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TAZAN-NO-ISHI https://blog.goo.ne.jp/keisen-des

「他山の石」で軌道修正しながら 真の幸せにつながる言葉を メモってゆきたい

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2014/09/27

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  • <感謝の忘れ物>

    【歩けることは当たり前ではありません。(歩けない人たちがおおぜい居られます)見えることは当たり前ではありません。(見えない人たちがおおぜい居られます)/隣人語録より】<感謝の忘れ物>

  • <人でなし>

    『「人でなし」という言葉がある。人間として生まれながら、人間ではない人のことだ。』『へえっ!そんな人っているの?』『人間としての愛情を欠いている人のことなんだよ。今の世の中、そんな人が増えつつあるけど…』/隣人語録より<人でなし>

  • <罪の赦し>

    【▼神の摂理280・真のキリスト教409、539主はどんな人の罪をも赦され、責任の追及もされないが、だからといってその人の罪がなくなるわけではない。本人が悔い改めて、悪を遠ざけないかぎりは、その人は罪の中にとどまっている。すなわち救われていないのである。▼天界の秘義10042罪の赦しは、悪と虚偽から清められること、善と真理とを植え付けられること、善と真理とが結合すること、かくて再生すること以外のなにものでもない。▼天界の秘義3318再生により新しくされた人間は、依然悪への傾向を、否、悪そのものをすら保有しているが、しかし主の愛の生命の流入によって、悪から遠ざけられており、しかもそれは極めて大いなる力によって行われている。▼天界の秘義7697赦すことは、誰かを悪から見(考え)ないで、善から見(考え)ることで...<罪の赦し>

  • <安らぎ>

    【▼天界の秘義8478:3神に信頼している人たちは、明日のために心づかいはするが心労はしない。ましてや不安などは持たない。望んでいるものを得ようが、得まいが心は穏やかである。自分に割り当てられた境遇に満足している。金持ちになっても富に心を置かない。名誉ある地位にあげられても自分自身を他の人より価値ある者とはみなさない。貧乏になったからといって、悲しまない。境遇がひくくても気落ちしない。神に信頼している者には、凡てのものは、永遠に幸福な状態に向かって進んでおり、時の流れの中で何が起ころうと依然として永遠の幸福につながるものであることを知っている。】(再)この安らぎ・・・!是非あやからせていただきたいと心から願っています。/隣人語録より<安らぎ>

  • <実践>

    【「読書であれ何であれ、どんなに小さくても義務感が湧くと嬉しくなる。義務を果たし終えたときには、喜びが倍増するんだもの…実践を大切にしたい。」隣人語録より】<実践>

  • <奇跡について>

    ▼天界の秘義5508:3現在、奇跡が行われないのは、そのため。見えるもの・納得のいくものが万事そうするように、奇跡は人に信仰を強制するからである。強制は、自由を失わせる。人の自己改革と再生は、いつも本人の自由のうちに行われる。自由のうちに植えられなければ、根づかない。人が善と真理の情愛の中にあれば、自由の中で植えつけられる(1937,1947,2744,2870-2893,3145,3146,3158,4031節)。<奇跡について>

  • <求めよ>

    【▼黙示録啓示376主は、人間に与えるものを前もって知っておられるのであるが、先ず人間が求めることを望んでおられる。それは人間がそれを自分自身から行うものとして行うとき、それがその人のものとなるためである。もしその祈願そのものが主から発しているものでないなら『何でも祈り求めるものを受ける(マタイ7:8・ヨハネ15:7)』とは言われなかったであろう。・・・・人間が先ず求め、祈り、その後主が答え、行なわれるのである。そうでないと、人間は神的なものを受けることができないのである。】「先ず」求めよと言われたのは単なる知識としてではなく、第二の天性を身に付けさせるためであったのだ!ありがとうございます。隣人語録より<求めよ>

  • <残果>

    【▼天界の秘義1050・1906・5342ほか残果(残れるもの)とは、主によって人間の内なる人の中に、幼少の頃から生涯の終わりに至るまでさへも、貯えられている善と真理のあらゆる状態である。主は残果を通して働かれる。】残果を通して全人類を愛して居られる創り主のお働きは涙が出るほど有り難い。「何たる幸いぞ残果(内なる声)に忠実な人は!」/隣人語録より(再)▼神の摂理330:(2)神の愛は、悪人にも善人にもすべての人間に行き届いている。したがって神的愛であられる主は、世の父親が自分の子たちに抱いている思い以上に、限りない配慮をしておられる。神の愛は無限愛なのである。主は如何なる人間からも離れ去ることはない。なぜなら、全ての人間の生命は主からのものだからである。主が悪人から離れておられるかのように見えるが、離れて...<残果>

  • <信徒の証言>

    【「創り主なるお方は、我らが願う以上に与えょうとして居られる。御主の無限愛を受けた証しを1人でも多くの人にお伝えして、人生の幕を下ろしたい。」信徒の証言】同兄は私ら老いぼれにも寛大な人で、「創り主なる神を知らないなんて人生がもったいない」と、彼の口ぐせは治らないようです。/隣人語録より<信徒の証言>

  • <天界か地獄か>

    ▼天界の秘義2335自分を罪に定めるものは人間自身である。何故なら彼は善をしりぞけるからである。彼は、身体の生命の中で善を避けたように、他生でも善を避ける。したがって天界と主を避けるのである。▼天界の秘義5851同じ霊が絶えず同じ人間と共に居るのではなく、その人の状態、即ちその情愛の状態に従って、又はその愛と目的の状態に従って交代し、前の者が退くと、他の者がそれを承け継ぐのである。一般に、人間と共に居る霊は、その人自身に似た性質の霊である。貪欲な者には貪欲な霊が居り、高慢な者には高慢な霊が居る。復讐を望む者にはそうした性格の霊が居り、詐欺を働く者には同じような霊が居るのである。人は自らの生活に応じて地獄から霊を呼び寄せるのである。】決定権は、個人の自由に委ねられているとは言え一度きりの現世が永遠の生活を左...<天界か地獄か>

  • <孤独>

    【『孤独を嫌悪したり恐れたりする勿れ。孤独な時は自由であるばかりでなく、人生の真髄を知るためには絶対に必要だと言われている。』作者不詳】孤独って惨めなものですが自由であるとは気づきませんでした。お言葉ありがとうございます。/隣人語録より<孤独>

