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ただ好きだという、この気持ち。 https://kisschoko.blog.fc2.com/

お仕事系BL小説ブログ。医療系シリーズ中心に更新中。基本あまあま、時々じれじれヒリヒリ。R18あり。

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2014/06/22

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  • 【覚え書き】ありふれた風景35

    【初出】2019.08.12-? 拍手お礼ページに掲載************ わあ、これに至っては、いつまで表示してたのかさえ覚えてないという!(泣) 地下に潜ってる期間のどこかで、拍手御礼ページは画像のみに切り替えたんですけども、はてさて、それはいつだったか・・・まあもう別にどうでもいいか←え そんなこんなで、一年前の夏のお話です。2020年の夏とのギャップかすごい(苦笑) だけどいつかきっと、こんな日常に戻れる日が来ますよ...

  • ◆ありふれた風景35(7)◆

    ああこのひと本当にずるい、と長谷川は内心、白旗を掲げる。 このタイミングで、しかも医者の顔じゃなくあくまで恋人の顔のままでそういうことを言われたら、こっちはもう、ぐうの音も出ない。医者としても、恋人としても。 振り回されっぱなし、手のひらの上で転がされっぱなし。そんな状況が、でもちょっと心地よくもあって、尚更どうしようもない。「・・・皮膚科に診てもらう暇がなくて、適当な市販薬を塗ってますけど。でも...

  • ◆ありふれた風景35(6)◆

    絶句した長谷川の横で、向井はなおも言葉を継いだ。最早その口調は完全に面白がっていて、それが長谷川にはくやしい。「邪推の内容について説明するとだな。そういうところに付けられたってことは、手を掴まれて、頭の上あたりで固定する形で腕の内側を露出させられたのかな、とか。他にいくらでも愉しい場所があるのに敢えてそこ、てのも、一周回ってむしろいいかもな、とか。あと、」「って、これ以上まだ何かあるんですか!?」...

  • ◆ありふれた風景35(5)◆

    「そっか。そりゃ失礼」 くす、と笑って向井は言い、洗い物を手伝ってくれた。長谷川が洗った皿を受け取って、布巾で拭いてから戸棚に仕舞っていく。 水切りかごに並べて一晩放っておいても別に構わないのだが――というか、どちらかが単独でそうやって片付ける方が多いのだが――、並んでシンク前に立つという行動自体が嬉しくて、長谷川も敢えて止めなかった。 そして向井は、ついでのようにしてこう言う。「おまえがどういう奴か...

  • ◆ありふれた風景35(4)◆

    即時型反応は、虫刺されによるアレルギーのタイプのひとつで、虫に刺された直後から痒みや赤み、ミミズ腫れなどの反応が現れるが数十分で治まる、というものだ。 向井の言う通り、刺された回数――つまり年齢によって、遅延型から即時型に変化していくことが多い。 教科書的に更にいうならば。 乳幼児期は遅延型反応が顕著に起こり、幼児期から青年期にかけてはどちらの反応も起きるが、青年期から壮年期では即時型反応のみとな...

  • ◆ありふれた風景35(3)◆

    「僕、昔から、虫に刺されるとこんなふうになっちゃうんです。刺されたばかり時は痒みも腫れも大したことないのに、時間が経つとひどくなって。特に、間歇的な痒みが深刻ですね。最短でも一週間くらいは続くかな」 こんな主訴、向井はきっと聞き慣れていて、もう回答も頭の中に浮かんでいるだろうに。 それでも長谷川の話を切ろうとはせず、ただ頷きながら聞いてくれている。 それがなんだか嬉しくて、でもその一方で素人のよう...

  • ◆ありふれた風景35(2)◆

    夏でも長袖のシャツに固執する、その本当の理由。 それを自覚するたびに長谷川は、情けないようないたたまれないような、それでいてどこかくすぐったいような、複雑な気分になる。 夏の長袖シャツなんて、単純に暑いし、それこそ素肌にくっつくし、だから袖口を二、三度折り返さずにはいられないのだけれど。 それでも着続けるのは単に、 向井と同じ格好がしたいから。 恋に落ちたばかりの頃も、パートナー同士となって五年...

  • ◆ありふれた風景35(1)◆

    「あれ? 長谷川、」 向井にそれを見つけられたのは、夕食の後片付けに取りかかろうとした時だった。「これ、どうした?」 重ねられた皿を取ろうと伸ばした腕――上腕部内側のやや手首寄りの位置に、ひとつだけぽつりと盛り上がった小さな発赤。それを指さされ、長谷川は苦笑した。「ああ、これ。ただの虫刺されです。蚊かな。通勤の時、つい袖口をまくってしまうので」 夏場でも長袖のワイシャツを着るようになったのは、向井の...

  • 【覚え書き】ありふれた風景34

    【初出】2019.04.30-2019.08.11 拍手お礼ページに掲載************ いやもう、これ書いてから一年ちょいですか・・・軽く呆然。書いた当時のこと、全然覚えてません←おいおい。 アップしたのが四月末ですから、新年度から新しい生活に入った数多の新人さんたちとそれを指導する方々へのエール、的な感じで書いてた・・・んじゃないでしょうかね? あれイヤだ、ほんとに覚えてない(笑) まあそんなこんなで、研修医くんに手こずる長...

  • ◆ありふれた風景34(7)◆

    眉尻を下げた長谷川に、向井はニッと笑ってみせる。「おまえは間違ってないよ。そんなナメた態度で医療に関わられたら、迷惑だ。まして患者にしてみりゃ、迷惑どころか犯罪に近いものがある。もしそいつがこれでパワハラだの何だの言い出すようなモンスター系だったとしても、出身大学にきちんと説明すれば頭を下げて引き取っていくさ。それにな」 ふと、向井は表情を改めた。それからおもむろに言葉を継ぐ。「そういう輩は同業...

  • ◆ありふれた風景34(6)◆

    「まあ見てろって。そんなスカしたことを言ってられるとこをみると、外科系や救急はこれからなんだろ? 体育会系の恐いおっさんたちにこてんぱんに叩きのめされて、お願いですから総診に入れてくださいって縋ってくるぞ」 笑いの気配をまだ語尾に宿したままで向井がこう言って、長谷川はぷいとそっぽを向いた。「そんなことしても入れてやりませんよ、あんな不心得者」「そうだな。今のメンタリティのまま成長しないんだったらな...

  • ◆ありふれた風景34(5)◆

    ――だからこの先、専門領域を選ぶとなっても、苦労する科には行く気なくて。 ――消去法で選ぶことになると思うんですけど。そういう意味では総診、アリかなって思うんですよ。 ――要は他科へ振り分ければいいんですよね? そこまでで業務終了なんですよね。「僕、つい、怒鳴っちゃって。ふざけんな、って」 消え入りそうな声でそう続けると、向井はこらえきれなくなったように爆笑した。 どうやら、ステータスという単語が出た...

