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alpenjapanさんのプロフィール

住所
茨城県
出身
大阪府

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ブログタイトル
心が満ちる山歩き
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/alpenjapan
ブログ紹介文
美しい自然と、山へ登れる健康な身体に感謝。2019年11月に日本百名山を完登しました。
更新頻度(1年)

178回 / 365日(平均3.4回/週)

ブログ村参加:2014/04/04

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ハンドル名
alpenjapanさん
ブログタイトル
心が満ちる山歩き
更新頻度
178回 / 365日(平均3.4回/週)
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心が満ちる山歩き

alpenjapanさんの新着記事

1件〜30件

  • チャイコフスキー 交響曲第6番「悲愴」&ムソルグスキー 「展覧会の絵」の名演(1)

    鳥の鳴き声を聞いても、その鳥の名前が分かることはほとんどありません。ある時、山の中で鳥の鳴き声が何重にも聞こえてきました。ウグイスは分かりましたが、もう一つ、五拍子をキープして鳴いている鳥の名前が分かりません。この五拍子がとても落ち着きます。奇数は当然2で割っても切れ端が残りますが、耳には安定した数のような気がします。まず、3拍子のワルツがそうです。ポピュラーな、ヴィヴァルディ「四季」は「春」も「秋」も、出だしは4拍子ですが、メロディーは3小節で一括りになっています。3の次に大きな奇数の、5拍子の音楽はずっと数が少なくなります。ムソルグスキー「展覧会の絵」の金管楽器の出だしは、~ソーファーシ♭ードファレードファレーシ♭ードーソーファー~カタカナでしか表せません。聴き慣れたこのメロディーは、5拍子と6拍子を組み合...チャイコフスキー交響曲第6番「悲愴」&ムソルグスキー「展覧会の絵」の名演(1)

  • 蔵王山 熊野岳と御釜

    蔵王山地蔵山(1,736m)・熊野岳(1,841m)紀行作家の宮脇俊三氏の本に、蔵王の観光道路「蔵王エコーライン」を廃止し、その跡に「蔵王鉄道」を開業させようという計画が出てきます。「~わが蔵王鉄道は冬期も運休せず、自然の猛威と樹氷の美に接していただく所存だが、そのためには風雪対策は十分になさねばならない。「吹雪のため運休」にしたくない。~」「~お金のかかることばかりだから、厳冬期は割増運賃にし、この期間は「樹氷列車」と呼ぶことにする。運賃は高くても大いに人気を博し、八両編成の列車を十五分間隔で運転しても乗りきれない客がでるだろうと私は皮算用している。~」(『夢の山岳鉄道』宮脇俊三(新潮文庫))この本には「蔵王鉄道」のイラストもあります。山形新幹線の車体を短くしたような姿で、夢のある文章よりは少し現実的な感じが...蔵王山熊野岳と御釜

  • 尾瀬の森と湿原巡り 燧裏林道・赤田代・ヨッピ吊橋(3)

    尾瀬・燧裏林道~赤田代~ヨッピ吊橋~鳩待峠((2)のつづき)燧裏林道はワタスゲの果穂が最盛期でした。大きな上田代の湿原にもたくさんありました。それも、奥に進めば進むほど、より大きな群落が出てきます。こういう時はどこで写真を撮ればよいか迷います。もしデジカメでなく昔のカメラだったら、いつ残りのフィルムを費やすか本当に迷っただろうと思います。タテヤマリンドウとトキソウの花もありました。食虫植物のモウセンゴケも多かったです。トキソウは、尾瀬では燧裏林道以外の場所では見たことがありません。名残惜しい景色を後にします。しばらくは、森と小さな湿原が交互に現われます。このあたりの景色こそ、燧裏林道の真骨頂だと思います。深い森の向こうに、湿原が見えるたびに嬉しい気持ちになります。しかもその雰囲気は、湿原ごとに全部違うのです。(...尾瀬の森と湿原巡り燧裏林道・赤田代・ヨッピ吊橋(3)

