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ささやんの天邪鬼 座右の迷言さんのプロフィール

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ブログタイトル
ささやんの天邪鬼 座右の迷言
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/yusasa228
ブログ紹介文
世にはばかる名言をまな板にのせて、迷言を吐くエッセイ風のブログです。
更新頻度(1年)

365回 / 365日(平均7.0回/週)

ブログ村参加:2015/08/06

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ハンドル名
ささやんの天邪鬼 座右の迷言さん
ブログタイトル
ささやんの天邪鬼 座右の迷言
更新頻度
365回 / 365日(平均7.0回/週)
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ささやんの天邪鬼 座右の迷言

ささやんの天邪鬼 座右の迷言さんの新着記事

1件〜30件

  • 録画の苦難を乗り越えて(その5)

    Q:自室でテレビドラマを録画するために、私はいかなる機器を購入したか。A:あなたは「外付けHDD録画対応」の24型テレビを購入した。そう考える読者が多いだろう。しかしながら、さにあらず。たしかにこれが一番手堅く、手っ取り早いやり方には違いないが、私はそういう安直なやり方を好まない。手が込んでいて、やり方のめどが立たないような、そういう難題に立ち向かう時のほうが、むしろ私の心は浮き立つのである。それに、このやり方にはデメリットもある。通販で購入するとなれば、近所の量販店で購入するのとは違い、使わなくなった自室のテレビ(アクオス)は自分で処分しなければならない。片麻痺の私には手にあまる作業だから、私はそれを妻に頼まなければならない。妻は24型のアクオスを車に積み込み、市営のリサイクルセンターに持ち込むことになるだろ...録画の苦難を乗り越えて(その5)

  • 録画の苦難を乗り越えて(その4)

    現行の録画機器について、さっそく私はあれこれ調べはじめた。わかったのは、「外付けHDDを買えば、それで事足りるらしい」ということである。アマゾンのサイトを探しても、昔のビデオデッキの類は見つからなかったが、その理由がわかった。必要がないからである。どうやら録画の機能は、テレビの側が備えているようなのである。さすがに令和の時代は違う。テレビにまでコンピューターが組み込まれているということだろうか。私の部屋には、退院後すぐ、家人に買ってもらったシャープ製の24型のテレビ(アクオス)がある。そのテレビにUSB端子があることを確かめてから、私はアマゾンで「テレビ録画対応」と銘打たれたHDDを注文した。2日ほどで届いたそのHDDを、さっそくテレビに接続した。逸(はや)る気持ちを抑え、ネットの情報を頼りにしながら、リモコン...録画の苦難を乗り越えて(その4)

  • 録画の苦難を乗り越えて(その3)

    テレビの録画機器は若い頃から使っていた。その頃はVHSとかベータ方式といった規格のビデオデッキが流行っていた。私はVHS方式のビデオデッキを愛用し、その規格に合った(特売品の)ビデオカセットを買いあさったりしたものだ。時は流れる。そのビデオデッキが壊れたか、あるいはもっと何か別の理由だったかで、私はビデオデッキを使わなくなり、代わりに、外付けHDDを記憶媒体にした新方式の録画機器を使い始めた。この機器を何と呼んだかは、もう憶えていない。録画時間が格段に延び、便利だと思った記憶がある。時は流れる。私は脳出血で斃れ、半年ほど入院生活を送ってから、自宅に帰ってきた。病前、私は2階の角部屋を書斎として使用し、テレビや録画機器もそこに置いていた。「書斎」というより、「家族から逃れ、(研究に打ち込んでいるふりをして)独りの...録画の苦難を乗り越えて(その3)

  • 録画の苦難を乗り越えて(その2)

    NHKの動画配信サービス「NHKプラス」は、結局、利用できなかった。残念なことだが、利用できないまま、現在に至っている。何が原因なのか。それは、わが家がケーブルテレビを利用しているからである。「NHKプラス」のサービスを受けるには、受信料の領収書が要る。そこに記載されている利用者番号を入力しないと、利用の登録手続きが完了できないのである。わが家の場合はケーブルテレビを利用しているので、NHKの受信料領収書は届かない。ケーブルテレビの利用料が口座から自動的に引き落とされるだけである。こんな具合だから、いつまで経っても利用不可の原因は解消せず、どうにも埒が明かない。「NHKプラス」が利用できないのは、私にとってはいわば構造的欠陥のようなものなのだ。事態を悟った私は、さっそく手を打った。ケーブルテレビ局とNHKに、問...録画の苦難を乗り越えて(その2)