  • <永遠に生きる>

    【▼新エルサレムと教義239人間の生命は死後も変わることは出来ない。それは生命の状態のままにとどまっている。なぜなら人間の霊の性質は、あらゆる点でその愛の性質と同一であり、地獄の愛は天界の愛には決して書き写されることは出来ないからである。それはその二つのものは相反しているためである(ルカ福音書16:26)。このことから地獄にいる者は永遠にそこに留まり、天界に入る者は永遠にそこに留まることが明白である。】何といっても、人間の生命が永遠である事はありがたい。しかし、心の状態はこの世の生き方で決まる。つまり自己改革のチャンスは現世しかないわけです。恥多き生活からは脱皮しておきたい。/隣人語録より<永遠に生きる>

  • <自己点検>

    【▼夢日記109私たちのどの一つの考えにも、実に私たちがほとんど純粋だと信じている考えの中にも、際限のないほどに、罪と不純さが付着しているのがわかった。それゆえ、いつ如何なる時でも、地獄へと罰せられる罪があると告白するのが最善だ。】マジで、私自身はこれまで仲間たちに比べてもさほど悪くはない人間だと思っていました。ところが折に触れて自己点検しているうちに、自分ではどうにもならない卑しい人間であることを確認しました。上記のお言葉に同感したのはもとより、一生忘れないことでしょう。/隣人語録より<自己点検>

  • <知識オンリー>

    【先輩曰く「大学を含め長年の学校生活で、いかに生くべきか、心の在り方について語ってくれた先生は1人も居られなかった。知識オンリーで、卒業後は医者か弁護士か学者など安定した職業人になることが目標であり、とにもかくにも名を上げさえすればよかったんだヨ」と。】今はどうだろう?/隣人語録より<知識オンリー>

  • <自己卑下と救い>

    【▼天界の秘義2694人間は自分の中に地獄(悪と偽り)を認め、しかも救われることに絶望する程度になると、自分の誇りも、また自分と比べて他の人をさげすむ思いも、打ち砕かれ、主の前における卑下に導き入れられる。その時はじめて、主からの慰めと救いを受けるのである。このようなことは自分の真の性格を承認する事なしには有り得ないのである。◇真理への情愛:新教会教義には、真理の情愛を引き起こす諸真理が無限にあります。次にその例をあげてみます。「神は唯一である」-「人のエゴは悪そのものである」-「🚫人が天界に入るには、再生が必要である」-「啓示者スウェデンボルグを通して、聖言の再臨は行われた」-「主の神人性の栄化により、あがないが完成した」-「天界には無数の社会がある」-「信仰のみでは救われない」-「主が人に怒りを発した...<自己卑下と救い>

  • <新天新地>

    【▼真のキリスト教3新しい天界と新しい教会の信仰についての項目神エホバは愛そのもの、英知そのもの、善そのもの且つ真理そのものにて在し給う。その方は神と共なる神-聖言(みことば)であられ、天界・地獄・教会のすべての秩序を回復するために、みずから人間性をとり、世に来られた。なぜなら当時、地獄の力は天界にまさり、地上では悪の力が善の力にまさって、凡ゆるものに破滅の危機が迫っていたのである。神エホバは、この切迫した破滅を神的真理なる人間性によって防ぎ、かくして天使と人類を贖われた。その後、ご自身の人間性の中で神的真理を神的善に、即ち神的な英知を神的な愛に結合された。かくして、ご自身の人間性の栄化にともない、またその栄化を通して、永遠からのご自身の神性へお戻りになられた。これらのことは、ヨハネ福音書の次の語により意...<新天新地>

  • <聖言(聖書)の力>

    ▼天界の秘義9212聖言が無いなら、すなわち啓示された神の真理が無くては、(神と人との)結びつきは存在しない。▼天界の秘義2352(天界の秘義10229)聖言により、神が在すこと、天界と地獄があること、死後に生命があること、人間が天界に入るためにはいかに生きなくてはならないかが教えられる。これらのことは、聖言がなくては知られることができない。▼天界の秘義3424聖言の中には生命そのものが存在していて、それが聖言を尊崇の念をもって読む者たちの心の中に流れ入る。】若い頃、聖書は遠かったです。晩年になってから、聖書の教えの深さを知らされたばかりでなくその御力に浴する身となりました。謹んで告白いたします。今やインターネットの時代次の3点はぜひご高覧下さいませ。紙面を借りてお薦め申し上げる次第です。*インターネット...<聖言(聖書)の力>

  • <人間は永遠に存続する>

    <人間は永遠に存続する>

  • <やさしさ>

    【幸せになりたい人は、他人への役だちが一番。人間性なるものは、常にその人の優しさでわかる。『幸せになりたい人は、他人にやさしくするという行為から始めることがお勧めである』大石繁宏】ありがとうございます。私も、過去に役立ちを通しての大きな喜び体験があります。/隣人語録より<やさしさ>

  • <続:救われた人類>

    【▼天界の秘義9937主は世におられたとき、あらゆる地獄と戦われ、完全に彼らを征服された。かくして主は、主から神的な善と真理とを受け入れる者たちを堕地獄から救い出されたのである。この事が主により行われなかったなら、誰一人救われることが出来なかったのである。なせなら、主が地獄を遠ざけられないかぎり、地獄は絶えず人間を支配しており、主はその人が諸悪から遠ざかるに比例して悪を遠ざけられるからである。一度地獄を征服する者は、それを永遠に征服する。この事が主によってなされる為に、主はその人間性を神的なものとされた(栄化)のである。▼黙示録講解959天地唯一の神は、聖言では以下のように多くの名で記されている。エホバ(=在る者,在らしめる者)、主、神、在りて在る者(IAMTHATIAM.)、救い主、永遠の父、イエス・キ...<続:救われた人類>

