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ブログタイトル
八十路の旅
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/jiro2603
ブログ紹介文
平成20年8月3日、満八十才、傘寿になり、八十路の旅を、徒然なるままに記してみよう。
更新頻度(1年)

40回 / 365日(平均0.8回/週)

ブログ村参加:2015/02/14

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ハンドル名
八十路の旅さん
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八十路の旅
更新頻度
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八十路の旅

八十路の旅さんの新着記事

1件〜30件

  • 万全

    <体調、必ずしも万全ではない>最近の体調は、すこぶる不安定。必ずしも万全ではない。80才後半は、体調不良は2日、体調良好は1週間続いた。90才になって、体調良好は、少なくなった。特に92才の旅を続ける一日の生活は重苦しい。「安心立命」「煩悩の解脱」などは、昔の話。今、一番苦労しているのは、シモ(排泄)の問題である。自分のコトは一人でみなできる。歩くこともできる。野菜の苗を植えることもできる。夜のトイレの一歩が苦しいが、辛抱できる。排泄は大と小がある。小のオシッコは問題ない。大に困っている。むかしから便秘症で困った。2年前から、便秘薬を漢方にかえた。便秘は解消したが、ゆるくなりすぎてもれる。パンツにパッドを当てているが、時々、はずれる場合がある。パンツを汚す。毎日ではないが、1週間に一回ぐらいははずす。ぱんつの洗...万全

  • 残暑

    <残暑>残暑とは、いつからいつまでをいうのか、はっきりした答えはないようだ。残暑

  • **タイトルを決めるのは大変。今回は単純に「夢」とした。「夢」の理論はまたの機会にする。<「船頭可愛や」の夢>21日(?)、朝ドラ「エール」を観た。「船頭可愛や」が、大ヒットする場面で、一度観た内容だった。コロナの影響で、朝ドラの収録ができず、再放送の番組になっっている。・・9月から続きの放送があるらしい。YouTubeに納めている三橋三智也の「船頭可愛や」を聞いた。{・・(1)夢も濡れましょ汐風、夜風、船頭可愛やエー船頭可愛や波まくら(2)千里はなりょうと思いは一つ同じ夜空のエー同じ夜空の月を見る(3)独りなりゃこそ枕もぬれるせめて見せたやエーせめて見せたやわが夢を・・}、夢

  • お盆

    <ひっそりとお盆の行事>今年のお盆は、倅夫婦とご老体のわが輩、3人だけで、ひっそりお盆を迎えた。コロナの影響で、孫達は学校から帰省してこない。お盆

  • Birth

    <満92才の旅>令和2年8月3日、満92才になった。満92才の旅を続けることになった。心は複雑である。Birth

  • 向暑

    <向暑>いよいよ暑い季節がやってきた。7月18日、19日、20日、21日、珍しく天気が続いた。丹波篠山、わが里山も、梅雨が明けた感じだが、天気予報は、梅雨明けを宣言しない。いや、この週末、4連休は雨降りだとの話。梅雨明けはそれ以後になるらしい。7月21日、午後2時頃、一天にわかに曇り、西空が黒く染まった。わが里山も、雨が降った。雷は遠くで、ゴロゴロ。雨はすぐやんだ。が、午後5時頃には小雨が降った。わが居間の部屋が、蒸し暑い。部屋の温度は26度。扇風機を点けている。エヤコンはまだ使用していない。向暑

  • 心内

    **毎回、タイトルを決めるのは悩みの種。今回は「心内(こころうち)」とした。<4字熟語>7月10日、午前10時30分、0病院泌尿科の定期検診。朝の仕事を、はやめに片づけて、午前10時過ぎに家を出発。勿論、愛用の軽自動車のハンドルを握る。病院の駐車場には約15分で到着するが、泌尿科の待合室まで、5分はかかる。待合室は数人、混んでいなかった。腰を下ろして、掲示板を見ると、4字熟語が映っていた。・・かろうじて、ノートに書きとめた。(1)千○万○(2)一○帯○二つとも、解答不明。心内