  • 鈴鹿山・入道ヶ岳 出張の合間に登った思い出の山

    入道ヶ岳(906m)ゴールデンウィークに御在所岳に登り、初めて鈴鹿の魅力を発見した同じ年の11月に、大阪と名古屋に出張がありました。再び鈴鹿の山に登る機会がやってきました。出発する前に、東京から登山靴と道具一式を、宅急便で送っておきました。いくつかコースを計画していましたが、前日にお酒をたくさん飲んで寝坊してしまいました。近鉄名古屋駅を12時前に出発し、地下駅ではないのに海抜0メートルより低い弥富駅を過ぎ、木曽川の鉄橋を渡ると愛知県から三重県に入り、さらに長良川と揖斐川を渡ります。連続して大河を越える通勤電車の中で、午後からでも登れる山を急いで探していると、入道ヶ岳という、まるで雲のような名前の山が見つかりました。椿大神社から、杉林の中を進み、細い沢を石伝いに渉ります。斜面が真っ赤に紅葉しているところがあります...鈴鹿山・入道ヶ岳出張の合間に登った思い出の山

  • 尾瀬の森と湿原巡り 燧裏林道・赤田代・ヨッピ吊橋(2)

    尾瀬・燧裏林道~赤田代~ヨッピ吊橋~鳩待峠((1)のつづき)姫田代から15分ほどの登りで、上田代に着きます。湿原に入る手前のクロベの大木が、まず素晴らしいです。赤色を帯びた太い幹に迫力があります。燧裏林道に出てくる湿原の中で、上田代は一番大きな湿原です。それ以上に、傾斜していることが最大の特徴です。6年前、初めてここに来た時は、どうして真っ平でない湿原があるのか、ただただ不思議でたまりませんでした。この緩やかな傾斜が、尾瀬にある他のどの湿原とも違う、大海原のような広さを醸し出しているのです。巨木が堂々としており、大きな湿原にパズルのピースのような森が、池塘のように点在しているのも、上田代ならではです。そして、上田代には山々の眺望もあります。名前は「燧」裏林道ですが、遠くに見える山で目を惹くのは燧ヶ岳ではなく、平...尾瀬の森と湿原巡り燧裏林道・赤田代・ヨッピ吊橋(2)

  • 尾瀬の森と湿原巡り 燧裏林道・赤田代・ヨッピ吊橋(1)

    燧裏林道は、福島県の御池から見晴まで、燧ヶ岳の北側をぐるっと回る道です。最後まで歩き通したことは一回しかなく、しかもその日は今にも雨の降りそうな雲がかかっていました。天気のよい日に歩き通してみたいと思っていました。出発の前日は麓の檜枝岐村で泊まり、翌日の朝6時半、始発の会津バスで御池まで行きました。雲の合間から青空が見えています。ずっと雨の続く梅雨の最中、バス停から久しぶりに青空を見ました。大きなチャンスが巡ってきたと思いました。燧裏林道は、御池の駐車場の奥から始まります。すぐに燧ヶ岳への登山道との分岐があります。登山道は左折ですが、まっすぐ進みます。木の高いところにツルアジサイの花が咲いています。今日は最初から最後までツルアジサイをたくさん見ました。歩き始めて数分で、最初の湿原が御池田代です。裏燧では数少ない...尾瀬の森と湿原巡り燧裏林道・赤田代・ヨッピ吊橋(1)