  • <救われた人類>

    【▼天界の秘義10828主は人類を救うために、この世に来られたのであって、もし主がこの世に来られなかったなら、人類は永遠の死のうちに滅びたことであろう。主は次のことによって人類を救われた。即ち、まず主は、この世に生まれて来るすべての人間と、この世を去って行くすべての人間とを襲っていた諸地獄を征服されたことによって、そしてまた同時に、ご自身の人性を栄化されたことにより諸地獄を永遠に征服し続けることができるようにされたことによって、人類を救われたのである。諸地獄の征服と同時になされた主の人性の栄化は、主がご自身の人性のうちに甘んじて受けられた試誘と、これに常勝をえられたことによって成し遂げられた。そして十字架上での主の御受難は最後の試誘であり、また完全な勝利であったのである。】お互いは、自分の命の長短を意のま...<救われた人類>

  • <重要:来世への配慮>

    【▼天界の秘義2049:4人間がその身体の生命の間に、仁愛の生活を…すなわち相互愛を何ら持たなかったときは、他生でそれを受けることは全く不可能である。それは彼らがそれに反感を持ち、憎んでいるためである。なぜなら人間は死後も地上で送ったと同じ生活が続くので、そのような人たちが相互愛の生活をもつ社会に単に近づくだけで、震え、戦慄し、責め苦を感じるからである。】信じようと信じまいと、お互いは現世に長く留まることは不可能である。先達の言葉を素直に受け入れて来世への準備をすることが賢明であろうと思っている。/隣人語録より<重要:来世への配慮>

  • <天界の愛>

    【▼黙示録講解1017人間が憎悪をつつしみ、そこから遠ざかり、それを悪魔的なものとして避ける時、愛・仁愛・優しさなどが主から天界を通して流れ入り、そのとき初めてその人の行なう業は仁愛の業となる。それ以前に行なった業は、外見上善のように見えても、全て自己愛と世への愛から出た業であり、その中には憎悪が潜んでいるのである。天界の愛は、地獄の火である憎悪が存在するかぎり、人間に宿ることは出来ない。】憎悪なるものは、つねに災いをもたらすことはお互い経験で知っている。憎悪の念はしつこいものだが地獄の火であったとは‥・憎悪は考えただけで心が重くなる。この際、憎悪とはおさらばしたい。/隣人語録より<天界の愛>

  • 【▼黙示録講解1017人間が憎悪をつつしみ、そこから遠ざかり、それを悪魔的なものとして避ける時、愛・仁愛・優しさなどが主から天界を通して流れ入り、そのとき初めてその人の行なう業は仁愛の業となる。それ以前に行なった業は、外見上善のように見えても、全て自己愛と世への愛から出た業であり、その中には憎悪が潜んでいるのである。天界の愛は、地獄の火である憎悪が存在するかぎり、人間に宿ることは出来ない。】憎悪なるものは、つねに災いをもたらすことはお互い経験で知っている。憎悪の念はしつこいものだが地獄の火であったとは‥・憎悪は考えただけで心が重くなる。この際、憎悪とはおさらばしたい。/隣人語録より<

  • <下学上達>

    【天をうらまず、人をとがめず、下学して上達す。我を知る者は其れ天か。"論語"より】孔子が晩年、弟子たちに語った言葉である。訳せば「私は天をうらんだり、人をとがめたりせずに、何事も下手から学び、上達の段階へと歩んできた。このような私を理解してくれるのは、天のお方だけではないだろうかと思う」と。私たちは、つい自分の不勉強は棚に上げて、運の悪さや人のせいにしがちではないだろうか?何であれ、最初から上手な人はいないのだから、お互いやれるだけやってみよう!/隣人語録より<下学上達>

  • <良心とは?>

    【▼天界の秘義1100、1197知ることの目的は、それによって人間が善くなるため以外にはない。たとい知っていることは僅かでも、それに従って生活する人は、来世ではさらに明るくされ、天使となる。天的な知識であれ信仰の秘義であれ、それらに精通している者が仁愛を欠いているなら何にもならない。人は良心に従って生活するのでないなら、記憶の事柄は死んだものである。しかし人が良心に従って生活するとき、記憶した事柄は生命に関わりをもつこととなり、死後もそれが活かされ、その人にとって救いとなるのである。知識や認識なるものは、たとい啓示された秘義の全てを知っていたにせよ、それが生活されていなければ、来世においては何の役にも立たないのである。▼天界の秘義4299-2良心は主から受ける新しい意志と知性である故、人の内にある主の存在...<良心とは?>

  • <戦争の実態>

    *澤地久枝(92歳)『「敵も味方ない命の重さ」「分かろうとする努力さえあれば、人間は捨てたものではない」「戦争が繰り返されないためにも、後世に事実を伝えたいと40年前に調査を行なった」「自分の病気のことなんか全然考えてない」』*アン・ホワイトロー(81)/誕生直後に父(兵士)を失った娘『母には打ちひしがれた戦争遺族でいる余裕がなかったのです。あなた(澤地久枝)の仕事はとても重要だと思います。と言うのも,戦争がどれだけの犠牲を生むか、どれだけの人に悲劇を生むかをみんなが忘れないようにしなければいけないからです。あなたのインタビューを受けた後私は変わったと思います。自分以外の国のことを理解し、関心を持つ必要性に気づきました。私たちは違いがあっても同じ人間なのです。そのことを忘れたくありません。』*アーノルド・...<戦争の実態>

  • <真の親>

    【▼旧約聖書-イザヤ書57章(15)いと高く、いと上なる者、とこしえに住む者、その名を聖ととなえられる者がこう言われる、「わたしは高く、聖なる所に住み、また心砕けて、へりくだる者と共に住み、へりくだる者の霊をいかし、砕ける者の心をいかす。(16)わたしはかぎりなく争わない、また絶えず怒らない。霊はわたしから出、いのちの息はわたしがつくったからだ。】今、私は思った自分の卑しい心を悔い改めて真の親(主なる神)元へ帰りたい!と。/隣人語録より<真の親>

