの早すぎる訃報…ただただ残念です。謹んでご冥福をお祈りいたします。20代前半、谷村さんや堀内孝雄さんのLIVEにはよく行きました。カラオケで唄う曲も、90年代前半までは谷村さん堀内さんの曲中心だったり…普段は洋楽中心に聴いていても、私のような50代以上の世代には、アリスの曲は普通に生活の一部だった気がします。まちの歴史を辿るようになって、アリスが1976(昭和51)年10月に初開催された「祭りてんじん」のイメージソング『天神(まち)は朝』を歌っていたのを知りました。アリスの大ヒット曲でいえば「遠くで汽笛を聞きながら」の頃です。新型コロナ禍で運よく『天神(まち)は朝』地域限定シングルを入手しました。レコード盤の解説をみると、西日本新聞社とテレビ西日本(TNC)...アリス1976年の福岡・天神限定シングルと天神で流れていたイメージソング

  • 福岡とアサヒビールとビール園の歴史秘話

    2023(令和5)年10月16日(月)16時台のFBSめんたいワイド「ひと駅ノスタルジー」は、同年10月末で閉園するアサヒビール園と博多工場歴史編(工場は25年末移転予定)のオンエア日です♫今回も企画&資料・情報提供で全面協力しました。1902(明治35)年まで遡る福岡博多・中洲とアサヒビールの縁、今回の企画は個人的に10年以上温めてきたもの。関連資料がひと通り収集できて、博多区竹下にあるビール園の閉園が決まったタイミングでロケに繋がりました。アサヒビール博多工場&ビール園には私自身もたくさんの思い出があります。以下、平成初期の地元雑誌などの広告もアサヒビール博多工場が前面に出たもので印象的でした。1980年代後半からの「アサヒスーパードライ」ブームに加え、1990年代まで社員旅行など団体旅行での工場見学...福岡とアサヒビールとビール園の歴史秘話

  • 朝ドラ「らんまん」で楽しむ印刷美術や内職・燐寸の歴史

    2023年度上期のNHK連続テレビ小説(朝ドラ)らんまん。花好き、植物好きの人だけでなく、私のように「印刷美術」やデザイン史、鳥瞰図絵師・吉田初三郎を研究している者にとっても、時代考証に沿った演出が随所にあって目が離せない。7月21日には「燐寸(マッチ)ラベル貼り」の内職が登場して興奮した。昔の燐寸(マッチ)箱は木製で、60歳代以上の方なら表面に広告やデザイン絵柄を印刷した紙を糊貼りしていたことをご存知かもしれない。私の手元にある1960年代までの福岡市関係のマッチ箱も、ほとんどがそれである。すでに5月には主人公・万太郎が植物学雑誌などを刊行する過程で、当時脚光を浴びていた石販印刷(リトグラフ)の技術を学ぶことになり、印刷会社や画工、職人が登場していた。史実に沿って、主人公は石版印刷機を購入し、植物図鑑の...朝ドラ「らんまん」で楽しむ印刷美術や内職・燐寸の歴史

  • 再開発で変わる須崎公園エリアの景観変化を記録する

    須崎公園に建設中の「福岡市拠点文化施設」外観が見えてきました。新しい施設の開館予定は2025(令和7)年春、60年前の1963年10月に完成した現在の市民会館の余命はあと少し…。須崎公園の敷地、もともとは藩政時代はお台場や監獄があったそうで、1911(明治44)年に博多電気軌道(のちの西鉄福岡市内線循環線)が開通した頃まで監獄だったとか。当時の絵葉書にも写っています。その後、大正期にかけては跡地で工業博覧会などが何度も開催され、今から100年前の1923(大正12)年に福岡女子専門学校(福岡女子大学の前身)が敷地北側の福岡県立美術館付近で開校。1945(昭和20)年6月の福岡大空襲で須崎公園エリアも被災し、公園の敷地は戦災復興住宅などが立ち並んだそうです。実はこのあたりの古地図や絵葉書・古写真も体系的に収...再開発で変わる須崎公園エリアの景観変化を記録する

  • 天神大牟田線の夏景を撮り、路線史の一端に触れる

    7月の終わりから8月にかけて、時間があれば西鉄電車の夏景を撮影するのがここ10数年の習慣になっている。田園風景が広がる端間ー味坂間は定番の撮影スポットながら、新しい道路や橋の建設が進み景色は激変中。例年、麦の収穫が終わって田植えが行われる6月後半から7月初めにかけて、一帯は水鏡景が出現する。今年は7月10日前後の豪雨被害の影響で苗が流されるなどで、7月下旬に出かけた際でも水鏡が随所に見られて複雑な気持ちになった。排水口付近には土砂や麦藁が堆積したままだったからだ。撮影した日は青空が綺麗に広がり、ここ数年で一番綺麗な水鏡景を撮影することができた。例年であれば稲が緑に生い茂る頃、農家の方々のご苦労を感じながらも、夏らしい一枚を撮ることができて感謝しかない。これも豪雨被害の年の記録写真と思ってシャッターを切った...天神大牟田線の夏景を撮り、路線史の一端に触れる

  • 2023年5月23日は西鉄貝塚線99回目の開業記念日!

    2023年5月23日は、西鉄貝塚線(旧博多湾鉄道汽船、西鉄宮地岳線)の99回目の開業記念日♫来年2024年はいよいよ100周年です。1924年5月23日の開業当日に配られた優待乗車券を添えて(^.^)。その下は、開業当時から戦前にかけて西鉄香椎駅(博多湾鉄道汽船時代は新香椎駅)東側にあった新香椎球場(絵葉書)。2枚目は、手持ちの開業記念絵葉書セット&電化記念絵葉書セット♫3枚目は博多湾鉄道汽船の沿線案内。上段は昭和初期、香椎花壇などの記載あり。下段は吉田初三郎「博多湾鉄道沿線鳥瞰図」1937年版と1933年版。表紙絵は博多どんたく♪100周年に向けて、何かメモリアルな展開があるといいのですが。90周年の時は313形をマルーン&ベージュの旧塗色にして、2014年5月23日に出発式を行いフォトコンテストなども...2023年5月23日は西鉄貝塚線99回目の開業記念日!

  • 勤王の志士と幼馴染の深い絆から生まれた「小田部の藤園」

    2023年5月15日(月)16時台のFBSめんたいワイド「ひと駅ノスタルジー」では、勤王の志士・平野二郎國臣と幼馴染の旧福岡藩士・小田部為雄との友情物語『小田部の藤』編が放送されました。撮影は『小田部の藤園』跡地に建つバプテスト教会などの藤が見頃となる4月21日に行われ、ゆかりのお3方にご出演いただきました。今回も私は企画協力・監修役でロケにも同行。「小田部の藤」故・小田部秀彦さんと初めてお会いしたのは2003年、鉄道史研究家の秀彦さんとは依頼ずっと親しくさせていただき、2021年に亡くなられる直前まで頻繁にお電話いただいたり、お宅を何度も訪問してお話しする機会が続きました。その中で「小田部の藤」についてのお話も伺い、ご自宅に遺っていた古い絵葉書などの資料も拝見して、いつか藤の季節に番組などで紹介できれば...勤王の志士と幼馴染の深い絆から生まれた「小田部の藤園」

  • 祝!山国橋「選奨土木遺産」認定

    福岡県と大分県の県境・山国川に架かる「山国橋」が公益社団法人土木学会の土木遺産(2022年度選奨)に認定されたとのこと。宇佐生まれで中津・豊前エリアで育った私には、最も身近にある名橋なので素直に嬉しいです。欄干のデザインも好きですが、とくに煉瓦造りの橋脚の美しさに惹かれます。私が古い絵葉書の蒐集研究にハマるきっかけが、実はこの橋です。まず、古い絵葉書に写る橋は木橋で、煉瓦造りの橋脚も現在の半分。真ん中付近に継いだような跡があります。木造の山国橋は1903(明治36)年の架橋で、現在の鉄筋コンクリート橋は1934(昭和9)年だそうです。煉瓦造りの橋脚はその際にデザインを踏襲して増築されたということでしょうか。子供の頃、この橋を渡って中津市へ行くのが楽しみでした。今では面影はありませんが、私が子供の頃(196...祝!山国橋「選奨土木遺産」認定

  • 4月17日のめんたいワイド「ひと駅ノスタルジー」は筑後草野駅編です。

    2023年4月17日(月)16時台のFBSめんたいワイド「ひと駅ノスタルジー」は、筑後草野駅編オンエア予定です。今回も100年ほど前の草野町発行の絵葉書がお題写真になりました。ロケ当日はサクラが7分咲き、曇天の日でした。古い絵葉書を持って、単独で現地の下見に伺ったのは2月初旬。今回お題のひとつとなった約100年前の絵葉書を持って、定点(同じ場所)を探していると、草野町の町名由来にもなっている草野氏ゆかりの発心公園で、偶然にも地元の情報発信をしている方々と遭遇。アドバイスをいただき、ディレクターに引き継ぎました。今回は草野歴史資料館(旧草野銀行本店)にご協力いただき、ブラタモリ風の歴史色濃い回になっていると思います。旧城下町を歩きながらの魅力的な景観や歴史秘話を教えていただきました。とても濃い内容のロケでし...4月17日のめんたいワイド「ひと駅ノスタルジー」は筑後草野駅編です。

  • KBC「発見!九州スピリット」2023年4月は「因幡町物語(全5回)」です。

    毎週土曜日の夜に放送されているKBC「発見!九州スピリット」、2023年4月のテーマは「因幡町物語」です。ご縁をいただき久しぶりに企画協力・監修役でお手伝いさせていただきました。全5回の放送です。因幡町(いなばちょう)は現在の天神・明治通りの旧町名が「天神町(てんじんのちょう)」だったことと同じで、旧福岡城下町の東の端にあたる現在の天神地区(天神1丁目〜5丁目)の旧町名のひとつ。福岡市役所とベスト電器本店の間の道が旧「因幡町」です。天神コア&天神ビブレとイムズの間から、渡辺通りを挟んで天神サザン通りが因幡町に当たり、ジュンク堂福岡店が入居していたMMTビルの場所で創業したのが「因幡うどん」でした。因幡町をテーマにと相談を受けた際、問題だったのが旧因幡町のエリアの説明と、戦前の界隈の街並みなどの写真がほとん...KBC「発見!九州スピリット」2023年4月は「因幡町物語(全5回)」です。

  • イムズ解体が進み、愛眼ビルのポツンと感がスゴいことに!

    2023年3月15日、天神へ出かけたついでにソラリアステージ上階のエスカレータ横の大窓から解体中の天神イムズビルを撮影。ついに一階まで解体が進み、愛眼ビルだけがポツンと建つ状態になりました。エスカレーターからもポツンと建つ愛眼ビルと、周辺の再開発ビルとのコントラストが映えます。解体中、1ヶ月毎に同じような角度から撮影を続け、3月初めに1階の解体が進んでいるのを見て、天気のいいタイミングを見計らって(笑)。今年2月がこんな状態で、北隣の福岡ビル街区(福岡ビル・天神コア・天神ビブレ跡地)の基礎工事の間にイムズが更地状態になるのか、ずっと気にかけてました。ご縁をいただき、イムズは2021年7月の閉館シンポジウムにも登壇させていただきましたし、1989年の開館当日に駆けつけた思い出もあります。マック(Macint...イムズ解体が進み、愛眼ビルのポツンと感がスゴいことに!

