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  • なにかがわかる

    日本語文法論議23731文章における文節が文章の構成単位である、とするのは、文を文節に分ける、文章を連文節に分ける、つまり連文節が文節扱いとなれば、文章を構成する文節を言うことになる。文と文章の単位をどう議論するか。文の単位は構造的には国語文法で整理する意味的な捉え方がわかりよいし、よりシンプルにする日本語教育の表記法にも分かりよさがある。それを文型として基本3型にすると、文はこの構造を以て文章の中で文として用いられて文を複数に持つ文章となる。>今朝、1枚の絵を捨てた。額に入ったままなので粗大ごみ扱いとなり、コンビニで購入した200円券を2枚貼付した。400円で縁を切る。安いものだ。日経新聞20230730付け文化面絵を捨てる最相葉月この形式による文章単位で文を意味の単位で区切れば7つを文として読むことが...なにかがわかる

  • 何が言いたい

    日本語文法論議23730述べてきたことを繰り返し、語と単語の別で、わかりにくいので、言い言い直しして、言いたしてみる。付属する語は自立する語につくので単語を言うときには自立語がそれで単語となる、つまり自立語は単語であり、自立語と付属語もまた単位語である、自立語に付属語、付属語となってもそれは単語、単位になる語である、というふうに見ると、気づくことに学説で文節をとらえるとき、橋本進吉氏は語の分類では詞と辞を立てていたので、自立付属の機能を分かりやすくした名称はその学説にもっぱらではなく、学校文法のあおりであったかと見える。自立と付属はその機能をよくとらえて、これは文節を指しているのだから、つまり同じであって、文節は語であるということができる。ただ、自立語付属語をセットにした単語というとらえかたは文に働く文節...何が言いたい

  • 発想の転換

    日本語文法論議23729議論という言葉を用いているから難しいこと言うのかとおもったら、そうでもない。会議で飛び交う言いたい放題ということだけ、結論を求めない意見の言い放しである。それを言い出すようになって、議論の義と侖とを考えれば論いになるか話し合いになるか、筋があるようにしてきた。言いたいことを言えばいいとしながら、多数に無勢では難しいことを言うしかない。文章の構成には文節がいると思ったのは、文を超えている連文節があるからである。文を超えると、それは連文節になることであるから、文節という文の位置づけに、文章という連文節となるから、文節の扱いになる連文節は文を超える。係り受けの説明にその複層構造となる係りと受けを示そうとすることにややこしくなった。係りは係りの連文節であって、受けは受けの連文節である。それ...発想の転換

  • 議論のもとには

    日本語文法論議23728国語と日本語で文法単位に異なる定義があるのは困ったこと、文について説明に統一がないから混乱を招く。日本語の文には主語でなく補語があるとする議論は日本語教育文法で唱えられるようになる。基礎日本語文法にも文の説明には句点を以て文とするという。これだけでなく文法をとらえる考え方の違いが議論として通じなくなる。それはまた、文法学者によって主張があり、主語を文法研究者の定義をもって数え立てる言い方もある。国語の文の定義はゆるやかなものである。ゆるやかというとあいまいになるということを思うかもしれないが、それはそうでないものを前提とした考えがあるからである。国語で文構造をどのように定義にするかというゆるやかさを認めることである。何はなにだ何がどう何がどうする何に何がある何は何が構文国語教育で句...議論のもとには

  • 主語を見つけた国語

    日本語文法論議23727文章を単位に、文章を構成する文について実例を見ていくと、すぐにも国語で説明する文の形としているものがわかる。あまりにも自明のこと、国語教育の説明で足りる。もちろん教科文法として規範を説明するので、実際の文章においては例外、規則に当てはまらない例文もある。それも学習の応用で理解されてきている。ここで最も注意しておかなければならない文の必須要素とする考え方である。文は主語と述語を必須要素とする、とは、国語文法では説明しない。英語学習を始めて必須要素であることの重要なことを学習するのでそれを了解していても、国語文法では文は成分として主語述語を説明するが主語を必須としない。ここで要素とする、成分とする、その違いがあって、文は主語と述語があるという共通する理解がうまれる。国語の文は主語がなく...主語を見つけた国語