  • <現世と来世>

    【▼天界の秘義4220肉体の〈いのち〉にある間、主の神的なものを受け入れた人、つまり全人類にたいする主の愛を受け入れ、隣人にたいする仁愛を受け入れ、主にたいする相補的愛を受け入れた人は、来世で、理知と英知をいただき、筆舌を越える幸福を受ける。つまり天使になるからであり、本当の意味で、人になるからである。肉体の〈いのち〉にある間、主に属する神的なものを受け入れず、人類にたいする愛を受け入れず、主への相補的愛を受け入れず、ただ自分だけを愛し、むしろ自分に仕え、自分とこの世に属するものを目的として追求した場合、来世では、そこでしばらくの間過ごしたあと、あらゆる理知を失って、愚かきわまりない人となり、そこで地獄の愚者の仲間入りをする。】上記の言を読んで、私は"人で無し"という言葉を思い出した。来世に近い自分、天使...<現世と来世>

  • <真の神>

    ▼ヨハネ福音書8:(57)そこでユダヤ人たちはイエスに言った、「あなたはまだ五十にもならないのに、アブラハムを見たのか」。(58)イエスは彼らに言われた、「よくよくあなたがたに言っておく。アブラハムの生れる前からわたしは、いるのである」。(59)そこで彼らは石をとって、イエスに投げつけようとした。しかし、イエスは身を隠して、宮から出て行かれた。(協会口語訳/新約聖書)▼ヨハネ福音書20:(24)十二弟子のひとりで、デドモと呼ばれているトマスは、イエスがこられたとき、彼らと一緒にいなかった。(25)ほかの弟子たちが、彼に「わたしたちは主にお目にかかった」と言うと、トマスは彼らに言った、「わたしは、その手に釘あとを見、わたしの指をその釘あとにさし入れ、また、わたしの手をそのわきにさし入れてみなければ、決して信...<真の神>

  • <新しい意志>

    【人間のもとへ主から善が絶えず流入している。しかし、実際的な悪と遺伝的な悪の両者が、それ(主からの善)を受け入れないように妨げるのである。それで、これらのものが遠ざけられると、新しい意志が存在するようになるのである。このことは、不幸や悲惨や、病気にある者たちの場合には非常に明白である。何故ならこれらの者において、あらゆる悪の源である自己への愛と世への愛とが遠ざけられると、その人は神と隣人とについて良く考え、又その隣人の幸いを願うようになるからである。霊的な苦しみがあり、そこから内的な悲惨と絶望とが生まれてくる試練にあっても同様である。すなわちこの試練によって悪が遠ざけられるのであり、それが遠ざけられた後に、天界の善が主から流れ入って、それにより新しい意志が形成されるのである。天界の秘義5353/スウェデン...<新しい意志>

  • <人生論の真髄>

    【人間は自分自身のためではなくて、他人のために生きんがために生まれたものである。真のキリスト教406/スウェデンボルグ著】上記の言葉はほんとうだと思っている。なぜなら、私は心が落ち込むたびにこの言葉を思い出し生きる意欲を頂いて来たからである。「あなたは何の為に生まれたか?」への真の答えであるに相違ない。隣人語録より<人生論の真髄>

  • <生命は永遠です>

    ★【▼黙示録講解659:1「埋葬されること」は、聖言では目覚めること又は復活することを意味する。それは人間は死んで葬られるとき、彼は目覚める、又は永遠の生命に蘇るためである。何故なら人間は死後、この世で生きていた時と同様に生き続けるが、自然界で人間に役立った物質的な身体を脱ぎ去り、霊的な身体の中でその生命を生き続けるからである。それゆえ埋葬は、彼が自然界で持ち回った言わば抜け殻を捨て去ることでしかない。】知らなかったとはいえ、上記の内容を安易に考えたら永遠の悔いに落ち入りそうな気がする。/隣人語録より<生命は永遠です>

  • <善の確認>

    【▼天界の秘義2371:5主がそのように命じられているとの理由から、善を行おうと努力する人々は、ついにこの善を受ける。彼らは後に教えられて、善はすべて主から発していることを承認し信ずる人たちである。そのとき彼らは自分の功績を考えるのみで悲しみをおぼえ、それに応じて祝福と幸福が減退して行くのを認めるようになり、自己功績に反感を持つのである。】『善は全て主から発している』とは、言いかえれば「御主のみが善であって、生来人に善は無い」と言うことである。小生はこのことに気付かなかった。生来人の善は似非ものだったのだ。つまりその善は後で見返りや自己功績を思うからである。真の善を心がけねば。。。/隣人語録より<善の確認>

  • <人間の内部>

    ★【▼天界の秘義1504他生(霊界)では他の人間は、たとえその人は何も語らなくても、近づいて来るのみでどのような性質の人であるかが知られている。このことから人間の内部は、一種の無意識な活動の状態の中にあって、そこからその霊の性質が認められていることを知ることが出来よう。】霊界に於いて人間は自分の性質を隠すことは不可能なのである。短いこの世の生き方を軽んじてはなるまい。/隣人語録より<人間の内部>

  • <願望>

    ★【『我々の願望なるものは、我々のうちにひそかにひそむ能力の予感であり、我々が成し遂げうることの先触れである。ゲーテ』『全て物事は願望から生まれ、心からの願いはすべてかなえられる。エルバート・ハバード』】<願望>

  • <生きがい>

    ★【人の苦しみをやわらげてあげられる限り、生きている意味がある。ヘレン・ケラー】"生きがい"を再検討しつつ実生活の改善を心がけたい!/隣人語録より<生きがい>

  • <再生の道>

    ★【▼真のキリスト教610人間の再生は、一瞬では行なわれない。この世の生涯の終わりまで、さらにこの世を去った後までも、継続する。自分の内にある悪と戦い、勝利していかねばならない。】<再生の道>

  • <創り主>

    お★【若き日に汝の創り主を覚えよ伝道の書12:⑴旧約聖書*(若き日=元気があるとき.の意)】「世事に慢心せぬよう.世人にいくら褒められようと,創り主なる神の"無限愛"を実感せずに現世を去ったら,人生がもったいない.」(余命幾ばくも無いので,元気なうちにと思って発信しました。よろしく)/KS氏の書簡より5<創り主>

  • <報酬/見返り>

    ★【▼天界の秘義8002人間は再生しないうちは必ず報酬を考えるが、再生後には考えなくなる。】再生の道を歩む人とは、真人間への願望を持ち永遠の世界を信じている人である。そうでない人は、なんらかの見返り無しには生きられないようだ。/隣人語録より<報酬/見返り>

