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さわやか易(別館) https://blog.goo.ne.jp/kanouyuukougoo

人生も歴史もドラマです。易の法則とともに考えて見ます。コメント歓迎。(猶興)

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2015/05/13

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  • 「さわやか易」カテゴリー・一覧

    ユダヤ人の旅44話姐さんの憲法論40話アメリカを支配する者たち31話日本経済0成長の正体27話名曲はこうして生まれた50話名僧たちの求めたもの50話名画に学ぶ世界史71話20世紀からの世界史53話南北朝鮮半島物語6話ユダヤ系金融グループの世界支配6話プーチンの挑戦8話冷戦後の米中関係と日本10話~~~~~~~~~~~~~~~~おすすめHP;世界史の窓おすすめHP:趣味の歴史年表おすすめブログ:耕助のブログおすすめYouTube:経済ひとりがたり田村秀男・再生リストおすすめYouTube:ひとりがたり馬渕睦夫・再生リストおすすめYouTube:東住吉キリスト集会おすすめYouTube:日本の未来を考える勉強会おすすめYouTube:チャンネル桜おすすめYouTube:ごうちゃんねるおすすめYouTube:「さわやか易」カテゴリー・一覧

  • 「ユダヤ人の旅」目次

    1、ユダヤ人についての何故2、乳と蜜の流れる土地3、ソドムとゴモラ4、イサクとイシュマエル5、モーセの十戒6、ダビデの孤独7、栄華を極めたソロモン8、バビロン捕囚9、ギリシャのポリス10、ペルシャ帝国物語11、アレクサンダー大王の奇跡12、ディアドコイ戦争とヘレニズム3国13、カルタゴとローマ14、ローマ帝国の内乱と統一(1)15、ローマ帝国の内乱と統一(2)16、イエス・キリスト(1)17、イエス・キリスト(2)18、ユダヤ人のディアスポラ(民族離散)19、ユダヤ人とキリスト教20、ササン朝ペルシャと東ローマ帝国21:イスラム教の成立22:スンニ派とシーア派23:イスラム帝国の繫栄とユダヤ人24,十字軍からの大混乱25、ユダヤ人迫害の始まり26、スペインの異端審問所27、皇帝と教皇28、ユダヤ人とオスマ...「ユダヤ人の旅」目次

  • (44)現代に活躍するユダヤ人(その4)「マック」から「GAFAM」まで

    ラリー・ページ(左)とセルゲイ・プリン(共に1973~)ファーストフードチェーンの「マクドナルド」創業者レイ・クロック(1902~1984)も、コーヒーショップチェーンの「スターバックス」CEOのハワード・シュルツ(1953~)も、映画監督のスティーブン・スピルバーグ(1946~)もユダヤ人である。現在のアメリカではあるゆる分野に目覚ましい活躍を遂げているのがユダヤ人なのだ。中でもIT産業でのイノベーションを起こした創業者、CEOは軒並みユダヤ系であることには驚かされる。「GAFAM」とは言わずと知れたIT企業の雄である5社、「Google」、「Amazon」、「Facebook」、「Apple」、「Microsoft」の頭文字を並べた呼び名である。2020年の日経新聞によると、この5社の時価総額は計56...(44)現代に活躍するユダヤ人(その4)「マック」から「GAFAM」まで

  • (43)現代に活躍するユダヤ人(その3)ボブ・ディラン

    ボブ・ディラン(1941~)ボブ・ディランの祖父母はロシアのオデッサ(現ウクライナ)とリトアニアからの移民である。ユダヤ人としてはアシュケナジムに属する。父と母は小規模だが絆の強いミネソタのアシュケナジム・ユダヤ人の一員だったという。ボブは1941年5月24日にミネソタ州ダルースに生まれている。1946年、弟デイヴィット誕生、翌年、一家は100キロ北の砂鉄の産地で知られる鉱業都市・ヒビングに転居する。(露天掘り鉄鉱床としては世界一で全米各地のUSスチール工場で鉄鋼に加工される。)ボブは幼少期より家にあったピアノを独習し、ラジオから流れる音楽を聴いて育った。やがて、ギターを覚え、ピアノを弾いて、レコード店に入り浸った。ハイスクール時代はロカビリーの全盛期で、エルビス・プレスリーに憧れ、バンドを組んで、演奏活...(43)現代に活躍するユダヤ人(その3)ボブ・ディラン

  • ブログ開設16周年を迎えて

    残暑お見舞い申し上げます。相変わらずコロナが収束致しません。既に3年目です。今年は又新しい問題、すなわちウクライナ戦争が加わり、何だか不安な時代にならないかと心配です。このブログでは4年前に、「プーチンの挑戦」というタイトルで7話を掲載していました。その頃の記事は瀕死の状態にあったロシアをプーチン大統領という傑出した人物が登場することによって、アメリカの一極覇権戦略を食い止めたという設定になっていました。4年後に戦争という手段で、プーチン大統領が西側に牙を向けて来るとまでは想定も出来ませんでした。プーチン大統領の立場に立てば、NATOという西側の軍事同盟が、ロシアの喉元まで迫って来たことへの已む無き強硬手段だということでしょう。ロシアという国を中心に考えれば、戦争を誘発した原因は西側にあるとも言えます。し...ブログ開設16周年を迎えて

  • (42)現代に活躍するユダヤ人(その2)ジョージ・ソロス

    ジョージ・ソロス(1930~)1930年、ジョージ・ソロスはハンガリーのブタペストで弁護士の父ティヴォドア、母エリザベスの二人兄弟の次男として生まれた。ユダヤ人であるソロス一家は常に死の危険と隣り合わせの中にいた。父は第一次世界大戦の戦中と戦後に捕虜となり、ロシアの捕虜収容所から脱走した経験がある。ジョージが13歳の時、ハンガリーはナチス・ドイツの支配下になり、ユダヤ人に対するホロコーストが始まった。父は家族に偽造の身分証明書を作り難を逃れた。ブタペストでナチス・ドイツ軍とソ連軍による熾烈な市街戦を目の当たりにすると、ジョージはハンガリーを脱出し、ロンドンに逃れた。学費も生活費もすべて自分で稼がねばならなかったが、1947年ソロスは経済学の名門LSE(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)に入学する。昼...(42)現代に活躍するユダヤ人(その2)ジョージ・ソロス

  • (41)現代に活躍するユダヤ人(1)キッシンジャー

    ヘンリー・キッシンジャー(1923~)世界大恐慌が世界を侵食し、大不況に喘ぐドイツでは1933年に、ヒットラーが率いるナチス政権が席捲する。第一次世界大戦で敗れ、大不況に見舞われているのは第一にユダヤ人による裏切りがあったからだと信じるナチスは徹底的にユダヤ人を弾圧した。少しでも余裕のあるユダヤ人たちは競って外国へ逃れる。バイエルン州フェルトで女子高の教師をしていたキッシンジャーの家族も1938年にアメリカに亡命することになった。15歳の長男のヘンリーは父母と1歳下の弟とともにニューヨークの小さなアパートに移り住む。父親は仕事探しに明け暮れるが、就職口はない。ヘンリーはジョージ・ワシントン高校の夜間クラスで勉強する傍ら、昼間は髭剃り用ブラシをつくる工場で働き、週15ドルの賃金を手にした。それが一家のアパー...(41)現代に活躍するユダヤ人(1)キッシンジャー

  • プーチンの挑戦(8)~NATO東方拡大~

    ミアシャイマー(1947~)2022年2月に始まったウクライナへのロシア軍の軍事行動に対しては、ロシアのプーチン大統領は世界中から非難されている。しかし、プーチン大統領の言い分は誰も耳を傾けようとしない。そうした中でも、反対意見を発言する人はいる。シカゴ大学のミアシャイマー教授はこの戦争の責任はアメリカにあると当初から言っている。彼はこう言っている。「アメリカやイギリスといった西側諸国で広く受け入れられている一般通念では、このウクライナ危機で責任があるのはプーチンであり、ロシアであるということだ。つまり、悪い輩と良い輩がいて、私たちが良い輩、ロシア人が悪い輩だということだ。しかし、これはまったく間違っている。アメリカとその同盟国、とりわけ、アメリカが責任を負っている。」そして、「アメリカ主導の西側諸国が3...プーチンの挑戦(8)~NATO東方拡大~

  • プーチンの挑戦目次

    1、ソ連崩壊とオリガルヒ2、オリガルヒとの対決3、オリガルヒの逆襲4、プーチン対ブッシュ5、プーチンの逆襲6、メドベージェフ対オバマ7、グローバリズムとの戦い8、NATOの東方拡大プーチンの挑戦目次

  • (40)バルフォア宣言とホロコースト

    ウィルソン大統領(1856~1924)第一次世界大戦でのドイツの進撃は目覚ましかった。2年が経過した頃、イギリスもフランスも消耗戦に疲れ果て、どうにか講和が図れないかと模索していた。アメリカはヨーロッパの戦争には手を出すべきではないと静観を守っていた。パレスチナの地にユダヤ国家を建設しようというシオニストたちは一計を巡らした。イギリスの戦時内閣に提言をする。「諦めるのは未だ早い。アメリカが参戦してくれたら勝つことは間違いない。私たちがアメリカを動かし、ドイツを潰してもらいましょう。その代わり約束して下さい。戦勝の暁にはパレスチナの地にユダヤ人国家を作ってください。」1916年10月、イギリス戦時内閣はこの条件を呑んでアメリカの参戦に運命を託すことになる。アメリカには政府を動かすユダヤ人組織がある。当時の大統領ウ...(40)バルフォア宣言とホロコースト

  • (39)世界中が見捨てたユダヤ人

    エビアン会議が行われた「ローヤル・ホテル」19世紀後半から世界は帝国主義の時代になる。イギリス、フランスは植民地獲得競争にのめり込み、ロシアはロマノフ王朝が行き詰まり、レーニンによるロシア革命が起こった。植民地競争に出遅れたドイツのヴィルヘルム二世は経済発展を武器に世界の覇権を狙った。その結果、未曾有の第一次世界大戦が起こり、先陣を切ったドイツは全責任を負わされ天文学的賠償金を背負い込む。大戦に一人勝ちしたアメリカは狂乱時代を迎えるが、やがて金融大恐慌に突入する。不景気の嵐は世界中に広がり、各国は自国の失業者対策で精一杯、他の国を考える余裕はなくなっていた。ヒットラーの積極政策でどん底から立ち直ったドイツも再びどん底に落ち、非常手段に突き進むしかなかった。ナチスは共産主義者とユダヤ人をドイツ人の敵とみなして迫害...(39)世界中が見捨てたユダヤ人

  • (38)FRBの誕生秘話

    ベンジャミン・フランクリン(1706~1790)アメリカの独立宣言は1776年である。イギリス政府は東海岸にあった大小35の植民地から税金を取っていたが、議員参加は認めていなかった。植民地からすると、意見は聞いてもらえないのに税金だけは取られるということに反発したからである。開拓し、開発するには莫大な投資が必要であり、その投資をしてきたのはロスチャイルド家を始めとするユダヤ人の投資家だった。建国するに当たって、ユダヤ人投資家たちは建国後も金融的支配だけは自分たちのものにしようとした。そこで、アメリカに通貨の発給権を伴う中央銀行を設立しようとした。ところが、ベンジャミン・フランクリンなどが一部の人が通貨を支配することは危険だと反対した。結局、完全な形での中央銀行は出来ないまま100年以上が経ってしまった。南北戦争...(38)FRBの誕生秘話

