普通の長編小説、短編小説、詩などを書いています。暇つぶし、通勤中、待ち時間に読書しませんか?
現代小説を中心に、軽やかに読める小説集です。ちょっと読みたいときにはショートショートや詩を。何も考えずに笑いたいときにはくだらない話も置いているので、気軽に浸ってください。
そうかもしれない、と最近になって思いはじめていた。その日、一見冷静であったあたしの頭の中身は、火山の業火により焼失していたものだから、彼に対する愛情の度合いがそのまま憎しみに変わって、許すなどという選択肢が存在していなかったのだ。「ケイ、あたしはずっと
一月十一日の翌朝。あたしは、何かに手を揺らされて目を覚ました。すぐに吉郎と目が合った。彼はベッドに上半身を起こしてあたしを見下ろしていて、手には彼の携帯電話があった。 「おはよう」と言ってあたしも起き上がった。彼はおはようと返す代わりに「メール見た?」と
2011年2月1日 あたしは仕事を終えると、今日だけは居残ることなく帰り支度をした。当然残って仕事をしてくれると思っていた店長は、来月のキャンペーン起案書を片手にご機嫌取りの笑顔を作っていた。店長が口を開く前に「お疲れさまでした」と言って店を出た。客と吉郎に
どこにいても誰といても何をしても胸の真ん中で とても小さなかたまりが泣いてるの胸の一番底に小さな穴が開いていてその子は落ちそうになっていて両手で つかんで 必死に こらえてるの息を吸っては 穴から出て息を吐いては 穴からもぬけてそのたびに とても小さなか
今日は吉郎の携帯電話がよく鳴る。二人が起きている間、メールを知らせるバイブレータが何度も鳴った。その度に吉郎は確認し手短に返信をした。よく思ったわけではなかったが、彼の営業職ゆえの時間外の拘束に、理解ある彼女だと見せたかった。何より仕事に多忙な吉郎の姿
あたしは具を鍋に入れながら吉郎の後ろ姿を眺めた。顔もいいが後姿も好きだった。癖毛が少しある後頭部は愛おしく、首から肩にかけての線は一日中眺めていられた。まだ家着ではない、一日の仕事でくたびれたシャツのシワに心をわし掴まれた。営業に動き回り上司と客に気を
「今日ははやかったでしょ?」「うんビックリした」「俺もびっくりした」 仕事が奇跡的に途切れた、と吉郎は言った。途切れた隙に退社してしまった、とよくわからないことを言って会話を和ませた。 彼の仕事は忙しい。印刷会社の営業はよく分からないけれど。あたしの全職
街中は正月の空気が抜けきれていない。デパートはセール品をさらにセールして売りさばくことに必死で、売れ残った福袋が燃えるゴミ袋と変わらない有様で店頭に積まれている。冬期休暇を終えてすぐの三連休翌日である今日は、いよいよ諦めて仕事に取り掛かる人種と、まだ余韻
あたしがおしゃれなカフェみたいなところで働こうと思ったのは、接客が好きだからとかコーヒーが好きだからとかはたまた、いつか自分の店を持ちたいと思っているからとかではなくて、吉郎がカフェで働く女っていい、と言ったからである。真冬にオープンテラスで食事する客な
勝子は飛んだんだって。ちょうど歩道橋には誰もいなくてさ、夜の空には雲も星もなかったの。真下の道路を怒涛に通過する自動車やトラックが、執拗に街を照らして闇をこじ開けて、街を夜でも昼でもない空間にする。奴らには、横も後ろも真上の夜空もないの。前に見える世界だ
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