  • <祈りの本質>

    ★【▼黙示録講解325祈りの本質は仁愛に生きることであり、口での祈りは仁愛の生活の外なるものである。だから、仁愛に生きている限り、祈りは意味がある。仁愛に生きているときは、口で祈っていない場合でも心は祈っているのである。だから、「人をゆるせ」と命じられたのである。人をゆるすことをせずに、口で祈っても無意味である。】▼天界の秘義7697赦すことは、誰かを悪から見(考え)ないで、善から見(考え)ることである。<祈りの本質>

  • <共存共栄>

    ★【詩ある日スズメが言った「人間は共存共栄に無知にだからおいらの仲間たちもぐーんと消えてしまった」と。(世界はどうなるん?)」/隣人語録より】<共存共栄>

  • <罪の赦し>

    ★【主はどんな人の罪をも赦され、責任の追及もされないが、だからといってその人の罪がなくなるわけではない。本人が悔い改めて、悪を遠ざけないかぎりは、その人は罪の中にとどまっている。すなわち救われていないのである。⁄神の摂理280・真のキリスト教409、539】<罪の赦し>

  • <真の愛/新約聖書>

    【コリントの信徒への手紙(一)13:(1)たとい私が人間のいろんな言葉や天使のコトバで話そうと、もし愛が無ければ、私は単にやかましい鐘や、うるさく鳴り響くシンバルにすぎない。(2)たとい私が預言する能力を持ち、すべての秘義と知識に通じ、さらに山を移すほどの信仰を持ちわせていたにせよ、愛が無ければ私は無にひとしい。(3)たといまた、私が貧しい人たちのために自分の全財産を提供し、また自分の身を犠牲にしようとも、愛が無ければ、いっさいは無益である。(4)愛は忍耐づよい。愛は情け深く、妬むことをしない。愛は思い上がったり、自慢などはしない。(5)下品な振る舞いをしない。自分さえ良ければというようなことはしないし、苛立たない。傷つけられても根にもたない。(6)不正を喜ばず、真理を喜ぶ。ー中略ー(13)信仰と希望と愛、この...<真の愛/新約聖書>

  • <ベストを尽くす>

    ★【ベストを尽くしてみると、あなたの人生にも他人の人生にも思いがけない奇跡が起こるかもしれません。ヘレン・ケラー】・若い頃、困難に落ち入る度ごとに下記のことわざをヤケクソ気味に実践しては活気を取り戻したのを思い出す。『人事を尽くして天命を待つ』/隣人語録より<ベストを尽くす>

  • <幸せの道>

    ★【『幸福になりたければ、人を喜ばすことを心がけなさい』M・プリオール(イギリスの詩人)「人を喜ばす心がけ」の言葉にはドキッとさせられた。しかし、同時にここには何かがあると直感した。先達の生涯を思い出したからであろう・・・よく振り返ってみると彼らの生業の根底に在るものは"人々への役立ち"であったのだ。幸せにも繋がるこの心がけを残る人生に活かしたい‼︎/隣人語録より】<幸せの道>

  • <目からウロコ>

    ★【人間を含め、動物の巧みな身体構造を知って創造者なる神の存在に気づき初めたのは、晩年になってからである。ヘレンケラーによれば「永遠の世界は遠い彼方にあるのではなく現世の隣に実在する」とのことである。科学者スウェーデンボルグは次のように語っている。『例えば、まず次のような知識を知ることです。*天国と地獄があること*死後にも生命があること*万事を越えて、神を愛さなくてはならないこと*隣人を自分のように愛さなくてはならないこと*聖書の御言葉は神聖なものであり、それを信じなくてはならないことなぜなら、私たちは知らないことを考えられないし、考えないことは欲しないからです。上記のことを欲するようになると、主が私たちの生命に浸透してこられ、その分、私たちは良い方向へ導かれます。(以上は、神保慶明著から抜粋)』=======...<目からウロコ>

  • <愛の優しさ>

    ★【雲にタッチすることは出来ないでしょう?でも雨が降ってくるのが解るし、暑い日には花や乾いた大地も、雨を喜んでいるのがわがりますよね?”愛”もそれと同じなのです。愛は手で触れることはできないけど、愛が注がれるときの優しさは感じることができるでしょう?愛があってこそ、喜びも湧き、遊びたい気持ちも起きるのです••••。「アン・サリバンの言葉」より】————————————————————————————————<愛の優しさ>

  • <人生行路>

    ★【「人生は、だまってても好転はしない。未来に繋がっているのは「今」しかないことを自覚したい1.先に、「未来」の自分はどうありたいのかを考え。2.次に、その為には「今」何をするべきかを考え。3.そして「過去」の体験の中からヒントを貰おう」】(どこぞで聴いたような気がする)が自分にとって最高にありがたい!いやな過去も良い反省材料になるもんね。隣人語録より————————————————————————————————<人生行路>

  • <一生の目的?>

    ★【不思議なことだが、生きざまが如何に賢明だろうと人間以外の動物には一生の目的が無い。人間らしい人間は、全て「善の役立ちに貢献する」目的を持っている。「この一事(鍛冶屋など)のために自分は生まれた」とか活き活きと生きるコツを知っている。我々は「一生の目的」を持っているであろうか?】主からの愛を頂くと消極的では居られない。ので極小でも自分にできることは日々喜んで遂行している。/隣人語録より————————————————————————————————<一生の目的?>

  • <迎春 2021>

    ★【幸運を願わぬものはいない。が試練,逆境,弱点等は全て形を変えた祝福である。】上記のお言葉は涙が出るほど嬉しい!幼少時から気弱だった私を自分が想像すらしたことない満たされた状態へ導いてくれたものは逆境でした。/隣人語録より————————————————————————————————年頭に際し皆様のご発展を祈念申し上げます。旧年は、拙ブログをご愛読頂きありがとうございます。keisen<迎春2021>