  • 録画の苦難を乗り越えて

    夕食後は酒を飲みながら、テレビドラマを見て過ごすことの多い私だが、これまでは録画装置の必要を感じなかった。民放のドラマなら、ネットの無料配信サービス「TVer」があり、見逃した番組はこれで見ることができる。長時間イスに座り、大きなテレビ画面を眺めるのは疲れるので、あえてベッドに横になり、小型のスマホでテレビドラマを鑑賞することもある。でも、やっぱり録画装置が欲しいなあ、と思い始めたのは、NHKでも面白いドラマを放映することが間々あるからである。最近では、土曜の夜の「天使にリクエストを〜人生最後の願い〜」にハマっている。江口洋介演じるやさぐれ探偵の、そのペーソス混じりの姿が、実に良い味を出している。5回シリーズのこのドラマも、残念ながら今夜が最終回。こういう秀逸な作品を、NHKはたまに制作するのである。そういうド...録画の苦難を乗り越えて

  • 「日本学術会議」問題 事の真相

    「おい、てめえ、俺にガンをつけたな。ただじゃおかねえぞ」街のチンピラがそう凄んでも、それだけのことである。「はいはい、それは悪うござんした。スミマセンでしたね」そう頭を下げて、そのままその場をやり過ごせばよい。「あのう、た、たった今、こ、怖い人に脅されたんですけど」と交番に駆け込んでも、「ああ、そんなことは、よくあることですよ」と、お巡りさんは鼻で笑うだけだろう。街のチンピラ程度ならそれで済まされても、組織(ヤクザ)の長(親分、組長)となると、話は違ってくる。警察は暴対課(マル暴)が組織をあげて取り組み、恐喝の容疑で、何としても彼を検挙しようと動くに違いない。検挙されれば、彼は5、6年の実刑判決を受け、長い間ムショで臭い飯を食うことになる。ヤクザの親分程度ならそれで済まされても、国家の長(首相)となると、また話...「日本学術会議」問題事の真相

  • 幸せを感じるとき

    けさの散策で、すばらしい言葉に出会った。「幸せを手にいれるんじゃない、幸せを感じることができる心を手に入れるんじゃ」ザ・ブルーハーツで一世を風靡したミュージュシャン・甲本ヒロトの言葉だという。「団塊シニア」さんの庭(=ブログ)で出会った。この言葉が新鮮に感じられたのは、私自身がふだん「幸せ」とか「不幸せ」とかにこだわって生きていないからかもしれない。私は「居心地が良い」か「居心地が悪い」かを判断の基準に物事の良し悪しを決めている。きょうは午後からデイサへの「通勤」の日で、雨模様がちだが、私は「行くべし、GO!」と決めている。それは、このデイサで過ごす時間が、たぶん「居心地の良い」時間だからである。けさ出会った言葉に照らして考えれば、このデイサでの時間は、たぶん私が「幸せを感じることのできる」貴重な時間なのだろう...幸せを感じるとき

  • 日本学術会議問題 その展開の誤算

    毎朝、起きがけのベッドでスマホをかざし、ネットの森を散策する。この早朝の快楽を味わうのが私の日課になって久しい。散策では、まずネット記事のタイトルを見る。面白そうな記事があれば、立ち止まってその記事を読む。そうでなければ、そのまま素通りする。一つひとつ立ち止まって読んでいたのでは、日が暮れてしまうだろう。けさのことだが、「おっ、これは面白そうだぞ!」と私の目にとまったのは、《「日本学術会議問題」が、いま本当に必要な議論の妨げになっている!》(現代ビジネス10月12日配信)というタイトルだった。なぜ私がこのタイトルの飛びついたか、物覚えの良い読者なら、お解りだろう。私は先日の本ブログで次のように書いたのだった。「私がきょう話題にしたいのは、『日本学術会議』の問題、すなわち、日本学術会議の新会員候補者6人を、スガ首...日本学術会議問題その展開の誤算