  • ◆ありふれた風景34(4)◆

    そう提案してはみたけれど、鼻先で笑われただけだった。で? と有無を言わさない口調で催促され、長谷川はしぶしぶ打ち明けた。「中学生の時、憧れてたんです。保健室の先生に」 ついうつむいてしまいながら、長谷川は当時のことをぽつぽつと語った。 中学に進学した頃の長谷川は、神経性の胃痛や頭痛を起こしがちだったこと。 そんな時に保健室に行くと、養護教諭は決して追い返したりはせず、いつも優しく迎え入れてくれた...

  • ◆ありふれた風景34(3)◆

    答える長谷川の声は、自然と小さくなった。「・・・誰彼構わずなんて訊いてないですよ。向井先生だけです」 で、どうなんですか。そう迫ると、向井はうーんと唸りながら視線を泳がせた。「そうだなあ、俺の場合は・・・自分の性格と適性を考慮した結果、かな。自助努力で能力を身につけていけば、ある程度誰とでも対等に話ができる職業であることがまず第一。で、その中でも、些細なヒントをもとに診断を自在に組み立てられる総診とい...

  • ◆ありふれた風景34(2)◆

    それはまあ、と頷いてから。 長谷川は、複雑な気分で問い返した。「・・・今みたいなことがスッと言えるってことは、向井先生にもそんな頃があったってことですか?」「そりゃそうだよ」 と向井はまたもあっさりと言った。「どんな職業でもそうだろうけど、医者なんてのは特に、一度とことんぺしゃんこにされて、根底からアイデンティティを崩壊されとかないとまずいだろ。でなきゃ、ナントカに刃物を持たせるようなもんだ。危な...

  • ◆ありふれた風景34(1)◆

    自分が研修医だった頃、どんなふうだっただろうか。 そんなことを最近、長谷川はよく考える。 初期研修医だった頃。そしてレジデント時代。 いずれもまだ、昔といえるほどの年数を経てはいない。なのに随分、遠いことのような気がするのは――「向井先生のせいですよ」 敢えて断じた長谷川の向かい側で、向井はさも心外だというような眉を上げた。 お互い残業で遅くなり、夕食はそれぞれ病院で簡単に済ませてはきたものの、向...

  • 誰がために鐘は鳴る◆あとがき

    終了いたしました・・・! 久々の向井×長谷川、いかがでしたでしょうか。 いやー、戻ってこられるとは思わなかったです(笑)。いやほんとに。 沈黙していた間は、小説を書く部分が、なんというんでしょうか、死に絶えた? みたいな状態でしたね。 なのにどうして再開できたのか、自分でも判りません←おい。 だけど、今この時期にこのお話が書けて、良かったです。 事実は小説より奇なり、と昔から言いますけれども、今、...

  • 誰がために鐘は鳴る(24)

    「はるかさんの処・・・は、なつめちゃんがいるし、直接の会話は避けた方がいいでしょうね。メモと一緒にお菓子でも差し入れましょうか」 長谷川がこう言うと、向井も淡々と頷いた。「そうだな。モノの選定はおまえに任せていいか」「了解です。あと、『もう一品』ですね。また二人分に戻してもらいましょう」 これには向井は、あからさまに嬉しそうな顔を見せた。しかも、「あそこのメシ、久々だな。楽しみだ」 などと言うので、...

  • 誰がために鐘は鳴る(23)

    思わず目を見開いた長谷川に、向井は真剣な顔で説いた。「そもそもウイルスとの闘いに勝つカギは免疫力だぞ。それを高めるには、おまえにしっかり触れて充填するのが一番手っ取り早いんだ」「栄養ある食事と充分な睡眠、とかじゃないんですか!?」「それと同じレベルで、おまえが必要なんだよ」 ここで向井はじろりと長谷川を見やった。「何だよ。おまえは違うのか? 俺のことは別に要らない?」「っな、わけないでしょう! 僕...

  • 誰がために鐘は鳴る(22)

    「けど、ベッドはまだ別々にしておいた方がいいですよね」 つい浮き立ちそうになる気持ちを抑えつけるべく、長谷川は努めて冷静な声音を出した。「定期的な換気を施行して、共用部分は適宜アルコール消毒して、タオル類も別々に分けて使って、在宅時にも基本的にはマスク着用、適切な距離を保ちつつ接する。・・・こんな感じですか」「まあな」 向井も淡々と頷いた。そして同じく淡々と、こう続けた。「でも、神経質になってたら...

  • 誰がために鐘は鳴る(21)

    政府が打ち出した大規模な景気回復策が、懸念や批判の声を振り切ってスタートしたその日。送られてきた写真に、長谷川は目を疑った。 ――明日、ホテルを引き払う。病院にも寄るんで、そっちに帰れるのは昼前くらいになるかな。ってことでまた宜しく。「例の政策の一環だよ、ってのは冗談だけど」 その日から三連休だったので、長谷川は超特急で回診を済ませて帰宅し、待ち受けていた。そして向井は、本当に戻って来た。昨日もお...

  • 誰がために鐘は鳴る(20)

    いいえ結構です、と言えたら格好がついたのに。 そんなこと、・・・絶対、されたい。「ほんとですか?」 現に長谷川はすがるような声音でこう言ってしまい、向井にまた笑われて、その笑顔に見とれていたせいで、大事なことを聞き忘れた。 次はいつ帰ってこられそうですか、と。 七月に入ってもやはり状況は好転しなかった。二日続けて国内の一日の感染者数は百人単位で増加を続け、WHOからは事態悪化の警告が発せられた。 実務...

  • 誰がために鐘は鳴る(19) ♥

    その言葉通り、翌日の土曜に向井は本当に帰ってきた。コンビニのビニール袋をひとつ、ぶら下げただけの身軽さで。 そうして、日曜も長谷川とともに過ごし、月曜には再びホテルに戻っていった。 その二日間の、甘くて濃密な時間。思い出すだけで、長谷川の身体は芯から熱くなる。 まずは浴室に連れ込まれ、全開にしたシャワーの下で抱き合った。 界面活性剤を使用した洗浄後なら、多少濃厚接触しても問題ないだろ。これが向井...

  • 誰がために鐘は鳴る(18) ♥

    向井の声。ベッドで耳にする時よりももっと隠微に響くのは、溜まっていたからだろうか。それともこのシチュエーションのせい? いずれにしても、もっと欲しくてたまらない。もっと深く、耳孔を通して身体の芯まで、跡をつくほど激しく蹂躙して欲しい。 はあはあと肩で息をつきながら、長谷川は震える手を伸ばして携帯を取った。床の上に置き、間近に顔を寄せて、再び腰を高く立てる。『ヒクヒクしながら、どんどん呑み込んでく...