  • <クリスマスの真相>

    ★【▼天界の秘義637教会は心臓にたとえられよう。心臓が生きていれば、まわりの内臓や器官も生きられるが、心臓が死ぬとすぐに、それらは死んでしまう。地上の主の教会は心臓のようなものであり、そこから人類は、教会外に在る人たちも、生命を得ているのである。その理由はこれまで知られてないが、いま多少なりとも記述しておこう。つまり地上の全人類は色々な部分を持った一つの身体のようになっており、なかんずく教会は心臓に相当するものとなっているのである。主は、天界および霊界を通して、心臓である教会と連結なさるので、もし教会がなかったらその連結はあり得ない。主との分離が生じると、人類は直ちに死滅してしまうのである。最初の人類が創造されて以来、教会は常に存在しており、たとい教会が衰退し始めても、その都度だれかのもとに、教会は存続してき...<クリスマスの真相>

  • <臨在と来臨>

    ★【▼真のキリスト教774主は、善人悪人を問わず、全ての人のもとに臨在しておられる。なぜなら主の臨在なしには、人間は誰ひとり存在し得ないからである。しかし、主が来臨(側近く到来)されるのは、主を受け入れ、つまり主を信じその戒めを守る人たちだけである。主の絶え間ない臨在は、人間を合理的に且つ霊的にする。これらのことは、霊界の太陽からのように主から発出する光が人間の理性に及ぼす結果である。なぜなら、この光は真理であり、人間はこの真理によって合理性を持つようになるからである。しかし主の来臨は、その光に熱を結合される…即ち真理に愛を結合させる人たちに到来される。何故なら、霊的な太陽から発出する熱は神への愛と隣人に対する愛だからである。主の臨在とそこから生ずる理性の照らしは、熱と結合しない限り生命を維持することの出来ない...<臨在と来臨>

  • <ビジョン>

    ★【箴言29:(18)ビジョン無き国民は滅ぶ。しかし(善き)掟を守るものは幸いなり。(Proverbs29:(18)Wherethereisnovision,thepeopleperish:buthethatkeepsthelaw,happyishe.)旧約聖書】現今の世界を見渡すに、一つのビジョンを掲げて歩んでいる国は見当たらない。それはどの国もおそらく疲れきっているからではないだろうか。そこで提案・・・『世界中の人々に喜ばれる国』の建設に着手してみては…と。たとい、ささやかな役立ちでもその喜びは人を力づけるものである。この新ビジョンにおいてなら国民は活気を取り戻せそうな気がする。コロナ禍は大きな転換期かも…。「…人々に喜ばれる国造り」への賛同者が居たらと投稿させて頂いた。/隣人語録より———————————...<ビジョン>

  • <来世観>

    ★【来世観を持たずば、人生は歪む】言わずもがな目の黒いうちが人生で現世の死が終点なら一切は無益であろう。この世の死がすべての終わりならよく生きて百年余の人生どう生きようといいではないか?人生論なんてバカバカしい。そこで、他人を騙して生きようと我欲を満たす事だけでいいし地獄さながらの生活となるわけだ。しかし、人間の生命そのものは天来のもので永遠に続くことを熟知せねばならない。現世の死を迎えると永遠への始発点が二つ視えて来るとのこと。その一つは天界に在り他は地獄界に在る。心すべきは習慣であろう。我欲を満たすことに専念した者は地獄界を、自分に恥ずかしくない生き方を志した者は天界を、おのずと選ようになるらしい。当然のことながら自分に恥ずかしいことは避けたい、天界にふさわしい人間になりたい!/隣人語録より————————...<来世観>

  • <自己点検>

    ★【ルカ福音書6:(39)イエスはまた一つの譬を語られた、「盲人は盲人の手引ができようか。ふたりとも穴に落ち込まないだろうか。(40)弟子はその師以上のものではないが、修業をつめば、みなその師のようになろう。(41)なぜ、兄弟の目にあるちりを見ながら、自分の目にある梁を認めないのか。(42)自分の目にある梁は見ないでいて、どうして兄弟にむかって、兄弟よ、あなたの目にあるちりを取らせてください、と言えようか。偽善者よ、まず自分の目から梁を取りのけるがよい、そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目にあるちりを取りのけることができるだろう。(43)悪い実のなる良い木はないし、また良い実のなる悪い木もない。(44)木はそれぞれ、その実でわかる。いばらからいちじくを取ることはないし、野ばらからぶどうを摘むこともな...<自己点検>

  • <終活?>

    ★【『わが人生これだけでも出来て良かった』】来る日も来る日もTVはコロナウィルスのことばかり…だが己れの余命を思わされた。自分には過去に良い生き方が見つからない。今からでも少しでも人間らしい在り方の証しを残して幕を下ろしたい。隣人語録より————————————————————————————————<終活?>

  • <人のため>

    ★【『他人のために生きている時がいちばん活き活きしている』】同感!なんと、その時が小生を無気力から救ってくれた。人間ってそういう生き物かも…⁉︎隣人語録より————————————————————————————————<人のため>

  • <一人の憂いを>

    ★【EmilyElizabethDickinson詩:IfIcanstoponeheartfrombreaking,Ishallnotliveinvain;IfIcaneaseonelifetheaching,Orcoolonepain,OrhelponefaintingrobinUntohisnestagain,Ishallnotliveinvain.ひとりの憂いを止め得なば,わが人生は無駄ならじ;ひとりの痛む生命を和らげ,苦痛を冷まし得なば,弱りし一羽の駒鳥をも助けてその巣に戻し得なば,わが人生は無駄ならじ.】————————————————————————————————EmilyElizabethDickinson(1830-1886)女史は、アメリカの偉大な詩人です。(この詩は数年前にも掲載いたしまし...<一人の憂いを>

  • <思考>

    ★【目には見えないが思考は実在する。善い思考は愛を伴うとき実現する。】人生は短かい。日頃から、善い思いを心に満たし愛をこめて実現させたいものだ。/隣人語録より————————————————————————————————<思考>

  • <下手でいい?>

    ★【下手でもいいんです。だれかを喜ばそうとして真心を尽くしたあなたの優しさは天に通じいつまでも残るでしょう。何であれよく生きようとした思いと行ないは天に通じるんです。良い言動は「永遠に残る」ってとても素晴らしい事なんです。たとい小さかろうと自分にできるものでひとを喜ばしたい気持ちがあったらそっと届けてみてください。】どなたのお言葉か知らないが不思議な感覚に包まれた。なぜか癒される。/隣人語録より————————————————————————————————<下手でいい?>