  • 空虚

    ***梅雨空、毎日虚しい生活が続くので、投稿題名を「空虚」とした。<空虚な日々が続く>8月27日、午前10時、居間のサッシ窓から外を眺める。梅雨空、空気が重い。最近、午前10時ごろ、何となく胸がだるい。むかつく。いやな薬を飲んだときの感覚。決して充実した日々ではない。そこはかとなく不安感がある。年老いた故だと思う。体力の衰えは、90才を過ぎてから急ピッチ。寝たきりになるのではとの不安。もう一つは、死ぬに死ねないのではとの不安感。しかし、これが現実の姿だと認識。・・医学の世話になりながら、死ぬまで生きていかねばならぬだろう。せめて、動けるときは、つとめて歩く。野菜の世話をする。91才、かすかな生きがいを再発見。ジロ爺さん、自分で自分を励ましながら、生きていく。<岡本太郎の言葉>・・確かに今日の小市民生活は物質的に...空虚

  • 梅雨

    <丹波篠山も梅雨に入る>6月19日、雨天。丹波篠山も梅雨に入る。梅雨の時季は、本当にうっとうしい。気分もさえない。年寄りにはグッとこたえる。季節の変わり目は、体調をくずしやすい。要注意の時季だ。身の回りの世話を一人でこなすのも大変。ともかく、テキパキと出来なくなった。睡眠は十分とっている。畑仕事は午後5時頃にする。ムリはしない。病院などに定期検診に行くときだけが、なぜか、妙に元気づく。こんな毎日をつづってみたい。***困ったことにブログの記載が調子が悪い。なぜか、変更があってから、いまひとつおもわしくない。***今回で3回目だ。うまくいくかどうか不安。<いつもの昼食>梅雨

  • 適当

    <どっこい生きている>6月9日、午前11時50分、昼食の準備。本日のメニュウ、・・宅配の惣菜{中華旨煮・肉味噌まぜめん}・・ご飯、わが手作りのフキ佃煮とサンショ。完食。そして呟いた。「どっこい生きている」適当

  • 晩春

    <一気に春が終わる>5月29日、朝、朝食を終わり、ブラブラしていると、孫(男)がやってきた。「今からタマネギを収穫しますがよろしいか?」「良いも、悪いもない。嬉しいばっかりや」(実は義理娘、孫にとってはお母さんと30日に予約していた。土曜日だが倅夫婦とも、忙しいらしい)願ったり、叶ったりのわが輩の返事。そういえば、昨年も彼が一人でやってくれたことを思い出した。5月29日、孫の言葉通り、タマネギの収穫をした。なんだか一気に春が終わった感じがした。<タマネギの収穫を終わる>5月29日、午前9時30分から初めて、終わった時間は午前10時30分。約1時間ですべて完了した。孫は若い。タマネギを引き、一気に一輪車で車庫まで運んだ。ジロ爺さんは、あたふたしながら、シルバーカーに座り、タマネギのひげを落とし、葉を20cmに切り...晩春

  • 苦渋

    <苦渋の決断>今年の夏の甲子園は中止と決まった。5月21日、新聞記事はトップ記事。「球児の安全安心に最大限配慮した苦渋の決断」と載った。・・テレビでも「苦渋」という言葉が聞かれた。苦しくつらい思いをして決定したわけ。今回の投稿テーマは甲子園野球大会の中止に因んで「苦渋」とした。全国高校野球大会甲子園の中止は、戦後(1945年、昭和20年)はじめてだそうだ。それにしても新型コロナウイルスの影響は計り知れない。大阪・神戸・京都の関西圏が、やっと緊急事態宣言が解除されたとはいえ、不安はまだまだ続く。90(苦渋)の旅を歩むわが輩は、今や、両手を合わせて祈るしか方法がない。その祈りの中に、かすかに記憶にうかんだわが青春時代。全国中学校甲子園大会の思い出がある。<父に連れて行っもらった甲子園>昭和15年頃だったと思う。小学...苦渋

  • 難儀

    <やっぱりムリはダメ>5月13日、午後4時、何とかブログを始めた。5月8日、ジャガイモの芽搔きと追肥。2時間かけたのが応えた。野菜づくりの農作業は,せいぜい30分が限度。解っちゃいるけど、止められない。しかし、今回は身にしみた。91才を歩むジロ爺さんは、大いに反省した。今回ほどトシを考えたことはない。80才代後半は、2時間もベッドで休めば、疲労が回復した。91才の現実の姿は2日経っても、体が元に戻らなかった。生老病死、いよいよ終わりがきたのかなぁ?・・百才時代とはいえ、やっぱり90才代の姿は、いとも哀れである。「90才、何がめでたい」佐藤愛子さんの言葉もまんざらではない。外山滋比古さんの「長生きに負けない生き方」を、実行してきたが、長生きは大変なことだと、自覚した。どのように生きていけばいいのかは、如何に死ぬべ...難儀

