出埃及記 第二十章の内容(内意の概要)この章の内意において主の霊的な教会からの者達の許の善に植え付けられなければならない神的な真理について取り扱われる。十戒の十の戒めがその真理である。この章の後に続く生贄と祭壇についての戒めは礼拝の外なる真理である。1.そし
聖書とスヴェーデンボリ神学著作集から信仰と悔い改めを学び、主への愛と隣人への愛のある礼拝を目指します。
インターネット新教会は誰でもいつでも訪れて主を礼拝することが出来ます。 またこの世の金銭の献金は一切不要ですが、主のものである善と真理は十分の一とは言わず凡てを主に返してください。 自分が語り行ったどんな善い事も自分が行ったと思わず、自分を通して主が為されたことを承認して主を見上げ主に帰してください。
27-3598~3602意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3598.34-38節に含まれていることは上に説明されので、また前に言われたことからそれらが何を含むか知られることが出来るので、内意に関してそれらを更に説明することは差し控え、単に39節と40節に含まれるエサウのその父イサクからの
28-3709~3713原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3709. Quod `benedicentur in te omnes familiae humi' significetquod omnia vera boni doctrinae conjungentur bono, constat exsignificatione `benedici' quod sit conjungi, de qua n. 3504, 3514,3530, 3565, 3584; ex signi
28-3708-6原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ[23] Quod:こと、それ、そのこと、`septentrio':北、北斗七星、sit:ある、caligo:暗黒、無知、霧、falsi,:間違った原理(信念)、et:また、そして、`meridies':正午、昼、南、lux:光、veri,:真理、evidenter:明らかに、明白
27-3596~3597意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3596.「また私は彼を祝福し、確かに彼は祝福された」が、連結されたことを意味することは、「祝福されること」の意味が連結されることであることから知られよう。そのことについては3504, 3514, 3530, 3565, 3584番に示された。「ヤ
28-3708-5原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ[18] Quod:こと、それ、そのこと、septentrio:北、北斗七星、et:~と、および、occidens:西、in:~の中、~において、sensu opposito:反対の意味、significent:意味する、falsum:間違った原理(信念)、et:~と、および、malu
27-3586~3595意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3586.「そしてそれがあった。そのようにイサクがヤコブに祝福することを終えた」が、最初の連結がそのように為された時を意味することは、「祝福すること」の意味が連結であることから知られよう。そのことについては、上の3504, 351
28-3708-4原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ[12] apud:~のもとに、~において、Jeremiam,:エレミヤ書、Jehovah:エホバ、Qui:その方、ascendere:上がること、昇ること、fecit,:行なった、為した、et:また、そして、Qui:その方、reduxit:連れ帰った、引き戻した、戻した
27-3581~3585意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3581.「諸々の民があなたに仕えるであろう」が、教会の真理を意味すること、また「また諸々の民が自分達をあなたにかがめるであろう」が、善の真理を意味することは、「仕えること」の属性の割り当てが真理についてであることから知
28-3708-3原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ[5] apud:~のもとに、~において、Davidem,:ダビデ、Dicent:言う、(三人称複数未来)redempti:買い戻された、贖われた、Jehovae,:エホバ、quos:その者達を、redemit:贖った、救った、e:~から、~により、manu:手、hostis,
27-3580意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3580.「また穀物の多くのものを与えられるであろう」が、そこからの自然的な善を意味すること、「また葡萄の多くのものを与えられるであろう」が、そこからの自然的な真理を意味することは、「穀物」の意味が善であることから、また「葡萄
28-3708-2原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ[20] apud eundem,Locutus est Jehovah contra Babelem, ascendet contra eam gens(c)a septentrione, haec ponet terram ejus in desolationem, utnon sit habitans in ea, l [1], 3:apud eundem,Ecce Ego excitans et ascendere faci
28-3708-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3708. `Et erumpes ad mare et ad orientem': quod significetextensionem infinitam boni, et `ad septentrionem et ad meridiem'quod significet extensionem infinitam veri, ita omnes status boniet veri, constat a significatio