  • 祝・北九州市60歳、発足当時の観光パンフなどの一端ご紹介

    2023(令和5)年2月10日は、北九州市が1963(昭和38)年2月10日に誕生して60年とのことで、手持ちの資料からいくつか。1枚目は1963年度市政概要や1960年代後半の北九州市の観光パンフレットなど。観光パンフレットの表紙は、福岡市が誇るグラフィックデザイナー・西島伊三雄さん。作家になる前の若き日の松本清張さんとも交流があった重鎮。1950年代から全国の観光ポスター・コンクールなどで大賞や入選作品を次々発表。ハウス「うまかっちゃん」パッケージや福岡市地下鉄の各駅シンボルマークでも知られます。観光パンフレットの本文には、北九州市発足当時の産業やレジャー施設がカラー写真で紹介されていて、今は無い小倉城ジェットコースターや若松・高塔山ロープウェイも掲載。観光パンフレットは毎年改訂版が発行されていたよう...祝・北九州市60歳、発足当時の観光パンフなどの一端ご紹介

  • ブラタモリ「高千穂」で紹介されなかった「高千穂が世間に知られるきっかけ」

    2022年1月21日夜のブラタモリ「高千穂〜神話の里・高千穂はどうできた?〜」も、とても面白かった♫独特の景観が生まれる地学的な前半と、後半の用水路開発は素晴らしい。ただし、中盤に八十八箇所巡りと共に少しだけ展開された「なぜ高千穂が世に知られるようになったか?」の下りは構成上の問題かもしれないが、最も重要な部分に全く触れなかったので、個人的には少々残念だった。高千穂峡が最初に脚光を浴びたのは今から100年前、1923(大正12)年の日豊本線延伸開業と翌1924(大正13)年の皇太子御成婚記念である。高千穂を含む西臼杵郡と宮崎県は、皇室に吉田初三郎筆「高千穂付近之図」絹本一幅を献上。それを台覧した秩父宮殿下が高千穂峡を訪問したことで、メディアを通じて注目を集めたのが最初のきっかけだと思う。「高千穂付近之図」...ブラタモリ「高千穂」で紹介されなかった「高千穂が世間に知られるきっかけ」

  • 福岡県で正月「三社詣」が庶民に広がった理由

    2023年、明けましておめでとうございます。年賀状に使用した鳥の飛翔風景は、2022年2月に小郡市で撮影したもの。絶滅危惧種のクロツラヘラサギなどが水音に驚いて一斉に飛びたった瞬間を撮りました。2022年の年末(12月25日)には、筑前町でコウノトリにも遭遇、丸囲みの写真はクロツラヘラサギとコウノトリの2ショットです。混沌としていた2022年を経て、2023年が羽ばたく年になればと写真を選びました。2枚目は、自宅マンション上階からの御来光…ここ数年は毎年、初日の出を拝んでからおせち料理を食べてます。ここからは、宝満山と四王寺山の間に太陽が昇ります。初詣は、自宅そばにある山王日吉神社(山王公園内)にまずお詣りしました。神社の入口には、旧博多駅の柱を移設保存した記念碑が建ちます。今年、2023年は地下鉄祇園駅...福岡県で正月「三社詣」が庶民に広がった理由

  • 歌手・水木一郎さんの遺してくれた昭和の名曲たちを聴く

    ふだん意識していたわけではないけど、歌手・水木一郎さんの訃報は結構ショックでした。子供心に大きな影響を受けた、水木一郎さんさん歌唱の名曲たちは永遠‥。謹んでご冥福をお祈りいたします。先日から仕事のBGMとして、水木さん追悼で手持ちのCD全集(テレビまんが主題歌のあゆみシリーズ/特撮テレビヒーロー主題歌等)収録の名曲の数々を改めて聴きなおしました♫この10数年の間に、音楽視聴はCDからストリーミング、サブスクで聴く時代へ。たくさん所有していた洋楽CDの多くを中古CD屋さんなどに引き取っていただき、手元には200枚ほどしか残していませんが、年に1度聴くかどうかのこの類のCD全集は意外と処分出来ず。今回は久しぶりに聴く機会になりました。個人的には、水木さん歌唱の主題歌はアニメ以上に特撮モノが印象深いのに、改めて...歌手・水木一郎さんの遺してくれた昭和の名曲たちを聴く

  • 劇的に進む天神ビッグバン!西日本新聞meで連載した「天神の過去と今をつなぐ」再公開中!

    西日本新聞meで1年間連載させていただいた「天神の過去と今をつなぐ」。福岡市中央区天神エリアの区画ごとの歴史&秘話ですが、有料会員向け記事として改めて2022年12月15日より全26話がアーカイブ公開されてます♫そのうち、天神ビジネスセンタービル・新天町・福岡駅ビル・西鉄グランドホテル・西日本新聞会館の5本は、ただ今無料公開中!12月に入って、新天町&パルコ、福岡中央郵便局&ショッパーズ福岡、水鏡天満宮エリア、旧MMTビル&市役所北別館などの再開発が次々と公となりました。天神が歩んだこれまでの歴史と、それぞれの区画の開発変遷を、記事を通じて改めてご確認いただければ幸いです。まだ記事にしていない区画の新作記事も、2023年は頃合いをみて発表したいと思います。・天神の過去と今をつなぐVol.25「さよなら筑鉄...劇的に進む天神ビッグバン!西日本新聞meで連載した「天神の過去と今をつなぐ」再公開中!

  • ながさき年金協会だよりで、発掘された吉田初三郎「長崎市鳥瞰図」肉筆画の考察始まる!

    11月末、長崎歴史文化博物館経由で長崎県年金協会の広報誌「ながさき年金協会だより」が届きました。この号から長崎歴博の橋本正信さん(長崎県庁文化振興・世界遺産課)による連載「吉田初三郎が描いた長崎とその周辺」が始まり、私は企画協力・監修を担当しました。歴博で今年、発掘初展示された「長崎市鳥瞰図」絹本肉筆画と、私が吉田初三郎ご遺族から譲り受けたもうひとつの「長崎市鳥瞰図」絹本肉筆画、そして印刷折本「景勝の長崎(1934年)」の関係と、比較・考察を連載でお届けします。歴博で初展示された絹本肉筆画は、1934(昭和9)年に長崎市で開催された国際産業観光博覧会のPR用に制作されました。同肉筆画は長崎市役所に展示されて1945(昭和20)年8月6日の長崎原爆投下の難を奇跡的に免れ、1958(昭和33)年に市庁舎が火災...ながさき年金協会だよりで、発掘された吉田初三郎「長崎市鳥瞰図」肉筆画の考察始まる!

  • 福岡玉屋の大正末の「珍味アイスクリーム店開始」チラシ

    先日、福岡玉屋の1926(大正15)年頃のおもしろいチラシ「玉屋納涼の新三景」を入手!これは、おそらく福岡に本格的なアイスクリームが登場した最初のもの。珍味と紹介され、しかも「アイスコロッケ(天麩羅)」なるものまで紹介されていて興味は尽きない♫福岡の食文化史の貴重な1ページかも(笑)。新しい資料発掘の面白さはこんなところに。時間を見つけて少し調べてみようと思っています。検索すると、日本のアイスクリーム生産は1920(大正9)年に冨士森永乳業の前身会社が米国製アイスクリームフリーザーを導入して工業的にアイスクリームの生産を開始したとありますね。翌1921(大正10)年には明治乳業の前身が製造を開始して、三越など百貨店で販売したとあるので、福岡最初の百貨店である福岡玉屋での販売もその流れに乗ったものなんでしょ...福岡玉屋の大正末の「珍味アイスクリーム店開始」チラシ

  • 1947年12月公開の正月映画「博多どんたく」阪東妻三郎らの宣材スチール写真

    先日入手したのは1947(昭和22)年12月30日に公開された大映正月映画「博多どんたく」の宣伝用スチール写真群です。名優・阪東妻三郎が「博多八丁兵衛(博多・古溪町の西濱屋・西頭徳蔵)」を演じた人情劇…。博多・古溪町は当時の西町流、柳の川岸設定は博多川河畔でしょうか。監修役は、ひょっとして八丁兵衛のご子孫で演劇評論や郷土史で知られる西頭三太郎さんかも?Wikiで「博多どんたく」を検索すると、現在の「博多どんたく港まつり」の形態(福岡市・福岡商工会議所・商店街などが組織を作って開催)の最初の年が映画の公開された年なので、戦後復興の象徴として大映の正月映画が作られたのかなと推察してます。余談になるけど、Wikiの中で「博多どんたく花電車」の初運行が1947年という風に書かれていますが、正確に言えば1947年は...1947年12月公開の正月映画「博多どんたく」阪東妻三郎らの宣材スチール写真

  • 新天町や福岡中央郵便局の1950年代の写真たち

    12月11日(日)午後は、久しぶりに絵葉書研究会の12月例会(JAZZ喫茶JAB貸切)に参加しました。交換会では新天町や福岡中央郵便局など、再開発計画が発表されてタイムリーな時事ネタ写真も入手しました♫いずれも1950年代の貴重な写真、福岡中央郵便局は1959年に新築落成を記念して岩田屋が贈呈した写真のようです。また「博多・土居町付近」裏面書き込みがある1945(昭和20)年6月の福岡大空襲直後の写真も入手。観察すると、現在の綱場町・昭和通りの蔵本バス停付近から中洲方向を見たアングルのようで、右奥には福岡玉屋らしき建物、その手前に十五銀行ビルも見えます。左はおそらく住友銀行など焼け残った建物の裏側…。この時期の写真は新聞社撮影か落石栄吉資料(福岡市総合図書館蔵)など限られるので、貴重かもしれません。その他...新天町や福岡中央郵便局の1950年代の写真たち

  • 歌手・水木一郎さん追悼で久々に「テレビまんが主題歌のあゆみ」CD聴きました♫

    ついに…巨星堕つ。歌手・水木一郎さんの訃報に際して、1970年代当時、子供心に大きな影響を受けた数々の名曲たちを思い出しました。謹んでご冥福をお祈りいたします。水木さん追悼で、昨日今日のお仕事BGMは30年以上前に入手した手持ちのCD全集(テレビまんが主題歌のあゆみシリーズ/特撮テレビヒーロー主題歌等)から名曲の数々を聴きなおし♫改めて作詞作曲や歌詞を見ながら聴くと、よく出来た歌だったんだと再認識。CD全集に収録されたたくさんの曲の中でも、当然ながら1970年代は水木さん歌唱の曲が一番多いんですね。高校生になった1982年以降は部活などで遅くなることが増えて、自然とテレビアニメや特撮ヒーローものをほとんど観なくなりました。当時は映画のアニメはアニメーション、テレビアニメは「テレビまんが」と言われていたよう...歌手・水木一郎さん追悼で久々に「テレビまんが主題歌のあゆみ」CD聴きました♫

  • 現地に行けないので、1940年の前田虹映「唐津くんち」絵葉書を眺めてみる

    2022年11月、唐津市で唐津神社の秋季例大祭「唐津くんち」が3年ぶりに通常開催されて、大勢の人出で賑わっています。今年はぜひ行きたいと思ってましたが無理そうなので、代わりにライフワークで研究している鳥瞰図絵師・前田虹映作の『唐津くんち』絵葉書を眺めてます。1940年頃の唐津市役所発行…なのに題名は「山笠絵葉書」の謎があり、ずっと気になっています。山口県柳井市出身の前田虹映は、吉田初三郎門下の10指を超える弟子の代表格で「初三郎代理」としても活躍。1936年に独立後は瀬戸内海沿岸の高松市や尾道市、福岡県や大分県などの西日本エリアの作品を中心に鳥瞰図や絵葉書作品を100点余描き遺し、絹本肉筆画が現地に遺っているものも多数。その代表格が、福岡市博物館や太宰府天満宮の収蔵品。いずれも虹映の長男・稀さんと共に現地...現地に行けないので、1940年の前田虹映「唐津くんち」絵葉書を眺めてみる

  • いよいよ11月7日ラストラン、特集コンテンツ「さよなら筑豊電鉄2000形」公開!

    2022年10月末、企画構成を担当している「にしてつWEBミュージアム」で新しい特集コンテンツ「さよなら筑豊電鉄2000形」が公開されています♫元西鉄福岡市内線で連接車として活躍した車両の改造車(2003号車)。かつて路面電車王国だった福岡県で最後となる現役で活躍していた旧路面電車車両ですが、いよいよ11月7日にラストランとなります。サイトでは、天神や西鉄グランドホテル前を走っていた頃の連接車のレア写真も、にしてつアーカイブスから選択して掲載しました!ラストランを記念したフォトブック「さよなら筑鉄2000形」も通販開始。Vol.25「さよなら筑鉄2000形」Vol.26「西鉄600形60th」などフォトブックシリーズ通販ページ新刊『松永安左エ門と福岡の近現代史』拙著「美しき九州〜大正広重・吉田初三郎の世界...いよいよ11月7日ラストラン、特集コンテンツ「さよなら筑豊電鉄2000形」公開!