  • (37)アメリカでの大躍進

    東ヨーロッパでポグロムが行われ、フランスでドレフェス事件があった頃の19世紀の後半、アメリカ大陸では産業の大拡大にまい進していた。南北戦争が北軍の勝利で終わると、アメリカは北部を中心に一大工業国として、石油、鉄鋼、造船などの重工業が中心とする第2次産業革命の時代に入っていた。19世紀後半には工業生産はイギリスを抜いて世界一になっている。その中で、ロックフェラーやモルガンなどのユダヤ人の大財閥が出現している。ユダヤ系巨大資本家は政治をも動かし、業界を独占し、企業は世界的規模にまで発展していった。開拓者として最初にアメリカ大陸に渡ったのは、ピューリタン革命後のイギリス人ではあるが、ヨーロッパ各地で迫害に遭っていたユダヤ人たちも相次いで新大陸アメリカに渡った。新大陸では移民たちばかりで人種の差はなく、ユダヤ人だろうが...(37)アメリカでの大躍進

  • (36)シオニズム運動

    テオドール・ヘルツル(1860~1904)ヨーロッパでは国内の景気が悪くなると、国民の間に不満のはけ口としてユダヤ人に対する「反ユダヤ主義」に走る傾向があった。ハンガリー生まれのユダヤ人ヘルツルはウィーンで法律、ジャーナリズム論、文学を学んだ。ドイツ的教養を身に着けたヘルツルは新聞記者として働いていた。1894年にフランスで起きた「ドレフェス事件」を取材することになったが、余りにも根深いユダヤ人に対する偏見に遭遇してショックを受ける。「これは政治や宗教で何とかなる問題ではない。ユダヤ人はユダヤ人の国を作るしか方法はない。」そう考えるようになった。日本人からすると、ユダヤ人なら誰でもそう考えるだろうと思うだろうが、ユダヤ人の間でそんなことを考える人は誰もいなかった。何故か。ユダヤ人たちは、自分たちが世界中で迫害さ...(36)シオニズム運動

  • (35)ドレフェス事件

    フランスは1870年に起こった普仏戦争に敗れ、経済の低迷が続いていた。国民は一方的に戦争を仕掛けられ、鉄鉱石や石油の豊富なアルザス・ロレーヌ地方を奪っていったドイツを恨んでいた。そんな状況の中、1894年にあるスパイ事件が起きた。フランス陸軍情報部にてドイツに関する機密情報が漏洩したのである。参謀本部は情報を知り得る立場にいたユダヤ人砲兵大尉のアルフレッド・ドレフェスを容疑者として取り調べていた。証拠もなく、容疑者も否定している事件を、反ユダヤ系新聞の「自由言論」がすっぱ抜き大々的に報道した。「祖国を裏切るユダヤ人」「軍部は売国奴を庇って公表しない」と報じた。国民の反ユダヤ人感情に一気に火をつけた。慌てた軍上層部は証拠不十分ながら非公開の軍法会議を行い、ドレフェスを有罪にする。公衆の前で官位剝奪式を行い、剣を折...(35)ドレフェス事件

  • ドレフェス事件

    ドレフェス(1859~1935)フランスは1870年に起った普仏戦争に敗れ、19世紀の後半は経済の不振が続いていた。国民は一方的に戦争を仕掛け、鉄鉱石と石炭の豊富な産地アルザス・ロレーヌ地方を奪っていったドイツを恨んでいた。そんな状況のなか1894年、あるスパイ事件が起きた。フランス陸軍情報部にて対ドイツに関する機密情報が漏えいしたのである。参謀本部は情報を知り得る立場にいた人物達を調査した結果、ドイツ領アルザス出身のユダヤ人砲兵大尉のアルフレド・ドレフェスを容疑者として取り調べていた。証拠もなく、容疑者も否定している事件を、反ユダヤ系新聞の「自由言論」がすっぱ抜き大々的に報道した。「祖国を裏切る売国奴ユダヤ人」「軍部は売国奴を庇って公表さえしない優柔不断」と国民の反ユダヤ人感情に一気に火を付けた。慌てた軍上層...ドレフェス事件

  • (34)メンデルスゾーンの一族

    モーゼス・メンデルスゾーン(1729~1786)16世紀頃から、ヨーロッパ各地のユダヤ人はゲットーに住まわされるようになってしまった。しかし、逞しいユダヤ人たちはその中でも生き抜き、偉大な功績を残した人たちもいた。作曲家で有名なメンデルスゾーンの一族もその仲間である。作曲家フェリックス・メンデルスゾーンの祖父であるモーゼス・メンデルスゾーンは哲学者として名を残している。モーゼスはドイツのデッソウに貧しい聖書筆写師の子として生まれた。学校にも行けなかったが、聖書やタルムードは繰り返し読まされた。独学で哲学、ラテン語、英語、フランス語を学んだモーゼスは21歳の時には家庭教師を頼まれる程の学力を身に着けた。絹織物工場で働きながら、カントとも文通で交流し、啓蒙思想家のレッシングと知り合った。劇作家でもあるレッシングはモ...(34)メンデルスゾーンの一族

  • (33)ユダヤ人首相・ディズレーリ

    ディズレーリイギリスではユダヤ人たちの活躍は金融界にとどまらず、19世紀になると、ついに首相の座についた。それが、ベンジャミン・ディズレーリである。スペインの異端審問から逃れた一族の家系であり、父はロンドンで小説家として成功している。父からは弁護士になるよう教育された。しかし、地味に生きることが性に合わないと、南米鉱山株の投機に手を出し失敗して借金を作る。新聞を発行するが、失敗して破産する。小説を出版、少しは売れたが、やがて批判を浴びる。南欧と中東を旅行する。帰国して小説を書きながら政治家を目指す。4回も落選した後、5回目の挑戦で保守党から初当選を果たす。30歳になったディズレーリはある晩さん会で自由党のウイリアム・グラッドストンに会った。25歳のグラッドストンは既に首相を補佐する下級大蔵卿の職位に就いていた。...(33)ユダヤ人首相・ディズレーリ

  • ロスチャイルド一族

    マイヤー・ロスチャイルド(1744~1812)ユダヤ人がゲットーに住むようになったことは以前に照会した。そのゲットーから偉大な一族が出現したというのが今回の話である。1744年、マイヤー・ロスチャイルドはフランクフルトのゲットーに生まれた。信仰心の厚いユダヤ教徒だった父はマイヤーにラビになることを期待していた。しかし、11歳で父、12歳で母を失くしたマイヤーはユダヤ人銀行家オッペンハイム家に丁稚奉公した。マイヤーは各国の古銭研究に精を出し、古銭商を始め、ある将軍を顧客にする。その将軍の紹介で高官たちを顧客に獲得、やがて選帝侯となるヘッセンのヴィルヘルム一世からも注文を受ける。ヴィルヘルム一世は若い男子を徴兵して鍛え上げ、イギリスに傭兵として貸し出し莫大な利益を得ていた。マイヤーは銀行家として成功し、26歳で同じ...ロスチャイルド一族

  • ユダヤ人とイギリス

    オリバー・クロムウェル(1599~1658)17世紀のヨーロッパは宗教改革の世紀であった。各地でカトリックとプロテスタントとの激しい争いが繰り広げられたが、イギリスに於いての改革は王制を揺るがす大騒動だった。1588年、アルマダの海戦により世界に君臨していたスペインを倒し、世界の表舞台に登場したイングランドだったが、その後は混乱を極めていた。「王権神授説」を信じる王ジェームス1世とその子チャールズ1世は軍隊を動員して新興のピューリタン(清教徒)を激しく弾圧した。議会派の中心はピューリタンであり、王党派の軍隊に宗教的団結力で対抗する。そのピューリタン軍の「鉄騎隊」を率いたのがオリバー・クロムウェルだった。そしてついに王党派を壊滅させる。捕らえられたチャールズ1世は罪状「暴君、反逆者、殺戮者」として裁判にかけられ、...ユダヤ人とイギリス

  • 17世紀の経済大国、オランダ

    日本人はオランダという国名を使っているが、この呼び方をするのは日本だけであり、世界中ではネーデルランドと呼んでいる。何故、日本だけがオランダと呼ぶかというと、1600年頃日本に漂着したネーデルランド人の船乗りに日本の役人が、「お前の国は何処だ?」と聞いたところ、その船乗りが、「オラント」と答えた。オラントとはネーデルランドの主要な州であって、国の名ではなかった。しかし、それ以後、日本ではオランダというのが国名になってしまったという話だ。ところで、ネーデルランドという国名はネーデル(低い)ランド(土地)という名の通り、国土の半分が海抜0メートルにあるという。そこであの有名な風車は海水を汲み出すためにあるという。現在でも有数な国際都市ではあるが、17世紀頃には世界一の経済大国だったことがある。さて、では何故この小国...17世紀の経済大国、オランダ

  • 第二のエルサレム、アムステルダム

    日本人はオランダという国名を使っているが、この呼び方をするのは日本だけであり、世界中ではネーデルランドと呼んでいる。何故、日本だけがオランダと呼ぶかというと、1600年頃日本に漂着したネーデルランド人の船乗りに日本の役人が、「お前の国は何処だ?」と聞いたところ、その船乗りが、「オラント」と答えた。オラントとはネーデルランドの主要な州であって、国の名ではなかった。しかし、それ以後、日本ではオランダというのが国名になってしまったという話だ。ところで、ネーデルランドという国名はネーデル(低い)ランド(土地)という名の通り、国土の半分が海抜0メートルにあるという。そこであの有名な風車は海水を汲み出すためにあるという。現在でも有数な国際都市ではあるが、17世紀頃には世界一の経済大国だったことがある。さて、では何故この小国...第二のエルサレム、アムステルダム

  • (29)ヨーロッパの恥、ゲットー

    十字軍、そしてスペインの異端審問所の話を照会したが、もう一つカトリック教会が行った恥ずべき行為を照会しなければならない。それが中世ヨーロッパの都市に儲けられたユダヤ人に対する強制隔離「ゲットー」である。ローマ教皇のクレメンス8世による一連の法令によって1592年以降暗黒の時代が始まり、19世紀までヨーロッパの各地に当たり前のように行われていた。ユダヤ人は高い塀で囲んだ狭い場所にユダヤ人というだけで、まるで囚人のように閉じ込められたのである。それまで、ユダヤ人たちは各地に小居住地に集団で住んでいたのだが、十字軍が始まるとキリスト教徒にとっては遠くのイスラム教徒よりも、身近なところにいるユダヤ人を敵とみなす空気が生まれた。ローマ教皇が作りだした宗教差別であり、最大の罪である。ゲットーの起源はヴェネツィア共和国にあっ...(29)ヨーロッパの恥、ゲットー

  • ブログ開設15周年を迎えて

    毎日猛暑が続いています。お見舞い申し上げます。つい先日まで、一年遅れの東京オリンピックが開催されていました。日本人選手の活躍に感動し、そのがんばりには称賛を送ります。とくに日本人の良さが出たのは団体競技の団結力、チームワークの素晴らしさだったと思います。野球、ソフトボール、卓球には応援の力が入りました。しかし、一方で困った問題はコロナです。まるでオリンピックに的を合わせるように第5派が爆発的に蔓延しました。医療崩壊も目前までになりました。未だパラリンピックもあり、夏休み期間にも入ります。コロナとの戦いも正念場を迎えることになりました。医療機関は大変です。何とかこのピンチを乗り切ってくださることを祈念しています。私の「さわやか易」は15周年を迎えました。この1年は「姐さんの憲法論」そして春からは一時休止していた「...ブログ開設15周年を迎えて

  • ユダヤ人とオスマン帝国

    ムハンマドの出現以来、アラビア半島から中東一帯、地中海周辺までイスラム勢力の支配下になった。始めはアラビア人主導だったが、やがて武力に強いトルコ周辺の騎馬民族が王朝を作った。十字軍の遠征もあり、王朝は次々と変わったが決着をつけた王朝がオスマン帝国である。1299年に建国され、1453年にはコンスタンティノープルを陥落させ、約1500年続いたローマ時代を終焉させた。最盛期の16世紀にはヨーロッパの名門ハプスブルク家の都市ウィーンをあと少しで陥落させるほど、ヨーロッパ人を震撼とさせた。国家が富国強兵となるには、単に戦争が強いばかりではない。経済力は勿論、科学技術、社会体制、国民の文化レベルが他国より一歩進んでいたことを物語る。トルコの騎馬民族は過酷な環境を生き抜く生命力と闘争力はどこにも負けない国民性はあっただろう...ユダヤ人とオスマン帝国

