バイク伝説 走り出せば青春
読者になる
住所
港北区
出身
ハンドル名
ともやん企画さん
ブログタイトル
バイク伝説 走り出せば青春
ブログURL
https://xn--ecka6aya0hwb0049bhd9e.com/
ブログ紹介文
バイクとロックに明け暮れた青春時代へのオマージュ
自由文
-
更新頻度(1年)

13回 / 17日(平均5.4回/週)

ブログ村参加:2015/01/31

ともやん企画さんの人気ランキング

  • IN
  • OUT
  • PV
今日 10/20 10/19 10/18 10/17 10/16 10/15 全参加数
総合ランキング(IN) 39,873位 40,037位 39,888位 40,295位 40,724位 41,953位 40,823位 975,466サイト
INポイント 0 0 5 5 5 0 4 19/週
OUTポイント 0 6 20 40 15 5 12 98/週
PVポイント 0 0 0 0 0 0 0 0/週
バイクブログ 495位 500位 495位 507位 516位 528位 525位 11,372サイト
旧車バイク・絶版バイク 11位 11位 11位 12位 16位 15位 12位 267サイト
バイク買取・バイク査定 2位 圏外 2位 2位 2位 2位 2位 49サイト
バイク情報 5位 4位 4位 4位 4位 4位 4位 151サイト
今日 10/20 10/19 10/18 10/17 10/16 10/15 全参加数
総合ランキング(OUT) 40,044位 38,677位 37,063位 37,274位 44,850位 44,618位 42,462位 975,466サイト
INポイント 0 0 5 5 5 0 4 19/週
OUTポイント 0 6 20 40 15 5 12 98/週
PVポイント 0 0 0 0 0 0 0 0/週
バイクブログ 661位 644位 622位 611位 718位 667位 679位 11,372サイト
旧車バイク・絶版バイク 19位 20位 19位 19位 22位 21位 21位 267サイト
バイク買取・バイク査定 1位 2位 1位 2位 2位 2位 2位 49サイト
バイク情報 9位 9位 7位 7位 9位 8位 8位 151サイト
今日 10/20 10/19 10/18 10/17 10/16 10/15 全参加数
総合ランキング(PV) 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 975,466サイト
INポイント 0 0 5 5 5 0 4 19/週
OUTポイント 0 6 20 40 15 5 12 98/週
PVポイント 0 0 0 0 0 0 0 0/週
バイクブログ 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 11,372サイト
旧車バイク・絶版バイク 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 267サイト
バイク買取・バイク査定 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 49サイト
バイク情報 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 151サイト

ともやん企画さんのブログ記事

1件〜30件

新機能の「ブログリーダー」を活用して、ともやん企画さんの読者になりませんか?

ハンドル名
ともやん企画さん
ブログタイトル
バイク伝説 走り出せば青春
更新頻度
13回 / 17日(平均5.4回/週)
読者になる
バイク伝説 走り出せば青春
  • メグロ セニア T1 by 目黒製作所

    こんにちは、ともやんです。1955年(昭和30年)に、白バイ用として国産車最高の性能を誇ったバイクをご案内します。メグロ セニア T1 1955年 ㈱目黒製作所全長2,280 全幅820 全高1,100 軸距1,450(各mm)車重228k

  • ヤマハ YDS3 1964年2ストのヤマハの進化系 時代を変えたマシン

    こんにちは、ともやんです。1964年1月13日、ボブ・ディランの3枚目のアルバム「時代は変わる」が発売されました。明らかに時代は変わろうとしていました。まだ幼い僕にも実感としてありました。時代は変る(紙ジャケット仕様)このアルバムが発売され

  • カワサキ250A1 世界への飛躍を遂げるマシン

    ロータリーディスクバルブを採用し、他社とは一線を期したエンジンは、性能上でもさることながら、実際の操縦性においてもライバル車を凌ぐものでした。 3200rpm辺りから立ち上がるトルクは、4000rpmを境にレッド・ゾーンの始まる8250rpmを過ぎても、なお加速感を伴ってマシンを前進させました。

  • ホンダ スポーツカブC110 ボーイズレーサーは少年の夢と憧れ

    そんな僕も昨年60才になり、定年を迎えました。でもそのまま働き続けています。そして今年デビューして60年を迎えるオートバイがあります。そう、ホンダのスーパーカブです。1958年のデビューです。そしてアメリカには、59年にデビューして60年近く歌い続けているシンガーソングライターがいる。そうボブ・ディラン。長く続けることは偉大です、

