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長唄三味線/杵屋徳桜の「お稽古のツボ」さんのプロフィール

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ブログタイトル
長唄三味線/杵屋徳桜の「お稽古のツボ」
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/nagauta-shamisen
ブログ紹介文
三味線の音色にのせて、 日々感じること、 昭和から平成ひとケタ時代の街かどでの 想い出話などを
更新頻度(1年)

15回 / 365日(平均0.3回/週)

ブログ村参加:2015/07/18

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ハンドル名
長唄三味線/杵屋徳桜の「お稽古のツボ」さん
ブログタイトル
長唄三味線/杵屋徳桜の「お稽古のツボ」
更新頻度
15回 / 365日(平均0.3回/週)
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長唄三味線/杵屋徳桜の「お稽古のツボ」

長唄三味線/杵屋徳桜の「お稽古のツボ」さんの新着記事

1件〜30件

  • 疑惑

    蝉しぐれが殊の外こころにしみる令和三年の夏、それにつけてもよくもまあ行方知れずになった我が子の旅立ちにめぐり合えたものだ…能や歌舞伎の「隅田川」(長唄で言えば『賎機帯~しずはたおび』)に申し訳ない…桜川であった有難さよ…と廻り合わせの不思議さに、今朝も物語を紡ぎだしてくれる植木たちに水を遣りながら、ベランダから目を移すと、疫病か熱中症か見分けもつかず、入院も出来ない人々が巷に放り出されるという、とても西暦を二千年以上数えた、この日本の現実のこととも思えない世相が展開されているのである。黒澤明の羅生門の1シーンが目に浮かぶ。植木鉢に小さいハエが湧くのを防ぐのは、培養土の上2センチぐらいをゴッソリ取り除くといいですよ…と花の好きなお弟子さんが教えてくれたのを、思い付きでコバエ除けを目論んで鹿沼土を薄く敷いてみたが…...疑惑

  • 二人の碧丸

    今年の旧暦六月六日は7月15日。午前中に、轟然たる雷鳴とともに滝の如き雨に見舞われた。コロナ禍下とてお盆の墓参も控えて、三日の間、昭和の頃の精霊棚のしつらえをあれこれ想い出していた。田舎の8月の旧盆では、仏壇とは別に、奥座敷の床の間へ精霊棚を設けて、家紋入りの吊り提灯のほかに、たくさんの大内行灯を飾る。さまざまな意匠を凝らした回り灯篭が美しい。古典的な具象柄の走馬灯のほかにポップな水玉柄もあって、子どもごころに気に入っていた。お墓の前には、二本の笹竹を支柱として竹の横木を渡したところへ、彩色を施した盆提灯を三つ下げたのを飾った。各家の墓前がとりどりの提灯をぶら下げていて、旧盆の墓地は賑やかだった。いつ頃からだったろう、そのような風景を見なくなって久しい。翌16日は閻魔様もお休みで、まさに地獄の釜の蓋があいたよう...二人の碧丸

  • Time to say goodbye

    “ある日のことでございます。お釈迦様は極楽の蓮池のふちを独りでぶらぶらお歩きになっていらっしゃいました…”…なんて、お盆だものだから、芥川の蜘蛛の糸の書き出しを思い出し乍ら、何とも云えない好い匂いの、咲き初めたばかりの檸檬の花へお水を上げようと、ベランダに出た朝のことでございます。ふと、今年の春、丸い鉢に植え替えた鈴蘭の方へ目をやりますと、何かふわふわと空中に動くものがございます。……!!なんと、鷹揚と艶やかな翅を広げた一頭のアゲハチョウが、今まさに外界へ飛び立とうとしているところなのでした。お前はみどり丸ではないか…!お隣との境界線の仕切りの辺りから、漂うように浮上してきたので、今朝方羽化したものと思われます。何という邂逅、なんという奇跡の廻り合わせ。どたばたと部屋に戻り、携帯をひっつかんで、やっと写真が二枚...Timetosaygoodbye

