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長唄三味線/杵屋徳桜の「お稽古のツボ」
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2015/07/18

1件〜100件

  • こどもの神様

    三つ子の魂百まで…こどもの頃、目にしたものは生涯忘れられないものである。記憶の何処かに潜んでいて、上層に様々なものが沈澱して、すっかり忘れていたのに、ある時ひょっと眼にしたものが、あっ、これを私は知っている、昔とても好きなものであったはずだ…と、自分でも吃驚することがある。二つになるかならないかの子ども時代、私は絵本を読んでもらうのが迚も好きだったらしい。母の話では、目の前に絵本を拡げて読んでいて、ふと、分かっているのかしら…と思って読むのをやめると、まだ口がよく利けないのに、本を手で示して続きをうながしたそうである。熊田千佳慕先生の『おやゆびひめ』は、私のとても大好きな絵本だった。熊田ちかぼ先生は、ファーブルに影響を受けた昆虫の画家としても有名である。たまたま数年前、「バースディカード」という、1970...こどもの神様

  • しもきた三味線プレイス

    コロナ禍も3年越しとなりました。7月の歌舞伎座が公演中止とは…お見舞い申し上げます。平成の歌舞伎座では、7月というと、先代澤瀉屋の独壇場(どくだんじょう)でありました。澤瀉屋の芝居という家業に対する気高い精神性…お客様に対するサービス精神には、贔屓でない者も胸が熱くなる思いでした。何より、三階席の、天井桟敷の人々っぽい我々は、狂熱のライブを絶賛したものです。さて、日本列島に生まれ育った者のDNAを慰めるために、日本の伝統音楽は生まれ、洗練され、発展して参りました。世情が不穏で人心が掻き乱される日常となった不幸な時代、古典に携わる者として皆さまのお心を安らげ、なごみへとお誘いするのがつとめでは…と気持ちを新たに、新しい考え方の下、三味線スタジオを設けることといたしました。三味線は、奏でる者の体が楽器の一部で...しもきた三味線プレイス

  • 波はみどり

    一昨日より初伏に入りて蒸す。海の日なり。旧友のご実家よりの賜りものの八朔の、最後の一つを食せし折り、ふと、種を蒔いてみむとす。ふた月ほどがそのままに過ぎ、やはり無理かと忘れたころ発芽し、双葉が三段目ほどに出ずる。ユリ科の雑草の一種と思われるひと本の植物の間近に生え、先に生ふるものは立ち枯れてきたが実を結んだ。アールヌーボー調の曲線が、何とも言えぬ風情を醸す、不思議な景色である。芳年の新形三十六怪撰の何か…にも似ている。12、13、14日と、連日羽化続きの庭に静寂が訪れたものの、未だ檸檬樹に居残っているサナギ二頭が気になるので、朝七時半、様子を見に行く。と、一頭のさなぎの周りに俄かに細かい羽虫が群がりて騒がしい。余りに恐ろしい風景なので、霧吹きで水攻めを試みるも、どうやらサナギの中から湧いて出てくる。…アオ...波はみどり

  • 罠~トラップのある家

    2022年7月1日6:45ベランダの片隅で無事に羽化し、大空へ飛び立つものがあれば、また、支障ありて一隅を仮りの寓とするものあり。酷暑はただ自然のままでありたいとするものから多くのものを奪う。炎熱の床に彼の体から剥がれた翅の一部が残り、本体を恋しがるのか、しきりと蠢くを恐る恐る眺めてみると…彼もまたこの世界の片隅でいのちをつなぐものであった。2022年7月2日7:22半夏生。早朝から既に熱い。暑いのではなく熱い。青虫も物憂げに枝上で吐息をもらす。レモンの真白き花は香華。右手ベランダ床に目をやり、愕然とする。昨日とまったく同じところに、羽化直後と思われるアゲハチョウが居る。しかし彼もまた、太功記十段目の登場人物のように、既に満身創痍の態である。翅全体が白茶けて、右後翅の尾翼が既に欠落していた。こは如何なるこ...罠~トラップのある家

  • 花がるた 七月 萩・桔梗

    今年はどうしたことでしょう、新暦の六月下旬から摂氏三十度超えの日が続き、二年続いて継続中のコロナ禍下も小康状態とて、少しづつ仕事を復活させる機運が街なかに広まりつつありますが、大好きな薄物を身に纏う喜びも半減いたします。生地を見ているだけで、その透け感にうっとりしてしまう明石縮は、雨に遭うとチリチリチリ…としぼんでしまうので、こんな急変する天候の時はもってのほか、十年ちょっと前、知り合いの呉服屋さんがお店をたたんでしまった折、一級河川…東京に於いては多摩川と荒川なんですが…一級化繊でもあるポリエステルの絽小紋を何着か仕立てて頂いたことがありまして、これが夏場は非常に重宝致します。しかし、この暑さはもう、如何ともし難く…。久しぶりに小千谷縮を取り出してみました。同じ“ちぢみ”でも、明石は正絹、長唄・越後獅子...花がるた七月萩・桔梗

  • キヘンのひと、リターンズ。

    2022年6月30日節電に協力するために、午前中に出掛ける。最寄り駅までの吉祥寺通りは、どうした方針か何年か前、立派な欅の街路樹の枝を払って、棒状の木立に直接、葉っぱが枝葉末節的に芽吹いた小枝が申し訳程度についているばかりで、日陰もなく涼しくもなく、炎天下にさらされた、これまた炎熱地獄に拍車をかけるイマイチ趣味の悪い三色タイル張りの舗道を歩くのも気鬱。生死にかかわるので遠慮して、文化園内を突っ切って井の頭公園駅まで歩く。さぞかし快適、涼しかろうと思いきや、あにはからんや…妹でも弟でもハカランヤ。これまた、一見オシャレ風な煉瓦様タイルを敷き詰めた歩道が整備されているお蔭で、チイとも涼しくありゃしない。公園の木々も整備されてしまったようで、春ごとに美しさを誇った桜樹の枝ぶりも今いづこ、灌木も疎らである。手の込...キヘンのひと、リターンズ。

  • 水無月朔日のdeparture

    そいえば、私が二十歳の頃、愛と青春の旅立ち…という洋画がありまして。屈折したつもりのオタクっぽい青春を送っていた…つもりの、マイナー擁護派の私としては、恥ずかしくて見に行けないタイトルの映画ではありました。今、原題は何だったのかと、日記を書くにあたり標題に迷っていたので調べましたところ……20世紀の映画会社(固有名詞ではなく)の方々の翻訳センスの素晴らしいこと!!本日のお題は、譬えますれば「アゲハくんの冒険~愛ある旅立ち」…かな?はて扨て、過ごしやすい早朝の気温(されど6時半の気温27℃)も、余談から入りますと、肝心の話題に入らずじまいでパソコン前から撤退を余儀なくされる、頭脳に疲弊が生じない適温を超える室温となります。つい一時間ほど前のこと…いつものように、ベランダの檸檬樹にお水を遣りに参りましたところ...水無月朔日のdeparture

  • 存在証明

    遅かりし由良之助…さすがに早暁に起きて三日続けてアゲハの羽化につき合うのは草臥れるもので、さてこそ、当家のクロアゲハは気が利いてござる。いつの間にやら蛹化して、消息を知らしめて家内を安心させ、また人知れず羽化して去っていったのである…と、何となくホッとしたのが、早朝の6時26分。朝というには強すぎる陽射しの中で、レモンアゲハの鯨組が一匹、みどり君に脱皮している。この暑さでは檸檬たちの水加減が心配である。そうして、外気温36℃という暑さに耐えかねて、二時間おきぐらいにベランダへ様子を見に行くたび、まだ体長15ミリ程のちびっこの鯨組が一頭また一頭と脱皮し、美登利ちゃんへと変貌しているのだった。〽葉っぱの乱れを水差しで引き揚げながらアゲハ算…(「四季山姥」畳算・改)本日、午前中だけで4頭の幼虫が終齢のミドリちゃ...存在証明

  • マカオン・ノワールの4時間

    〽木陰にしばしやすらひぬ…胡蝶に心和らぐのは荒獅子ばかりではなく、人間とても同じこと。二頭を間近に見て、クロアゲハが羽化して青空に飛び立つまで、ほぼ4時間を要するらしいことが分かりました。普通の黄地に黒のアゲハチョウは2時間程度だったように記憶しておりましたから、これは意外なことでした。体が大きい分、翅を動かす筋肉(?)が調うまで時間が要るのでしょうか。ともあれ、彼らの今生の仮の宿…旅籠のあるじとしては出立を見送ることが出来て大いに気が済んだことでした。そんなわけで、令和4年6月25日朝7時56分。それから1日が過ぎまして、鎌倉の世なれば、虎が雨が降る月暦五月廿八日の、令和四年の日も暮れて…さて、その次に控えしは…マカオン・ノワールの4時間

  • まだ宵ながら明けぬるを…(昧爽の攻防)

    よほど外界が恋しかったのでありましょう。本日の日の出は4時27分。朝陽とともに微笑む姿を…と思っておりましたが、既に。夜明け前から殻を破って羽化した模様。遅参いたしました。が、スマフォのカメラも限界ながら…見えますか…強風と撮影者に驚き、お隣との区分壁峡谷に、逃れて暫しやすらいぬ。パラディソ・レモンは事も無く…ノワール三号も大人しく控えております。そして新たなるレモンアゲハ鯨組と、昨日出来立ての緑のさなぎちゃん。清原くんと名を替えし摺墨二番は…現身の無事を暁に祈る、残されしもの。廿六夜の月宿りたる雲一つ見えませで、今日も暑くなりそうな…まだ宵ながら明けぬるを…(昧爽の攻防)

  • 曜変

    仲夏の胡蝶の夢を見てしより、ここ数日、早朝五時に目が覚めてしまいます。鯨組とは別に、一人残ったレモンアゲハの緑くんもそろそろ旅立つ風情。昼ごろ様子を窺うと、埴生の宿たるレモンの植木鉢から転がり落ち、テーブルの三隅をうろうろしておりました。そいえばユーレカ種を乗せたこっちの植木台は配置換えをして以来、手摺りから孤立しているので旅立ちにくいかもしれない…と、橋を架ける女たる私が(古代マヤ暦占いに拠る)お隣のビアフランカ種の植木台へ板を渡したところ、得たりや応と進み出で…夕方四時ごろ再び見ると、その場所にはおらず、どうしたものかと見渡せば、ずいぶん離れたところで既に蛹になっておりました。異例の変わり身の早さ…(四時間のうちに前蛹化してさらに蛹化したものと思われ…)30℃超えという気温が拍車をかけるのか…しかし何...曜変

  • 佇むひと

    〽ベランダの隙より見ればサッシの下に色殊なるサナギの今を盛りと見えて候立ち寄り眺めばやと思ひ候…夕暮れ時はこのような塩梅でしたが、夜更けて夜目に透かして見れば、墨のように黒くなっておりました。翌朝、ふと目が覚めましたのが寅の刻。〽檸檬に戯れ匂ひに交はる胡蝶の精魂現れたり〽詩歌管絃の御遊を催し眺め絶えせぬ花の色一時間ほどの間にだんだん翅が伸びて参ります。二期作(?)次世代のレモンアゲハの緑くんも、未だ夢のなかから応援中。二時間ほども経ったでしょうか、〝わが翼をご覧ぜよ″〽草木の花に心を染め梢に遊ぶ身にしあれども深き望みのある身なりそれから更に一時間ほど、前脚で頭をこすっているかと思いましたら、体液を排泄し、やにわに羽ばたき始めました。そしてついに、明るい向こうへ…〽人目稀なる木の下に宿らせ給へ我が姿夢に必ず...佇むひと