  • 西洋語の影響にある文には

    日本語文法論議23726日本語文法で日本語には文という規定がなかった歴史経緯から、それを振り返る議論はほとんど見られないが、なかには文とは何かを議論していて、そこには文法論には文ありきだったようすがある。文の議論にまして文章の議論は文法論では行われない。といっても、文論は確かであるし、文章論は学校教育用文法で実践法となっているのは、ひいては日本語教育の文章論の議論展開が見られるのも、時枝学説の継承に置いてのことで限られているかに見える。日本語の文章は中国語の文章と対照されるべきところのもの、中国文章論には古典漢文の文章の影響を受けている国語があるのでそれは漢文学になっている。ここで文論の議論では必ずしも解決してこなかった日本語の文という単位について文を文章の構成単位と見る視点から日本語文法が見えてくる。文...西洋語の影響にある文には

  • W高気圧

    いま、昼の時間帯。太陽にあたろうものならジリジリと焼け付く。チベット高気圧と太平洋高気圧が張り出してダブルとなっているとか、猛暑の高温は37℃超と、39℃と連日に、気温35度を境に8月2日ごろまで。上空にはチベット高気圧と下降気流を起こす太平洋高気圧とで、ヒートポンプ状態になるそれぞれの高気圧は広がる高度が違うため、同時に張り出すと上空で重なり合って、ダブル高気圧。聞くだに協力じゃなくて、強力そう。大気上層でチ.ベット高気圧,中層や下層で太平洋高気圧。チベット高気圧、チベット方面から東へと勢力を強めてくる上空約10,000メートル付近。太平洋高気圧、地上付近~上空約5,880メートル付近で顕著に現れ、本州付近を覆ってくる予想。熱中症警戒アラートが全国に及ぶ。2階建て状態には地下に避難壕を作らねば、よけられ...W高気圧

  • 文法則

    日本語文法論議23725日本語文法は文法として文法則をつくり出してきた。日本語には文があったのか。句というものと文章というとらえ方があった。だから、幕末、徳川政権の時代から、近代に移行する中で文法を学び、文というもの取り入れようとした。文はそれまでの文章と呼ぶものにあいまいに文また文章というと翻訳の文法書で定義されていた。その定義となるとその翻訳文法のもとには西洋文法として文の単位で分析をする議論であった。だから、だから、文また文章では定義が成り立たない。文章の見方は文に収束する。日本語に文がなかったと言ってみても、文法則をつくり出してきたと言っても、その時代には新しい学びが行われて、格という、それまでの詞としてみていたものに膠着する現象で屈折する語をつくり出すことになる、というのは、語というものもまたこ...文法則

  • バイパス

    豊明と豊橋間、23号線バイパスはノンストップで走行する。時速は60キロ前後、距離は50キロ弱、バイパスは蒲郡で降りて第1国道につなぐ。豊橋までは2024年度に開通予定。豊橋、豊明間の国道23号バイパス、名豊道路の72・7キロが全線開通するまであと1年。いまは30キロぐらいの距離だからバイパスは30分で通過してしまう。蒲郡から豊橋まで1時間くらいを見ている方が良い。名古屋駅を7時過ぎに出て豊橋駅までちょうど1時間ちょっとぐらい、高速道路利用と何が変わるか。通行料金2000円違いか。なにしろ、通勤時間帯の渋滞があるので市内への出入りには気をつける。それでも、バイパス30分のドライブは運転が自動になる気分で、実際にクルーズと追尾走行にすればホンダセンシングは楽々運転なって、いわば踏むブレーキがいらない、ノンブレ...バイパス

  • 文章には

    日本語文法論議23724文章には文章を構成する下位単位がある。すぐにわかるのは文という単位である。文のほかには何があるか。日本語の句は文章を構成する単位になる。句は連文節として文における文節の単位に分けることができる。文節は句と文の下位単位であるから、文章の関係構成を持つと、文章は文節からなると見ることができる。それではそれぞれの単位相互にはどのような関係構成があるか。文には文節単位に分けてその文節が文機能となるときの語と文節の単位のとらえ方があるが、語論において文節は語相当になるので、次のような文成分になる呼び方は文節という呼称をつけないで、主語文節、述語文節、目的語文節、補語文節などを主語、述語、目的語、補語などとすることができる。そして、修飾語文節を分析する。句には句論にとらえられる修飾句、条件句、...文章には