  • 香華

    東京はお盆である。お弟子さんに、お家では旧盆でなさるの?と訊いたらキツネにつままれたような怪訝な顔をされたので((。-人-。)ゴメンネ)、はっとした。弟子の疑問点を説くのが師匠の務めである。もともと、お盆は七月十五日を中心とした祭り事なので、太陽暦を採用した明治五年(1872)十二月三日=明治6年(1873)1月1日以降、帝都たる東京府民は、従来通り日付を変えることなく新暦でも7月15日にお盆行事を執り行った。2021年現在、お盆の行事をどの程度まで日本国民が踏襲して行っているのかは知らないけれども、六十余州のほとんどが旧盆と呼ばれる新暦8月15日の盂蘭盆会をメインイベントとして、翌十六日の藪入りの習慣は廃れることなく、お盆休みという休暇の体系は続いている。この旧盆の習慣は、1945年8月15日の終戦をもって...香華

  • 君去りしのち

    グレーの梅雨空になじむように今年のアブラゼミが鳴き始めたのは昨日のこと。昼下りのベランダに出て、悄然とレモンの鉢を眺める。ビッグバンドに憧れて、タップを踏みながらクラリネットを吹く寄席芸人を目指していたのは昭和60年ぐらいのことだったか。習いに通っていた吉祥寺の丸石楽器も今はもうない。サンロード向かいにあったバウスシアターももう無い。クローゼ・クラリネット教本から始めて、ジャズのスタンダードナンバーをやりたいんです、という私のわがままを聞いてくださった本田先生は今はどうしていらっしゃるだろう。昨春から介護施設に入所したまま、コロナ禍に見舞われ帰宅も面接もままならぬ母が飲みたいらしい“大人のカルピス(以前は珈琲が好きだったのに、苦いからイヤと、介護スタッフの皆さまのお手を煩わせているらしい…)”を届けがてら、五日...君去りしのち

  • 時空を超えて

    なんと懐かしい…!!NHKの伝統芸能鑑賞番組が、いつのころからか少なくなり、現在「にっぽんの芸能」という番組に集約されてしまっているようですが、私が青春を傾けた時代の憧れの名女形・七世中村芝翫(神谷町)の特集を放送しておりました。今現在の時点における一般に向けた業界の情報収集のため毎週録画しているだけで、積読ならぬツン録状態になってTVチューナーのメモリーを徒らに増やしているだけだったりもするのですが、深夜に起きだしてうっかり見てしまいました。番組序盤で紹介された1976年歌舞伎座の「京鹿子娘道成寺(きょうかのこむすめどうじょうじ)」は、立三味線が松島寿三郎師で、我が師匠・杵屋徳衛が前名・勝衛の時代に勤めた舞台の録画でした。本番直前に芝翫丈が「み、水…」とおっしゃって、山台四枚目に居た徳衛の目の前で、おつきの方...時空を超えて

  • 新生

    なんと嬉しいことでしょう‼️瑞々しい青々とした葉を繁らせて、食べてくれる幼虫の一匹も居ないのは何と寂しいことだろう…と、徒(あだ)な緑影を嘆いておりました、昨春からの我が檸檬樹。果実の育ち具合はどんなものかと、朝からベランダに立ち出でてみますれば、むばたまの…昨日、葉陰に揚羽蝶の一齢幼虫とおぼしき生命体を発見。表題写真は発見2日目の今朝。早くも昨日の倍に。早朝よりひたぶるに、蚕食の余念なく。健気なものたちの旺盛な生命力が、わが魂に仄かなあかりを燈したのでした。コロナ禍を治められず混迷を極める世相に、うちひしがれた我が心。梅雨空が慈雨にておとない、天佑なる食客をもたらす天空の采配を、先ずは記すのみ。新生

  • 風に吹かれて

    ここ半年というもの、憂鬱の風に吹かれて、日記を書き始めては上げられずに閉じる、という内省の日々を送っていた。下書きばかりで収拾がつかないのも、パソコンの蓋を重くした。コロナの魔手に絡め取られるわけにはいかないので、緊急事態宣言中はお稽古を自粛したり、準備していた演奏会が中止になったり…また出掛けるにも人混みを避け、考え得る万全の対策をして玄関を後にするので、帰宅するととても疲れてしまう。精神的疲労が肉体的疲労に勝る日常は、想像以上に、人間のモチベーションを削ぐものであると思い知った。一年前もこの夕暮れ時の麗しい時季に、家に鬱々と籠っていたので、梅雨の晴れ間なのか、陽射しが落ち着いて地熱が鎮まりつつある暮れ方のひと時、吹き抜けてくる風に身をゆだねる快感を想い出した。植木が育ってゆくのを無心に眺める愉しみは、魂の養...風に吹かれて