  • 曇天のレモン横丁

    ♪葉脈一本両手に抱いて罷り出たのもアゲハの食生…梅雨らしい薄どんよりとしたお天気の朝は、昭和歌謡の替え歌が頭の中を経廻るのが常でして…旺盛な食欲の幼虫たちを見ていると、現代日本が青春時代だった昭和中期の愉しい雰囲気が思い起こされ、心がなごみます。4つ目の朝に3つ目のサナギを見つけたり、黒揚羽の八蟲士が旅立った後に新たなる種族、レモンアゲハが「11人いる、再び!」モードで檸檬樹の巷を席巻したり。本業を纏めるいとまもなく、伸び伸びと育ちゆく小さき者どもの日常を、取り急ぎ近況まで…「レモンの食卓」↓クロアゲハの8頭のうち、三匹の侍がベランダにて南面の武士となりつつあり…(お耳がカッツェさまに似ている〉ガッチャマン世代の第一印象)(角度によってはお腹周りがムーミン・トロールを髣髴とさせます)さて、幾度目かのベラン...曇天のレモン横丁

  • …そして、三つ目の朝が来た。

    …二つ目の朝は雨でしたが、曇天の今朝は雨が上がっておりました。さて、早々に余談。テレビドラマ版『子連れ狼』のテーマ曲は、圧倒的に橋幸夫の第3シリーズが有名ですが、私はバーブ佐竹の「ててご橋」がメチャクチャ好きで、よくくちずさんでおります。水原弘のカムイ外伝「忍びのテーマ」も物凄く好きですけれども。低温…もとい低音の魅力。このままこんなところで蛹になっちゃうのかなぁ…と思っておりました予定調和。朝いちばんに怖々…恐る恐る…いや寧ろ嬉々としてベランダの様子を窺うと…見れば見るほど不思議です。昨日はこんな感じだったのが☟どうしてこうなるのか、真実のところをお知りになりたい方は、ちょうど3年前の夏、揚羽蝶の前蛹からサナギに変態する動画を撮影してありましたので、こちらのYouTubeチャンネルをご覧くださいませ。何...…そして、三つ目の朝が来た。

  • 柚子坊に…

    柚子坊(ゆずぼう)に干場とられてもらい竿武蔵野の十久女二日目朝の様子↓柚子坊に…

  • 伽羅当世檸 ベランダ床下

    その疑念がわが胸に頭をもたげたのは、実を言えば先月のことであった。檸檬の樹に無邪気に寄宿しているのは、どうやら常のアゲハじゃない。葉の影に隠れた彼の存在を知らなかった或る朝、根方に水を遣ろうとした手が小枝にぶつかって、大きく揺れた。突然、カーマインレッドの筋がひらひらっと閃いたのだ。…??レモン花の雄蕊の散り残りかしらん、サフランじゃあるまいし、ハテ扨てこんな色だっけ???しかも今季、ビアフランカ種の二株には、花はほとんど付かなかった。いぶかしく思ってよくよく見たら、下葉の陰に緑くんが居て、赤い二本の角をチロチロさせていた。ぎょっとして言葉を失ったものの、いや待て、レモンアゲハ(ナミアゲハの当家の呼称)のツノは、こんなじゃない、綺麗なレモンイエローだったはず…(目撃者は語る)急いで証拠写真を撮ろうと、室内...伽羅当世檸ベランダ床下

  • 11人いる?

    五人囃子どころか、地謡座ができるのではないか、と気がついたのがこの木曜日、6月2日の朝のことで、緑の葉海に晦まされ厳密に数えたことも無かったのだが、あれれ、何となくここらへんが薄くなってきたような…と、彼らの旺盛な食欲に応えるべく気前よくその身を投げ出す緑の黒髪ならぬ檸檬樹の茂みを矯めつ眇めつ、心を落ち着けて緑の幼虫をよくよく数えてみたら、昨日まで緑野の七人と思っていたのが、八虫士いたのだった。加えることの、黒白の鯨団が三匹…しめて、11人いる……ではないか。嬉しくなって、今日もいるかしらと、ベランダを覗いたところが、緑のしゃちほこ、ちりれんげの形で寝ていたツワモノが居りました。自由だなぁ…ところで、つい4日前の5月31日に、「今日は土方歳三の誕生日」という文言がインターネット内に流れてきて、刑事コロンボ...11人いる?

  • 日本の調べ~演奏会ニュース

    来る次週末6月5日の日曜日、小田急線・成城学園駅北口ほど近い、成城ホールにて、邦楽演奏会があります。主催は世田谷邦楽研究会、恒例の年に一度の三味線を主体にした和楽器によるライブです。長引くコロナ禍のため、今年度も開催が危ぶまれておりましたが、区教育委員会関係各方面の皆さまのご尽力によりまして、開催にこぎつけました。楽屋用施設がコロナワクチン予防接種会場となる非常時でございまして、参加社中も規模縮小の演奏会となっております。今回は、長唄、小唄、新内、筝曲などがお聴き頂けます。入場は無料、お出入りは自由ですが、新型コロナウイルス感染防止対策を講じて上演いたします。座席は一つ置きの雁木…千鳥…市松模様状に、ご利用下さいませ。また、マスク着用にてのご入場をお願いしております。開演は12時半、終演は16時半ごろを予定して...日本の調べ~演奏会ニュース

  • 松庵梅囃子

    朝から篠突く雨に襲われた武蔵野一帯も、昼過ぎには雲間から薄日が射してきた。三度目の宿替えをして檸檬樹の上層へ巣を張り直した一昨日は、洋々とベランダ空間を睥睨していた蜘蛛が、今朝から姿を消し、些か意気消沈していたところ、気を変えてこのところの案件であった着物の手入れものを出しに、中野行きのバスに乗ったのが八つ半。五日市街道から西荻窪の商店街へ入る路地のほど近く、長年お世話になっているK染み抜き店さんへ、コロナ禍で久しぶりに伺うため、お電話したところ、御主人がこの彼岸に急逝されたと聞き絶句する。抗癌剤治療から帰宅しても伏臥せず仕事机に向かっていたというおかみさんのお話を伺い、職人気質を偲びお線香を上げさせてもらった。生前いつも坐するお姿をお見掛けした作業台の後ろ壁が白い。そのまま日常の営みに戻る気にもなれず、...松庵梅囃子

  • 風よ、伝えて。

    演奏会のある週末を挟んで、数日ぶりに稽古場を開けると、新顔の蘭が独りでほころんでおりました。彼(彼女?)は一昨年の暮れ、令和3年のお年賀に頂いた2年目の株でして、当家に居着いて初めての開花となったわけで、胡蝶蘭の他のメンバーの花時を三月も遅れてやって来た晩生(おくて)ながら、可憐な佇まいが奥床しく。時計の秒針に懸念することなく、在処を忘れていた心の落ち付かせどころを、ようやっと暫し取り戻せて、緑の風と戯れんと、朝、レモン樹の葉陰をしけじけと眺めおりますれば…影しか見えぬ外に張り出した葉上の幼虫二人、随分豊かに育って、今日も仲良く身を寄せているのが見えましたが、重みのため葉が下がっております。折から、天気晴朗にして風強し……葉先にいたちびちゃんは手前の枝に避難する機転もあろうに、年長(日長?)の両人がそのまま危う...風よ、伝えて。

  • 居ぬようで ゐるようで

    三日見ぬ間のレモンの葉っぱかな。越冬サナギが飛び立った後の、空の巣症候群を埋めるかの如く、同日気早なクモが姿を顕し…実を言えばやっと生き物からの束縛を逃れて清々していたところでもあったのですが、恐ろしい現代社会の闘争の巷の噂話から暫し、心慰められるのも事実。葉陰に幼虫と思われる黒い筋を見つけたのが、5月15日のこと。写真は撮ったものの纏めるいとまとて無く、あたふたと一週間が過ぎました。月曜日に焦げ茶の幼体を4つほど見つけ、さらに翌日もう一匹極々生まれたてのものも見つけ、現在、我がベランダ栽培のレモン樹には、四天王から五人囃子ほどの遊興チームが育ちつつあるのである、と昨日まで思っていたものの…なんてカッコイイ、小白金蜘蛛。と、今日も今日とて初夏らしい鮮やかな日差しに、外まで繁りゆく新緑を目を細めて眺めておりました...居ぬようでゐるようで

  • 卯月十八日

    卯月八日はとうに過ぎ、稽古帰りの居待ち月。待っていたとは有難い。月暦、令和四年四月十八日四つ亥の刻、東の空に。卯月十八日

  • そのとき折しも鏑木清方が…(和楽器ライブのお知らせ)

    数年前まで黄金週間最終日の催し物としてお知らせしていた、武蔵野邦楽連盟による邦楽演奏会でしたが、昨年度より風薫る5月下旬の開催となりまして、今年は来る5月22日(日)、吉祥寺駅南口ほど近くの武蔵野公会堂、パープルホールで行います。和楽器である三味線が活躍する、伝統長唄や現代曲、筝曲や尺八など、全16番を予定しております。開演は12時、終演は17時ごろ。入場無料、お出入り自由ですが、感染症対策として入場時の検温・消毒などご協力を賜りたく、(ドレスコードはマスク着用にて)どうぞよろしくお願い申し上げます。当杵徳社中は、長唄「竹生島」、同じく「五色絲」、そして杵屋徳衛作曲の三味線と十七絃による現代曲「吉祥天女伝説/上の巻・白羽の矢」を出曲いたします。長唄「五色絲(ごしきのいと)」は、江戸時代の嘉永五年=西暦1852年...そのとき折しも鏑木清方が…(和楽器ライブのお知らせ)

  • 雨やどり

    居残り組の"いのどん"が羽化したのは、雨の日の月曜日、未だ1970年代を棄てられない庵主は決まってカーペンターズの歌を口ずさむ。空く蛹残るサナギも開くサナギ花鳥風月に思い致せば、誰でもが俳人だったり歌人だったり。オリジナリティが生じるほど修業をしていない日曜歌人は、いつかどこかで聞いたような句のもじりで茶を濁す。一頭だけ残った蝶はチョウではなくて半だわね、などと昔聞いた古しえ人の噂話を想い出しつつ。瑞々しい緑色の外殻がハトロン紙状に変わって三日、愈々油紙ほどに透けてきて今日か明日かと待っていたが、四段目の由良さまか、中々姿を顕さない。庵主は塩谷判官になったり、寝所に忍び込む五右衛門のようにサナギの呼吸を計ってみたり…揚羽蝶のうしろの百太郎であったかと思えるほどに、その数日、サナギの背後の空間に潜んでいた。その後...雨やどり

  • たそ、かれ…

    黄昏時に至るにはまだ早きこと十時間余り。急速なる初夏の陽を浴びる、檸檬樹見舞いをせむ…とお水を遣り、さて、今日も稽古に勤しまねばと、明るきベランダより室内を振り返ったときのことでございます。ガラス戸と網戸の隙間で、ごにょごにょアタフタと蠢く、見慣れた模様の虫が一匹。はぁあ??さてはお主はアゲハよな…こんなところで羽化しちゃったとは、吃驚するなぁ、もう。羽が曲がったら大変、と、慌ててガタピシ!と網戸を外しました。一瞬、はて、まだと思っていた最後の一頭がこんなところまで出張って羽化ちゃったのかしらん、いやいや、ワープじゃあるまいし、やだねぇ、子どもの頃SFチックに育っちゃった昭和の子は…と、今朝様子伺いしたばかりの、お隣との国境近い柱の陰の越冬サナギを確認。まだ大人しく眠っておられます。どうやら、昨秋、終齢幼虫にて...たそ、かれ…

  • 待っていたお嬢~青空のソーシャルディスタンス

    三月の月ずえに突然暖かい日和が訪れ、慌しく前年度中に卒業していった揚羽蝶のゆくえを案じていた、春疾風に凍える新年度早々も、四月馬鹿、旧暦上巳、花まつり、ことごとくが朧夜のうちに過ぎ…ベランダの先に初夏が立っていた。しきりと囀る鶯が闇夜を押し開き、早朝六時にそっと居残り組を覗きみると…真っすぐな光線が陽気の烈しさを呼び、三時間後の九時。急激に羽化の支度が進むサナギに心を残して、日曜日の朝。私は稽古に出掛けた。かのものは今シーズン、我が家で一番最初の越冬サナギであった。ある九月の朝、棲み慣れたレモンの樹に別れを告げ、彼は旅立った。ゼブラ模様の弟妹を残し、まだ青かった檸檬の実が彼を見送った。いったいこの子はサナギになる気があるのかしら…想定外の場所でサンダルの下敷きにするを恐れた庵主は、彼の行方を見守った。しかし彼は...待っていたお嬢~青空のソーシャルディスタンス