  • 誰がために鐘は鳴る(17) ♥

    熱を上げていく向井の声に合わせて、長谷川は夢中で手を動かした。 更に感じる体位を求めて、中心を扱く手はそのまま、もう片方の手でハーフパンツを下着ごと引き下ろして片足を抜く。改めて両膝をつくと前屈みになり、ローテーブルの上の携帯に耳を寄せていく。 「あぁゥんっ、せん、せいもっ、」『ああ、俺もこすってる。おまえのと重ねて握りこんでる――判るか』「んっ、んくっ、ん、先生、」『・・・長谷川っ、』「あぁあっ・・・...

  • 誰がために鐘は鳴る(16) ♥

    そもそもその部位は向井にいいだけ開発されていて、向井がその気になったら長谷川はそこだけでイかされてしまうほどなのだ。 かなりの間、多忙のあまり自慰さえしていなかったこともあって、長谷川の中心はすっかり猛ってしまっていた。 そこへ、『・・・イッたか?』 こんなことを愉しそうに問われて、耳朶がカッと燃えた。「まだ、ですよっ! 先生に直接されたのならともかくっ、」 自分では当然且つ正しすぎる反論だと思っ...

  • 誰がために鐘は鳴る(15) ♥

    「んっ、・・・ん、」 舌を前後させ、架空の指をしゃぶる。知らず、喉を反らしていた。はっ、と呼気が鼻に抜ける。幻のバニラの味が、口腔内に広がっていく。『ん、先生、・・・もっと』 もっとください、とねだった声は、喉に絡んで切なく掠れた。無意識に左手が動いて、人差し指で半開きの唇をなぞる。これは自分の指なのだと判っていても、舌を這わさずにいられない。『先刻より甘いな。・・・うん、もっと、な』 湿った声とともに、...

  • 誰がために鐘は鳴る(14)

    その瞬間。 長谷川の中で、何かが堰を切った。先生、と、すがりつくようにして呼んでしまう。「先生、・・・向井先生」『うん』 深い、向井の声音。目に見えない腕に抱きしめられるのを、長谷川は確かに感じた。 だが足りない。その証拠に、言葉が勝手に溢れ出る。「逢いたいです。先生のこと触って、・・・先生にも触って欲しっ、」 自分が何を言っているのか判らない。どうしたらいいのかも。胸が熱い。喉も、耳朶も目頭も。身体...

  • 誰がために鐘は鳴る(13)

    送信後すぐに、向井から着信があった。 こっちからかけるつもりでいたのに、と長谷川は舌打ちした、つもりが、口元は呆気なくも緩んでしまっている。 せめて声音だけでも引き締めようと、長谷川はソファからラグへと滑り降りた。姿勢を正して軽く息を吸い込み、通話ボタンを押す。「・・・先生、お疲れ様です」『お疲れ。どうした? 何かあったか』 電話の向こうから、向井の声が流れ込んでくる。無意識にまぶたを閉じていた。...

  • 誰がために鐘は鳴る(12)

    せき立てられるような気持ちを懸命に抑えながら、長谷川は帰宅後のルーチン作業を忠実に辿った。 まず不織布のマスクを外し、これはビニール袋に入れてゴミ箱へ。次いで下着以外の着衣を全て脱ぎ、洗濯用の紙袋に入れる。洗濯の利便性の問題からスーツはもうずっと着用していない。だから今日も、袋の中で積み重なったのはワイシャツとチノパン、そして靴下だ。 その後、手洗い及び帰宅後に触った部分の洗浄。それが済んだらシ...

  • 誰がために鐘は鳴る(11)

    「要するに、そろそろ向井先生を補充しなきゃってことだね」 こんな言葉で見事にまとめてくれた年若いパートナーを、店長は愛おしそうに見下ろした。 だなんて、本当はろくに見てもいなかった。惣菜のパックが入ったビニール袋を持ち直しながら、長谷川は片手で財布を取り出した。「じゃあこれ、今日のお代です。いつもご馳走様です」「はいはい、毎度どうも」「向井先生に電話してね!」 それぞれの言葉で見送ってくれた二人に...

  • 誰がために鐘は鳴る(10)

    「ヒナタくん」 長谷川が苦笑したまま、店の入り口に備え付けられたボトルをプッシュして両手をアルコール消毒していると、奥から店長が出てきた。手には、惣菜パックが入ったビニール袋を提げている。「そういうこと言わないの。長谷川センセイが余計に寂しがっちゃうだろ」「・・・嫌だな、そんな」 カウンター越しに袋を受け取りつつ、長谷川は軽く会釈する。改めて微笑し、殊更に何でもないような口調で言ってみる。「寂しいな...

  • 誰がために鐘は鳴る(9)

    時は過ぎ、六月に入った。 先月下旬に緊急事態宣言が全国で解除されたが、それを嘲笑うかのように感染者数は増加していた。自治体独自のアラートが宣言され、その六日後、世界の新規感染者が二十四時間カウントで最多の十三万六千人を記録した。 向井と離れて暮らし始めて一ヶ月半が経とうとしていた。しかし状況は相変わらず、先が見通せない。 確かに、一時期に比べればましになってはきた。だが、根本的には何も解決してい...

  • 誰がために鐘は鳴る(8)

    それから向井は、本当に毎日、写真を送ってきてくれた。 送信時間はまちまちで、早朝のこともあれば昼日中のことも、そして深夜のこともあった。 それを長谷川は全て、携帯のフォルダに保存した。それだけでは不安だったので、SDカードにバックアップもとった。 記念すべきファーストショットは、今寝起きしているとおぼしき部屋の内装だ。 ベッドとライティングデスクでほぼいっぱい、エコノミーシングルといったところか。...

  • 誰がために鐘は鳴る(7)

    『写真?』 返ってきた声音は戸惑いが露わで、少しだけ溜飲が下がった。そうです、と、つい得意げな声で答えてしまう。「自撮りなんて贅沢は言いません。文章も無くていいです。たとえば空とか、昼ごはんとか、本当に何でも、その時先生の目に映ったもので。何か共有していたいんです。でないと僕は――」 折れてしまう、と長谷川が吐露する、その一瞬前に。 向井は、語尾に笑みを含ませ、こう言った。『判った、送るよ。その代わ...

  • 拍手御礼SS更新0815

    久々! ひっさびさに、拍手御礼SS更新できましたー! いやあ良かった。画像だけっていうのもアリかなとは思うんですけど(何しろSSだと何回も拍手ボタンをクリックしなきゃいけないから)、やっぱり小説ブログとしては小説で御礼したいですもんね。 ただいま更新中の本編が、なんといいますか、現実と地続きすぎて、作者的には気が引けておりまして。 かといって、拍手SSでいきなりそこからかけ離れた世界観の話を展開するの...

  • 誰がために鐘は鳴る(6)

    でもそれは、と長谷川は、なおも駄々をこねずにいられない。 無意識に、空いた方の手を握りしめていた。てのひらに爪を食い込ませ、それでようやく、波打ちそうになる声を押さえ込む。「それは僕だって同じ条件じゃないですか。どっちかが部屋を出なきゃならないなら、僕が出ます」『出てどこに泊まる? おまえの病院は、職員用に宿泊場所を用意してくれてるのか?』 冷静に問い返され、ぐっと詰まった。それ、は、「・・・うち...