  • 鈴鹿山 御在所岳・国見岳(6) 公園の御在所岳から静かな国見岳へ

    御在所岳(1,212m)・国見岳(1,170m)((5)のつづき)山頂の展望台は「望湖台」と名付けられています。湖は日本一の琵琶湖ですが、気温が高くて空が霞み、存在は分かりませんでした。ここから今日二つ目のピーク、国見岳を目指します。途中まで観光リフトに乗ってみました。リフトは、「頂上駅」から「カモシカ駅」まで下り、そこから若干登り返して「ロープウェイ駅」まで通じています。ここは冬になるとスキー場になります。途中駅のあるリフトは、スキー場では珍しい気がします。その珍しさに興味があり、「カモシカ駅」まで乗ってみました。二つの駅の間に、さらにもう一つ駅がありましたが、そこでの乗降はできないとのことでした。ロープのかかった急な斜面を登り、背後を振り返ると御在所岳の大きな岩壁が迫ります。遠ざかった場所から見るとより大き...鈴鹿山御在所岳・国見岳(6)公園の御在所岳から静かな国見岳へ

  • 鈴鹿山 御在所岳・国見岳(5) 御在所岳の一等三角点

    御在所岳(1,212m)・国見岳(1,170m)((4)のつづき)御在所岳の頂上には一等三角点があります。これだけはっきりした標識があれば、「一等」三角点であると一目瞭然です。この三角点の「点の記」を調べると、昭和51年に観測されたものでは「現況地目公園」と記され、山頂のすぐ手前までリフトで来ることができることも、手書きの地図ではっきり分かります。その前に測量された昭和23年のものでは、一転して、「四日市より私鉄湯ノ山に到りそれより約四粁にて湯ノ山温泉に達し更に山路約四粁にして本点に達す通路極𡸴なり」となっていました。「運搬の手段」は、湯ノ山温泉から先は「人肩に依る外なし」とされ、冬季には測量不可能であることも記されています。2つを見比べると、一気に観光開発が進んだ様子が分かります。昔と今とで、こんなにはっきり...鈴鹿山御在所岳・国見岳(5)御在所岳の一等三角点

  • 百名山の麓をたずねて (4)筑波山 雨引観音のアジサイ

    筑波山から10kmほど北へ進んだところにある、雨引観音です。境内ではガチョウがマイペースに散歩しています。池の鯉も、のんびり泳いでいるように見えました。極彩色の伽藍も見応えがありましたが、何といってもアジサイが見事でした。百名山の麓をたずねて(4)筑波山雨引観音のアジサイ

  • 百名山の麓をたずねて (3)谷川岳 法師温泉

    みなかみ町の法師温泉は、ぜひ泊まってみたいと思っていた旅館でした。囲炉裏で薪が燃え、鉄釜のお湯で淹れたお茶をいただきました。とてもまろやかなお茶でした。宿のホームページでは、「弘法大師巡錫の折の発見と伝えられ、法師乃湯と呼ばれています。」とあります。浴槽は長方形8カ所に区切られ、玉石の敷かれた底から湧き出す温泉はなんとも言えない雰囲気でした。翌日は森の中の道を歩いて、群馬と新潟を結ぶ三国トンネルの入り口まで歩いてみました。1959年に開通した三国トンネルは、鉄道(清水トンネル)とは離れた場所を通っており、ここを通る路線バスはありません。来るのは初めてでした。中を歩いて反対側の新潟県まで行ってみたいと思いましたが、歩道のないトンネルは車がひっきりなしに行き交い、歩くことは無理そうでした。三国トンネルの入り口近くに...百名山の麓をたずねて(3)谷川岳法師温泉

  • ワーグナーの管弦楽曲集(2) ”神々の黄昏”

    (1のつづき)◆上岡敏之~新日本フィル(エクストンOVCL00703)このCDには「タンホイザー」以外にも、2019年5月に横浜で聴いたプログラムのすべてがおさめられています。・「トリスタンとイゾルテ」前奏曲と愛の死・「神々の黄昏」”ジークフリートのラインへの旅”・”ジークフリートの死と葬送行進曲”・「パルジファル」第一幕前奏曲・第三幕フィナーレどの曲も音がすっと遠くに伸びて行く感触が素晴らしかったです。これはCDでも再現されていると思います。2017年3月、新日本フィルの本拠地・すみだトリフォニーホールでマーラーの交響曲第6番「悲劇的」が演奏されました。フライヤーの裏面に、指揮者上岡さんのインタビューが掲載されています。「~上岡は、この『すみだ平和祈念コンサート』を、生きている方たちや未来がある方たちに向けて...ワーグナーの管弦楽曲集(2)”神々の黄昏”