28-3707原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3707. Quod `erit semen tuum sicut pulvis terrae' significet quodDivinum Verum naturale esset sicut bonum naturale, constat asignificatione `seminis' quod sit verum, de qua mox supra n. 3706,inde `semen tuum' seu Jacobi,
27-3577~3579意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3577.「野の匂いのようだ」が、善い大地からの真理のようだを意味することは、「野の匂い」の意味が野(畑)の収穫からの発散のように善からの真理の認識であることから知られよう。「野」が善い大地であることは3500番に認められよ
28-3705~3706原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3705. `Terram qua tu cubans super ea, tibi dabo eam': quodsignificet bonum in quo esset, quod ex proprio, constat exsignificatione `terrae' quod hic sit bonum naturalis, de quasequitur; ex significatione `qua tu cu
天使と悪魔しかし、今日人間はその状態から、従って天的な状態からどれほどかけ離れた者であるかは、人間が考えることと意図することと比べて異なって話すこと、その上異なって行なうこと、更に異なった表情を示すこと、それどころか悪い目的からの内的な考えと欲することに
27-3574~3576意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3574.「そして、ヤコブは近寄り、同時にイサクに接吻した」が、現存と結合を意味することは、「近付くこと」の意味が居合わせることであることから、また「接吻すること」の意味が情愛による結合、或いは連結であることから知られよ
28-3704-4原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ[10] apud:~のもとに、~において、eundem,:同(書)、Ego:私は、sum:ある、via:道、道筋、et:~と、および、veritas:真理、真実、et:~と、および、vita,:生命、nemo:誰も~ない、venit:来る、行く、ad:~に、~へ、Patr
三位一体天界において「父なる神」によって福音書の聖言の中の主を除いて他の者を「父なる神」と呼ばず、他の者を認めない。そのことは15, 1729番に認められよう。凡ての幼児達は愛の善とその真理に導かれる時、そこで主だけを父なる神として承認することを教えられる。それ
27-3571~3573意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3571.二十六~二十九節、「そして、ヤコブの父イサクはヤコブに言った。どうぞ近寄って、また私に接吻せよ、私の息子よ、そして、ヤコブは近寄り、同時にイサクに接吻した。そしてイサクは彼の衣服の匂いを嗅ぎ、またイサクはヤコブ
28-3704-3原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ[5]Quia:なぜなら、ので、reges:王達、et:~と、および、sacerdotes:祭司達、聖職者達、repraesentabant:象徴した、表象した、Dominum,:主、`reges':王達、per:~を通して、~によって、regium:王位、王権、quod:こと、それ
善い目的と悪い目的他生において人間は自分の生命の目的によって存在し、善い目的によって天使達と一緒に天界に居るが、しかし悪い目的によって悪魔と一緒に地獄に居る。人間の許の目的は人間の愛を除いて他のものではない。というのは、人間が愛することはそれを目的として
27-3570意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3570.「そしてヤコブはイサクにご馳走を運び、同時に、イサクは食べた」は、先ず善の連結があったことを意味し、「またヤコブはイサクに葡萄酒を持って来たので、同時に、イサクは飲んだ」が、続いて真理の連結があったことを意味すること
28-3704-2原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3704. `Et:また、そして、Deus:神、Jishaki'::イサク、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、Dominum:主、quoad:~に関して、~に関する限り、Divinum:神的な、Humanum,:人間性、constat:知られる、明らかである
28-3704-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3704. `Et Deus Jishaki': quod significet Dominum quoad DivinumHumanum, constat ex repraesentatione `Jishaki' quod sit DivinumRationale Domini, et quia rationale est in quo incohat Humanum, n.2194, et sic ex quo et per
27-3564~3569意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3564.「イサクはヤコブを認めなかった。なぜなら、彼の手がその兄エサウの手の如く毛深かったからである」が、外部の意志から自然的な善があることを認識したことを意味することは、「ヤコブとしてヤコブを認めなかった」ことから、
28-3703-6原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ[19]Ex:~から、~により、his:これらから、quoque:~もまた、同じく、同様に、その上、sciri:知られること、potest:出来る、可能である、quid:何か?、どんな?、per:~を通して、~によって、` orphanos:孤児達、seu:即ち、