  • 檸檬ちゃんはおこりん坊

    残された、名前は未だ無い三頭の越冬サナギの様子が気になります。ベランダの三株の檸檬樹のうち、今年は背の低いユーレカ種の枝に、家紋に例えれば四ツ目結い状に、四つのレモンが実りました。彼らが、陰になり日向になり…と言うよりも、正に陰をつくって陽射しを調整し、風雨から足下のサナギを護っていたのです。そんな心意気に打たれ(単にアゲハチョウが彼を寄り親と定めたわけではありますが)、私も、レモンが爽やかな檸檬色に耀く様子を眺めつつも、筍が竹の子であるのを想い、立派な竹に育つまで、自分の家のひさしを削って見守る、そんな良寛さまの心持ちで、レモンの収穫はこの子が無事羽化するまで待っていようと、9月下旬からの半年余り、両者のすこやかなる成長を願っていたのでした。ヒデヨリ君が旅立った朝の朗らかなお天気が、どうしたことでしょう、午後...檸檬ちゃんはおこりん坊

  • 鶯はYABUにいる

    気持ちよく晴れた月曜日の朝、気の早いお拾いが旅支度をしているとは露とも知らず、東京の桜が満開になったとの報を得た私は自分の目で確かめに行った。とは言え、実のところ花見時の井の頭公園に足を踏み入れるのは気が進まない。人混みはとにかく苦手である。早朝で人通りも疎らな吉祥寺通り、折からのホーホケキョ…の声にいざなわれて、井の頭動物園の前庭である御殿山の雑木林を廻る。声はすれども姿が見えぬ、艶やかな啼き声を耳で追うと、そこは灌木や下草の生い茂った藪である。♪藪のウグイス気ままに啼いて羨ましさの庭の梅…長唄「五郎」二上り冒頭。今年はもう桜。ケキョケキョケキョ…と、おっとりとした間合いの、谷渡りの稽古に余念のない彼らの声、朝陽が心地よい。曾我兄弟の弟、江戸歌舞伎に欠かせない荒事キャラ・五郎時致(ときむね)が、父の仇討ちを胸...鶯はYABUにいる

  • ヒデヨリ、旅立つ。

    さて、予てより当家には4頭の越冬サナギが居り、何故か1頭にだけ名前が付いていた。その名を"御拾い"といった。なぜなら、彼は終齢幼虫の時、蛹化するための最適の場所を求め、ベランダの手すりを這い回っていたが、何を勘違いしたのか、外壁の1尺近い厚みがある銀色の金属カバーの上を、外界へ向かって嬉々として直進し、そのまま真っ逆さまに9階から落ちた。まさか落ちはすまい、しかし、あの元気なスピードのまま進めば落っこちるのではなかろうか…などと思って彼の挙動を見守っていた私は、愕然として、とはいえ厳然とした自然のものの成り行きを、悄然として受け入れる覚悟はできていたので、諸行無常、南無阿弥陀仏…と唱える雲水のように、偶々室内にいた家人にそう告げた。淡々として諦めのよい私とは違い、情の厚い家人は、事の顛末を聞くと、突然玄関を飛び...ヒデヨリ、旅立つ。

  • 風雅の虎の巻

    今朝もまた、ウグイスの啼き声で6時ごろ目が覚めた。今年、令和四年は、東都の乾(いぬい…正しくは酉とりの方角だと思うが、巽が捩れない…ので敢えて…)の我が庵、お隣の文化園では近年リスぞ棲む…武蔵野市の一角にては、月暦二月十二日で新暦3月14日(日付だけ偲べば1701元禄14年にては江戸城松の御廊下内にて刃傷事件の在った日、平成の世ではホワイトデーなる名称が盛んだった日付)に、初啼きを観測致しまして、以来、隣国の戦火である人災の風説、地震や3月のライオンらしき気紛れなお天気と強風などの天変地異に心悩ませる日々を、朝方の一時だけでも、忘れるよすがとなっていた。それでふと、あれは何度目の寅年であったか、年賀状に歌舞伎、菊畑での牛若丸の拵えの似顔絵を極彩色で描き、版下にしてプリントごっこで印刷し、お送りした知人から「趣味...風雅の虎の巻

  • 春は夢

    2022年3月18日は、令和四年二月十六日で月齢15.4。望月なのだった。しかも彼岸の入りである。花のもとにて春死なむその如月の望月のころ…と歌った、何という有言実行のお方でありましょう、皆さま御存知よりの西行法師が亡くなったのは、文治六年(1190)二月十六日。今年と同じく、望月が十五日ではなく、十六日だった年でありました。やぁ、殊更に今年は、西行法師を追慕しなくてはなりませんなぁ…などと思っていたが、何とぎょっとすまいことか、先月より些か季節外れとも思えるが、お稽古の進捗状況により外してはいけない曲の順番というものがあり、何故かお弟子さんのうちお二方が「藤娘」に進んでいた。〽️津の国の難波の春は夢なれや…ぉぉ、何としたこと、藤娘の置唄は西行の「津の国のなにはの春はゆめなれや葦の枯れ葉に風わたるなり」の転用で...春は夢

  • 那須野(三国妖狐物語 下の巻)

    那須野の殺生石(子どもの頃から“さっしょうせき”と呼ぶと思い込んでおりました)が、なんと先日、真っ二つに割れたという。怖いことに、下野新聞の写真から伺うに、何ものかを内在させていたかの如く、石の中は空洞であった。偶々、そのニュースを聞いたのが、昨夕刻、お弟子さんのお稽古で「那須野」の♪のうあさましや幾万代(いくよろづよ)のとしを重ねて功を積み…辺りを、さらっての帰りだったので、とてもビックリした。栃木県のお隣の海に隣接した北関東はI県で生まれ10代まで育った私には、下野の国(しもつけのくに)那須野(なすの)は、幼少よりお馴染みの場所であった。日光への日帰り遠足は屡々行われた学校での年中行事であったし、足を延ばせば那須・塩原は我が裏庭であった。特に、母方の曽祖父は那須野の歌詞にも出てくる“大田原”の素封家の出身で...那須野(三国妖狐物語下の巻)

  • お正月の朝のこと

    今みたび目(個人的印象)の、コロナ禍波襲来警報中。新暦のバタバタで、旧来のお正月らしい伸びやかな新春を寿ぐ心持ちを長らく失っておりました。なんと、2022年2月1日は旧暦2022年正月朔日でもあります。令和四年と書かなかったのは、はて、元号が唯一残っている日本国に置いて旧暦は破棄されてしまった概念であるから、そう記述してよいものか…と迷ったからであります。旧正月を祝う中国でさえ、とうに皇帝暦を廃絶しておりますからねぇ。しかし、本日、三味線の体験授業で伺った中学校を失礼する際に、ちらと「今日は小正月で旧暦のお正月に当たります…」と給食の献立を説明なさる先生のお声が廊下越しに聞こえて参りました。うれしいですね。文化はこのように伝わって、新世代の方々にもお正月を祝う細やかな精神性、EQが育まれてゆくのですね。今年度の...お正月の朝のこと

  • 武蔵野に降る雪

    月暦令和三年極月四日。小寒の候。朝方の鉛色の空から、昼頃より初雪となった。寒さの余り、家に籠って稽古に励もうとも思ったが、年越しのバタバタで失念していた社会的責務の遂行に赴く。思い掛けなく様々な憂き世の現象に出会ったので、雪も降っていることだし、久しぶりに公園を突っ切って帰ることにした。井の頭公園、七井橋を渡る。ボート乗り場の白鳥さんたちは大人しやかに湖面に浮かぶ。鴨かカイツブリか、水鳥たちもしめやかに泳ぐ。工事中の柵さえ雪化粧して美しい。振り向けば、舫ったボートの群れが整然として、これまた美しい。いずれを見ても水墨画の風情。弁天様のお堂は修理中で、緑の網に囲われていた。この月ずえの弾き初めの会で、竹生島で勿体無い唄のお役を仕るので、詫びる。夜、43年遅れで、昭和53年度芸術祭参加作品である深作欣二監督の「赤穂...武蔵野に降る雪

  • まだ初夢は見ない

    おお、そうだ…と暦を捲ったら、今日は師走のお朔日なのだった。月ごよみ、旧暦のお話です。コロナ禍も二年越しともなりますと、世の中の不景気さも深刻度を増し、一般庶民の巷には終末観が帳(とばり)を下ろし、21世紀になってここ十年ばかりでしょうか、10月末のハロウィーンが過ぎると、これしかないのか、日本の歳時記にはもっといろんな行事があったのに、欧米化ここに極まれりだな…と憂国の思いやまぬ新年までの2カ月間、街じゅうをこれでもかと、柊と小鐘のリース、躍る赤と緑の色彩、銀粉を纏う装飾品の数々、そして無理にでも盛り上げようというXmasソングのBGM…etc.に代表されるクリスマス・フィーバーが訪れていたものでしたが、ついに力尽きたか、商店街も駅ビルもひっそりとしていました。そんなわけで、なんだかなぁ…と年越しの実感もわか...まだ初夢は見ない

  • 私たちの居た場所

    この時季ならではの必然的な用向きで、宮益坂の渋谷郵便局へ向かう。渋谷のまちは私の学生時代、明治通りが長いこと工事中だったが、それから40年余りたった現在も大工事中である。ことに、この度の大改造は…何かというとmy休息の場所であった東急プラザが建て替わり、そして今また屋上から地下街まで自分の庭のように思っていた東急東横店(井の頭線コンコースから階段を使わずにデパート内のエレベータだけで東館へ抜ける道筋を知っていたのは私の密かな自慢でもありました)を失うに至り…自分の体のように感じていた場所を一つ、また一つと喪って、“逆どろろ”現象とでも申しましょうか、「この場所に85年間、東急東横線渋谷駅がありました」という看板を見るたび泣いていたのだが、その看板すらなくなってしまった。2019年暮れの地下鉄銀座線渋谷駅最終日は...私たちの居た場所

  • 壬寅、或いは令和長短。

    “みずのえとら”の年がやって来た。昔、私が生まれた年と同じ干支である。なるほど、十二支十干とは、生きているものの時を数えるのに分かりやすい便利な指標である。短いようで、しかし悠久の暦日を表記するのに、人間の尺で出来ている。昨年暮れの強風から、揚羽蝶のお母さんが当家の檸檬樹に託した葉付きの卵のうち、一つだけが残った。我が家の四人の越冬サナギ。ファラオの墓におわすミイラにそっくりである。昆虫すごいぜ!の香川照之に教えられるまでもなく、人間の歴史における昆虫の存在は切っても切れぬものであるのだ。新年早々、台所仕事の耳のおともに、志ん朝の芝浜をかける。なんて巧い、そしてなんと面白い藝でありましょう。さげの、よそう、夢になるといけない…で、思わず泣きそうになってしまいました。20世紀中、私は談志のオッカケをしていて、生前...壬寅、或いは令和長短。

  • 温室の夢

    午前中と夜のお稽古の間がすっぽりと空いてしまったので、この間からとても気になりつつ放ったらかしにしてあった、蘭の植え替えをすることにした。植え替え時期ではないのだが、雑草のようなものが生えてきたりして、稽古場に来る度、気が気ではなかったのだ。この胡蝶蘭は、もう7年ぐらい前の、証券会館ホール(日本橋茅場町の証券会館内にありまして、昭和の頃は、兜町という土地柄もあって邦楽演奏会の本場でありました。今では広尾に在る山種美術館が山種証券のビル内にあった頃のお話です)にての一門会のお祝いに頂いたもので、私の素っ気ない無精な取扱いが功を奏してか、一鉢を三株に分けてから、毎年美しい白い花を咲かしてくれる。稽古場には仕事に行くので、他に気を回す時間もなく、花影などあまり撮らないのだが、今年の立春、2021年2月3日に、おや、今...温室の夢

