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BL小説『いつか君に咲く色へ』連載中です。人の感情を色で把握できるDKとその色をもたない同級生のおはなし。ゆっくり恋になっていきます。

『ありえない設定』⇒『影遺失者』と『保護監視官』、『廃園設計士』や『対町対話士』(coming soon!)など。…ですが、現在は日常ものを書いております。ご足労いただけるとうれしいです。

風埜なぎさ
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2014/08/13

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  • さびしい食べもの #6

    在宅で日英翻訳の仕事をしている伊理と違って、僕は月金で会社員の鎧をまとう。いつもの朝6時45分になってもまだ起きてこない伊理はゆうべ詰めの仕事があったのかもしれない。朝食の準備を整えたテーブルに「忙しくても塩パンはちゃんと食べてな」と付箋を貼って外に出た。よく晴れていて、夏の日差しが容赦なくアスファルトに照り付けている。朝は目覚めたばかりだというのにもうセミが鳴いている。最寄りの駅で電車に乗り込む...

  • さびしい食べもの #5

    もくもくとさびしいたべものを口にしていた伊理が不意に「こわいね」と言った。おびえた小さな生きものみたいな目をして、じっと塩パンに目を落としている。「おいしいって、こわい。あしたもこの塩パンがあると思ったら、きっとあしたも生きてしまうから。まだこんなに悲しいのに、おいしいと思ってしまう」絶望に、手を触れてしまった気がした。伊理、と名を呼ぶことしかできない。けれど、期せずして触れてしまった伊理の悲しみ...

  • さびしい食べもの #4

    テーブルに山と積まれた塩パンを見て、伊理はかすかに笑った。晴天に開け放たれた窓のように屈託なく笑っていた三年前までがうそのような、寂しそうな笑いかた。「たくさん焼いたんだね、知水」「きょう、遊園地に行っただろ。そのときに焼こうかなって思いついたんだ」細い指が塩パンをひとつつまんで口に運ぶ。おいしい、とまた寂しげに笑う。このパンを食べながら、伊理は多嘉との日々を思い出しているのだろう。自分と多嘉をつ...

  • さびしい食べもの #3

    伊理の寝室のアイボリーホワイトをしたドアをそっとノックする。伊理、塩パン作ったんだけど。ちいさく告げると、ドアのむこうから聞こえていたせわしなくキーボードをたたく音がやんで、控えめに扉が開いた。伊理が顔をのぞかせる。「僕に?ありがとう」色素の薄い眼ではにかんだように伊理に言われると、それ以上の言葉か出ない。愛している男と一つ屋根の下に暮らして三年が経つのに、僕にはいまだに好きだも愛しているも言えな...

  • さびしい食べもの #2

    パン生地をこねている時間が一番好きだ。なにも考えずにいられるから。ばらばらだった小麦粉がひとつの滑らかなかたまりになるまでひたすら力を込める。低めの温度設定の室内でも夏場、パンを焼くときにはうっすら汗ばむ。オーブンに均等な大きさに切った生地を入れるとひと息つく。インスタントのコーヒーを飲みながらなんとなくオーブンを眺める。伊理は喜ぶだろうか。すっかり食が細くなってしまった伊理が唯一好んで食べるのが...

  • さびしい食べもの #1

    夏の雨の降る日曜日だった。遊園地内のカフェテリアの窓際の席からは遠くにメリーゴーラウンドがかすんで見えた。かすかにひび割れた音楽が聞こえる。けぶる電飾の色彩に目を細めながら伊理(いり)がぽつんと言葉をこぼした。「ああいう乗り物って、このくらいの距離で見るのが一番いいよね」「そうかな」頬杖をついた伊理はかすかに笑って、視線をめぐらせて僕を見た。「知水(ともみ)は柵にしがみついているタイプかもしれない...

  • なみだごはん 《最終話》

    ひとりきりに慣れきっていた僕は、きっともう、二度と戻らない。凜さんの手さえ、かつてそうしたように振りほどいたりしなければ。失いたくないと願うことは、まだ、とても怖いけれど。そうして、きっと。あの涙の発作はもう僕を襲わない。そんな予感があった。僕は、これまでずっと食べてきた凜さんの作る『なみだごはん』をようやく食べおえた。凜さんが、僕を蘇生させてくれた。そう思いながら、凜さんを抱きしめ返した。季節は...

