いやあ、参っちまいました。「6月に誕生日を迎えられたので、身体検査をしますなんて、月一回の定期検診でいわれました。「体重は……。あらあ、大台ですねえ、80.5kgです」「身長は……。あらあ、縮んじゃいましたねえ、171.3cmです」「あらあ」が、口ぐせの看護師さん。すこし、ショックが和らぎましたけど……。でもほんとに、「あらあ」でした、ものの見事に。じつは、もういっちよ!「あらあ……。お腹周り、81cmですねえ。メタボの更新ですねえ……」身体検査
昨夜、夢を見た。bokuをあざけり笑うがごとくに、見も知らぬ男に抱かれていた。一糸まとわぬ姿で、抱かれていた。bokuは、黙って背を向けた。bokuは、声を殺して涙した。意気地なしのbokuを、笑いたければ、笑うがいい。でも……、kimiは、だれ?(背景と解説)少し断片的ですね。これではまったくの、骨皮筋右衛門ですわ。正直、こういった詩が、この時期には多いんです。自分の中で完全に消化し切れないままに、溢れ出る感情の吐露を抑えきれずに、ただ吐き出しているだけなんですわ。まあ、これがアマチュアの、若さゆえの限界といったところでしょうか。bokuは、まぎれもなくわたし自身です。ではkimiはだれ?ここがまさしくキモでして、想像するに、kimiもまた、わたし自身ではないかと思うのです。「夢を見た」ですが、=観念の世界だ...ポエム・ポエム・ポエム=番外編=~夢~
昭和5年の春に、名水館に降って湧いたような隠し子騒動が起きた。女将の珠恵には子がなく「養子を」という話が出ていたのだが、突然に夫の栄三が「今年17歳になる息子がいる」と告白したのだ。上へ下への大騒ぎの末に、親族一同の総意として、その息子を跡取りとして迎えることになった。「京都で板前修業をしている」という栄三の説明が決定打となった。親族会議の間終始無言を貫いていた珠恵が、その決定に異議を挟まず「申し訳ないことでした」と畳に頭をこすりつけた場面では、女性たち全員が「あなただけが責めを負うことはない、栄三にも責任がある」とかばってくれた。「済まないことです」。栄三もまた、珠恵にならって頭を下げた。しかし場の雰囲気としては「良くやった」と栄三を褒める空気が多かった。やはり養子を取ることに対する反発は大きかった。よしんば...水たまりの中の青空(珠恵の決断)
次回から第2部に入ります。いよいよ、武蔵と小夜子の出会いがあります。五平の画策によって出逢いますが、どうやって武蔵が小夜子を口説き落としていくのか、その流れをお楽しみください。で、その前に、光子について、スピンオフ作品としてお話ししておきたいと思います。2、3回のつもりですが、わたしのことです、少し長くなるかも……?-----熱海老舗旅館[名水館]女将、合原光子。大正10年11月生まれの40歳。武蔵が30代半ばと見たが、大抵の者が見誤る。特別の若返り対策をしているのではなく、日々を忙しく動き回りつつも気苦労の続いた生活から解き放たれたおかげと、知人友人に答えている。14歳の折に名水館の仲居見習いとして入り、同時期に入った2人――女将の姪と女将修行の為にとやってきた他旅館の娘二人と共に、先代女将である珠恵の厳しい...水たまりの中の青空~第一部~(光子という女)
それは大通りから一本中に入った路地裏にあった。古い商家をそのまま使っているようで、ガラス戸を開けるとすぐに土間になっている。そこに古びたソファが置いてあり、テーブルを挟んで対面式になっていた。くたびれたジャケットを着込んだ中年の男が、書面を前に考え込む仕種をしていた。説明している若い男は入ってきた女将に対し、すぐさま立ち上がり直立不動の姿勢を取った。「名水館の女将さんです」。大声で告げると、どうぞと奥に進むように手を動かした。渋面をしていた男も、名水館の名前を聞いた途端に立ち上がって、ご無沙汰していますと頭を下げた。パーテーションの奥からは、電話対応をしているらしい声が聞こえる。元々は畳だったはずだが、現在は板の間となっているようだ。床のギシギシときしむ音と、くぐもった靴音が聞こえてきた。「まあ女将さん。どうさ...水たまりの中の青空~第一部~(百二)
人間の感情には、形状というものはない。と同時に、複雑な形がある。愛と憎悪━相反する感情。が、ともすれば、同じ形を見せる。罵りの中の甘え労わりの中の軽蔑友情をも裏切る愛、世間を敵にまわす愛幸せを強いる権利はなんぴとにもなく、幸せを掴む権利は誰にもある。強い人がいるもう一人弱い人がいる形あるものは壊れ、形なきものは絡み合う。罵りの中に甘えがあり労わりの中に軽蔑がある義理と人情その板挟み義憤と憐憫惻隠の情天国と地獄HeavenとHell誉れと恥辱GloryとShameそしてハレルヤとInferno(背景と解説)これはですねえ……なんと申しましょうか……なんだったのでしょう?なにがあったのでしょうか反語辞典のような感じなのですが哲学的な要素を徹底的に求めていますよね他人事のような言い方になりましたが己自身が書いたのか、...ポエム・ポエム・ポエム=番外編=~人間の感情~
突然に武蔵さまと謙譲語に変わったことに違和感を感じつつも「ご亭主の酒は?」と聞くしかなかった。「落ち込むお酒、でございます。愚痴の多い、ひがみが激しい、そして終いには、暴力の出る、お酒でございます」気丈に振舞う光子だったが、波間の強い反射光を避けるが如くに手を顔にあてた。溢れそうになる涙を、隠すためにも。「戦争前はそれほどでもなかったのですが、帰還してからと言うもの酷くなりました」「外地に?」「はい。ですが、どこと言わないのです」「船便で分かるでしょう?我々は内地でしたがね」ゆっくりと煙草をくゆらせながら、いつもの武蔵に戻った。「左様で。宅は、22年の冬でございました。ひょっこり帰って参りまして。一年ほど、どうもあちこち尋ね歩いていたようでございまして。でもどうして、何も言ってくれないのか」「言いたくない事情が...水たまりの中の青空~第一部~(百一)
「光子さん。こんなことを聞いていいのかどうか、正直分からんのですが」「まあ、こわいことを。どんなことでしょう?」武蔵にしては珍しく、言葉が饒舌に出てこない。「別に聞くことでもないし、聞かない方がいいのかも、しれんし……」「武蔵さまにしては、珍しく弱気ですね?そんなことじゃ、陥ちるものも陥ちませんことよ」にこやかに微笑みながら、光子が急かす。「答えたくなかったら、答えなくてもいいですから。いやいかん。もう、弱気の虫が出た。深い意味はないんです、ただ聞きたいだけですから」「はいはい、どんなことでしょう?あたくしも、どんなことを聞かれるのか、楽しみになってきました」砂地に足を取られての歩みは、少しの時間といえども結構きつい。足腰の強さでは人後に落ちない武蔵だが、ふくらはぎに違和感を感じ場しめた。武蔵の顔のゆがみが、眉...水たまりの中の青空~第一部~(百)