  • 文章単位

    日本語文法論議23723文段は文章の一部、文章を構成するとする。これを文法の論議にするかどうか、文章を全体としてそう見るならば、つまり文章が文法の対象となると、文段も必然的にそうなる、と考えられるのだが、どうも、文章の論議に作品総体という時枝学説の議論があるので、文段を文法対象の論に、そう捉えなかったようである。わたしに文段の用語は段落にもなるし、それ単体の文章の単位であるから、文集合をとらえたものである。文章には文章の統一があるとするのは文が複数連鎖して表現のまとまりをみせるからである。書き手と読み手がそれぞれにその統一を生成し解釈すればその複数の文集合は単位に違いを持つこともありうるので、まず、表現者が段落に分けた形式を一つの単位にするべきであろう。文章のまとまりというのを議論するときにはその単位とし...文章単位

  • 言語起源論と

    onomatopoeia、オノマトペと言語の本質、そして言語の進化について述べる箇所に読み進めてきて、ほぼ2分の一、「次の第5章では、いったん視点を子供から「言語」に移し、言語はどのようにオノマトペから離れて巨大な記号の体系に成長していったのかという、言語の進化を考えていこう」とその章にはずばり「言語の進化」をうたう。ヒトの言語はどのようにして生まれたのだろうか?」この問いについて、進化論学説は解明しなかったという通念でいるわたしには、言語の進化ということと言語習得にはかかわりがないのだが、それを言語の本質としてとらえようとする研究動向には、言語研究で言語変化を考えることと、一方で進化するというときのその手法と議論になじまない。それで、縷々、議論を追う。>進化論が生まれた19世紀より存在したが、長い間、科...言語起源論と

  • とでもなく

    世界のオノマトペを大まかに捉える定義ということでは、よくわからないが、オランダの言語学者によるものらしい。その所だけを引用するのはどうかと思うかもしれないが、次のようである。>オノマトペ:感覚イメージを写し取る、特徴的な形式を持ち、新たに作り出せる語マーク・ディンゲマンセ検索したら、ヒットした。この方の研究は母音に色があるということを唱えるらしい。>「音と色をどのように結びつけるかというロジックが存在し、言語の構造はこのプロセスにおいて重要な役割を果たしています」論文著者の一人でオランダのラドバウド大学で言語学を研究するマーク・ディンゲマンセ氏は、プレスリリースの中でこのように語っている。母音は言語ごとに異なっており、日本語では5個だが、オランダ語では16個にもなる。言語によって母音の切り分け方、グループ...とでもなく

  • 文段

    日本語文法論議230722←日本語文法論議23717文段という語を造語してきたように思っていた。段落、パラグラフ、あるいは章節となる文章の単位である。それを検索していて、なにを検索していたかというと、市川孝氏のネットサイトの情報である。が、それがヒットしない、陶芸作家には次々とヒットするので、その同姓同名で検索に引っかからなくなってしまったらしい。それでも出てくるサイトの中で、日本語の談話分析に関するノンポジウムに発表した佐久間氏のペーパーがヒットして、そこに出てきた。引用しておくと、文段は次のようである。。>市川孝氏は、ー中略ー「文章の内部の文集合(もしくは一文)が、内容上のまとまりとして、相対的に他と区分される部分」である「文段」を考えるべきだとされている。http://gendainihongo.s...文段

  • 擬声語はオノマトペか

    擬声は声色の物まねである。声をまねること。擬声語となると、声をまねるのではなくて、声でまねることになってしまう。ここがよくわからなくなって、擬声に擬音を混ぜてしまっている。擬声語と擬音語と分類したりしてさらに分からないことになるが、なぜか。オノマトペと言うカタカナ語を使いだして、各自解釈になってしまうからである。もう一度、わかりやすく擬音で説明すると、擬音と言うのは音をまねることである。効果音とか舞台で使われて、舟をこぐ櫓の音とか、馬が走り砂をける肥爪の音とか、さらに擬音と言うの音をまねる効果だが、音でまねるようなこともするようになるから、落語の幽霊が出る話のシーンにお決まりの撥さばきの音にも擬音が拡大する。声をまねる、音をまねる、オノマトペにはそれを擬声と翻訳してさらには擬音をも入れたような意味内容を持...擬声語はオノマトペか