  • ハロウィン的な仮装が楽しい、昔の博多どんたく絵葉書

    10月31日、巷はハロウィン仮装で盛り上がっているらしい。日本にハロウィンがいつ頃、何きっかけで齎されたのかは調べてないが、博多には仮装してお祭り騒ぎをする風習は「どんたく」として明治後期には根付いていたようで、100年前の絵葉書にもたくさん仮装写真がある。その時代の流行を取り入れた仮装写真の絵葉書もたくさんあって、時系列で並べると博多の世相流行もなんとなく伝わってくる。それにしても、博多どんたくと博多松囃子の区別がないものが大半で、郷土史を齧っている者としては少々複雑な気持ちもあったり(笑)。仮装の定番といえば、意外に多いのが女装した男性(笑)。これは絵葉書ではなく写真館で撮影された記念写真だけど、相当に気合が入っている。まさに「芸どころ博多」を語る記録かもしれない。100年以上前のどんたくの絵葉書で楽...ハロウィン的な仮装が楽しい、昔の博多どんたく絵葉書

  • 100年前、鉄道50年の際に「鉄道旅行案内」が刊行されて旅行ブームが起こる

    今から150年前の1872年10月14日、東京・新橋〜横浜間で日本初の鉄道が開業した記念日ということで、100年前の「鉄道50年」を迎える際に鉄道省から刊行されて「鉄道旅行ブーム」のきっかけとなった「鉄道旅行案内」の1921年版と1924年版(改訂版)を少しだけご紹介。表紙や本文挿絵・路線鳥瞰図は、私がライフワークで研究を続けている鳥瞰図絵師・吉田初三郎が担当しています。当時の鉄道省線を網羅していますが、路線図を鳥瞰図にしたことで地図に馴染みが薄い人々にもイメージが湧きやすくなったのでしょうね。当時はまだカラーの写真印刷技術も未完成で、沿線風景や名所旧蹟がわかりやすくカラーで描かれたこの旅行案内はあっという間にベストセラーとなったそうです。鳥瞰図だけでなく、随所に挿入された初三郎が描いた絵物語も、旅への誘...100年前、鉄道50年の際に「鉄道旅行案内」が刊行されて旅行ブームが起こる

  • フォトブック最新刊「西鉄600形60th記念スペシャル 1962-2022」発売!

    2022(令和4)年10月16日(日)、3年ぶりに開催される「にしてつ電車まつり2022」で発売開始するフォトブック新刊「西鉄600形60th記念スペシャル1962-2022」の通販サイトでの予約受付を開始しました!発送開始は10月15日予定、12月末までは送料無料でお届けします。現在も西鉄貝塚線で現役の601号(旧にゃん電)など3両は、1962(昭和37)年秋の運行開始から60年を迎えました!今回の記念フォトブックでは、大牟田線デビュー当時から甘木線乗り入れ、貝塚線転籍から現在までの歩みを貴重写真で振り返っています。登場時はマルーン&ベージュ、急行や特急車両としても活躍。アイスグリーン塗色になってから1990年代は甘木線でも活躍しました。2022(令和4)年9月25日から601号は記念ヘッドマーク搭載で...フォトブック最新刊「西鉄600形60th記念スペシャル1962-2022」発売!

  • 1979年と1986年の映画フリーペーパー「シネふくおか」

    福博の古い映画館・劇場の資料、とくに中洲エリアに関するものはずっと意識的に収集しています。先日、中洲・大洋映画劇場の岡部社長と会話した際、福岡市内の映画館情報をまとめたフリーペーパー「シネふくおか」の話になり、過去のバックナンバーをまとめた縮小版を見せていただきました。帰宅してから、手持ちの古い「シネふくおか」を取り出して久しぶりに観察。やっぱり面白いです。1枚目は1979年9月号、福岡東映パラスで「銀河鉄道999」、中洲大洋で「未来少年コナン」「野球狂の詩」が公開されてました。私自身は「銀河鉄道999」は、実家のある福岡県豊前市にあった「宇島映劇」というオンボロ映画館で観ました。この映画館はその後すぐに閉館、同時上映は「エースを狙え!」だったと記憶しています。3枚目は1986年8月号、「天空の城ラピュタ...1979年と1986年の映画フリーペーパー「シネふくおか」

  • フォトブック最新刊「さよなら筑鉄2000形〜他社へ転籍して活躍した西鉄路面電車」発売!

    3年ぶりの西鉄フォトブックシリーズの最新刊「さよなら筑鉄2000形〜他社へ転籍して活躍した西鉄路面電車」を2022年10月10日より、当方運営の通販サイトで発売します!かつて西鉄福岡市内線で活躍した連接車をベースに、北九州線連接車を中間車両に加え3連接に改造した筑豊電鉄2000形は、最後の現役車両2003号が今年11月7日限りで引退します。引退を記念して、かつて福岡で走っていて他社へ転籍して頑張った路面電車を含めて、1冊にまとめました。筑豊電鉄での2000形の変遷を中心に、広島電鉄・熊本市交通局・長崎電気軌道そして2年前までおはら祭りPRで活躍していた鹿児島市交通局の花電車などを掲載。最近の写真は、私自身が現地へ出向いて撮影したものが中心です。通販は2022年12月31日ご注文までは送料無料。予約注文ペー...フォトブック最新刊「さよなら筑鉄2000形〜他社へ転籍して活躍した西鉄路面電車」発売!

  • 完成から25年、西鉄天神高速バスターミナル&ソラリアターミナルビル

    2022年9月16日に放送されたTNC『報道ワイド記者のチカラ』マイニチ出口調査は、天神ビッグバン最前線で解体作業中のイムズビルのあとに、完成から25年を迎えたソラリアターミナルビルと3階の「西鉄天神高速バスターミナル」を取り上げていただき、その歴史や役割・効果などの解説役で出演しました。ちなみに、ここは2015年夏、タモリさんを貸切バス「ブラタモリ号」へ案内した場所(ブラタモリ#18福岡と鉄道編)です。最近、同番組コーナーも資料協力などが続いていて、今回はバスミュージアムの「ひのくに号60周年」特集展示の前で取材に応じた形です。福岡市および天神地区の発展に欠かせない存在がバスターミナル、各地へ広がる高速バス・夜行高速バス網の歴史も少しだけ紹介させていただきました。このコーナーもそうですが、最近は在福テレ...完成から25年、西鉄天神高速バスターミナル&ソラリアターミナルビル

  • ひと駅ノスタルジー「嬉野温泉駅」編の覚え書き

    2019年4月に始まったFBSめんたいワイド月曜日の人気コーナー「ひと駅ノスタルジー」。ケン坊田中さん(田中健二さん)が古写真を持って駅最寄りの歴史や逸話を巡るもので、ご縁をいただき開始当初から企画をお手伝いしています(今は2週に一度お手伝い)。2022年9月12日(月)放送回では、西九州新幹線開通を直前に控えたタイミングで「嬉野温泉駅」編がオンエアされました。今年4月以降、西日本新聞社に連載していた「天神の過去と今をつなぐ」執筆などを終えたこともあり、ロケには可能な範囲で同行しています。博多と長崎を結ぶ「長崎街道」の宿場町・温泉街として繁栄してきた嬉野温泉に鉄道駅が開業したのは91年ぶりだそうですが、今回はこのコーナーでよく取り上げられる鉄道廃線&駅跡などではなく、純粋に嬉野温泉の歴史がテーマでした。古...ひと駅ノスタルジー「嬉野温泉駅」編の覚え書き

  • デザイン資料として保管していた1980年代の懐かしい映画チラシ

    先日、昔の映画の話になって、倉庫に仕舞い込んでいた200冊ほどの古い映画チラシ保存ファイルを久しぶりに開いてみた。何冊か眺めた中にあった、個人的に1980年代の印象的な映画チラシをいくつかご紹介。これらは、サブスクで映画やドラマが観られるようになった今も、時々観たくなる作品ばかり。映画チラシを集め出したのはデザイン専門学校の学生時代。天神や博多駅を巡って、広告デザインのリサーチ手法を学ぶ実習授業で、自分の気に入ったデザインのチラシやパンフレットを集め、スクラップし始めた。今に至るまで、映画館に行けば気になる映画のチラシは手に取り、年1回クリアファイルで整理してきた。当時、天神の紀伊国屋書店(天神コア6F)へ行けば、デザイン雑誌や画集などもたくさん並んでいたが、貧乏学生に手が出る価格ではない。気になる映画や...デザイン資料として保管していた1980年代の懐かしい映画チラシ

  • 博多駅開拓史〜博多駅エリアまち物語

    9月14日午後、ご縁をいただき「博多駅エリア発展協議会」様のWグループ向け講演「博多駅開拓史〜博多駅エリアまち物語」の講師を担当させていただきました。事前に事務局のご担当者様と打ち合わせ、再開発「博多コネクティッド」に関わる会員様・ご担当者様からのリクエストも受けての盛りだくさんトークでした。今回の講演は、昨年に続き「はかた大学」さんの2022年度講座「松永安左エ門と福岡の近現代史〜鉄道と電力・ガスとターミナル百貨店」を5月31日に担当したことがご縁となり、博多駅エリアの発展史を学びたいとのことで実現しました。博多部や天神エリアについての歴史経緯のご依頼はこれまで幾度となくありましたが、テレビ番組の企画を除けば本格的に博多駅エリアの歴史を話す機会は初めての経験でした。タイトルに「開拓史」と付けた理由は、歴...博多駅開拓史〜博多駅エリアまち物語

  • N-Studio TENJINの配信番組『天神今泉がうみだす文化-過去~未来』に出演。

    9月9日(金)午後、西日本新聞社の動画配信スタジオ「N-StudioTENJIN」のオープニング記念トーク番組『天神今泉がうみだす文化-過去~未来』に生出演しました。今泉エリアの歴史について話すことになり、手持ちの古地図や資料群、既存の刊行書籍を含めて改めてチェックしたのですが、意外に今泉についての記述そのものが無いことに気づきました。手持ちの戦前や戦後の住宅案内図なども総チェックし、天神エリアの変遷と対比して時系列で歴史を確認。事前の打ち合わせやリハーサルを経て簡潔にまとめました。今泉エリアの歴史文化トーク、諸々ご縁に感謝です。私自身もとても勉強になりました。皆さまありがとうございました(^.^)。トーク番組はYouTubeにてアーカイブス配信中です♫動画配信スタジオ「N-StudioTENJIN」オー...N-StudioTENJINの配信番組『天神今泉がうみだす文化-過去~未来』に出演。

  • 『天神大牟田線高架化の歴史』コンテンツが公開されました!

    2022年8月28日(日)朝に高架線が開通した西鉄天神大牟田線の雑餉隈ー下大利間にちなみ、企画構成を担当する「にしてつWEBミュージアム」に、特別コンテンツ『天神大牟田線高架化の歴史』が追加公開されました!福岡駅、高宮・大橋駅、西鉄久留米駅、花畑駅など、過去の高架線開通を写真や当時のにしてつニュース記事・パンフ・記念切符などでご紹介しています♪今回の西鉄天神大牟田線の雑餉隈ー下大利間の高架新線への切替工事は、8月27日深夜から28日朝にかけて行われました。私はご縁をいただきメディア各局の取材陣に混じって、工事風景などを間近で記録撮影させていただきました。以下は雑餉隈側切替ポイントでの深夜の工事風景です。以下は早朝、すでに線路上の仮舗装が終わった下大利駅南側の踏切。以下は試運転車両が来る前、メディア向け撮影...『天神大牟田線高架化の歴史』コンテンツが公開されました!