  • 長唄は津軽じゃない

    photocaption:振り向けば残んの月令和三年長月廿二日「俺たちは天使じゃない」という1980年代に旧作をリメイクしたアメリカ映画がありまして、この四半世紀来、お話のオチが腑に落ちなかった、英語に堪能ではない者の未解決の悩み。脱獄した囚人がつくり神父様に身をやつしての逃避行(未見の方にはゴメンナサイ)、ラストで、自分の身を明かす肝心のシーンで、明かされた相手が勘違いをするというキーワード、日本語字幕では“脱獄囚”を"異教徒"と聞き違える、というものでした。…えっ、それはどんな英語だったのだろう…日本語ネイティブの私にはスクリーンの字幕だけで、一瞬のうちに通り過ぎて行った言葉。???掛けることの無限のループが、頭の中に残ったのでした。映画鑑賞後、自分の中で暗中模索したシロウト探偵の答えは、プリズナー(囚人)...長唄は津軽じゃない

  • 名付けますれば…スリーブロック演奏会

    おはようございます。雨模様の新暦10月半ば、明日午後1時開演の演奏会のご案内を申し上げます。ところは京王井の頭線・JR吉祥寺駅南口より徒歩2分ほどの、マルイ百貨店東隣の、武蔵野公会堂です。コロナ禍下における感染症対策を、皆さまのご協力を賜り乍ら執り行い、開演の運びと致したく存じます。昨年からこの春まで三期分が中止となりました、武蔵野邦楽連盟、久々の演奏会です。一、尺八ニ、箏曲三、長唄の、3分野の邦楽を、15分の換気休憩をはさみ、3ブロックに分けて9曲ほどをおたのしみ頂けます。終演は午後3時40分頃を予定しております。当杵徳社中は、長唄の古典曲「安宅松/あたかのまつ」、流儀祖の三世杵屋勝吉作曲「菅公/かんこう」にて御目文字、仕(つかまつ)ります。木戸無料にて、お出入り自由ですが、ご入場の際、検温・消毒、必要事項を...名付けますれば…スリーブロック演奏会

  • お気に入りの場所

    このところ、物言わぬ小さき者たちに和まされて生きております。昨日、ここ二日ほどレモンの葉陰に留まってじっとしている、地肌が緑っぽくなったユヴェンチーノ…今朝、起き抜けに見たら指定席に居りませんで…別の葉陰で脱皮しておりました。…そして直近の様子を伺って見ましたところ……ふたたびお気に入りの場所に戻っておりました。おもしろや…天然の王国、大自然の幼子たち。※左下に遠く見えますのはサナギです。果実も幼虫もサナギも、皆、レモンのきょうだい。【ご報告】旧暦令和三年九月九日(今年は10月14日)重陽の節句を過ぎまして、現在所在が判明している越冬蛹2体、幼虫6匹(青4、鯨1)、卵5個ぐらい?養い親である檸檬樹に深く感謝申し上げる次第。お気に入りの場所

  • にほやか

    旧暦長月の朔日来る。先週末のこと、関東を直撃するかと危ぶまれた台風が逸れて、天然の気まぐれな烈しき気性に障らずに済んだ嬉しさに、つい習い性となった東に向いてる窓を開け~♪未だ成虫にならざる様々な生育途上形態のアゲハチョウたちのご機嫌を伺いながら、檸檬樹に水を遣っておりますと…不思議やな、甘き香りがいずこからともなく…どう考えてもおかしい…が、つい先月咲いたキンモクセイの淡い香りがいたします。その日は深く考えるいとまもなく、慌しく仕事に出掛けてしまいましたが、翌日もやはり、金木犀の香りが匂ってまいります。はて、どういうことなのか、もう哀惜の情を抱きながら毎年別れる金木犀のシーズンは過ぎたはずであるのに、世の中にはまだまだ謎が多い…お隣の柔軟仕上げ剤の残り香か何か??…などど、悲しいかな俗人は世話っぽい発想にて落着...にほやか

  • 二百十日のおちびちゃん

    今年の二百十日は…節分が一日ずれたのでお気づきの方もいらっしゃいましょうが、なんと8月31日だったので、私はひそかに風の又三郎が日本のどこかの小学校に転入しそびれるのではないかと、心配していた。その懸念は、8月最終週の月曜日からもう新学期が始める、という関東地方一地域のニュースを聞いて雲散霧消したのであるが。もう夏休みの宿題をしなくていい私には、8月末日は、世間のバカンスという夏の狂騒状態が鎮まりつつある嬉しい秋(とき)でもある。2021年のアゲハチョウたちのシーズンが過ぎて、わが秘密の花園…ベランダガーデニング苑のレモンの実り具合と葉の状態を、いくばくかの寂寥感をもってしけじけと眺めていた、そのとき。防鳥網の向こうまで元気に育っている若緑の葉先に、ふた粒の卵が生みつけてあることに気がついた。なんと、我が家にも...二百十日のおちびちゃん

  • 疑惑

    蝉しぐれが殊の外こころにしみる令和三年の夏、それにつけてもよくもまあ行方知れずになった我が子の旅立ちにめぐり合えたものだ…能や歌舞伎の「隅田川」(長唄で言えば『賎機帯~しずはたおび』)に申し訳ない…桜川であった有難さよ…と廻り合わせの不思議さに、今朝も物語を紡ぎだしてくれる植木たちに水を遣りながら、ベランダから目を移すと、疫病か熱中症か見分けもつかず、入院も出来ない人々が巷に放り出されるという、とても西暦を二千年以上数えた、この日本の現実のこととも思えない世相が展開されているのである。黒澤明の羅生門の1シーンが目に浮かぶ。植木鉢に小さいハエが湧くのを防ぐのは、培養土の上2センチぐらいをゴッソリ取り除くといいですよ…と花の好きなお弟子さんが教えてくれたのを、思い付きでコバエ除けを目論んで鹿沼土を薄く敷いてみたが…...疑惑

  • 二人の碧丸

    今年の旧暦六月六日は7月15日。午前中に、轟然たる雷鳴とともに滝の如き雨に見舞われた。コロナ禍下とてお盆の墓参も控えて、三日の間、昭和の頃の精霊棚のしつらえをあれこれ想い出していた。田舎の8月の旧盆では、仏壇とは別に、奥座敷の床の間へ精霊棚を設けて、家紋入りの吊り提灯のほかに、たくさんの大内行灯を飾る。さまざまな意匠を凝らした回り灯篭が美しい。古典的な具象柄の走馬灯のほかにポップな水玉柄もあって、子どもごころに気に入っていた。お墓の前には、二本の笹竹を支柱として竹の横木を渡したところへ、彩色を施した盆提灯を三つ下げたのを飾った。各家の墓前がとりどりの提灯をぶら下げていて、旧盆の墓地は賑やかだった。いつ頃からだったろう、そのような風景を見なくなって久しい。翌16日は閻魔様もお休みで、まさに地獄の釜の蓋があいたよう...二人の碧丸

  • Time to say goodbye

    “ある日のことでございます。お釈迦様は極楽の蓮池のふちを独りでぶらぶらお歩きになっていらっしゃいました…”…なんて、お盆だものだから、芥川の蜘蛛の糸の書き出しを思い出し乍ら、何とも云えない好い匂いの、咲き初めたばかりの檸檬の花へお水を上げようと、ベランダに出た朝のことでございます。ふと、今年の春、丸い鉢に植え替えた鈴蘭の方へ目をやりますと、何かふわふわと空中に動くものがございます。……!!なんと、鷹揚と艶やかな翅を広げた一頭のアゲハチョウが、今まさに外界へ飛び立とうとしているところなのでした。お前はみどり丸ではないか…!お隣との境界線の仕切りの辺りから、漂うように浮上してきたので、今朝方羽化したものと思われます。何という邂逅、なんという奇跡の廻り合わせ。どたばたと部屋に戻り、携帯をひっつかんで、やっと写真が二枚...Timetosaygoodbye

  • 香華

    東京はお盆である。お弟子さんに、お家では旧盆でなさるの?と訊いたらキツネにつままれたような怪訝な顔をされたので((。-人-。)ゴメンネ)、はっとした。弟子の疑問点を説くのが師匠の務めである。もともと、お盆は七月十五日を中心とした祭り事なので、太陽暦を採用した明治五年(1872)十二月三日=明治6年(1873)1月1日以降、帝都たる東京府民は、従来通り日付を変えることなく新暦でも7月15日にお盆行事を執り行った。2021年現在、お盆の行事をどの程度まで日本国民が踏襲して行っているのかは知らないけれども、六十余州のほとんどが旧盆と呼ばれる新暦8月15日の盂蘭盆会をメインイベントとして、翌十六日の藪入りの習慣は廃れることなく、お盆休みという休暇の体系は続いている。この旧盆の習慣は、1945年8月15日の終戦をもって...香華

  • 君去りしのち

    グレーの梅雨空になじむように今年のアブラゼミが鳴き始めたのは昨日のこと。昼下りのベランダに出て、悄然とレモンの鉢を眺める。ビッグバンドに憧れて、タップを踏みながらクラリネットを吹く寄席芸人を目指していたのは昭和60年ぐらいのことだったか。習いに通っていた吉祥寺の丸石楽器も今はもうない。サンロード向かいにあったバウスシアターももう無い。クローゼ・クラリネット教本から始めて、ジャズのスタンダードナンバーをやりたいんです、という私のわがままを聞いてくださった本田先生は今はどうしていらっしゃるだろう。昨春から介護施設に入所したまま、コロナ禍に見舞われ帰宅も面接もままならぬ母が飲みたいらしい“大人のカルピス(以前は珈琲が好きだったのに、苦いからイヤと、介護スタッフの皆さまのお手を煩わせているらしい…)”を届けがてら、五日...君去りしのち

  • 時空を超えて

    なんと懐かしい…!!NHKの伝統芸能鑑賞番組が、いつのころからか少なくなり、現在「にっぽんの芸能」という番組に集約されてしまっているようですが、私が青春を傾けた時代の憧れの名女形・七世中村芝翫(神谷町)の特集を放送しておりました。今現在の時点における一般に向けた業界の情報収集のため毎週録画しているだけで、積読ならぬツン録状態になってTVチューナーのメモリーを徒らに増やしているだけだったりもするのですが、深夜に起きだしてうっかり見てしまいました。番組序盤で紹介された1976年歌舞伎座の「京鹿子娘道成寺(きょうかのこむすめどうじょうじ)」は、立三味線が松島寿三郎師で、我が師匠・杵屋徳衛が前名・勝衛の時代に勤めた舞台の録画でした。本番直前に芝翫丈が「み、水…」とおっしゃって、山台四枚目に居た徳衛の目の前で、おつきの方...時空を超えて

  • 新生

    なんと嬉しいことでしょう‼️瑞々しい青々とした葉を繁らせて、食べてくれる幼虫の一匹も居ないのは何と寂しいことだろう…と、徒(あだ)な緑影を嘆いておりました、昨春からの我が檸檬樹。果実の育ち具合はどんなものかと、朝からベランダに立ち出でてみますれば、むばたまの…昨日、葉陰に揚羽蝶の一齢幼虫とおぼしき生命体を発見。表題写真は発見2日目の今朝。早くも昨日の倍に。早朝よりひたぶるに、蚕食の余念なく。健気なものたちの旺盛な生命力が、わが魂に仄かなあかりを燈したのでした。コロナ禍を治められず混迷を極める世相に、うちひしがれた我が心。梅雨空が慈雨にておとない、天佑なる食客をもたらす天空の采配を、先ずは記すのみ。新生