  • 擬声

    オノマトペ、イコンと言語の役割的なかかわりをどう説明するかと議論して、ついにはその言語性を問うとなると、アブダクションにもならない、言語そのものが何であるかの議論が大前提にないから、言語現象にある機能を当てはめていくだけの作業に見える。もともとその基本にあるそれまでの議論にはのらないという、視点を変えようということから出ていることなので、オノマトペが言語の本質であるなら、オノマトペ共通語が地域にあってそれでコミュニケーションをするということができるはずの、そのオノマトペは言語によって異なるのだから、イコン性も、この語の使い方もちょっと理解できない。しかしそこにイコン性を持つということは遠い将来に共通することが可能であるだろう、このコンピュタ操作、プログラムで標準を図るようにプロトコルができればの話だが、つ...擬声

  • オノマトペとは

    擬声という。擬声語という語にもなってどうもこれは使い方がちがう。オノマトペの翻訳として言う。それは擬声になる。フランス語を経て英語で、音が語を形成する名前となるようである。漢語にどう見えるか。おおくは現代解釈である。字通には擬声の語は挙げていない。擬態は見える。ところが日本語の擬声は擬音とする解釈が主流となってしまった。その擬声に対して擬声語、擬音語として説明される。そこでまた、擬音語という語と、擬音と言うのは意味内容が異なってくるので、その用法には、擬声を言語の用語としてとらえなおす必要がある。カタカナの語を用いてのオノマトペは日本語の意味内容を持ってしまったために、議論が整理できたかのような、ついには漢字の造語を並べ立てている。金田一(1978)の分類は説明として基本的なところで十分ではないにもかかわ...オノマトペとは

  • 言語の本質って

    中公新書で、タイトルは、言語の本質ことばはどう生まれ、進化したかという本の売れ行き好調とか。新聞広告が目について書店に散歩がてら買いに行けばと思いながら、日が経って今日の午後に入手した。店内のコーナーで派手に並べていた。5月25日発行のものが、6月20日で3版を重ねていた。興味を引いただけに売れているのはそういうことなんだろうと思うところ、どうも、副題がいけないのだが、どうなんだろう。そこでこれから読むとして目次を眺めて終章の著者連名の言語の大原則という見出しにページを繰ってみたら、なんか情けない言述があった。知の創造に失敗と誤りはつきものである、とか、山登りの頂上がゴールではない、とか。およそ新書版タイプの言辞であるから、これはこれはと、この物言いからして記述を危ぶむことになる。さておき、大原則なるもの...言語の本質って

  • 学校文法の文章論

    日本語文法論議23717文章論の必要な日本語文法論議にその後継スル理論の発展にどうにも文法研究の立場が災いしてこれまた時枝学説の縛りになる物言いだが一理あるので致し方ないだろう。ただ日本語文法となればその学説には日本語研究の対象にあるだけに相関性があるのを否定できない。つまりいくら立場を固執して理論展開を図ろうとしてもそこに呪縛があれば抜け出せないようなことである。永野賢氏、1922年3月5日-2000年10月3日、同様に学校文法の文章論を継承する学説に市川孝氏がいる。ここで検索にかけるとグーグルではヒットしない。国語教育のための文章論槪說-市川孝Googlehttps://books.google.com›books›about›国語教育...国語教育のための文章論槪說.FrontCover.市川孝.教...学校文法の文章論

  • 文章論と文法

    日本語文法論議23716文章論の議論はなぜ生産的でなくなったか。文章論の提唱が時枝学説の継承にあると見ると、その議論委は前提と対象とが収束するものであったからである。そんなことを言うと学校文法文章論を文法として議論するもの、日本語教育で日本人向けの文章論といった試みで行われているものがあり、文章論という研究の議論が続いているように見える。しかし学説による文章論の継承はその内容に収束してしまうものがいくつかあった。仮説に展開する作品が対象となるという言語現象の証明ができないという事例で、その文章とは究極には作品の解析となるという理論構築は文法領域にとどまることができないと受け止められる。時枝氏は学校教育にも意見を言語生活の実現、その教育を実践していたので定見となるものがある。それは国語教育の実践委は古典作品...文章論と文法