  • 誰がために鐘は鳴る(5)

    電話はなかなかつながらなかった。 電話して欲しいというメッセージを留守電に残し、だが向こうからかかってきた時には長谷川が出られず、そうした行き違いを幾度か経て、数時間経ってからようやく話をすることができた。 人目を避けて非常階段へと移動しつつ、長谷川は電話ごしに噛みついた。どういうことなんですか、と。『だから、メールした通りだよ。『もう一品』にも顔出して、当面メシは一人分でいいって言っといた。俺...

  • 誰がために鐘は鳴る(4)

    あの頃は、明日どうなるかも判らなかった。 半年経った今でも、その感覚に変わりはない。むしろ、更に厳しくなったとさえいえるかもしれない。社会経済活動との両立を迫られる分だけ。 本当に、と長谷川は嘆息せずにいられない。 開業の計画を練っていたのがたかだか数ヶ月前のことだなんて、信じられない。 こんなことになるなんて、あの時は、想像もしなかった。 過去の歴史の中で繰り返された、感染症との闘い。新たなそ...

  • 誰がために鐘は鳴る(3)

    「あれは勿論、目下最大の脅威だ」 蔓延している新型感染症について向井が言及するのを聞いたのは、まだコートが手放せなかった頃。後にも先にも、この時一度だけだ。「指定病院かどうかとか、じきにそんなことに拘っていられなくなる。全ての病院、全ての医者が携わる覚悟と準備をしなきゃならない。総診なら尚更だ。それは判ってるし、実際そうしてる。でもな」 その時期には既に、長谷川とは帰宅も在宅時間も合わなくなってい...

  • 誰がために鐘は鳴る(2)

    坂を転がり落ちるように、状況は悪くなっていった。 確立された治療法がないということは、対症療法でその場をしのぎながら既存の薬剤で少しでも有効なものを探るしかないということになる。 言うまでもなく、ベストなのは起因ウイルスをターゲットにした抗ウイルス薬とワクチンとが開発されることだ。だが勿論、悠長にそれを待っていられる状況ではない。 その間にも物資と設備は払底し、外来は混乱し、病床コントロールは困...

  • 誰がために鐘は鳴る(1)

    今年の正月のことを、長谷川はもう幾度思い返したか判らない。 一人で実家に出向いた元旦。同行しようかと言った向井のことは、強引にその実家へと送り出して。 実家ではずっと焦燥感に駆られていた。早く向井のもとへと戻りたくて仕方なくて、そんな自分を抑えたり宥めたりするだけでぐったりと疲れた。 長谷川の携帯が振動したのは、地元の駅舎が見えてきた時だ。 発信者は、そうであって欲しいと願ったまさにその人で、そ...

  • またしても大変ご無沙汰・・・

    どうもこんにちはー! と、わざとらしく元気に登場してみたり(失笑)あのその、なんと申し上げてよいやら。とにもかくにも、まずはこの一言を。生きてます。元気です。いやーもう、自分用のパソコンを触るのすら久しぶりというていたらくでございまして。自ブログを開いてみたのも春以来←コルア!そしたらFC2の管理画面はレイアウトががらっと変わってるわ、ブログのテンプレートは一部おかしくなってるわ。いやはや、たまげまし...

  • あなたの手、そのかたちと温度◆あとがき

    全三回くらいでさくっと終えるつもりだったのに・・・だらだらと長くなる悪癖は、今年も健在のようです。トホホ。 ともあれ終了しました、「あなたの手、そのかたちと温度」。いかがでしたでしょうか。 久々の小説書きは、もろにリハビリという感じで、書いては消し行きつ戻りつ、の繰り返しでした。何といってもタイトル! なっかなか浮かばなくて! とうとうヤケクソになって、思いついた中で一番ヘンなやつに決めてしまいま...

  • あなたの手、そのかたちと温度(6)

    恐らくは。 向井は何気なく、この言葉を口にしたのだろう。 だが長谷川は、胸が熱くなるのを止められなかった。そして、しみいるようにして思う。 そんな状況に、向井先生がしてくれたんだ。だから今度は俺が。 向井先生から実のご両親を、ご両親から向井先生を、奪い取ることのないように。 そのチャンスを与えられたらきっと――いや、たとえすぐは駄目でも時間をかけて。 向井先生がただの統でいられる場所を失わずに済...

  • あなたの手、そのかたちと温度(5)

    ほんとだ。 そう思った瞬間、肩から力が抜けた。はあっと全身で息をつくようにして、長谷川は笑った。「そうですよね。行きましょう」 勢いをつけて言った長谷川に、向井も頷いた。だが二人、足を踏み出した方向は真逆で、一瞬の間を置いて同時に立ち止まった。そして振り返る。「・・・長谷川家に戻るんだろ? 俺はそのつもりで、」「いえ」 一方の長谷川は、断固として首を振った。横に。「うちに帰りましょう。あんな話を聞い...

  • あなたの手、そのかたちと温度(4)

    「えええっ!?」 なんて? と、問い返したつもりが、言葉にならなかった。 だが表情だけで充分だったらしい。向井もまた立ち止まり、長谷川を見下ろしてきた。 それからおもむろに長谷川を促して道の脇に避け、そののち。 向井はすらすらと羅列した。至極淡々とした普通の声音で。「好きな男と暮らしてる。去年からしてるこの指輪もそいつと交わしたもので、俺は一生をそいつと添い遂げる。こうやって話したのは親の許可を得た...

  • あなたの手、そのかたちと温度(3)

    コートの下、ジャケットの内ポケットで携帯が振動して、長谷川は歩を緩めた。 足は止めぬまま、携帯を抜きとる。・・・あ。『長谷川? 今どこだ?』 耳に当てた携帯から響く、懐かしい声。自然に口許がほころんでしまう。この人はこういう時、絶対に外さない。 殆ど感動しながら、長谷川は微笑含みの声を送り出す。「先生、お疲れ様です。もうすぐ、」 駅の名を告げようとした、その時。長谷川の足が止まった。 対面から近づい...

  • あなたの手、そのかたちと温度(2)

    未だに顔を合わせたことはない、向井の両親。 せめて想像してみようとするけれど、いつもうまくいかない。 長谷川にとってのそれは、位置づけとしては歴史上の偉人に近い。実在はしているのだろうけれど、遠くて、偉大な存在。指の先も届かないほどに。 向井は、自分からは親の話はしようとはしないが、長谷川が問えばきちんと答える。 別に仲が悪いということはなく、単に、互いにドライなだけだというのが向井の説明だ。 ...

