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油屋種吉
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2013/08/16

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  • フラジャイル。 (4)

    その宵のこと、真弓は学校から帰宅した後、部屋に入ったきりだった。母の陽子は台所にいていらいらしていた。真弓を塾に送って行く時刻が近づいている。その前に陽子は真弓に、かるい食事をとらせようともくろんでいたから、真弓がてきぱきと動かないと計算どおりにものごとが運ばない。思いあぐねて、陽子が階段下から、常ならぬ声を上げた。「まゆちゃんどうしたの。お母さんってもうたいへん。わたしこと助けると思ってさっさと降りて来てよお」途中で、悲鳴に変わった。それでも、しばらく経っても、階段を降りる真弓の足音が聞こえない。陽子は頭をかかえた。感情が高ぶってきて、セットしてもらったばかりの頭髪が、あやうくぼさぼさになるところだった。思わず、ダイニングのソウファにすわりこみ、どうにかして自分の心を穏やかにしようと試みた。(なんとかし...フラジャイル。(4)

  • フラジャイル。 (3)

    部活は、お昼前まで。さあ帰宅しようと、いちばん先に部室のドアを開けた。「おい、まゆみ、その態度はなに?三年生がまだ来てないでしょ」背後から声をかけられ、真弓は頭の後ろを拳固でぽかりとやられた気になった。真弓のそそうを指摘した先輩は、うるさ型で知られた人間のひとりである。「あっ、はい。そうでした。すみません」真弓は急いで部室から出る気になり、とりあえず汗をふこうと、右手に持ったタオルを折りたたむ仕草をした。「先輩、わるかったです」そう言いながら、彼女のわきを通り過ぎようとした。「だめ、まだ終わってない。ちょっと待て」怒りの目つきで、両方の手を差し出し、真弓の両肩においた。真弓は血の気が引いた。悔やんだがあとの祭りである。彼女の背後に、幾人もの先輩の姿が見え隠れしだした。真弓は床に敷いてあるマットの上にくず折...フラジャイル。(3)

  • 我知らず。

    なぜあのとき、あんなふうに言ったり振るまったりしたのだろう。なんとも解せぬ。ブロ友の方々におかれては、そんな経験がおありじゃないだろうか。わたしはしょちゅうである。まるできょうの朝早く吹いた突風のようで、びゅうっと吹いてはさっさといきすぎてしまう。あとはただしんと静まり返った風景だけが心の奥に残されている。じわじわと後悔の念がわいてくる。人間とは面白いものだとつくづく思うのは、こんな時である。人の脳の不思議さに驚く。かえりみれば、自らが意識して、この生命を与えられたわけじゃない。それは現在もそうで、各臓器やらが懸命に、動物の一種としての人間の生をまっとうさせようとがんばっている。まったく有難いことである。見えぬものと見えないもの。今や科学万能の世の中ではある。科学は見えるものだけを相手にし、その因果を究明...我知らず。

  • フラジャイル。 (2)

    真弓がさばさばした表情で、ダイニングに再び現れたとき、母の陽子はさっきまで真弓がすわっていたと同じ位置に、腰を下ろしていた。昼食の用意は整えたらしい。浅めの白い皿が四枚、テーブルの上にのっている。牛肉コロッケやミニトマト、もちろん、それらの下にしかれているのは、刻みキャベツである。赤黒い漆器のおわんがよっつ、あったかいみそ汁が注がれるのを待っている。真弓のおなかがぐぐぐうっと鳴った。陽子はいくらか気分でもわるいのか、そのほっそりした左手の甲を、自らのひたいにあて目を閉じている。「ねえねえ、お母さん、どうかしたの。わたし忙しいんだけど、大丈夫かな」唐突に聞こえたのだろう。陽子はびっくりしたらしく、あっと言って目を開けた。「なあに、まゆみ……、あなた、からだは大丈夫だった?」「うん。いつもより早かったし、ちょ...フラジャイル。(2)

  • フラジャイル。 (1)

    ピーピー鳴っていた笛が突然やんだ。しかし、台所にいるはずの陽子から何の返事もない。キャベツを切る音も、包丁をふるう音もしなくなった。床を何かがはうような物音がする。何かを求めているのだろう。陽子が腰をかがめているらしく、カウンター越しに彼女の姿が認められない。それからバタンとお勝手のドアが閉まる音がつづいた。「もおう、どういうことよ。そこにいたんなら何か言ってよ。外に出るんなら出るわよって、ひと言、声をかけてくれたっていいじゃない」真弓が怒った調子で言った。「忙しいのよあたし。学校へ行くんだしね。探し物もあったの。せっかくきこうと思ったのにきけないじゃないの」真弓は台所の方を向き、しばらく立ち尽くしていたが、あきらめたのか居間のソファに腰を下ろした。左手に持っていた歯ブラシを、もう一度口にくわえ、ふんふん...フラジャイル。(1)

  • フラジャイル。 プロローグ

    ある日曜の早朝。T川の河川敷に近い団地の一角に、中学二年生になったばかりの真弓の家がある。どの家もまるで兄弟姉妹のよう、よく似ていて見分けがつきにくい。土手の八重桜の花が散ってしまい、朝な夕なに人々が散策する小道をおおっている。人影はまばら。見るからに年老いた茶色の犬に、年老いた男の人がおぼつかない足取りで付き添っているのが、ダイニングルームの窓から見える。台所と居間を仕切るのは、長さ数メートルのカウンターだけである。時刻は、午前六時ちょっと前。母の陽子が食事のしたくに忙しい。いつもの休日らしくない。髪をきっちり整えている。広めのフライパンの中には、すでに焼かれた卵が黄身を真ん中にして、白身が丸く広がっている。それぞれの白身が折り重なっていて、ちょっと窮屈そうだ。平たくて白い皿が四枚、すでにカウンターの上...フラジャイル。プロローグ

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