  • 文章の主題主語

    日本語文法論議23715文章論は日本語文法の語論、文論、文章論と部門に議論が展開する。語論法則、文論法則、文章論法則と単位が大きくなれば相互に関係構成を以て小単位は中単位に、中単位は大単位にと包括的に規則性を持つことになる。語に意味の核となる形態があれば、文も同様に核となる意味内容を持ち、文章にも核となる意味まとまりをとらえるものがある。文章における核となる意味のまとまりをマークするものは文における主語と文章における主語となる主題である。主格主語に対する主題主語はどのように表れるか。文章の例を見てみる。引用は、230715「古代メキシコ」展祈りが生み出した造形美3文明の独創性と宗教観映す日経新聞文化面記事より。>紀元前15世紀からスペイン侵攻までの3000年以上、古代メキシコに独自の文明が花開いた。そのう...文章の主題主語

  • 文章作法

    日本語文法論議23714文法は文章作法につきる。文章作法はまた作文法である。しかし、作法と作文の違いがある。文章作法は文章のいろいろに及ぶが、作文法はまず文を書くことから始まるから、文章のゴールとスタートの位置をそれぞれに持つことになる。ともに文章の書き方を説く。そこで文法という語をあらためて見ると、文を書く技術であり、文を規則としてとらえることにあった。漢字の字義をあえてとらえれば文と法であるということは表現された言葉のいろいろとその順序だてた説明いわば法則となる。文章作法事典を紹介する。同名書であるが、その内容の方向性は上述のようになっている。文章作法事典著:中村明出版社‏:‎講談社学術文庫発売日‏:‎2023/4/13文章作法事典樺島忠夫(編さん)出版社‏:‎東京堂出版発売日‏:‎1979/3/1文...文章作法

  • 文章とパラグラフ

    日本語文法論議23713文章とパラグラフパラグラフ【paragraph】読み方:ぱらぐらふ>1文章の節または段落。2新聞・雑誌などの短い記事。3欧文で、段落の冒頭や注記・解説などに用いる「¶」の記号。段落記号。ピルクロウ。デジタル大辞泉>文章において見やすくまとめられた文の塊(ブロック)。通常は複数の文によって構成される。段落の始めは、行頭から数文字(日本語では1文字)の字下げをする。日本語の縦書きでは行頭が下がるので、「段落」という言葉が生まれた。パラグラフともいう。出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』(2019/07/2205:37UTC版)「パラグラフ」の例文・使い方・用例・文例新しいパラグラフで書き出しなさい最初のパラグラフでは、いわゆるサプライサイドの経済戦略というものの...文章とパラグラフ

  • 章段

    日本語文法論議23713章段、章節、章句と、詞章に用いる語があって、文章の単位にそれぞれの機能がある。詞章は詩文、詩歌や文章のことを指す。文章また段落はそれぞれの関係を構成する意味内容のまとまりをとらえる。章段は長い文章の一区切りとするように、古典の随筆作品の文章には章段に分ける例がある。枕草子を章段に分けてその作品の増補を議論することがある。章節は長い文章などの章や節の区切りというとらえ方があり、章に節を設ける分け方がある。章句は文章を章にわけ、句をきり、句読を正して文意を詳しく調べることとする解説は、注解を施すことに読解作業があった。字通は、章字について次のように言う。>[字形]象形入墨の器である辛(しん)(針)の針先の部分に、墨だまりを示す肥点を加えた形。これによって入墨を行う。その文身の文彩あるも...章段

  • 文章単位

    日本語文法論議23712文章単位は形式段落に設定できる。文はそのうちに2文以上を持つ。書き手が段落とするところで読み手がそれに従えばひとまとまりの文章である。形式段落に一段落としてまとめてしまえばそれはそれでよいが、意味段落の設定をすれば形式のうちに文章のまとまりを読み手によって作ることができるし、また形式段落が短い場合にはそのいくつかを併せてひとまとまりにすれば文章のまとまりを見ることになる。文章作成にワープロの普及が影響しそれがさらに段落の明示となるコマ落としの書き方が変わってきてコンピュータの印字によって段落の冒頭を一コマ下げない形式が普及してきている。その場合は行開けによって段落を分けているから、形式段落と見分けるのはかえって見やすい。大体の目安に400字詰めで3段構成を作る文章であれば、150字...文章単位

