3/16 殿海道山の次は、南山の坂上げです!南山 八幡車西山 神楽車四山が定位置に着くと、山車前で若衆が車座になります。南山の一番楫への祝酒です。喜びのハグです。胴上げされます。西山は山車前で伊勢音頭を唄います。最後に一番楫が肩車され、伊勢音頭を唄います。これは
桑名宗社石取御神事を中心に各地の石取祭車、東海三県の山車、だんじりの見学記です!
桑名市周辺の祭礼、上げ馬神事、知多型山車、名古屋型山車、だんじり(地車)の見学記です!
8/6 いよいよ叩き出しです!春日時間の午前0時、神楽太鼓の合図で赤提燈(矢印)が振られ、それを見た各所の馬上提燈が振られ、叩き出します。第一組 羽衣第一組 花街川口町第一組 西舩馬町桑名宗社より遠い組は振られた馬上提燈を確認し、次々と馬上提燈が振られていきます
8/5 西馬道の後に、西榮町と上野町が続きます!第十組 西榮町整列に向かう時は、下六張に提燈がありませんでした。第十組 上野町今年の西馬道はかね重前で叩き出しを迎えるために停車、西榮町と上野町は追い抜いて行き、近鉄益生駅前で叩き出しを迎えます。新矢田一丁目と馬
8/5 各組叩き出し前の様子です!第五組先に鍜冶町が台湾料理味加前に着きました。紺屋町を通り、入江葭町が北進してやって来ます。Uターンをして整列完了です。南側に入江葭町、北側に鍜冶町です。第六組 萱町雨装束を付けて、個人宅に入っていました。第十一組今年は寿町整
8/5 いよいよ叩き出しの時刻が迫ってきました!第一組花街川口町が一番早く上本町に着いたようで、渡祭順に並ぶ第一組は羽衣が追い抜いていきました。南側より羽衣、花街川口町、西舩馬町です。上本町はと言うと、休祭のため祭車庫も閉まったままです。いつも元気いっぱいの
8/5 さらに画像を石取ガチ勢くんにいただきましたので、掲載いたします!まずは境提燈の追加分です。羽衣(いち寿司西側 風呂町境 第三組との境)羽衣(樽屋東側 春日町境 第七組との境)西舩馬町(七里の渡しゆ東側 不明)西舩馬町(南東部 新宝殿町境 第七組との境)西舩馬
8/5 東矢田町祭車見学の再び続きです!亀腹蒔絵は楓と桜です。額絵は松に鳩です。絵師は鈴木大麻です。錺金具は洋銀製です。透かしを多用したものです。替天幕は平成11年、川島織物製でゴブラン錦の雷神です。原画は鈴木大麻です。祭車庫二階で本天幕も見せていただきました
8/5 東矢田町祭車見学の続きです!縁場蹴込は流水に鴛鴦です。水引欄間はすすきに雁です。方立は花鳥組合せです。隅腕は葡萄に栗鼠です。三角右側は神功皇后三韓征伐 応神天皇平産す、左側は神功皇后三韓征伐 肥前松浦の場です。雲板欄間は雲と龍です。波板欄間は波と亀です
8/5 福江町は、飾り付けた祭車が祭車庫に入っていました!その後、東矢田町の自治会長さんにお会いして、蔵の中を見せていただきました。均車と子供用祭車は町内の方の倉庫前に移動しています。本祭車の縁場板には、消毒用アルコールが取り付けられていました。この祭車は縁
8/5 西矢田町祭車見学の続きです!三角右側は日本武尊熊襲退治、左側は素盞嗚命八岐大蛇退治です。方立袖、方立は花鳥組合せです。雲板欄間は鳳凰です。前部と後部には彫刻はありません。太鼓掛は龍です。持送は唐獅子です。昇蒔絵は楓に時鳥です。縁場板は蒔絵で紅葉です。
8/5 西矢田町祭車を見学します!西矢田町祭車は昭和25年、森實により造られました。祭車塗装は昭和47年にぬし長、蒔絵は井川藤四郎により行われ、再建祭車塗装の先駆けとなりました。彫刻は持送が森晴鶴、他は井尻翠雲と岩田冬根により施されています。錺金具は平成9年、田
