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彼と彼女とエトセトラ http://nakachuton.blog.fc2.com/

鋼の錬金術師の二次創作小説です。ロイアイと軍部の愉快な仲間たちの日常をほのぼの書いてます。

かりん
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2015/07/28

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  • 人を猫に変える猫

    猫の声が聞こえる。「なるほど、何もないな」 森を歩いて2時間、突然視界が開けて、マスタングはぐるりと周囲を見回した。「ハボック少尉の言ったとおりでしたね」 リザもマスタングと並んで足を止めた。「だいぶ東寄りでしたね。前情報なしだとたしかにたどり着けないかもしれません」「平衡感覚が狂っているのかもしれんな。自覚はできんが」 マスタングはしゃがんで、足下の地面に触れた。「大佐?」「中尉、街が見えるか...

  • 人を化かすという猫の話

    「おまえそれ、猫に化かされたんじゃないか?」 さんざんな目に遭って意気消沈した様子のハボックに、マスタングは素っ気なくそう言った。「は? なんっすか、化かされたって?」 ハボックは怪訝な顔でそう訊いた。「古来より動物に化かされるという話は聞きますね。ムジナやキツネなどが一般的でしょうか」「猫の話もある。ほかにも猿とかイタチとか蛇とか」 ファルマンの話にマスタングが注釈を付け加えると、ハボックは不満...

  • 逃げても逃げても猫に追いかけられる話

    猫の街に行きたいんだけど。 森に近い町でそう話すと、住民はそろって難色を示した。 そもそも道が険しい。まだ人が住んでいたころは主要街道が通っていて町に続く道もあったが、今となってはそれも鬱蒼とした茂みに隠れ、獣道にもなっていない。かつて街があったあたりは獰猛な獣が住み着いていて、人が近づくと襲ってくるとも聞く。「獣?」 ハボックは首を傾げた。「俺は猫が住み着いてるだけだって聞いたけど」「猫じゃね...

  • フュリー曹長が子どもの頃に聞いた怪談話

    蒸し暑い日が続いていた。「エアコン、弱くないっすか?」 上着を脱いで半袖シャツ1枚のハボックは、額の汗を腕で拭いながら恨めしそうに天井のエアコンを見上げた。「28度。適正よ」 ハイネックの上に軍服をきちんと着込んで、おまけに襟まで正しているリザ・ホークアイ中尉は、涼しい顔でハボックにそう答えた。「中尉、暑くないっすか?」「暑いわ」「その割には平気そうな顔ですね」「そういう顔なの」「何をサボっとん...

  • 飼い主の魂と知識をもらった長老猫

    猫がまだ子どもだった頃、猫は広い屋敷で人の雄と一緒に1人と1匹で住んでいた。猫はもうその人の顔も声も覚えていない。 そもそも猫にあまり構う人ではなかった。書斎にこもり、分厚い紙の束をぱらぱらしたりぶつぶつ独り言を呟きながら部屋中をうろうろと歩き回ったりしていた。猫は日当たりのいい窓辺に座って、ゆらゆらとしっぽを動かしながらそれを見ていた。伸ばしっぱなしのぼさぼさ頭をかきむしり、たまに思い出したよう...

  • 人が消えた猫の街

    ロイアイ怪奇ミステリー ……らしきものです。 X(Twitter)の「どうせエイプリルフールで済むだろうから今年度出したい本を無責任に挙げる」というタグで2021年4月1日に軽率に出したネタのようです。まったく覚えていませんが。...

  • 手の甲(敬愛)

    手洗いから戻ったロイは、すでにリザが起き上がっていることに気付いて顔を顰めた。「大丈夫か? 戻ってくるまで待ってなさいといつも言っているのに」「大丈夫ですよ」 そう言ってリザは微笑した。「だいぶ上手になったと思いませんか?」「そう思うよ。でも私のいないところで転んだりしたら大変じゃないか」「心配性ですね」 苦笑しながら、それでもリザはロイが介助に近づいてくるまで、ベッドに座ったままおとなしく待っ...

  • 唇(愛情)

    大総統就任式を前日に控えて、ロイは姿見の前で己の正装姿をチェックしていた。「不備はなさそうですか?」「ああ。……勲章は何個だっけ? 全部ついてるよな」「あちこち別々にしまい込むものじゃなし。そこにあったものを全部つけたんなら全部そろってるんじゃないですか?」「まあたぶんそうだろうとは思うけど」 ロイは落ち着かない様子だった。下げた手を握ったり広げたりしながら、ちらちらとリザを窺う。「就任演説は大丈...

  • 頬(親愛/厚意/満足感)

    セントラルに異動して最初の非番だった。 いつもと同じ時間に起きたリザは、何も身につけず寝入ってしまったことに気づいて肩をすくめた。 会議や残業続きで、プライベートが疎かになっていたのは確かだ。しかしいくら休みの前夜だからといって、気を失うまで何度も睦み合うというのはいかがなものだろうか。 長いつきあいの中で、夜を共にすることももはや生活の一部に等しいというのに、何年経とうと彼の愛情表現は未だ衰え...

  • 腹(回帰)

    脇腹の火傷跡に、柔らかい温もりが触れては離れる。「痛くないですか?」 自分の方がよほど痛そうな顔で、リザはロイの脇腹を手でなでた。「大丈夫だよ」 ロイは苦笑した。「もう治ってる」「本当ですか?」 ロイは頷いたが、リザはそれを見ていなかった。手のひらよりも大きなその傷跡を、リザの唇が柔らかく食む。 優しく触れていたその口づけはだんだん強くなった。同時にリザのたおやかな指が円を描くようにロイのへそ周...

  • 背中(確認)

    「短くなってしまったな」 シャワーで丁寧にシャンプーを洗い流しながら、ロイは指でリザの髪を梳いた。「お気に召しませんか?」 濡れていた顔を手で拭って、リザは肩越しにロイを見た。「いや、好きだよ」 シャワーを止めたロイは、そのままリザの背中に唇をつけた。「キスもしやすい」 背中の火傷痕を彼の舌がなぞる。「ん……、やっ」 リザは身を捩って逃げようとしたが、彼はそれを許さなかった。後ろから抱きしめた腕で、...

  • 手のひら(懇願)

    約束の日に負った首の傷は、思った以上に重傷だったらしい。練丹術で傷を塞いで止血してもらったとはいえ、失った血液がすぐに戻るわけではない。しかも傷の処置を終えたあと横になって安静にしていたわけでもなく、戦場に戻り、自らの足で立って動いて戦った、と聞けば、医者でなくとも目を剥いて絶句する話だった。 そういうわけで、リザ・ホークアイに下された厳命は「絶対安静」だった。仕事などもってのほか。面会も限られ...