  • 文章論の前提

    日本語文法論議23711文章論は文法の単位をどうとるか、文章の規定を複数の文とする学校文法では文章の最小単位をいう。その一方で複数に2文以上であるとすると単位には何文という限度がなくなる。そのような捉え方は文法的ではないし文章論に生産的な議論を期待できない。かつて時枝学説は文章論として文章の単位を文学に取れば作品の一つ和歌俳句の短詩型においてもその作品を単位とする、まとまりを持つ文章ということであった。議論委は標語の一句、一語にも文章の単位を見るという。結局は文章論に生産的な分析研究は頓挫した。文章と文との区別を翻訳文法でつけること難しく、それは国語に文を見ることは文法とは別の観点があり、文そのものの規定が翻訳の概念として定着するまでのあいまいさがあった。日本語では文章は文であったのだという様子である。さ...文章論の前提

  • 語論

    日本語文法論議23710語論には語構成の論があった。阪倉篤義氏著「語構成の研究」1966である。刊行4年前、博士論文と見える。語構成論の単純語、複合語は分類の分かりやすさがあったが、その後、野村雅昭氏に単純語と合成語の議論が出て国語と日本語の語の類別に議論が異なる。講座日本語、語彙、岩波書店に論が見える。語論には日本語論とか、英語論とか、語そのものを言語体系と見た論がある。いわば言語論、そのうちの一つである。国語での漢語、和語、外来語とする語の種類の呼称に対して個別言語に語をとらえるようになった。語論の基礎論が国語になったものを日本語教育の解説では異なった説明があることになって合成というとらえ方は難しくなった。日本語文法語論、あるいは日本語文法論の語論をみようとする。語論

  • 句論

    日本語文法論議2379く‐ろん【句論】文法で、句、文章についての理論。日本国語大辞典「句論」精選版日本国語大辞典-句論の用語解説-〘名〙①文法で、句、文章の構造についての理論。シンタクス。く‐ろん【句論】文法学上、句・文についての理論。広辞苑「句論」https://wapbaike.baidu.com/item/%E5%8F%A5%E5%AD%90/4687927>中文名句子外文名sentence类别语文构成词和词组组合主、谓、宾、定、状、补语句子是语言运用的基本单位,它由词、词组(短语)构成,能表达一个完整的意思,如告诉别人一件事情,提出一个问题,表示要求或者制止,表示某种感慨,表示对一段话的延续或省略。句子和句子中间有比较大停顿。它的结尾应该用上句号、问号、省略号、或感叹号。>文は言語使用の基本単位で...句論

  • 学説の相関

    連文節連枝日本語文法論議2378山田学説を継承して日本文法の思想と意味理論を得ようとする。松下学説を日本文法の形態分析の発見として日本語独自の表現を理論構築する橋本文法を文節文法と決めつけたままに文法教育の成果をみようとしない、それだけわかりよい証左。時枝文法を仮説理論のままにその証明ができないにもかかわらず仮説を認めるか、概念を経ないのは嘆き音くらいか。渡辺文法を構文論の関係構成で見ると連文節連詞を理屈による構造として解明しては見せているが、はたしてーー三上寺村学説以降の記述文法が明らかにしたように見せるコトの類型とは何だったのか、モダリティーに合わせる意味解釈は発話を生成するための文法足り得ないのではないか。日本語教育の教育用文法はイディオムの習得にあることを現場教師がよく知るところで文法という表現方...学説の相関