  • 6月6日に…

    昨年は中止となりました、世田谷邦楽研究会の年に一度の演奏会。今年も開催が危ぶまれておりましたが、会場の成城ホールが開場されるとのことで、嬉しく久方ぶりの演奏会となります。生憎、いつも楽屋としてお借りしている施設が、今年はコロナワクチン接種場として使用されるため、会の規模を縮小して行います。長唄は三社中が出曲いたします。お囃子入りです。御用とお急ぎなくば、どうぞお越しください。ドレスコードはマスク着用にて、お願い申し上げます。お待ちしております。6月6日に…

  • 鐘の音、またはコールドムーンと対の銀嶺。

    一年のほぼ半分を冬眠して過ごした令和二年、極月最後の稽古日。東京脱出を果たし、鎌倉に移住したお弟子さんが、今年は帰省できないので、はじめてお正月を関東で過ごすと言う。「一人で過ごすのも寂しいんですが、北鎌倉は鎌倉五山のうち四つのお寺があるから、除夜の鐘の聞き分けが出来るそうで、それも愉しみなんです」「えぇつ!!いいなぁぁあ……!!!」心底うらやましげな私の声を聞いて、彼女は水月観音菩薩の現し身の如く、コロコロと笑った。と、同時に私は、狂言の『鐘の音』そのままの話じゃないかと、もの凄くびっくりした。狂言〈かねのね〉は、例によって粗忽な太郎冠者が、ご主人に金の値…(要するに為替レートですな、と、バイリンガルな件んのお弟子さんに説明したら聡明な彼女はすぐに分かってくれた)を訊いてこいと言われて、本当に、お寺の鐘の音を...鐘の音、またはコールドムーンと対の銀嶺。

  • 名前

    芸術の秋がやって参りましたが、例年と些か(いささか)趣きを異にしております。学校巡回が徐々に再開されましたのは、わたくし共にとりましても嬉しいことです。授業時間の合間を縫って調弦するほかに、三味線および付随する小物類の消毒・除菌作業が加わったのが、令和二年度ならではの特記事項でありましょうか。そのような手間を凌いで余りある感動…瑞々しい可能性に満ちた若人(わこうど)たちが、新しい知識や体験を吸収して、成長し羽ばたいてゆく(それが今すぐ、目に見える形でないとしても)…自分たちの蓄積を次世代に移し繋いでいくことは、人間として冥利に尽きることでもあります。そこで近年増えました質問、伝統芸能における名前、芸名ということについて、ごくごく簡単に、お話ししたいと思います。杵屋は、長唄(三味線含む)に携わる者の芸名です。苗字...名前

  • 長唄絵合せ【リモート編】風流船揃

    さて、通年行事たる年内の演奏会はことごとく中止となりまして、何となく心のうちにウロを抱えたような…心もとない秋は来にけり…という中途半端な令和2年9月。当ブログでも以前ご紹介いたしました、浮世絵と長唄のコラボライブの企画で、東京都の「アートにエールを!」動画配信プロジェクトに応募いたしました。このたび有難いことに、無事採択されサイトに公開されましたので、リモート版「長唄絵合せ」を、皆さまにお届けいたしたく、ご高覧賜れますれば、うれしく存じます。お聞きいただきます長唄は「風流船揃(ふうりゅうふなぞろい)」の、抜粋演奏です。幕末のペリー来航から3年後の1856(安政三)年二月、二世杵屋勝三郎による作曲作品です。1853(嘉永六)年九月、幕府は大船建造の禁令を解き、堰き止められていた奔流が怒涛をうって流るるが如く、開...長唄絵合せ【リモート編】風流船揃

  • 和をつむぐ

    世の中の発想の基本的な立脚点が、日本の慣習でできていた20世紀とはだいぶかけ離れてきたなぁ…と、実感する事どもをつらつらと書き連ねてまいりましたが、思いがけないところから、これでもか…と放射されますと、言葉を失います。たとえば、プロ仕様の三味線は、欧米の、ピアノのようにスタンウェイ…などのようなブランド品があるわけではありません。自分が代々お世話になっている三味線屋さんや、お気に入りの三味線屋さんがあって、いつもそこにお願いしています。現代の感覚ですと、三味線屋さん=三味線を売るところ、と思っている方が多いですが、わたくし共の感覚では、三味線屋さんは、三味線を拵えてくださるところ、です。また、ヴァイオリンのストラディバリ…のように、古えのギルドマークが重用されるということもありません。三味線は古くなると音が枯れ...和をつむぐ