  • 首筋(執着)

    その柔らかい首に嚙みついた。 歯をたてるつもりはなかったが、揺さぶられ、奥を抉られるうちに、知らずリザはそのまま縋りついていた。「……歯形」 彼の首筋に残る自分の歯形を、リザは指でなぞった。「すみません。目立つかも」「ん? いいさ、別に」 マスタングは気に留める様子もなく、心配そうに触れるリザの指をちろりと舐めた。 たいしたことではないとでも言いたげな態度が、リザの気に障った。 ロイの首筋に顔を寄...

  • 爪先(崇拝)

    テラスに出ると、夜風が気持ちよかった。 ホールではまだパーティが続いていて、着飾った人々が雑談に花を咲かせ、気になる異性を誘い、ダンスに興じている。 マスタング大佐のパートナーとしてこのパーティに連れてこられたリザは、慣れない夜会服と人いきれに疲労を感じていた。ロイもまた、グラマンに急遽代理を押しつけられたのだが、そんな素振りはつゆとも見せない。主催に挨拶をし、顔見知りと言葉を交わし、始まりの一...

  • 腿(支配)

    春時雨というのだろうか。朝方、晴れていた空はお昼前にどんよりとした雲に覆われ、今は細く柔らかい雨が降ったりやんだりしている。昨日までの穏やかな陽気が夢だったかのように、今はなんだか肌寒い。 ソファに座って雑誌を読んでいたリザは、自分の膝に頭をもたせかけている男を見下ろした。読み切ってしまった本を横に置いて、男の黒い髪をゆるゆると指で梳く。「寒くありませんか?」「あったかいよ」 どこか間延びしたよ...

  • 胸(所有)

    まだ夜明け前だった。 部屋は暗い。リザはもう一度寝直そうとしたが、すっかり目が冴えてしまった。 寝返りを打とうとすると、身体に絡みついた太い腕に阻まれた。目を眇めて、背中から自分を抱きしめて熟睡している男を見た。彼も自分も一糸まとわぬままだった。そういえばシャワーを浴びていない。昨夜のことを思い出しながら、リザはぼんやりそう思った。それどころかいつ眠りに落ちたのかも覚えていなかった。 腕を入れて...

  • 腰(束縛)

    仕事が忙しく、疲れていたのは事実である。 どれほどかというと、リザにマッサージをされている最中に寝落ちして、そのまま熟睡してしまう程度には疲れていた。 きちんとパジャマを着たまま目覚めたマスタングは、ベッドに起き上がって愕然とした。隣で寝息をたてているリザのパジャマもまったく乱れていない。 恋人と一晩過ごして清いまま朝を迎えるなど、ロイ・マスタングの男としての沽券に関わる。 いそいそと布団にもぐ...

  • 足の甲(隷従)

    最近リザがかわいい。 もともと目鼻立ちの整った美人ではあったが、その表情の硬さと口数の少なさから人を寄せ付けないところがあり、どうしても敬遠されがちだった。 それが最近柔らかくなってきた。誰かの相談に親身になって応対し、迷惑をかけられても「大丈夫よ」とさらりと許す。相手のジョークに笑ったり、自分でもたまに口にしたりもする。中尉ってかわいいよな、という声もちらほら聞こえてくる。 男だな、とレベッカ...

  • 脛(服従)

    プライベートを共に過ごしていても、意識は互いに別の方を向いていることが多い。 リザがシャワーを終えてリビングに戻ると、先に風呂をすませていたロイは下着姿でソファに座って、厚い錬金術書を読みふけっていた。 リザはソファの下のラグに座り、ストレッチを始めた。首、肩周り、腰、背中をほぐし、股関節の柔軟をして、仕上げに足の裏とふくらはぎのオイルマッサージを入念に行う。 ふと目の前にあった男の足が気になっ...

  • 指先(賞賛)

    リゼンブールからイーストシティに向かう列車は閑散としていた。 横並びのシートにロイと並んで座り、リザは青々とした麦畑をぼんやりと見つめていた。 どうして軍人になったの? 小さな女の子にそう訊かれた。髪の長い、無垢な瞳の少女だった。 ロイとリザの仕事は、少女の幼馴染を国家錬金術師に勧誘することだった。少女の幼馴染である兄弟たちは予想以上に優秀な錬金術師だった。そしてその優秀さゆえに、身体を失うとい...

  • 耳(誘惑)

    彼女のピアスがずっと気になっている。 師の葬儀の時はつけていなかった。それは覚えている。 戦場で再会したときはつけていた。状況が状況だったため深く掘り下げる余裕はなく、背中を焼いてほしいだの君を私の副官に推薦するだの言いあっているうちにうやむやになってしまった。 けれどもロイは彼女をよく知っていた。アクセサリーよりは食べ物を、おしゃれなワンピースよりは作業服を好むのだ。ピアスなどという、生きてい...

  • 腕(恋慕)

    複数司令部との合同作戦により、大規模なテロリスト組織の摘発が行われた。普段とは勝手の違うチームのためか連携が甘く、些細なミスから突入に気付かれ、敵味方乱れての銃撃戦になってしまった。幸いにも国軍に死者は出なかったが重軽傷者は多く、上層部は指揮系統の不備を誹り責任を押しつけ合っていた。 リザ・ホークアイ少尉もまた、傷を負った一人だった。たいした傷ではなく左腕を銃弾がかすめた程度だったが、即座に医師...

  • 手首(欲望)

    戦場で目にしたリザの姿に、ロイは驚愕した。「お久しぶりです」 誰よりもよく知っているはずのその女性が、見知らぬ女のように見えた。 なぜどうして、という疑問詞ばかりがぐるぐる回る。 混乱する感情とは裏腹に、冷静な自分が静かに囁く。 私のせいだ。私が彼女を引き込んだ。 とっくに絶望の底まで落ちたと思っていた。しかし絶望とは果てしなく深く、さらにその下があるのだと思い知った。 夜の帳がおり、仲間内で火...

  • 喉(欲求)

    戦場の真ん中で火柱が上がる。「焔の錬金術師だろ、あれ」 リザの後ろにいた誰かが話す声が聞こえた。「人間じゃねーよ」 畏怖するような響きを滲ませて、相手は応えた。リザは軽く唇を噛んで、その会話を聞いていた。 悲鳴と怒号と爆音がそこら中を飛び交う。時折、地響きとともに足下が揺れる。「紅蓮の錬金術師が近いらしいぞ」 誰かがそう呟いた。 国家錬金術師の噂は、意識せずとも自然と耳に入ってきた。 火柱が上る...

  • 額(祝福/友情)

    背中を見せたその日から、彼は父の部屋にこもりきりだった。「必要なことは全部わかったから。君はもう背中を見せなくても大丈夫だよ」 いつの間にかうたた寝をしてしまったリザが目覚めると、彼はそう言って微笑した。 裸だったはずの上半身には、彼が来ていたジャケットが着せられていた。肌を晒したのだ、という事実をいまさらながら実感して、リザはジャケットを掴んで身を縮めた。「私は師匠の部屋にいるよ。少し調べたい...