8/5 馬道祭車見学の続きです!隅腕は葡萄に栗鼠です。雲板欄間は松に瑠璃鳥です。太鼓裏側には彫刻はありません。方立袖、方立は花鳥組合せです。持送は力神です。太鼓掛は龍です。昇蒔絵は扇図です。縁場板は蟹図です。二階化粧板は貝を嵌め込んだ扇図です。額は叩出用が金
8/5 馬道祭車蔵の前を通ると大麻さんにお会いし、蔵の中を見せていただきました!馬道祭車は昭和27年、森實により造られました。祭車塗装は昭和49年、ぬし長により休祭無しで塗られました。彫刻は小川光久によって施されました。錺金具は昭和49年、斎進一郎により施されまし
8/5 上野町祭車見学の続きです!彫刻は森西鶴師により、昭和末期~平成初期に施されました。階段蹴込は松竹梅です。方立袖、方立は四君子です。波板欄間は流水に鵜です。太鼓裏側に彫刻は無く、春慶塗になっています。水引鏡、水引欄間は葡萄に栗鼠です。水引欄間は側面、後
8/5 上野町は祭車庫近くに置いてありました!上野町の祭車は昭和22年、加藤高弥、加藤友弥によって造られました。上野町としては初代の祭車で、昭和23年に購入しました。昭和25年の第十組に参加して以降、叩出と試楽は行われていましたが、本楽は行われていませんでした。桑
8/5 堤原祭車見学の続きです!隅腕は梅に鶯です。雲板欄間正面は雲です。雲板欄間側面は粟穂に鶉です。方立袖、方立は朝顔、杜若、菊、桔梗、水仙、百合です。太鼓掛は松に千匹猿です。持送も太鼓掛との続き柄で、千匹猿になっています。亀腹、四本柱は春慶塗です。額絵は右
8/5 堤原中老会宿に祭車が置いてありました!外から見ていると、ご厚意で近くで見せていただける事になりました。堤原の祭車は昭和29年、黒田利三郎により造られました。塗師は塗師音で、昭和53年に施されました。彫刻は昭和32年に森晴鶴、昭和39年に岩田冬根によって施され
8/5 羽衣祭車見学の続きです!持送右側は桜に鳩です。裏側に高村光雲刻の銘があります。左側は榊に神鶏です。こちらも裏側に同様の銘があります。高村光雲と言えば、東京上野恩賜公園にある西郷隆盛像の作者としても有名です。太鼓掛は鳳凰です。水引鏡は山桜です。水引欄間
8/5 晴れ間が出てきたので、各町の様子を見に行きました!羽衣の祭事長さん、副祭事長さんの許可をいただいて、祭車を近くで見させていただきました。町内に祭車庫がない羽衣は、全ての備品を祭車庫から町内に運んできます。山形も十二張と六張の2種類があります。太鼓も本
8/5 晴れ間の見えた午後1時、青銅鳥居前で披露が行われました!祭車庫前で飾り付けられた祭車がやってきます。桑名宗社宮司のお祓いです。町内役員の玉串奉奠です。宮司からお話をうかがいます。自治会長のお話です。記念撮影です。生漆を施した事により、焦げ茶色の重厚な
8/5 各戸では軒先に提燈を飾ります!町内によって提燈の形、文字がちがいないます。全ての町の提燈を撮りたかったのですが、叩出は雨が降っていたため、提燈を出していない家もあり、過去に撮ったものも含めて掲載します。東船馬町片町京町三崎通職人町吉津屋町鍜冶町萱町東
8/5 3年ぶりに石取祭がいよいよ開催されます!各町では、祭車の飾り付けが行われます。祭車庫が自町に無い、壽町は町内に祭車を持ってきます。宿(集会所)を立て、いただいたご祝儀名を貼り出します。叩き出しなど要所要所で使う桴と檳榔子に水引を巻きます。各町内で宿前
3年ぶりに桑名の町に石取囃子が鳴り響きました♪今年は毎日行った町と、週末のみ練習を行った町がありました。第一組 羽衣第一組 西舩馬町第八組 今中町第八組 堤原第十一組 壽町第十一組 中央通今年、練習台を新調したのでしょうか?第十組 新矢田一丁目Kさん、遊ばせてい