穏やかな波に反射する太陽光を眩しく感じながら、武蔵は光子の横顔をも眩しく感じた。“いい女だ……”久しぶりに、心が騒ぐ武蔵だった。あの梅子以来のことだ。もっとも梅子との間には、男女関係はない。色気云々ではなく、人間として器の大きさを感じてのことだ。しかし女将に対しては、女としての魅力も感じる。「女にだらしなく見えますか?」思わず、武蔵の常套句を口にしてしまった。“今日は色気抜きだ、ビジネスの話しをするんだ”。そう決めたはずだ。でなければ脇の甘い交渉事となってしまう。今までに女性相手のビジネス話は経験がない。女性の同席があったとしても、あくまで補佐的存在であり、交渉相手は男性だけだった。勝手が違うなと困惑気味になってはいる。まさか旅館組合を相手にすることになるとは、想像もしていなかった。三軒いや五軒も回れば、一軒ぐ...水たまりの中の青空~第一部~(九十九)
日光・東北旅行、そして東京へ。 [6月11日~6月13日](二十二)とりあえず、最終回
などと愚痴っている内に、わたしに順番が回ってきました。急かされるようにプラのトレイで受け取ると、カウンター席へ。一人ですからねえ、テーブル席というわけにはいかんでしょう。いかにもマナーを守ろうとしているように言いましたが、本音を申しますと、カウンター席の方が空いているからなんですねえ、いけませんねえ、こういう考え方は(はい。誰でしようか、この言い回しは。ご存じの方はめっきりと減ったことでしようが、映画解説の先駆者である淀川長治さんなんですねえ。それでは、サイナラサイナラサイナラ)。あららら、カウンター席、一杯ですわ。無論テーブル席は空いていません。そこはあなた、チェックが早いですよ。困りましたねえ、と思っていると席が空きました。中年男性がオロオロする、ウロウロではなくオロオロと言った風に見えたようなんです。「ど...日光・東北旅行、そして東京へ。[6月11日~6月13日](二十二)とりあえず、最終回
この口紅はあなたの味がするあなたとのファーストキス忘れられないメモリーですこの口紅であなたを想うのです別れのときにあなたがくれた口づけ忘れられないメモリーです夏の熱い日射しに抱かれるわたし燃え尽きそうなわたしのこころ忘れられないメモリーです冷たい月光に射抜かれたわたし凍えそうなわたしのこころ忘れられないメモリーです赤色が好きなわたしにあなたは紫色と言うそれじゃピンク色にしましょうと言うと白色のリップで俺色に染めたいと言うここにいるあなたはあなたじゃない今日のあなたは昨日のあなたじゃない明日のあなたはどんなあなたなのでしょうわたしを抱いて離さないあなたあなたの腕枕はわたしを雲上に誘(いざな)ってくれましたあなたの鼓動はわたしを眠りに誘(いざな)ってくれましたあなたに抱かれることがなによりの悦びでしたあなたがくれた...ポエム・ポエム・ポエム=番外編=~リップスティック~
女将の運転は実にスムーズな運転で、浜辺を見やるゆとりが武蔵にあった。♪♪熱海の海岸散歩する貫一お宮の二人連れ……♪♪武蔵にしては珍しく、鼻歌を口にした。「社長さま、ご機嫌でございますね。ご商談が、上手くいきましたのですか?」「いやいや、とんでもない。見込み違いだったかも、しれんのです。ここの旅館群に、陶器の売り込みを図ってみようかと思ったんですが。どうにも駄目みたいで。ああ、今の鼻歌のことですか?女将との逢瀬を楽しんでるんです」「あらまあ、それは光栄ですわ。こんなおばさんの、わたし如きに。で?陶器の売り込みとおっしゃいましたが、どちらにお声をかけられましたのでしょう?」ルームミラー越しの会話に、不満を感じた武蔵は「どうですか、女将。時間があるようなら、少し海岸べりを歩きませんか」と、誘いをかけた。「これが、あの...水たまりの中の青空~第一部~(九十八)
“うーん。やはり、未だ時期尚早か。無駄足だったか”。重い気持ちになったものの、“あの女将に会ってみるか、嘘を吐いたとも思えんし”と、思い直した。角のタバコ屋に設置してあった公衆電話を利用した。「はい、明水館でございます」女将の溌剌とした声が、武蔵の耳に心地よく響いた。「や、どうも。昨年の秋にお世話になった、富士商会の御手洗ですが。覚えていてくれ、、、」「まあ、社長さまですか?その節は、ありがとうございました。お礼に伺わねばと思いつつも、中々に時間が取れずにおり、申し訳ありませんでした」と、武蔵の言葉を遮った。「いや、そんなことは。実は今、熱海に来ているんです。でね、今夜の宿をお世話になろうかと思いましてね」“覚えていてくれたか。満更、社交辞令でもなかったわけか。いやこんなことは、女将として当たり前のことか?”す...水たまりの中の青空~第一部~(九十七)
月が変わって、いよいよオンリーとしての生活が始まる。三保子の表情に翳りが出始めたことに気付いた武蔵は、五平にその旨を告げた。「五平、困ったぞ。どうも、勘違いをしたらしい。いや、勘違いというより、誤算と言うべきかな?俺の愛人になりたいと言うんだ。どうしたものかな、これは」「そうですか。少し、遊ばせすぎましたかな。分かりました。後は、あたしが受け持ちます。なに、大丈夫です。今更、戻れませんから。うまく引導を渡します」五平がどのように因果を含めたのか、武蔵には知る由もなかったが、予定通りに三保子はオンリー生活に入った。二度程、武蔵の元に電話が入ったが、幸か不幸か武蔵は出張に出ていた。取扱商品が増えたこともあり、繁忙さは以前にも増して激しいものになっていた。熱海での徳利事件をきっかけに高級陶器に興味を覚えた武蔵は、伊万...水たまりの中の青空~第一部~(九十六)
日光・東北旅行、そして東京へ。 [6月11日~6月13日](二十二)
お気に入りの書は[逢]です。度肝を抜かれました、この[書]には。横長の和紙に、これまた横長に表現されています。「逢」これが素晴らしい。一角の線が、わたしには「人」に見えるのです。たとえば、辶の縦線が親離れしようとする青年。久の縦線は、男が女にキスをして求婚。そして久の中には、お腹の中の赤児……辶の横線は、家庭という土台。それとも、もっと大きく捉えて、社会でしょうか。そんな風に感じられて、一番の作品でした。そうだった!令和元年(2019年)の確か6月頃だったと思いますが、緊急にアップしていましたよ。6月頃じゃなくて、6月15日でした。慌てていたので{誕生日です}なんてお話ししていましたが、間違いです。6月16日が誕生日です、ま、そんなことはどうでもいいや。今回(すみません、この展示会は終わっていますので)は、添え...日光・東北旅行、そして東京へ。[6月11日~6月13日](二十二)