  • カノッサの屈辱

    カノッサの屈辱十字軍がヨーロッパ人を熱狂させた背景には、その頃のローマ教皇に対する絶対的な畏れ敬いの念があったことが想像される。一般の民衆にはキリスト教を教え導く立場のものは司祭であり、司教であったが、その司祭たちの総元締めがローマ教皇であった。そのローマ教皇がどれほど権威のある存在であったかを示すある事件が起きている。十字軍が始まる少し前の1077年1月に起きた「カノッサの屈辱」と言われる事件である。事件の発端は司祭、司教の「叙任権」問題にあった。司祭、司教は教会の聖職であるから、その職を叙任するのは本来教会の本部であるローマ教皇である。しかし、司祭、司教は信者たちによって成り立っている。その信者たちはその土地の君主が支配している。君主たちは自分の国を治めるため、自分に忠誠を尽くしてくれる人を司祭、司教に着け...カノッサの屈辱

  • (26)スペインの異端審問所

    スペインのあるイベリア半島は紀元前には北アフリカのカルタゴが植民都市を建設していた。その後ギリシャ人も進出し、以後ローマ対カルタゴの両雄はポエニ戦争として何度も争いローマ軍が勝利した。約600年間ローマ時代が続いたが、ゲルマン民族の大移動により、西ゴート王国が出来る。7世紀、ムハンマドの出現により、北アフリカを制圧したイスラム教徒のウマイヤ朝が進出してきた。750年、シリアで政変が起こり、ウマイヤ朝はアッパース朝に滅ぼされた。ただ一人生き残った王族のアブド・アッラフマーン1世はモロッコ経由でイベリア半島に逃れる。ウマイヤ朝を再興し、後ウマイヤ朝としてイベリア半島を支配する。東方から文化人たちが移住し、首都コルドバはバクダット、カイロと並びイスラム文化の栄華を極めた。約300年間続いた後ウマイヤ朝だが、11世紀に...(26)スペインの異端審問所

  • ユダヤ人迫害の始まり

    十字軍がヨーロッパのキリスト教徒にもたらした影響はイスラム教徒とユダヤ教徒に対する敵愾心であった。それまでは一般の民衆はイスラム教徒とは全く接する機会もなかったし、ユダヤ人はよそ者という扱いはしていたが、敵愾心を抱くことはなかった。ローマ教皇がエルサレム奪還の旗印を掲げて戦争を奨励し始めた時から民衆の間に異教徒を敵とする思想が根付いたものと思われる。十字軍時代のイギリスではこんなことが起こっている。ユダヤ人たちがイギリスに渡ったのは丁度第一回の十字軍が派遣された頃である。その頃フランスのノルマンディー公・ウィリアムがイギリスに侵攻し、ウィリアム1世としてイングランド王となり、ノルマン王朝(1066~1154)が始まった。ウィリアム1世はユダヤマネーを取り入れるためにフランスの金を持つユダヤ人を招請した。イギリス...ユダヤ人迫害の始まり

  • (24)十字軍からの大混乱

    アイユーブ朝のイスラム帝国は発展を続いて行くが、元来アラブ民族は小さな部族の集団で成り立っており、周辺国もそれぞれ独自の文化がある。広大な地域を支配するには軍隊が必要である。その軍隊はアラブ人だけでは成り立たず、周辺支配国から傭兵を募っていた。トルコ周辺から中央アジアの民族は遊牧の騎馬民族であり、戦争にはめっぽう強く傭兵には最適だった。11世紀になると、傭兵だったトルコのセルジューク族がアイユーブ朝のカリフに任命される形でスルタン(君主)となり、事実上王朝を乗っ取ってしまう。領土拡張に野心を膨らましたセルジューク朝はアナトリア半島を占領し、ビザンツ帝国に迫る勢いだった。ビザンツ帝国の皇帝アレクシオス1世は危機を感じて、犬猿の仲ではあるがローマ教皇ウルバヌス2世に傭兵の提供を願い出た。ウルバヌス2世は「エルサレム...(24)十字軍からの大混乱

  • アッパース朝の繁栄とユダヤ人

    イスラムの帝国・ウマイヤ朝は一時はインドやイベリア半島にまで進出しイスラムの世界を拡大した。しかし、このウマイヤ朝はアラブ人による帝国であり、とくにササン朝ペルシャで栄えていたペルシャ人たちには反発されていた。750年、カリフの継承争いではムハンマドの出身ハーシム家の一族であるアッパース家は非アラブ諸国を味方につけウマイヤ朝を倒し、アッパース朝を起こした。アッパース朝ではイスラム教のムスリム(信者)は皆平等という理念を実現、イスラムの大帝国を築くことに成功した。交通の要所であるバクダードは東西貿易の拠点として「世界一」と言われる程発展し、人口は100万人にもなった。「千夜一夜物語」を代表とするイスラム文化が一気に花開く。各分野で働く学者たちは挙ってバクダードに集結した。バクダードには「知恵の館」が建てられ、ギリ...アッパース朝の繁栄とユダヤ人

  • (22)スンニ派とシーア派

    ムハンマドの死後、イスラムの国は急拡大していくが、カリフ(預言者の代理人)を巡っての対立が直ぐに始まり、その対立は今日に至るまで続いている。632年、ムハンマドが62歳で亡くなった時、後継者であるムハンマドの従弟であるアリーは32歳と若かった。そこで、イスラム共同体(ウンマ)は有力者でムハンマドの親友であるアブー・バクルを初代カリフに選出した。アブー・バクルはアラビア半島を統一し、発展の基礎を築いたが2年後に死んだ。(ムハンマドはアブー・バクルの娘を3番目の妻にしている。)2代目のカリフになったのが有力者ウマルだった。始めはイスラム教を迫害したが、改宗後はムハンマドの信頼を得て、イスラム発展に貢献した。政治力もあり、軍才にすぐれ、10年のカリフ期間内にビザンツ帝国からシリアとエジプトを奪い、ササン朝ペルシャを滅...(22)スンニ派とシーア派

  • (21)イスラム教の成立

    天使の啓示を受けるムハンマドビザンツ帝国とササン朝ペルシャが激しく争っている間に別の場所で、歴史を変える宗教が誕生しようとしていた。イエス・キリスト以来の預言者と言われるムハンマドの登場である。570年、ムハンマドはアラビア半島の商業都市メッカに生まれた。ムハンマドは幼くして両親が亡くなり、叔父の隊商交易の商人アブー・ターリブに育てられ、やがてシリアとの隊商交易に参加した。25歳の時、15歳年上の裕福な女商人ハデ-ジャと結婚する。2男4女をもうけるが、男子は二人とも夭折する。610年、40歳になったムハンマドは郊外のヒラー山の洞くつで瞑想にふけっていた。そこで、天使ガブリエルが現れ唯一神アラーの啓示を受ける。何度も啓示を受けたムハンマドは妻ハディージャに相談する。ハディージャはユダヤ教指導者に話をすると、天使ガ...(21)イスラム教の成立

  • (20)ササン朝ペルシャと東ローマ帝国

    祖国から離散したユダヤ人たちは何処に身を寄せたのだろうか。その頃の周辺国はどんな状況だったのだろうか。南側のエジプトはクレオパトラとアントニウスがローマ軍に敗れて以来、ローマ帝国の支配下にあった。しかし首都のアレクサンドリアはユダヤ教とユダヤ文化の中心地であり、その後のキリスト教文化もどこより発達していた。東のシリアやメソポタミア方面はセレウコス朝を倒したパルティア王国が支配していた。遊牧民のパルティアはユーフラテス川を境として、度々攻めてくるローマ軍を退けていた。そのパルティアを224年、アケメネス朝ペルシャの故地イラン高原から起こったササン朝ペルシャが滅ぼし、隆盛を取り戻していた。キリスト教を公認したコンスタンティヌス大帝は帝国を拡大し、黒海に面するビザンティウムに都を移し、自らの名に因んで、コンスタンティ...(20)ササン朝ペルシャと東ローマ帝国

  • ユダヤ教とキリスト教

    タルムード132年からの第2次ユダヤ戦争と呼ばれるバル・コクバの反乱は、ローマ皇帝・ハドリアヌスによる徹底的な弾圧で幕を閉じた。関係者は全て処刑、ユダヤ人のエルサレムへの立ち入りを一切禁じた。エルサレムの名もパレスチナと変更し、2度とユダヤ人社会が復活することのないように取り締まる。しかし、どんなに迫害されても挫けないのがユダヤ人である。周辺国に離散し、新天地を求めたユダヤ人もあるが、エルサレム周辺で隙あれば戻ろうとするユダヤ人もいた。AC70年に起こった第1次ユダヤ戦争でユダヤ教のよりどころである神殿を失った。神殿が無ければ、司祭は成り立たない。そこで、ユダヤ教存続のためにユダヤ人たちは宗教指導者ラビを中心にシナゴーグと呼ばれる集会所で情報を伝えあった。ユダヤ教の聖典は聖書とは別にモーセが伝えた口伝律法として...ユダヤ教とキリスト教

  • 姐さんの憲法論(40)~大和民族の心~

    姐さん、ありがとうございました。お陰で憲法について何も知らなかった僕ですが、いろいろ勉強になりました。私こそあんたのお陰で勉強したよ。どうもありがとう。始めはとんでもない憲法だと思っていたけど、憲法が出来る成り立ちとか、民主化の歴史とかを知ることが出来たよ。私は憲法に関しては「日本人に謝りたい」のモーゼさんが残してくれた本しか知識がなかったからね。モーゼさんの書いてくれた見方も真理だと思っているけど、別の見方もあるし、色んな視点から物事は考えなきゃいけないということが解ったわ。そうですね。僕にも意外な話やら感動的なドラマがあったことが解りました。世間では憲法問題というと、平和憲法だから絶対に変えてはいけないんだという意見と、GHQが押し付けた憲法だから無効なんだという意見に分かれています。9条以外の内容について...姐さんの憲法論(40)~大和民族の心~

  • (31)憲法公布に向けて

    姐さん、新憲法の大枠は決まりました。その後は表現の修正や付け足し作業ですね。そうね、天皇制を放棄したくない日本側としては、GHQ草案を受け入れざるを得ないよね。それにしても、GHQのやり方は強引だと思うね。民主主義憲法にするならば、もっと日本側の話を丁寧に聞くやり方はなかったのかしらね。それが、民主主義のやり方じゃないの。これじゃあ、GHQの押し付け憲法と言われても仕方ないじゃない。確かにそうですけど、GHQにしてみれば、極東委員会との交渉が控えていましたから、短期間に決着をつけたかったのでしょうね。それに、天皇制の問題は長時間話し合えば、折り合いがつくということでもないですからね。押しつけと言われても、これしかないのなら、大鉈を振るうしかなかったでしょう。確かにそうかも知れないけど、ちょっと悔しいよね。それで...(31)憲法公布に向けて

  • 姐さんの憲法論(39)~和を以て尊し~

    姐さん、日本国憲法はこれからどうすればいいでしょうね。そうだよね。もっと広く日本人に親しまれなきゃいけないと思うのよ。憲法9条だけで、護憲と改憲で争っていたってしょうがないじゃないのよ。私もそうだったから偉そうなことは言えないけど、もう少し中身を知った上で語らなくては話にならないよね。そうですね。僕も何も知らないで、改憲して自衛隊を明記すればいいと思っていましたが、少し勉強して解った今では恥ずかしいですよ。それに、今の憲法は日本の敗戦後にマッカーサーの3原則に沿って作られましたが、それから75年も経っているんです。戦後から今までは超大国アメリカについてきた日本ですから、良かったんですが、これからは違いますよね。そうよ。憲法は時代と共にあるものだと思うのよ。明治憲法は帝国主義時代という時代の中にあったでしょう。そ...姐さんの憲法論(39)~和を以て尊し~