  • あなたの手、そのかたちと温度(1)

    そうなるんじゃないかと予想はしていたし、向井からも確認された。いいのか? と。俺の親のことなら心配しなくても電話かけときゃそれで済むけど、と。 その時も、そしてたった今後にしてきた実家でも、長谷川はこう言った。向井に対しては微笑交じりに、実家の家族に対しては怒り口調で。 駄目ですよ。元旦くらい、(ご両親に顔を見せてあげなくちゃいけないんだよ。だって向井先生は、) 長男で一人っ子なんだから。(うち...

  • あけましておめでとうございます

    またもごぶさたしております・・・(ガクリ) 年内には更新再開は、はかない夢と散りました・・・(更にガクリ)※以下、説明という名の言い訳ですので、何でしたらすっ飛ばしてください※================ どうもね、対お局とのあれやこれやで溜め込んだストレスが、限界に達しつつあるようで。相手が黙ってるだけで、怒ってる? 私に怒ってる? とドキドキビクビクしてしまう段階にいってしまいまして。いやー、書...

  • 大変ご無沙汰しております

    少しお休みを・・・と言ったきり、もう何ヶ月経ったのか・・・恐くて数えられません(ぶるぶる)。 本当にご無沙汰しております。 日本各地で大変なことが次々に起きたこの夏~秋、しかもまだそれは現在進行形で継続中なのがやりきれませんが、皆様、ご無事でお暮しでしょうか。 私はといいますと、ただもうこの夏~秋の尋常じゃない暑さと、心理的ボデイブローを喰らい続ける今の仕事との戦いにヘロヘロになっている他は、何とか元...

  • 拍手御礼SS更新0812

    どうもご無沙汰しております。皆様、お元気でお過ごしでしょうか。 私はこの暑さらやられっぱなし、負けっぱなし・・・相変わらず仕事もストレスフルだし。ううう。 という泣き言は、まあいつものことなので置いておいて。 拍手御礼SS、ようやく! ようやく、更新いたしましたー! 前回のやつ、そんなに気に入ってもなかったのに、3ヶ月半くらいですか? 放置状態になってしまって、いろいろとイヤだったんですけども。ああ...

  • with、◆伴走者(10)

    「・・・そうでしたね」 一瞬にして頭が切り替わって、元々の話題が蘇った。そんな長谷川へと、向井はもう一度笑ってみせた。「と、まあ、自己嫌悪にもかられてるけど。新たな発見もあったよ。・・・俺には、おまえに相談してみるっていう選択肢もできたんだって気づいた。対応策が思いつけない状態でも、相談して構わないんだ、って。・・・構わないんだよな?」「・・・・・・」 当然じゃないですかと、辛うじて返したものの。 またしても胸...

  • with、◆伴走者(9)

    「・・・ちょっと、先生」 一方の長谷川は、つい笑ってしまった。殊更に冗談めかした口調で、こう続ける。「先生に頼って甘えてばかりの僕の前で、そういうこと言いますか? 僕に比べたら先生は全然、弱っちくなんかないですよ」 だから安心してください、と軽く言ったら、向井からは意外なくらいに強い否定が来た。そんなことない、と断言されて、長谷川はぱちぱちと瞬きをする。 その様子をどう理解したものか、向井は慌てて言...

  • with、◆伴走者(8)

    患者さんのことなんですよね、と言葉を継ぐうちに、長谷川の中で悔恨の念がぐんぐんふくらんでいった。それに比例して、声も小さくなる。「だったら、こんなオープンな場で話題にするのは御法度ですよね。駄々こねて済みませんでした」 守秘義務、という、医師として絶対に忘れてはならないことが頭から飛んでいた。 ああ俺、まだまだ全然駄目だな。そう自省しつつ、それでもせっかくの向井との外食を台無しにしたくなくて、長...

  • with、◆伴走者(7)

    だが向井は、その場では切り出そうとはしなかった。 ここじゃ何だから、というのがその言い分だ。「帰ってから話すよ」 淡々とした口調でそう言って、また箸を動かし始めた向井を、長谷川は少しばかり恨めしげに見やった。「なんだかすごく気になるんですけど」「そうか?」「そうですよ。気になって気になって、もう食事が喉を通りません」「まあそう言わずに。ほら、天津飯、旨いぞ」 向井が取り分けてくれた皿の中身を、長...

  • with、◆伴走者(6)

    滅多にない『こんなこと』。それをもう少し詳しく云うならば、たとえば。 頼られる。 一人前に扱われる。もしくは、対等に。 いや違うな、と長谷川は自分でも思う。どれも語弊があるし正確じゃない。でも、他にうまい表現が見つからない。 ただ、確かなのは。 今までの多くの場合、フォローする側とされる側に分けるとしたら、前者は向井で後者は長谷川だった。 向井の意見は違うかもしれない。だが少なくとも長谷川に...

  • with、◆伴走者(5)

    向井の目が、メガネの向こうで軽く見開かれた。「え、何で?」 その表情も声音も、向井らしくもなく無防備で、だから長谷川は確信する。何かあったんだ。 すぐにでも問い詰めて聞き出したい気持ちを抑え、長谷川は微笑んでみせた。「そりゃ判りますよ。他はともかく向井先生に関することには、僕は超能力が働くんです。先生が言葉や態度に出してないつもりでも駄目なんですよ。空気だけでピンと来るので」 普段の向井なら、長...

  • with、◆伴走者(4)

    「倦怠期?」 その日は向井が日直勤務に当たっていたので、そういう週末の常として夕食は仕事終わりの向井と待ち合わせて外で食べた。 何が食べたいですかと、今日働いてきた人に尋ねたら、「餃子」と即答だった。なので、店名にも「ぎょうざの」と入っている有名チェーン店に入る。このテの店は大概どこにでもあって、味も安定しているので良いというのが、長谷川と向井の一致した意見だ。 生ビールとウーロン茶で、お疲れ様で...

  • with、◆伴走者(3)

    あの頃はさ、と続けた声は妙に明るくて、自分でも少し驚いた。 だがそれは微笑っているからだとすぐに気づいて安堵した。その笑みに、嘘が少しもないことにも。 大きな瞳を更に見開いて、こちらを見つめているなつめへと真っ直ぐに視線を返し、改めて微笑む。「そりゃあもう悲壮だったよ。駄目になるのは当然のことなんだから、そうなっても向井先生を恨んだり憎んだり絶対にしないでおこう、って自分に言い聞かせてね。代わり...

  • with、◆伴走者(2)

    「倦怠期・・・俺と向井先生に?」 鸚鵡返しの質問で時間を稼ぎながら、長谷川は考える。倦怠期・・・、「無い、かな。とりあえず俺の方では」「今のところは、ってこと?」 一方、なつめは追及の手を緩めない。落ち着いた口調のまま、それでも間髪入れず突っ込んでくる。 だがそれは決して興味本位からではなく、裏に隠された真摯な気持ちがあることを、長谷川はよく知っていた。「今のところは。それにこれからも」 だから真面目に...