わたしの心を赤く染めて水平線の向こうに沈む夕陽二人の重なる影を長く織り成して甘く流れる汐風が優しく二人を包むわたしの心を赤く染めて水平線の向こうに消える夕陽二人の重なる影を永く織り成して押し寄せる波が砂の城を崩して行くわたしの心を赤く染めて水平線の向こうに隠れる夕陽二人の重なる影を熱く織り成して生命ちの息吹きが波涛に溢れ出る赤い夕陽が波間に落ちてわたしの恋は終わりました誰かが言った今なら引き返せるでも引き返すくらいならはじめからレールに乗りはしない恋の炎が舞い上がりそして今舞い落ちるわたしの恋に終りが来たけれどわたしの夏はまだ終わらない(背景と解説)前回の宿題ですが、すぐ近くまで来ているのですが、扉が叩けません。「ただいま!」とだけ言えば良いのに、なにかこう、言い訳を考えているというか、まだ帰れないとと自身が分...ポエム・ポエム・ポエム=番外編=~恋獄~
事前に連絡を入れていたのか、それとも察しの良い梅子ゆえなのか、しきりに三保子をけしかけた。「おやんなさいよ、三保ちゃん。楽なものよ、そんなの。それに、短い期間だし。後々のことも、面倒見てくれるしさ。ひと財産できるわよ。アメさん相手だと言っても、同じ人間だしさ。それに、レディファーストとか言って、すごく大事にしてくれるわよ」「ええ……でも……あたしなんかで……」。逡巡する素振りを見せつつも、三保子の気持ちは既に固まりつつあった。田舎の両親に対して、今以上の仕送りが出来そうだ、と考えていた。三保子の実家は、九州は佐賀県の片田舎だった。少しばかりの田畑を耕して、小学五年生を筆頭に三人の弟、妹が居た。他に兄と弟の二人が居たのだが、どちらも戦死していた。必然、三保子からの仕送りを頼りにせざるを得ない状況にあった。東京で働...水たまりの中の青空~第一部~(九十五)
「社長、ちょっと。失礼、永山さん」と、武蔵に目配せをしてきた。「なんだ?どうした」五平の意図を測りかねる武蔵は、怪訝そうな面持ちで五平に答えた。三保子から少し離れた五平は、「彼女に、ドレスでもプレゼントしてくださいな。あたしがうまく言いますから、頷いてください。お願いしますよ、トーマス准将のタイプなんです」と、耳打ちした。「ああ、分かった」。武蔵が答える間もなく、五平は三保子に声をかけた。「永山さん。大変失礼なんですが、ドレスをプレゼントさせてください。いや、だからといって強制することはありませんから。今夜お付き合いしていただく、そのお礼の気持ちですから」「えっ?でも、それは……」「遠慮しなくても、いいんですよ。社長の趣味のようなものなんですよ、プレゼントは。若い女性が美しくなるのが、嬉しいんです」「お嬢さん、...水たまりの中の青空~第一部~(九十四)
年が明けて、限られていた好景気の波が経済全体に行き渡り始めた。戦争遂行のための兵器生産による技術が民生品にも使用された。三種の神器と称された白黒テレビ、電気洗濯機、電気冷蔵庫が売れ始めていた。冗談で「三種の神器を、内でも扱うか」と武蔵が酒の席で、頻繁に口にし始めた。五平がその気になりかけると、「だめだ、だめだ。小売りは効率が悪い。あのあたりの卸は製造メーカーに縛られている。雑貨辺りが分相応ってところだろう」と、はしごを外してしまうのが常だった。武蔵の頭の中に「メーカーと対等に渡り合えるのは、まだ先の話だ」という、忸怩たる思いが渦巻いているのは、五平にも分かっていた。「それはそうと、社長。オンリーを探さなくちゃいかんのですわ。最近、アメさんの要求が厳しいんですわ。まあ英会話のできる女は増えてはきたんですが、中々に...水たまりの中の青空~第一部~(九十三)
日光・東北旅行、そして東京へ。 [6月11日~6月13日](二十一)
10:05。入館しました。「書」は初めてのことなので、どう感じるかー息子が絶賛する相田みつをなる人物像は?ー興味津々です。予定では、1時間ほどの鑑賞です。このあとは有楽町駅下あたりで昼食を摂り、渋谷まで行きます。で、Bunkamuraザ・ミュージアムにて[印象派…その後]でしたかね、それを鑑賞するつもりです。そこでは2時間ほどを予定していて、「16:33発大阪行き:ひかり」に乗ります。これは外せません、絶対に。なんで[のぞみ]で名古屋まで行かないのか?そんな疑問を持たれたでしょうね。[のぞみ]の方が遙かに速いです。ですが、名古屋から岐阜が待っています。これがくせ者なんですわ。くせ者と言えば、長嶋監督が「くせ者、元木が……」って、言っていたでしょう。結構投手やら捕手なんかを幻惑する行動を取ったり、守備についている...日光・東北旅行、そして東京へ。[6月11日~6月13日](二十一)
寒い夜が終わり、輝く真っ白な銀世界。昇り来る太陽でさえ恥じらいを感じるほどの銀世界。重い雪を押しのけて、春の訪れを知らせる雪割草一輪。今朝の天気の、なんと晴れ晴れとしていることか。昨日までの、激しいザーザー降りの雨。女ごころ……ホント、難しいもんです。“あの娘は、まだ子どもなのサ”そう言ってしまえば、みもふたもない。卒業式。そうだね、もうすぐだね。そして、僕たちの卒業式。果たして、ピーターパンは大人になったのだろうか?(背景と解説)タイミングを逃してしまいました。一ヶ月前に載せるべきでした。卒業式……。もちろんわたしにもあります、ありました。小学校では、式の後に教室に戻り、恩師と生徒だけの茶話会があった気がします。お茶と少しばかりのクッキー類でもって、小学校生活を振り返ったような……。ただわたしは、わたしには僅...ポエム・ポエム・ポエム=番外編=~卒業式~
はやし立てるように笑う五平に、「調子に乗りすぎじゃねえか、五平さんよ。俺だってそれなりに自信はあるが、どうもあの女将は分かんねえや。うまくあしらわれるような気もするんだなあ」。弱気になっている武蔵に対し、「らしくもねえ。ドーンといってみたらどうです。但し、今日はダメですよ。武さんのことだ、またすぐにでも来るんじゃないですか」と、探りを入れる五平だった。「女将と言えば、今度陶器を扱うことにしたから。手始めに、ここに徳利を進呈することにした。夕べのやんちゃのお詫びの意味でもな」「お詫びねえ。分かりました、分かりました。そういうことにしておきましょう。やっぱりだ」「ところで、五平、さん」「気味が悪いなぁ。いつもどおりに、五平でお願いしますよ」にやつきながらの武蔵に、尻がムズムズする五平だ。「俺に嫁さん云々と言うが、お...水たまりの中の青空~第一部~(九十二)
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いやあ、参っちまいました。「6月に誕生日を迎えられたので、身体検査をしますなんて、月一回の定期検診でいわれました。「体重は……。あらあ、大台ですねえ、80.5kgです」「身長は……。あらあ、縮んじゃいましたねえ、171.3cmです」「あらあ」が、口ぐせの看護師さん。すこし、ショックが和らぎましたけど……。でもほんとに、「あらあ」でした、ものの見事に。じつは、もういっちよ!「あらあ……。お腹周り、81cmですねえ。メタボの更新ですねえ……」身体検査