  • 伝承

    <夕食後の会話>5月3日、夕食後、義理娘が言った。「明日、夏野菜の苗を買ってきます。ご要望は?」その言葉を聞いて、飛び上がるほど嬉しかった。夏野菜の苗は、毎年5月4日に定植していた。解っていたけど切り出せなかった。わが輩は、ノートを手渡した。昨年並みに苗を購入し、定植の場所を記載していた。「もう、ちゃんと、しとってです」・・かくて、今年も夏野菜づくりがはじまった。<今年も夏野菜の苗の定植ができた>伝承

  • 一刻

    <「一刻」に二つの意味があった>(1)わずかな時間。「一刻を争う」「一刻も早く」・・昔の時間で一時(ひととき)の4分の1、今の約30分。(2)頑固でわがままなこと。せっかちですぐ怒ること。「一刻な老人」**今回のテーマを「一刻」にして、しまったと思ったが、もう遅かった。私の本音は中国、蘇軾(蘇東坡){1037~1107}の春夜詩「春宵一刻値千金」の一節から、選んだものだった。4月29日、快晴。やっと春を肌で感じた。わが里山は山笑う風景に変化。物音一つなく、悠久のひとときを刻む。静寂そのもの。・・世の中の緊急事態宣言は、うそのように、過ぎていく。重い足取りで、裏山で草を燃やした。久しぶりの労働である。何度も石段を上ったり下りたりした。午後5時頃、石段で休憩。空は青く、風は静か、山あいは人ひとりみかけない。夕日がわ...一刻

  • 一歩

    <老いの一歩>一歩

  • 内面

    <わが内面、すこぶるあやしい>3月10日、午後4時ごろ、来客あり。・・・わが輩より16才若いA君が、表敬訪問。わが輩より4代あとのS中学校の校長先生。ジャカルタ、ニューヨークなど、海外派遣校長の経験がある。開口一番、「元気しとってやなぁ」ときた。「もうチョット弱とってやと思った」「なにおこら、ぬかすか」、わが内なる魂は叫ぶ。大声でだべった。(話しこんだ)、A君のお父さんが、西紀中学校で教頭をされていた話をした。昭和37年、わが輩は西紀町教育委員会社会教育主事。教頭とは格別の交際があった。多紀郡(現、篠山市)で、最初の自家用車(ブルーバード)で通学された先生。その先生の自家用車を、さんざん免許とりたてのわが輩が、運転したことを話した。A君は午後5時前に帰った。・・いつも、そうだ、よい格好をつけて話し過ぎた。あとは...内面

  • 散歩

    <散歩が一番>老若男女を問わず、人はみな散歩が一番である。とりわけお年寄りには、もっとも適した活動である。散歩することによって、脚力を維持し、寝たきりの予防に効果大。また、行ったことない場所に行くことが脳の刺激になりボケの予防に効果が大。そうは言っても、散歩できるうちがハナである。家の中でブラブラ歩くことも散歩。でも、戸外で気晴らしや健康のためにブラブラ歩くことが、散歩と言えるような気がする。散歩は散策、逍遥などとも言う。・・ああ、亡き妻と京都の旅を思い出した。散歩

  • 気分

    <この頃、毎日気分が落ち着かない>気分

  • 返事

    <「おい」と声をかけたが返事がない>夏目漱石、草枕の第2章の冒頭の言葉である。草枕のはじめは、「知に働けば角が立つ、情に竿させば流される、意地を通せば窮屈だ。とかく人の世は住みにくい」・・旧制中学生時代だから、70数年前に覚えた。いまだに、すっと口をついて出るから不思議だ。夏目漱石は魔法使いなのか?「おい」と声をかけたが返事がない。このごろ、このフレーズが、しきりにわが91才の頭の中をかけめぐる。返事