  • 風に吹かれて

    ここ半年というもの、憂鬱の風に吹かれて、日記を書き始めては上げられずに閉じる、という内省の日々を送っていた。下書きばかりで収拾がつかないのも、パソコンの蓋を重くした。コロナの魔手に絡め取られるわけにはいかないので、緊急事態宣言中はお稽古を自粛したり、準備していた演奏会が中止になったり…また出掛けるにも人混みを避け、考え得る万全の対策をして玄関を後にするので、帰宅するととても疲れてしまう。精神的疲労が肉体的疲労に勝る日常は、想像以上に、人間のモチベーションを削ぐものであると思い知った。一年前もこの夕暮れ時の麗しい時季に、家に鬱々と籠っていたので、梅雨の晴れ間なのか、陽射しが落ち着いて地熱が鎮まりつつある暮れ方のひと時、吹き抜けてくる風に身をゆだねる快感を想い出した。植木が育ってゆくのを無心に眺める愉しみは、魂の養...風に吹かれて

  • 6月6日に…

    昨年は中止となりました、世田谷邦楽研究会の年に一度の演奏会。今年も開催が危ぶまれておりましたが、会場の成城ホールが開場されるとのことで、嬉しく久方ぶりの演奏会となります。生憎、いつも楽屋としてお借りしている施設が、今年はコロナワクチン接種場として使用されるため、会の規模を縮小して行います。長唄は三社中が出曲いたします。お囃子入りです。御用とお急ぎなくば、どうぞお越しください。ドレスコードはマスク着用にて、お願い申し上げます。お待ちしております。6月6日に…

  • 鐘の音、またはコールドムーンと対の銀嶺。

    一年のほぼ半分を冬眠して過ごした令和二年、極月最後の稽古日。東京脱出を果たし、鎌倉に移住したお弟子さんが、今年は帰省できないので、はじめてお正月を関東で過ごすと言う。「一人で過ごすのも寂しいんですが、北鎌倉は鎌倉五山のうち四つのお寺があるから、除夜の鐘の聞き分けが出来るそうで、それも愉しみなんです」「えぇつ!!いいなぁぁあ……!!!」心底うらやましげな私の声を聞いて、彼女は水月観音菩薩の現し身の如く、コロコロと笑った。と、同時に私は、狂言の『鐘の音』そのままの話じゃないかと、もの凄くびっくりした。狂言〈かねのね〉は、例によって粗忽な太郎冠者が、ご主人に金の値…(要するに為替レートですな、と、バイリンガルな件んのお弟子さんに説明したら聡明な彼女はすぐに分かってくれた)を訊いてこいと言われて、本当に、お寺の鐘の音を...鐘の音、またはコールドムーンと対の銀嶺。

  • 名前

    芸術の秋がやって参りましたが、例年と些か(いささか)趣きを異にしております。学校巡回が徐々に再開されましたのは、わたくし共にとりましても嬉しいことです。授業時間の合間を縫って調弦するほかに、三味線および付随する小物類の消毒・除菌作業が加わったのが、令和二年度ならではの特記事項でありましょうか。そのような手間を凌いで余りある感動…瑞々しい可能性に満ちた若人(わこうど)たちが、新しい知識や体験を吸収して、成長し羽ばたいてゆく(それが今すぐ、目に見える形でないとしても)…自分たちの蓄積を次世代に移し繋いでいくことは、人間として冥利に尽きることでもあります。そこで近年増えました質問、伝統芸能における名前、芸名ということについて、ごくごく簡単に、お話ししたいと思います。杵屋は、長唄(三味線含む)に携わる者の芸名です。苗字...名前

  • 長唄絵合せ【リモート編】風流船揃

    さて、通年行事たる年内の演奏会はことごとく中止となりまして、何となく心のうちにウロを抱えたような…心もとない秋は来にけり…という中途半端な令和2年9月。当ブログでも以前ご紹介いたしました、浮世絵と長唄のコラボライブの企画で、東京都の「アートにエールを!」動画配信プロジェクトに応募いたしました。このたび有難いことに、無事採択されサイトに公開されましたので、リモート版「長唄絵合せ」を、皆さまにお届けいたしたく、ご高覧賜れますれば、うれしく存じます。お聞きいただきます長唄は「風流船揃(ふうりゅうふなぞろい)」の、抜粋演奏です。幕末のペリー来航から3年後の1856(安政三)年二月、二世杵屋勝三郎による作曲作品です。1853(嘉永六)年九月、幕府は大船建造の禁令を解き、堰き止められていた奔流が怒涛をうって流るるが如く、開...長唄絵合せ【リモート編】風流船揃

  • 和をつむぐ

    世の中の発想の基本的な立脚点が、日本の慣習でできていた20世紀とはだいぶかけ離れてきたなぁ…と、実感する事どもをつらつらと書き連ねてまいりましたが、思いがけないところから、これでもか…と放射されますと、言葉を失います。たとえば、プロ仕様の三味線は、欧米の、ピアノのようにスタンウェイ…などのようなブランド品があるわけではありません。自分が代々お世話になっている三味線屋さんや、お気に入りの三味線屋さんがあって、いつもそこにお願いしています。現代の感覚ですと、三味線屋さん=三味線を売るところ、と思っている方が多いですが、わたくし共の感覚では、三味線屋さんは、三味線を拵えてくださるところ、です。また、ヴァイオリンのストラディバリ…のように、古えのギルドマークが重用されるということもありません。三味線は古くなると音が枯れ...和をつむぐ

  • めぐるメイヨー

    20世紀につくられた、シルクロード紀行番組を偶々見た。砂漠の遺構群が、遥か異国への憧憬と旅情を思い起こさせてくれたのだが、たぶん、もう今では心無い人災や戦禍に見舞われ、時の流沙にさらされる以前に、失われてしまっているのだろうなぁ…日中共同制作…というキャプションが懐かしく、ぁぁ、そんな時代もあったね…と、しばしほのぼのしたのだが、記憶がまぶしく目に痛かった。1980年代中頃、横浜中華街への食い倒れツアーや、返還されて間もない米軍住宅跡地(マイカル本牧として新開発される以前でしたがその名称さえ今は昔)散策、新作が封切りされるたび連れ立って出掛けたジャッキーチェン映画の観劇仲間でもあった大衆読み物研究会の学生時代の友人が、日本語学校の先生になって、中国(どの地方か失念してしまったが)へ赴任した。土産話に、買い物に出...めぐるメイヨー

  • sunみつ

    …拝啓外出を思い切るにはちょうどよい暑さの夏も過ぎようとしております…思案投げ首、新たなる職探しをも視野に入れて日を送る、若き芸能者の消息も伝え聞かれる令和二年、春、そして夏。自分のことで何かと物要りでありましょうに、盆暮れ正月、欠かさずお心尽しのご挨拶を下さる、律義なお弟子さんへの御礼状をしたためておりました。なんだか妙にやせ我慢というか、向こう意気というか、存外自分らしい時候のご挨拶が書けてしまったので、勢いづいて新暦八月になってからこの方、開けてもみなかったパソコンを開いてみました。人間は暑さに弱いものでござんすね。こう立て続けに自分の体温とそうそう変わらぬサウナに入りっぱなしの状態で日々を過ごしておりますと、脳内が混濁してまいります。太陽が濃密、略してsunみつ。南の島に行ってぼーーっと太陽が磯の汀の彼...sunみつ

  • 九夏三伏の暑き日は…♪

    鳥の声に目覚める季節が過ぎる。早朝、靄にかすむ雑木林からアブラゼミの鳴き声が聞こえてくる。関東者には夏本番のお知らせだ。8時を過ぎた頃になると、さぁ、今日もこれから幕開きですよ、と、劇場の1ベルともおぼゆるミンミンゼミが騒ぎ出す。数日前から、夕暮れ時の涼風に乗って、ヒグラシが鳴き始めた。通常運転なら、世界中が夏休み。以前、一の字騒動なる記憶をご紹介したが、50年余の時を経て、ついに、決着した。正解は、「考え無しに迂闊なことをするな」。それに気がついたのは、遅れたこと30年、吉川英治原作・大河ドラマ「太平記」足利高氏・青春グラフィティ的エピソードにての、無口な苦労人・緒形拳as足利貞氏の顔を見ていたときのこと。それが我が小学一年生の折の、担任の先生のお教えだったのだろう。至極当たり前で単純なことだけれど、上の空に...九夏三伏の暑き日は…♪

  • コメット君

    旧暦五月はさて、どんな月になりましょうか…などと言っている間に、皐月も本日、晦日を迎えた。梅雨の晴れ間にちらりと覗く青い空は、旅情を誘う。罪つくりなやつである。「なんだか東京だけ罰ゲームみたいになっちゃってるじゃないさ」「寄席はもう開いているらしいね」「チドリに座らされるそうですよ、アベックで行っても離ればなれにされちゃうんですって」「それって、その時以外はアベックでいるんだからさ、もはや無意味なんじゃ……?」千鳥に座るって、ステキな言葉ですね。そいや、お裁縫で千鳥掛けってのがあったわね。違う意味で千鳥掛けな訳だわね。そいや、若かりし頃の宴席での、いざというときの心の持ち唄は、♪唐傘の…でした。いざというとき…というのは、ご接待にお呼ばれしたとき、小唄の一つでもご披露…という、昭和の宴席では極々当たり前に見かけ...コメット君

  • 手札

    子雀が翔ぶ稽古をするときの、可愛らしい囀ずりが聞こえたのが6月。信号待ちの高架下の交差点で、燕がパタパタと翼をはためかせ飛び交っていた昨日はもう、7月。♪ここらでやめてもいいコロナ~と、小林旭の自動車ショー歌が脳裡を経廻る禍中もつかの間、令和2年は半年が過ぎ、中止・延期の憂き目を見た演奏会や催し物の手当てが、解除宣言とともに急に押し寄せ、落ち着かない。総棚ざらいをしていた箪笥のあちこちから、過ぎし日々の捨てられぬテレフォンカードがひょっくり、顔を出す。断捨離は果てもなく、私の記憶は藪のなか、未だ夢の途中。【追記】益田玉城「現代隅田川風景」、目黒雅叙園美術館メトロカード(パスネット)は、昨年末に別れを告げた、営団地下鉄銀座線渋谷駅の旧駅改札口で求めたもの。手札

  • 花がるた 六月 薊

    新暦の6月、単衣(ひとえ)の着物に夏帯を合わせます。半襟や襦袢(じゅばん)も夏物です。紗(しゃ)や絽(ろ)の薄物は7月になってから着ます。昭和のころは6月の定番と言えば、紗袷(しゃあわせ)というオシャレの真髄、まさに歩く絵画、美術品というような、惚れ惚れする着物がありました。具象的なモチーフ(季節の動植物、たとえば鮎や紫陽花など)が描かれた紗の下地に、上生地に波紋や雲、霧などを描いたり織り出したりした紗を二枚合わせて仕立てた、袷(あわせ)の着物です。生地が透ける、紗という織物の特質をよく生かした衣装、そして意匠と言えましょう。とてつもなく抒情的な世界が、一枚のきものから広がります。ぜいたく品なので、20世紀のある時、上野広小路にお店を構えてらした呉服屋さんが、「うちは紗袷の下の生地を単衣物で拵えたりもいたします...花がるた六月薊

  • 檸檬可愛や

    この春、中学校に進学予定だったお弟子さんから、晴れて入学式が執り行われたとのお話を伺ったのがもう先々週のこと。(本当によかったです。照る日、曇る日、さまざまあれど、心が晴れやかなら万事OK、というものです)止まっていた時間が動き出し、旧暦令和二年閏四月も昨日晦日。雨もよいの朝、今日は旧暦五月朔日。晴れれば日本にても部分日蝕が見られるとの由、夏至に日蝕が重なるのは1648年(慶安元年)以来、327年ぶりという、心慌しき日曜日の始まり。この半月ほどは時計の針の廻りの早きこと矢の如し。先週末、公園を突っ切って久しぶりの打合せに伺ったら、池のほとりで烏鷺の争い。シラサギと鵜の好対照、教育テレビでは毎日曜正午に見られるこのセットを、現実に見かけるのも珍しい(当社比では十数年前、京都は辰巳大明神さまのご町内でお見かけして以...檸檬可愛や