  • with、◆伴走者(1)

    「百合絵ちゃんのママがね、言ったんだって。大人には倦怠期ってものがあるのよ、って」 元から大人びたところのあったなつめは、この春から中学生になって、大人っぽさに更に磨きがかかってきたと長谷川は思う。 現に、最近のトピックスを尋ねた長谷川に対する返答がこれだ。倦怠期、か。「百合絵ちゃんのママね、今、百合絵ちゃんを連れて実家に帰ってるの。だから百合絵ちゃん、今、通学に時間がかかって大変そう」 そう続け...

  • 【覚え書き】ありふれた風景33

    【初出】2019.02.24-2019.04.29 拍手お礼ページに掲載************ いつもの向井×長谷川、というより向井×ひろきですね。SS入れ替え告知時のmemoにも書いてましたが(笑)。 向井先生はモノに対して執着がないというイメージです。 特に消耗品の場合は、壊れたらあっさり捨てて新しいのを買うタイプだと思うんですが、このボールペンだけは! 別なのです! そもそも、モノに名前をつけるなんて、生まれて初めてだったんじゃな...

  • ◆ありふれた風景33(9)◆

    「もういいです。判りました。ひろきも本望だと思います、向井先生にそんなに愛されて」 厭味たっぷりの諦め口調で言ったつもりだったのに、この言葉は自分の耳にも甘く響いた。ついでに右手を挙げて、向井の頬をそっと包む。 すると向井も、手を重ねてきた。ごめんな、ともう一度謝られる。「ほんと、なんかいろいろ、・・・ごめん」「いいですってば」「インクは出ないけど、ひろきは明日からも病院に連れてくから。白衣のポケッ...

  • ◆ありふれた風景33(8)◆

    「それで今ひろきはどこにいるんですか」 そう問い詰めると、向井はスーツの上着をひらいて内ポケットを示した。 そこからちょこんと顔を覗かせている小さなシャチのマスコットに、長谷川は大きく嘆息する。心なしか塗装が少し薄れていて、それさえもなんだか小憎たらしい。「そんなとこに大事にかくまって・・・そもそも、向井先生ってそんな人でしたか? モノに対して執着したり感情移入したり、そういうことは一切しないタイプ...

  • ◆ありふれた風景33(7)◆

    長谷川としては、それ以外言いようがない。一方の向井は、ますます深くうなだれてしまう。「ごめんな。ひろきとまた仕事がしたかったのに。バネをなくすなんて、替え芯以前の問題だ。最悪だ。・・・ごめん」「ちょっと、先生、」 こみあげてきた笑いの衝動を、長谷川は懸命に抑え込んだ。誠実な口調になるよう努力しつつ、言葉を探す。「そんなに深刻にならなくても。というか、まだあのボー・・・じゃない、ひろきを使おうとしてくれ...

  • ◆ありふれた風景33(6)◆

    この名前やっぱり抵抗があるなあ、という思いは押し隠しつつ尋ねた長谷川に、向井は答えた。相変わらずうつむいたまま、悲しそうな声で。「随分前から、インクが出なくなってたんだ。替えの芯を買いにいかないと、と思いながらも取り紛れてそのままになってて」 向井がぼそぼそと語ったところによると。 1.今日は長谷川も遅くなるというし、仕事も割に早く片付いたので、まず夕食を摂ってから文房具店に行った。 2.あらか...

  • ◆ありふれた風景33(5)◆

    「・・・・・・」 問いかけから答えが返るまでには、これまでもわずかの間が空いていた。だが今度の間は少し長かった。 それでも長谷川が視線を外さずに待っていると、向井はいきなりうつむいてしまった。ぽつり、と一言だけ、言葉を落とす。「・・・ひろきが」「僕? ですか?」 いきなりファーストネームを口にされ、長谷川は照れるより先に面食らった。向井はというと、うつむいたままふるふるとかぶりを振った。「いや、ボールペン...

  • ◆ありふれた風景33(4)◆

    見れば向井はまだスーツ姿のままだった。離れたところにコートが放り出されていて、更に離れたところに鞄も投げ出されている。 その他、ソファまわりも心なしか乱れているようだ。まるで、引っ繰り返しては戻すことを繰り返したかのような雰囲気。 それらを一通り見て取ってから、長谷川は向井の傍らに膝をついた。 全身状態を素早く観察する。身体的な異常はなさそうだ。着衣の上からだから確定はできないが。それより問題...

  • ◆ありふれた風景33(3)◆

    「む、かい・・・先生?」 玄関は暗く、そこから続く廊下も暗かった。ただ、その奥からぼんやりと灯りがもれていて、リビングにいる人の存在を伝えていた。 瞬間的に、長谷川の脳裏をありとあらゆる嫌な予想が駆け巡る。 あの短い返信メールも、いつものことだと油断して――いや、それどころか脳天気かつ都合よく幸せ気分に浸ったりしていたけれど、本当は何か重大な、「先生!?」 思わず声を張り上げてしまいながら、長谷川はそこ...

  • ◆ありふれた風景33(2)◆

    かくて。 その日、長谷川は予定通り医局会にも勉強会にも出て、配られた豪勢な弁当も有り難く完食した。 その後で病棟に上がって回診と指示出しとカルテ入力を済ませたら、予想していたよりも更に遅い時間になってしまったので、慌てて帰途につく。 途中で向井にメールで現状を伝えたところ、「了解」と一言だけ返ってきた。 必要最小限のことしか打ってこないのは向井のクセだ。歴代の元カノとはそのことで毎回喧嘩になった...

  • ◆ありふれた風景33(1)◆

    その日はあらかじめ、帰宅が遅くなると向井には言ってあった。 月に一度の医局会がある日だったし、その後で引き続き行われる製薬会社主催の勉強会にも出るつもりだった。 医局会はともかく、勉強会は強制参加ではないので、長谷川も出たり出なかったりしている。が、「今回のはちょっと気になるテーマなので」 そう言った長谷川に、向井は屈託なげに笑ってこう答えた。「じゃあ俺も、晩メシは適当に済ませてくるよ」 製薬会...

  • 【覚え書き】ありふれた風景32

    【初出】2018.12.23-2019.02.23 拍手お礼ページに掲載************ 「with、」シリーズに引き続き、ハルヒナの拍手御礼SSでした。 缶スープの話、懐かしいなあ! SS入れ替え時のmemoでは、つぶ入りのスープのつぷが最後まで飲みきれない、という話もしてましたねー私。 あの時知った裏技は、結局試せないまま季節が変わってしまいました。 や、寒い季節じゃなくても缶スープって自販機で売ってるのかな? いやいや、売ってい...

  • ◆ありふれた風景32(6-2)◆

    決まってるじゃん、とまた言いたくなったのをこらえて、俺も答える。「ハルタさんの」「じゃあ、」 とハルタさんは何でもないような口調で続けた。「これも店のメニューに加えようか」 途端に俺は、言葉につっかえてしまう。「えっ・・・と、んんん・・・こんなに美味しいんだから、そうだよね・・・」 スープに視線を落として、意味もなくスプーンでぐるぐる掻き混ぜていると。 急に頭のてっぺんがフワリとあったかくなった。見なく...