  • 瞼(憧憬)

    白い背中に焼き付けられたような赤い錬成陣は、目にした瞬間、ロイのすべてを奪っていった。 魂が揺さぶられるほど美しいと思ったのは、初めてのことだった。手に入れたいという欲望のままに伸びたその手は、強ばった背中が震えていることに気づいたために、かろうじて触れる直前でとどまった。 海の底へ沈んでいくような思考の奔流に囚われて、ロイは焔の錬金術に深くのめり込んだ。 それからどれほどの時間、没頭していたの...

  • 髪(思慕)

    「マスタングさん」 父の部屋の前で、彼は所在なさげに佇んでいた。リザが声をかけると、ロイは顔をあげて弱々しく微笑した。「やあ、リザ」「父と話を?」 かたく閉ざされた父の部屋に目をやって、リザは眉を寄せた。「いや、二度と顔を見せるなって追い返された」 ロイは肩を落とした。「軍人になるなら破門だって。そう言われるかもしれないと思ってはいたけど」 ロイは前髪をかき上げて天井を仰ぐと、双眸を歪ませた。「は...

  • 1鼻梁

    デートから帰ってくると、師のお嬢さんはすこぶる機嫌が悪かった。「やあ、リザ。ただいま」 そう声をかけても「おかえりなさい」と返ってくる声はなかった。三角に尖った目でぎろりと睨まれただけだ。 なにか機嫌を損ねるようなことをしただろうか。 今日は本も文房具も散らかしていないし、特に買い物も頼まれていない。 何か大事な約束をすっぽかしてしまっただろうか、とロイは考え込んだ。 ずいぶん首を捻ったが、ロイ...

  • 22か所にキスする2人

    ご無沙汰しております。しばらく更新していなかったため、すっかりやり方を忘れてしまって四苦八苦しています。「22か所にキスする」ロイアイです。時の経過とともに少しずつ関係性が変わっていきます。元ネタはたぶんTwitter。 1鼻梁(愛玩) 2髪(思慕) 3瞼(憧憬) 4額(祝福/友情) 5喉(欲求) 6手首(欲望) 7腕(恋慕) 8耳(誘惑) 9指先(賞賛) 10脛(服従) 11足の甲(隷従) 12腰(束縛) 13胸(所有)...

  • リザの日2022(おまけ)

    好き勝手にリザの唇を堪能した男は、リザの寝衣をたくしあげながら口角をあげた。透け感のある黒いレース地のブラジャーはたいへんマスタング好みだった。もっと近くで楽しもうとその豊かな胸にすり寄ると、その頭をぺちりと叩かれた。「何をする」「こちらの台詞です。病室で何をするんですか」「じゃあなんでこんな私好みの下着を着けてるんだ」「レベッカが買ってきてくれたからですよ」 そう言ってリザはぐいっとマスタング...

  • リザの日2022

    好んで素肌を晒すような女でないことはわかっていた。けれどもいくら薄手の生地とはいえ、真夏にハイネックを着ることに何か理由があるのだろうかと少し疑問に思いはした。 あえて理由を訊くような真似はしなかったけれども。 おそらくそれはリザのデリケートな事情に関わっていて、友人とはいえ他人である自分が興味本位に踏み込んでいい部分ではなかった。いつか話してくれることがあったら全部丸ごと受け入れられるよう、心...

  • 髪を洗う

    鼻歌が聞こえる。「楽しそうですね」「楽しいよ」 彼の声が上から降ってくる。目をつぶっているので表情を確認することはできない。けれども彼は間違いなく上機嫌だった。 一緒に暮らし始めて数週間が経った。 慌ただしく引っ越してきた部屋には、まだ封を開けていない段ボールが積まれている。 着任先が古巣の東方司令部であるとはいえ、任された職務の責任は以前とは比較にならないほど大きかった。マスタングもリザも山積...

  • 髪を梳く

    鼻歌が聞こえる。「楽しそうですね」「楽しいよ」 リザの髪を手ぐしで整えながら、彼はそう言った。 幾度かの夜を二人で過ごし、互いの部屋に行き来することにも遠慮がなくなってきた頃のこと。 風呂上がりのリザを背中から抱きしめて、彼はリザの髪に鼻をつけた。「まだ湿ってる」「そうですか?」 リザは指で自分の髪を少しつまみ、毛先まで滑らせた。 彼を待たせている、との思いから気が急いていたのは間違いない。だか...

  • リザの夏休み

    「デートか。いいわねー!」 給湯室の近くを通りがかったマスタングは、「デート」という一言に思わず足を止めた。 おしゃべりな女の子が集まれば、その単語が出てくる頻度は決して低くない。しかしそれを発したのが中尉の親友、レベッカ・カタリナ少尉となると話は別である。「最近構ってなかったから拗ねちゃってね」 苦笑したようにそう答えたのは、案の定リザ・ホークアイ中尉だった。「たまにはいいわよ。どこ行くの?」「...

  • たとえば貴方のいない部屋で10

    デスクは書類で山積みだった。「なんだこれは!」 雪崩を起こしそうなその量にマスタングは慄き、くるりと回れ右をしようとした。「中尉! 体調不良だ! 今日は早退する!」「来たばっかりで何をおっしゃってるんですか!」 リザは逃げられないようがっしりとマスタングの両肩を抑えると、無理やり執務室のデスクにつかせた。「大佐ー。これ、留守の間の報告書ですよ」 ノックもせず入ってきたブレダは、マスタングの前にさ...

  • たとえば貴方のいない部屋で9

    抱き合って寝ていたはずなのに、目が覚めるとリザは一人だった。 起き上がって部屋を見回す。部屋は暗くシンとしていて、人の気配はない。 シャワーを浴びているのかと耳を澄ませても、水音は聞こえなかった。 ベッドから出ようとして、何も着けていないことに気付いた。ベッドサイドにあったスタンドライトをつける。 見える範囲で確かめると、胸元を中心にうっ血した跡がそこかしこに散らされていた。どうやら夢ではなかっ...

  • たとえば貴方のいない部屋で8

    「背中を見せてくれ」 彼はそう言った。 彼の真意を掴みかねて、リザはじっと彼を見つめた。  部屋に入るなり、彼はリザの腕を引いた。 背中をドアに押し付けられる。吸い込まれるような黒い瞳にリザが映る。 彼の唇がリザに触れた。最初は額に。それから鼻先。左右の耳、頬。 唇。 ついばむように軽く。すぐに離れて、彼は親指でリザの唇をなぞった。 また近づく。今度は深く。リザが緩く唇を開くと、彼は舌を差し込んで...