  • 春日市制50周年記念トークショー「あの日の春日へ~知らなかった!こんな近現代史」に椎葉ゆうさんとの対談で登壇します。

    2022年11月12日(土)午後、ご縁をいただき春日市ふれあい文化センターのイベントに登壇します。春日市制50周年記念のトークショー「あの日の春日へ~知らなかった!こんな近現代史」は、春日市出身のタレント・DJ椎葉ゆう氏との対談。JR鹿児島本線や西鉄天神大牟田線、新幹線車両基地などに囲まれた春日市の近現代史や交通史トリビアに焦点を充てます。ちょっとブラタモリ的な視点も加えて話そうと思い、現地を何度か巡って、9月に入りスライド資料作成も開始しました。昨年「松永安左エ門と福岡の近現代史」を刊行しましたが、執筆の過程で松永が最も力を注いだのが九州鉄道(現・天神大牟田線)の開業と沿線開発だということが改めて判り、その全容を含めて資料を交えてご紹介したいと思っています。もちろん、西鉄軍や西鉄クリッパース、西鉄ライオ...春日市制50周年記念トークショー「あの日の春日へ~知らなかった!こんな近現代史」に椎葉ゆうさんとの対談で登壇します。

  • 「映画のまち、博多・東中洲」歴史ポイントの授業

    8月29日(月)午前中、九州大学大橋キャンパスにて九州大学芸術工学部の「映画のまち東中洲歴史ポイント」と題したレクチャー授業を担当させていただきました。戦前から20館を超える映画館があり「映画館の街」としても知られた中洲を舞台に、映画制作演習授業を行うとのこと。中洲の歴史をしっかり語ると10時間コースになるのですが、今回はフィールドワーク前の基礎ということで50分授業+質疑応答という短時間レクチャー。なんとなく知っていそうなものや他でも聞けるものは外し、エピソードを抜粋して対応しました。具体的には、福岡玉屋や中洲市場、大洋映画劇場など中洲のまちで聴き取りできる内容には触れず。それ以外のエポックな事実を30ほど抜粋。質疑応答の際に学生さんから「中洲の大正ロマン的なエピソードを知りたい」とのことがあり、その場...「映画のまち、博多・東中洲」歴史ポイントの授業

  • 49年の歴史に幕。最終日の珈琲舎のだミーナ天神店へ

    8月15日(月)朝、改装のために一時閉館する最終営業日のミーナ天神へ。49年前の1973(昭和48)年、前身のマツヤレディス開業当時から入居してきた地下1階「珈琲舎のだミーナ天神店」は、この日が最後の営業日。1985年に初めて訪れて以降、待合せ・打合せを含めて、このお店で何杯珈琲を飲んだことだろう。閉店が決まって以降も7月・8月に2回、ここで打合せをした。昭和薫るお気に入りの純喫茶空間で最後のアイスコーヒーを味わっていると、見慣れた顔のカメラマンが声をかけてきた。いつもFBSめんたいワイド「ひと駅ノスタルジー」ロケでご一緒している方だ。この日放送するTVQ「ふくサテ!」の取材とのことで常連客の一人としてコメントをした。この日は企画をお手伝いしている16時台の「ひと駅ノスタルジー」は、お盆の博多駅スペシャル...49年の歴史に幕。最終日の珈琲舎のだミーナ天神店へ

  • 原爆や火災の難を奇跡的に免れた吉田初三郎「長崎市鳥瞰図」絹本肉筆画が長崎歴史文化博物館で限定初公開!

    長崎歴史文化博物館よりご案内をいただき、2022年8月4日は同館の特別展「西九州新幹線開業記念展〜ながさき・かもめ今昔」を観覧させていただきました。特別展は2022年7月16日(土)から8月28日(日)まで開催されています。令和4年(2022)9月23日に開業を迎える西九州新幹線、この企画展では長崎地方の鉄道史を貴重な資料群から学び、プラレールやグッズなどを大人も子供も楽しめるとあって、夏休みにぴったりのイベントです。今回、博物館からご連絡をいただいたのは、展示品のなかに鳥瞰図絵師・吉田初三郎の「長崎市鳥瞰図」絹本彩色肉筆画があるからです。この図の詳細や価値について、研究者である私に相談をいただき、現地へ駆けつけて確認した次第です。鳥瞰図は幅230センチほどの額装、経年劣化による退色や傷があるものの、19...原爆や火災の難を奇跡的に免れた吉田初三郎「長崎市鳥瞰図」絹本肉筆画が長崎歴史文化博物館で限定初公開!

  • 大刀洗平和記念館で幻の戦闘機「震電」実物大模型を観覧!2月に筑前町の歴史地図講座を担当します。

    2022年7月30日(土)朝イチで筑前町立「大刀洗平和記念館」へ行きました。当日はお隣の大刀洗町で「えだまめ収穫祭」も開催され、その前に立ち寄る形でした(大刀洗町は応援大使になっています)。今回はご縁をいただき、2023年2月18日(土)に筑前町めくばーる町民ホールで講演「地図アプリで読み解く筑前まちの魅力〜古代測量から交通史まで(要予約)」講師を担当することになりました。以下は、筑前町のホームページで公開されているイベント情報(筑前町マンスリーコンサート2022)から。筑前町の歴史といえば、歴史民族資料館とともにまず町内にある大刀洗平和記念館です。最新情報や展示とアプリ等の活用情報などもリサーチさせていただきました♫もちろん、7月に展示公開が始まった「震電」実物大模型も隅々まで確認させていただき、関係す...大刀洗平和記念館で幻の戦闘機「震電」実物大模型を観覧!2月に筑前町の歴史地図講座を担当します。

  • 福岡県建設業協会の情報誌「ひとまちふくおか」に「博多のまち物語〜博多駅地区開拓史」を執筆しました。

    先日、福岡県建設業協会の情報誌「ひとまちふくおか」最新号の見本が手元に届きました(^.^)。昨年に続いてご縁をいただき特集「博多のまち物語〜博多駅地区開拓史」を執筆させていただきました♫見開き2ページでは変遷のさわり程度の紹介しかできませんが、とりあえず執筆は良い経験になりました。ご縁に感謝です。以下サイトで閲覧可能…・福岡県建設業協会「ひとまちふくおか」新刊『松永安左エ門と福岡の近現代史』LOVEFM76.1mHz「九電グループpresents歴史ロマン街道」ふくおか喫茶店文化史(1)マッチラベルと広告記念フォトブック「福ビルと天神の60年〜さよなら福岡ビル・再開発記念フォトグラフ」残数わずか!新刊Vol.24「天神大牟田線80th歴代車両図鑑」等フォトブックシリーズ全27冊通販ページにしてつWebミュ...福岡県建設業協会の情報誌「ひとまちふくおか」に「博多のまち物語〜博多駅地区開拓史」を執筆しました。

  • 運行開始60年!高速バス「ひのくに号」の歴史をたどる写真展開催!

    今から60年前の1962(昭和37)年8月8日に特急バスとして運行を開始した福岡ー熊本線高速バス「ひのくに号」。西日本鉄道と九州産業交通が共同で運行を開始してから60年を記念した「ひのくに号60周年写真展」が、西鉄天神高速バスターミナル(福岡市中央区天神)のバスミュージアム・コーナーで始まっています。歴代車両や懐かしの福岡バスセンター&天神景に当時の時刻表やポスター、歴史も含めてのご紹介です。企画構成を担当しているにしてつWEBミュージアムの特集ページ「ひのくに号60周年」も追加公開されました!併せてご覧いただければ幸いです。ひのくに号は、いわば福岡市が九州NO.1都市の地位を確立し、天神が躍進する過程で大きな役割を果たしてきた高速バス網の代表格。ひのくに号誕生の前年、1961(昭和36)年12月に西鉄福...運行開始60年!高速バス「ひのくに号」の歴史をたどる写真展開催!

  • 福岡空港に遺る「板付基地」痕跡がまたひとつ消える

    2022(令和4)年5月29日、久しぶりに福岡空港脇を通ると、ついに西日本空輸の格納庫など施設の解体工事が始っていました。ビートルズ来日の頃、1966(昭和41)年6月、雁の巣飛行場から移転開設当時からの建物です。当時はまだ米軍板付基地の一角を福岡空港(板付空港)として使用していた時代。現在の国際線ターミナル一帯は板付基地でした。以来、西日本空輸の建物は54年余にわたって福岡空港の発展を見守りつつ、空港景のひとつとして存在感がありました。2020(令和2)年3月に新設された福岡市東区「奈多ヘリポート」への移転が完了していたので、解体は時間の問題でしたが、いざ解体が始まると寂しいものです。以下、2年前にこの件はブログにも投稿しています。福岡空港にある板付基地時代の名残りの門柱正門脇の「西日本空輸板付基地」銘板も撤...福岡空港に遺る「板付基地」痕跡がまたひとつ消える

  • 製鉄所煉瓦工場(鉱滓煉瓦工場)の絵葉書

    先日入手した「製鉄所煉瓦工場」絵葉書。いわゆる「煉瓦工場」で働く方が八幡町から知人宛に出したものです。官営八幡製鐵所がある北九州市を中心に、鉱滓煉瓦の建物は福岡県内などに遺りますが、その製造工場ということでしょうか。北九州地区にある近代化遺産に数えられる建造物の多くは鉱滓煉瓦で造られている訳で、この絵葉書にも興味を持ちました。以下「鉱滓煉瓦」参照ページ。焼かないれんがのものがたり・鉱滓煉瓦/北九州の【鉱滓煉瓦】のお話なぜ灰色?鉄都北九州の「れんが」製鉄所の副産物、戦前から活用官営八幡製鐵所絡みの絵葉書は500枚余入手してますが、煉瓦工場は意外にレアなのか、30年近く絵葉書を収集していて初めてちゃんと見ました。1911(明治44)年の消印…。鉱滓煉瓦といえば、先日も大川市の旧吉原家住宅へ伺って煉瓦塀に見惚れました...製鉄所煉瓦工場(鉱滓煉瓦工場)の絵葉書

  • 幻の「船越鉄道」株主名簿に渋沢栄一ら近代偉人がズラリ

    先日、ずっと探していた幻の「船越鉄道」株主名簿を入手しました。日清戦争の頃、筑豊炭田の石炭を博多経由で船越(糸島市船越)まで運ぶための鉄道計画。戦後不況などで計画は頓挫し、熱を入れていたという紙与呉服店(渡辺通りに名前を遺す)3代目・渡辺與三郎は、責任をとり「與八郎」へ改名するきっかけとなった未成線計画。参照:にしてつWEBミュージアム「特集・渡辺與八郎の未来都市」船越鉄道と博多絹綿紡績600名を超える株主や引き受け株数を見ると、色々な人間模様も見えてきます(^.^)。名簿の筆頭には黒田長成公、次からは昨年の大河ドラマ「青天を衝け」に登場した渋沢栄一をはじめとする東京の面々が名を連ねて…。とくに渋沢栄一については、船越鉄道の発起&支援には欠かせないとの判断から、福岡へ招いて計画地や終点・船越湾などの視察を計画す...幻の「船越鉄道」株主名簿に渋沢栄一ら近代偉人がズラリ

  • 福岡最初の写真師が写した古写真考察

    先日入手した古川写真館製の古写真2枚。福岡橋口町と西中島橋、改めて観察すると1905(明治38)年の日露戦役歩兵第24福岡連隊の凱旋パレード景のようですね。第17国立銀行(福岡銀行の前身)の建物消失後、福岡郵便局前を通過する写真と、中洲中島町を望む写真です。西中島橋が架かる道路は戦後に拡幅されて昭和通り隣、第17国立銀行の跡地には現在赤煉瓦文化館(旧日本生命九州支社)が建っています。福岡における最初の写真師・古川俊平が経営した古川写真館製の古写真は50点余収集してますが、保存状態はこれが最も良いかも…。上の写真、左端に少し見えている木造3階建は旅順館でしょうか…。ちなみに、この写真のパレードの背景となる「日露戦争」に関連して筥崎宮では、日本海海戦が行われた5月27日の記念日に併せて、毎年5月27日・28日に「さ...福岡最初の写真師が写した古写真考察

  • 冷房を搭載した日本初のデラックスバス

    1958(昭和33)年頃の「観光の福岡」パンフレットに掲載されていた日本初の冷房を搭載した西鉄「貸切デラックスバス」。西日本車体工業・いすゞ自動車と共同開発で、エアサスペンション、リクライニングシート、キッチンまで装備されだ、まさにデラックスな仕様だったそうです。流線形ボディーがけっこうお気に入り。写真の場所は、福岡市西区の長垂海岸から今津にかけての海岸でしょうか。当時、このエリアが福岡市内で最もプッシュされている夏の観光名所でした。毎年更新発行されていた「観光の福岡」パンフレット。表紙は初期の福岡空港、この頃すでに西鉄さんは地上カウンター業務をはじめ空港の運営に関わっていたそうです。福岡空港の紹介ページ。この頃は当然ながら沖縄は日本返還前なので福岡〜沖縄線は国際線ですね…。沖縄が日本に復帰した1972(昭和4...冷房を搭載した日本初のデラックスバス