  • ヤマハ TD1 ヤマハ初の市販レーサー シンプルなのに高性能

    ヤマハ初の市販レーサー。リードバルブさえもたないシンプルな2サイクル・エンジンですが、これ程の構成のを発揮したことで誰もが驚きました。YDS2のエンジンがベースとなり、鋼管ダブルクレードルに搭載したマシンでした。

  • スズキ スーパースポーツ M40 1963年 オリンピック前の激動時代

    スズキ スーパースポーツ M40 1963年空冷2サイクル・単気筒排気量:49ccボア・ストローク41mm×37.5mm最大出力:5ps/9,000rpm最大トルク:0.41kg-m/8,000rpm全長1705 全幅660 全高860(各

  • カワサキ650W1 ライバルは英国車から誕生して50年を超えて

    1965年頃の日本は、50ccから250ccクラスの高回転・高出力のスーパースポーツモデルが華々しい時代でした。ところが大排気量のオートバイらしいオートバイがほとんど輸入車で国産ではわずかなモデルしか存在しませんでした。国内モデルでは、せいぜい、ライラック・マグナムか、カワサキ500メグロ・スタミナK2、そして新参入のホンダCB450くらいでした。

  • スズキ T20 遅れてやってきたスポーツモデルは世界最速

    スズキの技術力の高さを世界に認識させたモデルです。スポーツモデルとしては、他のメーカーの後塵を拝していましたが、だからこそ、全てにおいて、世界最高をめざして開発されました。世界最高の水準を得るため立てられたコンセプトは不可能との思えるもので、失敗の連続でした。しかし

  • ホンダ CR72 1962年 日本の自動車産業飛躍のプロローグ年

    1962年(昭和37年)と言えば、鈴鹿サーキット開業の年です。この年の記念すべき第一回鈴鹿全日本ロードレース大会のノービス250クラスにホンダCR72が2台エントリーしました。ヤマハTD1の乗る三橋実、片山義美らに善戦しましたが、加藤爽平、粕谷勇の乗るCR72は、TD1の上位独占を阻止するのがやっとだたそうです。ちなみにケース結果1位三橋実(ヤマハ)2位片山義美(ヤマハ)3位加藤爽平(ホンダ)4位粕谷勇(ホンダ)でした。

  • ヤマハ YDS1 60年代 本格派スーパースポーツと時代の背景

    ヤマハのYDS1は、2スト派ライダー達のハートを熱くしたマシンです。4000rpm以下では、全く役に立たないシビアでシャープなエンジン、ハイギアードでクロスレシオのミッション、そして加速中の独特の吸気音。また、ミッションのタッチは、ストロークが長い硬めのもので、決して使いやすいものではなく、しっかりした操作技術が必要でした。

  • ホンダ CR93 市販レーサー 鈴鹿オープニングレースに出走

    「子供の時からの夢は、自分で造ったクルマで、世界チャンピオンになることだった。」と語った本田宗一郎が、鈴鹿サーキットの生みの親でした。本田は、ドライバーとして1936年(昭和11年)6月に1周1.2kmの多摩川スピードウェイで開かれた第1回自動車競走大会に自ら改造した「浜松号」で出場したほどのレース大好き人間だったのです。

  • ホンダ CR110 走る精密機械

    ホンダ CR110が、発売された1962年(昭和37年)は、慶應大学国文学の池田弥三郎先生が、「女子大生亡国論」などという今から考えると暴論を真剣に唱えた年です。なんでも、私立大学の文学部では、女子大生が半分以上占めるようになり、花嫁学校と化しているという論旨を婦人公論紙上に載せたのです。今の時代から見ると暴言以外の何物でもないですが、1914年生まれの池田氏には、女性の台頭が日本をダメにすると本当に思ったんでしょう。

  • キャブトンRST みづほ自動車 フラグシップモデル

    1954年4月27日、日本でオードリー・ヘップバーン主演の映画「ローマの休日」が公開されました。 当時新人女優のオードリーは、既にこの映画で主演女優賞を獲得。その情報はもちろん日本にも知れ渡っていて、映画が公開されるとたちまち“オードリー旋風”が巻き起こりました。この映画の影響か、ソフトクリームが大流行しました。

カテゴリー一覧
商用