  • たとえば貴方のいない部屋で7

    目が回る。 地面が揺れる。世界が歪む。 頭が痛い。 裸の脳を鷲掴みにされ、そのまま握りつぶされてしまいそうな感覚。 体が熱い。 燃えている。臓腑のすべてを焼き尽くさんばかりに、体の内側全部を黒い火が巡っている。 道端に手をついて、何度か嘔吐した。 どうやって歩いてきたのかもわからないが、マスタングはようやくヘンリー医師の家にたどり着いた。 チャイムを鳴らす。ドアを開ける。鍵はかかっていなかった。...

  • たとえば貴方のいない部屋で6

    輪郭のはっきりした入道雲が、晴天にきりりと存在感を主張していた。 リザは公園のベンチに座って、ぼんやりと川を見つめていた。 荒々しい獣のように猛っていたあの川と繋がっているとはとても思えない。水深は浅く、流れはほとんどない。 穏やかな川だった。 彼がここまで流れ着いたことは僥倖だった。すぐに発見されて適切な治療が受けられたことも。 汽車が流される前に救出された数人を除いて、生存者はほとんどいなか...

  • たとえば貴方のいない部屋で5

    「ちゃんと説明してください」 ハボックは目を眇めてリザを見下ろし、きっぱりとそう言った。 「いつまで甘やかしてんですか?」 不機嫌そうな顔で店に入ってきたハボックは、カウンターにリザを見つけると、その隣にどっかりと座った。「貴方、仕事は?」「ブレダが頑張ってますよ」 そう言ってハボックはタバコをくわえた。「上司が二人も行方不明で、こっちはアップアップですよ」「禁煙よ、このお店」 リザはハボックの口...

  • たとえば貴方のいない部屋で4

    一週間たっても、リザはマスタングに声をかけることもできなかった。 毎日カフェに通い、ミルクティを頼む。 いつもマスタングが注文を受けてくれるわけではなかったが、リザにとってはその方がありがたかった。「お姉さんもマスタングさん狙いなんですか?」 ミア、と呼ばれていた子はカウンターに座っていたリザにミルクティを持ってくると、そのままリザの隣に座った。「違うわ」 リザは首を振った。 ちらりと店を見回し...

  • たとえば貴方のいない部屋で3

    「いらっしゃいませ」 その声を探していた。何ヶ月も。 リザがカウンターに座ると、エプロンをつけた黒髪の男は即座にリザの前に水の入ったグラスを置いた。「こんにちは。初めまして……じゃ、ありませんね」 男はじっとリザを見ると、首を傾げた。「どこかでお会いしたことありますか?」「マスタングさん!」 奥のテーブルを接客していた女の子が、すかさず叱責した。「またそうやって! お客様を口説くのやめてください!」...

  • たとえば貴方のいない部屋で2

    デスクに向かうその背中は広く、周囲の空気はピンと張り詰めている。 寝食を忘れ、何時間も没頭しているその背中は明確に他者を拒んでいて、その様に慣れたリザでさえも声をかけることを躊躇する。 シンポジウムの資料を、彼は宝物を抱くように大事に扱っていた。 表紙を手でなで、ゆっくりとページを捲り、目次に連なる研究者の氏名と論文のタイトルを指でなぞった。 そしてペンを片手にデスクにつくと、行間にびっしりとメ...

  • たとえば貴方のいない部屋で1

    朝からどんよりとした黒い雲が東部を覆っていた。「西の方は大豪雨だそうですよ」 通信部から天気情報を聞いてきたフュリーは、そう言って窓の外を見た。「じきにこっちにくるでしょうね」「それより大佐よ」 書類の仕分けをしていたリザは、手を休めてぐるりと首を回した。「ちゃんと帰ってこれるかしら」「ああ。汽車止まってるかもしれませんね」 ブレダは顔をしかめて、マスタングのデスクをちらりと横目で確認した。 上...

  • たとえば貴方のいない部屋で

    祝! ロイアイ月間!「サイトをきっかけにロイアイにはまりました」というお言葉を最近いただきました。とてもとてもありがたいことです。こちらこそ「ロイアイにはまっていただきありがとう!」とお伝えしたいと思います。サイトの更新は滞っていますが、未だロイアイ街道爆進中です。...

  • 愛を込めてバラの花を

    「ちゅーっす。大佐いる?」「よう、大将」 東方司令部にやってきたエドワードは、いつになくのんびりした空気に首を傾げた。「なんだよ、暇なの?」「今はな」 ハボックはぐーっと背伸びをして立ち上がった。「で? 大佐か?」「うんそう。あれ? 中尉は?」「今日は非番。大佐ー、鋼の大将きましたよー…って、あれ?」 ノックもせずに執務室のドアを開けたハボックは、大佐のデスクがからっぽなことに愕然とした。「は……、...

  • マスタングの狗

    私が忠誠を誓うのは生涯ただ一人のみ。 女は既に来ていた。 カウンターの一番端に座ってカクテルを飲んでいる。 ビル・タナー少将は彼女の隣に座り、ウィスキーをロックで注文した。「次の週末はお控えになった方がよろしいかと」 タナーはチラリと女に目を向けた。彼女は前を向いたまま、平然とグラスを傾けていた。「見返りは?」「もう一杯モスコミュールを」 タナーは軽く頷いて、バーテンにモスコミュールを注文した。...

  • 15.パンケーキ(甘やかす・繋ぐ・優しさ)

    身体が気怠い。頭が重い。 寝返りを打とうとして、後ろからしっかり抱き込まれていることに気がついた。 泥のような温みに引きずり込まれそうになる。 まだ起きるには早い時間だった。部屋は薄暗く、外はシンとしていた。 新聞配達のバイクの音も、鳥の声も聞こえない。 水を飲みに行きたいのだが、背中にしがみついた彼は離れそうになかった。 久しぶりの逢瀬だった。彼の出張やリザの研修が重なり、書類は滞り、残業が...

  • 24.ドラジェ(祈る・告白・抱擁)

    「少尉、おみやげだ」 親友の結婚式に出席していたはずの上官は、なんの連絡もなくふらりと夜遅くに訪ねてきた。「これ・・・・・・ドラジェですか?」 手渡されたものを、リザは戸惑いながら受け取った。 透け感のあるオーガンジー生地でできた袋の中に、砂糖でコーティングされたアーモンドが5粒。「私には甘すぎる」 彼はそう言って顔をしかめた。「中でお茶でも?」 すっかり寝る準備を整えてはいたが、お茶の一杯も勧められな...

  • 13.マカロン(唇・イタズラ心・告げる)

    いつになく中尉がそわそわとしていた。てきぱきと仕事の段取りをつけ、書類を割り振り、ちらちらと時計を確認している。「デートっすか?」 ほんの冗談のつもりでハボックがそう訊くと、中尉はぴくりと肩を揺らした。 え? マジで? 詳細を聞こうと詰め寄ったら、即座にポーカーフェイスに戻った中尉は自分の唇に指を当てた。「大佐には内緒ね」 その後はどんなにハボックが水を向けても、頑として中尉は口を割ろうとはしな...