  • 姐さんの憲法論(38)~前文を国民投票で~

    姐さん、いかがでしたか。今の憲法も捨てたものでもないでしょう。そうね、GHQが一方的に押し付けた憲法ではないことは認めるわ。それに、憲法研究会を始めとして、多くの日本人も関わってきたことも良かったと思うわ。敗戦という日本にとっては屈辱的な状態の中で誕生したというのが、なんとも悔しい出来事ではあったけど、逆に言えばこんな時しかこんな憲法は生まれはしないということも解ったわ。内容も全体的には日本人にとって良かったと言えるんでしょうね。でもね、最初の時にあんたと二人で読んだ前書きだけは、絶対良くないよね。前書きですか。あれは、賛否両論なんですよ。日本ペンクラブの投稿者で、前書きが素晴らしいという人もいるんですよ。でも、翻訳調で解りにくいという人もいました。僕は解りにくいし、内容も好きじゃありません。そうだよね。私はあ...姐さんの憲法論(38)~前文を国民投票で~

  • 姐さんの憲法論(37)~「憲法について、いま私が考えること」から(3)~

    姐さん、続いて僕が一番納得した、玄侑宗久さんの文を照会します。玄侑さんって、お坊さんだったよね。興味あるわ。玄侑さんは今の憲法には肯定的な立場だけど、このまま安住することには危惧を感じているようですね。こんなことを書いていました。「確かにGHQやマッカーサーのプレッシャーは大きかったとしても、彼らの素案はすでに鈴木安蔵らの憲法研究会案を下敷きにしている。GHQ案は閣議決定で承認され、その後に日本案をまとめた。内閣法制局の佐藤達夫第1部長は30時間に及ぶ徹夜作業で仕上げた。」と、GHQの前に日本人の憲法案が先に出されたことに注目しています。あんたに聞いたことだけど、「憲法研究会」というのは画期的な仕事をしたよね。それまで日本でも民主化の動きは忍耐強く進んでいたってことだよね。だから一方的にGHQから押し付けられた...姐さんの憲法論(37)~「憲法について、いま私が考えること」から(3)~

  • 姐さんの憲法論(36)~「憲法について、いま私が考えること」から(2)~

    姐さん、では今回は女性作家の松本侑子さん(1963年生まれ)の、「日本憲法がなかった時代の人々を小説に書いて感じたこと」を照会します。お願いします。明治天皇の侍講だった中沼了三の話なんですが、この人は西郷従道、中岡慎太郎らから教えを受けた儒学者だったそうです。この中沼は、「みかどは人徳で民をおさめる聖帝であるべし」という考えから天皇を軍隊と武器に近づけてはならないと政府に主張していました。ところが、岩倉具視、大久保利通らと対立し下野することになりました。その後、明治22年に制定された「大日本帝国憲法」の第11条に「天皇は陸海軍を統帥す」とあり、明治天皇は全軍の最高指揮官になりました。明治27年、日清戦争が始まります。中沼は幼少期から指導した天皇を案じて、広島におかれた大本営に馳せ参じました。天皇は軍服に身を包み...姐さんの憲法論(36)~「憲法について、いま私が考えること」から(2)~

  • 姐さんの憲法論(35)~「憲法について、いま私が考えること」から~

    姐さん、僕が憲法に関する本をいくつか読んだ中で、日本ペンクラブがまとめた「憲法について、いま私が考えること」というのがあるんですよ。日本ペンクラブに所属する作家たちがそれぞれ自分の思いを文にしたものなんですけど、これが結構面白かったんです。あら、どんな人たちが書いているの?全部で30人位いるんですが、殆どの人は第二次世界大戦の惨状を訴えて、戦争を放棄した現憲法を礼賛していました。その中で面白いのを照会します。田原総一朗(1934年生まれ)が「戦争を知る世代として」というタイトルで、何人かの元首相の話を載せていました。宮澤喜一さんが憲法について語った言葉として、「日本人は自分の身体にあわせた服をつくるのは下手だが、押し付けられた服に身体をあわせるのはうまい。」というのです。ハハハハハ。うまいこと言うのね。その通り...姐さんの憲法論(35)~「憲法について、いま私が考えること」から~

  • 姐さんの憲法論(34)~ベテア草案~

    姐さん、GHQが一週間で作り上げた憲法草案ですけど、この一週間にも凄いドラマがあったんですよ。今回はその一つとして、ベテア草案についてお話します。GHQの中に22歳の女性がいたと言っていたよね。そのベテアさんのことかしら。そうです。ベテア・シロタ・ゴードンといいます。彼女の父は優れたピアニストでウィーンで活躍していました。作曲家の山田耕筰の招きで東京音楽学校(現東京芸術大学)の教授になった人なんです。ベテアさんはウィーンで生まれ、5歳から15歳まで東京で生活したんです。子供時代の体験で、日本の女性たちがいつも男性の陰に隠れて、男性の言いなりになっている姿を見ていたんです。好きな人と自由に結婚も出来ない、離婚も出来ない、財産権も相続権も選挙権もなく、社会的な役割を与えられていないことが、悲しい思い出として心に深く...姐さんの憲法論(34)~ベテア草案~

  • 姐さんの憲法論(33)~軍部大臣現役武官制~

    姐さん、今回の対談は元GHQの一員だったユダヤ人のモーゼさんが著した「日本人に謝りたい」を読んで、姐さんの目から鱗が落ちたという話から始まりましたよね。そうだったわね。この憲法は地球を一つにしようとするユダヤ思想が大本にあって、君主制を倒して民主制に変えていくという道の一環だということよ。簡単に言えば、日本の天皇制も君主制とみなして、どうしても排除しなければいけない標的だから、戦争に巻き込み、潰したところで民主憲法を押し付けたという話よ。ところが、モーゼさんによれば、日本の天皇制は君主制とは違って、君民共治の理想的体制だったことに気が付いて、戦後精神的に荒廃していく日本を見て、「申し訳ないことをした」と謝る話ですよね。確かにマッカーサーの前に進み出て、「全責任は私にある。」と言った昭和天皇を思うと、ヨーロッパの...姐さんの憲法論(33)~軍部大臣現役武官制~

  • 姐さんの憲法論(32)~日本国憲法公布~

    姐さん、今回は新憲法公布と天皇の詔勅についてお話します。お願いします。そもそも昭和天皇は新憲法にかかわっていたのかしら。昭和天皇は戦前から戦争には反対でした。最後の最後まで外交による解決を望んでいたんですからね。しかし、最高責任者として、言い訳はせずに全責任は自分にあると、マッカーサーの前に立ったんですよ。終戦の詔勅は有名な「耐えがたきを耐え、忍び難きをしのび」ですよね。その後、9月4日には国民に向けて平和国家を目指そうという詔勅を出しているんですよ。知らなかったわ。どういう詔勅なの?今ではあまり知られていませんが、「朕は終戦に伴ふ幾多の艱苦を克服し、国体の精華を発揮して、信義を世界に布き平和国家を確立して、人類の文化に寄与せしむることを冀(こいねが)ひ、日夜しん念おかず、此の大業を成就せむと欲せば冷静沈着隠忍...姐さんの憲法論(32)~日本国憲法公布~

  • 姐さんの憲法論(31)~憲法公布に向けて~

    姐さん、新憲法の大枠は決まりました。その後は表現の修正や付け足し作業ですね。そうね、天皇制を放棄したくない日本側としては、GHQ草案を受け入れざるを得ないよね。それにしても、GHQのやり方は強引だと思うね。民主主義憲法にするならば、もっと日本側の話を丁寧に聞くやり方はなかったのかしらね。それが、民主主義のやり方じゃないの。これじゃあ、GHQの押し付け憲法と言われても仕方ないじゃない。確かにそうですけど、GHQにしてみれば、極東委員会との交渉が控えていましたから、短時間に決着をつけたかったのでしょうね。それに、天皇制の問題は長時間話し合えば、納得するということでもないですからね。押しつけと言われても、これしかないのなら、大鉈を振るうしかなかったでしょう。確かにそうかも知れないけど、ちょっと悔しいよね。それで、その...姐さんの憲法論(31)~憲法公布に向けて~

  • 姐さんの憲法論(30)~GHQの憲法草案~

    姐さん、今回はGHQが作成した憲法草案について、お話します。いよいよ、核心に迫ってくるんだね。早速お願いします。GHQの中でも、憲法にかかわったのは、民主化政策を進めるために設置した民政局というところなんです。局長はマッカーサーの懐刀であるホイットニーで、その下にケーディス大佐以下21人の体制です。おそらく「日本人に謝りたい」を書いたモーゼさんもその中にいたんでしょうね。マッカーサーはホイットニーに民政局を挙げて、新憲法の草案作りを命じた。ホイットニーは2月4日、民生局員全員を集めて厳命した。「これから1週間、民政局は憲法制定会議と化することになる。マッカーサー元帥は日本国民のために新しい憲法を起草するという歴史的意義のある任務を民政局に委ねられた。この憲法を日本人の作ったものとして認め、全世界に公表するであろ...姐さんの憲法論(30)~GHQの憲法草案~

  • 姐さんの憲法論(29)~政府の憲法草案~

    姐さん、今回は日本政府の憲法草案について、お話します。お願いします。敗戦直後に成立したのは、東久邇宮内閣ですよね。東久邇宮稔彦首相なんですけど、皇族でもあり、天皇制の改革には反対していました。「国体護持というのは、理屈や感情を超越した堅い我々の信仰である。」とも言っているんです。例の天皇とマッカーサーとの会見がありましたよね。その時の写真をめぐって、「皇室の尊厳を傷つける。」と内相の山崎巌が新聞の発禁処分しようとしたんです。その時、GHQが激怒しているんです。結局、東久邇宮内閣は54日の最短記録で総辞職してしまいました。あら、そうなの。やはり皇族内閣じゃ何も変えられはしないよね。次に抜擢された総理が幣原喜重郎ですよ。1872年生まれですから、その時は73歳ですね。第一次世界大戦の後に、外務大臣として、軍縮政策を...姐さんの憲法論(29)~政府の憲法草案~

  • 姐さんの憲法論(28)~天皇制をどうするか~

    姐さん、今回は憲法研究会でどんなやりとりがあったかをお話します。面白そうね。お願いします。鈴木安蔵は岩淵辰雄の印象を、「熱心にやって来られて、あまり発言はなさらない方でありましたが、私なんかの知らない内閣、政党ということについて、大変適切なアドバイスをポツリポツリと言われたことは草案を起草するのに大変参考になった。」と言っています。この岩淵と室伏は政治記者として政治家を相手にしてきただけあって、時局を知っていて機を見るに敏なところはあったんでしょうね。学者だけの集まりじゃなかったことが良かったんじゃないの。そうですね。憲法研究会で最初の大問題は天皇制をどうするかということでした。岩淵が、「天皇から一切の権力を取ってしまおう。明治憲法で規定された天皇制から、それに付随した制度を全部取ってしまおう。」と発言すると、...姐さんの憲法論(28)~天皇制をどうするか~