  • スガ内閣 その引き継ぎと受け売り

    相変わらずスガ首相の「日本学術会議」問題が燃え盛っている。このところは「105人の名簿は見ていない」発言が槍玉に上がっている。この発言のデタラメさを私は本ブログでいち早く取りあげたが、やっとマスコミもそのことに気づいたようだ。「どうだ!」と自慢したいわけではない。この発言のデタラメさは、まともな頭の持ち主なら、誰にでもすぐに解ることだ。「学術会議」側が推薦した105人の名簿を見ていないのなら、スガ首相は「問題の6人」の名前も属性も見ていなかった(知らなかった)はずだ。それなのに、スガ首相はどうしてこの6人を「問題アリ」と弾くことができたのか。この発言のデタラメさはバカでも解るから、スガ首相自身がそれを解らなかったはずはない。とすれば、この発言は意図的になされたものに違いない、ーーそう考えたのが、サイト「日刊ゲン...スガ内閣その引き継ぎと受け売り

  • 大事なこと それが問題だ

    ちょっとした用事があり、東京に住む娘のスマホに電話を掛けた。届いたばかりの私の中華スマホの調子を見るため、LINEの「ビデオ通話」機能を使って掛けてみた。娘が出たが、すぐに(孫の)Uちゃんが割り込んできた。Uちゃんは来春、小学校に入学する。「おじいちゃん、もしもし、Uだよ」。スマホの画面に写ったUちゃんの顔が、すぐにマスク姿に変わった。「ああ、マスクを掛けたんだ。風邪を引いたのかな。それともコロナ対策かい?」私が言うと、「うふふ」とUちゃんは答え、今度はマスクを外した顔が映し出された。その唇には、真っ赤なルージュが引かれていた。「おおっ、なんだこれは。今度は口紅か、Uちゃん、なかなか可愛いよ」私が感嘆の声を上げると、ニヤニヤ笑いを浮かべながら、ルージュのUちゃんが言う。「あのね、おじじちゃん、画面に変なマークが...大事なことそれが問題だ

  • 事実は小説より

    事実は小説よりもえぐい。これは実際にあった話である。私の妻は近所の老人のための見守り活動をしており、心臓病をわずらう老人が発作を起こしたときの対処にと、AED(自動体外式除細動器)を設置している施設を探してまわった。AEDは小中学校などの公共施設や、マツキヨなどのドラッグストアにも設置されているが、あいにくU公園の一帯がブランクになっている。AEDの使用は急を要するから、U公園で老人が倒れたらどうしたら良いか、ボランティアの仲間たちと話し合った。その結果、U公園の近くにあるU地区集会所に、AEDが設置されていることが判った。そこで妻は、自分が受け持つH地区の老人が発作を起こしたときのために、この除細動器を使うことができないかとU地区の自治会長さんに問い合わせたという。返ってきた答えは、「自分の一存では何とも言え...事実は小説より

  • スガ首相は無能なのか、切れ者なのか

    スガ首相は無能なのか、それとも切れ者なのか、愚鈍な私には解らなくなってきた。スガ首相は「日本学術会議」問題について、「6人の任命を拒否したのはアベ前首相からの指示だったのか」との記者団の質問に答えて、前政権から指示があったことを否定し、「一連の流れの中で私みずからが判断した」と答えた。任命拒否の決定は、自らの主体的な判断に基づくものだ、と言いたかったのだろう。スガ首相はまたこうも述べている。「法律に基づく任命を行う際には、総合的、ふかん的な活動、すなわち広い視野に立ってバランスのとれた活動を行い、国の予算を投じる機関として、国民に理解される存在であるべきだということを念頭に、内閣府などで議論をしている」。つまり、候補者を(新会員として)任命するかどうかの判断は、その人物が「総合的、ふかん的な活動、すなわち広い視...スガ首相は無能なのか、切れ者なのか