  • めぐるメイヨー

    20世紀につくられた、シルクロード紀行番組を偶々見た。砂漠の遺構群が、遥か異国への憧憬と旅情を思い起こさせてくれたのだが、たぶん、もう今では心無い人災や戦禍に見舞われ、時の流沙にさらされる以前に、失われてしまっているのだろうなぁ…日中共同制作…というキャプションが懐かしく、ぁぁ、そんな時代もあったね…と、しばしほのぼのしたのだが、記憶がまぶしく目に痛かった。1980年代中頃、横浜中華街への食い倒れツアーや、返還されて間もない米軍住宅跡地(マイカル本牧として新開発される以前でしたがその名称さえ今は昔)散策、新作が封切りされるたび連れ立って出掛けたジャッキーチェン映画の観劇仲間でもあった大衆読み物研究会の学生時代の友人が、日本語学校の先生になって、中国(どの地方か失念してしまったが)へ赴任した。土産話に、買い物に出...めぐるメイヨー

  • sunみつ

    …拝啓外出を思い切るにはちょうどよい暑さの夏も過ぎようとしております…思案投げ首、新たなる職探しをも視野に入れて日を送る、若き芸能者の消息も伝え聞かれる令和二年、春、そして夏。自分のことで何かと物要りでありましょうに、盆暮れ正月、欠かさずお心尽しのご挨拶を下さる、律義なお弟子さんへの御礼状をしたためておりました。なんだか妙にやせ我慢というか、向こう意気というか、存外自分らしい時候のご挨拶が書けてしまったので、勢いづいて新暦八月になってからこの方、開けてもみなかったパソコンを開いてみました。人間は暑さに弱いものでござんすね。こう立て続けに自分の体温とそうそう変わらぬサウナに入りっぱなしの状態で日々を過ごしておりますと、脳内が混濁してまいります。太陽が濃密、略してsunみつ。南の島に行ってぼーーっと太陽が磯の汀の彼...sunみつ

  • 九夏三伏の暑き日は…♪

    鳥の声に目覚める季節が過ぎる。早朝、靄にかすむ雑木林からアブラゼミの鳴き声が聞こえてくる。関東者には夏本番のお知らせだ。8時を過ぎた頃になると、さぁ、今日もこれから幕開きですよ、と、劇場の1ベルともおぼゆるミンミンゼミが騒ぎ出す。数日前から、夕暮れ時の涼風に乗って、ヒグラシが鳴き始めた。通常運転なら、世界中が夏休み。以前、一の字騒動なる記憶をご紹介したが、50年余の時を経て、ついに、決着した。正解は、「考え無しに迂闊なことをするな」。それに気がついたのは、遅れたこと30年、吉川英治原作・大河ドラマ「太平記」足利高氏・青春グラフィティ的エピソードにての、無口な苦労人・緒形拳as足利貞氏の顔を見ていたときのこと。それが我が小学一年生の折の、担任の先生のお教えだったのだろう。至極当たり前で単純なことだけれど、上の空に...九夏三伏の暑き日は…♪

  • コメット君

    旧暦五月はさて、どんな月になりましょうか…などと言っている間に、皐月も本日、晦日を迎えた。梅雨の晴れ間にちらりと覗く青い空は、旅情を誘う。罪つくりなやつである。「なんだか東京だけ罰ゲームみたいになっちゃってるじゃないさ」「寄席はもう開いているらしいね」「チドリに座らされるそうですよ、アベックで行っても離ればなれにされちゃうんですって」「それって、その時以外はアベックでいるんだからさ、もはや無意味なんじゃ……?」千鳥に座るって、ステキな言葉ですね。そいや、お裁縫で千鳥掛けってのがあったわね。違う意味で千鳥掛けな訳だわね。そいや、若かりし頃の宴席での、いざというときの心の持ち唄は、♪唐傘の…でした。いざというとき…というのは、ご接待にお呼ばれしたとき、小唄の一つでもご披露…という、昭和の宴席では極々当たり前に見かけ...コメット君