  • 百名山の麓をたずねて (2)塩見岳・鹿塩温泉へ② 不思議な山深い塩の温泉

    塩見岳(3,052m)(1のつづき)「~私たちの宿屋の反対側の、谷川の左岸にあたる狭い峡谷には、いくつかの塩類泉がある。この泉は三十メートルくらい下から湧き出てくる。鉱泉の水は、竹の歯と幹を積み重ねたものの上までポンプで汲み上げられる。これは笊の恰好になっていて、水はそこを通って下の釜に流れる。それからその水を沸かして、次に蒸発させるという過程をとるのである。~」(『日本アルプス登山と探検』ウォルター・ウェストン著・岡村精一訳(平凡社))道路沿いに「国鉄コンテナ」が2個置かれています。どれだけ色褪せても、緑色は緑色のままだなと思います。バスは最後のトンネル、大鹿トンネルをくぐると国道152号線に出て、鹿塩バス停に着きました。2年前、塩見岳の登山バスに乗りました。ダムを見上げて走り、このまま山へと向かうのかと思う...百名山の麓をたずねて(2)塩見岳・鹿塩温泉へ②不思議な山深い塩の温泉

  • 谷川岳 「日本三大岩場」と「日本三大急登」の山へ

    谷川岳(1,977m)谷川岳といえば、ロッククライミングのメッカです。日本では「日本三大岩場」と呼ばれています。有名な一ノ倉沢を写真で見ると凄いなと思います。しかし、クライミングに無縁な自分にとって、谷川岳の岩場がどこがどう難しいのかは分かりません。雑誌『岳人』に、谷川岳の特徴が書かれている記事を見つけました。「~谷川岳の岩場は、北アルプスの剱岳や穂高岳と並んで「日本三大岩場」のひとつといわれている。しかし剱や穂高の岩場に比べると、だいぶ様相が異なる。標高が低いために植生が発達しており、すっきりとした岩壁とはいえない、石英閃緑岩というフリクションのよくない岩が主体で、クラックが発達していないために支点もとりづらく、岩登りに適した岩質でもない。瓦が積み重なったような「逆層」といわれる岩の形状が多いのも特徴で、これ...谷川岳「日本三大岩場」と「日本三大急登」の山へ

  • 鈴鹿山 御在所岳・国見岳(4) 富士見岩展望台からの眺望

    御在所岳(1,212m)・国見岳(1,170m)((3)のつづき)細いロープのかかった急坂を経て、登山道が終わります。ここからは、山頂まで遊園地のような場所が続きます。ロープウェイの駅にも、「山上公園」という名前がついています。富士見岩展望台に寄り道しました。200km以上離れた富士山は見えませんでしたが、山も海も両方見える爽快な眺望です。高さ61mの鉄塔は、見下ろしても大きいです。御在所ロープウェイには全部で7本の鉄塔がありますが、6番目のこの鉄塔が際立って大きいです。南には鎌ヶ岳が鋭くそびえています。鎌ヶ岳は1,161m、立っている展望台の高さは、鎌ヶ岳の頂上をすでに上回っています。山の迫力、存在感は必ずしも標高に比例しません。ロープウェイの鋼索を挟んで突き出ている大黒岩もユニークでした。山上公園駅のレスト...鈴鹿山御在所岳・国見岳(4)富士見岩展望台からの眺望

  • 鈴鹿山 御在所岳・国見岳(3)