  • 花がるた 四月 藤

    長すぎた春休みゆえの、夏休みが半分もない…かもしれない…というあまりにも悲しいニュースを目にするにつれ、一個の人間の将来、人生を左右する重大事である、子ども時間の在り方に思い馳せる。久しぶりに聴いた志ん朝の四段目で、昔は子ども向けの娯楽というものはあまりなく、大人の遊びにおまけで連れて行ってもらったものだった…と枕にあった。大人の無意識な日常が、子どもの人生を左右するのである。大人の責任は重大なのだ。小学1年生の夏休みの研究で、父の入れ知恵、差し金の成果である「アリの研究」で賞状をいただいた私は、でも、小学4年の時は「日本の服飾の歴史」という自由研究をする、オシャレ好きな、ごく普通の女の子に育ってはいた。前号で、21世紀のテレビドラマの衣装に対する連綿たる心情を語り損ねたが、1983年の市川崑監督の細雪(私は山...花がるた四月藤

  • レモンの災難

    今年は四月が閏月で、そうなるとどうしたって慶応四年の戊辰戦争のことを思い出してしまうのだが、ストロベリームーンなんて素敵な名称が新大陸の先住民間にはあったのか…ロマンだねぇ…の一方で、星をつかみ損ねた近藤さんの、慙愧に堪えぬ表情が水木しげるの新選組の絵面で浮かぶ、長らく生きていると発想がごった煮である。世相の混沌さに引き摺られ、わが脳内もカオスなのだ。しかし万物は混沌から生まれるらしいので、ごった煮にする材料は多いほどいいのだ。(あくまで自説ですのでお試しくださいませぬよう…)ベランダの植木の世話をしながら(わが庵〈いお〉のスズランは残念ながら花芽が出ず、栄養過多なためかすっかり立派な葉蘭へと成長していた。梅松桜の三人が三人とも、その逞しさたるや、鮨屋に売り飛ばしたいぐらいである)、今年は蝶の姿を見ない…と、茫...レモンの災難

  • 桜井発13時36分、四条畷行き。

    もう先週の月曜日のことになってしまうが、令和2年5月18日の朝、私は「テッペンカケタカ…」という鳥の声で目が覚めた。おお、なんと!!ホトトギスである。杜鵑が啼く季節が到来したのである。♪頃は皐月の末つ方…(ころはさつきのすえつかンた~~~)こうなると、長唄「楠公」の話をせずばなるまい。断捨離作業に精を出していると、限りなく世を捨てた隠居の心境になって後ろ向きになるかと言うと然(さ)にあらず。当時の写真まで発掘して、忘れ去られた時を求めるライフワーク熱が翩翻とひるがえる。機は熟せり。…とはいえ、楠木正成、大楠公のお話をするのは難しい。私の父方の祖母は、明治43年生まれで西暦2000年に90歳で天命を全うしたが、彼女の口から楠公の話を聞いたことはなかった。長男だった父は新婚当初、祖父宅の離れに新所帯を構えたが、祖父...桜井発13時36分、四条畷行き。

  • 断捨離のワルツ

    平成三十年に心不全で急逝した父の遺品整理の凄まじさを知っているので、この機を天佑と捉え、断捨離作業に没頭しようかと思ったが、なかなか捗らない。本、CD類(レコードは10年前に殆ど処分してしまった。手許に残ったのは処分するに足る物ではないと別段大切にしていなかったものが、偶々別の場所に置いてあって大英断の網を逃れ、何の未練も無いものだったりするのが忌々しい)を、処分するために分類する作業で(つまりお料理の下ごしらえの段階)、茫然としてやる気をなくした。つまり、山頭火風に言えば……分け入っても分け入っても、断捨離の山。…そうだ、管理会社から毎月配布されるリビング誌に、片付け(大掃除)の極意特集があったのを取っておいたのだ。(実を言えばその雑誌を取っておいたことすら忘れていて、今回の断捨離作業着手の途中で、書類の山か...断捨離のワルツ

  • 誰が為にか春なる

    令和年間最初の4月27日、アスパラガスが緑色のロウソクになって…三日後、果敢にも家族会議に参加。かたや、松王丸から新たな芽が伸び、小太郎かと。アニバーサリーを覚えるのが苦手で、祖母の命日さえ忘却してしまう不心得者であるのだが、22歳の憲法記念日に、深夜放送で市川雷蔵主演、市川崑監督の映画『破戒』を見たことは忘れられない。昭和時代も終盤に近付き、世はバブル期を迎えつつあったが、テレビ局の番組編成担当者にも、憲法記念日に見るべき映画を忘れずに用意する気概というものがあった。その時の私は、市川雷蔵のことをよく知らなくて、その半年ほど前だったろうか、やはりテレビの午後のロードショーというような東京12チャンネルの番組で小国英雄脚本の『影を斬る』でそのキュートさ、チャーミングさに打たれ、母に、市川雷蔵ってどうしたんだっけ...誰が為にか春なる

  • 空 うそ吹いて

    ほー……ほー……ほぉぉ……という野鳥の啼き声で目が覚めたのが、令和2年4月29日、昭和でいえば天皇誕生日の朝だった。おお、こ、これは………!!ほーほけきょ…まごうかたなき鶯の啼き声ではないか…!東京都心で、ウグイスの初鳴きの統計が取れなくなって20年余りも経つ、というショッキングな情報をもたらしたのは、つい2,3週間前のテレビ番組の天気予報士のお兄さんであった。そう言われてみると、最後にウグイスの声を聴いたのはいつだったろうか、心もとない気がしてきた。房総半島の親類の家の裏の藪で、谷渡りに至る稽古中のウグイスの囀りは、寒い時季によく聞いた。都内だって、シジュウカラはよく囀っているのだ。人けのなくなったゴールデンウィークに、よく、お隣のアンテナのてっぺんで鳴いていた。すぴすぴすぴ…と、初夏の青天をつつくように、潔...空うそ吹いて

  • 鉢木

    遠隔稽古の流行がここへきて始まっているらしい。早くも、うちの孫は200メートルで学校の授業を受けているんじゃよ…という落とし噺までできているとのこと。わが杵徳会では、昭和のころから遠隔お稽古というシステムがあり、カセットテープの音のやり取りで、お稽古に来られない方のフォローをしていたと師匠に伺ったことがある。もう10年以前になるが、このブログ開設のきっかけともなった不肖・私の愛弟子に、ご主人のお仕事の都合でドイツに赴任することになった方があった。当初スカイプを考えていたが、時差の煩わしさを勘案し、そのお弟子さんが、ピカサ・ウェブアルバム、というシステム導入を教えてくれた。自分のページに動画をアップすると、全世界に発信することもできるのだが、合鍵を持っている者だけが見られるという仕組みにもなっている。私がお手本を...鉢木

  • 花がるた 二月竹に福来雀

    籠城してはや幾日…曜日の感覚が最早なく、日々の天候で日にちを計る、東京都下郊外の陸の孤島に住まいする、令和ロビンソンクルーソーの物語。4月2日、鈴蘭の新芽によろこぶ。地球温暖化の賜物か、成長が早く、4月15日、慌てて写真を撮る。早くも鈴蘭らしく葉が巻いている。新芽の時は、左側が早く出ていたのに、右側の成長著しく、4月18日、先に芽生えたものを凌駕しつつある自然界の不思議な法則。ふと思いつきで、左を千松、右を鶴千代、と名付ける。関東好み、というものがあって、20世紀の着物界のブランドで、私が常々憧れていたのは、竺仙、そして矢代仁だった。1990年代の忘年某日、とある百貨店の売出しで廻り合ってしまったのが、竹に、ふくら雀のこの縮緬(ちりめん)の染め名古屋帯である。見るなりガビーーーーンと、赤塚不二夫の漫画の描き文字...花がるた二月竹に福来雀

  • 平家蟹

    月暦で今日は、令和二年三月廿四日。旧暦の寿永4年(西暦だと1185年にあたる)3月24日は、壇ノ浦の合戦で平家が滅んだ日であるから、我が国のもののあはれの根幹をなす母胎ともなった一族を悼みたい。1991年、平成3年3月の歌舞伎座。昼の部、相生獅子で、当代時蔵と福助(まだ児太郎時代)の時分の華の競演に圧倒され、次の幕で九代目宗十郎、紀伊國屋の女鳴神に魂をむんずと掴まれるという、その後の人生を左右される芝居に廻り合った、忘れ得ぬターニングポイントの観劇月。その夜の部に、神谷町・七代目の芝翫が、平家の官女の生き残り・玉蟲を演じたのが、岡本綺堂作『平家蟹(へいけがに)』であった。六世歌右衛門、大成駒の演出だった。戯曲自体は大正時代のもので、昭和になってからも何度か舞台にかけられていたらしいが、私は初見。戦に敗れ、零落し...平家蟹

  • われ幻の湖を見たり(遊興一代)

    旧作の日本映画に嵌っていたのは、学生時代から三十代ごろまでのことだったから、これまた20世紀の話である。嵩じた年には年間千二百本弱を観ていた。昭和55年当時、名画座は三本立て700円が相場だったように記憶している。一本千円か千二百円のロードショーで観るのは新作の洋画がメインで、学校のあった渋谷では文化会館で旧作の2001年宇宙の旅、アラビアのロレンス回顧上映…etc.も見たけれども、半中古作品をかける名画座との中間的役割である二番館へもよく行った。ロードショーで見逃した魔界転生を観るために大塚の…館名は失念したが二、三番館へ出かけたこともあった。競馬新聞に赤鉛筆でマークを付けるおあにぃさん方と同じスタイルで、毎週木曜日(火曜日?水曜日だった??)に発売されていた週刊ぴあ誌を入念にチェックし、見たい映画を求めて武...われ幻の湖を見たり(遊興一代)

  • 花がるた 三月桜

    人間として大切なものは何か、子どもたちには分かりにくい世の中になっていると思います。テレビをつけても事務所のサラリーマンと化した芸人たちの悪ふざけ、タカリを推奨・助長するようなゲーム感覚のバラエティ番組などなど、20世紀と比べて明らかに低次元化しています。NHKの教育チャンネルでなくとも、日曜日の朝、イルカの「雨の物語」がオープニングテーマになっている、古今東西の名著を紹介する番組が、昭和のころ在りました。夜、久米明氏の厳かなナレーションとともに、世界各地の歴史的な不思議を紹介する番組もありました。奇をてらった表現ではなく、極々穏やかで静かに、私たち昭和の子どもは未知なる世界と接する機会を与えられ、向学心のようなものも育まれていたのではないかと、感じます。岩波子どもの本、というシリーズがあり、私も未就学児童のこ...花がるた三月桜

  • シャガの擬態

    幾ひらかのかたみを残して、今年の桜の頃は過ぎていった。武蔵野の雑木林の木洩れ日、その下草の中に、実生の楓を見つけた。ミニチュアの破れ傘のようでもあり、南洋の椰子のようでもあり…そういえば、私が育った故郷の庭の、日当たりの悪い植木の下草に、特撮用ミニサイズのジャングルのモサモサっとした熱帯雨林に似た苔が生えていたのだが、何という植物だったのか…眼下に辿りゆく失われた世界への憧憬を込めて、心はキングコングやゴジラ、モスラ、あるいは川口浩の探検隊員となり、子どもたちは想像の翼を広げた。綿毛の飛んだタンポポの果肉様の萼のうてなは、妖精たちのパン、もしくは我らが探検隊の糧食であった。ままごとに発する、子どもたちの見立て遊びは際限なく、ミクロの視点から覗く世界に飽きることがなかった。この度のコロナ禍で、当分のあいだ閉鎖にな...シャガの擬態