  • 手札

    子雀が翔ぶ稽古をするときの、可愛らしい囀ずりが聞こえたのが6月。信号待ちの高架下の交差点で、燕がパタパタと翼をはためかせ飛び交っていた昨日はもう、7月。♪ここらでやめてもいいコロナ~と、小林旭の自動車ショー歌が脳裡を経廻る禍中もつかの間、令和2年は半年が過ぎ、中止・延期の憂き目を見た演奏会や催し物の手当てが、解除宣言とともに急に押し寄せ、落ち着かない。総棚ざらいをしていた箪笥のあちこちから、過ぎし日々の捨てられぬテレフォンカードがひょっくり、顔を出す。断捨離は果てもなく、私の記憶は藪のなか、未だ夢の途中。【追記】益田玉城「現代隅田川風景」、目黒雅叙園美術館メトロカード(パスネット)は、昨年末に別れを告げた、営団地下鉄銀座線渋谷駅の旧駅改札口で求めたもの。手札

  • 花がるた 六月 薊

    新暦の6月、単衣(ひとえ)の着物に夏帯を合わせます。半襟や襦袢(じゅばん)も夏物です。紗(しゃ)や絽(ろ)の薄物は7月になってから着ます。昭和のころは6月の定番と言えば、紗袷(しゃあわせ)というオシャレの真髄、まさに歩く絵画、美術品というような、惚れ惚れする着物がありました。具象的なモチーフ(季節の動植物、たとえば鮎や紫陽花など)が描かれた紗の下地に、上生地に波紋や雲、霧などを描いたり織り出したりした紗を二枚合わせて仕立てた、袷(あわせ)の着物です。生地が透ける、紗という織物の特質をよく生かした衣装、そして意匠と言えましょう。とてつもなく抒情的な世界が、一枚のきものから広がります。ぜいたく品なので、20世紀のある時、上野広小路にお店を構えてらした呉服屋さんが、「うちは紗袷の下の生地を単衣物で拵えたりもいたします...花がるた六月薊

  • 檸檬可愛や

    この春、中学校に進学予定だったお弟子さんから、晴れて入学式が執り行われたとのお話を伺ったのがもう先々週のこと。(本当によかったです。照る日、曇る日、さまざまあれど、心が晴れやかなら万事OK、というものです)止まっていた時間が動き出し、旧暦令和二年閏四月も昨日晦日。雨もよいの朝、今日は旧暦五月朔日。晴れれば日本にても部分日蝕が見られるとの由、夏至に日蝕が重なるのは1648年(慶安元年)以来、327年ぶりという、心慌しき日曜日の始まり。この半月ほどは時計の針の廻りの早きこと矢の如し。先週末、公園を突っ切って久しぶりの打合せに伺ったら、池のほとりで烏鷺の争い。シラサギと鵜の好対照、教育テレビでは毎日曜正午に見られるこのセットを、現実に見かけるのも珍しい(当社比では十数年前、京都は辰巳大明神さまのご町内でお見かけして以...檸檬可愛や

  • 花がるた 四月 藤

    長すぎた春休みゆえの、夏休みが半分もない…かもしれない…というあまりにも悲しいニュースを目にするにつれ、一個の人間の将来、人生を左右する重大事である、子ども時間の在り方に思い馳せる。久しぶりに聴いた志ん朝の四段目で、昔は子ども向けの娯楽というものはあまりなく、大人の遊びにおまけで連れて行ってもらったものだった…と枕にあった。大人の無意識な日常が、子どもの人生を左右するのである。大人の責任は重大なのだ。小学1年生の夏休みの研究で、父の入れ知恵、差し金の成果である「アリの研究」で賞状をいただいた私は、でも、小学4年の時は「日本の服飾の歴史」という自由研究をする、オシャレ好きな、ごく普通の女の子に育ってはいた。前号で、21世紀のテレビドラマの衣装に対する連綿たる心情を語り損ねたが、1983年の市川崑監督の細雪(私は山...花がるた四月藤