彼は、心のなかを見せない。たにんの侵入を極端にきらう。それゆえか、彼の部屋をおとずれる者はいない。そのくせ彼自身は、ひとの部屋にズカズカと入ってくる。仲間と友人。彼は、区切りをつけている。それが何故なのか?いままで考えもしなかった。が、学友との口論から、それを考えるに至った。町工場での俺は、労働の代価を受け取る。しかし夜学での俺は、支払う側のわけだ。とうぜん、時間の自由があってしかるべきだ。労働中の俺に、自由のないことは理解できる。しかし何故に、授業の選択が許されない?規則だからと、諦めにも似た気持ちになっている。入学時の誓約書は、強制であり交渉事ではなかった。町工場への就職時には、形だけであっても交渉があった。奇天烈~蒼い殺意~人間性(一)
それが9時近くになって、やっと帰ってきた。その時間が麗子には長く感じられ、不安だけが募った。裏通りにあるアパートである。人通りはまるでない。街頭にしても、アパートの階段に設置してある電灯だけだ。しかもまだ修理されていない。あとは、50mほど先にある。しかも、何時になるのかわからない。麗子の心は、恐怖感におそわれていた。いつなんどき暴漢が現れるかもしれない。そのときには誰かの部屋をノックすればいい。いやこのアパートの住人すらあぶない。〝どんな人が住んでいるのか、まるで分からないんだ。素性はもちろん、男か女かもわからない。というより、こんな場所だ。おとこだろうけどね〟男にきいた話だ。といって帰る気にもなれず、途方に暮れていた。そんなときの、男の帰宅だった。ムラムラと、怒りの気持ちと嫉妬心が渦巻いた。で、悪態を...[淫(あふれる想い)]舟のない港(三十四)それが9時近くになって、
話をもどします。まいどまいど、横道にそれてすみません。校舎のうら手に車をまわしたところで、思わず「ああ!」と叫んでしまいました。見覚えのある大木と、その横に土俵が見えました。あれえ……。でも土俵はあっちではなく、こっちの角のはずじゃ……。すみません。あっちやらこっちやらでは、どこなのかわかりませんよね。東西南北の観念がないので。(ナビで調べれば一発でしたね)。車の進行方向の向こうがあっちで、敷地にそって曲がってそしてまたまがってすぐの角で、停車した場所がこっちなんです。土俵のうえに屋根があるんですが、大木の枝がおおいかぶさっています。台風の進路によっては、屋根をおしつぶしませんかねえ。すこし心配です。たしか、相撲が体育の授業にはいっていると聞いた気がします。やせぎすだったわたしは、それがいやでいやでしてね...[ライフ!]ボク、みつけたよ!(四十五)話を戻します。
「山本さん、5番におはいんなさい」当初は聞きまちがいかと思ったが、なんど思い返しても、「おはいんなさい」だった。わたしの前に数人が呼ばれていたが、たしかに「おはいんなさい」だった。なんとも、暖かさを感じさせる呼びかけで、嬉しさを感じたわたしだった。名医だ、瞬間的にそう思った。「良い先生ですよ」が頭で反すうされた。こころがある、なぜか直感的に思った。ドアを開けると背筋がピンと伸びた老医師が、にこやかに迎えてくれた。「はいはい、山本さん。きょうは気分が良さそうだね。うん、良かったよかった。さあさあ、お座んなさい」またしても、「り」ではなく「ん」だった。なんとも、人なつっこい話し方だ。やはりベテラン医師はちがう。なんというか、お医者さま、という雰囲気がある。患者に人気があるのもムリはないと感じた。「ほうほう。山...ドール [お取り扱い注意!](十六)山本さん、5番におはいんなさい
しかしふと不安になった。武蔵のいないいま、だれが「奥さま」と呼んでくれるだろう。「ミタライさん」と呼ばれるのだろうか。御手洗家の主はあるけれども、武蔵はいないけれども、それでもやはり「奥さん」と呼ばれたい。御手洗家の主は、やっぱり武蔵であってほしいと願う小夜子だった。「パッ、パッ、パアー!」。けたたましいクラクションが鳴った。「バカヤロー!」。だれ?だれへの叫び声なの?大勢が立ち止まっている交差点。なのに小夜子は足を止めなかった。赤になっていることに気づかなかった。「ごめんなさい」と、頭をさげる小夜子に「気をつけろ、この有閑マダムが!」と、捨てゼリフをのこして、商用車が行く。やめて、そのことばは。小夜子のもっとも忌み嫌う、有閑マダム。新しい女の対極ともいえる、蔑称ととらえている小夜子。夫の地位そして財力に...水たまりの中の青空~第二部~(四百八十三)
異端の天才ベートーベン「運命」その烈しさに魂が揺さぶられるああ佳きかな佳きかないにしえの旋律(背景と解説)好きなクラシック音楽家のひとりです。他にも好きな楽曲はあるのですが、まずはこの作品をえらんでみました。キモはですねえ、……ないです。強いて言えば、「畏怖」でしょうか。そうだ。初めて聞き入ったクラシックでしたよ。ジャジャジャーン!ジャジャジャーン!jajajajajaja,jajaja~n!CDで、パソコンやら車で聴いています。ポエム~五行歌~クラシック賛歌(ベートーベン)
シゲ子は、その日のうちに長男に問いただした。シゲ子のたしなめるような物言いに萎縮してしまった長男は、口をつぐんでしまった。幼いときから、人に甘えるということのできない長男で、とくに祖母であるシゲ子にたいしては身構えてしまう。シゲ子の長男にたいするぎこちなさが、そうさせてしまっていた。シゲ子のしつような追求にたえきれず「ごめんなさい」と、あやまる長男だった。孝道が「目くじらを立てるほどのことでもないだろうに」と、長男をかばうと「いいんです、食べたことは。でもね、翌日にでも『ありがとう、美味しかった』と、ひと言ぐらいあっても。ほんとに、卑しい子だよ」と、長男を叱りつけてしまった。美味しいサツマイモをほのかに食べさせてやれなかったということ、すこしだけでも残していれば…という、たしょうの罪悪感にもにた感情にとら...[青春群像]にあんちゃん((通夜の席でのことだ。))(十)
彼の頭のなかでは、数多の声がとびかっている。ひとつひとつの言葉は、断定的でしかも独善である。無道徳とはいったい何か?社会いっぱんの道徳は、常識なのか?幾多の矛盾を擁する道徳でもか?住みなれた町の地図は必要か?コンパスまでもか?俺は無道徳か?道徳はどうとく、常識はじょうしき?俺は反道徳だ!では、ニュー道徳を創るべきか?では、それに従えるか?違うぞ!単にスネているだけだ!ニュー道徳は、偽善の産物だ!ホワイトカラー族の目的は?教師とは、如何なる人種か?教える義務と、従わせる権利。学ぶ権利と、従う義務。そして反発する権利。殺す自由、生きる権利。人間を殺すことは罪であり、「家畜類の屠殺は許される」という現実。and,その是非は論外、という現実。食べる自由と権利。断食もまた然り。自然界の法則とは?地球の歴史、人間のれ...奇天烈~蒼い殺意~いち日の過ごし方(五)