  • 句という文

    日本語文法論議2377句法を漢文句法とすると、漢文文法句法と汎称を採るいいかたがある。語法が文法であったように句法が文法であるという。漢文学習に句法、句形という便宜がる。学習用の文法ということであるが、句そのものが何かを説明することがない。しかし句法を構文のとらえ方とする。句を言語単位のひおっつとして解説する辞書の項目、精選版日本国語大辞典には次のようである。>⑥言語単位の一つ。(イ)単語をつづって、ひとまとまりの思想を表わすもの。思想の言語的表現の最小のまとまり。学説によっては、主語、述語を備えたものとし、また、それが文の部分となっているものとする。※和英語林集成(初版)(1867)「Ikku(イック)〈訳〉一つの文」(ロ)二個以上の単語が続いて、一個の名詞または動詞、その他の単語と同様の働きをなすもの...句という文

  • 語法が文法であったから

    日本語文法論議2376語法と文法と近代以降の用法には翻訳語の概念を持つようになる。語法にその経緯がある。しかし、文法には漢語としての用法が移入語として見える。法令の条文をあらわすというのは文字のままの意味内容である。語法は哲学辞彙に翻訳語としている。日本国語大辞典の用例より。*哲学字彙〔1881〕「Expression文辞、語法、表出、面色」また同じく、日本の語法と漢文との対比で用いる例がある。*日本開化1877~82~82〕〈田口卯吉〉四・七「漢文一変の時に当りて日本の語法を以て文章を作る事漸く世に顕はるるに至りしは」なお、初出に挙げているのは、輿地誌略、1826、「語法言詞の書」tp見える。文法はに法令の意味を持って用いている。次の※は精選版日本国語大辞典の用例より。※菅家文草(900頃)九・請令議者...語法が文法であったから

  • 語法、文法

    日本語文法論議2375語法は語の単位を扱う文法である、と言い出すと、語法が文法とどう違うのか、語の単位を扱う文法が語法である、とでも言えばよいか。英語学習で語法問題、文法問題と区別することがある。grammarとwordusagesになる。日本語教育のkanjiusages漢字用法はいわば語法である。グーグルの翻訳に、「語法」を次の言語に翻訳:英語noun1.syntax2.grammar3.dictionと、見える。国語辞書にもデジタル大辞泉ご‐ほう〔‐ハフ〕【語法】読み方:ごほう1言葉遣いの規則。文法。2言葉の使い方。表現法。と説明がある。【文法】(grammar)【語法】(wordusages)https://englishpark.jp/others/「文法」と「語法」の違いは?違いを理解して使>...語法、文法

  • 文法だから文が単位になる

    日本語文法論議2374文法単位はまずは文そして語であった。まずというのは文法であるから文の法則、規則とでもすれば文単位が設定されるというとらえ方である。文の分析には語による構成単位としての関係がある。それを文節とする橋本学説は自立語、付属語の単位をとらえた。そこに概念の過程をみようとした時枝学説は句としたので、それまでの語の概念に、入れ子型という句構造の仮説、詞と辞の論を混ぜてきた。語、文節、句と三つ巴のように論の立場があった。このそれぞれがちがった文法機能の単位であるにもかかわらず形態論で見るなら同じ単位なる。言わば「語」なのである。松下学説は原辞をもって詞を構成する単位と見て語の相当にする。bn文法だから文が単位になる

  • 日本語文法論議2373

    語論、文論、文章論と、文法単位体にあわせて大まかにそれぞれの論を構成する日本語文法論の構想である。文法単位には、形態を分析することもあるので、語論のうちに形態論を含める。ただし、形態、統語とその論の内容を見る場合に文法論は別だてになる。さらに句また節を見るときは文論のうちに含める。日本語文法は語法、文法、文章法とその論を展開する。国語文法はそれを品詞、構文と説明して文章は実践文法としてきた。近代になって文法学説はその業績をそれぞれに国語の議論としてきた。学説の立場に拠ることはことは重要なことである。しかし学説はその主張をシフトして継承されてきている。すなわち大きくは学説の移入によって始まった。漢語に対する翻訳文法とする時代の流れがある。それは2対流に見えるが、大流には実は国語文法研究の学説がある。日本語文法論議2373