  • 新芽

    ここ暫く、放ったらかしにしていた鉢の状態を案じていたのですが、さすが、我が家の植木たち、生存力の逞しいこと。スズランの、新芽が頭を覗かせておりました。♪早く芽を出せ柿の種出さねば頭をチョン切るぞ…と、脅されるまでもなく、自然は己(おの)が力で、来たるべき時を迎えれば、伸びてゆくものなのですね。新緑の季節に丹精した植物たちの美しく誇らしい姿を、来園者に見てもらえないのは、何て切なく悲しいことなのだろうと、全国の公園・庭園関連の従事者の皆さまにお見舞い申し上げます。当家の檸檬も、花芽を出しました。同じ柑橘類、花橘の実の意匠によく似たかたち。主の酔狂ゆえ、昨シーズンは果実を結ぶことが叶わなかった彼らに、責任を感じておりましたから、殊の外、嬉しくて。新芽

  • あたま山競演録

    本日、第11回Waライブ両国亭が開催されます。正午開場、12時15分開演、14時終演予定です。木戸は500円です。番組は当初予定されていたものと若干変更がございます。以下が本日の番組です。1.篠笛独奏『さくらinブルー』笛:福原清彦2.落語『あたま山』落語:林家時蔵お囃子:福岡民江鳴物:福原庸子、望月実加子笛:福原清彦3.よもやま噺『寄席囃子』福岡民江、林家時蔵4.長唄『あたま山』弾き唄い:杵屋徳衛打物:望月庸子、福原千鶴、望月実加子笛:藤舎理生長唄のあたま山をご存知の方は、えっ…!?と、驚かれたことと存じます。ひとり三味線オペラのような塩梅になっております。乞うご期待。あたま山競演録

  • 庵梅(いおり の うめ)

    横浜能楽堂で、大蔵流の狂言「庵梅(いおりのうめ)」を観たのは、もう先々月の1月13日のことである。この狂言には太郎冠者は出てこない。全編、女性を表すビナンカヅラというお約束の、白い布を頭から巻いて、端をツインテール様に両サイドに垂らした、登場人物すべてが女性という、珍しい狂言である(もちろん狂言方の男性が演じているわけであるけれども)。老境に達した尼僧が一人、結んだ庵に住まいしている。ところへ、かつて彼女に歌の道を学んだ教え子たちが訪い、昔のようにそれぞれが和歌を詠み、梅が枝に短冊を下げていく。やがて酒宴となり、往時を懐かしみ謡い舞う春の一日。しきしまのみちをすてさせたもうなおとめごたちよ…別れ際に老尼は、若き日に学んだ歌の道を忘れず人生を送ってほしい…と謡い、教え子たちを見送るのである。山種美術館所蔵の川端龍...庵梅(いおりのうめ)

  • これを上げましては 明日より何の手業なし

    この度の騒動で、都民フェスティバル邦楽大会、第1部の子ども部門が中止になってしまった。長唄協会会員の小・中学生のお弟子さんで「末広がり」を演奏する予定で、当方からも来年度から中学校に進級するN君が、小学生最後の学年に、日頃のお稽古の成果を発表しようと楽しみにしていた催しであった。長唄「末広がり(末広狩」は、例によって、狂言をもとに歌舞伎化されたものである。お習字に喩えれば、楷書体の曲と申しましょうか、手ほどきから二、三曲目ぐらいの教材になるのだが、山本東次郎さんファンの私としては、嬉々として歌詞説明を膨らませすぎるので、とにかく弾き込んで長唄という曲のスタイルの構造に慣れ親しんでほしい思いもある。N君とは別の小学生のお弟子さんにお手本で弾いたとき、「太郎冠者、あるか」というくだりで、目がキラキラキラ…と輝いたの...これを上げましては明日より何の手業なし

  • 初春の邦楽寄席

    令和時代、最初のお正月。街頭で往き違った老婦人の「今年はどんな年になるんでしょうね…」という嬉しそうな話し声を耳にし、そのお元気で朗らかなお声がまぶしいというか、うらやましいというか…(しっかりせよ、自分)。年を重ね、生きることに倦んだわけではありませんが、どういうわけでしょう、新年を寿ぐ思いよりも、時代に対する違和感が。2020とは、SF小説、近未来映画の中に存在する暗号のようなものではなかろうか…いまだに、見慣れないカレンダーの表記。昔、巷説にては、寄席(落語?お笑い?)が流行るときは、不況である、と言われておりました。確かに、不況なのでありましょう。このところ、自営業の各方面からの方々の廃業のお知らせが夥しく……庶民が肌で感じることには真実があるのです。国の経営は虚構ではなく、事実に基づいて行って欲しいも...初春の邦楽寄席

  • 逢着

    列島を蹂躙して台風が去っていった翌朝、目張りをした玄関を恐る恐る開けてみたら、よく知った懐かしい香りが私の鼻先をくすぐった。今年初めての金木犀であった。季節はめぐる。時もめぐる。先頃ノーベル化学賞を受賞された吉野彰博士が、インタビューの中で座右の銘を「ざうのめい」とおっしゃっていた。おお!!と私はとてもうれしくなった。小学6年生の時の国語の先生が、「昔は“ざう”の銘といったのだけれど、この頃違ってきたのかしら…」と、おっしゃっていたのを、子供心に刻み付け、何かしらのインタビューのたび、マスコミの方々の「ざゆうのめい」という言葉が、ずーーーーーーーーーーーっと気になっていたからだ。「ざゆう」と聞くたび、その違和感に悩んでいたのだ。秘かに始めたい♯座右の銘をざうのめいと呼ぶ運動。昭和の学生というものは、語彙が豊富な...逢着

  • 思索する富士山…(邦楽大会ダョ!)

    お彼岸の富士山をフリサケミレバ…なにやら漫画の…我思うフキダシ状の雲が生まれ出でております。さてさて、お知らせの季節がやって参りました。今週末、9月29日、日曜日。開演13時。吉祥寺南口徒歩2分の、武蔵野公会堂にて、邦楽大会がございます。入場無料にて、箏や三味線、尺八の楽曲をお楽しみただけます。(もちろん長唄も!!)番組は全13番、特別企画として、2時半ごろ「不完全楽器の愉しみ」お話と演奏を、杵屋徳衛が相勤めます。日本独自の文化・発想から誕生した楽器・三味線のこと、日本固有の音楽の魅力についてお話しいたします。上演中17時まで、会場はお出入り自由ですので、お好きな演奏をおたのしみくださいませ。詳しい番組内容につきましては、杵屋徳衛のホームページをご覧下さいませ。よろしくお願い申し上げます。思索する富士山…(邦楽大会ダョ!)

  • 寄せては返す波の鼓

    所用まで時間があったので、ふと、九十九里の砂浜に降り立つ。夏の終わりの遅い午後の海岸…というものは、どうしてこうも1970年代の記憶を呼び覚ますのだろうか。寄せる波、引く波、時折生じる三角波…悠久変わることなく繰り返させる海の営み。♪寄せては返す波の鼓…長唄『岸の柳』の一節。岸の柳は初夏の風物を描くすがすがしい唄だけれど、もう晩夏の初秋で、見上げる空の雲は鱗。……てなことがあった翌日の午前中、先週までは植木に水を遣るほか、寸時の滞在も躊躇するようなありさまだった日向のベランダに出てみたら、虫よけ網の向こうでブンブンと緑葉に取り掛かろうとするつわものがいた。あらあらと、そのけたたましさに度肝を抜かれて、ただぼんやりと傍観していたら、枝に近寄れないまでも、網のクロス目に尻尾をつけて、卵を産んだ。極々小さい、透明な翡...寄せては返す波の鼓

  • 夏の体験会承ります。

    旧暦の七夕も過ぎまして、いよいよ秋ですね…酷暑に喘ぎつつ見上げる空は、そこはかとなく憂いを含んだ…そう、秋の色をしています。しかし、21世紀市民としてはその前に、夏休みの宿題を仕上げなくてはなりません。今年も、夏休みの自由研究のお助け番といたしまして、親子三味線体験会を行います。親子でなくても、お一人でも、学生さんでなくても、構いません。……三味線を弾いてみたい、長唄をうたってみたい…合言葉はかくの如し、思い立ったが吉日。日程は下北沢教室:8月13日(火)、17(土)、24(土)、27(火)、28(水)池袋教室:8月15(木)、29(木)、31(土)お時間は10時~20時の間、完全予約制です。お電話は0334680330または♪三味っちゃおうホームページより、ご希望時間を3つぐらいご記入の上、お申し込みください...夏の体験会承ります。

  • 白昼のゆかたまつり

    残暑お見舞い申し上げます。本日、Waライブ両国亭がございます。今回は、浴衣まつりと題しまして、大井町の芸者衆のお座敷の愉しみ、着物を裁断しないでドレスとして着付けた折り紙ドレス着用の舞によるファッションショーを、これまた笛や太鼓、三味線で賑々しくお届けします。杵屋正邦作品の「太鼓の曲」もお聞きいただけます。酷暑の夏も涼やかに、ぜひお越しくださいませ。お待ちしております。白昼のゆかたまつり

  • ハートに唄もて

    本気で観光立国を目論んでいるのなら、日本人はもっと自国の文化を知らなきゃなりません。わざわざ外国から、この極東の小さい島国を訪れるからには、プチ西洋文化だったり、イエローモンキー的人真似エセ文化だったりするような文物を観たい…どうしても見たい!!……なぞと思うはずがありません。日本のよいところは、この過酷な自然環境(地震、カミナリ、火事…etc.)で生命の存続に脅かされながらも、朗らかに前向きに生きることを忘れない、心根の明るさとあっさりした達観、それにより長い年月積み上げてきた、文化的文物および技術の素晴らしさです。昨日今日、近代化した圧倒的物量に支配された横文字の発想でない、こまごまとした日常からあふれ出す情緒豊かな文物の数々。人間の細やかな神経、精神力から生み出された美しいものたち。だって、人間って、どん...ハートに唄もて

  • もっとJapaneseを!〈君影草の植え替え〉

    日曜の朝にちらと園芸番組をのぞいてみたら、どうやら百日草の特集のようなのだけれど、主役の名前が私の知ってるのと違う。カタカナ三文字ぐらいの聴いたことのない名称なので、もう忘れてしまったが、日本語イコール漢字表記の名称があるものはできればそれで表現したほうが、一目瞭然で簡潔ではなかろうか。表音文字である、カタカナや、アルファベット系の言語は、一目で物事の意味と全体像を把握できる漢字に劣るところがある、と私は常々思っている。私のように深く物事を考えず直感で生きている人間には、命綱とも思えるツールなのである。そのような、極々優秀で奇特な表記方法を編み出した日本語というツールを持っているのに、もったいない。…と思っている人間の数が多分、2020年頃には逆転して少数派になっているのだろう…と実感する今日この頃。5月の第二...もっとJapaneseを!〈君影草の植え替え〉

  • 梅雨時の和楽器ライブ(ディスカバリー伝統邦楽)

    この極東の地の自然の摂理として、梅雨時に雨が降るのは本寸法。…ですが、21世紀になってから気候も欧米化したのか、激烈な振幅度で、ひ弱な人間としては体に堪えます。皆さま、お体を大切になさって、日本列島ならではの気候・風土のもと、無理なく発生した古来の文化に親しみ、英気を養ってくださいませ。きたる6月16日日曜日(今週末です)、小田急線・成城学園前駅北側徒歩2分の、成城ホールにて、無料公演です。午後1時開演です。長唄(三味線と唄と囃子)、箏曲(13絃の琴)、小唄(三味線と唄)、清元(三味線と浄瑠璃)、新内(三味線と浄瑠璃)、常磐津(三味線と浄瑠璃)、笛(能管、篠笛etc.)…などをお聞きいただけます。今公演では、世田谷邦楽研究会企画番組として、「調絃と口三味線のお話」お話と実演を、杵屋徳衛がいたします。(午後3時前...梅雨時の和楽器ライブ(ディスカバリー伝統邦楽)