  • 6.ポップコーン(笑顔・輝き・手を伸ばす)

    君の夢を見る。 世界は希望に満ちていて、未来はどこまでも明るく広がっていた。 その中心には君がいた。君は忙しそうに学校と家事と生活に追われている。私は君を喜ばせようといろいろ手伝うのだが、皿洗いをすれば端が欠け、片付けの途中で本を読み、野菜の収穫を手伝おうとしてナスの棘に刺されて悲鳴をあげた。「しょうがない人ですね」 呆れたように君は笑う。それは本当に、手を伸ばせば届きそうな距離で。 目が覚め...

  • 16.クッキー(描く・手に入れる・気づく)

    リザの表情は固かった。「おはよう」「おはようございます」 交わす挨拶もぎこちない。「ごちそうさま」 リザは目も合わそうとしなかった。 手際良く自分の皿を下げて洗い、着替えて学校へ行く支度をととのえる。「行ってきます」「行ってらっしゃい」 ロイは声をかけたが、リザはチラリともこちらを向こうとはしなかった。 原因が自分にあることは明らかで、ロイは深いため息をついた。 ロイは途方に暮れていた。 キスな...

  • 22.金平糖(芽生え・キス・胸の音)

    金平糖というお菓子がある。 小さくて甘くて、花のように色とりどりのその砂糖菓子は、いくつもある小さな棘が全体を覆ってトゲトゲとしている。 まるで己の身を守るために、それは必要であるとでも言いたげに。 マスタングさん、と声をかけようとして、彼が1人ではないことに気づいた。 わざわざ物陰にひそむようにそこにいたのだから、理由は推して知るべしだった。 すぐに気がついて目をそらしたのだが、女の子が彼に口...

  • 2.ジェラート(滴る・吐露・混ざり合う)

    前髪から滴り落ちる雨を軍服の袖で拭うマスタングを、ハボックは横目でチラリと見た。「なんだ?」「いや、別に」 ハボックも同じように額を軍服で拭う。 雨の日は無能、と宣う金髪の上司を思い出した。 彼女は休みだった。残業続きで疲労がたまっていたところに、風邪をこじらせたらしい。体調管理に厳しい彼女にしては珍しいことだった。 午前中だらだらと書類仕事をしていたマスタングは、視察という名目の気分転換にハボ...

  • プラトニック狂想曲

    雨が降っていた。 無視して帰るにはかなり強い雨で、リザは司令部の出入口に佇んでそれを眺めていた。 時折通り過ぎる車のライトに照らされて、空と地面を繋ぐように降り注ぐ雨が見えた。 見えない指が目まぐるしくスタッカートでピアノの鍵盤を叩くように、雨粒は地面で跳ねて小気味よくリズムを刻んでいる。 濡れて帰るか、どこかで傘を調達するか。 問題はそこだった。 司令部には売店があって傘も売っているが、営業時...

  • モンブラン (強請る・押しに弱い・アタック)

    彼女欲しいなあ、という話から中尉って美人だよな、という話になった。「でも浮いた話とか聞きませんよね」 フュリーが首を傾げると、ブレダははニヤリと笑った。「そりゃあれだろ。めんどくせー保護者がいるからだろ」 保護者かよ、と大部屋にいた男達は爆笑した。「仕事終わりとか話しかけただけで燃やされるらしいぜ」「近づいただけで、って聞いたぞ」「中尉周辺、片っ端から焼き払うつもりでしょうかね」「中尉にアタック...

  • ワッフル (振り向いて・言葉・流れ)

    ロイ坊、と声をかけられた。 ちょうど店を出ようとドアに手をかけたところだったマスタングは、振り向いて養母の方を見た。「あんた、エリザベスちゃんのこと大事にしなきゃだめだよ」 マスタングは肩を竦めて、軽く手を挙げるだけでそれに応えた。 ホームへ向かう人の流れに身を任せて、マスタングは足を引きずるようにして歩いていた。 手に持っていたボストンバッグがずっしりと重い。着替えはたいして入っていないから...

  • マシュマロ (感触・息遣い・絡める)

    彼が酔いつぶれてしまった。 これは非常に希有な事態である。 たまには2人で飲もう、とロイに誘われた。 この数週間、テロとその事後処理、それに伴って後回しになっていた日常業務で目の回る忙しさだった。 それらにようやく目処がつき、率先して働き詰めだったリザを労おうと思っての誘いだったのだろう。 ちょっといい生ハムとチーズ、リザの好きな甘いワインを彼が準備して、2人で乾杯したのが19時頃だった。 現在22時...

  • チョコレート (かけら・声音・甘える)

    彼はとても機嫌が悪かった。「誰だ、今の」「ハヤテ号の獣医さんですよ」 あからさまに敵意を剥き出しにするロイを宥めるように、リザは言った。 休みが揃ったので、彼とハヤテ号の散歩に出かけた。 その出先で、ハヤテ号の予防注射をしてくれた獣医さんと出会った。 こんにちは、と声をかけられたので「こんにちは」と挨拶をした。「ブラックハヤテ号もこんにちは。元気そうだね」「ありがとうございます」 リザはにこやか...

  • ムース (忘れられない・色濃く・滑らか)

    色濃く迫る夕闇に隠れるように、マスタングの薄い唇がリザの口に触れた。「・・・・・・なんですか、今の?」「なんでもない。忘れろ」 乾燥してひび割れた唇を、リザは指でなぞった。 イシュヴァールの砂でざらついた風が、人や建物の焦げた匂いとともに通り過ぎた。 宵闇が近づくと、身体の奥がざわつく日がある。 そういう夜は決まって夢見が悪い。 都合が付けば女の身体にのめり込む。 縁がなければ強めのアルコールを買い込...

  • ガトーショコラ (拭う・目を伏せる・溜め息)

    どうやら昨日、彼は夜更かしが過ぎたらしい。 眠いだるいめんどくさいやる気が出ない、と朝から不満たらたらの上司は、書類を1枚めくっては溜め息をつき、1行読んではあくびをし、5分目を離した隙に逃亡してしまった。 銃を片手にリザが捜索に向かうと、地下のかび臭い資料室に彼はいた。腕をだらりと下にたらし、埃だらけのソファに寝そべって、彼はうとうとしていた。「大佐!」リザが怒鳴ると、彼ははっと目覚めて、その拍...