  • ◆ありふれた風景32(6-1)◆

    「すごい。美味しい」 心からそう言ってるのに、ハルタさんは疑わしそうな表情を崩そうとしない。「ほんとに?」 挙げ句の果てにそう問い返されて、俺はムキになった。「美味しいよ! 決まってるじゃん、ハルタさんがつくってくれたんだよ!? しかも、不特定多数のお客さんに向けてじゃなく俺に、俺のためだけにつくってくれたコーンスープだよ!? 美味しいよ、ものすごく!」 スプーン片手に言いつのる俺の剣幕に、ハルタさん...

  • ◆ありふれた風景32(5)◆

    そういうわけで、俺はコーンスープの調理にとりかかった。 この時期、生のスイートコーンは出回っていないので缶詰のコーン、それから牛乳と生クリームを使って、ポタージュ仕立てにする。 といっても作業工程は至ってシンプルだ。 一、コーンの水気を切って、フードプロセッサーにコーンと牛乳を入れて滑らかになるまで撹拌。 二、ザルでこしながら鍋に移し、最初に取り分けておいた粒コーンを加える。 三、中火にかけ、...

  • ◆ありふれた風景32(4-2)◆

    っていうのは今はおいといて。「店に出さない、のに、つくるの?」 戸惑いながら訊いた俺に、ハルタさんはこう言って笑った。「いわゆる裏メニュー、いや、賄いかな。うちの大事な店員さんに食べてもらう専用メニューだから」 これを聞いて、俺はとっさにハルタさんに抱きついてしまった。 そうしてエプロンをしたままの胸にほっぺたをつけて、こみ上げてきた言葉をそのまま口にした。 もう何回、何十回言ったか判らない、で...

  • ◆ありふれた風景32(4-1)◆

    コーンスープをつくる、と宣言したハルタさんに、俺はびっくりして問い返した。「それって冬のスープに新メニューが加わるってこと?」「いや、店には出さない」 ハルタさんは首を横に振って、そうして説明してくれた。今まで『もう一品』にコーンスープがなかった理由を。 ちなみにハルタさんはこういう説明がすごく上手だ。 多分、相手に合わせて言葉を変えて、一番伝わりやすい言い方をしてるんだと思う。それも無意識に。...

  • ◆ありふれた風景32(3-2)◆

    いや、もちろん旬はある。 店頭に出回るのはスイートコーンで、これはトウモロコシの中でも甘みが強い品種の総称だ。 そいつが一番美味しい時期は六月下旬から八月いっぱい。だから、季節のスープメニューに入れるとしたらその期間ということになる。 だが、湿度も気温も高くて二言目には暑いと言ってしまうような季節に、焼きトウモロコシならともかく熱いスープで、わざわざトウモロコシを摂取したいと人は思うだろうか。な...

  • ◆ありふれた風景32(3-1)◆

    コーンスープっていうのがな。正直、意表を突かれた。 もっともヒナタくんによると、コーンスープは毎年必ず入るけど、それ以外の種類も自販機によっては入ることもあるらしい。 だがそれは大体その年限りなのだそうだ。 ということはやはり、敵はコーンスープということだ。 で、そのコーンスープだが。 うちの店では「季節のスープ」と銘打って、年間通して何らかのスープを出しているけど、コーンスープだけはなかった。...

  • ◆ありふれた風景32(2)◆

    ハルタさんったら、俺、続けてちゃんと言ったのに。でも今はハルタさんのスープメニューで季節の移り変わりを実感してるんだよ、って。 なのにそれは頭から飛んじゃってるみたい。 自販機のスープ缶の話をしたらすぐ、近所の自販機を回ってきて、スープ缶を買ってきた。粒入りって書かれた、黄色い缶のコーンスープを。「敵情視察だ」 しかも本人は難しい顔をしてこんなふうに言う。それで俺はまた呆れてしまう。「ハルタさん...

  • ◆ありふれた風景32(1)◆

    俺の好きな人で、俺の店の唯一の従業員でもあるヒナタくんは、冬の訪れを飲料の自販機で知るのだと言う。「冷たい飲み物ばっかりだったのが、ちょっとずつあったかいのが増えてくんだ。コーヒーが一番早いかな」 そんなふうに話してくれたヒナタくんは、初めて出会った時から随分大人びた。 背丈も少し伸びたんじゃないかと俺は思うのだが、本人は伸びるような年じゃないと言って笑う。だが体格は確実に良くなった。それは俺の...

  • with、◆ファーストバイト(あとがき)

    というわけで終了しました、「with、」ハルヒナ編。いかがでしたでしょうか。 ほんとは二人の初えっち! とか! 書きたかったんですけど! でも計算してみたら、ヒナちゃんはまだ二十歳になってなかった。残念。 というかハルタさんがですね・・・。作中にヒナちゃんも言ってましたけど、大変頑固な人でしてね・・・。 あと1年くらいいいじゃん、もう一緒に暮らしてるんだし十八歳は突破したんだしさ、と、いくら作者が唆しても頑...

  • with、◆ファーストバイト(14)

    「・・・そっか」 じゃあ俺もハルタさんに保険証あげなきゃ、なんてまたバカなことを俺が考えてると知らず、ハルタさんは弁解する口調で言い募った。「ていうか大事だろ、保険証。きみね、今まで自分が持ってた保険証、ちゃんと見たことある? 『家族(被扶養者)』ってアタマに記載があって、『被保険者氏名』って欄にお父さんの名前があっただろ。・・・いや、あったんだよ! でもこれからは違う。きみのこと俺が引き取るっていうか...

  • with、◆ファーストバイト(13)

    「ふぁー・・・?」 また急に知らない単語が出てきて、目をぱちくりさせた拍子に涙がぼたぼたこぼれてしまった。ハルタさんが自分のエプロンの裾で、それをぬぐってくれる。「ファーストバイト。披露宴の演出だよ。新郎新婦が互いにウェディングケーキの一切れを食べさせ合うやつ。あれにも一応意味があるんだよ・・・ってヒナタくん?」 一般常識として知ってるだけだからね、と真顔で念を押されて、俺は思わず笑ってしまった。涙と相...

  • with、◆ファーストバイト(12)

    ぐすっ、と俺は鼻を鳴らした。何度も繰り返された否定の言葉がようやく頭にしみてきて、そうしたら余計に泣けてきてしまう。「急に、そんな、きちんと、されたら・・・突き放された、みたいな、これでもういいだろって言われてる、みたいな、気がして」 途切れ途切れにこう抗議したのは、だから、殆ど甘えてるみたいなもんだった。愚痴っていうか、言い訳っていうか。 そんな戯言、ハルタさんもまともに取り合わなくていいのに、...