  • スガ首相とタコ社長の奇妙な関係

    映画『男はつらいよ』には三枚目の「タコ社長」が出てくる。我がスガ首相はこの「タコ社長」、いやタコやイカに、実によく似ていると思うことがある。風采が上がらず、寅さんに絡まれてボロクソに貶(けな)されることが多いから、という理由ではない。タコやイカも、そしてスガ首相も、敵を欺くために黒い墨を吐き、目くらましの煙幕を張るからである。私がきょう話題にしたいのは、「日本学術会議」の問題、すなわち、日本学術会議の新会員候補者6人を、スガ首相が任命拒否した問題である。この問題が取り上げられて集中砲火を浴びたとき、スガ首相はこの問題について、「推薦された方をそのまま任命してきた前例を、そのまま踏襲して良いのかどうか考えた」と説明した。「前例を踏襲すべきかどうか」ーーこの問いかけは、スガ首相が「(形式的なーー実質的には無いに等し...スガ首相とタコ社長の奇妙な関係

  • 日本学術会議とDQNと「ぶりっ子」の奇妙な関係

    「あんな人たちと遊んではいけません」子どもの頃、私は母からよくそう言われた。「あんな人たち」とは、勉強をしないで、遊んでばかりいる子どもたち、腕力が強く、クラスメートをいじめたりしていた子どもたちである。高校生くらいの年代なら、「ヤンキー」とか「DQN」とか呼ばれる連中のことである。「不良」と呼ばれることもある。どうしてそんなことを思い出したのか。それは、今を時めく「日本学術会議」の話題に関わる。ネット情報によれば、同会議は1950年に軍事関連の科学研究には一切関わらないという声明を出し、また、1967年には、同じ趣旨の「軍事目的のための科学研究を行わない」という声明を発表した。さらに2017年には、上記の2声明を継承するとしたうえで、改めて「軍事的安全保障研究に関する声明」を発表し、ここでは、「研究機関におけ...日本学術会議とDQNと「ぶりっ子」の奇妙な関係

  • トランプと杜子春の奇妙な関係

    私が小学生だった頃のことである。5年生だったか、6年生だったか、はっきりとは憶えていない。学芸会があって、寸劇の主役に抜擢されたことがある。とはいえ私に与えられたのは、舞台の中央にうずくまり、最期に「お母〜さ〜ん」と叫ぶだけの役だった。寸劇の名は「杜子春」。主人公の杜子春は若者で、仙人の老人と言葉を交わす場面が随所に出てくる。その場面は口達者な同級生が演じ、私の出る幕はなかった。私は極端な口下手だったから、やれと言われても、私にはそんな大役はとても務まらなかっただろう。当時、私の母親は小学校の教員で、私が通学するのと同じ小学校に勤めていた。担任の先生からすれば、私は同僚教員の息子だから、無下に扱うわけには行かない。しかし主役を任せられるだけの才能は持っていない。そこで、「『お母〜さ〜ん』と叫ぶだけの杜子春」の役...トランプと杜子春の奇妙な関係

  • 日本学術会議の「民営化」をどう考えるか

    サイト「現代ビジネス」の記事《問題だらけの「日本学術会議」は、今すぐ「民営化」するのが正解だ》は、日本学術会議の在り方を問題にし、望ましいのは「民営化」することだ、と述べている。欧米主要国のアカデミーのように、独立の法人格を持った団体にすべきたというのである。こうした提言は、この記事の筆者・高橋洋一氏だけの独自の提言ではない。筆者によれば、こういう方向に改革すべきだ、という議論は、今から20年ほど前からなされていた。「2000年はじめのころ、日本学術会議を行革対象に、という議論があった。(中略)その際の議論のポイントは、従来のまま国の機関とするか、独立の法人格の団体とするかであった。政府に批判的な提言をするためには、後者の独立の法人格の団体のほうが望ましいという議論もあったが、結果として、日本学術会議の要望通り...日本学術会議の「民営化」をどう考えるか

  • 日本学術会議と学問の自由

    けさのネットの森の散策は明確な目的を持った散策であり、いわば見回りのようなものだった。私の目的は、「日本学術会議任命拒否問題」について、面白い記事を見つけることだった。2つ見つかった。1つは、サイト「zakzak」に掲載された記事《菅首相、行革で10億円切り込む!?日本学術会議任命見送り、朝日「学問の自由脅かす暴挙」産経「侵害には当たらない」》(10月4日配信)であり、もう1つは、サイト「現代ビジネス」に掲載された記事《問題だらけの「日本学術会議」は、今すぐ「民営化」するのが正解だ》(10月5日配信、筆者は髙橋洋一氏)である。「zakzak」の記事は、新聞各紙の社説を簡単に紹介し、本ブログのお株を奪った感がある。こんな具合だ。「新聞各紙は3日朝刊で、この問題を取り上げた。東京新聞は前日に続き1面トップで『任命拒...日本学術会議と学問の自由