    御在所岳(1,212m)・国見岳(1,170m)((2)のつづき)ロープウェイのかかっている山といえば、地元の筑波山が思い浮かびます。御在所岳のロープウェイは、大きな搬器2台の筑波山と逆に、小さな搬器が何十個も行ったり来たりしています。南の鎌ヶ岳を横切るように動くロープウェイが絵になります。鋼索の線と、鎌ヶ岳のはっきり分かるピークとが、ぴったり接している場所があります。白く高い鉄塔は61mもあり、昭和34年に開業して以来、今もロープウェイの鉄塔では日本一の高さだといいます。北には釈迦ヶ岳が見えます。この山も登ってみたい山です。3つのピークが横に並び、左から右から、尾根がスーツの襟のように伸びています。「山と高原地図」(昭文社・2013年版)では、中道登山道には「危」マークが2か所出てきます。そのうち、難しいと思...鈴鹿山御在所岳・国見岳(3)

  • 燧裏林道・上田代

    バスで御池に2時過ぎに着き、夕食までの間、燧裏林道を上田代まで登ってみました。北側の斜面には思ったよりずっと多く雪が残っていました。横方向に大きな平ヶ岳の姿が印象的でした。上田代は緩やかに傾斜した湿原ですが、雪のせいか、傾斜している様子はほとんど分からなくなっていました。(撮影:2019年5月中旬)燧裏林道・上田代

  • 北アルプス 折立から薬師沢・雲ノ平・水晶岳を経て新穂高温泉へ(4) 加藤文太郎「単独行」の記録を読んで

    水晶岳(2,986m)((3)のつづき)◆(3日目)雲ノ平山荘7:00→祖父岳→水晶小屋→水晶岳12:11→水晶小屋→三俣山荘15:45この日も引き続き雨の中の出発です。長野県の天気予報では晴れ時々曇り(曇りと晴れは逆だったかもしれません)だったので、余計に悔しい感じがします。山は雲に覆われていて、街は晴れているのだと思います。今いるのは雲ノ平ですが、雲の中に突入してしまったような山登りになっています。2014年の夏は、いい天気の日が少なかったと思います。8月に出かけたのは、雲ノ平・水晶岳を除けば、お盆休みに月山と蔵王に登っただけでした。コバイケイソウが全然咲いていないとも聞きました。前の年盛大に咲いた分、今年は逆に大ハズレとのことでした。去年は9月でも、笠ヶ岳でコバイケイソウがたくさん咲いていたのを思い出しま...北アルプス折立から薬師沢・雲ノ平・水晶岳を経て新穂高温泉へ(4)加藤文太郎「単独行」の記録を読んで

  • 鈴鹿山 御在所岳・国見岳(2) 芸術のような地蔵岩

    御在所岳(1,212m)・国見岳(1,170m)((1)のつづき)裏道へ行く登山道との分岐点では、そのまま中道を進みます。御在所ロープウェイの鋼索の下をくぐる所があります。4合目で「負ばれ石」が現れます。いくつもの巨岩が、全部同じ角度で傾いています。2枚の岩の間に、ちょこんと小さな岩が乗っかっているのが、「負ばれ石」らしい雰囲気がしました。地中にはもっと大きな岩が埋もれているのに違いありません。しばらく登り、地図上に「キレット」とある所を通過します。北アルプスの「大キレット」を想像してしまいましたが、名前のように切れ落ちた感じはありませんでした。その次が、御在所岳最大の芸術作品と言ってもよい「地蔵岩」です。上から見下ろすと、正方形をした真ん中の岩がなぜ落ちないのか全く分かりません。背後に大きく伊勢湾が広がってい...鈴鹿山御在所岳・国見岳(2)芸術のような地蔵岩