  • 姐さんの憲法論(27)~憲法研究会~

    姐さん、今回は日本人による新憲法作りへの動きをお話いたします。お願いします。何だか、あんたが先生で私が生徒になったみたいね。でも、あんたの勉強ぶりが聞けるのは嬉しいわ。先ずは失敗に終わった話なんですけど、戦争の直前まで総理大臣だった近衛文麿が新憲法を作ろうとしたんですよ。マッカーサーとも会見して、新憲法作成の要請を受けているんです。近衛は新生日本のリーダーたらんとしたんでしょうが、その後アメリカ本国からの指令があり、戦犯容疑で逮捕されてしまうんです。あまりの急転直下にショックを受けた近衛文麿は服毒自殺してしまうんです。出来上がっていた近衛の新憲法草案はそのままお蔵入りです。いかにも戦争に負けた日本の現実だよね。戦後、主に東京大学出身の学者や元新聞記者たちの間で、新憲法を作ろうという動きが出てくるんですよ。これが...姐さんの憲法論(27)~憲法研究会~

  • 姐さんの憲法論(27)~憲法研究会~

    姐さん、今回は日本人による新憲法作りへの動きをお話いたします。お願いします。何だか、あんたが先生で私が生徒になったみたいね。でも、あんたの勉強ぶりが聞けるのは嬉しいわ。先ずは失敗に終わった話なんですけど、戦争の直前まで総理大臣だった近衛文麿が新憲法を作ろうとしたんですよ。マッカーサーとも会見して、新憲法作成の要請を受けているんです。近衛は新生日本のリーダーたらんとしたんでしょうが、その後アメリカ本国から戦犯容疑で逮捕されてしまうんです。あまりの急転直下にショックを受けた近衛文麿は服毒自殺してしまうんです。いかにも戦争に負けた日本の現実だよね。戦後、主に東京大学出身の学者や元新聞記者たちの間で、新憲法を作ろうという動きが出てくるんですよ。これが、「憲法研究会」という集まりになるんです。きっかけは終戦の年1945年...姐さんの憲法論(27)~憲法研究会~

  • 姐さんの憲法論(26)~吉野作造~

    姐さん、今日は僕が勉強した中から、意外に思った話をさせて頂きます。待ってました。興味あるわよ。是非、聞かせて。確かにこの憲法はGHQの主導で出来たことは間違いないんですが、日本人の中からも新憲法を作ろうという動きはその前からあったんですよね。その辺から話をしてみたいんです。成程、おもしろそうね。明治時代に、西郷さんが征韓論に敗れて、薩摩に帰りますよね。その時西郷側に板垣退助がいましたよね。知ってるよ。土佐出身で自由民権運動を起こした板垣退助だよね。そうなんです。その板垣退助は西郷さんとは別の道を開いたんですよ。それが自由民権運動で、日本に国会を創って議会制民主主義を実現させるんです。フランスに行った時に、フランスの人種差別を見て、「これは本当の民主主義ではない。」と感じて、日本に本当の民主主義の実現を目指した人...姐さんの憲法論(26)~吉野作造~

  • 姐さんの憲法論(25)~画期的な憲法~

    姐さん姐さんの憲法論(25)~画期的な憲法~

  • 姐さんの憲法論(24)~児童虐待問題~

    姐さん、この頃子供への親の虐待というニュースが多くなりましたね。困った問題ですよね。そうなのよ。私も胸を痛めている問題よ。20年くらい前から問題になっていたけど、最近特に多くなってきたわね。日本も1980年代には、「ジャパン・アズ・ナンバー1」と言われたものだけど、それから40年すっかり落ちぶれてしまったものね。でも、この問題は憲法には関係ないですよね。戦後、今の憲法のもとで経済大国になっていたんですからね。バブルが崩壊してからどんどん景気が悪くなり、少子化も進んで貧困化してきたせいですよね。経済問題もあるとは思うけど、そればかりじゃないよね。だって、私の子供の頃はもっと貧しかったけど、親が自分の子を虐待するなんて、そんなことはなかったよ。これも日本人の意識が変わってきたからだと思うよ。前にも言ったけど、アイン...姐さんの憲法論(24)~児童虐待問題~

  • 姐さんの憲法論(23)~拉致事件と憲法~

    姐さん、金丸訪朝団は大失敗でしたね。その後は訪朝団はなかったのですか?何人かの議員による訪朝はあったようだけど、拉致事件解決が進むような会談はなかったのよね。はっきり言えることは、金丸訪朝団の時は北朝鮮は大ピンチの状態だったから、日本が断固たる姿勢で臨めば、向こうはいくらでも折れるしかなかったと思うのよ。それが全くの北のペースで事が運んだものだから、それからは完全に北のペースになってしまったのよ。北は日本の外交力を見抜いたんだね。そして自信も持ったのよ。何でもそうだけど、チャンスというのは最初が肝心なの。そのチャンスを逃したら、もうダメなんだよね。それでも、2002年に小泉総理の時に、5人の被害者が帰国出来ましたよね。小泉さんは、大したものですね。そうね、金丸よりは何倍もマシだわね。でもね、小泉さんは政治家とし...姐さんの憲法論(23)~拉致事件と憲法~

  • 姐さんの憲法論(22)~日朝トップ会談~

    姐さん、日朝のトップ会談はどうだったんですか?それがね、日本側の完敗だったの。完全に翻弄されたまま終わったのよ。日本側は海部総理の代理で金丸信副総裁を団長として、野中広務、石井一、武村正義らの自民党議員と田辺誠を代表とする社会党議員10名の訪朝団で平壌に向かったの。一行は平壌に着くと、2万人の市民によるマスゲームの歓迎を受ける。感動した一行に、「明朝金主席との会談の用意が出来ました。これより妙高山へお連れします。」と言われ、3時間かけて真夜中の景勝地に到着、宮殿のような金日成の別荘に案内された。翌朝、金丸、田辺、金日成の三党トップ会談が開かれたのよ。どんな会談だったんですか?席上、金主席から「遠い所からようこそ、まるで旧い友達に合ったようです。」日本語の丁寧な挨拶を受ける。金丸、田辺は「金閣下とお会い出来て光栄...姐さんの憲法論(22)~日朝トップ会談~

  • 姐さんの憲法論(21)~拉致被害者は救えた~

    姐さん、憲法は国民の生命と財産を守るために有るんですよね。じゃあ、どうして拉致被害者は救出してもらえないんですか?憲法9条は戦争放棄を明記してますけど、国民の安全は保障していないんですか?そんなことないのよ。ちゃんと保障しているわよ。第13条にはこう書いてあるのよ。第13条(個人の尊重・生命・自由・幸福追求の権利の尊重)すべての国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で最大の尊重を必要とする。とあるのよ。だから、当然拉致被害に遭ったとしたら、国が責任をもって救出しなければいけないのよ。それなのに、どうして横田めぐみさんや有本恵子さんは救出してもらえないのですか?私が憲法に対しても、政府に対しても、国民に対しても、許せない程腹...姐さんの憲法論(21)~拉致被害者は救えた~

  • 姐さんの憲法論(20)~拉致問題~

    姐さん、いよいよ憲法9条について、姐さんのご意見をお聞きしたいですね。前に拉致問題に触れた時、これは憲法問題だとおっしゃいましたよね。そうお考えなんですか?そうね、日本の憲法がちゃんとしていれば、始めから拉致問題なんて起きてはいなかったというのが私の意見よ。拉致問題は大変だと誰もが言うけど、どうしてこんな問題が起こったのかを論じる人は滅多にいないよね。それが、一番問題なのよ。やはり憲法9条が問題なんですね。僕も9条が一番問題だとは思いますけど、姐さんはどうすれば良いと思いますか?先ず、9条の文書を確認してみようか。第9条(戦争の放棄、軍備及び交戦権の否認)日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放...姐さんの憲法論(20)~拉致問題~

  • 姐さんの憲法論(19)~憲法改正が出来ないのは何故~

    姐さん、日本で憲法が改正されないのは、ハードルが高すぎるからだと言われますよね。確か衆議院と参議院で3分の2以上の賛成が必要で、そこがネックになっているんだと言われていますよね。そう言われているよね。改正に賛成する議員が3分の2というのは憲法96条で決められていて、中々厳しいと言われるよね。でもね、私は3分の2というのは妥当な線だと思うよ。何故なら、憲法はそんなにしょっちゅう変えるものじゃないでしょう。政権が変わるたびに変わっていたんじゃ、憲法の重みがなくなってしまうじゃない。だから、どうしても変える必要がある時だけ変えられるようにしてあるのよ。そうですか。因みに他所の国ではどうなっているんでしょうか?アメリカではもっと厳しいハードルがあるのよ。アメリカでは上院と下院のそれぞれで3分の2というのは日本と同じなん...姐さんの憲法論(19)~憲法改正が出来ないのは何故~

  • 姐さんの憲法論(18)~マルクスの理論~

    姐さん、マルクスが作った共産主義の動機と目的は解ったんですが、その理論とはどんなものなんですか?僕にも解るように、ざっくりとお願いします。マルクスは「サルが労働によって人間に進化した。」というところから説くんだよね。二足歩行を始めたサルが自由になった手で道具を使うのよ。それが労働の始まりだというのよ。次にコミュニケーションを必要としたサルが言葉を覚えて、言葉を使うことで脳が発達するのよ。そして高い知性を持った人間になるのよ。だから、人間とサルの違いは知性にあり、その本質は労働するかどうかにあるというのよ。成程、そうかも知れませんね。それから人間たちは農業を覚えるのよ。そうすると、出来た作物を蓄えるようになる。それが財産、財産が生まれると貧富の差が生まれる。そこから力のある者が財産を支配するようになり、力のない者...姐さんの憲法論(18)~マルクスの理論~

  • 姐さんの憲法論(17)~マルクスとユダヤ教~

    姐さん、マルクスが国外に追放された時、ユダヤ人たちが支援したと言いましたよね。マルクスは無神論を唱えたのに、どうしてユダヤ教を固く守っているユダヤ人たちが支援したのでしょうか?成程、いい質問ね。マルクスが少年時代からいじめにあって、神を怨み誰も神を信じない社会を作ってやると決心したと言ったよね。でもね、ユダヤ人が神から離れることは絶対ないと思うのよ。神を信じない社会を作ったとしても、自分たちは神から使命を与えられた選民民族という誇りは捨てていないのよ。無神論は社会を変えるための理論なんだよね。だから社会を変えたいと思うユダヤ人たちが支援したという訳よ。そういうことか。じゃあ、共産主義を勉強して無神論を信じた人はマルクスによって騙されたようなものですね。自分は選民を信じているなんて、マルクスは偉大な詐欺師でもある...姐さんの憲法論(17)~マルクスとユダヤ教~

  • 姐さんの憲法論(15)~共産主義~

    姐さん、日本国憲法は共産主義者であるGHQのニューディーラーが作り、それを守り育てたのが日本共産党だとすれば、共産主義と深い関係があるということですね?その通りよ。殆どの日本人が問題にしないというか、気付かないことなんだけど、この憲法は共産主義の影響を受けている憲法なのよ。勿論、共産主義とかマルクス主義の理論がそのまま使われていることはないけど、根底にはその要素があるということは事実なんだよね。じゃあ、この憲法を知るには共産主義がどんなものかを知る必要がありますね。僕は天皇陛下万歳の日本人ですから、共産主義についてはさっぱり解らないんですけど、姐さんは解りますか?私もそれ程解る訳じゃないけど、あんたに説明する程度なら話してみようか。お願いします。そもそも共産主義というのはマルクスが考えたんですよね。マルクスとは...姐さんの憲法論(15)~共産主義~

  • 姐さんの憲法論(15)~育ての親~

    姐さん、日本国憲法を作成したのがGHQのニューディーラーと言われる人たちだったということは解ったんですが、彼らは駐留期間は限られていますよね。GHQが引き揚げてから今日まで誰かがこの憲法を守ったんですよね。一般の日本人がそんなに一生懸命に守ったなんてことはないと思うんですが、いったい誰が守ったんですか?それがね、ニューディーラーたちがいつまでもこの憲法が続くように、ある組織に託して行ったんだよ。それが日本共産党なのよ。憲法作りに携わったモーゼさんによるとね、「戦後日本共産党を育て、残置諜者(敵地で情報を収集する情報員)として残していった。」と言っているの。つまりね、ニューディーラーたちは共産主義者たちの集まりだったから、監視役として頼んでいったのよ。日本共産党というのははコミンテルンの日本出張所として誕生してい...姐さんの憲法論(15)~育ての親~