  • なみだごはん #23

    凜さんに思うさま突き上げられる。しだいに二度目の射精感が募って、頭を振って訴えた。「だめ、ああっ、もう、僕、あ、……また、いく……!」凜さんの熱を感じながら、高みに昇りつめて快楽を吐き出す。僕がいったあとも、まだなお昂ったままの凜さんにうれしくなった。これで終わりじゃない。この夜にはまだ、ピリオドは打たれない。もしかしたら凜さんは、夜が明けたら夢から醒めてしまうかもしれない。だから、凜さんの背中に手を...

  • なみだごはん #22

    「友哉、俺にやらせて」凜さんがかすれた声で言った。熱に浮かされたようなしぐさで、そのまま後孔に入った僕の指をたどるように自分の指を差し入れてくる。ここ?気持ちいいのか?と訊かれてうなずく。僕は指を引っ込め、凜さんの指だけがなかを探る。腰を上げて揺らし、凜さんの与える快楽がもっと芽吹くようにする。「凜さん、あっ、あ……もっと、指、挿れて」指を増やされ、もう大丈夫だろうという頃合いで、凜さんの性器をねだ...

  • なみだごはん #21

    ズボンと下着を脱がされて、一瞬、寒さが襲った。けれど、両脚のあいだでとっくに期待していた性器に触れられればいちどに全身に火がついたような錯覚を覚えた。「友哉、触るよ」僕に覆いかぶさる姿勢でそっとなぞり上げるように手を動かす凜さんの目に、たしかな欲情の色を見出して、それにすら感じてあられもなく声をあげる。次第に強くこすられ、ささやかな放出の口を弄られる。凜さんの手の感覚を覚えていたいと思うのに、記憶...

  • なみだごはん #20

    「凜さん」僕はそっと凜さんに身を寄せる。顔を覗き込む。凜さんの顔は薄暗がりの中で少し赤くなっているようだった。手を伸ばし、頬に触れる。温かさが、この人のぬくもりがたまらなく愛おしかった。そっと口づけた。唇が離れると凜さんが困ったような声で、僕の名を呼んだ。それが呼び水になったように、凜さんと僕はついばむようなキスを繰り返した。スツールから凜さんが立ちあがり、僕を抱きしめる。僕が凜さんの唇を舌先でな...

  • なみだごはん #19

    凜さんと僕はそれから近づきすぎるでもなく離れるでもなく、なんとなく『なみだごはん』で時間を共にした。なにげない時間が、いとおしかった。凜さんが笑ってくれた、下拵えの手際を褒めてくれた。そんな些細なことが宝物になっていく。好きな人に拒まれもしないかわりに触れることができない痛みはひさしぶりで、懐かしささえ覚えた。振り向いてほしい、こっちを向いてほしい。願っているのに声にならない。もう、凜さんは十分す...

  • なみだごはん #18

    悲しい日はあります。悔しい日もあります。でも、お母さんの作る『なみだごはん』はわたしをしあわせにしてくれます。そういう、小学生の頃のたわいもない作文さ、凜さんは言うと軽く目を伏せた。その直後、母ちゃんは死んじまってな、不慮の事故だった。「えっ」「妹が泣いてるのをなんとか慰めようと、食事を作ったけど俺じゃだめだった」「そう、なんですか」脳裏に置いてみる。泣きじゃくる幼い子ども、慰めようとご飯を作るす...

  • なみだごはん #17

    目覚めると、いい匂いがしていた。いや、いい匂いにつられて起きたのか。ごはんの炊ける匂いだ。結局きのうは夕飯を食べそびれたからひどく空腹だった。「おっ、友哉。起きたか」キッチンを覗くと凜さんが朝ごはんを作ってくれている。魚の焼ける香ばしい匂い、みそ汁のふくふくと立つ湯気。振り返って笑う凜さんは、嬉しそうに「タオル、あたらしいの洗面所にあるから、顔を洗ってめしにしようぜ」という。真新しいタオルで顔を拭...

  • なみだごはん #16

    清潔な香りを嗅ぎながら、凜さんの胸にぎゅっと顔をうずめる。自分の鼓動だけが速いのが、ほんのすこしだけ悲しかった。鼓動の速さが伝わってほしい気持ちと隠しておきたい気持ちのあいだで、揺れる。そっと、差し出すように尋ねる。「もし、もしも、僕が凜さんのことが好きだったら、凜さんに好きだって言ったら、どうしますか?」疑問はもう告白で、凜さんの戸惑いが衣擦れでわかった。友哉、と困ったように名前を呼ばれて、やっ...