「そう、あのむすめね…。あの娘のこと、好きなのね」と、小声で呟いた。いつもの男なら、そのまま聞きながしてしまう。しかし、今夜の男はちがった。このまま無言をとおせば、気性の激しい麗子のことだ。どんなしっぺ返しをくらうやもしれない。それこそ私立探偵をつかってでも、ミドリの特定をしてしまうかもしれない。そして……。考えるだけでもおそろしい。気色ばんで男は言った。「な、なにを言いだ出すんだ。あの人とは何でもない。友人の妹だ。3人での食事の約束だったんだ。友人の都合が悪くなってのことだ。だからふたりだけの食事になっただけだ」「あら、そう。お食事のできるナイトクラブがあるとは、知らなかったわ」服を着おわった麗子は、いつもの麗子に戻っていた。「時間が早かったからだ。ナイトクラブを知らないと言うから、連れて行ったんだ。だ...[淫(あふれる想い)]舟のない港(三十三)そう、あのむすめね…。
そうでした、学校です。当然ながら、まるで違います。当時は木造でしたが、いまはコンクリートの校舎です。正門まえに立ちますが、まるで思い出せません。車をうごかして、裏手にまわることにしました。運動場なんですが、意外にちいさいです。もっと広く大きかった記憶なんですが。敷地に沿ってまがると、せまい道路です。大型の車がきたらすれ違えないかもしれません。学校のフェンスをこするか、相手の車が畑に落ちてしまうか、どちらかでしょうね。いっそのこと一方通行にしてしまえばいいのに、なんて勝手なことを考えてしまいました。そういえば、こんなことがありました。いくつだったか、五十過ぎたころだったと記憶しています。両側が畑のせまい道で、ここではすれ違うことはできません。半分以上を過ぎたところで、中型の車がはいってきました。当然ながらわ...[ライフ!]ボク、みつけたよ!(四十四)そうでした、学校です。
待合の席にすわろうとしたわたしに、通りがかった看護婦が声をかけてきた。この間の入院時に世話をしてくれた看護婦だった。じつに気立ての良い娘で、いつも明るく笑う娘だった。退院するときに「ありがとうね」と声をかけたかったのだが、シフトで会えずだった。「山本さん、ラッキーでしたね」「なんで?」。笑みを返しながら、尋ねてみた。「良い先生ですよ、岩井先生って。いつもは予約だけの先生なんですよ。ね、島田さん」「きょうはね、畑中先生が休みなものだから、急きょピンチヒッターでお願いしたの」「山本さん、ついてるわ」。うんうんと頷きながら、ひとり納得して去って行った。良い先生かどうかは、診察を受けてからだと、あまり期待もせずにいた。しかしこの医師に会ったことで、わたしの人生が一変したと言っても過言ではなかった。ほどなく看護婦に...ドール [お取り扱い注意!](十五)待合の席にすわろうとしたわたしに
感傷的になるかと思っていた小夜子だったが、意外にもサバサバとした気持ちになった。空はあいにくの曇り空なのに、ウキウキとした気分でビルを出た。全員がお見送りをしたいと申し出たが、五平と竹田のふたりが通りで見送った。最敬礼をするふたりに「やめてよ、そんな大げさなことを」と言いつつも、感慨ぶかいものがあった。はじめて会社におとずれたとき、水たまりがあるからと、武蔵にお姫さま抱っこで車からおろされた。大きな歓声と冷やかしの声、また近隣ビルの窓から、なにごとかと覗かれたこともなつかしい。なにからなにまで、なつかしい想い出だ。帰りの車をことわり、ひとり日本橋界隈をねりあるくことにした。そういえば通りをあるいた記憶がない。いつも契約ハイヤーで会社前まで乗りつけた。竹田の送迎もあったわね、と思いだす。〝大層なご身分だった...水たまりの中の青空~第二部~(四百八十二)
茶目っ気モーツァルト「25番ト短調」そのミステリアスな曲調にこころがうち震えるああ佳きかな佳きかないにしえの旋律(背景と解説)好きなクラシック音楽家のひとりです。他にも好きな楽曲はあるのですが、まずはこの作品をえらんでみました。CDで、パソコンやら車で聴いています。ポエム~五行歌~クラシック賛歌(モーツァルト)
翌日のこと。「きのうのお芋さんは美味しかったろう。ばあちゃんもね、おじいさんとおいしく食べたんだよ」ほのかかキョトンとした顔つきで、「きのうはよらずにかえったよ」と、こたえた。誰かが食べたはずなのだ。「ツグオちゃんだったかね」首をふりながら、つづけてこたえた。「にあんちゃんは、ほのかといっしょだったよ」思いもよらぬ返事がかえってきた。「それじゃだれだったんだろうね。ツグオでもないんだね。近所のだれかかしらね」そうことばにしつつも、だれもいない家にはいりこんで、ましてやなにかを食べていくなどありえない。“まさかナガオが…。いやいや、あの子は寄りはしない”と、否定してしまった。「あんちゃんだよ、きっと。夕食、めずらしくすこししか食べなかったから。それに、もしにあんちゃんだったら、きっとぜんぶ食べてたよ。にあん...[青春群像]にあんちゃん((通夜の席でのことだ。))(九)
実はこの1週間、彼は悩んでいる。学友との些細な口論のためだった。さっこん耳にする”フリーセックス”についてだ。まだ青い我々は、真面目に論じあった。勉学上の口論はまるでない我らだが、ことセックスに類するものは好んで論じあう。が、残念ながらお互い言いっ放しで終わってしまう。面白いのは、”革新”そして”保守”と、イデオロギーの立場をお互いに押しつける―なすりつけて終わることだ。革新にしろ保守にしろ、じつの所あまり分かっていないのに。『70年安保』の後遺症といっては失礼か。「アンポ、ハンタイ!」が流行語になっていた頃を、多感な中学時代に我々は過ごした。彼はいま窓際でひざを抱いている。そしてときにそのひざに接吻をしたりして、体のぬくもりを感じている。生きている実感があるという。ときおり、バサバサの髪をかき上げては、...奇天烈~蒼い殺意~いち日の過ごし方(四)
「舟のない港」というタイトルが気に入って書きはじめた作品です。気乗りのしないままにストーリーを重ねて、次第しだいに二人のヒロインたちの心情にとらわれだしました。なかなか女性心理がわからず、キーボードをたたいてはDeleteを押して、またたたいて、また消しての連続です。時間の移動がはげしいためご迷惑をおかけしていますが、一気読みをご希望の方には、4月の初めには[やせっぽちの愛]にてupする予定です。よろしければ、どうぞ。------------麗子が起きるころには、母親はすでに台所にいる。父親もまた、食卓に着いていた。気むずかしい顔つきで、新聞を読みふけっている父親だった。一日のはじまりに家族そろって食卓を囲む。なによりも大切にしている父親だった。夜の食事は父親の仕事しだいではそろうことが難しい。休日にして...[淫(あふれる想い)]舟のない港(三十二)麗子が起きるころには、