27-3562~3563意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3562.「そしてイサクはヤコブに触った」が、そこからの凡ての認識を意味することは、「触ること」の意味が最内部の認識であることから知られよう。そのことについては上の3528, 3559番に示された。ここでは凡ての認識である。なぜな
28-3703-5原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ[13] apud:~のもとに、~において、Mosen,:モーセ、Patribus:父祖達、先祖達、tuis:あなた達の、delectatus:楽しみを与えられた、est:ある、Jehovah,:エホバ、ad:~に、~へ、amandum:愛することへ、eos,:彼らを、et:また
27-3552~3561意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3552.「どうぞ起きて座り給え、そして私の獲物から食べ給え」が、そのような善の情愛の真理を意味することは、「起きる(立ち上がる)こと」の意味が何か高揚することを含むことから知られよう。そのことについては2401, 2785, 2912,
28-3703-4原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ[7] in:~の中、~において、quibus:それらから、そのことらから、omnibus:凡ての、全体の、locis:くだり、箇所、per:~を通して、~によって、`patrem:父、et:~と、および、matrem':母、in:~の中、~において、sensu litte
27-3543~3551意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3543.「ご馳走を渡した」が、そこからの楽しいものを意味することは、「ご馳走」の意味が快いもの、更に楽しいものであることから知られよう。そのことについては3502, 3536番に示された。3544.「またパンを」が、そこからの善を意味
28-3703-3原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ[3] Quod:こと、それ、そのこと、`pater':父、in:~の中、~において、sensu interno:内意、Verbi:聖言、御言葉、sit:ある、bonum,:善、constare:知られること、明らかであること、potest:出来る、可能である、ex:~から、~
27-3541~3542意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3541.「彼の手の上」が、受け入れることの能力に従ってを意味することは、「手」の意味が力であることから知られよう。そのことについては878, 3091番に示された。従って、受け入れることの能力である。3542.「そのなめらかな首の上
28-3703-2原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ[16]etiam haec lex,Si videris in captivitate uxorem pulchra forma, etdesideraveris eam, ut accipias tibi in mulierem, deduces eamin medium domus tuae, et tondebit caput suum, et faciet unguessuos, et removebit vestem c
28-3703-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3703. `Et dixit, Ego Jehovah Deus Abrahami patris tui': quodsignificet Dominum quod ab Ipso bonum illud, constare potest ex eoquod Jehovah sit ipsum Divinum Esse Domini, Qui `Deus Abrahami'dicitur ex Divino Bono; quod
28-3702原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3702. `Et ecce Jehovah stans super illa': quod significet Dominumin supremo, constare potest ex eo quod Jehovah toties in VerboVeteris Testamenti nominatus sit Dominus, videatur n. 1736, 3023,3035; et quod in Verbo Novi
27-3540意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3540.「また、彼女は雌山羊の子の毛皮をあてがった」が、家の善の外なる真理を意味することは、「毛皮」の意味が外なるものであることから知られよう。そのことについては続いて述べよう。また家の羊の群れからの「雌山羊の子」の意味が家
28-3701-2原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3701. `Et:また、そして、ecce:ほら、見よ、angeli:天使達、Dei:神、ascendentes:上がっている、登っている、et:~と、および、descendentes:下っている、降りている、in:~の中、~において、illa'::それから、quod:こと、
28-3699~3701-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ3699. `Et ecce scala statuta terrae': quod significet communicationem infimi veri et boni inde, constat ex significatione `scalae' quod sit communicatio, de qua sequitur; et ex significatione `terrae' quod sit in
「ブログリーダー」を活用して、インターネット新教会さんをフォローしませんか?