以下の各祭車の写真、内容を更新しました!更新した祭車紹介は↓blog記事は↓皆様からの画像提供もお待ちしております!【お願い】皆様のクリック(応援)がランキングに反映されます。私の見学に向かう原動力ともなりますので、ご協力の
北村町の続きです!亀腹蒔絵(桜)方立袖、方立(右前より波に不如帰、梅、竹に雀、左前より滝、梅、松に鷹)四本柱(唐木貼りに木地呂塗り)縁場板(桜)太鼓掛(桐に鳳凰)持送(松に孔雀)錺金具額絵(緋羅紗地に唐獅子の金刺繍)町旗本天幕(雲に麒麟図 川島織物)祭車庫
豊田一色の続きです!階段蹴込(彫刻無し)水引鏡、水引欄間(欄間無し)三角(彫刻無し)方立袖、方立(彫刻無し)波板欄間(彫刻無し)太鼓掛(唐草)持送(唐草)額(装飾無し)錺金具天幕(鯉の滝登り)旧本天幕(鏡獅子)先々代天幕(降龍図刺繍)三先代天幕(梅宝袋連
7/31 六郷連の続きです!六郷川の生物を意匠にしたこの祭車は、色々な生物がよく集まります。過去にはこんな生物も↓そして、パワーの出る食べ物もいただきました!ごちそうさまでした!和気あいあいとしている時の記念撮影。ノーコメントで…。そんなこんなをしていると、常
7/31 本楽の続きです!第五番 東町第六番 地子町第七番 南萱町第八番 北十日市町六郷連の渡祭は見ていましたが、見物人も多く暑かったので神戸宗社の外へ。北新町の横を通り、六郷連についていきました。近鉄鈴鹿線手前で休憩です。(この記事の一部画像と動画は、Bく
7/31 夕方からは神戸へ!川越町に寄ってからと思っていましたが、前日の教訓を生かして欲張らず神戸へ向かいました。花車 北萱町第二番 北新町第三番 六郷連第四番 常盤町(この記事の一部画像と動画はTさん、Bくん、ヤンカズくん石取ガチ勢くんにご提供いただきました
7/31 北村町から赤須賀へ!と、行きたかったのですが昼ご飯も食べていなかったため、今回はうちの甥と雷井戸くんの撮影+お盆撮影分で綴ります。開勢町祭車庫東側で披露は行われました。赤須賀神明社の宮司によるお祓いです。お祓いの後、石取囃子を囃します♪今回、錺金具
7/31 披露式典の続きです!感謝状贈呈の後、青年会による石取囃子奉納です。記念撮影の後、再び祭車見学です。と、その前にこの祭車完成に至るまでの大まかな流れを。文政年間頃に新造されたこの祭車は、昭和50年代の長期休祭を経て老朽化が進み、破魔の新調の後、本体も新造
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3/16 殿海道山の次は、南山の坂上げです!南山 八幡車西山 神楽車四山が定位置に着くと、山車前で若衆が車座になります。南山の一番楫への祝酒です。喜びのハグです。胴上げされます。西山は山車前で伊勢音頭を唄います。最後に一番楫が肩車され、伊勢音頭を唄います。これは
3/16 いよいよ、乙川八幡社への坂上げが始まります!浅井山 宮本車御幣下の楫先を一番楫と言い、その楫棒を若者が死守します。他山の若衆はその楫を奪いにやってきます。人の上を人が歩く…なんて姿は、ここでしか見られない光景です。この楫先を奪い合う様が、喧嘩をしてい
3/16 殿海道山の次は、南山が曳き込みます!南山 八幡車西山 神楽車参道に四山が揃うと、坂上げ用に飾り付けを整えます。向山獅子が先に境内に入ります。向山 獅子館各山山本、先山本、氏子総代、組長(總長)などが鳥居から神事に参列します。(この記事の一部画像は、みなゆ
3/16 乙川八幡社大鳥居前に向山と四山の山車が揃いました!今年は浅井山、南山、西山が西側から、向山と殿山は東側から参道へと入ります。各山の赤法被が向山と挨拶を交わします。向山区の獅子舞と獅子館が、先導し乙川八幡社の参道へ入ります。浅井山 宮本車殿海道山 源氏車