  • 5月31日夜、はかた大学「松永安左エ門と福岡の近現代史」開催

    2022(令和4)年5月31日(火)夜開催の「はかた大学」の最新講座、知っているようで知らない福岡の近現代史(第2弾)告知が公開されました!5月24日まで参加受付中(先着順・参加費無料・要登録)です。テーマは「松永安左エ門と福岡の近現代史」。JR博多シティ10F会議室でのリアル講座(20名限定)&zoomオンライン講座で開催されます!昨年開催したオンライン講座「双子都市・福岡」の講座レポートも公開されています。西日本新聞me「追跡天神ビッグバン」拙著連載「天神の過去と今をつなぐ」連載終了(2022年6月末まで公開中!)新刊『松永安左エ門と福岡の近現代史』LOVEFM76.1mHz「九電グループpresents歴史ロマン街道」ふくおか喫茶店文化史(1)マッチラベルと広告記念フォトブック「福ビルと天神の60年〜さよ...5月31日夜、はかた大学「松永安左エ門と福岡の近現代史」開催

  • まるで宇宙戦艦!黒崎そごう開店(1979年10月6日)

    2022(令和4)年4月25日に開業した「ららぽーと福岡」。その前日、4月24日に開催された筥崎宮蚤の市「風の市場」で私が入手したのは、1979(昭和54)年10月6日に開業して、今回のららぽーと同様に大きな注目を浴び、当時「九州最大」の商業施設だった「黒崎そごう」のパンフレットです!ほぼ完品の豪華パンフですが、久しぶりに面白い資料が発掘入手できて大興奮!キャッチコピーも素晴らしい!「まるで宇宙戦艦!黒崎そごう」ということは、当時映画が続々公開された「宇宙戦艦ヤマト」にあやかったものでしょうか。1979(昭和54)年といえば、ららぽーと福岡に等身大立像が登場した「機動戦士ガンダム」放送の頃でもあり、何気に過去と今がリンクしている気もしたり(笑)。パンフレット内の「そごうは公園をつくることから始めました」等のキャ...まるで宇宙戦艦!黒崎そごう開店(1979年10月6日)

  • ニッスイ戸畑ビル完成当時の絵葉書

    先日、ようやくニッスイ戸畑ビル(ニッスイパイオニア館、戸畑区銀座2丁目)完成当時(1936年)に発行された絵葉書セット6枚が揃いました(^.^)。下関で創業し、1929(昭和4)年に戸畑へ本拠を移した(翌年移転完了)前身会社(共同漁業)の建物として完成したもの。共同漁業が「日本水産株式会社」に社名変更したのは1937(昭和12)年だそうです。これまで外観の絵葉書だけは人気が高く、この10年なかなか入手出来ず。以前、FBSめんたいワイド「ひと駅ノスタルジー」戸畑駅編でニッスイパイオニア館へ潜入した頃も、ずっと探していました。以下は、ロケ時に撮影したもの。今年は、戸畑で誕生したニッスイの代名詞「フィッシュソーセージ」が1952(昭和27)年10月に本格生産が始まってから70年の節目です。コロナ禍ですが、久しぶりにニ...ニッスイ戸畑ビル完成当時の絵葉書

  • ギンギラ太陽’s「ドラッグストア大戦争」観劇記(6月5日〜9日公演あり)

    2022(令和4)年5月9日(月)夜、約3年ぶりのギンギラ太陽’sの短編ライブ『天神ビッグ・バン!バン!バン!bin.6ドラッグストア大戦争』初日公演が行われた天神劇場へ行きました。いつかはやってほしかった“ドラッグストア“をテーマにした公演が実現!今年創業120年で二日市発祥&天神を第二の故郷とする「大賀薬局」を中心にした物語は、ギンギラファンならずとも必見舞台です♪大賀薬局の他にも、福岡で馴染みある地元チェーンや全国チェーンが続々登場!また、今回の短編ライブでは、お馴染みの100円ショップによる昭和歌謡ショーも必見です。ギンギラの福岡での公演は、基本的に地元の人が「クスっ」と笑えるような時事ネタ&歴史ネタが散りばめられていますが、100円ショップの歌謡ショーなどは、今年デビュー50周年・西城秀樹さんのあの名...ギンギラ太陽’s「ドラッグストア大戦争」観劇記(6月5日〜9日公演あり)

  • 昭和21年春、サザエさんの連載が始まった頃の岩田屋「おつとめ奉仕」広告チラシ

    数年前に入手したまま未整理だったものを整理中。岩田屋呉服店時代の案内状やハガキに混じって、岩田屋百貨店の「百貨五十銭・一圓均一」の古い広告チラシを発掘!チラシ下部に「1946年4月」の日付記載あり。ということは、終戦間もない昭和21年4月28日〜5月4日にかけての「おつとめ奉仕」広告!戦後の統制下、品物がない中で京阪神・東京から大量に仕入れた日用品・家庭用品などを安値販売したようです。当時の天神界隈はまだ焼け野原が広がり、闇市などがある時代。新天町もまだ建設中です。今なら、いわゆるゴールデン・ウィークの真っ最中ですが、日本国憲法の公布・施行前なので、祝日や休日でもない平日の売り出し。裏面を観察すると、春の呉服一掃セールに加えて、食料品の御用聞きも行なっていたようで興味深い内容です。時期的には、ちょうど長谷川町子...昭和21年春、サザエさんの連載が始まった頃の岩田屋「おつとめ奉仕」広告チラシ

  • 四明治十年十二月?新聞の日付がヘンな…

    10年以上前に入手した未整理段ボール箱の資料整理中に、古い福岡日日新聞(西日本新聞の前身)が出てたのだけど??日付がなんか変で「四明治十年十二月?」とある。これは、活字時代ならではの日付大誤植らしい。他の頁を観る限り「明治四十年十二月」が正解らしい…「四」がへんな場所に。西南戦争のあった明治十年だと、福岡日日新聞の前身「筑紫新聞」創刊時代になってしまう。その日付だと逆に大発見だったかも(笑)。他の記事も、よく観察すると興味深いので、ゆっくりと読みます。西日本新聞me「追跡天神ビッグバン」拙著連載「天神の過去と今をつなぐ」連載終了(2022年6月末まで公開中!)新刊『松永安左エ門と福岡の近現代史』LOVEFM76.1mHz「九電グループpresents歴史ロマン街道」ふくおか喫茶店文化史(1)マッチラベルと広告記...四明治十年十二月?新聞の日付がヘンな…

  • 福岡の常識、西鉄バスの「中乗り前降り」ワンマン路線バスはココから⁉︎

    未整理の段ボールを整理してたら55年前の面白いチラシが出てきた!福岡の常識、西鉄バスの「中乗り前降り」ワンマン路線バスはココから⁉︎にしてつWEBミュージアムの沿革ページで確認してみた。色々と試した結果、今の常識が生まれたんですね。以下、整理。・1964(昭和39)年10月6日福岡・北九州市内の均一運賃路線でワンマンバス運行開始(前乗り中降り方式)・1966(昭和41)年3月1日整理券方式のワンマンバス運行開始(前乗り前降り方式)・1967(昭和42)年9月30日中乗り前降り(現在の方式)ワンマンバス登場!参考:にしてつWEBミュージアム・思い出写真館「路線バス車両の変遷」など#西鉄バス#中乗り前降り#ワンマンカー#バスの乗り方西日本新聞me「追跡天神ビッグバン」拙著連載「天神の過去と今をつなぐ」連載終了(20...福岡の常識、西鉄バスの「中乗り前降り」ワンマン路線バスはココから⁉︎

  • 新刊「博多どんたくと川端通商店街」通販&店頭販売開始!

    2022年5月1日に川端通商店街「博多どんたく懐かし写真展」会場で先行発売したフォトブックシリーズ最新刊、写真展の会期も無事に終了して通販を開始しました!博多どんたくと川端通商店街(懐かしのどんたく風景&フォトコンテスト応募作)博多・川端通商店街や老舗各店に遺る記録写真に加えて、2021年春に開催した「懐かしのフォトコンテスト」応募作や編者・益田の収蔵写真を加え、懐かしい昭和のどんたく&中洲川端エリアの写真を一冊にまとめました!福岡玉屋や渕上百貨店(ユニード渕上)、アーケード設置前の商店街の写真、さらにどんたく花電車の写真も掲載してます。アソシエ企画編纂、川端通商店街(上川端商店街&川端中央商店街)限定1000部の発行です。お求めは、アソシエ地図の資料館ミュージアムショップ通販のほか、川端通商店街「ぜんざい広場...新刊「博多どんたくと川端通商店街」通販&店頭販売開始!

  • 博多・川端通商店街「懐かしのどんたく写真展」5月5日まで

    今年も5月1日から5日まで、博多・川端通商店街の特設会場にて『懐かしのどんたく写真展(入場無料)』の企画運営を担当してます。商店街に遺っていた写真を中心に、私が収集した昭和時代の街並みや花電車&路面電車の写真などで構成。2019年まで務めた博多カレンダー委員で記録撮影した博多松囃子の写真なども展示しています。川端通商店街のマツキヨ向かい、足元を見る方は「ドキンちゃん」イラスト、デジタルサイネージが目印です♪会場では、昭和時代のレトロな写真群スライドショーも上映中!さらに、フォトブック新刊『博多どんたくと川端通商店街』をはじめ、既刊フォトブックなども割引(千円均一)頒布。川端通商店街オリジナルの『どんたくしゃもじ』も数量限定頒布中です。さらに、会場の一番奥には、私の撮りためた「ふくおかまちねこ歩き」写真もポスター...博多・川端通商店街「懐かしのどんたく写真展」5月5日まで

  • 3月22日は、福岡市地下鉄と国鉄筑肥線の相互直通運転開始の記念日

    今から39年前の1983(昭和58)年3月22日、福岡市地下鉄が姪浜〜博多仮駅間で延伸開業して、国鉄筑肥線との相互直通運転が始まったとのこと。3月22日は記念日なんですね。手持ちのアーカイブ写真フィルム群から、開通当日の写真を数点公開(^.^)。前日限りで旧筑肥線は営業終了。旧筑肥線廃止前の記録写真群は、私のアーカイブサイト「懐かしの風景・街並みアーカイブス」で公開してます。国鉄筑肥線姪浜〜博多間廃止(1983年)上の写真は、今宿駅のようですね。西日本新聞me「追跡天神ビッグバン」拙著連載「天神の過去と今をつなぐ」公開中!新刊『松永安左エ門と福岡の近現代史』LOVEFM76.1mHz「九電グループpresents歴史ロマン街道」ふくおか喫茶店文化史(1)マッチラベルと広告記念フォトブック「福ビルと天神の60年〜...3月22日は、福岡市地下鉄と国鉄筑肥線の相互直通運転開始の記念日

  • ねこの日特集!たまには撮りためた地域ねこ写真をば。

    普段このブログにねこの写真はほとんど投稿しませんが、今年は2が6つも並ぶ「スーパー猫の日」だそうで、番外編で日頃散歩中に撮影している公園ねこ・街ねこ・島ねこの写真です。ねこ撮影のこだわりとして、自然体のねこを中望遠レンズ等で適度な距離(5m以上離れる)で撮影することを心がけています。1枚目は、昨年9月に某公園で撮影した写真。百日紅の花をバックに、空を飛ぶ鳥を見上げたところを撮影。上の写真は、今日2月22日の夕方に某公園で撮影した一枚。これも、すぐ上を飛んだ鳥を見上げたところを撮影。ふだんから散歩コースなので、見かけると撮影します。今は梅園の梅が満開です。3枚目は、美野島の某公園で見かけたハチワレ猫。昔からの路地が多く、路地には猫がつきもの。赤煉瓦塀が遺るような古い街並みや古道、下町的な場所を散歩コースにしている...ねこの日特集!たまには撮りためた地域ねこ写真をば。

  • コウノトリには会えずも、甘木鉄道そばで絶滅危惧種クロツラヘラサギの群れに遭遇。

    コウノトリが来ると聞いて、先日仕事の帰りに小郡市・大添堤(ため池)に立ち寄ったところ、コウノトリは居なかったものの、クロツラヘラサギ(絶滅危惧種)の群れがいて驚きました。くちばしがヘラのような形をしています。数えると11羽、絵地図作家の村松昭さんに描いてもらった「博多湾周遊絵巻」「遠の朝廷大宰府・天満宮散策絵図」制作時(2005年)に野鳥観察に興味を持ち、それ以来冬場は和白干潟などに野鳥を観に行くのですが、こんなに多くのクロツラヘラサギを見るのは初めてでした。上の写真では、手前がクロツラヘラサギ(絶滅危惧種)で、奥がヘラサギ。顔の部分や個体の大きさに違いがあり、望遠レンズで撮影すると違いがわかります。大添堤は、薩摩街道・秋月街道「松崎宿」跡そば、甘木鉄道・松崎駅に隣接しています。私はFBSめんたいワイドの月曜日...コウノトリには会えずも、甘木鉄道そばで絶滅危惧種クロツラヘラサギの群れに遭遇。

  • 戦前の到津遊園「ミッキー横町」が気になる!