  • <人間関係>

    ★【『人生とは人間関係である』】よい人間関係はよい実を結ぶ。人間関係なしの人生って無い。生きてるうちに何かを習得しそれによって他人様に仕える、それが良い結実に至るのかも。見返りを考えぬ生き方をして喜びに満ちた人生に繋げたい。/隣人語録より————————————————————————————————今回で600号に達しました。皆々様のお力添え衷心より感謝申し上げます。今後ともどうぞよろしく。k<人間関係>

  • <善に生きる喜び>

    ★【ふと思ったとかくこの世では名誉を欲しがる。小事でも有名になりさえすればはな高の世渡りが可能だから…だがそれが出来さえすれば、いいのか?と。貧しかろうとどんな逆境にあろうと人生の真髄は「善に生きる喜び」の生活なのだ!食って生き延びるだけなら他の動物らも懸命にやっている。】/隣人語録より————————————————————————————————<善に生きる喜び>

  • <来世観>

    ★【▼黙示録講解659:1「埋葬されること」は、聖言では目覚めること又は復活することを意味する。それは人間は死んで葬られるとき、彼は目覚める、又は永遠の生命に蘇るためである。何故なら人間は死後、この世で生きていた時と同様に生き続けるが、自然界で人間に役立った物質的な身体を脱ぎ去り、霊的な身体の中でその生命を生き続けるからである。それゆえ埋葬は、彼が自然界で持ち回った言わば抜け殻を捨て去ることでしかない。▼天界の秘義10229人間は、人間自身からは悪以外には何ごとも考えない。なぜなら、人間は自分のためでない限り、神についても、また隣人にたいする善についても、天界と永遠の生命についてさえも考えようとしないし、ただこの世と世の生活のことだけしか考えないからである。人間はこのような状態にいる限り、その人の下にあるものか...<来世観>

  • <親切の輪>

    ★【『落ちぶれて袖に涙のかかるとき人の心の奥ぞ知らるる』道歌集】人生ピンチのときに救われたご愛情のうれしさは一生忘れ得まい。親切の輪をつなげたいと願っている。/隣人語録より————————————————————————————————<親切の輪>

  • <実践>

    ★【『古えの道を聞いても習うても身の行ないにせずば甲斐なし』】人生目標の多くは金銭欲と名誉欲に関わっている。博識であれば世から称賛されるので人は挙って百科事典頭脳になろうとあくせくしているのでは?一度っきりの人生お互いは先達から真の幸せの道を教えて頂いたら、それを実践して納得のいくものにしたい。「単なる物知りはあかん名誉欲の奴隷になるなや…」/隣人語録より————————————————————————————————<実践>

  • <来世観>

    ★【旧約聖書/伝道の書11:(3)木がもし南か北に倒れるならば、その木は倒れた所に横たわる。(人間、死後の方向変換は不可能で善悪いずれか生前のあるがままに存続する他ないとのこと)】︎死ぬも生きるも流れ旅兎角この世は仮の宿。されど知るひと少なし現世の生き方のままに永遠の生活が決まることを。/隣人語録より————————————————————————————————<来世観>

  • <活き活き人生>

    ★【多くの仕事を活き活きとこなしている人たちは感謝される喜びを体感しているからである。】何ごとも活き活きと出来たらどんなにいいだろう!先ずは生活を正し心を込めて役立ちに生きねば。/隣人語録より————————————————————————————————<活き活き人生>

  • <ヴィジョン>

    ★【ヴィジョンが無ければ,民族は滅ぶ.掟を守る者は幸いである./旧約聖書-箴言29:18】(掟を守る,とは悪から離れるの謂.)世界の民族はいざ知らず恥ずかしながら小生は大和民族としてのヴィジョンの有無すら知らない。これは一大事だ!かつてTV「世界ふれあい街歩き」で知ったのだが・・・中央アジアに青の都と呼ばれるサマルカンドの街がある。その街の人たちは「全力を尽くして客人をもてなす」との共通の理念(ヴィジョン)を持っている。極めて人情深い人民のようである。そのようなヴィジョンで生きたい!!/隣人語録より————————————————————————————————<ヴィジョン>

  • <再生>

    ★【『▼ヨハネ福音書3:(3)イエスは彼に答えて言った「真に,真に,あなたに言う、人間は再び生まれるのでなければ、神の国を見ることはできない。」(4)ニコデモが言った「人間は年とってから生まれることができましょうか?二度も母親の胎に入って生まれる事ができますか?」(5)イエスは答えられた「真に,真に,あなたに言っておく、人間は水と霊から生まれるのでなければ、神の国に入る事はできない。(6)肉から生まれた者は肉であり、霊から生まれた者は霊である。(7)あなたがたは再び生まれなければならないとあなたに言ったことに驚いてはいけない。▽聖言の内的意義(スウェデンボルグ著/SK編):(3)【再び生まれる/新しく生まれる】=霊的生命を受けること。(5)【水】=信仰の真理。【霊】=主から内なる人を通して外なる人に流れいる神の...<再生>

  • <俚諺より>

    ★【『親ぬ煩悩知らん子畜生』読み:うやぬぶんのうしらんくゎ(子)ちくしょう大意:(親心を知らぬ子の浅ましさ)これは沖縄方言からの採用だがふるい言い伝えらしい。聖意(創造主の無限愛)や恩恵を軽んじてる薄情な我々凡夫らにそのまま当てはまる気がした。】隣人語録より————————————————————————————————<俚諺より>

  • <創造者>

    ★【ふと思った。凡ゆる生物の生態はもとより人体の緻密な構造(精神も)は超偉大な知恵によるとしか考えが及ばないのに、そのすべてを創造した知恵者の存在をあまりにもないがしろにしてないか?…と。】隣人語録より————————————————————————————————<創造者>

  • <来世観>

    ★【『あんたの行く先は何処?』愚かにも私は人生の暮れ方になってから己れの行く先を考えるようになった…来世の有無についてである。結論を先に告白すればも少し早く、来世について知るべきだったと思っている。「人は裸で生まれ来て裸で去ってゆく」と言われているが実際に世を去るときは、そのハダカすらも脱いで行くのだ。つまり、人間の実態そのものを視ることは不可能だったのだ!先達の文献から来世の実状を知ったときはサプライズだったが・・・なかんずく「新教会」を通して天界のことを学べることは今の私にとって最上の喜びである。】隣人語録より————————————————————————————————<来世観>