  • 文書の基本

    文書の基本になるとすると、作文用紙に文字を書くことから始まって、自分の将来にかかわる履歴書つくりがある。日常生活で文書となるものはまず通信、通知文の類で、自らが発信する手紙がある。注文や契約の書類などになると社会とかかわるものであるから、おろそかにできない。そのような文書つくりのもろもろが電子情報によって代替される時代となってきた。そこで最も便利になるメールのやり取りである。スマフォ、タブレット端末とテンプレートで示されるものに書き込む。何とも簡単であるから、自分が手書きするものは何があるんだろう。そういうものがなくなってきたから自筆文書というものを書かない。そこで基本中の基本練習として手紙の書き方をとらえることになる。その手紙形式なるもので文書が作れるかといささか心もとないのは肝腎の手紙を書かない習慣が...文書の基本

  • 兵と武器

    勝てない戦争だと理解しただろう、自分たちの過ちが何であるかを理解した、と語る元ロシアの軍参謀だったか、勝たなくてもいい、負けなければいいと戦術を取った、ロシアが負けなければ政権を維持し相手が消耗したところで停戦交渉を有利に進めようという思惑がある、となると、長期戦にシフトしている現状がわかってくる。この戦争は武器弾薬戦闘具を消費してその補給をつづけられるかどうか重要なキーとなっている。図らずもプリゴジンの軍に対する要求でもってそれがロシアの戦い方の弱点を露呈した。https://www.nhk.jp/p/special/ts/2NY2QQLPM3/episode/te/J51W88YPV2/ワグネル反乱変貌するロシア軍初回放送日:2023年7月2日>ロシアの民間軍事会社ワグネルによる武装反乱。プーチン政権...兵と武器

  • GAIと、生成AI

    グーグルで、そのページの内容を示すスニペット、抜粋が表示されることがある、それを強調スぺニットと呼ぶそうである。自動システムで判断します、ともいう。たとえば、ジェネレーティブAIについては、>「生成AI(ジェネレーティブAI)」は、トレーニングされたデータに基づいて高品質なテキストや画像、その他のコンテンツを生成することができるディープラーニングAIモデルです。AIは繰り返し何度も過度な期待をされてきましたが、ChatGPTのリリースは、AIに疑いを持つ人々にさえ転換点を示しているようです。と見える。これは、次のサイトである。2023/06/09生成AI(ジェネレーティブAI)とは:仕組みを解説-IBMIBMhttps://www.ibm.com›jp-ja›what-is-generative-ai生成...GAIと、生成AI

  • 文月

    ふみづき、ふづきとも。もと、ふみつき、ふつき、とする。陰暦による異名。旧暦の7月、今の暦でおおよそ8月、季語は秋となる。「涼月(りょうげつ・れいげつ)」や「秋初月(あきはづき・あきそめつき)と、紹介するウエザーニュース。さて、ふみひらき‐づき文披月の解説、《書 (ふみ) をひろげて曝 (さら) す月の意から》日本国語大辞典ふみひらき‐づき【文披月】解説・用例〔名〕「ふみひろげづき(文披月)」に同じ。《季・秋》*奥義抄〔1135~44頃〕上「七月ふみづき七日たなばたにかすとてふみどもをひらくゆゑに、ふみひらきづきといふをあやまれり」*俳諧・鼻紙袋〔1677〕七月「文披(フミヒラキ)月」乞巧奠きっこうでん七夕のルーツ糸や針仕事の技巧上達を織姫星に願う夜の祭事https://www.worldfolksong....文月

  • 約、つづめる

    約言と語中の言語音の変化をとらえたのは、国学者。国語研究である約音、約転ともいう。約とは、つづめる、短くすることである。音位で変音する現象の一つ。広辞苑には意味解説がある。旅人を、たびびとたびととなる例である。ほかにも、大辞林では、>語中の相連なる二音節が中間の音を脱落させて一音節に縮約される現象「あらいそ」が「ありそ」として見える。語の成立に語構成を見ることになる。そこで約語とでもいえば語の形成にかかわるが、用語にはない。約言、延言。また、約に対して延という現象を国語で説明する。延言>(江戸時代の国学者の用語)元来1音のものを2音以上に延べ言うと説いたもの。「呼ぶ」が「呼ばふ」(ハ行延言)となり、「老ゆ」の名詞形が「老いらく」(カ行延言)となるなどをいう。現在では助動詞・接尾語の付いた語形と説明する。延...約、つづめる

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