指定した記事をブログ村の中で非表示にしたり、削除したりできます。非表示の場合は、再度表示に戻せます。
画像が取得されていないときは、ブログ側にOGP(メタタグ)の設置が必要になる場合があります。
出埃及記 第二十章の内容(内意の概要)この章の内意において主の霊的な教会からの者達の許の善に植え付けられなければならない神的な真理について取り扱われる。十戒の十の戒めがその真理である。この章の後に続く生贄と祭壇についての戒めは礼拝の外なる真理である。1.そし
20-8859意訳「天界の秘義」出埃及記Ⅱ出埃及記 第二十章1.そして、神は下記の凡てのことを話されて言われることに、2.私はあなたをエジプトの地から奴隷の家から連れ出したあなたの神エホバである。3.私の顔の前で他の神々があなたにあってはならない。4.あなたは上の諸天に
20-8859原典訳「天界の秘義」出埃及記ⅡEXODUSCAPUT XXEXODUS:出埃及記、{1}CAPUT:章、XX1. Et locutus est DEUS omnia verba haec, dicendo,2. Ego JEHOVAH DEUS tuus, Qui eduxi te e terra Aegypti, e domo servorum.3. Non erit tibi dii alii coram faciebus Meis.4.
20-8853~8858意訳「天界の秘義」出埃及記Ⅱ出埃及記 第二十章仁愛の教義8853.人間は誰でも本来凡てのものの上に愛するものを有する。それは君臨しているものと言われ、或いは、もしあなたが欲するなら人間の許に全般的に支配するものとも言われる。それが人間の思考と意志の
20-8853~8858原典訳「天界の秘義」出埃及記ⅡEXODICAPUT VICESIMUMDOCTRINA CHARITATISEXODI:出埃及記、CAPUT:章、VICESIMUM:第20の、20番目の、DOCTRINA:教え、教義、CHARITATIS:仁愛、8853. Unusquisque homo habet proprium, quod super omnia amat; hoc vocatur do
19-8848~8852意訳「天界の秘義」出埃及記Ⅱ8848.そのような者達は天界へ準備された時に自分の衣服を取り去られ、また新しい輝く衣服を着せられて天使達に為される。その者達を彼らは小さな虫に例えた。それは卑賎な状態から蛹に、またそのように蝶に導かれ、その時、それら
19-8848~8852原典訳「天界の秘義」出埃及記Ⅱ8848. Dictum est quod tales cum praeparati sunt ad caelum, {1}exuantur vestibus suis et induantur novis splendentibus, ac fiant angeli; hos assimilabant vermiculis qui peracto statu vili mutantur in nymphas et si
19-8846~8847意訳「天界の秘義」出埃及記Ⅱ続、木星の霊達と住民達について8846.かまどの清掃人達と言われる者達が木星の霊達の間にもまた居る。なぜなら、彼らと同様な衣服で、また顔も同様に現れるからである。彼らは自分達の地球の人間達の間で叱責し、またその後、教え
19-8846~8847原典訳「天界の秘義」出埃及記ⅡContinuatio de Spiritibus et Incolis Telluris JovisContinuatio:続、続くこと、de:~について、Spiritibus:霊達、et:~と、および、Incolis:住民達、居住者達、Telluris:地、地上、地球、Jovis:木星、8846. Sunt etiam
19-8838~8845意訳「天界の秘義」出埃及記Ⅱ8838.「またそれを聖別せよと言うことで」が、そのように神的なものから遠ざけられることを意味することは、「聖別すること」の意味が外なるものが神聖なものに見えるために内的なものを覆うことであることから知られよう。そのこ
19-8838~8845原典訳「天界の秘義」出埃及記Ⅱ8838. `Et sanctifica eum': quod significet quod sic ex Divino arceantur, constat ex significatione `sanctificare' quod sit obvelare interiora ut externa in sancto appareant, de qua n. 8788, 8806, {1}ita quoque ar
19-8832~8837意訳「天界の秘義」出埃及記Ⅱ8832.「また、更にエホバに近づく祭司達もまた自分達を聖別しなければならない」が、その中に神的なものがある霊的な善の中に居る者達が覆われなければならないを意味することは、「祭司」の意味が善であることから知られよう。そ
19-8832~8837原典訳「天界の秘義」出埃及記Ⅱ8832. `Et etiam sacerdotes accedentes ad Jehovam sanctificabunt se': quod significet illos qui in bono spirituali, in quo Divinum, quod obtegendi, constat ex significatione `sacerdotum' quod sit bonum, de qua n.