  • コットンキャンディ (舌先・ほんの少し・手を添える)

    駅前広場のマルシェに行かないか? 穏やかな春の日曜日、リザはロイにそう誘われた。 リザは目を見開いて彼を見つめ、こくこくと何度も頷いた。 彼の唇が弧を描き、目が細くなった。すぐ行ける?と訊かれたので、リザはぶんぶんと横に首を振った。「準備してきます」 それだけ告げて、リザは慌てて部屋に駆け戻った。 クローゼットから瑠璃色のワンピースを出して着てみた。鏡の前でくるくると回ってみる。 悪くない。けれど...

  • 甘々ワードパレット

    Twitterに載せていました甘々ワードパレットssです。まだお題が残っていますので、ボチボチ書いていく予定です。...

  • カナリアの歌をもう一度(通販のおしらせ)

    【COMIC CITY 大阪119】2020/1/12 インテックス大阪THE GATHERING DAY4 鋼の錬金術師で頒布した新刊通販のお知らせです。新刊:カナリアの歌をもう一度(R18 / 800円 / A5 102ページ)表題作:声の出なくなったリザさんのお話君の往く道:web再録(2019.3.13 pixiv掲載)少年の憂鬱:君の往く道スピンオフ。思春期の息子君のお話。...

  • 風の歌5

    季節の変わり目に、墓参りをするようになった。 せめて年に一度は、と思っていたのだが、忙しさにかまけて放置してしまった。 退役して実家に戻ってからは、親不孝を詫びるつもりで手入れにも勤しんでいる。 柔らかいスポンジに水を含ませて、墓石を磨き埃を払う。額に滲む汗を拭いながら、雑草を抜いて落ち葉も集めた。 色のくすんだ硬い墓石は、いつも静かにそこに佇んでいる。リザを労うことも責めることもない。 両親の...

  • 風の歌4

    「これ、あげます」 どさどさと焦げ茶色に変色したノートを山積みにされて、マスタングは目を瞠った。「なんだ、これ。ずいぶん古そうだけど」「30年近く前のものらしいですからね」 そのままキッチンに行ってしまったリザを訝しげに見送り、マスタングはノートを手にとってぱらぱらとめくった。「な! これ! ・・・リザ! これ・・・これ、君、どこで!」「寂れた路地裏にひっそり佇む人気のないジャズバーで」「君、これが...

  • 風の歌3

    娘を迎えに行く少年を見送りながら、ホークアイは眉間に深いしわを寄せた。 押しつけられた弟子だったが、彼は優秀だった。頭の回転が速く、相手の思考を先読みすることにも長けている。加えて社交的な性格と巧みなコミュニケーションで人見知りな娘の警戒心をあっさり解いてしまった。 その様はかつて袂を分かってしまった友人を彷彿とさせた。 銃撃されて重態。彼に関する記事はそれきり途切れていた。 皮肉なことに、かつ...

  • 風の歌2

    「俺たち、いいパートナーだと思わないか?」「パートナー?」 酒の席での提案はあまりに冗談じみていた。 ばかばかしい、と言う代わりに、ホークアイは刺々しい視線を友人に向けた。「君は俺という理解者を得られる。俺は君という天才を得られる」 ホークアイはため息をついた。肩を竦めて、呆れたような目で友人を見据えた。「理解者、というのは私に必要か?」「当然じゃないか」 彼は目を剥いてホークアイに詰め寄った。プ...

  • 風の歌1

    いつもと変わりない晴れた日の朝だった。 リビングで新聞を読んでいた父が突然顔色を変えて立ち上がり、リザは食器洗いの手を止めた。「お父さん?」 父はリザを一瞥もしなかった。手にしていた新聞をくしゃりと丸めて足早に2階に向かうと、そのまま書斎へとこもった。 昼を過ぎても、夜になっても父は部屋から出てこなかった。 研究に没頭しているときにはよくあることだった。リザは1人で食事をとり、父の軽食用にサンドイ...

  • 風の歌

    ホークアイ父のお話。捏造多いです。ホークアイ父とその友だちの話。リザさんも知らない錬金術師としてのホークアイ父を書きたかったんですが、難しいなー...

  • カナリアの歌をもう一度(サンプル)

    午前十一時ちょうど。 数日前まで雨と予想されていた天気予報は大きく外れ、空は雲一片ない青空が広がっている。 イーストシティの市内中心部に位置する時計台広場は、いつも以上に大勢の人で賑わっていた。 連休初日のこの日は、自治体主催のフリーマーケットが開催されていた。 赤と黄色の大きな帽子をかぶって、派手なジャケットを着た女の子が、風船を細長く膨らませて手早くくるくる捻っていく。あっという間にその風船...

  • 日だまりのような|夫婦

    ふと肩に重みを感じて、マスタングは読んでいた本から顔をあげた。 隣で同じように雑誌を読みふけっていたはずの彼女が、マスタングに寄りかかっていた。 その目は伏せられて、長いまつげが影を落としていた。 彼女がスースーと息をたてるたびに、うなじでくるりとはねた髪がマスタングの首筋や頬をくすぐった。 マスタングは手に持っていた本を、そっとテーブルに置いた。 彼女を起こさないよう注意深く様子を窺いながら、...

  • 日だまりのような|中尉と大佐

    ロイさーん、と甲高い声で呼ばれて、マスタングは足を止めた。「またお店に来てねー」 道向こうで手を振る女性に、マスタングは笑顔で応える。 相変わらずうさんくさい笑顔だ、と内心リザは思った。 その顔をチラリと見たマスタングは軽く目を瞠り、少しだけ唇の端を上げた。「・・・・・・妬いてる?」 耳元でそう囁かれ、今度はリザが目を見開いた。 おもわずまじまじと彼を見つめる。市井の女性には絶対見せることのないとても...

  • 日だまりのような|少尉と中佐

    「ロイ・マスタング!」 甲高い声が響き、派手な風貌の女性がつかつかとマスタングに近づいた。 その鬼気迫った様子にリザは銃に手をかけて彼の前に出ようとしたが、マスタング本人にそれを阻まれた。 パンッと高い音を立てて、女性はマスタングを平手打ちした。「あなた・・・・・・どういうつもりで・・・・・・」「たしか私は名乗っていないはずだが?」 平然とした顔で、マスタングは彼女を見つめた。その唇には笑みすら浮かんでいる。...

  • オレンジの片割れ|大尉と大将

    鮮やかなオレンジ色が目に飛び込んできて、リザは足を止めた。 手にとると爽やかなシトラス系の香りが鼻に抜けて、リザは顔が綻んだ。「・・・・・・で?なんで私を呼ぶのよ」 カウンターのナッツをつまみ食いしながら、レベッカは口を尖らせた。「だって大将、出張なんだもの」 ウィスキーと炭酸水を準備しながら、リザは言った。「いつ帰ってくるの?」「明日」「じゃあ明日でいいじゃない」「だってもう気分はハイボールだから」...