  • レモンの災難

    今年は四月が閏月で、そうなるとどうしたって慶応四年の戊辰戦争のことを思い出してしまうのだが、ストロベリームーンなんて素敵な名称が新大陸の先住民間にはあったのか…ロマンだねぇ…の一方で、星をつかみ損ねた近藤さんの、慙愧に堪えぬ表情が水木しげるの新選組の絵面で浮かぶ、長らく生きていると発想がごった煮である。世相の混沌さに引き摺られ、わが脳内もカオスなのだ。しかし万物は混沌から生まれるらしいので、ごった煮にする材料は多いほどいいのだ。(あくまで自説ですのでお試しくださいませぬよう…)ベランダの植木の世話をしながら(わが庵〈いお〉のスズランは残念ながら花芽が出ず、栄養過多なためかすっかり立派な葉蘭へと成長していた。梅松桜の三人が三人とも、その逞しさたるや、鮨屋に売り飛ばしたいぐらいである)、今年は蝶の姿を見ない…と、茫...レモンの災難

  • 桜井発13時36分、四条畷行き。

    もう先週の月曜日のことになってしまうが、令和2年5月18日の朝、私は「テッペンカケタカ…」という鳥の声で目が覚めた。おお、なんと!!ホトトギスである。杜鵑が啼く季節が到来したのである。♪頃は皐月の末つ方…(ころはさつきのすえつかンた~~~)こうなると、長唄「楠公」の話をせずばなるまい。断捨離作業に精を出していると、限りなく世を捨てた隠居の心境になって後ろ向きになるかと言うと然(さ)にあらず。当時の写真まで発掘して、忘れ去られた時を求めるライフワーク熱が翩翻とひるがえる。機は熟せり。…とはいえ、楠木正成、大楠公のお話をするのは難しい。私の父方の祖母は、明治43年生まれで西暦2000年に90歳で天命を全うしたが、彼女の口から楠公の話を聞いたことはなかった。長男だった父は新婚当初、祖父宅の離れに新所帯を構えたが、祖父...桜井発13時36分、四条畷行き。

  • 断捨離のワルツ

    平成三十年に心不全で急逝した父の遺品整理の凄まじさを知っているので、この機を天佑と捉え、断捨離作業に没頭しようかと思ったが、なかなか捗らない。本、CD類(レコードは10年前に殆ど処分してしまった。手許に残ったのは処分するに足る物ではないと別段大切にしていなかったものが、偶々別の場所に置いてあって大英断の網を逃れ、何の未練も無いものだったりするのが忌々しい)を、処分するために分類する作業で(つまりお料理の下ごしらえの段階)、茫然としてやる気をなくした。つまり、山頭火風に言えば……分け入っても分け入っても、断捨離の山。…そうだ、管理会社から毎月配布されるリビング誌に、片付け(大掃除)の極意特集があったのを取っておいたのだ。(実を言えばその雑誌を取っておいたことすら忘れていて、今回の断捨離作業着手の途中で、書類の山か...断捨離のワルツ

  • 誰が為にか春なる

    令和年間最初の4月27日、アスパラガスが緑色のロウソクになって…三日後、果敢にも家族会議に参加。かたや、松王丸から新たな芽が伸び、小太郎かと。アニバーサリーを覚えるのが苦手で、祖母の命日さえ忘却してしまう不心得者であるのだが、22歳の憲法記念日に、深夜放送で市川雷蔵主演、市川崑監督の映画『破戒』を見たことは忘れられない。昭和時代も終盤に近付き、世はバブル期を迎えつつあったが、テレビ局の番組編成担当者にも、憲法記念日に見るべき映画を忘れずに用意する気概というものがあった。その時の私は、市川雷蔵のことをよく知らなくて、その半年ほど前だったろうか、やはりテレビの午後のロードショーというような東京12チャンネルの番組で小国英雄脚本の『影を斬る』でそのキュートさ、チャーミングさに打たれ、母に、市川雷蔵ってどうしたんだっけ...誰が為にか春なる

  • 空 うそ吹いて

    ほー……ほー……ほぉぉ……という野鳥の啼き声で目が覚めたのが、令和2年4月29日、昭和でいえば天皇誕生日の朝だった。おお、こ、これは………!!ほーほけきょ…まごうかたなき鶯の啼き声ではないか…!東京都心で、ウグイスの初鳴きの統計が取れなくなって20年余りも経つ、というショッキングな情報をもたらしたのは、つい2,3週間前のテレビ番組の天気予報士のお兄さんであった。そう言われてみると、最後にウグイスの声を聴いたのはいつだったろうか、心もとない気がしてきた。房総半島の親類の家の裏の藪で、谷渡りに至る稽古中のウグイスの囀りは、寒い時季によく聞いた。都内だって、シジュウカラはよく囀っているのだ。人けのなくなったゴールデンウィークに、よく、お隣のアンテナのてっぺんで鳴いていた。すぴすぴすぴ…と、初夏の青天をつつくように、潔...空うそ吹いて