  • 鈴鹿山 御在所岳・国見岳(1) 日本百名山へ入れてみたい近畿の名山

    御在所岳(1,212m)「~城塞のように岩の鎧をまとい、一気に頂きを持ち上げる山としてのその美しさは、鈴鹿のどの山からも抜きんでて圧倒している。いくら私がやぶ山好きで、雑木林の美しさを褒めそやしても、その地位はゆるがない。だからこそ私はこの山の原初の姿に憧れを抱き、それゆえに、なおいっそう現在の御在所山が哀しくて愛しくなるのである。~」(『鈴鹿の山を歩く』草川啓三(ナカニシヤ出版))『鈴鹿の山を歩く』はとても楽しく読みました。「第二部プロフィール&ガイド」には、実に70もの見出しが出てきます。中には、1つの見出しで2座以上の山に触れられているものもあるので、70座よりさらに多い山々が紹介されていることになります。決して広くはない鈴鹿山脈に、いくつものピークがひしめいている様子が伝わってきます。334ページを数え...鈴鹿山御在所岳・国見岳(1)日本百名山へ入れてみたい近畿の名山

  • 秩父・正丸駅から峠を越えて隣の芦ヶ久保駅まで(1)

    旧正丸峠(655m)・刈場坂峠(818m)・大野峠(819m)・丸山(960m)大持山とウノタワの原生林、紅葉を満喫し、翌週はもう一度秩父の山へ登りたくなりました。近隣の山を繰り返し登ることで、そのエリア全体の個性が次第に見えてくるということはありそうな気がします。「関東ふれあいの道(首都圏自然歩道)」を調べてみると、埼玉県コースの4番目に「峠の歴史をしのぶみち」が出てきます。正丸駅から、正丸峠・旧正丸峠・虚空蔵峠・刈場坂峠・大野峠・高篠峠・白石峠と、いくつもの峠を越える道のりです。旧正丸峠から大野峠へ歩く部分は、登山のガイドブックでは出てくることの少ない印象ですが、とても興味がありました。少しアレンジして、旧正丸峠から大野峠を通って丸山に登り、芦ヶ久保駅へ下山することにしました。スタートもゴールも鉄道の駅でと...秩父・正丸駅から峠を越えて隣の芦ヶ久保駅まで(1)

  • 秩父・大持山とウノタワ(4)

    大持山(1,294m)((3)のつづき)今日もう一つの目的地、ウノタワに着きました。飯能市の説明書きがあります。「~昔ここは大きな沼になっていて、山の神様の化身の鵜が住んでいた。この鵜を猟師が誤って射ってしまい死なせてしまった。すると鵜もろとも沼は消滅してしまった。~」山中の空き地としては大きいですが、これが沼だったならそれほど大きく見えなかったのではと思いました。黄色く紅葉したカエデを、倍くらい高いカラマツが取り囲んでいました。他にも樹木の種類はたくさんありました。沼だった場所に広がる苔が眩しいです。ウノタワはただの空き地ではない不思議な場所でした。そこだけ、青空がぽっかりと開いていました。この感じはうまく言い表せません。さらに稜線を南下すると、いきなり何もない伐採跡に出ました。伐採跡だけでなく、何か人工物が...秩父・大持山とウノタワ(4)

  • 東京都で最も高い山へ 雲取山と石尾根縦走路の山々(9) 六ツ石山から奥多摩湖へ

    雲取山(2,017m)・七ツ石山(1,757m)・鷹ノ巣山(1,737m)((8)のつづき)鷹ノ巣山からさらに石尾根を下ります。高丸山や日蔭名栗山と同じく、登山道は北側・南側の二手に分かれています。登り下りの少なそうな南側を歩きます。将門馬場(まさかどばんば)の近くで1本に戻ります。標高が下がって、紅葉の色づきが鮮やかになってきました。山登りでは、1日に二通りの景色を楽しむことができるのは珍しいことではありません。奥多摩湖の向こうに見えているのは、「奥多摩三山」の一座・御前山です。左右均等のピラミッドの形をしています。角度も緩すぎず、急すぎず、絶妙です。奥多摩で最も姿のいい山は御前山に違いないと思います。1,479mの六ツ石山まで下ってきました。このまま奥多摩駅まで石尾根を下る予定でしたが、何となくショートカッ...東京都で最も高い山へ雲取山と石尾根縦走路の山々(9)六ツ石山から奥多摩湖へ