  • 幻想の日本学術会議

    日本学術会議の新メンバー候補者105人のうち6人に対して、菅首相は任命を拒否した。菅新内閣のこの「仕事ぶり」が、さっそく物議を醸している。この人選の決定のプロセスも、その理由も、菅首相は明らかにしていない。これは一体どういうことなのだ、と。菅首相の意図ははっきりしている。問題の6人は、いずれも安倍政権下で安保関連法や、特定秘密保護法、共謀罪法等の制定に反対した人たちである。こんなふうに「政府の方針に異を唱えた」連中は「ただでは済ませないぞ」という恫喝の意味が、今回の決定には込められている。この露骨な見え見えの恫喝の姿勢に、案の定、世論は激しく反発した。これは「学問の自由」を踏みにじるトンデモな暴挙だ、憲法違反だ、云々。菅首相の今回の決定が「学問の自由」の侵害に当たるのか、憲法違反に当たるのかどうかは、法解釈の技...幻想の日本学術会議

  • 苦節8年、虎視眈々の官房長官なのだ

    きのう次のニュースを知った。「参議院選挙の大規模買収事件をめぐる河井案里被告の裁判で、2日は岡崎哲夫県議が東京地裁に出廷し、去年3月に案里被告から『二階幹事長から預かった』と言われ、現金30万円を受け取ったことを明かしました。」(YAHOOニュース10月2日配信)このニュースは、河井案里陣営の買収資金が二階幹事長から出ていたことが、広島県議の証言によって明らかになった、と伝えたものである。このニュースを知って、私は、「やっぱりなあ」と、妙に納得した。例の記事(《エリート・安倍晋三が「庶民・菅義偉」にハメられ完敗した全内幕》)の信憑性を確認した思いだった。河井案里氏の選挙違反事件は、総裁の座を狙う菅官房長官(当時)が、ライバルの岸田政調会長を潰すために仕組んだものだとこの記事は述べていたが、同時に、菅氏の「岸田潰...苦節8年、虎視眈々の官房長官なのだ

  • 苦節8年、虎視眈々の官房長官なのか

    私の認識は完全に誤っていた。率直に謝らなければならない。やはり餅は餅屋である。政治の世界を覗いたことすらない政界ド素人の私には、この世界は完全に私の理解を超えていた。サイト「現代ビジネス」が掲載した記事《エリート・安倍晋三が「庶民・菅義偉」にハメられ完敗した全内幕》を読んで、私はこのことを思い知らされた。10月1日配信のこの記事の筆者は、戸坂弘毅氏である。かつて私は次のように書いたことがある。「菅氏は、何事にも受身の姿勢でのぞむ控えめな人だと私は思っていた。良くも悪くも、それがこの人本来の持ち味なのだと思っていた。それが打って変わってこの豹変ぶりである。この積極的な攻めの姿勢は一体どういうことなのか。」(8月31日《自民党総裁選のあれこれ》)自民党総裁選の内情を、私は次のように理解していた。「主流派として既得権...苦節8年、虎視眈々の官房長官なのか

  • 自殺問題は政府マターなのか

    ネットの森は玉石混交である。同じ言論サイトが掲載する記事でも、玉もあれば石もある。先日、反政府系言論サイト「リテラ」が掲載した記事《竹内結子の自殺を受け加藤官房長官が「それぞれが自殺のない社会を」と“自助”任せ発言コロナで女性の自殺者急増も対策なし》などは、「石」の最たるものだろう。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。そのイチャモンの付け方の低劣さには、さすがの天邪鬼爺も呆れ返り、アハハの哄笑を禁じ得なかった。これは出来の悪いギャグを通り越している、そう思ったのである。この記事が俎上にのせたのは、加藤官房長官の以下のような発言である。「いろいろ悩みがある方、そしてとくに孤立されてしまう、そういうことがないようにですね、地域共生社会の実現ということにもつながってまいりますけれども、ぜひ温かく寄り添いながら見守っていただける...自殺問題は政府マターなのか