  • 鉢木

    遠隔稽古の流行がここへきて始まっているらしい。早くも、うちの孫は200メートルで学校の授業を受けているんじゃよ…という落とし噺までできているとのこと。わが杵徳会では、昭和のころから遠隔お稽古というシステムがあり、カセットテープの音のやり取りで、お稽古に来られない方のフォローをしていたと師匠に伺ったことがある。もう10年以前になるが、このブログ開設のきっかけともなった不肖・私の愛弟子に、ご主人のお仕事の都合でドイツに赴任することになった方があった。当初スカイプを考えていたが、時差の煩わしさを勘案し、そのお弟子さんが、ピカサ・ウェブアルバム、というシステム導入を教えてくれた。自分のページに動画をアップすると、全世界に発信することもできるのだが、合鍵を持っている者だけが見られるという仕組みにもなっている。私がお手本を...鉢木

  • 花がるた 二月竹に福来雀

    籠城してはや幾日…曜日の感覚が最早なく、日々の天候で日にちを計る、東京都下郊外の陸の孤島に住まいする、令和ロビンソンクルーソーの物語。4月2日、鈴蘭の新芽によろこぶ。地球温暖化の賜物か、成長が早く、4月15日、慌てて写真を撮る。早くも鈴蘭らしく葉が巻いている。新芽の時は、左側が早く出ていたのに、右側の成長著しく、4月18日、先に芽生えたものを凌駕しつつある自然界の不思議な法則。ふと思いつきで、左を千松、右を鶴千代、と名付ける。関東好み、というものがあって、20世紀の着物界のブランドで、私が常々憧れていたのは、竺仙、そして矢代仁だった。1990年代の忘年某日、とある百貨店の売出しで廻り合ってしまったのが、竹に、ふくら雀のこの縮緬(ちりめん)の染め名古屋帯である。見るなりガビーーーーンと、赤塚不二夫の漫画の描き文字...花がるた二月竹に福来雀

  • 平家蟹

    月暦で今日は、令和二年三月廿四日。旧暦の寿永4年(西暦だと1185年にあたる)3月24日は、壇ノ浦の合戦で平家が滅んだ日であるから、我が国のもののあはれの根幹をなす母胎ともなった一族を悼みたい。1991年、平成3年3月の歌舞伎座。昼の部、相生獅子で、当代時蔵と福助(まだ児太郎時代)の時分の華の競演に圧倒され、次の幕で九代目宗十郎、紀伊國屋の女鳴神に魂をむんずと掴まれるという、その後の人生を左右される芝居に廻り合った、忘れ得ぬターニングポイントの観劇月。その夜の部に、神谷町・七代目の芝翫が、平家の官女の生き残り・玉蟲を演じたのが、岡本綺堂作『平家蟹(へいけがに)』であった。六世歌右衛門、大成駒の演出だった。戯曲自体は大正時代のもので、昭和になってからも何度か舞台にかけられていたらしいが、私は初見。戦に敗れ、零落し...平家蟹

  • われ幻の湖を見たり(遊興一代)

    旧作の日本映画に嵌っていたのは、学生時代から三十代ごろまでのことだったから、これまた20世紀の話である。嵩じた年には年間千二百本弱を観ていた。昭和55年当時、名画座は三本立て700円が相場だったように記憶している。一本千円か千二百円のロードショーで観るのは新作の洋画がメインで、学校のあった渋谷では文化会館で旧作の2001年宇宙の旅、アラビアのロレンス回顧上映…etc.も見たけれども、半中古作品をかける名画座との中間的役割である二番館へもよく行った。ロードショーで見逃した魔界転生を観るために大塚の…館名は失念したが二、三番館へ出かけたこともあった。競馬新聞に赤鉛筆でマークを付けるおあにぃさん方と同じスタイルで、毎週木曜日(火曜日?水曜日だった??)に発売されていた週刊ぴあ誌を入念にチェックし、見たい映画を求めて武...われ幻の湖を見たり(遊興一代)

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