3/16 駅前通りを南進する、西山の続きです!西山 神楽車殿海道山 源氏車山本宅を発ちます。下り坂なので、ハンド綱を効かせます。向山 獅子館(この記事の一部画像は、みなゆうくんにご提供いただきました)【お願い】皆様のクリック(応援)がランキングに反映されます
3/16 乙川八幡社に向かう浅井山の続きです!浅井山 宮本車元薬師前で小休憩をとりました。後ろに西山がやってきたので、出発します。南山 八幡車乙川駅前公園でUターンして、サンゴ交差点南側で浅井山の通過を待ちます。八幡車の後ろで、若衆は宴会です。浅井山の通過後、サ
3/16 山本宅へ山車が曳き込まれ、神事が執り行われます!殿海道山 源氏車山車の前に祭壇が組まれます。午前5時、神社より御幣を授かり、山車の前に持ってきます。浅井山より山祈祷を済ませた神職が、浅井山の使者と共に殿海道山の山本宅へと到着しました。全員で山祈祷を受
3/16 乙川祭り始楽の朝は早く、夜も明けぬ深夜に動き出します!西山 神楽車今年、山本宅が遠かった西山は、午前2時より動き出したとか。前山破風両端に提燈を付け、山車幅がわかるようにして曳き出します。本来は、山本宅で山車を組み上げるのですが、今は夜中に曳き出して
3/10 各山帰路の続きです!浅井山 宮本車元薬師より北進して帰ります。先に帰路に就いた西山が見えてきました。西山鞘前を通ります。右折して、若宮社の前を通ります。殿海道山 源氏車石河屋前から鞘へ戻ります。サヤ前で幕類を外します。土曜早朝に山本宅へ移送するために、
3/10 南山に続いて、殿海道山が秋葉神社前を進みます!殿海道山 源氏車細かく左右に楫を切ります。西山神楽車より帰路に就きました。浅井山 宮本車南山 八幡車殿海道山 源氏車(この記事の一部画像はみなゆうくんに、一部動画は赤地注連縄くんにご提供いただきました)【
3/10 殿海道山の坂下ろしの続きです!殿海道山 源氏車このカーブミラーも難所の一つのようです。殿山が坂下ろしを終えた時、浅井山は秋葉神社手前、南山は乙川八幡社北側にいました。浅井山 宮本車南山 八幡車(この記事の一部画像は、みなゆうくんにご提供いただきました
3/11 浅井山の次は、殿海道山ではなく南山です!南山 八幡車他山の若衆が、助っ人で曳綱に着く珍しい姿も見られました。坂に差し掛かると後楫はかなり高くなります。今後この道を巡行コースに戻すならば、この電線はネックになる事でしょう。殿海道山 源氏車殿(しんがり)は殿
3/10 いよいよ坂下ろし→東側の狭路へと進みます!西山 神楽車若衆が後楫棒に掴まり、スピードを落とします。アスファルト部分で一度止まって、左へ曲がります。昔も止まってから楫を切っていたのか、下りた勢いで楫を切っていたのかわかりませんが、危険を伴う部分ですから
3/10 3台の坂上げの後、最後は西山の坂上げです!西山 神楽車各山の組員が神楽車の曳綱を引きます。乙川八幡社に4台の山車が揃いました。とはいえ、乙川まつりではないので、奉納神事はありません。今年元日に発生した能登半島地震の支援募金も集められていました。休憩を
3/10 浅井山の次は、殿海道山の坂上げです!殿海道山 源氏車サヤ前から坂上げを行いました。南山 八幡車(この記事の一部画像はみなゆうくん、ビンビンカンカン会の皆さん、一部動画は赤地注連縄くんにご提供いただきました)【お願い】皆様のクリック(応援)がランキン
3/10 浅井山と西山は元薬師前から南進します!浅井山 宮本車駅前通りから石河屋前へと左折します。南山 八幡車サンゴ交差点側から北進してきました。浅井山の通過後、右折しました。西山 神楽車南山の通過後、左折します。四山揃うのを待たずして、乙川八幡社へ坂上げを行い