    先日、小倉・到津遊園(現・到津の森公園)の戦前絵葉書集の中で未入手だった「ミッキー横町」絵葉書の入ったセットを入手しました。以下、拡大画像には「ミッキー横町」の文字と、ミッキーさんらしい一部が映っています。1936(昭和11)年、現存している子供ホール完成時に運営会社の九州電気軌道(西日本鉄道の前身企業)が発行したもの。すでにミッキーマウス・ブームが北九州にも来ていたことが分かります。以下、子供ホール完成当時の外観。この中に「ミッキー横町」もあったようです。日本初の子ども向け「電気カー(電動自動車)」の絵葉書も状態が良く満足…。九州電気軌道が開発した電気バスの技術(昭和9年から約1年間運行)を遊具に転換したものです。電気バス開発の過程は、九州電気軌道が当時発行していた社内報に掲載されていますが、当時専務の村上巧...戦前の到津遊園「ミッキー横町」が気になる!

  • 音楽&サブカルの聖地!フコク生命ビル&ベスト電器本店の場所に眠る物語

    2022(令和4)年2月7日(月)朝、西日本新聞meに連載寄稿中の拙著「天神の過去と今をつなぐ」第20回「フコク生命ビル&ベスト電器本店」編が公開されました!昭和時代、音楽&サブカルの聖地的な場所だったベスト電器福岡本店の話は、機会があればもう一度外伝的に書きたいなと思うほど、様々な逸話が眠っていました。ぜひご一読ください。天神の過去と今をつなぐ(20)フコク生命ビル&ベスト電器本店前半は福岡天神フコク生命ビル(旧千代田生命ビル)。福岡無尽(福岡相互銀行=福岡シティ銀行の前身、現西日本シティ銀行)創業者の物語を中心に、界隈の貴重な古写真(絵葉書など)とともにご一読ください。レックスのスパゲッティ、喫茶アンクル等にも触れています。作家・原田種夫さんが執筆した「四島一二三伝」などを参考文献に、戦前から戦後復興期にか...音楽&サブカルの聖地!フコク生命ビル&ベスト電器本店の場所に眠る物語

  • 移り行く天神の都市景観とアドバルーン

    2022(令和4)年1月2日、天神初売り・都心界のアドバルーン景を撮影しに出かけました。再開発「天神ビッグバン」に伴い激変する福岡市・天神地区、6つの商業施設が一斉にアドバルーンを掲げた景観は、個人的に見応えがありました。昭和レトロなアドバルーン、いつ以来なんでしょう…。大型商業施設のオープンなど、晴れやかな日に掲げられるイメージのバルーン。天神地区ではホント久しぶりな気がします。ソラリアプラザ最上階のレストランへ上がりましたが、初売り日ということで満席。少し待ちましたが席が空かないとのことで、アドバルーン景だけ撮影(笑)。アドバルーンを間近で観たくて、6年以上ぶりにソラリアターミナルビル(福岡三越)屋上駐車場まで上がってみました(^.^)。そう、前回は2015年7月、ブラタモリのロケでした。手摺のある階上の端...移り行く天神の都市景観とアドバルーン

  • かしいかえん閉園に思う、記録と記憶の大切さ

    2021年12月30日(木)、かしいかえんは65年の歴史に幕を閉じました。2018年春、当時の園長のご依頼で「80周年記念フォトグラグかしいかえん1938-2018」を編纂刊行してからわずか3年余での閉園。コロナ禍で世情が大きく変わったこともありますが、巷には多彩なレジャー施設が溢れる昨今、遊園地という業態そのものが終焉したようにも感じます。閉園に際して、各メディアの番組で取り上げていただき、私はその都度後方支援に徹しました。かしいかえんの歴史を体系的にまとめたものはフォトグラフしかなく、前身施設からの歴史やエピソードの情報などが、どう調べればわかるのかも不明な中でした。私は西鉄広報アーカイブの顧問アドバイザーを務める立場から、広報担当を通じて情報を提供。番組によっては担当ディレクターに直接レクチャーしたものも...かしいかえん閉園に思う、記録と記憶の大切さ

  • (謹賀新年)政令指定都市・福岡市と福岡空港誕生から間もなく50年

    2022(令和4)年正月明けましておめでとうございます♪今年は福岡市にとって様々なエポックから節目の年です。今から50年前の1972(昭和47)年4月1日、福岡市は政令指定都市となり、5つの区(東区・博多区・中央区・南区・西区)が誕生しました。発足当時の人口は89万人余、現在の人口の55%ほどです。政令指定都市・福岡市の発足と同じ4月、米軍板付飛行場が返還されて、現在の「福岡空港」が発足しています。博多区内にある博多駅・博多港・福岡空港の存在に加えて、天神地区や博多駅地区など市内各所で大規模再開発が進む今年は数十年後に「エポックな年だった」と記録される気がします。行政区として「博多区」が誕生して50年、昨年末には新しい区役所庁舎も完成して、現役所敷地にある「博多区発祥」記念碑がどうなるのかも気になっています。個...(謹賀新年)政令指定都市・福岡市と福岡空港誕生から間もなく50年

  • 西日本新聞meで連載している「天神の過去と今をつなぐ」第7話〜第9話

    2021(令和3)年5月から、西日本新聞meの特集「追跡天神ビッグバン」の中のシリーズ・コンテンツ「天神の過去と今をつなぐ」の連載執筆を担当しています。再開発が進む天神地区の歴史と物語を、区画ごとに辿るもの。私の手持ちの収集資料と、西日本新聞社データベース資料を活用して構成されています。各回のキャッチコピーは西日本新聞社の編集部でつけていただきました。本文は西日本新聞meの記事をご覧ください。第7回(8月9日公開)は、「空襲を免れた「天神」由来の地水鏡天満宮が結んだ日本酒と橋の縁」と題して、水鏡天満宮周辺と綾杉酒造の区画の歴史にスポットを当てました。空襲を免れた「天神」由来の地水鏡天満宮が結んだ日本酒と橋の縁第8回(8月23日公開)は、「北天神にそびえた「黒船」曲がらぬ商売への執念が渡辺通りを曲げた」と題して、...西日本新聞meで連載している「天神の過去と今をつなぐ」第7話〜第9話

  • 新刊『松永安左エ門と福岡の近現代史』が完成しました!

    10月7日午後、拙著の新刊『松永安左エ門と福岡の近現代史』が海鳥社に納品され、夕刻に見本などを受け取りました。さっそく通販サイトでの販売を開始しております(^^)。著者直販の通販では、おまけポストカード添付、送料は12月末まで無料です♪以下、通販ページ。なお、福岡市美術館の売店では9日の特別展に合わせて先行発売が始まり、一般書店は10月11日週から福岡県内の各書店へ順次配本との事です(発売日は10月9日)。今回の出版は、10月9日(土)から福岡市美術館で始まる特別展「没後50年『電力王松永安左エ門と茶』」に合わせて、以前から温めていた図版・写真での解説本を実現したものです。20数年間収集してきた松永安左エ門に関する絵葉書や古写真、資料群の一部を掲載し、最小限の解説を加えました。180点余の写真・図版を掲載してい...新刊『松永安左エ門と福岡の近現代史』が完成しました!

  • 西日本新聞meで連載している「天神の過去と今をつなぐ」第4話〜第6話

    2021(令和3)年5月から、西日本新聞meの特集「追跡天神ビッグバン」の中のシリーズ・コンテンツ「天神の過去と今をつなぐ」の連載執筆を担当しています。再開発が進む天神地区の歴史と物語を、区画ごとに辿るもの。私の手持ちの収集資料と、西日本新聞社データベース資料を活用して構成されています。各回のキャッチコピーは西日本新聞社の編集部でつけていただきました。本文は西日本新聞meの記事をご覧ください。第4回(6月21日公開)は、旧大名小学校跡地。「伝統校から高級ホテルへおしゃれと司法の街「大名」のルーツ」と題して、旧大名小学校の周囲の変遷と逸話を書きました。伝統校から高級ホテルへおしゃれと司法の街「大名」のルーツ第5回(7月11日公開)は天神イムズ。「ナノミ」の名木とイムズ福岡を“脱皮”させたパワースポット」と題して、...西日本新聞meで連載している「天神の過去と今をつなぐ」第4話〜第6話

  • 5月から西日本新聞meで連載している「天神の過去と今をつなぐ」第1話〜第3話

    2021(令和3)年5月から、西日本新聞meの特集「追跡天神ビッグバン」の中のシリーズ・コンテンツ「天神の過去と今をつなぐ」の連載執筆を担当しています。再開発が進む天神地区の歴史と物語を、区画ごとに辿るもの。私の手持ちの収集資料と、西日本新聞社データベース資料を活用して構成されています。各回のキャッチコピーは西日本新聞社の編集部でつけていただきました。本文は西日本新聞meの記事をご覧ください。第1回(5/10公開)は、9月中開業の天神ビジネスセンター周辺です。「官庁街からビジネスの『中心』へ、天神・明治通りが歩んだ道」と題して、天神地区がビジネス街として飛躍した理由の一端を書きました。「天神の過去と今をつなぐ」第1回・天神ビジネスセンター周辺第2回(5/24公開)は、福岡ビル街区の前編。「天神・福ビル街区、交差...5月から西日本新聞meで連載している「天神の過去と今をつなぐ」第1話〜第3話

  • 建物が50周年のイオンショッパーズ福岡店(旧ショッパーズダイエー福岡)の歴史を資料から。

    イオンショッパーズ福岡店(旧ショッパーズダイエー福岡)が開店から50年(1971年6月15日開店)という事で、手持ちの開店当時の資料などをチェック。イオン九州(旧九州ジャスコ)も50年ということで、今のところ建物そのものが50周年ということにスポットは当たってないようです。さすがに開店時の広告チラシは入手してません。ただし、約100点入手しているダイエー福岡店のチラシの大半は1970年代初めのものです。絵葉書研究会のIさん宅には、当時の新聞が折込チラシそのまま残っているらしく、例会のたびに交換会に出品されて気づけばチラシの山に(笑)。一番古いのは、2つのビルが空中回廊で接続された開店から2ヶ月、同年8月20日の「空中歩道開通記念大バーゲン」チラシです。まだ松屋レディスのビルが出来る前、もともとビルが完成当時は3...建物が50周年のイオンショッパーズ福岡店(旧ショッパーズダイエー福岡)の歴史を資料から。

  • 高宮八幡宮そば、如意山 最上稲荷の絵葉書ふたたび

    先日、久しぶりに高宮八幡宮にお詣りして、すぐそばにある如意山最上稲荷(常光寺)さんに立ち寄りました。昭和初期の絵葉書の頃から周囲の景観は見違える変化、しかし龍神池と宝塔は昔のままです^_^。如意山最上稲荷の絵葉書シリーズ、大鳥居の場所がいまだ確定できませんが、高宮八幡宮の鳥居とは別にあったんでしょうか。竜神池の説明板を改めて確認。記念フォトブック「福ビルと天神の60年〜さよなら福岡ビル・再開発記念フォトグラフ」残数わずか!LOVEFM76.1MHz「JAL九州歴史ロマン街道」2020年4月より9月まで第2クール放送(毎月第3・第4・第5土曜日13:00〜13:30)。コロナ禍の影響で放送は終了されました。ふくおか喫茶店文化史(1)マッチラベルと広告新刊Vol.24「天神大牟田線80th歴代車両図鑑」等フォトブッ...高宮八幡宮そば、如意山最上稲荷の絵葉書ふたたび

  • 震災から5年、再開した垂玉温泉 瀧日和(旧山口旅館)