  • オレンジの片割れ|中尉と大佐

    「大佐の作るお酒ってマダムに教わったわけではないんですか?」 リザの問いかけに、マダムは眉をひそめた。「教えたことはないねえ」 リザの前にマダムはハイボールを置いた。それを1口飲んで、リザはほおっと息をついた。「てっきりマダムの味なんだと思ってました」「あの子、あんたにお酒なんか作るのかい?」「たまにですけど。いつもハイボール。わざわざグラス冷やして、フレッシュなオレンジをわざわざ1つだけ買ってきて...

  • オレンジの片割れ|少尉と中佐

    オレンジを半分に割ると、ふわりと爽やかな香りが立った。「いい匂い」 彼女は呟いた。この香りを共有できることを、密かに喜んだ。「1杯だけ飲んでいかないか?」 帰ろうとした彼女を引き留めたのは、これが初めてだった。 彼女は怪訝な顔になったが、私がキッチンに向かうと興味深そうについてきた。「1杯だけ、ってお酒ですか?」「うん。すぐできる」 私は冷蔵庫からよく冷えたグラスを2つとりだし、氷をたっぷり入れた...

  • 希望の花

    砂煙に混ざって、血と肉の焼ける臭いが皮膚にまとわりつく。それを不快と思わないどころか、そのことに気づかないほどすっかり慣れてしまった。 何のために、どうして人殺しを続けているのかわからないほど、それを自問することすら忘れてしまうほど長く居続けた戦場のど真ん中で、決して目にしたくないものに出会ってしまった。 砂煙にくすんではいたものの、彼女は以前と変わらず、眩しいほど美しくマスタングの目に映った。...

  • 愛を贈る

    「中尉、花をあげよう」 出張あけに午後から出勤してきたマスタングは、きれいにラッピングされた一輪の花をリザに差し出した。「なんですか、これ?」「桔梗だ」「それは見れば分かります」「きれいだったから買ってきた」「これをいただいて、どこに飾ればいいんですか?」「デスクにでも」「どうやって?」 書類と資料でいっぱいのデスクを見ながらリザがそう指摘すると、マスタングは少し考え込んだ。「・・・問題ない」 マ...

  • the joys that love and life can bring

    それは見事な花畑だった。「壮観だな」 マスタング大佐は腰に手を当てて感嘆した。「よく見つけたな」「・・・ええ」 上官の賞賛を気乗りしない様子で、彼の副官は頷いた。 一面に広がるその畑に植えられていたのは芥子だった。 最近十代の少年達の間で出回っていた麻薬の原料になっていたものだ。 既に逮捕されていた主犯も17歳の少年だった。どこの組織にも属しておらず、最初は仲間内だけで楽しんでいたらしい。しだいに...

  • 届け|大佐と中尉

    届け。 ふと視線を感じて顔をあげると、彼と目が合った。「なんですか?」 訝しげにそう訊くと、彼は一瞬ぽかんとした。「なんでもない」 そう言って目を伏せ、彼は仕事に没頭し始めた。 リザは首を傾げたが、職務に励む上司は大歓迎だったため特に気に留めなかった。「君、超能力でもあるのか?」 再び視線を感じて顔をあげると、彼は至極真面目な顔でリザにそう訊いた。「はあ?」 思わず食事の手が止まった。「好きだー...

  • 届け|Roy side

    夕立に降られて、目に付いた商店の軒先で雨宿りをした。 地面から立ち上る雨の匂いは、似ても似つかないのに、あの町の土の匂いを思い出させた。 買い物に出かけたリザが帰ってこない。 読んでいた本から顔をあげると、雨の音に気づいた。 激しい雨が窓を叩いていた。なぜ気づかなかったのか不思議なくらいだ。 立ち上がって外を見てみると、地面はぬかるみ、沼のようになった水たまりから、分岐した水路のように泥水が流れ...

  • 届け|Riza side

    世界は色で溢れていた。 週の半分以上雨が降る季節を通り過ぎると、土の匂いが濃くなる。 早朝の太陽が目を刺すほど眩しくなり、家の前の石畳に打ち水をするとうっすらと陽炎が立ち上った。 家から学校まで15分ほどの距離を歩くだけで、額や首筋に汗が滲む。たっぷりの氷とキンキンに冷えた麦茶の入った水筒は昼前には空になり、そのあとは蛇口から直接水を飲んで喉を潤した。 勢いよく水の出る蛇口に、友人がふざけて手を...

  • ドッグタグ

    マスタング准将の首には2人分のドッグタグがぶら下がっている。 そんな噂がまことしやかに囁かれるようになったのは、彼が東方司令部に戻り、イシュヴァール政策に着手し始めた頃だった。 殉職した親友のものらしい、という説が有力だったが、誰かが確認したわけではない。 真偽も出どころも不明なこの噂は、1年を過ぎる頃には司令部内で知らない者はいないほど周知されていた。 彼の優秀な副官であり、同棲中の恋人でもある...

  • サプライズ|おまけ

    「中尉、これあげます」 暗い表情で出勤してきたハボックは、自分のデスクにつくよりも早くリザのところにきた。「なにこれ?」 差し出された封筒を開いてみると、アクアランドのチケットと特急列車の乗車券が入っていた。「・・・振られたの?」「ええ、まあ。ていうか、その・・・」「何?」「泊まりは無理って」 ハボックはため息をつきながら、ドサッと椅子に座った。「えー・・・と、付き合ってたんでしょ?」 躊躇いがち...

  • サプライズ|6

    ロイに連れてこられたのは、高級ホテルの最上階スイートルームだった。 リビングのテーブルには、ボリュームある赤いバラのバスケットアレンジメントが飾られていた。 てっきり高級レストランに連れて行かれると思っていたリザは戸惑ったが、他人の目に付かない2人きりの空間は心地よかった。「食事はルームサービスを7時半に予約してある」 飽きずに夜景を眺めていたリザを背中から抱きしめながら、ロイは耳元で囁いた。「そ...

  • サプライズ|5

    「ほんっと男ってバカよねー。女がサプライズ喜ぶなんて本気で思ってるのかしら」 無事に接待を終えたリザとレベッカは、駅前のカフェバーで遅めの夕飯をとっていた。「ハボック少尉の感じだと本気だったわね。すっごい得意げにアクアランド行きの特急列車の切符みせて、その瞬間振られそう」「バカよね。アクアランド行きたいなら1月前くらいから誘えばいいのに」「そうよね。せっかく行くんならご飯食べるお店とかお土産買うお...

  • サプライズ|4

    女性はサプライズを喜ぶか否か。 カタリナ少尉から投げかけられた問題提起は、マスタングにとっても他人事ではなかった。 司令部に近い居酒屋でマスタング組男一同は、ビールを片手にこの問題に取り組んだ。「だめですかね、サプライズ」 フュリーが呟くように言うと、他の男達も頭を捻った。「まあ待て。冷静に状況を判断しよう。カタリナ少尉はなんて言ったんだ?正確に具体的に言ってみろ」「バカね、あんたじゃ無理よ、っ...