  • <善と悪>

    ★【『嘆き悲しむ人たちは幸いである。その人たちは慰められるからである。』】上記は、新約聖書マタイ福音書に記されている主イエスの言葉で八つの幸いの一つである。悲しむ者が幸せとは…⁉️・・・・考えてみると現今のわれわれは、たしかに自分に愛が無くても生きられるし悲しんだところでどうにもならないのでは・・・?ところが天から真の愛を受けて活き活きと暮らしている人たちが存在するのだ。悪から遠ざかるとき(『善は悪と同居すること能わず』)天は無償で愛を授けてくださるとのこと!正直言って私は自分に真の愛がないので悲しい。隣人語録より————————————————————————————————<善と悪>

  • <感謝>

    ★【『善良なる生活は感謝して受けねばならない、それは天からのものだから。』思い巡らせば、唯でゲットしたが感謝して受けるべきだったものが多々ある。それらは…健康、役立ちへの思い、仕事上の繊細な知恵、実在する善悪の知識、目には見えぬ心や愛についての知識、その他、キリがなさそうだ。今更ながら、失礼をお詫びすると共に謹んで感謝申し上げます。】隣人語録より————————————————————————————————<感謝>

  • <試練について>

    ★【『(新教会短信/スウェデンボルグ著)▼天界の秘義3318とくに善は自然的な人の中では、試練との戦いなしには、真理と結ばれることが出来ない。試練を通して人間は、自己への愛に属するものを、また自分に比べて他の人に対して覚える、軽蔑の念に属しているところの全てのものを、即ち自負心のために生ずる憎悪と復讐とに属している全てのものを遠ざける。その後その人は新しい性質を与えられて柔和に、謙遜に、砕けた心になるのである。再生により新しくされた人間は、依然悪への傾向を、否、悪そのものをすら保有しているが、しかし主の愛の生命の流入によって、悪から遠ざけられており、しかもそれは極めて大いなる力によって行われている。▼天界の秘義2694人間は自分の中に地獄(悪と偽り)を認め、しかも救われることに絶望する程度になると、自分の誇りも...<試練について>

  • <人間のバロメーター>

    ★【『魂は人間のバロメーター魂が老けると人生はしぼむ。』加齢につれて身体が老けるのは致し方あるまいが魂(人間の本体)まで老けたくないね!愛の人は老けないとか・・・人を活き活きさせるものは愛であろう。「真の愛」は求める者にのみ与えられるといにしえの賢人たちは声を大にして伝えている。】隣人語録より————————————————————————————————<人間のバロメーター>

  • <真の幸2>

    ★【『人生の秘訣は人間の幸福に関わるものである。真の幸福なるものは永遠の喜びの実感であって意識し得る確かなものであることを先ず知らねばならない。しかし、それはなんと小さな人情の積み重ねがもたらす実感である。人情をはなれて幸福は有り得ない。』】隣人語録より————————————————————————————————〜2019〜謹んで新年のお慶びを申し上げます今年も皆様と共に先達のお言葉を学んで心の糧にさせて頂きたいと思っていますどうぞよろしくkeisen<真の幸2>

  • <真の幸>

    ★【▼マタイ福音書16:(26)たとい人が全世界を手に入れても,自分自身の魂を失うならば,何の益になるか?人は自分の魂と引き換えにどんな代価を支払えようか?』/新約聖書▼天界の秘義8918天界と地獄は離れたところにあると考えがちだが、それは近くにあるばかりか、実に人間の中に在る。天界は善い人間の中に、地獄は悪い人間の中に存在しているのである。全て人間は死後、生前にいた天界または地獄に入って行く。その際、この世では見えなかった天界(そこには凡ゆる幸福が満ちている)または地獄(そこは凡ゆる不幸に満ちている)は、見えるものとなるのである。主は言われた「実に神の国は、あなたたちの真っただ中に在る。→ルカ福音書17:21」と。/スウェデンボルグ著▼天界の秘義7181自分の中に天界が有るか又は地獄が有るか、を知ることにまさ...<真の幸>

  • <前へ>

    ★【『たゞ前へ』登山中に疲れ果てるとたゞ足を前へ出すしか考えられない時がある人生も疲れ果てようと在り方が定まってれば凡ゆる雑念を振り捨てたゞ足を前へと進めよ】隣人語録より————————————————————————————————<前へ>

  • <本音>

    ★【『この世の後に永遠の世界が待っている』人間は永遠の世界で生きるように創られている。にもかかわらず一瞬に過ぎ去るこの世で成功することばかり考えている人がなんと多いことだろう…この世的な成功は後の世では殆ど通用しないのだ。通用するのは仁愛から出た業のみ。仁愛とは個人であれ国々であれ他者のほんとうの幸せを心から喜ぶ愛である。何事も「小さなことの積み重ね」であるからには短きこの世の生き方にもっと気を配らねばなるまい。】隣人語録より----------------------------------------------------------------<本音>

  • <ボヤキ?>

    ★【「何のために生きているのか?」との問いに直ぐに答え得る人は少ないであろう。晩年に入って私はやっと辿り着いたそれは「みんなのために役立つこと」だと。今になって、この老いぼれに「何ができよう?」と思った…がなんと「私にもできること」があった!後世のためにぼやくことなら出来そうだ効果が有ろうと無かろうと。焼けくそと言われようと私は若き日の悔いを減らすために…ひたすらボヤキつづけようと思っているこれが「私のミッション」としてね。お金も大事だろうが…お金なるものは、あくまでも手段!だよ。目的と手段を履き違えるな。お金もうけに目がくらむとまたしても憂き目にあうだろう人生終盤をだいじにしたい。(終わり良ければすべて良し、だもんね)】隣人語録より---------------------------------------...<ボヤキ?>

  • <与える喜び>

    ★【『いいものを人に与えた喜びはいつまでも消えない』同感!小さい体験ながらもその喜びは今も続いている。これほど楽しい人生はない。生きてる限り、さりげなく与え続けてゆきたいものだ。】隣人語録より----------------------------------------------------------------<与える喜び>

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