3/10 若宮社前を通る、浅井山宮本車の続きです!浅井山 宮本車若宮神社社号碑前を左折し、南進します。西山神楽車の前を通ります。西山 神楽車浅井山の通過後、曳き出します。ちょっと電柱に寄りすぎたようです。真っ直ぐな道ではないので、細かく楫を切ります。(この記事の
3/10 乙川まつりを1週間後に控え、町内曳きが行われました!町内曳きの前に、各山から参加者が道検分を行いました。今回は昔通っていた八幡社北側の狭路を久しぶりに通るため、道に出ていた枝も伐採しました。電柱の足場も外します。各山では飾り付けが行われますが、町内曳
3/10 半田市博物館の山車展示を見に行きました!板山地区 日役組神力車明治5年に建造された山車です。展示説明の紙には明治12年建造と書かれています。初代彫常作の彫刻をはじめ、他の山車では見られない早瀬蘭谷作の彫刻も施されています。高欄は跳高欄になっています。上
サブblog(https://matsurist.2chblog.jp/)の更新情報です!半田市 2023ふれあい産業まつり(成岩南組南車、成岩西馬場神車、東組旭車参加)を公開しました。皆様も祭礼画像を提供してくださる方は下部のメッセージより問い合わせしてください。折り返しE-ma
3/19 下半田東組山王車の建造100周年を記念して、高欄彫刻が新調されました!業葉神社に行く前に、前々から気になっていた半田市資料鉄道館の会館日だったので立ち寄りました。C11蒸気機関車の保存に尽力されている若いお兄さんに色々教えていただいて、私の知らない世界を見
3/18 元薬師曳き出しの続きです!南山 八幡車西山 神楽車浅井山は一番車として早くも定位置に着き、殿海道山は微調整をしていました。南山 八幡車境内に埋められている目印に楫方が立ち、そこを目指して楫を切ります。西山 神楽車西山も細かく微調整しつつ約10分以上かけて、
3/18 サンゴの交差点の続きです!西山 神楽車こちらもシートをはずしていました。鋭角の交差点を鋭く楫を切り込みます。と、何か落ちた…よく見ると左後の木鼻獅子が振動で落ちてしまいました。直接地面に落ちず、大幕の掛かった錣格子がクッションになりました。前にも落ち
3/18 乙川八幡社坂下ろしの続きです!南山 八幡車西山 神楽車八幡社を出た山車はサンゴの交差点から元薬師へと向かいます。殿海道山 源氏車南山 八幡車雨が上がり、シートを外しました。【お願い】皆様のクリック(応援)がランキングに反映されます。私の見学に向かう
3/18 四山が乙川八幡社境内に揃いました!南山の若衆は殿山サヤ前で祝います。西山の若衆は山車前で車座になり、伊勢音頭を唄います。最後に一番楫が唄います。肩車をされて一番楫のみ唄える伊勢音頭を唄います。お祝いにいただいた酒を飲みます。宮本である浅井山は前棚三番
3/18 浅井山に続いて殿山の坂上げです!殿海道山 源氏車南山 八幡車山車後部上は特等席です!西山 神楽車他山の一番楫が若衆を支える姿…こういう優しさも備えるのが一番楫の男気でしょう。【お願い】皆様のクリック(応援)がランキングに反映されます。私の見学に向か
3/18 遅れて殿山が八幡社に向かって来ました!殿海道山 源氏車交通規制がかかっていないので、自動車とすれ違いながら進みます。南山の前を通ります。八幡社参道へ曳き込みます。南山 八幡車殿山通過後、参道へ曳き込みます。浅井山を先頭に殿海道山、南山の順で整列します。
3/18 浅井山から順に地離れ(山本宅曳き出し)を行います!浅井山は浜田町2丁目方面の山本宅から乙川天満宮方面へやって来ました。午前8時過ぎ、JR武豊線乙川踏切手前で停まりました。南山山本宅前側から見るとこんな感じです。浅井山が踏切横断する前に南山が山車を北側に