吉野ヶ里遺跡公園をあとにして、福岡県柳川市の昭代第一小学校へ向かいました。小学なん年生だったか、低学年には違いありませんが新入生ではなかったはずです。幼稚園児だった頃に伊万里市をはなれて、それからどこに移り住んだか。柳川市?いや待て、もう1ヶ所、どこかの……そうだ!大分県の佐伯市に入ったような……。そこで幼稚園に入る予定だったのが、いまでいう引きこもりになったのか、通ったという記憶がありませんね。それじゃ、佐伯市の小学校に入学した?うーん……。新入学したのはどこの小学校だったのか、まるで記憶がない……。昭代第一小学校まえでお店――駄菓子屋さんだと思っていたら、じっさいは酒屋さんでした。店の横にビールびんやら酒びんが山積みされていました。失礼ながら、小学校の真ん前なんですが。でも、すこしばかりの文具もありま...[ライフ!]ボク、みつけたよ!(四十三)吉野ヶ里遺跡公園をあとにして、
“やれやれ今はやりの自己責任ですか。大丈夫、先生を訴えたりしませんよ”「はい、これで良いですか?」「ほんとにね、生命に危険があるんですよ。考え直しませんか?山本さん」「先生の言うことを聞いた方が良いですよ」なおもしつこく入院を迫ってくる。わたしのことを考えてくれているとは分かるが、イライラしてきた。「今夜ひと晩だけで良いんです。経過をね、観察したいんです」真剣な目で、せまってくる。「お気持ちだけいただいておきます。ほんとにね、もうずいぶんと楽になりましたから」意地の突っぱり合いの様相をていしてきた。しかし意地っ張りということに関しては、わたしの方にいち日の長がある。医師に書面をわたして、看護婦に会釈をして、意気軒昂にベッドをはなれた。あの老婆、わたしと目があったとたんに目をそらしてきた。聞いてはならぬこと...ドール [お取り扱い注意!](十四)やれやれ今はやりの自己責任ですか。
自宅でのこと、その毎日がなくなるのかと思うと、ここで感傷的になった。平日の朝9時、閑静な住宅街にある自宅を出る。日々の暮らしは、もうはじまっている。学童たちのげんきな声は、もう聞こえない。おはようございますと声をかけあう人々にあふれ、「あら、ごめんなさい」と、声をかけあいながら、ほこりっぽい道路に水をまいている。「小夜子おくさま、おはようございます。これからご出勤ですか?」ななめ向かいの佐藤家のよめである道子が声をかけてくる。「おはようございます」と返事をし、かるく会釈する。するととなりの家からあわてて、大西家の姑であるサトが出てくる。「もうこんな時間ですか、行ってらっしゃいませ」わざわざ外に出てこなくとも、と小夜子は思うのだが、女性たちは必ず声をかける。小夜子にあいさつをするが、じつは小夜子ではない。御...水たまりの中の青空~第二部~(四百八十一)
大きく深呼吸をし、ベッドの中から、もそもそと起き出した。カーテンの端からチラリチラリとのぞく、外の景色に目を見やった。その狭く、細長い世界には、ただ一つポプラの木がそびえ立っている。その大きな葉が風に揺れ、ときおり透ける太陽の光ーほんの一瞬だというのに惜しげもなくその光を投げる太陽の光でさえ、眩しく感じられた。「コーヒーとパン、ここに置いておきますので冷めないうちにお食べ下さい。食べ終わりましたら、ここに戻して下さい」言葉と共にドアから流れ出た空気も今では落ち着き払い、部屋は前にもまして深閑としていた。[ブルーの住人]第七章:もう一つの「じゃあず」(三)
その日の昼すぎ、あの三郎が顔を腫れ上がらせて、明水館に転がり込んできた。背広の袖口が破れ、ズボンには泥がこびりついている。泥の乾き具合から見て、まだすこしの時間しか経っていないことが分かる。騒然とした中、光子の指示の元に昨夜三郎が泊まった部屋に運び込まれた。すぐに医者を、と光子の指示かあるものと思っていたが、聞こえたのは驚くものだった。場に居合わせた二人の仲居に対して「他には漏らさぬように」と、厳命してきたのだ。「お客さまのたっての希望です」ということばも付け加えられた。一時間ほど後に、上気した表情の光子が番頭に対して「近江さまをお医者さまに診てもらうことになりましたから」と言い残して、三郎と共に出かけていった。「行ってらっしゃいませ」と声をかけつつも、何かしら違和感のようなものを感じた。旅館に転がり込ん...スピンオフ作品~名水館女将、光子!~(十五)(光子の駆け落ち:三)
その女子は真面目派より一学年下だったが、幸か不幸かふたりと同じバレーボール部だ。ゆえに、放課後にふたりに帯同すれば、ひんぱんに会える。行動派が部活動に熱心なこともあり、ヒネクレ派も必然とがんばっている。そんなふたりを待つという口実のもとに居残りをきめこんでいた。三年ほど前の夏季大会ののちに、理由は分からないが部員ゼロとなってしまった。そして今年までの三年間、廃部となっていた。そんな男子バレーボール部を、行動派が復活させたのだ。気乗りのしないヒネクレ派をムリヤり入部させ、ほかに数人の幽霊部員を仕立て上げた。大会ごとに集合して、試合前のわずかな時間だけ練習をする。そして作戦も何もなく、むろんコーチもいない。どころか、役割すらあいまいだ。皆がみなアタッカーであり、やむなくレシーバーやらセッターにもなる。正直、勝...原木【Takeitfast!】(九)初恋
とうとう、結婚式の前夜がやって参りました。式の日が近づくにつれ平静さをとりもどしつつあったわたくしは、暖かく送りだしてやろうという気持ちになっていました。が、いざ前夜になりますと、どうしてもフッ切れないのでございます。いっそのこと、あの合宿時のいまわしい事件を相手につげて、破談にもちこもうかとも考えはじめました。いえ、考えるだけでなく、受話器を手に持ちもしました。ハハハ、勇気がございません。娘の悲しむ顔が浮かんで、どうにもなりません。そのまま、受話器を下ろしてしまいました。妻は、ひとりで張り切っております。ひとりっ子の娘でございます。最初でさいごのことでございます。一世一代の晴れ舞台にと、いそがしく動きまわっております。わたくしはといえば、何をするでもなく、ただただ家の中をグルグルと歩きまわっては、妻にた...愛の横顔~地獄変~(二十一)式前夜:前
「けどもこんどは、本場で聞こうな。アメリカに行って、アナスターシアだったか?お墓参りをすませてから、ラスベガスに寄ろう。な、なあ。それで機嫌を直してくれよ」涙があふれ出した。揺り起こそうかとも思った小夜子だったが、いまはこのまま夢のなかの小夜子でいいかと思いなおした。「小夜子。俺ほど小夜子を知っているものはいないぞ。頭の髪の毛一本から足のつま先でも、俺は小夜子を当てられる。はらわたの一つひとつまで知っている。肺も心臓も、胃袋だって知っている。きれいだぞ、とっても」ふーっと大きく息を吐いて、カッと目を見開いた。起きたのかと思いきや、またすぐに目を閉じてしまった。「おおおお、ステーキを食べたな?いま胃をとおって、腸にはいった。栄養素に分化されて、肝臓やら腎臓にとどけられるんだ。そしてそのカスが便となって外に出...水たまりの中の青空~第二部~(四百三十二)
