chevron_left

メインカテゴリーを選択しなおす

cancel
アントンKのお気に入りノート
フォロー
住所
未設定
出身
未設定
ブログ村参加

2014/09/26

arrow_drop_down
  • Red Bearの活躍~DF200

    DD51に代わる新しいディーゼル機関車DF200も、量産からすでに26年もの歳月が経っていることに驚かされている。今年春の改正で、DD51の定期列車が消滅し、いよいよDF200が本格的に活躍の場を広げてくると思っていた矢先、そのDF200でさえ四半世紀もの時を経ていることに、少々感傷的になってしまったのだ。「いつの間に・・」というのが正直な感想だが、今後は、こんな感覚が増えていくのかもしれない。こんな時世、1日1日を大切に過ごしたいものである。初めてこの機関車を見た時、とても重厚でデカイ機関車というイメージを持ったが、今でもそれは変わらない。こんな機関車が長いコンテナを楽々と牽く姿は、当時から北の大地にはピッタリだと感じていた。中京地区にも進出し、新たなバージョンも増えて益々の活躍を願いたい。掲載写真は、現在休...RedBearの活躍~DF200

  • ある夏の思い出から~EF81「北斗星」

    ブルトレ「北斗星」が消滅してもうすぐ丸6年になる。孫にブルトレが見たいとせがまれても、どうにもならない切ない気持ちは、これからも続いてしまうのだろうか。アントンKにとっても、ブルトレを意識し撮影をしていた時間は、1975年から2015年までの40年間でしかないが、出来ることなら本物を一緒に見て、共感したかったと無いものねだりをしてしまうのである。東北へ遠征する時の行きがけに、必ず線路端へ立ち寄り撮影したブルトレ「北斗星」。どうしても時間的制約を受け、かつメインターゲットではないから、妥協の産物が多くなることは致し方が無いところ。しかし意識の上で、定期列車で存在しているかいないかは、大きなことで、アントンKの行程に少なからず影響を与えていた。掲載写真の日も、遠征途中に立ち寄った物。夏の湿気の多い曇天の朝だったと思...ある夏の思い出から~EF81「北斗星」

  • 長野にいた我が青春の電車たち~長電3500形

    今回遠征した長野で、途中見かけた電車がとても懐かしくなり、須坂に立ち寄ってみた。営団地下鉄3000形、そして東急8500形のステンレス電車たちである。アントンKは、学生時代東急沿線に長年通学していた関係で、いまだに私鉄では東急電車に興味が沸くが、その当時毎日乗車していた電車たちが、やはり今ではとても懐かしく思う。東急線では、5000系・6000系・7000系・7200系・8000系等に毎日お世話になった。そして同時に日比谷線直通で東横線に乗り入れていた営団3000形も、当時からお気に入りの電車だったのだ。下校時には、わざわざ営団3000形の時刻に合わせて学校を出たこともしばしば。とにかく静かで乗り心地が大変良かった印象がある。ただ夏場は、非冷房なので暑かったことが、おぼろげに思い出される。中目黒から日比谷線直通...長野にいた我が青春の電車たち~長電3500形

  • 配給列車はお好き?~EF80

    現代では、「機関車がけん引する列車」、というだけでかなり貴重に思える時代になった。もっともこれは、旅客列車に限った話で、貨物列車の分野では、種類こそ簡素化されつつあるが、まだまだ機関車けん引の輸送形態は維持されているのだが・・先日走った秩父鉄道の電機による客車列車も、まじまじと列車を目撃してみて、こんな地方私鉄の列車でさえ、どこか懐かしさを感じてしまうようになってしまったのだ。今では、機関車けん引列車というと、貨物列車に混じって、新車の輸送や、検査転属などの車両の輸送を行う配給列車の人気が高いようで、ますますエスカレートしているように感じている。これには、近い将来、これらの列車たちも、機関車けん引ではなくなり、全く新しい電車に交代すると噂されているからだろうか。毎月のように走っている、これらの配給列車も、いよい...配給列車はお好き?~EF80

  • 初めての南九州「真夏の思い出」~ED76

    正に梅雨明け10日、酷暑が東京も続いている。頭ではわかってはいるが、やはり暑いとどうしても動きが鈍くなるアントンK。日が長く眩しい太陽は好きだが、昨今の暑さは尋常ではない。外出が億劫に感じるのは、年齢のせいだけではないだろう。夏休みに鹿児島電化直前の南九州を廻った思い出がある。この時の行程は中々凄かった。山口線の蒸機復活に合わせて東京を経ち、広島区のEF58を狙いながら、C57と掛け持ち、そしてその後、南九州青井岳を目指したのだ。帰京するのに、帰りがけの駄賃とばかり紀勢周りでゴハチを撮影しまくり、へとへとで帰宅した思い出深い旅行だった。今はこんな行程体力的にとても不可能だろう。血気盛んな年頃のなせる業かも・・・掲載写真は、その時日豊本線で撮影した寝台特急「富士」西鹿児島行き。この日から、本務機DF50の前に訓練...初めての南九州「真夏の思い出」~ED76