  • なみだごはん #15

    凜さんのアパートは『なみだごはん』から歩いて30分くらいのところにあった。三階建てのアパートの二階の角部屋。中に通される。客用のスリッパがなくてごめんな、という凜さんの声に首を振る。整然とした室内に足を踏み入れ、言いようもなく寂しくなった。この部屋には、凜さん以外の人の影がいっさいない。人を遠ざけながら生きてきて、そういう気配にはずいぶん敏感になった僕にも感じ取れないほど。凜さんは、僕とは対極の人...

  • なみだごはん #14

    はっと目覚める。ぼんやりした頭で、自分の置かれた状況をゆっくり把握していく。凜さんの店に来て、涙の発作が起きて、そして僕は。がばっと身を起こした。肩からブランケットが滑り落ちた。凜さんがかけてくれたらしい。かばんから携帯を取り出し時間を確認する。終電にはとっくに間にあわない時間だった。凜さんの姿を厨房に見つけた。「凜さん!すみません、僕……」「ああ、友哉、起きたか。気分はどうだ?」「大丈夫、です」じ...

  • なみだごはん #13

    凜さんに出会って以来はじめての涙の発作が起きたのは、秋も終わりかけの夕方だった。寒くなるね、いやですねと言いながら『なみだごはん』で凜さんとその日来た女性客と笑いあっていた。泣いていたその人が、凜さんのスープカレーを食べ終わるころには頬に血の気が戻っているのを見て、魔法みたいだなあといつものように思っていた。女性が帰り、凜さんと店内にふたりきりになったとき、ふいに涙が頬を伝った。心のなかの空洞に、...

  • なみだごはん #12

    凜さんのどこか歌うような言葉を聞きながら、僕はといえば、最後の恋人のことを思い出していた。柔和な笑顔と控えめな物言いをする、穏やかに凪いだ心の持ち主だった。大好きだった。心から言える。だけど、だから、いつもどこかで怖かった。約束も未来も取り結べないことが。失ってしまうかもしれないことが。いつか失うのならいっそ今、と思って断ち切ってしまった。おびえることに疲れ果てていた。「別れたい」と言った僕に、わ...

  • なみだごはん #11

    目のまえの人は首をかしげるしぐさで先を促す。「僕がひとりがいいと思っているのは、他者が煩わしいのは、大部分、僕がゲイだからです。凜さんに嫌悪されても罵倒されてもいいです。でも、黙っているのはずるいと思うので話しました」なんで、と凜さんが言う。そういう人たちでもうまくやっているんだろ?向けられた声音が嫌悪でも罵倒でもないのが、刺さった。「しばらくはうまくやろうと思って、人とかかわりながら自分の道を探...

  • なみだごはん #10

    ひとり暮らしの部屋に帰っても、凜さんのことを考えていた。死んでしまった妹さん。『なみだごはん』という店名。あのお店は、凜さんなりの生きるためのよすがなのだろう。妹さんにしてあげられなかったこと、傷を癒し、穴を埋め戻すことを他者に施しながら自分を律している。陽気にふるまいながら。「凜さんも、さみしい人ですね」ひとりごとが漏れた。泣くことがあると言っていた。妹さんへの後悔なのだろう、きっと。懺悔でも、...

  • なみだごはん #9

    『なみだごはん』にお客がやってくるのは水曜日曜の定休日以外、だいたい8割。そして、たいていのお客さんは入ってくるときにはうつむいて目に涙を浮かべているのに、料理を食べると顔に光が差す。魔法みたいだ。凜さんの言ったようなてんてこ舞いの日はまだなく、あれは凜さんが僕を心配しての方便だったのかな、と思った。誰かに心配されるのも心配するのも億劫なことなのに、心臓がきゅうっと握られたかのような安心感をかすか...

  • なみだごはん #8

    「さっき、ちらっと経営のこと心配しただろ」図星をつかれ、言葉がない。凜さんはふっと笑うと意外なことを言う。「この店、半分以上道楽だから、売り上げとか原価率とか気にしなくていいんだ」「じゃあ、どうやって暮らしを?」「昔な、まとまった額の金が手に入ったことがあって、よほどのことがない限り倹約すればそれなりに暮らせるんだ」「うらやましいです」だろ?てらいなく凜さんはそう言って、鼻歌交じりに勝ってきたもの...