19-8827~8831意訳「天界の秘義」出埃及記Ⅱ8827.「山の頂上に」が最内部の中、即ち天界の中を意味することは、今しがた上の8826番に言われたように「山」の意味が天界であることから知られよう。「山の頂上」が最内部の天界であることは、そこが最も高いからであり、また最
19-8827~8831原典訳「天界の秘義」出埃及記Ⅱ8827. `Ad caput montis': quod significet in intimo, nempe caelo, constat ex significatione `montis' quod sit caelum, ut nunc supra n. 8826; quod `caput montis' sit intimum caelum, est quia caput montis est altiss
主の祈り「諸天界に居られる私達の父なる神よ、あなたの御名が崇められますように、あなたの王国が来ますように、あなたの御心が天界において行われる如く地においてもまた行なわれますように、私達の日々の糧を今日も私達に与え給え、私達が私達に対する罪を私達が許す如く
19-8825~8826意訳「天界の秘義」出埃及記Ⅱ8825.二十~二十五節、「そして、エホバはシナイ山の山の頂上に降られ、またエホバは山の頂上にモーセを呼ばれ、同時にモーセは登った。そして、エホバはモーセに言われた。山を降りて民に言え、言わなければ恐らく彼らはエホバを
19-8825~8826原典訳「天界の秘義」出埃及記Ⅱ8825. Vers. 20-25. Et descendit Jehovah super montem Sinai ad caput montis, et vocavit Jehovah Moschen ad caput montis, et ascendit Moscheh. Et dixit Jehovah ad Moschen, Descende, obtestare populum ne forte perru
19-8820~8824意訳「天界の秘義」出埃及記Ⅱ8820.「エホバが火の中でその上に降られたために」が、そこに天的な愛の中の神的なものがあるのでを意味することは、その中にエホバが居られた「火」の意味が天的な神的な愛であることから知られよう。「火」が愛であることは934,
19-8820~8824原典訳「天界の秘義」出埃及記Ⅱ8820. `Propter quod descendit super illum Jehovah in igne': quod significet quia Divinum ibi in amore caelesti, constat ex significatione `ignis,' in quo Jehovah, quod sit amor Divinus caelestis; quod `ignis' sit
12-7878~7882意訳「天界の秘義」出埃及記Ⅰ7878.「あなた達のそばを通り過ぎる」が、そこから逃げること、即ち地獄からの断罪が逃げることを意味することは、断罪について言われる時の「通り過ぎること」の意味が、そこから逃げることであることから知られよう。更に地獄か
12-7878~7882原典訳「天界の秘義」出埃及記Ⅰ7878. `Et praeteribo praeter vos': quod significet quod fugiet inde, nempe damnatio quae ab infernis, constat ex significatione `praeterire' cum hoc dicitur de damnatione, quod sit fugere inde; etiam damnationis
12-7874~7877意訳「天界の秘義」出埃及記Ⅰ7874.「私はエホバである」が主が唯一の神で在られることを意味することは、上の7401, 7444, 7544, 7598, 7636番に説明されたことから知られよう。7875.「また、血がなければならない」が無垢の善の真理を意味することは、上の7846
12-7874~7877原典訳「天界の秘義」出埃及記Ⅰ7874. `Ego Jehovah': quod significet Dominum quod solus Deus, constare potest ex illis quae supra n. 7401, 7444, 7544, 7598, 7636, explicata sunt.7874. ` Ego:私は、Jehovah'::エホバ、quod:こと、それ、そのこと、