  • ホームいっぱいに連なる赤い台車~EF57

    雨の日の上野地上ホーム。いつものように大宮へ行く前に、少々上野で時間を潰していたようだ。まだこの時代は、アントンKにとって全てが新鮮で珍しく、止まっている列車たちにカメラを向けている。鉄チャンなら誰でも一度は経験のある行動ではなかったか・・そんな古い画像の中から、ホーム一杯に敷き詰められた台車の写真が目に留まった。当時は長旅の乗客を降ろし、推回を待つゴーナナばかり目がいっていたと思うが、こうして見返すと、ここ上野駅地上ホームのこうした光景が懐かしく蘇る気がしている。駅の音、匂い、発車や到着を告げる構内放送・・・そしてこのホームから列車に乗る時の高揚感。これからも決して忘れはしないだろう。1973-4EF575&165系上野駅地上ホームにてホームいっぱいに連なる赤い台車~EF57

  • 変わり果てた吾妻線の現実・・~EF15

    もう自動車を購入するのは最後にしようと思って契約した、ラストワンの自動車がようやく納車された。今までにも何度か自動車を乗り換えてきたが、ここまで納期がかかった自動車は、アントンKには初体験で、契約後は待ち遠しい日々が続いたものの、そのうちに頭から薄れかけてしまい、意識も遠のいていった。今年になっても音沙汰は無く、こりゃ正に長期戦だと思いかけていた春先、やっとディーラーから連絡を頂き、およその納期を伺うことが出来たという流れ。ここで車種を明かすことは辞めておくが、最後だけは家族にわがままを聞いてもらい、今のアントンKに合った手の届く一番の好みの車種を選択した。テーマは原点回帰!アントンKが自動車免許を取得し、友人たちから多々教授、影響を受けまくった、あの時代の想いを掘り起こし、もう一度ドライブする楽しさを味わいた...変わり果てた吾妻線の現実・・~EF15

  • ”客車列車”黄金時代~EF80

    普段は、貨物列車中心に撮影することが増え、毎年のダイヤ改正のたび、お仲間と一喜一憂しながら撮影を楽しんでいるが、年々思うことは、やはり撮影の色合いが単調になりつつあるということ。変化が乏しく発想が益々貧困になってしまっているということを痛感しているのだ。確かに被写体が昔に比較すれば、バラエティに欠け、ゆえに発想もおろそかになることは事実だが、撮影を楽しむということは、大昔から変わらないはずなのだ。現在のアントンKは、記録写真から比較的離れようといつも意識しながら、カメラを構えている。昔は記録一辺倒だったことから、これを反省し、発想の転換をここ数年図っている訳なのだ。しかし大前提は変わらず、何をどう撮るか?という基本姿勢は保っていきたいところ。写真でも独自性が主張できれば最高なのだが・・・まだ鉄道写真の若葉マーク...”客車列車”黄金時代~EF80

  • またもや国鉄カラー復活!~455系急行色

    国鉄時代が遠くはるか彼方に遠のき、当時の記憶が薄れつつある昨今だが、ここにきてまた当時を思い起こさせられる電車が復活したようだ。新幹線開通に伴い誕生した「えちごトキめき鉄道」にて、交直流急行型電車が復活。観光急行として走り始めたらしい。今となっては懐かしいクリーム色とあづき色のツートーンカラーが再び拝めるのである。現代では、この手の電車でさえ、国鉄型だということだけで、客寄せパンダとして有効なのだろう。全国的な流行のような気がしている。ただし、今回復活した3両編成は、うち2両が413系という急行型の分類ではなく、しかもこのツートーンは、現役時代ではあり得なかった外観となる。が、アントンKにはそこまで細かい事に興味が無く、日本の原風景の中の急行型電車をもう一度見てみたいという単純な想いが募ってきている。落ち着いた...またもや国鉄カラー復活!~455系急行色

  • 惚れてまうやろっ❤ゴッパーサン~583系

    この時以来だったと思う。初めて山崎の大カーブを訪れ、大きく弧を描く583系を見てカッコいい電車だなぁと心底思ったのは・・それまでにも、上野や大宮では間近で車両を眺めては憧れの眼差しを送っていたが、いわゆる走りを意識した583系はこのシーンがファーストだったはずだ。ネガカラーももう限界、褪色が始まっていた。脳裏に浮かぶシーンだけはまだ色褪せてはいない。46年前の鮮明な記憶。そしてこれからも・・・1975-07-28回36M明星7号Tnc583-27東海道本線:高槻-山崎惚れてまうやろっ❤ゴッパーサン~583系