  • 自殺と孤独について考える

    けさのこと、ネットの森を散策していたら、次の記事が目に染みた。《相次ぐ芸能人の自殺、背景に特有の“精神的孤独”不規則な仕事のリズム、プライベートが少ないのも一因に》(zakzak9月30日)タイトルにある通り、この記事は芸能人の自殺について論じたものだが、女優・竹内結子の自殺に的を絞ったものではない。読者である私にしても、竹内結子が自殺した理由を念頭におき、「なるほど、これは的を射ている。そういう訳だったのか」と感心したわけではない。そもそも彼女が自殺した理由など、だれにも解りはしないのだ。私がこの記事に心を打たれたのは、この記事が描く「精神的孤独」の有様が、私が現役だった頃、職場で感じていた精神的苦痛とそっくり瓜二つのように思われたからである。芸能人に特有の「精神的孤独」、それは50代の私を苦しめた精神的孤独...自殺と孤独について考える

  • 元の木阿弥、民主党

    やっと①合流新党が出来上がった。立民(②立憲民主党)と国民(③国民民主党)が合流して出来上がった新党の名は、なんと「④立憲民主党」。そして代表は、旧・立民(=②)の代表だった枝野幸男氏である。略称は「⑤民主党」。頭がこんがらからないように、整理しておこう。もともと②の立憲民主党と、③の国民民主党は、母体の⑥民進党から分裂して出来た新党である。この母体の⑥民進党は、さらに遡れば、⑦旧「民主党」に「維新の党」が合流する形で出来上がった。だれもが懐く疑問は、「昔の名前」で出てきた新「民主党」(=⑤)と、「昔の名前」の旧「民主党」(=⑦)との関係である。新「民主党(=⑤)」と旧「民主党」(=⑦)とは、どこがどう違うのか。②の立民と③の国民は、合流して結局のところ元の鞘(=⑦)に収まっただけではないのか。その点を②の立民...元の木阿弥、民主党

  • 竹内結子の死に想う

    人の死は重い。女優の竹内結子が死んだ。享年40歳。現場の状況から、自殺ではないかと見られている。私はこの女優の熱心なファンではなかった。美しい女性だとは思うが、ただそれだけ。この女優は私にとっては、どこか遠い感じのする、よそよそしい存在だった。それでも彼女が死んだ、それも自殺だった、となれば、この情報は私の心にずしりと突き刺さる。きょうのテレビのワイドショーは、どのチャンネルもこの話題で持切りである。私のような受け止め方をする人が多いのだろう。昨夜はスマホでアマゾンの動画サイトを開き、彼女が出演した2004年の映画「いま、会いにゆきます」を見た。見ながら、彼女はなぜ死ななければならなかったのだろう、と考えた。若くて美しく、子宝にも恵まれ、女優としても順風満帆だったこの女性は、なぜ死を選ばなければならなかったのだ...竹内結子の死に想う

  • 耐え難きを耐え

    とうとう堪忍袋の緒が切れた。痺れを切らして、私はきのうGearbestへの注文を撤回した。解約を通告したのである。PayPalで引き落とされた代金は、そっくりそのまま返金してもらう予定だ。Gearbestは中国の通販会社である。この会社の通販サイトで、私はさる9月2日、Kingkongminiを注文した。Kingkongminiは、4インチの小さな中華製スマホである。日本では手に入らないこのSIMフリー・スマホが、私はたまらなく欲しくなってしまったのである。ところがこのスマホ、待てど暮せど発送されない。注文した9月2日には、発送予定日は9月22日と記されていた。私は短気な性分だが、仕方がない。このスマホはこのサイトでしか入手できないので、耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、私はひたすらその日を待った。ほぼ毎日、この...耐え難きを耐え

  • 自殺は他殺なのか。

    自殺とは、将来の自分に対する殺人であり、ほんとうは他殺ではないか。記憶もないような幼い時代の自分と、現在の自分、そして衰老の自分とが、果たして同一の人格だと言えるのか。これは、きょうの朝日新聞の書評欄で見かけた文章である。評者は石川健治氏。石川氏が書評の対象として取りあげているのは、森村進著『法哲学はこんなに面白い』(信山社出版)である。たしかに面白い。法哲学は面白い。上記の書評の文章を見かけただけで、私は俄然、興味をそそられた。(といっても、わざわざ森村氏のこの本を買って読もうとは思わないけど)。森村進氏の著書を私はまだ読んだことがない。だが、私はこの著者の名前をよく知っている。「よく知っている」と言うほどではないが、私には馴染み深い、懐かしい名前である。まだ40代の現役だった頃、私は研究上の必要から、ノージ...自殺は他殺なのか。