  • 雨宿り、風待ち(風葉記のうち)

    ……幼虫の行方は杳として知れない…雪之丞変化かっ!?と独り突っ込みをする5月末の状況から、はや十日余りがたち、それでも蛹化を目撃・所在を把握しているサナギのうちから気の早いものが羽化し、また旅立ち、日曜日の午後、三頭目の羽化に立ち会えなかった何となくしょんぼり気味の月曜日。ベランダの鉢周りを、前蛹化が近く彷徨う青虫の様子を見ておりましたら、鈴蘭の鉢の裏からひょこひょこっと蠢くものがあります。呼ばれず飛び出て、ジャジャジャジャーン!くしゃみはなけれど大魔王のようにひょっこり飛び出す、揚羽蝶の成虫が一羽。なんとなんと、ベランダのキャビネットの裏にもぬけの殻になった蛹を発見しました。こんなところで秘かに羽化していたのか……(\(^o^)/)しかし、外は雨。土砂降りの雨。何度も翅を羽ばたたかせ、飛ぶ稽古をしていたようで...雨宿り、風待ち(風葉記のうち)

  • 7回オモテの光芒@和ライブ両国亭

    おはようございます!明日が代休であらせられるでありましょう、本日、運動会の皆さま、今日のお疲れを明日の邦楽寄席で、ぜひ、お癒しくださいませ。理論ではなく情緒で、皆さまの右脳にしみる日本の音楽は、筋肉ばかりでなく、心のコリをほぐします。明日月曜日、両国は永谷ビルのお江戸両国亭で、第7回Waライブ両国亭が、開催されます。開演はヒル12時15分、午後2時までのコンパクトな興行です。~演奏とトークで味わう和の響き~とのキャッチにたがうことなき、充実のラインナップでおおくりいたします。番組は、一、違いの分かる男シリーズで昭和の皆さまにはおなじみ、箏曲家・沢井忠夫作曲の箏・尺八二重奏「風の歌」一、ドロップインナガウタ洋楽と邦楽の立脚点、演奏手法、考え方、味わい方…などなどの違いを、トークと実演でお聞かせします。初心者だけで...7回オモテの光芒@和ライブ両国亭

  • ヒトの ナサケの サカヅキ

    先週の唄稽古のとき、マイ譜本が手元になかったので、稽古に使ったことがない唄本を取り出してみた。20世紀のうちに、大正生れの姉弟子から、頂戴したものである。和綴じで、日常使いするには憚られる美しさだったので、本棚に仕舞ってあったものだ。装丁や、文字の美しさを時折出して眺めるぐらいだったので、中身を吟味する、ということがなかった。唄っているうちに、勧進帳のひとふし、♪士卒を引き連れ関守は門のうちへと…の箇所に、「かどのうち」という歌詞に「もんのうち」とルビがふってあることに気がついた。あれっ?あれあれっ???不思議に思いながらも、唄い進めていくと、なんと、あの二上りの有名なうたいどころ、♪…人の情けの盃を……が、♪人の情け「を」盃「に」と記述されている。奥付は、その本にはなかったので、同じ装丁の兄弟本の二冊を取り出...ヒトのナサケのサカヅキ

  • 風葉記・正

    新暦五月の尚武の勢いを駆ってか、光陰の一矢の恐ろしき事。今朝初めて気がついたのだが、食糧棚に寝かせていた長葱にネギボウズが生えていた。しかも既に開花していた。私はよく植物にトウを立てがちな性分なのだった。(本稿:塔が立つをご参照くださいませ)一昨年も切り取った大根のヘタから花を咲かせたのだが、写真をアップする間もなく時は流れた。建設的日々なのだ、と前向きに解釈しよう。こうなったらネギの種を採取するまで育てるしかあるまい。話のハナから余談になってしまった。令和元年五月一日。日が暮れ、また明けて、草木がすこやかに伸びゆく季節。わが庵のけなげな檸檬花に、なぜ蝶は訪うてはくれぬのかと気をもんで数日。檸檬の新芽に、2ミリ程の、小さく細い黒い筋が付いているのを発見。ぉぉ、これは、ひょっとすると、蝶の幼虫ではあるまいか…!!...風葉記・正

  • これまでの風葉記

    トクオウは気が気ではなかった。今年も賤が家の軒下を彩るべく、忠義な檸檬が馥郁たる五弁の白花を咲かせたというのに、なんということであろう、蝶が来ないのだ。平成31年の晩春、百花はことごとくが早く開花し、藤でさえ4月中旬には花房を垂らしていたのに、令和元年を迎えた初夏、どういうわけかひらひらひらと、花に戯れ舞い遊ぶべき、胡蝶の姿が見当たらないのだった。シジミチョウが数羽、クロアゲハ一頭、モンシロチョウ二羽ほど…それがこの春以来、私が見かけた蝶たちであった。去る平成31年の3月18日、いまだ檸檬の摘果を躊躇していたトクオウは、いつの間にか、実の付け根の枝に、ツンツンと尖った棘が育っていたのに気がついた。ぉぉ、母は強し、といにしへにもにも言うけれど、万物が、自分が守るべきものの生じたとき、何らかの防御策を講じ、強固な物...これまでの風葉記

  • サブカル懺悔1

    「もうそっちのほうに行くのはおよしなさいね」と、母が私に釘を刺したのは、入学式が済んで各種サークル勧誘のチラシが舞うキャンパスでのことだった。昭和50年代中頃中学生だった私は、高校受験間近いある年の共通テストで、全国で第3位という国語の成績を修めたのだったが、あまりにも神妙に受験勉強に勤しんだがゆえ、その反動で高校時代の三年間というもの、漫画研究からアニメーションや声優…という分野の藪に入れ込み、古文の先生を落胆させた。折しもテレビ版だった宇宙戦艦ヤマトがはじめて映画化され、小学生に交じって封切り館内売店のスチール写真グッズコーナーに並んだ私は、絵葉書のここからここまで、全カットくださいな、という大胆な行動に打って出た。初めての大人買いであった。同人誌や贔屓声優のファンクラブにも入り、声優が所属する劇団の芝居見...サブカル懺悔1

  • 初夏の和楽器ライブ

    時移りまして、令和元年五月六日(明日です!)。なんとまぁ、明日は立夏でございます。例年、世間的にはゴールデンウィークなる連休の最終日に、東京は武蔵野市の吉祥寺駅南口にて、邦楽の演奏会を開催しております。駅のそばのマルイ百貨店(昔そう言っていました)、路地を挟んで東隣の武蔵野公会堂(パープルホール)。筝、三味線、尺八など、日本の伝統音楽を代表する和楽器の演奏を、無料でお楽しみいただけます。開演は午後1時。古典曲、現代邦楽とりまぜて、バラエティに富んだ番組仕立てとなっております。今回は、企画番組として、尺八の魅力についての講演(午後2時半ごろ)もございます。当杵徳社中は、朗読三絃「さるとかにのおはなし」、ご存知長唄「勧進帳」で御目文字仕ります。終演は午後4時40分ごろを予定しております(明日の今頃です!!)。5月と...初夏の和楽器ライブ

  • しゃみせん指南

    今からでも間に合う、穴場観光地。こちらにございます。三味線体験講座です。★混んでいる場所は苦手。★連休中の予定を決めかねている。★でもちょっとだけ新しい体験がしたい。そんな皆さまに、三味線のあれこれをお伝えしつつ、弾いていただきます。ご希望を伺い、体験する曲を決めます。★平成を締めくくる体験★平成31年4月28(日)29(月)下北沢・杵徳会稽古場終日無料体験講座です。予定時間は40分ほど。ご希望時間をご予約くださいませ。お申込みは電話0334680330へ、お願い申し上げます。★令和を始めたい体験★令和元年5月1(水)2(木)、4(土)2日のみ西池袋稽古場1日及び4日は下北沢稽古場無料体験講座です。予定時間は40分ほど。ご希望時間をご予約くださいませ。お申込みは電話0334680330へ、お願い申し上げます。日...しゃみせん指南

  • 執念~シロツメクサは見ていた

    何たる不覚。何たるプロ意識の欠如。なんという不心得者。…なんということでしょう、4月早々のど風邪をこじらせ、2週間ほど臥せってしまいました。処方薬が体に合わず、快方と悪化を数日ごとに繰り返し、万事休す、もうどうしていいか分からない状態に陥ったのが先週中頃。土曜日の二時間待ちの診察室をやり過ごして、やっと新処方のお薬で、こうしてコンピュータに向かう心のゆとりが…申し訳ないことでございます。お稽古を休んでしまってごめんなさい。我が喉頭蓋は不思議なことに二股に分かれており(古びたこと二十年といわず、生まれた時から猫又なのです)、のどの奥がぴたっと閉まらず、黴菌の侵入を防ぐに不利なので、幼少期は季節の替わり目に必ず熱を出していた扁桃腺持ちなのです。(熱が出ると桃の缶詰を食べさせてもらって元気になるという、昭和のころあり...執念~シロツメクサは見ていた

  • 群生

    ♪3月31日と4月1日の間に~~~と、歌い飛ばすにはつらい、制度の替り目が在って。じたばたしているうちに平成30年度は仕舞ってしまった。仕方ないので花見しょ、とお向かいの公園へ、桜のご機嫌伺いに。ふと見ると、昨年まで天南星が咲いていた傍らに、なんと今年はカタクリが咲いているではありませんか。なんとまぁ、めずらしい。20世紀から21世紀にかけて、カタクリの花が咲く、というと珍しいので埼玉県の群生地が必ずニュースになっていた、その便りを聞かなくなったなぁ…とふと思い立って、お彼岸の青青会@杉並能楽堂へ、稽古の都合もあって、もう何年かぶりでカタクリの織り帯を締めて行ったのがつい10日前のこと。まぁ、片栗の帯ですね!と声をかけて下さった見所の有難い見知らぬタバリシチに、絶滅種のシンパシーをしみじみと。これはもう25年前...群生

  • 古典、コテン…新作。

    今日は六世中村歌右衛門丈のご命日なのだ。それはピンクの衝撃:林家ぺー師匠ではなく(それはお誕生日)……森銑三先生に教えていただいたわけではなく、大成駒自身が思い起こせよ…と伝えてくださったことに違いなかった。壇ノ浦の合戦があったのが、元暦二年三月二十四日…(西暦でいえば1185年:近年、旧暦を新暦に変換して実際は…云々と解釈して別の暦日で記念日とする方がいらっしゃるが、月の暦において何月、ということはとても重要で…たとえば雛の日といえば三月三日に決まってるし、討入りは極月十四日でなくてはならぬので、逆からの翻訳で正しいというのは実は正しくないのだと感じます。であるから、毎年微妙にズレた旧暦の暦日でアニバーサリーをそこはかとなく愉しむ、ということを実行し、真に季節感が知りたかった場合に、グレゴリオ暦に換算して調べ...古典、コテン…新作。

  • “あたま山”特集

    回を重ねまして、6度目となります和ライブ両国亭。なんと此度は、お花見シーズンに絶好、この時を逃すまいことか…という渾身の『あたま山』特集です。あたまやま、落語だけではなく、長唄にもございます。いまを遡りますこと60年ほど前の昭和32年、西暦にいたしますれば1957、NHKラジオ番組の企画物として誕生いたしました。作曲は山田抄太郎先生。作詞はアンツルこと安藤鶴夫御大。本名題ツノガキに「当世うた栗毛ユーモア邦楽」とございます。というわけで、めずらしや、落語と長唄の競演です。同じテーマ作品の、音楽と話芸…邦楽と落語の表現手法の違いを、一堂にて体感できるという、滅多にない機会でございます。今公演では、私は落語チームにて下座を勤めさせていただくこととなりました。ありがとうございます。ぜひお越しくださいませ。3月28日木曜...“あたま山”特集

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