  • 武尊山(2) 山頂から武尊神社へ

    武尊山(2,158m)((1)のつづき)武尊山の最高地点には、「沖武尊」という名前がついています。山よりも海を思わせる字だと思います。辞書をひくと、「〔海・湖で〕岸から遠くはなれたところ。」(『三省堂国語辞典(第七版)』(2017))とありました。「岸」ではなく「町」からに置き換えればちょうど当てはまる名前になる、山深い場所でした。関東地方未踏の地をまた一つ知ることができていい気分になれました。帰りは、武尊神社へ下りました。登りとは打って変わって、最初から急坂の連続です。滑りやすい岩がいくつも出てきました。鎖と梯子が両方かかった岩場があります。梯子は後から置かれたようです。もし鎖だけなら大変な下りだったに違いありません。ようやく勾配が落ち着き、今度は紅葉の連続になりました。登りの道にはなかった景色です。お寺や公...武尊山(2)山頂から武尊神社へ

  • 武尊山(1) ピークの連なった稜線歩き

    武尊山(2,158m)「~武尊をホタカと読める人は、山の好きな人以外にはあまりないだろう。山の会話では、穂高と混同されないように、上州ホタカなどと呼んでいる。山名は日本武尊(やまとたけるのみこと)から来たと言われている。果たして然りや。信用すべき文献はない。何かの当て字ではないだろうか。~」「~しかしそれらのことを知ったのは後のことで、私がまず武尊山に強く惹かれたのは、そんな人間臭い場としてではなく、すばらしく立派な自然としてであった。上州の山から東の方を望むと、長大な障壁のような山が見える。それは一つの独立したピラミッドとして注目されるのではなく、その大きな壁全体として私の眼をおどろかすのであった。~」(『わが愛する山々』深田久弥(山と渓谷社))武尊山は、尾瀬の山々から眺めた時の姿が印象に残ります。平ヶ岳や至...武尊山(1)ピークの連なった稜線歩き

  • 百名山の麓をたずねて (2)塩見岳・鹿塩温泉へ①

    塩見岳(3,052m)(つづき)「~鹿塩から塩川について少し上った所に塩湯という食塩鉱泉がある。その含有量は一リットル中に二十五グラム(海水は三十グラム)、わが国第一の強食塩泉だそうである。昔はこの地方で食塩の製造が行われていたというが、この僻遠の山中で、海の塩より山の塩に頼ったのは、まるでチベットのような土地柄である。その塩を高い峠を越えて甲州まで運んだとすれば、ますますチベットらしくなる。~」(『わが愛する山々』深田久弥(山と渓谷社))南アルプス塩見岳の登山を終え、鳥倉登山口からバスで伊那大島駅まで帰りました。途中、道の駅大鹿で降りる人たちがいました。温泉に宿泊して帰るとのことでした。バス停から旅館は見えませんでしたが、とても羨ましい感じがしました。また必ずここに来て、温泉に入りたいと思いました。この地には...百名山の麓をたずねて(2)塩見岳・鹿塩温泉へ①

  • 南アルプス・塩見岳(5)

    塩見岳(3,052m)((4)のつづき)塩見小屋から鳥倉登山口まで下りました。登った道とまったく同じですが、昨日より天気はずっと良く、眺望をたくさん楽しみながらの歩きになりました。(登頂:2018年7月下旬)(つづく)南アルプス・塩見岳(5)