  • with、◆ファーストバイト(11)

    「ハルタさん・・・」 なんだか泣きたくなってきた。なんで? って自分でも考えて、不意にひとつの考えに思い至る。そしたらもっと泣きたくなって、俺の眉毛と唇は自然に下がってしまった。「ハルタさんは、俺のこと、もう要らないの?」「えっ!?」 ハルタさんもさすがにびっくりしたみたいで、目を大きく見張って俺を見つめ返してきた。 その顔を見上げているともう我慢できなくて、俺はとうとうべそをかいてしまう。「ちょ、ち...

  • with、◆ファーストバイト(10)

    「あのね、ヒナタくん」 でもハルタさんは、俺がどんな反応を示すかなんて予想済みだったんだろう。俺が何か言うより早く、こう言った。今度は断固とした口調で。「三月からはもう、きみはバイトじゃない。うちの店の正規従業員だ。業務内容的にも就業時間的にも。俺は雇用主として、正当な給与を払う義務がある。福利厚生の面でもきちんと手続きする義務もある。わら、給与明細をみてごらん。ちゃんと引かれてるだろ、健康保険と...

  • with、◆ファーストバイト(9)

    「はいこれ。ヒナタくんのだよ」 ハルタさんはしばらく、俺に向かってそれを差し出した格好のままでいたけれど、いつまでも俺が受け取ろうとしないもんだから、こう言葉を足すと俺の右手を取って、それを持たせてくれた。 それ、っていうのは。「えと・・・?」 成り行き上、俺は自分の手に移されたものに視線を落とした。青くて小さいプラスチックのカードと、折り畳まれた細長い紙が挟まれた銀行の通帳へと。 ええと、と小声で...

  • with、◆ファーストバイト(8)

    こんなふうにして、ハルタさんの傍で過ごす二度目の三月が過ぎていき、そしてカレンダーは一枚めくれて、四月。 店のお客さんの顔ぶれにも少しだけ変化があった。 いかにも着慣れていないふうなスーツ姿を更にぐたぐたにした新入社員さんたち――って何故か百発百中で判っちゃう、不思議だねってハルタさんも言ってた――が仕事帰りに寄ってくれたり。 そういう人たちに、いらっしゃいませの代わりにおかえりなさいと声をかけたら...

  • with、◆ファーストバイト(7)

    って言うと、すごく可哀想っぽいけど。 でもほんとはそうじゃなかったってことも俺は知ってる。 被害者のまま、自己憐憫のぬるま湯に浸かって生きるのは、ある意味、ラクだった。 努力しなくていいから。自分を可哀想がっていればそれで良かったから。 ハルタさんに拾われた当初も、接客のバイトに甘んじてた間も、そのスタンスに変わりしなかった。ラクな方へ楽な方へ、って自分から流されていってた。それが習い性になって...

  • with、◆ファーストバイト(6)

    っていうのは置いといて。 手伝いレベルから脱した当初の俺は、単にハルタさんの邪魔をしてるだけだった。俺がいない方がきっとずっと作業は早くてラクなんだろうなって、実感としてそれが判った。 ハルタさんは俺を邪魔扱いしたりは全然しなかったけど、だから余計に身にしみた。 一日でも早くこんな状態を脱したくて、どうすればいいのか俺なりに考えた。 その結果トライしたことが正しかったのかどうかは判らない。けど、...

  • with、◆ファーストバイト(5)

    さらっと聞き流してしまいそうになるけど、これって大変なことだと俺は思う。 うちの店の客層、売れ筋、個人営業だからこそできること。そういうのをハルタさんは常に考えてるってことだから。 けど、そういえば料理そのものについてもハルタさんはそうだ。理詰めっていうか、理論先行っていうか。 ハルタさんにとって料理は「実験みたいなもの」なんだって。そういうとこも俺は好きだ。 随分脱線しちゃった。話を元に戻そう...

  • with、◆ファーストバイト(4)

    店としてはむしろ、これが目標なんだ。 このくらいのタイミングで値札を引っ繰り返してソールドにする。あるいは、明日のメニューに使い回せるくらいの仕込み段階で止める。っていうのが。 実際、ハルタさんはそうなるようにいつも調整して作ってる。季節とか気温とか、そういう要因も考慮した上で。 そういうのを俺は、調理場に立つようになってから初めて知った。 そりゃあ今までだって、売れ残りが賄いに回ってきたり、堀...

  • with、◆ファーストバイト(3)

    さて、ここで『もう一品』の基本情報をおさらいしてみると。 開店時間は十時半。だからハルタさんは五時半には起きて、仕込みを始めてる。 とはいえハルタさんは寝起きが悪いから、最初はぼーっとしてる。でもそれは受け答えだけで、手はきっちり動いてるのがすごい。 もちろん俺も同じ時間に起きて、ハルタさんと一緒に調理場に立つ。それでハルタさんが安心してぼーっとしていられるよう、気合いを入れて働く。 そして、開...

  • with、◆ファーストバイト(2)

    話を調理師試験に戻すと。 これぞ俺のバカさ加減の証明でもあるんだけど、何となく思い込んでたんだ。総菜屋さんで働くイコール実務経験、って。仕事の内容のことなんか、考えも及ばなかった。 一年前の三月初日。俺は高校の卒業式の後、そのまま家出してこの街に来た。そしてハルタさんに拾われた。住み込みのバイトっていう名目で。 その頃から確かに、漠然と考えてはいた。将来的には調理師免許を取りたい、って。受験資...

  • with、◆ファーストバイト(1)

    中学卒業以上の学歴と、飲食店調理場での二年以上の勤務経験。 アルバイトの場合は原則として週四日以上かつ一日六時間以上の勤務、そして「調理業務従事証明書」――職場の最高責任者による記入と実印の押印が必要――が要る。 って何の話かっていうと、調理師試験の話だ。それを受験するための要件。 ポイントは「飲食店調理場での勤務経験」って処。レジや接客の時間は、そこにはカウントされない。「うーん・・・ヒナタくんの場...

  • with、◆がらくた(あとがき)

    今回のお話、テーマは「ラブ増量」でした(失笑)。いや、ここんとこ、健全な話が続いてましたのでね。 でも本人が意気込んでた割には、終わってみたら大したことなかったような気がしてなりません。いかがでしたでしょうか・・・。 いえいえ、今回の真のテーマはラブじゃなくて、「ツンデレ忍足先生」と「黄昏れる佐上先生」ですから!(言い張る) やー、「誓うのは永遠じゃなく」の頃には、忍足先生のこんな姿を書くことにな...

  • with、◆がらくた(13)

    代わりにそう言い足すと、忍足はますます不愉快げに、眉間に皺を刻む。 しかし、肯定も否定もしなかったので、あー覚えてはいるんだなと佐上は一人頷いた。その訳知り顔が気に入らなかったらしく、忍足はじろりと佐上を睨む。「ていうか、少なくと俺に関しては逆効果。渉が欲しくて仕方なくなるだけ。ああそれとも、そういう俺をリクエスト?」 笑ってそう言ってやると、忍足はついにそっぽを向いてしまった。そんなわけあるか...

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