時の流れは今川となりました銀の皿は流れるのですその上に空を乗せたままその夜空は消えましたその朝には太陽が消えました(背景と解説)女友だちとの間が冷え切っていたという時期ではないのです。二股交際という言葉がありますが、わたしの場合は殆ど重なりません。不思議なのですが、ある女性との付き合いが疎遠になると、新たな出会いがあるのです。浮気ぐせ、とも違います。そりゃ、血気盛んな青年時代ですから、色んな女性に目が動くことはあったと思います。でも、この年になって色々思い直して-己を見つめ直してみると、一番の原因は、自分に自信が持てなかったのだと思います。短期間ならば薄っぺらい自分を隠せますからね。当時の連絡手段と言えば、固定電話か手紙ぐらいのものでした。手紙は、正直言ってお手のものでしたから。話を戻します。この詩は、自...ポエム焦燥編(朝、太陽が消えた)
時計の針は、二時半をさしている。貴子の希望で、南麓の岩戸公園口におりることになった。こちらの道は彼にもはじめてだった。こちら側の眼下にはビル群はすくなく、二階建ての個人宅がおおく見うけられた。国道ぞいに車のディーラーやら銀行、そして飲食店がチラホラとあるだけだった。すこし行くと、小ぢんまりとした台地があった。貴子の提案で、時間も早いし腹ごなしもかねて散歩でもということになった。彼に異はなく、真理子もまたすぐに賛成した。外にでた貴子が大きく深呼吸すると、真理子もならんで、大きく空気を吸いこんだ。とその時、強い風がふき、ふたりの体が大きく揺らいだ。とっさに真理子の背を抱くようにし、片方の手で貴子の腕をしっかりとつかんだ。悲鳴にもちかい声を出した真理子だったが、強風に驚いた声だったのか、彼の対応におどろいての声...青春群像ごめんね……えそらごと(三十)
訝しげに見る目を気にしつつ、付け足した。「目が、痛いんだ!」言葉が空を横切った途端、“嘘だ!”と、心が叫んでいた。そう、心が叫ぶまでもなく脳は刺激され、サングラスのない世界の恐ろしさが瞼の裏に醸し出された。そこによぎる全てが眩しいものだった。“信じられないんです”ある時、目に見えぬ何ものかに向かってそう叫んだ時、また心は叫んでいた。“嘘だ!”決して言葉のせいではなく、といって“信じなさい、信じることが唯一の道です”という言葉をはねつけたせいでもない。[ブルーの住人]第七章:もう一つの「じゃあず」(二)
日一日と、光子への周りの視線が変わってきた。子をうしなった母親という憐憫の視線がしだいに、子を産まぬ女という蔑視さえ感じるようになった。そもそもが清子を産んだあとに、二子、三子を産もうとする気配のないことに疑念が持たれていた。そして清子の死という事態をむかえて、導火線に火がついた。光子の年齢からしてためらう必要などなにもないはずなのだから、もうそろそろおめでたの話が出ても……と、口の端にのりはじめた。折に触れてかばってくれた珠恵からも、ことばには出さないが「もうそろそろ」という声が聞こえてくる気がしている光子だった。合原家という家系を考えたとき、光子は言わずもがなで、清二もまた妾の息子ということで他所者として扱われている。ふたりの間にまた娘が産まれたとして、女将を継ぐだろう事は想像にかたくない。しかしそれ...スピンオフ作品~名水館女将、光子!~(十四)(光子の駆け落ち:二)
行動派にもヒネクレ派にも、ガールフレンドがいる。しかし、真面目派にはいない。ふたりに比べると、ハンサムである。成績にしても、当然ながらトップグループにいる。しかし、女子からも敬遠されている。モテていいはずなのだが、作者だけの思いこみだろうか?もっとも、その原因は性格にあるのだろう。なにせ、内向的だし、おとなしい。そんな真面目派のきょうのの発言は、わたしもまた驚かされた。はじめてのことだ。もっとも、当の本人がいちばんん驚いていはいるが。そんな真面目派が、最近だれかに恋をしたらしい。いや、いままでも“いいなあ”とも思える女子生徒がいるにはいた。ただ憧れに近い気分を抱いていることが多かったし、それよりなにより、彼氏がいた。が、今回は違うようだ。“恋している”という、実感があるらしい。夜、ひとりになると、その女子...原木【Takeitfast!】(八)“キュン!”
その翌日、もちろん娘をまともに見られるわけがありません。その翌日も、そしてまたその次の日も……、わたくしは娘を避けました。しかし、そんなわたくしの気持ちも知らず、娘はなにくれと世話をやいてくれます。そしてそうこうしている内に、結納もすみ、式のひどりも一ヶ月後と近づきました。娘としては、嫁ぐまえのさいごの親孝行のつもりの、世話やきなのでございましょう。私の布団の上げ下げやら、下着の洗濯やら、そして又、服の見立て迄もしてくれました。妻は、そういった娘を微笑ましく見ていたようでございます。なにも知らぬ妻も、哀れではあります。しかしわたくしにとっては、感謝のこころどころか苦痛なのでございます。耐えられない事でございました。いちじは、本気になって自殺も考えました。が、娘の「お父さん、長生きしてね!」のことばに、鈍っ...愛の横顔~地獄変~(二十)陵辱
「小夜子。おまえは、ヴァイオリンだ」突然に己のことをふられて、なんと答えれば良いのか窮してしまった。しかし武蔵はお構いなしにことばをつづけた。「おまえは、ビッグバンドの、いやオーケストラのといっても良い、ヴァイオリンなんだよ。そこにいるだけで、あるだけで、光を放っている。華やかな、存在だ。誰もがひれ伏す存在だ。いや、ヴァイオリンがなければ成り立たない」あまりの褒めことばは、小夜子には面はゆい。「やめてよ、もう。どうしたの、今日の武蔵は。熱でもあるんじゃない?」といって、熱に浮かされている節もない。心底からのことばに聞こえる。目を見ればわかる。しっかりとした瞳がそこにあり、そしてしっかりと小夜子を見ている。まるですぐにも居なくなってしまう小夜子を見忘れないようにと、しっかりとめにやきつけようとしているかのご...水たまりの中の青空~第二部~(四百三十一)
ある冬の街角で……、そう、少し雪の散らつく寒い夜のこと。ダウンジャケットのポケットに迄、冷たさが忍び込んできた。路面がうっすらと雪の化粧をし、街灯の灯りで眩しい。ひっそりとして、明かりの消えたビルの前を、ポケットの中の小銭をちゃらつかせながら歩いていた。とその時、後ろから恐ろしく気味の悪いーかすれた、腹からしぼり出すような声がする。”だめだ!左はだめだ。右に、行くんだ!”どぎまぎしながらも後ろを振り向いた。全身が血だらけで、片腕のちぎれかけた男が、呼び止める。生々しいタイヤの跡が、顔面に刻み込まれている。その男、確かにどこかで見たような気がする。が、あまりの形相に思わず目をそむけた。そのまま逃げ出し、左へ折れた。そう。男の言う、行ってはならない左へ行った。と、ふと思い出す。血だらけの男の居た場所は、雪が白...ポエム~焦燥編~(右に、行け!)