  • なみだごはん #7

    翌日。はたして『なみだごはん』は本当に存在した店なんだろうか、夢でも見ていたのでは、と会社帰りに付近に立ち寄った。あっけなく店を発見して落胆半分高揚半分の相半ばする気持ちを覚えていると、背後から軽やかに声が背中をたたく。「友哉!」凜さんだった。食材と思しきビニール袋両手に道を歩いてやってくる。笑顔が、きのう出会ったばかりなのに妙に懐かしかった。「ちょうどよかった。これから夜営業なんだよ」「あの、看...

  • なみだごはん #6

    「僕、普段はひとりで平気なんです。ひとりでいるほうが気楽でいいんです。お店にも、美術館にも博物館にもひとりで行くことに抵抗はないです。だけど、こうやってときどき涙が止まらなくなってしまうことがあって。自分でもどうかしてる、壊れてるって思うんですけれど、でもどうしようもなくて」オムライスの上に涙が落ちた。炒められたごはんの赤が自分の涙の色のように思えた。「そんなときだけ都合よく、だれかにそばにいてほ...

  • なみだごはん #5

    「おいしいです、異常に」「そりゃ、泣いた後のめしは旨いに決まってる」しっとりと炒められたチキンライスのうえにふわっふわで金色の卵が乗った、凜さんの作ったオムライスは意外なことにといったら申し訳ないけれど、とてもおいしかった。いままで食べ歩いてきた中でもトップクラスのおいしさだ。食事をしているせいだろうか、つい、口が軽くなった。「凜さんも泣くことがあるんですか?」「そりゃああるさ。いっさい泣かない人...

  • なみだごはん #4

    白とダークブラウンで統一された店内にはカウンターと椅子が三脚あるきりで、ほかに客の姿は見当たらない。僕がきょろきょろあたりを見回していると、彼は壊れた『なみだごはん』の看板をさっさと店内にひきあげ「俺、ここの店主の鹿住凜」と名乗った。やはり店主なのか。鹿住さんの目が雄弁に『名乗れ』というので「……碓井友哉です」ともぞもぞ言った。「てんしゅしゃんは」さっき看板を割ってしまうまで泣いていたせいで、「店主...

  • なみだごはん #3

    看板の割れる音を聞きつけたのか、店主らしき人影が飛び出してきた。僕とそう年齢の違わなさそうな背の高い男性だった。腕をつかまれる。きっと罵られるにちがいない。そう思って、毛布に潜り込む臆病な犬のように身をすくめると「そんなに怖がらんでも」とやわらかな調子の声が降ってきた。別に殴ったりしないから。この看板を見てるってことは、そんな目をしてるってことは、この店が必要なお客さんなんだろ?「見てるって?」我...

  • なみだごはん #2

    彼の経営する店に行きついたのは、ちょうどその涙の発作が起きている時だった。仕事が早く終わった金曜の夜だった。しあわせがあちこちでほろほろと花開いているような、どこにも憂う要素がひとつもない、そんな夜。僕は道端をほとほとと歩きながらぽろぽろ頬を伝う涙が流れるのに任せていた。ネオンサインがぼやけて流れ、どこか頭の冷静な部分がそれをきれいだと感じていた。すれ違う人たちの、奇異なものを見るまなざしにはとう...

  • なみだごはん #1

    気がつけば、ひとりでいることに慣れきっている自分がいた。一人旅に出る。旅ゆく先々でポストカードを購入し、自分の住所氏名を書き込んでポストに投函する。夜にはひとりで飲み屋に入る。休みの日にはひとりでひっそりと美術館や博物館をめぐる。あるいは映画を見にいく。なんの不自由もない。ひとりぼっちイコールさみしいというかつての図式は跡形もなく消え失せ、残ったのはひとりでいることの気楽さと自由だった。気楽さや自...

  • あなたの声で息をする 《最終話》

    はたして、届いた未開封の手紙は遠木からだった。封筒の裏面にやわらかい独特の筆跡で『TOKIより』と記されている。トキちゃんと言った母親の声がよみがえった。ふるえる手で、遠木から手紙が届くようになってから購入したレターオープナーで封を切ると、真っ白い便せんに遠木の声が並ぶように几帳面な文字が並んでいる。読みだしたら記憶をなぞるような文章に涙があふれて、切れ切れにしか文章が脳まで届いてこない。なんどもなん...

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