    2016年4月の熊本地震での全壊から5年、2021年4月16日に日帰り温泉として営業再開した「垂玉温泉瀧日和(旧山口旅館)」さんを17日に訪問し、温泉&景観を堪能しました(^.^)。隣接する地獄温泉と共に、通いたくなる魅力で溢れてます。たしか垂玉温泉の絵葉書シリーズもあったはずと思い、未整理の絵葉書段ボールから捜索。やっと一枚、明治末から大正初期の絵葉書を見つけました(^^)。絵葉書はちょうど北原白秋や与謝野鉄幹ら「五足の靴」一行が宿泊した頃の全景。石垣はこの頃からのものが辛うじて遺ったようです。絵葉書のアングル、今は樹々が茂って定点で撮影難しそうです。震災前に訪れた際と比較して、昔の絵葉書と比べても立派な石垣は以前のものが遺ったようですね。きれいになった施設内に、石垣好きにはたまらない景観が広がります。受付棟...震災から5年、再開した垂玉温泉瀧日和(旧山口旅館)

  • 閉園が発表された「かしいかえん」歴代パンフレット&閲覧できる懐かしの写真群

    2021年春、桜の季節に福岡を駆け抜けた「かしいかえんが2021年12月末で閉園」のニュース。1956(昭和31)年の開園から65年、前身の香椎チューリップ園から80余念、福岡市内唯一の遊園地がついに閉園へ。数々の想い出とともに…。公式発表前、私はいちおう西鉄広報アーカイブの顧問アドバイザーを務める立場なので、パネル等の企画展示などの相談も受けてましたが理由は聞かず、そういう事なんですね。残念ですが、昨年末に運行終了したマリエラと同様に近年の集客苦戦も知っていたので、正直言って納得感もあります。香椎球場跡の外壁や観客席等の遺構も、近々市の道路拡幅で解体予定と伺っていましたし…。となると貝塚線の駅名も「香住ヶ丘」などに変わるのでしょうか。3年前の今頃は、前身施設「香椎チューリップ園」から80年を記念した写真冊子「...閉園が発表された「かしいかえん」歴代パンフレット&閲覧できる懐かしの写真群

  • ブリヂストン90周年、手持ちの昭和時代のパンフたち

    3月1日、久留米市で創業したブリヂストンが90周年を迎えたとのことで、手持ちのブリヂストンや日本足袋(アサヒシューズ)の昭和時代の資料群を見返しました。これら資料は2年前(2019年1月)、KBCドォーモ「ふるさとWish」第1週の特集で企画協力・案内人出演した際に活用したもの。会社案内や工場見学用のパンフレット、創業当時の絵葉書などがあります。現在企画をお手伝いしているFBSめんたいワイド「ひと駅ノスタルジー」でもこれら資料を活用できないか、と考えてますが最寄りのJR久留米駅編をやるタイミングがなかなか来ません(笑)。小学生時代、社会科見学で工場に行った方も多いと思います。ちなみに、私が記憶しているのは久留米市の月星(ムーンスター)工場の見学、もう40数年前のことです。ブリヂストンやアサヒシューズの工場見学、...ブリヂストン90周年、手持ちの昭和時代のパンフたち

  • 春吉橋袂に完成した「平助筆復古堂(1501年創業)ビル」と春吉橋エリアの研究会登壇

    来週の2021年3月10日、福岡市・春吉橋エリアの研究会「那珂川ウォーターパークマネジメント研究会」にて、エリアの歴史&景観変遷についてアーキビストとして語らせていただきます。研究会は参加費無料・Webinar(Youtubeによるオンライン配信・事前申込要)だそうです。先日、界隈の現状把握のため春吉橋エリアを散策してみました。注目すべきは、架け替え中の春吉橋西南詰に完成した「平助筆復古堂ビル」。開業はまだですがいい感じのロケーションです^_^。ここには架け替え工事直前まで復古堂の店舗もあって、隣接して大正期に建てられた店主・河原田家の別邸の一部が10年ほど前まで遺ってました。上下の写真は、手持ちの「平助筆復古堂別邸」シリーズです。平助筆復古堂の本店はもともと博多麹屋町(現・博多座の北側)にあり、復古堂ビルが建...春吉橋袂に完成した「平助筆復古堂(1501年創業)ビル」と春吉橋エリアの研究会登壇

  • 新造船が就航した「鬼ヶ島」こと女木島、1950年代の「鬼ヶ島遊覧御案内」

    瀬戸内海の女木島・男木島と高松港を結ぶ航路に23年ぶりの新造船就航というニュースをみて、女木島の別名「鬼ヶ島」の観光パンフレットと鳥瞰図を思い出しました。「鬼ヶ島」行きの23年ぶり新造船は“しましま”に新「めおん」2月末デビューパンフに掲載されている鳥瞰図は、吉田初三郎の高弟・寺本左近(本名:郷史)の作品です。「鬼ヶ島遊覧御案内」は印刷時期の記載はないものの、仕様から1950年代後半の「パノラマ総天然色」全盛時代のモノ。以前も何度か本ブログに書きましたが、香川県豊島出身の寺本は初三郎の工房から独立後の1950年代に、高松や小豆島などの香川県内や対岸の岡山県の作品を描きました。福山市や小豆島などに絹本肉筆画も遺っています。2021年1月に刊行された一般財団法人みなと総合研究財団の広報誌「みなと総研」最新号の特集「...新造船が就航した「鬼ヶ島」こと女木島、1950年代の「鬼ヶ島遊覧御案内」

  • 今から90年前の写真集に紹介された「バスホテル」が気になる。

    今から90年前、1931(昭和6)年9月に大阪毎日新聞社が刊行した「西日本現代風景」を必要に駆られて再チェック。ちょうどリンドバーグ夫妻が福岡・名島水上飛行場へ来た頃ですが、私の興味は次ページ「松浦潟」肥前唐津の「バス・ホテル」の写真と解説文に。虹の松原に「バス車両の廃車を使ったバス・ホテルが登場!」九軌会社とあるので、西日本鉄道の前身・九州電気軌道のことなのか気になりました。バスホテル一泊50銭、少し調べてみたくなって同じ時代の手持ちの「唐津案内」を調べてみると、「九州鉄道バス」の記載があり、どうやら誤植のようです。ちなみに「九州鉄道」は西鉄天神大牟田線の前身会社で、壱岐出身の「電力の鬼」松永安左エ門の繋がりから唐津地区にも進出したとのこと。ずいぶん前に入手した「西日本現代風景」ですが、福岡の近現代史を研究テ...今から90年前の写真集に紹介された「バスホテル」が気になる。

  • 福岡市「西中島橋」の明治36年頃の絵葉書と景観変遷

    先日、1903(明治36)年頃の撮影と推察できる「西中島橋」の絵葉書を入手しました。絵葉書の状態は悪いものの初見の構図、現在「赤煉瓦文化館(日本生命九州支社)」が建つ場所には火災消失前の国立第十七銀行(福岡銀行の前身)があり、このアングルの絵葉書はかなり貴重です^_^。以下は十七銀行が解体され囲い塀が見える別角度の絵葉書。右側の建物は福岡郵便局です。別アングルや遠景の絵葉書など、明治末から大正初期までは旧城下町「福岡」部の代表景観として旧唐津街道筋にあたる西中島橋から福岡橋口町を臨む絵葉書はたくさんあります。もともと福岡藩政時代、西中島橋の袂には東取入口(桝形門)がありましたので、現在の西中島橋の門があった付近には福岡市の道路起点を示す「福岡市道路元標」もあります。1910(明治43)年に福博電気軌道が開通する...福岡市「西中島橋」の明治36年頃の絵葉書と景観変遷

  • 福岡農学校の80年前のアルバム風景の今を探す

    以前入手した「県立福岡農学校(現・県立福岡農業高等学校)」の1939(昭和14)年と1941(昭和16)年の卒業アルバムを見ていて気づいたのは、1枚目・2枚目の写真の場所が現在の山王公園(博多区)付近らしいということです。田んぼの奥にある森が山王日吉神社付近の森とのこと。現在の竹下2丁目付近にあった福岡農学校、この当時の実習用の田んぼは山王公園の南西側、今の筑紫通り沿線一帯だったようですね。1・2枚目の写真はちょうど山王公園の野球場となっている付近ということに。山王公園にある古社「日吉神社」の宮司さんに伺うと、界隈の古老から「終戦前後の田んぼは実習用に使われていた」という証言が確かにあるそうです。余談ですが、この一帯、大正初期には「比恵炭坑」という小規模の炭鉱があったそうで古地図にも載っています。以下は竹下付近...福岡農学校の80年前のアルバム風景の今を探す

  • 幻の「福岡炭鉱」を知るための記念絵葉書セット

    先日ずっと探していた「福岡炭坑」本社竣工記念の絵葉書セットを入手しました。現在、福岡市西区にある「小戸公園」一帯にあった炭坑です。1914(大正3)年創業の福岡炭鉱(小戸坑)は、木屋瀬・鞍手等福岡県内の小さな炭坑を束ねたグループだったようですが、資料が少なく「産業遺産巡礼」などの著者・市原猛志さんによれば「謎多し」とのこと。福岡炭坑といえば、早良鉱業(姪浜炭坑、現・サワライズ)の前身会社のひとつですね。早良鉱業時代は小戸坑(第1・第2)となって閉山を迎えます。絵葉書には第3坑もあり、小戸港の桟橋の写真も載っています。ちなみに、撮影印行は「九州写真通信社」とあるので、大崎周水堂(博多・土居町)の初代が天神町で経営していた九州初の報道写真通信社の制作。1914(大正3)年の桜島大噴火をはじめ、柳原白蓮の離婚調停など...幻の「福岡炭鉱」を知るための記念絵葉書セット

  • 1950〜60年代のマッチ箱のデザイン、中洲の喫茶店編(その1)

    昨年、2020年夏に入手した段ボールいっぱいの1950〜60年代のマッチ箱から、福岡市「中洲(東中洲)」の喫茶店マッチ紹介(その1)。中洲で最初に自動ドアが付いたという「ニューフランス」、シャンソン喫茶「ブルーシャトー」、洋酒と珈琲の「キャラバン」。懐かしの喫茶店アンケートの中にも名前が出てくる3店。コロンパン、エスキモー、いるか。コロンパンの裏側は、喫茶センター。デザイン的に優れたものが多く、それぞれのお店の情報も知りたくなります。デコニア、ガイソウ、緑の城。ガイソウは4種類ほどマッチがありました。今回紹介のマッチはいずれも私好みのデザイン。私の本業はグラフィックデザイナー・アートディレクターですので、これらの資料は昭和の貴重なデザイン資料でもあります。3年前に刊行した「ふくおか喫茶店文化史(1)マッチラベル...1950〜60年代のマッチ箱のデザイン、中洲の喫茶店編(その1)

  • 学校給食で各地へ広まった儀助煮(ぎすけ煮)の古い資料から。

    先日、久留米市の道の駅で大豆の「ぎすけ煮」を見つけて購入しました。サイトで検索すると「儀助煮(ぎすけ煮)」に関する由縁の説明がいくつか出てきますが、パッケージやお店の情報は無いようですので、手持ちの資料からご紹介します。「儀助煮(ぎすけ煮)」は博多・中洲中島町の宮野儀助さんが明治期に製造法を確立、博多名物となり戦前は東アジア(朝鮮半島や中国大陸)にも輸出されたそうです。戦前の福岡市土産品案内などでは必ず紹介されてます。1枚目の画像は昭和6年版「福岡市土産品案内」から。・レファレンス共同データベース「儀助煮」「儀助煮(ぎすけ煮)」は戦後になると福岡・博多に留まらず、学校給食の開始とともに全国へ広まり、大豆が入った形が一般的になりました。愛媛県など他県でもけっこう知名度があるようで驚きです。そういえば、福岡県内でも...学校給食で各地へ広まった儀助煮(ぎすけ煮)の古い資料から。