五月日ざしは肌に悪いからという貴子のことばで、山肌の木陰で食事をとることになった。「三角おにぎりのつもりなんですけど……」と、真理子がはじめて握ったというおにぎりが出された。「形が悪くてごめんなさい」というそれは、すこしいびつな丸っこい形をしていた。「お味はどう?」と問いかけられ、「うまい!」となんども叫ぶように言いながらぱくついた。満足げに頷く彼にうながされて、ふたりも頬ばった。とたん「塩辛い!」と、目を白黒させながら声をそろえて言った。「ちょうど良いって」という彼の必死のことばに、真理子の警戒心がとれてきた。会社ではぶっきらぼうな態度をとる彼だが、それが照れ隠しによるものなのだと知り、そんな彼に親近感を覚えた。(やっぱり、九州男児なのよね)再確認する真理子だった。そして彼を、故郷にいる兄にダブらせた。...青春群像ごめんね……えそらごと(二十九)
部屋の照明は落としたまま、ベッドぎわの灯りだけを点けた。上向きの灯りは、うす暗くはあったが落ち着いた雰囲気で、気持ちも和やかになってくる。ふとんの中に入れと、小夜子を迎え入れた。しわになりにくい素地の服だということで、小夜子も久しぶりに武蔵に触れられるとウキウキしてくる。しかし武蔵の体を感じたとたん、あまりの痩身ぶりに驚かされた。たしかに腕にしろ足にしろ、細くなっていることは見ていた。が、直接に小夜子の体全体で感じる物とは異質のものだった。“こんなに痩せ細ってるの?ううん、だいじょうぶ。退院したらしっかりと栄養を摂らせるから”小夜子のそんな思いを推し量ってか、「小夜子。病院食ってのは、精進料理そのものだな。まるで脂っ気がないぞ。ああ、中華そば食いたい、ステーキもがっつりといきたいぞ」と、両手を合わせてお願...水たまりの中の青空~第三部~(四百二十九)
海はいつか日暮れてぼくの胸に恋の剣を刺したままその波間に消えた追いかけてもきみは見えない白い闇が迫りくるだけ恋はいつか消えてぼくの胸に涙の粒を残したままその波間に消えていった追いかけてもきみは見えない白い闇が迫りくるだけ昨日も今日もそして明日も夏の渚に立ってきみを探してもあの日のきみはいないあの日のきみはもういない遥かな海………どこまでもどこまでも果てしなく……が、その海もまた…………限りない空……どこまでもどこまでも広がり続く……が、その空もまた…………水平線では、空と海が一つになるなのに………きみとぼくは追いかけても追いかけても水平線はどこまでも果てしなく広がり続ける……わからないわからない追いかけるほどわからない……(背景と解説)彼女が逃げていくわけではないのです。自分の想いと彼女の思惑がずれている...ポエム~焦燥編~(太陽の詩(うた))
(不良だって、俺が?)しかしつらつらと考えてみるに、そう思われるのが当たり前のような気がしてきた。ポマードをしっかり使って、エルビス・プレスリーばりのリーゼントスタイルに髪を整えている。普段は不良っぽさを意識した言葉遣いで話しているし、口ずさむ歌と言えばロックンロール系が多かった。「日ごろの行いって大事なんだよね」そうつぶやく岩田の顔が突如浮かんだ。「年寄りみたいなこと言うなよ」と反論したものの、確かに損をしていると感じる彼だった。同じようなミスをしても、岩田なら仕方ないさとかばわれ、彼のミスには「集中心が足りない」と、小言になる。(不良だと思っているんだ、やっぱり。仕方ないか。不良まがいの日ごろの態度では)と、じくじたる思いが湧いてきた。写真で見た断崖絶壁の縁に立たされたような思いに囚われている彼に、貴...青春群像ごめんね……えそらごと(二十七)
(五)視線その他には、ぐるりと見回しても、とりたてて言うほどのものはない。強いて言うなら、紺いろにいろどられた扉があることか。小さなのぞき窓があり、ときおり神のような冷たい視線がそこから投げつけられる。しかしそれが、どうだと言うのか。冷たい視線など、どれ程のものと言うのか。忘れたころに訪れる、女よ。いくらでも泣くが良い。たとえそれで体中がびしょ濡れになってとしても、それがなんだと言うのだ。ただ無視すれば良いだけのこと。そんなことに気を取られるほどに、暇人ではない。このこころは、深遠な世界にあるのだ。知りたければ、……。はいってくるが良い。そっと足音を忍ばせて、のぞき込めば良い。ごっちんこをすればいい、ドアはいつも開けてあるのだから。窓の外にはポプラがそびえ立ち、その葉をすける太陽の光、そして遙かかなたにか...[ブルーの住人]第六章:蒼い部屋~じゃあーず~
(十一)(周囲の目:二)無事出産を終えて明水館に戻ったとき、大女将の珠恵を始め、番頭に板長そして仲居頭の豊子たちの出迎えを受けた。然も、玄関口でだ。初めてのことだった、これほどの人に笑顔で出迎えられるのは。思わず後ずさりをした。娘だけを取り上げられて、光子はそのまま叩き出されるのではないか、そんな思いにとらえられていた。「お帰りなさい、若女将!」。「お帰り。さあさあ早く入りなさい、奥の部屋で休むと良いわ」。珠恵の優しい言葉は心底のもので、温かい慈愛が感じられるものだった。そしてそのことばで、やっと光子はこの合原家の一員となったことを実感した。それは突然のことだった。珠恵がお使いから帰ったところを見た清子が「おばあちゃま、おかえりなさい!」と、通りの向かい側に飛び出した。急ブレーキ音とともに、ドン!という音...スピンオフ作品~名水館女将、光子!~
行動派が言う。「誰も反対しないようだ。委員長、やってくれ。時間が勿体ない」眼鏡をかけたやせっぽちの男が、渋々と立つ。と、あろうことか「待ってください。みんながそれでいいと言うのなら僕もそうしますが、僕としては、自習とした方がいいと思います。第一、先生も居ないことだし。それに、あと二十分足らずの時間です。討論の時間には少ないと思います。風紀については、重要なことですから、誰かが調査して、その結果を元に討論してはどうでしょうか」と、小声ながらも、はっきりと胸を張って、真面目派が言った。クラス内に、割れんばかりの拍手が起こった。真面目派は、“ドクン・ドクン”という心臓音を耳にしながら、真っ赤になっていた。さすがの行動派も、いつも連れ立っている仲間の一人に反対されては、反論のしようがなかった。「それでは、俺とあと...原木【Takeitfast!】(五)意外なこと