  • 姐さんの憲法論(14)~自由と平等~

    姐さん、ドイツ人はワイマール憲法に書かれてる自由と平等の中に矛盾を発見して、その虚妄を見抜いたとおっしゃいましたよね。自由と平等の中の矛盾とはどんなものなんですか?おお、中々鋭い質問をするね。そうね、自由と平等とは良く使う言葉だよね。民主主義は自由と平等が保障されなければいけないなんてね。でもね、考えてみると気が付くんだけど、自由と平等はそもそも両立しないんじゃないの。例えば、自由の中には差別する自由だってある訳でしょ。自由経済だって、進めれば貧富の格差は広がるし、大は大、小は小、とても平等なんてあり得ないでしょう。そう言えば、そうですよね。では、どうして憲法にはそう明記するんでしょうか?そこが、この憲法の落とし穴なんだよね。これを作った人たちは並外れた頭の良い人たちだから、ちょっと読んだだけだと素晴らしいと思...姐さんの憲法論(14)~自由と平等~

  • 姐さんの憲法論(13)~ワイマール憲法~

    姉さん、日本国憲法はGHQがわずか1週間か10日で原案をつくったと言いましたよね。いくらニューディーラーの人たちが優秀だとしても、憲法なんてそんなに簡単に出来るもんじゃないでしょう?その通りよ。いくらユダヤ人が筋金入りの民族でも、そこまでは出来ないでしょう。実はね、この憲法にはモデルがあったのよ。憲法作成に携わったモーゼさんが言うには、この憲法はワイマール憲法の丸写しだというのよ。じゃあ、ワイマール憲法ってどういう憲法なんですか?そもそもワイマールってドイツの都市ですよね。どうしてそこが憲法と関係あるんですか?あんたは何も知らないのね。第一次世界大戦でドイツは負けたでしょ。その時、連合軍はドイツを消滅させたのよ。そして、新たにワイマール共和国というのを作ったんだ。その国の憲法をワイマール憲法っていうのよ。ところ...姐さんの憲法論(13)~ワイマール憲法~

  • 姐さんの憲法論(12)~臥薪嘗胆の民族~

    姉さん、日本憲法を作ったのはGHQの中にいたルーズベルト大統領に忠実な「ニューディーラー」と呼ばれる人たちだったということでしたね。そして彼らがみんなユダヤ人だったということですよね。そうよ。そのルーズベルト大統領はユダヤ系金融機関を中心にするグループの配下だというのよ。だから、ルーズベルト大統領のしようとしたことは、その勢力が目指していることだってこと。日本を戦争に巻き込んで壊滅したことも、東京裁判も日本国憲法もみんなその連中の仕組んだことだというんですね。その勢力はドルの発券をするFRBを作ったり、法曹界やメディアも支配する強力な勢力だというんですね。そんな勢力がルーズベルトのバックにいたとすれば、軍隊も外交もルーズベルトの意のままということですね。それで、その勢力はみんなユダヤ人なんですね。その通りよ。モ...姐さんの憲法論(12)~臥薪嘗胆の民族~

  • 姐さんの憲法論(11)~F・ルーズベルト大統領~

    姉さん、日本国憲法というのは、GHQが作ったものだから仮の憲法だとか、平和憲法だから守らねばいけないとか、そんなに簡単に論じられるものではないですね。もっと、深いところに意味がありそうですね。そうなのよ。あんたも少しは憲法の重要さが解って来たみたいだね。じゃあ、ここらでこの憲法が出来た理由というか目的みたいなものを考えていこうじゃないのさ。あんたも知ってるように、この憲法はGHQが作って日本人に押し付けたんだよね。じゃあ、GHQはこの憲法にどんな目的を込めたのかということよ。それは、マッカーサー「三原則」に沿ったものでしょ。1、天皇の機能を憲法によること。2、戦争の放棄。3、封建制度の廃止。ですよね。そして日本が2度とアメリカを脅かすような軍事大国にならないようにすることじゃないんですか。確かにそうだけど、それ...姐さんの憲法論(11)~F・ルーズベルト大統領~

  • 姐さんの憲法論(10)~ポーランド孤児救出~

    姉さん、アインシュタインもチャップリンもすっかり日本が気に入ったみたいですね。戦前の日本は決して軍国主義なんかじゃなくて、民主的で庶民も人情にあふれていたみたいですね。外国人にかかわることで、他に何かエピソードのようなものはありませんか?戦前の日本は民主主義のリーダーだったという話をしたけど、こんな話があるんだよ。1920年のことだから、今からちょうど100年前にポーランドの孤児を救ったということがあったのよ。当時、第一次世界大戦が終わって間もない時期で、シベリアにソ連によって流刑させられたポーランド人たちが20万人位いたんだよ。寒さと飢餓に苦しんで半分以上は死んでいったんだ。そこに、大勢の子供たちもいたのさ。ロシア革命の後でしょうから、それは悲惨な目に遭わされていたんですね。ポーランドはロシアとドイツの間にあ...姐さんの憲法論(10)~ポーランド孤児救出~

  • 姐さんの憲法論(9)~戦前の日本~

    姉さん、戦前の日本はモーゼさんによると「君民共治」の理想的な国だと言ってるようですけど、マッカーサー・ノートの「三原則」3番目には「封建制度を廃止し、予算制度は英国型にすること。」とありますよ。本当のところはどうなんでしょうね?あのね、マッカーサーは軍人よ。占領軍の最高司令官ではあったけど、戦前の日本を知るはずはないでしょ。立場上、戦前の日本は軍国主義で民主主義なんか微塵もなかったように振舞うのは当然でしょ。戦前の日本がどんなに民主主義が行き渡っていたかは世界が認めているんだよ。戦前の日本は世界ランクでも、ベスト4に入るくらいの実力があったんだけど、知ってた?そんなに凄かったんですか。知りませんでした。例えば、第一次世界大戦の後で開かれた「パリ平和会議」で「国際連盟」が設立することになったのよ。その時日本からの...姐さんの憲法論(9)~戦前の日本~

  • 姐さんの憲法論(8)~君民共治~

    姉さん、日本国憲法がどんな時代に生まれたのかが解ってきました。日本が戦争に負けて、大混乱の最中にGHQによって作られたんですね。それで、戦前の日本は天皇を担ぐ軍国主義者が実権を握っていた。その軍国主義者たちが日本を戦争に走らせたということですよね。じゃあ、戦前の日本はそんなに酷い国だったんでしょうか?私がそんなことはないと言っても、見ていた訳じゃないので、始めに紹介した「あるユダヤ人の懺悔~日本人に謝りたい」の著者であるモルデカイ・モーゼさんの話を参考にしようじゃないの。ルソーの言葉を引用してこう言っているのよ。「社会契約論」を書いてフランス革命に影響を与えた啓蒙思想家のジャン・ジャック・ルソーは知ってるでしょ?ルソーなら知っていますよ。「自然に帰れ」と唱えた人ですよね。「エミール」という教育論も有名ですよね。...姐さんの憲法論(8)~君民共治~

  • 姐さんの憲法論(7)~東京裁判~

    姉さん、憲法と東京裁判は関係があるんですか?日本国憲法は公布されたのが1946年11月、東京裁判はその年の5月から始まって、2年半くらいかかっているの。前回も言ったように、新憲法が殆どの日本人が受け入れた訳でしょ。むしろ評判が良くて、占領軍も温情があるんじゃないかという印象だったのよ。だから、この裁判も大抵の人が「仕方ないね。」とか「誰かが罪を負わなきゃね。」と言ってマッカーサーたちのやったことをそんなに酷いことだとはとらなかったみたいだね。でも、国際法にもない勝者の一方的な裁判だという批判もありますよね。確かにね。それはみんな後から批判した意見なんだよ。考えて見れば、軍人の裁判は軍法裁判で裁くべきことであって、戦争の勝者が敗者を裁くなんて国際法にもありはしないし、こんな不公平な裁判はないのよ。マッカーサーは日...姐さんの憲法論(7)~東京裁判~

  • 姐さんの憲法論(6)~マッカーサー・ノート~

    姉さん、マッカーサーと言えば連合国軍総司令部の司令官として敗戦後の日本では最高の権力者だったんですよね。そうよ、時のアメリカ大統領だったトルーマンが全権をマッカーサーに与えたのよ。全権を渡すなんて異例中の異例だったそうよ。だから、占領中の日本では絶対的な権力で君臨したんだね。何しろ日本は無条件降伏をした訳だから、何を言われても文句は言えないのね。日本政府も戦々恐々としていたんだろうね。マッカーサーが戦後日本の改革をやったんですね。様々なことをやったんでしょうが、姐さんは何が最も重要な改革だったと思いますか?マッカーサーが中心になってやったことの重大なこと?そうね、二つに絞ろうか。一つは東京裁判。一つは日本国憲法じゃないかな。東京裁判については後で話すとして、憲法の作成に関してはマッカーサーの方針が大きいと思う。...姐さんの憲法論(6)~マッカーサー・ノート~

  • 姐さんの憲法論(5)

    姉さん、よろしくお願いします。今日からはもっと、本格的に語ってくれるんですよね。そう、だけどね。私が一方的に話すより、あんたの疑問に答える形でやっていきたいのよ。今まで聞いた範囲で、あんたは日本国憲法について、どう思った?そして、ここが変だと感じるところはないの?僕はなにしろノー天気でしたから、姉さんの話を聞くまでは憲法と言えば、自衛隊問題くらいしか頭にありませんでした。でも、姉さんの話を聞いて、やっぱり日本国憲法は前文からして完全におかしいと解りましたよ。そのおかしいと思うところを一つ一つ質問するということでいいですか。内容については、後から聞くとして、先ずどうしてこんなに読みづらくて日本語として体をなしていないまま発行されてしまったのでしょうか?いい質問ね。誰だって、前文を読んで見たら、そう感じるよね。それ...姐さんの憲法論(5)

  • 姐さんの憲法論・目次

    1、目から鱗が落ちる2、前文はおかしい3、諸国民の公正と信義4、政治道徳の法則姐さんの憲法論・目次

  • 姐さんの憲法論(4)~政治道徳の法則~

    姐さん、今日は前文の最後の部分ですね。よろしくお願いします。そうね、じゃあ、読んでみようか。「われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。日本国家は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。」というんだけど、何が問題だか解る?そうだなあ、先ずここも文章が長すぎますよね。尤もらしいこと言っているようだけど、何が言いたいのか良く解りません。確かにここも文章が長すぎるよね。独点が七つもあるからね。だらだらして解りにくいよね。でも、ここでの要点は「政治道徳は、普遍的なもの」であって、それを全力をあげて達成しろと言っ...姐さんの憲法論(4)~政治道徳の法則~

  • 姐さんの憲法論(3)~諸国民の公正と信義~

    姐さん、今日もよろしくお願いします。前回の続きを読んでみましょうか?そうね、読んでみようか。「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」ここがこの前文の最大の問題だよね。「平和を愛する諸国民」ってどこの国を指すのよ。近隣の諸国民なの?それともアメリカのこと?イギリス?そして、「諸国民の公正と信義に信頼して」だよ。どこの国だか解らない国の公正と信義を信頼しろっておかしいでしょう。その上その諸国民に「われらの安全と生存を保持しようと決意した」だよ。日本の国の安全と生存をその諸国民にお任せしましょう。ということを決意しただよ。こんなことが憲法に書いてあるのよ。驚きでしょう。本当ですね...姐さんの憲法論(3)~諸国民の公正と信義~

