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Kekkokamen
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2015/08/02

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  • ゆがめられた考え方

    ゆがめられた考え方 人間は非常に愚かなので、自分の脳内で次々に不幸の種を播く。以下は、高田和明 『ストレスから自分を守る脳のメカニズム』より抜粋した、歪められた考え方の典型例である。 他の心理学者の本などを読んでも似たようなことが書かれている。 こういう考え方をやめないと鬱病などにもなるのだろう。 A) 白黒の考え方 (心理学では『二分割思考』ともいう) 成功か失敗か。勝ちか負けか。成功しなければ自分の人生はもうない、という考え方。 B) 単純化 一度あるいは数度失敗すると、もう何をやっても何度やっても自分は失敗するという考え 方。 C) 知的フィルター 自分人生や仕事の悪い部分のみを考える。自分がどれくらい他の面で恵まれているかに気が つこうとしない考え方。 D) 肯定的なことを無視する 全てを悪い方にしか考えない。 ..

  • 水分の話

    水分の話 赤ちゃんでは80%。 子どもは70%。 成人男子の場合は60% 高齢者では50%。 さて、上記の数字を一読しては何かおわかりになっただろうか。答えは、ずばり人間の体に占める水分の割合である。つまり、人間は絹豆腐として生まれてくるが、加齢に伴い高野豆腐に近づくのである。 なぜ、成長するにしたがって水分の割合が減ってしまうか。それは、生きるために必要な脂肪が体についてくるからで、その脂肪分だけ水の割合が少なくなってしまうのだ。 成人男女では一般的に男性より女性のほうが脂肪が多いから、女性のほうが水分量の割合が低くなる。また、成人と老人では脂肪の多い少ないではなく、細胞内の水分の低下が原因で違いが出る。筋肉が衰えるのと同様に、細胞内の水分が減っていくのは、老化現象のひとつだと考えられる。 人間の体は60兆個を超える細胞から成り立っており、体重の約6..

  • 水溜まりの鮒

    水溜まりの鮒 車の轍にできた水たまりに棲む鮒は、今にも水が涸れて死にそうな運命にある。 きわめて激しい、苦しい運命が迫っていることのたとえ。 荘子が車の轍に鮒がいるのを見つけた。 鮒は荘子に水をくれと言う。 荘子は答えた。 これから呉か越の国に行って水をもってきて、おまえを迎えよう。 鮒は怒った。 私は今一刻を争う状態なのだ。 後日たくさんの水をもらうのではなく、今直ちに一滴の水がほしいのだ。 非常に苦しい境遇にある人には、ぐずぐずした対応は救いにならないのである。 厳しい選挙で選ばれたはずの国会議員は、この掲題の文言を思い起こして、震災の地で震えている困窮した人々に早く救済の手を差し伸べるべきである。このまま、自分たちの党利党略に終始していては、ただの給料泥棒にすぎない。 自省の念を以て対応してもらいたいものだ。

  • 支那の古典に学ぶ

    支那の古典に学ぶ 現代の中国という国は大嫌いだが、中国の古典には人生を豊かにしてくれるものが多い。 明の時代には、崔後渠(さいこうきょ)という人がいた。その人の六然訓(りくぜんくん)というのが非常によいので紹介したい。 自處超然(じしょちょうぜん);自分自身に関しては、一向にモノに囚われず、恬淡(てんたん)としている。人はよく見ているもので、モノに執着している人は、人が離れていく。 處人藹然(しょじんあいぜん);藹然とは、草木が盛んなさまをいうので、處人藹然とは、人に接するときは、相手の気持ちが和らぎ、穏やかになるよう心がける。 有事斬然(ゆうじざんぜん);いったん事がおきれば、グズグズしないで、束ねたものをマサカリで切るように一気呵成にやる。 無事澄然(ぶじちょうぜん);事がない場合は、静かな湖面のように澄み切っている。私利私欲がないから心が澄ん..