  • 尾瀬ヶ原・至仏山(4) 夕景の下山路

    至仏山(2,228m)((3)のつづき)山頂から、今日の午前に歩いたばかりの、あれほど大きかった尾瀬ヶ原の湿原が、いまや手に取るように分かります。至仏山より高い燧ヶ岳が、思ったより小さく凛とした山容を見せています。どこをとっても、胸のすくような光景です。北側には平ヶ岳、その向こうには越後駒ヶ岳、南側に転じると上州武尊山、色々な形の山がそびえています。「~ゴーギャンは1888年2月にブルターニュ地方のポン=タヴェン村に赴くと、手紙に次のように記している。君はパリ好きだが、私は田舎が良い。私はブルターニュが好きだ。ここには野性的なもの、原始的なものがある。私の木靴が花崗岩の大地に音を立てるとき、私は、絵画の中に探し求めている鈍い、こもった、力強い響きを聴く。~」(『幸福の場所、あるいはユートピアの在りか』六人部昭典...尾瀬ヶ原・至仏山(4)夕景の下山路

  • 尾瀬ヶ原・至仏山(3) 尾瀬ヶ原の大湿原をのぞむ山頂へ

    至仏山(2,228m)((2)のつづき)山ノ鼻からの登山道は登り専用ですが、途中の森林限界までは下りに使ってもよい(森林限界まで往復してくるのは大丈夫)とのことで、実際にすれ違う人もいました。その森林限界までは30分と少しで着きました。「ここが森林限界です。至仏山は蛇紋岩という、植物が育ちにくい岩で出来ているため周辺の山に比べ森林限界が低い位置にあります。」と、説明書きが出ています。まだ標高差500mほどを残しており、半分にも届いていません。階段上に木道の敷かれた場所もありますが、蛇紋岩は滑りやすい岩で、歩きにくいです。たくさんの人がこの道を登り続け、滑りやすい岩はさらに磨かれてツルツルになっています。もし禁止されていなくても、この道を下りに使うのは不可能だと思いました。関東最高峰の日光白根山がはっきり分かりま...尾瀬ヶ原・至仏山(3)尾瀬ヶ原の大湿原をのぞむ山頂へ

  • ワーグナーのオペラの序曲(1) ”タンホイザー”

    普段からオペラをCDプレーヤーにかける回数は少ない方です。中でも聴くのは「カルメン」と「トゥーランドット」が多く、ワーグナーになるともっと少なくなります。しかし、ワーグナーの作曲したオペラの序曲はよく聴きます。ワーグナーの書いた無上の音楽は、歌手の出てこない、楽器だけの部分にこそあるような気がします。「~ところで、シェーンベルクが楽劇を「歌う声による伴奏付きの、大オーケストラのための交響曲」と揶揄したことをご存じだろうか。楽劇においては、オペラの主役である「歌う声」は音楽の一部となり、「ライトモティーフ」が「劇」の現在を説明し、未来を予告し、過去を回想する。ワーグナーの劇作品をオーケストラだけで堪能しようという本日の演奏会。「歌う声」がなくとも、どれほど雄弁にオーケストラが「劇」を語り出すのか、じっくりと耳を傾...ワーグナーのオペラの序曲(1)”タンホイザー”

  • 尾瀬ヶ原・至仏山(2) 池塘の逆さ燧と、研究見本園

    至仏山(2,228m)((1)のつづき)池塘に、燧ヶ岳の姿がくっきり映っています。この日は雲一つない青空でした。同じように晴天でも、風が出れば同じ景色は見られません。ヨッピ橋への木道が分岐する「牛首分岐」まで歩いて、同じ道を折り返しました。ここにも浮島のある池塘があります。足踏みすればつられて動くかもしれないと思って試してみましたが、その気配すらしませんでした。これから登る至仏山の登山道が見えています。とても眺望の良さそうな道です。尾瀬の「研究見本園」は、その登山道が始まろうとする場所に広がっている湿原で、広大な尾瀬ヶ原の一部です。「~園内にはもともと多くの湿性植物が生育していたが、さらに尾瀬の各所から植物を移植し、広大な自然植物園としたものだ(それ以前は「山ノ鼻田代」ともいわれていた)。~」(『ヤマケイアルペ...尾瀬ヶ原・至仏山(2)池塘の逆さ燧と、研究見本園

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