  • 姐さんの憲法論(2)~前文はおかしい~

    姐さん、よろしくお願いします。約束通り、早速日本国憲法の前文を読んで来ました。そう、どうだった?どんな感じだった?そうですね。姐さんが言ったように、読みにくいというか、良く解らない文章でしたね。何か違和感みたいなものを感じました。それに、文章が長すぎて、美辞麗句の羅列のようで、何だか何を言っているのか解らないですね。それに、憲法にはふさわしくない専制とか隷従とか圧迫とか偏狭なんて言葉も使ってあったし、何だかしっくりしない感じでしたね。そうでしょ。それが問題なのよ。日本人が誰でも読んで、覚えて、常に身につけるのが憲法でしょ。それが、何だか読みづらくて、覚え難くて、身近に感じない憲法じゃ駄目だよね。そもそも、この憲法って何なのかというと、会社で言えば社則だし、学校で言えば校則みたいなもんでしょ。だったらもっと読みや...姐さんの憲法論(2)~前文はおかしい~

  • 姐さんの憲法論(1)~目から鱗が落ちる~

    姐さん、お久しぶりです。お元気でしたか。あらまあ、久しぶり。私は相変わらず元気だったけど、あんたも元気そうね。ところで、遂に安倍政権が終わってしまいましたね。姐さんは安倍さんに憲法改正をやってもらいたいと言ってましたね。そこは残念だったんじゃないですか。そうね、残念だったよ。だけど、任期はあと一年しかなかったし、そこへコロナでしょ。時間的に無理だとは思っていたけどね。憲法改正は安倍さんが出来なかったんだから、もう当分は誰も出来ないでしょうね。自衛隊の憲法への明記くらいやってもらいたかったなあ。いつまでこのまま放置しておくつもりなんでしょうかね。日本人って、憲法とか、法律とかそういうのに無関心なんですよね。実は僕もそんなに関心はないんですけどね。そもそも憲法なんて読んだこともないですよ。姐さんはずっと前から憲法改...姐さんの憲法論(1)~目から鱗が落ちる~

  • ブログ開設14周年に寄せて

    今年も暑い夏がやって来ました。残暑お見舞い申し上げます。本来ですと今頃は東京オリンピックの真っ最中で、世界中が興奮の渦中にあったはずですが、何と世界中を巻き込むコロナウィルスによるパンデミックの渦中にあります。まったく、何が起こるか解らないということが実感されます。これも地球温暖化を始め、人類が地球環境を顧みず自分勝手なことしか考えてこなかったツケが回って来た証拠でしょう。偉そうなことを言う資格もありませんが、私もこのブログを始めた14年前に比べれば、少しは世界の歴史が解ってきました。そして愛する日本が気が付かないうちに、有害な勢力の魔の手がすぐ近くまで迫って来ていることに気付かされました。それはグローバリズムという名の共産主義と根っこを共にする新自由主義という思想です。グローバリズムとか新自由主義とか耳ざわり...ブログ開設14周年に寄せて

  • 「アメリカを支配する者たち」目次

    「アメリカを支配する者たち」(アメリカの正体をリメイクしました。)1、陰の支配者2、キッシンジャー3、ユダヤ民族とは4、イギリスとユダヤ人5、ロスチャイルド一族6、帝国主義時代7、アメリカ建国と金融支配8、小島での秘密会議9、ウィルソン大統領10、クリスマス休暇中の出来事11、12、13、14、15、16、17、18、19、20、21、22、23、24、25、26、27、28、29、30、31、「アメリカを支配する者たち」目次

  • (30)~反グローバリズム~

    親分、アメリカはグローバル化で儲かったと言われましたが、アメリカ国民は喜んでいるのでしょうか?グローバリズムが伝統と秩序を壊し始めたことには日本人もそうだが、アメリカ国民もようやく気付いたんだよ。人、物、金を一つにしようとする動きによって富は集中化し、貧富の格差は広がった。移民、難民が溢れる程に移動することにもなったんだな。アメリカの労働者が仕事を失い、貧困化してしまったからなんだよ。その層に「アメリカ・ファースト」と叫んで指示を集めたのがトランプ大統領だよ。ユダヤ系金融家の後押しなしで大統領になったのですか?ドナルド・トランプ(1946~)トランプさんは大富豪だからな。経済的な支援はいらないのさ。しかし、ユダヤ系金融家たちはヒラリー支持だった。トランプを絶対に阻止しようと、メディアを使って散々足を引っ張ったん...(30)~反グローバリズム~

  • (30)~グローバリズム~

    親分、この30年くらい前からグローバリズムといわれますが、これもユダヤ系金融家たちと関係があるのですか?実はな、ユダヤ系金融家たちは東西冷戦後の目標を「テロとの戦い」と同時に、「グローバリズムでの世界制覇」というもう一つの目標を掲げたんだよ。グローバリズムとはワンワールド構想そのものなんだよ。世界を1つの国際標準という金融秩序、経済のルールの下に一体化しようとする考えだ。これはな、共産主義と同じ根っこなんだ。簡単に言えば、スポーツと同じように世界共通のルールの下で競争したら文句はないだろうと、自由で平等だろうということさ。解りやすくていいですね。同じルールの下ならいいんじゃないですか。そう思うか。それを市場主義ともいうんだが、世界中を同じルールにしたら、富める者は益々富み、持たざる者は益々貧困化するんだぞ。世界...(30)~グローバリズム~

  • (29)~ワンワールド構想の失敗~

    親分、東西の冷戦時代が終了した後のユダヤ系金融家たちは何を目指したんですか?いよいよワンワールドを目指したんだろう。世界中をアメリカのような民主化にして、金融を一つの価値基準のもとに支配体制を作ろうとしたんだろうよ。抵抗するものはテロ国家と呼んで悪者にしてしまえば戦争だって正当化できるんだ。テロとの戦いを始めるために9・11を起こしたんですね。ジョージ・W・ブッシュ(1946~)先ず抵抗しそうな中東を支配することから手をつけた。9・11事件後に「世界は断じてテロを許さない。」と宣言してアフガンを攻めた。そしてアフガンに軍事基地を置いて、一気に中東全体を支配しようとした。先ず取り掛かったのがフセインのイラクだ。「大量破壊兵器を持っている」といいがかりをつけて戦争を始めた。かなり強引なんですね。アメリカには成功体験...(29)~ワンワールド構想の失敗~

  • (28)~9・11同時多発テロ事件の謎~

    親分、2001年9月11日にニューヨークで同時多発テロ事件が起こりましたよね。まさかあの事件はユダヤ系金融家たちとは関係ないですよね。お前はあの事件、誰の仕業だと思っているんだ。あれはアルカイダの仕業でしょう。首謀者はオサマ・ビン・ラディンではないんですか?オサマ・ビン・ラディン(1957~2011)アフガニスタンに本拠があるテロ組織があんな大それた事件を起こせると思うか?余りにも規模が大きく、余りにも巧妙であり、常識的に考えて不可能だとは思わないか。アメリカのCIA、FBIの厳重なセキュリティに気付かれずに、あのような大胆な犯行が成功すると思うか?そう言えば、あんなに大胆な犯行が成功するはずがないですよね。そうだろう。実はアメリカ国内でも「見逃し説」と「自作自演説」があるんだよ。俺は自作自演であると信じている...(28)~9・11同時多発テロ事件の謎~

  • (27)~ゴルバチョフ対レーガン~

    親分、東西冷戦時代はソ連の崩壊によって次の時代に入りましたよね。その時には何かユダヤ系金融家たちの働きがあったのですか?あったよ。こんなことがあったんだ。ソ連のトップはゴルバチョフだった。彼はアメリカとの無意味な軍拡競争を収束させ、新たな時代を築けないものかと考えていた。ソ連の経済体制を改革(ペレストロイカ)と情報公開(グラスノスチ)を断行する計画を持っていたんだ。アメリカの大統領は誰だったんですか?ジュネーブ会議(1985年11月)レーガン大統領だったんだ。二人はジュネーブで会談した。会談は個人的な話を交えて、終始和やかな雰囲気の中で行われた。その時ゴルバチョフは「レーガンは誰かの代理人のようだ。」と思ったというのだ。レーガンはカリフォルニア州の知事出身だったが、その前は俳優なんだ。演出と表現には長けていたが...(27)~ゴルバチョフ対レーガン~

  • (26)~J・F・ケネディ~

    親分、歴代の大統領は例外なくユダヤ系金融家たちの息がかかっていたのでしょうか。ユダヤ系金融家とは無縁の大統領は存在していないのでしょうか?それがな、俺の知っている限り一人だけいるんだよ。それはJ・F・ケネディなんだ。あの暗殺されたJ・F・ケネディですか?何かドラマがありそうですね。J・F・ケネディ(1917~1963)すごいドラマがあるぞ。そもそもケネディ家で大統領になる野心をもっていたのは、親父のジョセフ・P・ケネディ(1888~1969)なんだ。このジョセフがもの凄いやり手で金融業、不動産、株式投資、儲かることは何でもやった。1929年の大恐慌を見抜いて大量の株を売りに出し、莫大な資産家になったんだ。その後、政界に乗り出し、F・ルーズベルトの財政支援をして、ホワイトハウス入りを目指したんだが、英国大使をやっ...(26)~J・F・ケネディ~

  • (25)~ベトナム戦争~

    親分、では1960年代に起こったベトナム戦争も同じような代理戦争なんですか?その通りだよ。ベトナム戦争は拡大する共産主義を食い止めるために西側の代表であるアメリカが北ベトナムと戦ったことになっているが、これもおかしいんだよ。アメリカ軍は第二次世界大戦で使用した爆弾の2、7倍を雨あられと使用し、朝鮮戦争の約2倍の巨費1180億ドルを投じたという。結果的にはアメリカ国民の間には厭戦による反戦運動が起きている。圧倒的な富と力を誇るアメリカが何故、貧乏な東側陣営に翻弄されてしまったのか。それはベトナム軍を支援するソ連軍には手を出せないことになっていたためなんだ。これは米ソの上に存在するユダヤ系金融家たちの陰謀があったからなんだ。戦火を逃れる住民この戦争もわざと長引かしたんですか?信じられないだろうが、アメリカの国力を消...(25)~ベトナム戦争~

  • (24)~朝鮮戦争~

    親分、戦後は東西の冷戦時代になりますよね。ユダヤ系金融家たちは何をしていたのでしょうか?この時代ほど彼らにとって都合の良い時代はなかったんだ。まるで、意図的にこんな時代を作り上げたのかと思わせる様な東西の代理戦争というのが起こるんだ。そうですね。朝鮮戦争とかベトナム戦争なんかは全くの代理戦争ですね。そうだ。1950年に起こったのが朝鮮戦争なんだが、金融家たちが仕組んだとしか考えられない戦争なんだ。先ず戦争が始まるきっかけをアメリカが作っている。アメリカ軍は韓国から引き揚げ、国務長官のアチソンが「今後はアメリカは朝鮮半島に介入しない」との演説をして、北朝鮮に戦争を促しているんだ。次に、アメリカは国連軍の名の下に参戦することになったが、拒否権を持つ常任理事国ソ連がその理事会を欠席しているんだ。共産主義を広げたいソ連...(24)~朝鮮戦争~