  • 老年を生き抜く知恵

    老年を生き抜く知恵 老年を生き抜くには二つの「じりつ」が必要ではないかと、最近考えるようになった。 最初に必要な要素は「自立」である。「自立」の意味を辞書で調べると「他からの支配や援助を受けず、自分の力だけで物事を行うこと。ひとりだち」(明鏡国語辞典 北原保雄編 大修館書店)とある。つまり、他人の手を借りずに生きていくことである。平たく言えば、経済的にも肉体的にも息子や娘に頼らないで、老年を生きていくことである。ただし、心身に障害がある方については、社会的弱者ということで社会全体が面倒を見るのが妥当である。 今日の日本で問題なのは、社会的弱者に該当しないが、生活保護を受けているという人が多いことだ。問題は生活保護という制度ではない。働けるのに働かず生活保護を受けて、しかもそのお金を遊興に使っている人がいるということだ。 それから「自律」であるが、これは辞書には「他からの..

  • 鼯鼠五技

    鼯鼠五技 今朝、散歩に出かけたら、小さな雀が私の目の前をよちよちと歩いていたのが見えた。彼らの生活範囲というのは、鷹や鳶といった鳥に比較すると、かなり生活範囲が狭いのだろう。体の大きさから推測しても、長時間の飛行には向いていない。 狭い生活範囲の中なら、長時間の飛行は不要だから、小さな体と小さな羽根で間に合うように設計されている。鳥にせよ魚にせよ、その種の生活環境に一番適切な設計になっているはずで、それに応じた能力が与えられている。 さて、その動物の能力ということについて、以前から少し気になることがあった。多芸だが未熟であることを「鼯鼠五技にして窮す」という。多芸だかいずれも未熟という意味や多彩な才能があるがどれも中途半端で役に立たないということの喩えである。 鼯鼠とはムササビのことである。したがって、ムササビのことを馬鹿にした言葉なのだ。 ムササビは木登りができる。空..

  • 君は三回死ねるか

    君は三回死ねるか 川津祐介という俳優がいる。 彼が書いた「三回死んでわかったこと」(小学館文庫)を読んで驚いた。もちろん、三回も死ぬ目に遭ったが、その都度生き返ったのである。つまり、幽体離脱というのを経験したのだ。 マイフレの中には幽体離脱の経験があると言われる方もいらっしゃるが、私自身はそのような経験はない。 川津祐介のニア・デス体験は以下のようなものだ。 一度目は、自殺しそこねた。その時は生き返った後で、言葉には尽くせない強烈な恐怖感を味わったらしい。そして、もう二度と死ぬような目には遭いたくないと思ったそうだ。 二度目に死にかかったのは、俳優として売れていた時代のことだ。撮影中に相手の青年役の人に羽交い締めにされた状態で、プールサイドのコンクリートに頭から落ちた。事故である。この時、彼は青年役の相手に対しては何の怒りも感じなかったらしい。また、周囲のスタッフの..

  • 感情と病気

    感情と病気 科学ジャーナリストに、ほおじろ えいいちという方がいらっしゃるそうだ。この人によれば、伝統的中国医学では、七つの感情が身体の状態に良くない影響を与えることがあると考えているそうだ。七つの感情とは、喜び、怒り、哀しみ、悲嘆、思いに沈むこと、恐れ、恐怖である。 以下に紹介するのは、私の説ではなく、ほおじろ えいいちさんが伝統的中国医学に携わる友人から聞いた話だということだが、みなさんンドのみなさまにも役に立つ情報であるし、私が先日の日記で書いた感情の問題に関わることなので、紹介したい。 特定の感情が突然に、しかも非常に強く私たちを襲った場合や、特定の感情が多すぎるか少なすぎるかして、長いあいだその人に影響を与え続ける場合があるという。 たとえば喜びが多すぎると、気が分散してエネルギーのめぐりが遅くなる。怒りが多すぎると頭の方にエネルギーが上昇。悲しみは気を弱め、思..

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