  • 呟き

    前のブログ・2020,3,1「弥生」紙終章、<身も心も重い>の続きです。<ジロ爺さんの呟き・続>(1)「迷惑」という言葉をジッと思考する。わが家のみなに、迷惑をかけていることは必定。なんとしても迷惑をかないようにと力んでも、ダメ。いろんな面で迷惑をかけている。(2)91才を歩むジロ爺さんの身も心も重い。身の回りのことは全部一人ででき、買いものや、定期検診も一人でいく。畑仕事はKa君やNさんに助けてもらっている。でも、種をまき、苗を植え、水やりなどの仕事は、義理娘の世話になっている。まあ、迷惑をかけているわけだ。(3)妻は亡くなる半年ほど前だったか?・・「迷惑なんて考えてもいません。世話になるのは当然です」と言ったことがあった。しかし、妻は、殆ど迷惑をかけることなしに旅立った。やっぱり死ぬ時期を心得ていたのだろう...呟き

  • 弥生

    <弥生3月>3月になった。3月は弥生ともいう。「弥」はいよいよ、「生」は生い茂る。「草木弥や生い月」が縮まって「弥生」になった説が有力。(ネット調べ)弥生

  • <命という言葉のおもさ>生命というと、おだやかだが、命(いのち)といと、何となくグッとくる。誰もが大切と認める命。大切なものなら、ずっとそのままいてくれたらいいのにと思うが、必ずいつかは消える仕組みになっている。命という言葉には、何となく深くて重いひびきがする。・・わが命、これからどうなるのか、・・毎日、心の片すみで反芻する。・・一人暮らしは実に淋しい。特に、夜の深さに身を沈める時、「いのちくれない、いのちくれない、ふたりずれ」瀬川の歌を、歌うしか方法がない。唄の話のつれづれに、水原弘の「君こそ我が命」を思い出す。・・{あなたを本当は探してた汚れ汚れて傷ついて死ぬまで逢えぬと思っていたがけれどもようやく虹を見たあなたの瞳に虹を見た君こそ命君こそ命わが命}命

  • <丹波篠山・雪景色>2月9日、朝、8時、窓をあけると、一面の雪景色。5cmくらいは積もっているだろうか。2月6日の初雪より、積雪は深い。丹波でこれだけ降れば、神鍋やハチ高原スキー場も、一安心だろう。☆(左)石組みの一段高い、裏庭のいつもの景色。サッシ窓をあけて撮った。8:00写。☆「右)玄関のサッシ扉を開けて撮った。居間の前、五葉松に積もった雪。5cmぐらいか?8:10写。**なぜか、コタツで暖をとると、{津軽海峡。雪景色}のメロディで、「丹波篠山・雪景色」が流れた。(笑い)・・窓の明かりの雪景色丹波の空は雪の中里山に人かげもなく、声もないただ、雪降る空を眺めていた老爺は一人、部屋のコタツに足を入れ窓の外のすずめみつめ腕枕ああ、丹波篠山雪景色・・<自分のことは自分で出来るうちが花>80代後半ごろから、便秘で悩ん...雪

  • <今を生きる>今回のタイトルは「今」にした。時は過去、現在、未来と移り変わる。現在といえば、何となく時間に余裕がある。現在の世の中はというと、幅が広い。しかし、「今」というと、過去と未来にはさまれた、非常に短い時間帯のような気がする。ジロ爺さんの三文哲学では「ゼロ」の世界だ。プラスとマイナスの世界。限りなくプラスに近く、限りなくマイナスに近い。前のブログでは、これを「無」「空」の世界と記した。話しを現実に戻す。今年になってから、「ゼロ」の世界は、大変厳しくなった。起居動作、立ち居振る舞いに、陰りが生じてきた。シャンシャンとは、事が運ばない。とりわけ畑仕事は皆目できない。冬の間に土作りをしないと、良質の夏野菜はできない。まあ、それはKa君に依頼してできるが、この調子では、ムリ、ムリの感じ。すぐ腰、膝が痛くなる。だ...今

  • 器用

    <裏庭の伐採はじまる>依頼していた裏庭の土手の伐採がはじまった。伐採は役は、隣村のHさんが担当。・・六甲に住む娘(1月5日、アタック25に出場、前のブログに記載)と同級生。Hさんは、市役所を定年退職前に退職し、猟友会の世話、林業や農業の指導者として活躍中。昔から器用な人で、書道に秀で、役所の看板書きは、Hさんの一筆が多かった。1月25日(土)、26日(日)、2日間で殆ど依頼していた伐採作業を完了された。幸い、土日で、二人の息子さんを助手にされた。午後の休み時間、「それにしても器用なもんやなぁ」と、わが輩の言葉。・・早速帰ってきた言葉が、「いえ、先生ほどではありません」ときた。意味深長な笑いが、二人にあった。☆(左)1月18日、裏庭の土手様子。樹齢2、3百年の大木(ユズ、モミジ、ツバキなどなど)と、雑木。13:0...器用