  • (23)~ヤルタ会談~

    親分、そうして日本は戦争に巻き込まれてしまったんですね。この戦争を積極的にやりたがっていたのはユダヤ系金融家たちと考えて良いのでしょうか?この戦争に強い目的をもって始めたのはドイツのヒットラーであり、始まった戦争に野心を抱いたのはソ連のスターリン、そしてユダヤ系金融家たちだと俺は考えているよ。F・ルーズベルトとチャーチルはどうなんですか?二人とも自国の勝利は願っていたとは思うけど、世界地図をどうしようとまでは考えていなかったと思っている。おそらく、こんな大戦争になれば、そんな先のことまでは考えられないのが人間だよ。とくにF・ルーズベルトやチャーチルは恵まれた教養人だから、戦争中は早く自国有利に終戦することだけ願っていたと思うよ。ヤルタ会談スターリンの目的は共産主義を広げることですか?そうだ。ヒットラーはドイツ帝...(23)~ヤルタ会談~

  • (22)~F・ルーズベルト~

    親分、アメリカの成り立ちから世界のリーダーになる過程まで、ユダヤ系金融家たちが主導権を握っていたことが解りました。そして日本人は何の敵意もないのですが、アメリカの支配者たちにとっては目の上のたん瘤のような存在だったという話だったですよね。それが戦争という最悪の事態になってしまうのには、どんな流れがあったのでしょうか?第一次世界大戦の後、アメリカだけが無傷で大儲けしたので、1920年代はそれこそ我が世の春というか、黄金時代を迎えたんだな。ところが、1929年に起こった大恐慌だ。これにはさすがの金融家たちも打つ手がなかったんだ。何しろ、1933年のアメリカの失業率は25%で失業者は1200万人なんだ。日本も大変だったけど、日本の失業率は7%で失業者は49万人だ。桁が違うんだ。金融を安定するためにFRBが出来たのに、...(22)~F・ルーズベルト~

  • (21)~ネオコン勢力~

    親分、今日もよろしくお願いいたします。ユダヤ系金融家たちが目指す方向へがむじゃらに進むためには「実行部隊」が必要だよな。今日はその話をすることにしようか。実行部隊ですか?是非聴きたいですね。それはな、「ネオコン」という組織だが、聞いたことがあるか?ネオコンですか?聞いたことありますが、なんのことだか良く解りませんでした。確か、ブッシュ政権なんかで、イラク戦争を強行した勢力ですよね。うん、そうだよ。ネオコンとはネオ・コンサバティズムと言って、日本語だと新保守主義と訳すそうなんだがな。この「ネオコン」なんだが、もともと共産勢力なんだよ。お前、トロッキーは知っているよな。知っていますよ。ロシア革命でレーニンの後継者と言われていた実力者だったんだけど、レーニンの死後スターリンとの権力闘争に敗れて、ロシアから逃げて、結局...(21)~ネオコン勢力~

  • (20)~メディアの支配~

    親分、今日は国を支配する3要素の金融、司法、メディア、の中でメディアについての話を聞かせてください。そうだったな。メディアは国を支配するのには重要なんだな。特に選挙制度を取っている国ではメディアの影響力が選挙を左右するから簡単に言えば、国民なんてメディア次第でどうにでもなると言っても言い過ぎではないくらいなんだ。確かにそうですよね。僕たちはメディアが作る空気というか、流れみたいなものにどうしても影響されて選挙に行っているみたいなところがありますよね。だって、選挙じゃどこの党もみんな尤もらしいことを言うし、正直何処へ投票したらいいか解らないですよ。そうだろう。だからメディアの作る方向へ流されちゃうのさ。日本だって、アメリカだって一緒だよ。だから、国を支配する勢力にとっては重要なんだ。そこで、当然のことながら、アメ...(20)~メディアの支配~

  • (19)~CFRの設立~

    親分、ユダヤ系金融家たちがアメリカはFRBを作ったことは聞きましたが、時々CFRという言葉が出ましたが、それは何ですか?FRBは重要な心臓部であることは間違いないし、メディアも司法も重要だ。でも、まだまだ国を支配するには充分じゃない。次に取り掛かったのが、しっかりしたシンクタンクの設立なんだ。シンクタンクですか、それがCFRなんですか?これからの世界がどう動くか、世界では何が起きているのか、どういう政策を取るべきなのか、これを誤りなく知ることほど重要なことはないじゃないか。イギリスには既に「王立国際問題研究所」略してRIIAというのが出来ていたんだ。そこで、ユダヤ系金融グループたちは、1921年に「外交問題評議会」というのを作るんだ。略してCFRというんだがな。このCFRはRIIAの姉妹機関になる訳なんだが、そ...(19)~CFRの設立~

  • (18)~ソ連の建国~

    親分、ロシア革命がユダヤ人たちが起こしたことは解りましたが、革命のあとの国家建設にもユダヤ人たちがかかわったのでしょうか?ロシア革命はユダヤ人への迫害(ポグロム)からの復讐とロシアをソ連にして共産主義を拡大すること、そしてソ連を使って儲けることが目的だった。国がいったんゼロになって、そこから復興することは投資家たちにとっては格好の儲けどころ、ビジネスチャンスなんだよ。そうでしょうね。それで彼らは何をしたんですか?ロックフェラーやジェイコム・シフたちはカスピ海の石油掘削から石油精製に投資したんだ。モルガン財閥はソ連全土に100基の発電所を建設している。他にも銀行の支店を出したり、挙ってソ連に投資しているんだ。ほとんどアメリカの財閥ですね。何だか変ですね。その後、冷戦時代になった時、アメリカとソ連は真っ向から対立し...(18)~ソ連の建国~

  • (17)~14か条平和原則~

    親分、パリ講和会議は1919年の1月にヴェルサイユ宮殿で行われたんですよね。そうだ、だからヴェルサイユ条約ともいうんだよ。そこで主導権をとっていたのはアメリカのウィルソン大統領なんだ。アメリカの参戦で戦争にけりがついたんだからな。当然だろう。会議の目的は戦争を始めたドイツを、イギリス、フランスが徹底的に制裁することだった。2度と立ち上がれないように、滅茶苦茶な制裁だったんだ。ドイツが持っていた植民地は全て取り上げ、領土の13%、鉱物資源の75%、石炭の33%を取り上げる。その上、330憶ドルという天文学的数字の賠償金を課したんだ。想像もつかないことですが、かなり滅茶苦茶な制裁だったんでしょうね。そうだよ。会議に参加していたイギリスの経済学者ケインズは「この決定は残忍で不可能で、不幸以外の何ものももたらさないだろ...(17)~14か条平和原則~

  • (16)~第一次世界大戦~

    親分、ロシア革命がユダヤ人の革命だったことが解りました。ロシア革命と同じころ、第一次世界大戦が始まっていますよね。あれは、もともとヨーロッパでの戦争ですよね。どうしてアメリカが参戦するようになったのですか?これもユダヤ人金融家たちが関わっているんですか?始めは関わっていなかったんだよ。あれはドイツとイギリスの戦争なんだ。ドイツを中心にオーストリアとイタリアの三国同盟とイギリスを中心にフランスとロシアの三国協商との戦争になったんだが、アメリカはどちらにもついていなかったんだ。1914年ですから、ちょうどFRBが設立された頃ですよね。FRBが設立されるまでのアメリカは経済が不安定で度々恐慌が起こったりしていたので、イギリス、フランスから30億ドルの借金を抱えていたんだ。ところが、ヨーロッパで戦争が始まると、急に各国...(16)~第一次世界大戦~

  • (15)~ロシア革命~

    親分、アメリカとロシア革命は深い関係があるんですか?あるさ、大いにあるんだな。アメリカの主導権をユダヤ人金融家たちが握るようになっただろう。金融家たちは一握りしかいないんだが、当時ユダヤ人は大勢いたんだよ。あちこちからユダヤ人はアメリカにやってきたんだけど、ロシアから来たユダヤ人は結構多かったんだ。何故なら、ロシアでは「ポグロム」と呼ばれるユダヤ人迫害が酷く行われていて、そこから逃れてきたんだよ。成程、日露戦争で日本を応援したジェイコム・シフのような金融家もいたわけですからね。ロシアのユダヤ人は相当ひどい目にあっていたんでしょうね。そうさ。ロシアに復讐したい勢力と、革命によって莫大な儲けを狙った金融家たちがちょうど合体したのが「ロシア革命」なんだよ。ロシアの貧しい民衆が起こしたなんていうのは完全なウソで作り話な...(15)~ロシア革命~

  • (14)~共産主義~

    親分、ユダヤ人金融家たちがアメリカで主導権を確立してきたことが解りました。でも、彼らがいなければ、アメリカの発展はありませんよね。悪いことばかりではないということでしょうか?勿論、悪いことばかりじゃないさ。しかしな、はっきり言って、アメリカをユダヤ人金融家たちが支配するようになってから、戦争が増えたんだよ。しかも大戦争だ。彼らはもともと、国を持たない民族だから目的の為なら戦争も平気で始めるし、暗殺だって平気でやるんだよ。最終的な目的は世界を一つにして、支配することなんだ。何しろ、彼らは頭が良いだろう。そういうことが出来るんだな。世界が一つになって、戦争がなくなれば、それが一番いいんじゃないですか?その為には人類の半分が犠牲になってもいいのか。それでも良いというのが彼らの思想だぞ。お前、マルクスは知っているよな。...(14)~共産主義~

  • (13)~桂ハリマン仮条約~

    親分、日本人はどこの民族にも友好的な筈なんですけど、ユダヤ人金融家たちにとっては日本は有難くない存在なんですね。ユダヤ人金融家たちがアメリカの建国以来、アメリカを支配しようとがんばった結果、20世紀の始め頃にようやく支配できるようになってきた。つまり、FRBの創設で通貨の発行権を手にし、CFRの創設で、外交や政治を主導できるようになったんだな。その頃から、日本への締め付けを厳しくし始めるんだ。そう言えば、日露戦争後に、「桂・ハリマン仮条約」を日本側が破棄したということがありましたね。それも関係しますか?ヘンリー・ハリマン(1848~1909)おお、良く知ってるじゃないか。大ありなんだよ。「桂・ハリマン仮条約」というのは、日露戦後に満州に日米共同で鉄道を敷こうじゃないかと日本の首相・桂太郎とアメリカの鉄道王・ヘン...(13)~桂ハリマン仮条約~

  • (12)~日本とユダヤ系金融家~

    親分、アメリカの中枢にユダヤ人金融家たちがいることは解りましたが、そのユダヤ人金融家たちと日本の関係について教えて下さい。日露戦争の時に、高橋是清が戦費を集めにイギリスに渡りました。その時に、ユダヤ人金融家のジェイコム・シフから戦費の融資を受けることになって、そのお陰で日本は無事に戦争に勝つことが出来たんですよね。ジェイコブ・シフ(1847~1920)その通りだ。シフからの融資がなかったら、日本は負けていただろうよ。そういう意味では日本はユダヤ人に感謝だし、ユダヤ人にしても迫害していたロシアへの報復をしてくれた日本には感謝だろうな。確か、日露戦争後に明治天皇からシフに感謝状が贈られている。シフも日本には感謝の言葉を残しているよ。じゃあ、ユダヤ人金融家たちは日本に対しては友好的な関係なんですか?ところが、世界を一...(12)~日本とユダヤ系金融家~

  • (11)~ルイス・ブランダイス~

    親分、クリスマス休暇中に成立してしまったFRBはその後のアメリカ金融を支配することになりました。もう完全にアメリカは一部の金融家たちのものになってしまいましたね。国を支配するには金融、司法、メディアの三つを支配することなんだ。メディアについては以前からユダヤ系が支配していることは話したよな。今度は司法について話そうじゃないか。アメリカの司法は合衆国最高裁判所の最高裁判官が最も権限があるんですよね。確か9人の裁判官が大統領の指名で任命され終身制なんですよね。ルイス・ブランダイス(1856~1941)ユダヤ系金融家たちはどうにかして自分たちの仲間を最高裁判官にしたかった。ウィルソン大統領から任命してもらうことにした。1916年だからアメリカが第一次世界大戦に参戦する前の年なんだが、初めてユダヤ人の最高裁判官を就任さ...(11)~ルイス・ブランダイス~

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