  • サプライズ|3

    「やっぱ旅行かなー。アクアランドとかどうよ」 嬉々として彼女とのデートプランを語るハボックを、マスタング組面々は生温かい目で見守っていた。「いいですね、アクアランド。でもちょっと遠くないですか?」 フュリーだけは気遣ってハボックの話にのっかると、ハボックはシシシとにやけた顔で火の付いていないタバコを咥えた。「そこはほら、1泊とかでよ」「休みとれんのか?」 書類から顔もあげずブレダはそう訊いた。「ま...

  • サプライズ|2

    誕生日デート(予定)1か月前。 夜景の見える高層ホテル最上階のレストランディナー。 赤いバラの花束と指輪のプレゼント。 もちろんホテルのスイートルームも予約して。 エスコートに向かう車は何がいいだろう。 彼女のために黒のマセラティでも購入しようか。 彼女は驚くだろうな。できるだけ当日まで秘密にして・・・。 マダムの店でヒューズと酒を飲みながら、ロイはそんなことをデレデレと垂れ流していた。 ヒューズ...

  • サプライズ|1

    クローゼットを前に、リザは考え込んだ。 黒、ベージュ、紺、グレーと地味な色味ばかりの服が並んでいることに改めて唖然とする。 アクセサリーや小物で補おうか。それとも思い切って新しい服を新調しようか。 小物入れを出してきて、リビングのテーブルに1つずつ並べる。 これは以前大佐にもらったネックレス。これも大佐にもらったペンダント。こっちのブローチは・・・これも大佐にもらったものだわ。 ピアスは3組しかな...

  • 花咲き散るまで|夫婦(2)

    おかさーん!と大声で呼びながら、子ども達は転がるように玄関に入ってきた。「掃除道具!お掃除道具出して!」「どこのお掃除?」「お山!お山の中にお狐様がいた!」 双子の言葉に驚いてリザは目を丸くした。背中に気配を感じて振り向くと、 双子の賑やかな声を聞いて2階から降りてきたロイが同じように目を見開いていた。「狐?」 ロイが双子に確認すると、双子は力強く頷いた。 一緒に来て。手伝って。 子ども達に促さ...

  • Think of me (通販のお知らせ)

    2019年5月4日 SUPER GATHERING DAY 2019 鋼の錬金術師オンリーで頒布した新刊通販のお知らせです。価格500円(送料別) / A5サイズ48ページ / 全年齢中尉に彼氏疑惑が出たり、大佐に結婚疑惑が出たり、ドタバタしながら安定のハッピーエンドです。こちらからどうぞ→ Think of me (通販)本編は全年齢ですが、18R部分をpixivにあげています。本編を読んでなくてもこれだけで完結していますのでぜひどうぞ。こちらから→ Think of me (R...

  • 花咲き散るまで|夫婦(1)

    「なあ、首の後ろ。何かなってないか?」まだ事後の気怠い空気が漂う中、ロイは熱い息を吐きながらリザに言った。「首の後ろ?」彼の広い背中にのしかかりながら、リザは彼の後ろ毛をかきあげた。「時々、チリってするんだ。痛いとか痒いとかじゃないんだが」「別になんともなってませんけど。どのへんですか?」「うーん、首と頭の境目くらい。真ん中あたり」言われたあたりに、リザはそっと唇を当てた。ツボを探し当てるように少...

  • 花咲き散るまで|中尉と大佐(2)

    夢を見た。 あの木の下にいた。 白い羽織を着た男が、背中を向けて立っている。 黒い髪、その佇まい。「大佐?」 リザが呟くと、その男は振り向いた。 細く黒い瞳がリザを見据え、口角をあげた。 その顔はやはり大佐だった。けれども違和感が拭えない。「大佐?」「あの小僧か?」 嘲るように、男は言った。「そう見えるんだな」 その声もやはり彼のものだったが、なぜかリザには男の正体がわかった。「コーン様?」 リ...

  • 花咲き散るまで|中尉と大佐(1)

    毎年恒例、グラマン中将のがらくた市がロビーで開催されていた。 油断するとあっという間に執務室を埋め尽くしてしまうという中将の蒐集物の一部が、年に一度東方司令部内で希望者にもらわれていくのだ。 とはいえ蒐集物自体が高尚な(というかマニアックすぎる)芸術品であるため、その8割が一週間経っても引き取り手がなく、すべて町の古物商に引き取られていくのが通常だった。 冷やかし半分でそれらを眺めていたロイは、...

  • 花咲き散るまで|少尉と中佐

    「いつの間にこんなに飲んだんだ、まったく」 少尉を背負って歩きながら、ロイはぼやいた。 今日は新人の歓迎会だった。こういう会ではいつも羽目を外さないよう気を張っているはずの少尉が、ふと気がつくと真っ赤な顔で杯を重ねていてロイは仰天した。 隣にいたハボックとかいうでかいやつだな、とロイは歯噛みした。 取っつきにくいと評判のホークアイ少尉に物怖じすることもなく、士官学校時代の失敗談をネタに盛り上がって...

  • 花咲き散るまで|リザとロイ

    家の裏から山に登り、林道から獣道を少し分け入ったところに、小さな石祠と苔むしたお狐様がいた。 その後ろには、薄桃色の花をつける木が枝を広げ、太い幹もたくましく堂々と立っていた。 ソファでうたた寝をしていたロイは、パタパタと自分の側を通り過ぎる足音に目を覚ました。 起き上がると、大きなバケツと紙袋を持ったリザが、玄関から出て行くのが見えた。 庭掃除でもするのかな。 手伝えることがあるだろうかと、ロ...

  • Think of me(サンプル)

    突然ですが、初めてのロイアイオフ本をだすことになりました!* * * * * * 2019年5月4日 SUPER GATHERING DAY 2019 【西2 ネ25b】サークル「視察日和」様のスペースで新刊本を委託頒布します。予価500円 A5サイズ48ページ / 全年齢中尉に彼氏疑惑が出たり、大佐に結婚疑惑が出たり、ドタバタしながら安定のハッピーエンドです。* * * * * * (本文より抜粋) ほとんど人の出入りしない埃っぽい...

  • もっとも美しい人へ

    出張ついでにヒューズの家に寄ると、いつも出されるアップルパイとは趣が異なっていた。「ほお。すごいな」 バラを形作ったそのパイは、これも奥方の手作りらしい。「見ろよ、ロイ。すげーか?すげーだろ?羨ましいか?」「ヒューズ、近い」 肩を組んで自慢してくる友人を押しのけて遠ざけながら、ロイは一口サイズのそのパイをかじった。 甘酸っぱいリンゴのフィリングと、ザクザクしたパイの食感がとてもおいしかった。「た...

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