  • 特急「有明」運行終了を聞いて思い出した「日本特急旅行ゲーム」

    2021年3月のダイヤ改正でJR九州の特急「有明」が運行を終えるとの事で、とりあえず手持ちの1970〜80年代ポジフィルム2000余点の中から数点拾い出し^_^。私自身は残念ながら「有明」に一度も乗る機会がなく、「富士」「はやぶさ」等の寝台列車が運行終了した際のような感傷的な気持ちがありません。ただ、子供の頃に鉄道旅行に憧れた時期があったのも事実です。特急「有明」で思い出したのは、1970年代のディスカバージャパン・キャンペーン。小学生時代の40数年前、母が買ってくれたタカラのボードゲーム「日本特急旅行ゲーム」でした。この時本当は同じボードゲームでも、友達が持っていた「人生ゲーム」が欲しかった私。母は「地理の勉強になる」と思ったのでしょうか、買ってくれたのは「日本特急旅行ゲーム」で、友達や兄弟で遊んだ記憶があり...特急「有明」運行終了を聞いて思い出した「日本特急旅行ゲーム」

  • 玉造温泉の鳥瞰図や絵葉書、発行元は著名人ゆかりの老舗旅館

    先日のNHK「ファミリーヒストリー」長谷川博己さんの回は、私的にはまさに神回でした!アイデンティティを形成する家族の歴史と人の縁、まさかの「山崎の戦い」での明智つながり。ご先祖様をしっかりと辿れることが素晴らしいです。私的に興奮した部分でいうと、絵葉書や鳥瞰図の発行元である玉造温泉「保性館」などがお父様の実家と知り、見終わった後さっそく手持ちの資料をいくつか確認しました。1枚目と2枚目は、金子常光作画の日本名所図絵社刊行「出雲めぐりと名湯玉造温泉」書簡図絵。「瑠璃の湯保性館」のスタンプがありました。3枚目の「保性館」外観絵葉書は、映像でも使われてました。玉造温泉の絵葉書は明治期から多数ありますが、保性館の関連が一番多いようで番組での取り上げ方の通りですね。保性館は本館だけでなく昭和初期には別館・新館が続々建てら...玉造温泉の鳥瞰図や絵葉書、発行元は著名人ゆかりの老舗旅館

  • 戦前の福岡の写真文化に触れる福岡市美術館の「ソシエテ・イルフ」回顧展

    1月11日(祝)午後、1月5日から始まった福岡市美術館の「ソシエテ・イルフは前身する〜福岡の前衛写真と絵画」を観覧しました。写真愛好家や写真史研究家の間では密かに話題となっている写真展です。戦時下の福岡、カフェ・ブラジレイロなどを集いの場として活動を続けたメンバーと会友の濃い作品群の1987(昭和62)年以来となる企画展。今回は本ブログの過去記事からご縁をいただき、イルフ会友であることが判明した収集資料(渡辺清次郎=渡辺與三氏撮影写真群)の写真貸与&新資料発掘解析への情報提供など、展示の企画を少々お手伝いさせていただきました。過去記事「戦前の福岡アマチュアカメラマン作品群が素晴らし!」2015年上の写真はイフル会友であったことが判った渡辺清次郎(與三)氏の撮影写真です。50点余の写真の中からイルフ的な前衛写真、...戦前の福岡の写真文化に触れる福岡市美術館の「ソシエテ・イルフ」回顧展

  • 福岡初の都市計画図、90年前の資料に見る160万都市の曙

    先日、ずっと探していた福岡市最初の都市計画図「福岡市都市計画街路網図」「福岡市都市計画地域図」修正版を入手しました!1931(昭和6)年の発行。2021年はこの計画図が作成され、福岡市が大都市へ本格的なあゆみを始めてから90年です。経年の痛みはあるものの、内容部分に痛みはほとんど無く、比較的状態良し。国道3号線(当時は2号線)整備前、当然ながら福岡空港になる場所も田園地帯です^_^。人口20万人を突破し、周辺市町村を次々に合併するため説得の「武器」になったのがこの都市計画図です。この当時、路面電車通り以外の道路の大半は旧来からの、細い1車線の路地的な道路ばかり。同時期の福岡県道路整備計画図はかなり前に入手済み。これからじっくり観察して、勉強します。記念フォトブック「福ビルと天神の60年〜さよなら福岡ビル・再開発...福岡初の都市計画図、90年前の資料に見る160万都市の曙

  • 日本人が初めて第九第四楽章『喜びの歌』を演奏したのは福岡市?

    師走の風物詩のひとつ、ベートーヴェンの交響曲第9番(第九)の日本初演をめぐる逸話の中で、意外に地元でも見逃されているのが「日本人が初めて第四楽章の『喜びの歌』を演奏したのは九大フィル(九州帝国大学フィルハーモニー会)で、福岡市記念館(現在の天神1丁目、大丸エルガーラの場所にあった)で演奏した」という事実かもしれません。ドイツ人による国内初の演奏は徳島や久留米が当然先ですが、日本人の演奏初演となると福岡市ということになるようです。当時の新聞などで調べてみると、日本語でオリジナル制作された歌詞こそ違えど、日本人の指揮・演奏に合わせて合唱も行われています。時は1924(大正13)年、皇太子(のちの昭和天皇)御成婚を記念した祝賀演奏で、第四楽章のみの演奏だったようです。ちなみに、時を同じくして竣工開園したのが西中洲の「...日本人が初めて第九第四楽章『喜びの歌』を演奏したのは福岡市?

  • 朝ドラの道頓堀風景と似てる?雑餉隈駅そばの銀天町風景

    放送中のNHK朝の連続テレビ小説「おちょやん」を観ていて、大正時代の道頓堀を再現したセットの風景になんとなく既視感があるなぁ、とぼんやり感じてました。1枚目の写真は昭和初期の道頓堀の絵葉書。先日、雑餉隈駅そばの銀天町商店街(福岡市博多区)を過去に撮影した写真をみていて、その原因が判明しました。上の写真は雑餉隈駅前から2009年に撮影した写真です。道頓堀の当時の絵葉書の印象以上に、銀天町商店街の風景が印象にあったようです。というのも、11月27日に企画をお手伝いしているFBSめんたいワイド「ひと駅ノスタルジー」雑餉隈駅編のロケを行なっていて、ここ数ヶ月は何度も界隈を下見しました。放送は来週、2020年12月21日(月)16:25頃からの予定です。元々、隣接する諸岡6丁目には1990年代に6年ほど住んでいたことがあ...朝ドラの道頓堀風景と似てる?雑餉隈駅そばの銀天町風景

  • 昭和レトロな吉塚市場がリトルアジアマーケットに大変身!

    先日、2020年12月1日にミャンマー料理「チョウゼヤ」&タイ料理「サワディカップ」として生まれ変わった吉塚商店街改め「吉塚市場」の旧若桜湯さんの新テナントへ立ち寄りました。吉塚市場はいま、このお店を含めてベトナム・カンボジア・韓国などアジア各国の食材のお店や飲食店が続々オープンし「リトルアジアマーケット」に生まれ変わっている最中です。新店舗の店内、富士山のタイル絵がある男湯浴室はシェムリアップ時代と同様に調理室だそうです。以下の写真は2019年9月、シェムリアップ時代の厨房と富士山タイル画。今回驚いたいのは、旧女湯の浴室まで上手に活用されていていわゆるインスタ映え。銭湯時代は入口で靴を脱いで下駄箱に入れる日本の銭湯スタイルでしたが、脱衣所も板張りになり靴のまま店内の席へ。銭湯時代の浴槽そのまま、アクリル板の上...昭和レトロな吉塚市場がリトルアジアマーケットに大変身!

  • 「日本酪農の父」宇都宮仙太郎の記念碑(中津市)

    先日、豊前市の実家へ帰省した際に、2021年の干支・ウシ(丑)に因んだ写真を撮りたくて、大分県中津市にある宇都宮仙太郎さんの記念碑を思い出し行ってきました。雪印乳業の基礎を築いた「日本酪農の父」と呼ばれる中津市出身の偉人、酪農組合が建てたホルスタインの像も隣接して置かれてます。まだ紅葉がキレイで、いい写真を撮る事ができました^_^。旧耶馬渓鉄道・大貞公園駅跡そば。近くには大貞八幡宮・薦神社があり、薦神社の御神体である三角池沿いに記念碑があります。旧中津競馬場の跡地からも徒歩すぐです。記念フォトブック「福ビルと天神の60年〜さよなら福岡ビル・再開発記念フォトグラフ」残数わずか!LOVEFM76.1MHz「JAL九州歴史ロマン街道」2020年4月より9月まで第2クール放送(毎月第3・第4・第5土曜日13:00〜13...「日本酪農の父」宇都宮仙太郎の記念碑(中津市)

  • 祝!NHK福岡放送局90周年、CM&ギンギラ特番をお手伝い

    NHK福岡放送局は90年前の1930(昭和5)年12月6日に開局、今週は90周年記念ウィークだそうです^_^。ブラタモリやはっけんTV、実感ドドド!などに続き、今回もご縁をいただき90周年企画に少しだけ協力させていただきました。写真1枚目は、手持ちの福岡放送局開局記念の絵葉書セットからの一枚です。放送中の90周年記念特番の「みんなが、主役。みんなが出るテレビ」15秒スポットCMはご覧になりましたか?このCMに出演してくれたのは、西鉄クリッパース・西鉄ライオンズの主催全試合で平和台野球場などの場内アナウンス(ウグイス嬢)を23年間務めあげた今泉京子(みやこ)さん90歳です!脚が悪いなか頑張ってご出演いただき感謝。元気な今泉さんらしさ全開の好演出、いいCMです。相談をいただき、提案・ディレクターに繋いだ甲斐がありま...祝!NHK福岡放送局90周年、CM&ギンギラ特番をお手伝い

  • ある意味ショック、傾いた手水舎がまっすぐに!

    久しぶりに博多区「山王公園」の日吉神社へ参拝。すると、ある意味名物だった「傾いた手水舎」が、真っ直ぐに改修され養生中でした。藩政時代、黒田家(藩主)の正月「三社詣り」の一社に数えられた由緒ある神社に永年「謎」としてあったのがこの「傾いた手水舎」でした。ご近所ですし改修工事は噂で聞いてましたが、2005年の西方沖地震でも倒れなかったし、そのまま「名物」で遺して欲しかった気もします。そもそも手水舎は傾斜地に立っていて柱の長さが異なっていたもの。日吉宮司によれば、30数年前の改修工事時に台座基礎をコンクリート固め、4本の柱の長さが異なったまま載せて傾いたままだったとか^_^。私は1985年に初参拝してきましたが、その時すでに傾いた状態(笑)。おおらかな時代です。写真1枚目と4枚目は今年2020年の元旦、コロナ禍など予...ある意味ショック、傾いた手水舎がまっすぐに!

  • 「渡辺通り」渡辺與八郎ゆかりの南畑発電所完成時の絵葉書

    先日入手した1911(明治44)年10月の筑紫水力電気・発電所竣工時の絵葉書です。筑紫水力電気は1910(明治43)年1月に設立され、その半年後の同年7月には「渡辺通り」渡辺與八郎氏らが設立した博多電気軌道(のちの西鉄福岡市内線循環線など)に買収されました。2枚は、現在の九州電力南畑発電所と取水口の完成当時の絵葉書ということになります。先日、絵葉書を入手してから初めて現地(九州電力南畑発電所)へ足を運び、発電所と取水口を確認しました。まず絵葉書の定点撮影場所を確認、それから細部を観察。間違いありませんね、道路側から目視しただけですが、絵葉書と建物は同じでほとんどそのまま。背景の山並みも一致して、久しぶりにテンション上がりました^_^。取水口は増設されたり、国道が開通したりで全体の様子は変わっていますが、道路から...「渡辺通り」渡辺與八郎ゆかりの南畑発電所完成時の絵葉書

  • 筑紫保養院の開院記念絵葉書

    先日、1931(昭和6)年の「県立筑紫保養院」開院記念の絵葉書セットを入手しました。調べてみると、現在の太宰府病院ですね。1970年代まで、開業や開店、竣工などの記念品として絵葉書はメジャーな存在でした。観光地の絵葉書だけでなく、病院や大学などの記念絵葉書も明治期から数多く刊行されていて、その多くは関係者などに配布され少ない発行部数です。観光地で売られた絵葉書もこの頃までが人気のピーク、平成以降はインスタントカメラやデジカメが普及し、近年はスマホ普及で誰でも気軽に写真を撮ることができますが、それでも観光地にいくと絵葉書は売られているので、まだまだ需要はあるんでしょうね。記念フォトブック「福ビルと天神の60年〜さよなら福岡ビル・再開発記念フォトグラフ」残数わずか!LOVEFM76.1MHz「JAL九州歴史ロマン...筑紫保養院の開院記念絵葉書

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