3/18 あいにくの雨模様ですが、4年ぶりに乙川祭りが行われました!殿海道山 源氏車夜が明ける前、山本宅へ山車を持って行きます。ただでさえ寒い3月の深夜、雨が降る中の半裸は大変寒い事でしょう。山本宅へ山車が到着しました。山本宅で山車組み上げをしていた名残で、脇
3/5 サンゴの交差点から元薬師方面へ山車は進みます!どこかでバンド名として聞いた事あるような??町内曳きを終えた西山の皆さんの姿が見えました。若宮神社前を通ります。サヤ前にバックで曳き込みます。到着すると早速飾りを外します。これは前に殿山で説明した事と同じ
3/5 式典も終わり、近くでからくりを見せていただきました!真新しい桐箱です。小烏丸の鞘は梨地のようです。鐺(こじり)も美しい金具です。大蛇は2種類あり、木に登る物と平地用があるようです。一つの蛇で複雑な動きが出来ないのならば、二つで演じればいい…逆転の発想で
3/5 いよいよ上山からくり、小烏丸夢之助太刀が復活します!この上山からくりは、宝暦5年の乙川村祭禮山車絵図には小烏丸夢之助太刀が描かれており、明治末期頃までは演じられていたようです。(半田の山車まつりパンフレットより)そのからくりは、長年半田市博物館に寄託
3/5 乙川八幡社へ向かう淺井山の続きです!南山のサヤも開いており、八幡車がお出迎えしていました。乙川八幡社参道へ曳き込みます。参道の途中で停車しました。コロナ禍での休祭が続いていたので、本番の曳き込み位置の確認をしていました。浅井山は一番車なので四山の基準
3/5 前週に浅井山宮本車の上山からくり披露があると聞き、2週連続で乙川へ向かいました!午後0時、サヤを曳き出し。若宮神社で披露…ではなく、乙川八幡社へ向かいます。西山のサヤも開いている!!というのも、西山はこの日町内曳きを行っていました。コロナ禍によりその
2/26 北の2台は乙川高良公園前でUターンします!浅井山 宮本車西山とすれ違います。西山 神楽車どっしりゆっくりと楫を切ります。浅井山宮本車に付いて行きました。若宮社の横でちょっと粘ってみます。この後、翌週に控えた上山からくり披露の練習が行われるようだったので
2/26 四山は元薬師前まで進みます!ここでしばしの休憩です。その後は特段、行事もなく各サヤへと戻って行きました。殿海道山 源氏車南山 八幡車殿海道山はサヤ北側の細い道を進んで行きました。サヤ前に着くと飾りを外します。1ヶ月後に本祭礼があるのでそのままでも良さそ
2/26 若宮社曳き出しの続きです!南山 八幡車浅井山 宮本車西山 神楽車(この記事の一部画像は、みなゆうくんにご提供いただきました)【お願い】皆様のクリック(応援)がランキングに反映されます。私の見学に向かう原動力ともなりますので、ご協力の程よろしくお願
2/26 若宮神社曳き込みの続きです!西山 神楽車若宮社に四山が揃い、昼休憩です。私もビンビンカンカン会の皆様と団子休憩タイム!今回は正式な祭礼ではありませんが浅井山から順に御神楽を奉納し、神様にご挨拶をしました。乙川祭りならば必ず浅井山から曳き出しますが、こ
2/26 乙川小学校曳き出しの続きです!南山 八幡車西山 神楽車若衆が右に左にと力強く楫を切ります。海蔵寺の北側を通り、若宮神社へと向かいます。殿海道山 源氏車殿海道山が浅井山のサヤ前を通る姿は珍しいです。早々に一番車の浅井山は定位置に入っていました。南山 八幡車
2/26 乙川小学校に四山が曳き込まれました!私が乙川小学校グラウンド外に着いた時、山車曳き体験が行われていました。横から見ると、普段では見られない並び順(風)の姿が楽しめました。一番車 西山神楽車、二番車 殿海道山源氏車、三番車 南山八幡車、四番車 浅井山宮本車。