  • 的を得た井上道義氏の演奏~ショスタコーヴィチ

    井上道義氏のショスタコーヴィチを聴きに行ってきた。マエストロ井上氏のショスタコーヴィチと言えば、もうずいぶん前から定評があり、アントンKも過去に何度か鑑賞する機会を持つことが出来、どれも素晴らしい内容だったと振り返ることができる。ちょうど昔で言うところの朝比奈のベートーヴェンやブルックナー演奏とでも言い換えられるか。常に自信に満ち、独自性があり、何を言いたいのか聴衆にはっきりと投げ掛けてくる演奏なのである。今回のプログラムは、前半にジャズ組曲という楽しい楽曲を演奏し、そして後半は第8交響曲という重厚な楽曲が演奏された。どちらも中々実演奏では出会えない楽曲だが、今回の鑑賞を機会に、このショスタコーヴィチという作曲家を手元にいつも置いておきたくなるくらい、この作曲家についてもっと知りたくなってしまったのだ。メインで...的を得た井上道義氏の演奏~ショスタコーヴィチ

  • 福知山旧線を往くクイーン「まつかぜ」~キハ181系

    支離滅裂な会見をテレビで観て、ますます不安になった今日この頃。いったい今まで何をやってきたのか、いつまでこのモヤモヤが続いてしまうのか、ちょっとやそっとではやり切れない。心の無い言葉を聞いて、今の長引く悪天候のような暗い気持ちにアントンKは沈んでしまった。それでもいつかは晴れる!と信じてはいるのだが・・・思えばこの時代は良かった。目指した路線に飛び乗り、撮影地で名の通った駅で途中下車。気の済むまで線路端を歩き、そしてまた次の行程へ好機を夢見て進んだ。あれから30年以上時間が経ってしまい、それなりに経験は積んできたが、決して思うようにいくことが全てでは無かった。むしろ行かないことの方が多いか。小さな野望を一つずつ、この謙虚な積み重ねをこれからも継続していきたいものだ。交換するため気動車急行が退避、そこへクイーンで...福知山旧線を往くクイーン「まつかぜ」~キハ181系

  • The 国鉄~栄光の"JNR"マーク

    物心ついた時代から慣れ親しんだ国鉄型車両が、ますます引退していく。特に今年185系電車の実質的引退(実際にはまだ波動用として存在)には、やはり少なからず衝撃を受けた。デビューしてから引退するまでの間、自分と時間を共にしてきた思うと、自分自身も時間経過という目に見えない大きなものにぶつかり考えさせられているのだ。東北遠征時に撮影していた、485系特急「はつかり」。奥羽本線にて捕らえているのは、多客時における延長運転で、青森から弘前まで入線しているからなのだ。思えば、485系の中でも、ボンネット型とともに好きだった北海道用に開発された1500番台のクハ481形。その歴史は複雑になってしまったが、これも個性の一端となり、今でも心に焼き付いている。誇らしげな「JNR」マークが懐かしさを誘う。1986-05-03特急「は...The国鉄~栄光の"JNR"マーク

  • ロマンスカーミュージアム~小田急3000形

    孫を連れて念願だったロマンスカーミュージアムに行ってきた。宣言こそ明けたものの、やはり人ゴミには自然と身体が気を遣うようになってしまっている。もちろん博物館側の体制も万全で、時間を区切られて入場し過密になることを避けていた。入口に併設したカフェで、「日東紅茶」の文字を発見、つい懐かしくなり見学前に一服することに・・・アントンKの幼少時代、夏休みと言えば、箱根か日光と決まっていたようで、自家用車のなかった我が家では、日光はへは東武1720系「けごん」に乗り、そして箱根へは小田急SE車で湯本を目指していたのであった。ほとんど記憶がなくおぼろげにはなっているが、ロマンスカーに乗ると車販に憧れ、カチカチになったアイスをねだった物で、確かそこに「日東紅茶」の文字があったはず。パッドで注文、キャッシュレス決済のお洒落なカフ...ロマンスカーミュージアム~小田急3000形

arrow_drop_down

ブログリーダー」を活用して、アントンKのお気に入りノートさんをフォローしませんか?

ハンドル名
アントンKのお気に入りノートさん
ブログタイトル
アントンKのお気に入りノート
フォロー
アントンKのお気に入りノート

にほんブログ村 カテゴリー一覧

商用