  • 佐伯啓思を読む

    けさの朝日新聞で、佐伯啓思氏が興味深い論説文を書いていた。さすがに読み応えのある論説だった。この論説に表題はない。けれども、見出しが3つ掲げられていて、それを見るとこの論説のおおよその論旨が解る仕組みになっている。「この7年8ヶ月の意味」。これは、この論説全体の趣旨を示したものである。安倍政権の「この7年8ヶ月の意味」を総括するのが、この論説の趣旨なのである。「経済や外交で『仕事』でも全てが中途半端『危機の時代』ゆえ」。ーーこれが、佐伯の安倍政権に対する評価の骨子である。安倍政権は「経済や外交の面で多くの『仕事』」をした。けれどもその「全てが中途半端」に終わっている。それは、安倍政権の誕生した時代が、不安定な「危機の時代」だったからである、ーー佐伯氏はオルテガを援用しつつ、広い歴史的視野からそう分析する。さて、...佐伯啓思を読む

  • どうしようかなあ、デイサ

    どうしようかなあ。きょうはリハビリ・デイサに「通勤」の日である。折悪しく台風12号が付近を通過している。きのうの天気予報では、我が茨城県は一日中、大雨のはずだった。ところがけさ起き出して外を見れば、雨はまったく降っていない。小雨の気配すらない。一体どういうことだろう。ネットで気象情報を見てみた。台風の進路が予想よりも(東側に)大きく逸れたらしい。どうしようかなあ。風はある。たしかにある。窓外の木々がゆらゆら揺れているのが見える。だが、それも暴風というほど激しい吹き方ではない。瞬間的な大風でもなければ、あおられて転倒することもないだろう。どうしようかなあ。予想がよく当たるので評判の「ピンポイント天気」を見てみた。我が居住地の周辺は、午後3時から5時にかけて雨が降るようだ。ヤバい。これでは帰宅時に雨に降られることに...どうしようかなあ、デイサ

  • 健全なる精神は・・・

    老いていくことは寂しいもの、時々得体のしれない不安感におそわれて息苦しくなることがある、しかし、そんなときこそ深刻になるのは止めて、何か楽しいことを考え気持ちを切りかえるのが一番である。きょうのブログで、「団塊シニア」さんがこんなふうに書いていた。これを読んで、「でもなあ・・・」と、私はかんがえた。「陰から陽へ、どうやって気持ちを切りかえるか、それが問題だよな。難しいのでは・・・」。ふと、ドストエフスキー『地下生活者の手記』の一節が頭をよぎった。「私が意地悪な性格なのは、肝臓が悪いからだ」。そんなことが書かれていた気がする。何しろ、私が大学に入学した年に読んだ文章である。昔々、今から半世紀以上も前に読んだ文章だ。大きな衝撃を受けた文章だが、今ではもうだいぶあやふやな記憶になっている。ブログに引用するのを機に、『...健全なる精神は・・・

  • 娘からの電話

    昨夜、娘から私のスマホに電話がかかってきた。「◎◎の机、どうもありがとう」。妻が一昨日、東京まで出かけ、孫の◎◎ちゃんの(小学校への)入学祝いにと、学習机を買ってあげたことへのお礼だった。どうして私に?と、意外だった。私は妻と一緒に東京に行ったわけではない。◎◎ちゃんと一緒に家具屋さんへと出向いたわけではない。お札(さつ)を支払ったわけでもない。私はといえば、いつものように自室に籠もっていただけ。だから「お祝いの机を◎◎ちゃんにプレゼントした」という実感が全く湧かないのである。しかしまあ、これも社交辞令の嗜(たしな)みである。「いやいや。◎◎ちゃんももうすぐ小学校だね。楽しみだ」と答えておいた。「向こう(夫の側)のご両親にはランドセルを頂いたから、そのうちパパたちも呼んで、ウチで内祝をやりたいと思っているんだけ...娘からの電話

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