  • <1月17日、早朝>1995年1月17日、早朝、寝ぼけ眼で、トイレで小用。・・ぐらぐらとトイレの柱がゆれた。横にゆれ、縦にゆれた。なんだこれは?との思いから、地震だと気がついた。家内が恐い恐いと叫ぶ。テレビをつける。・・神戸の街が燃えている。高速道路が傾いている。・・映し出される被害の状況を見ながら、私と家内の思いは、六甲に住む長女一家の安否だった。孫(男、女、男)は大丈夫か?・・とりわけ、気の弱い家内は、青白い顔で、テレビを観ていた。電話普通、連絡のとるすべがなかった。「クラウンをとばして、六甲まで行こう」と、決心したとき、昼過ぎに娘から公衆電話で「みな無事です」の知らせがあった。一台の公衆電話に50名が並んだそうだ。17日の午後3時頃、私は電気釜やパンなどの食糧をいっぱい積み込んで、六甲鶴甲団地に、自家用車...震

  • <零(ゼロ)の世界>正月から張り切りすぎた。特に3日の中学校同窓会では、ジーパンスタイルで、終わりは、マイク片手に、校歌を一人高らかに合唱した。みな、ビックリした。「ほんまに91才ですか?91才で、そんな人おらんで」ノーンアルコールのビールとウーロン茶で、食べに食べた。みな、唖然とする中を、軽自動車で帰宅した。ちょっと格好つけ過ぎたと、後悔したが、後の祭り。帰宅後は、ベッドで高らかないびきだったと、家のみなが言った。あとで、「よい加減にしときや」と自問自答するコトしきり。大いに反省した。しかし、その後、(この状態はいつまで続くのか)と、しきりに、心や体に問いかけた。結論は、ジロ爺さんの三文哲学・「零の世界」だった。<マイナス思考とプラス思考>元気そうに見えているが、内心はびくびくと生きている。そのマイナス思考を...零

  • 新年

    <お正月、おせち料理・鏡餅・鏡餅>令和2年、1月1日、年が明けた。「門松は冥土の旅の一里塚めでたくもあり、めでたくもなし」・・一休禅師の言葉である。・・一休は、髑髏をつけた杖をつきながら、京都の街を歩いた言われる。都はお正月の3日間、外出しなかったという伝説があるようだ。一つ、トシをとれば、それだけ、死の門出がはやくなる。そう思いながら、トシをかさねて91才、数え年で93才になった。妻を亡くして、はや3年目のお正月。さいわい、倅の嫁と孫娘が、お正月の準備をしてくれた。一人の生活にも大分慣れてきた。<年賀状>300枚もあった年賀状は、毎年、減らして50枚ぐらいになった。楽になったのは確かである。平成70年頃から、PCからツーショットの写真をとりいれて年賀状を作成してきた。が、一人になって2年目の年賀状となった。や...新年

  • 年末

    <もういくつねるとお正月>令和元年、年末を迎えた。12月27日、孫娘が帰ってくる。倅夫婦と孫男、3人連れで大阪に迎えに行った。便利になったもんだ。JR篠山口駅から約1時間で大阪に行ける。孫娘が行っている神戸介護医療大学(福崎町)から、姫路経由で、大阪に到着。大阪で4人合流して、いっしょにショッピング。夕方に帰ってくる手はずだそうだ。一人で、朝食、洗濯、部屋の掃除、PC、昼食などなど、いつもと同じように、一人でこなす。27日は、朝から蕭々と小雨が降った。時々陽が射すが、小雨模様。このような雨を「狐の嫁いり」といっていたことをを思い出した。とおいとおい昔の話。思い出した。わが輩の小学時代。みな、口ずさんだ。{・・もういくつねるとお正月、お正月には凧あげてこまをまわして遊びましょうはやくこいこいお正月。もういくつねる...年末

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