12-7870~7873意訳「天界の秘義」出埃及記Ⅰ7870.「その夜に」が彼らの悪い状態を意味することは、「夜」の意味が悪と間違った原理以外にない時の状態であることから知られよう。というのは、夜は昼に、また暗黒は光に対比されるからであり、「昼と光」によって真理と善があ
12-7870~7873原典訳「天界の秘義」出埃及記Ⅰ7870. `In nocte illa': quod significet statum mali illorum, constat (c)ex significatione `noctis' quod sit status cum non nisi quam malum et falsum; opponitur enim nox diei {1}et caligo luci, et per `diem' (c)et
12-7868~786意訳「天界の秘義」出埃及記Ⅰ7868.十二~十六節、「そして、私はその夜にエジプトの地の間を通り過ぎ、同時にエジプトの地において人間から獣に至るまで凡ての長子を打とう。またエジプトの凡ての神々に審判を為そう。私はエホバである。また、血があなた達がそ
12-7868~7869原典訳「天界の秘義」出埃及記Ⅰ7868. Vers. 12-16. Et transibo per terram Aegypti in nocte illa, et percutiam omne primogenitum in terra Aegypti ab homine et usque ad bestiam; et in omnes deos Aegypti faciam judicia, Ego Jehovah. Et erit sangui
12-7861~7867意訳「天界の秘義」出埃及記Ⅰ7861.「そしてそれに関して朝に至るまで残っているものは火で焼き尽くさなければならない」が、試練を通した終結(目的)までの中間(手段)の状態を意味することは、「朝まで残っているもの」の意味が最後に天界へ上げるための中
12-7861~7867原典訳「天界の秘義」出埃及記Ⅰ7861. `Et residuum de illo usque ad mane igne comburetis': quod significet statum medium ad finem per tentationes, constat ex significatione `residui {1} ad mane quod sit status medius ad ultimum, qui est elevati
12-7858~7860意訳「天界の秘義」出埃及記Ⅰ7858.「しかし火で焼いたものを(食べなければならない)」が愛からを意味することは、「火で焼いたもの」の意味が愛からの善であることから知られよう。そのことについては上の7852番に示された。7859.「その頭をその脚と胴の上で
12-7858~7860原典訳「天界の秘義」出埃及記Ⅰ7858. `Verum tamen assum igne': quod significet quod ex amore, constat ex significatione `assi {1}igne' quod sit bonum quod ex amore, de qua supra n. 7852.7858. `Verum:真理、tamen:しかし、それにもかかわらず、as
12-7854~7857意訳「天界の秘義」出埃及記Ⅰ7854.「苦菜の上で」が不愉快な試練によってを意味することは、「苦菜」、或いは苦味の意味が不愉快なものであることから、ここでは不愉快な試練であることから知られよう。というのは、「過ぎ越しの小羊」によって表象される無垢
12-7857原典訳「天界の秘義」出埃及記Ⅰ7857. `Et coquendo coctum [in] aquis': quod significet quod non exibit ex vero quod fidei, constat ex significatione `aquarum' quod sint vera quae fidei, de qua n. 2702, 3058, 3424, 4976, 5668; inde `coctum aquis' est
12-7854~7856原典訳「天界の秘義」出埃及記Ⅰ7854. `Super amaroribus': quod significet per tentationum injucunda, constat ex significatione `amarorum' seu `amaritudinum' quod sint injucunda, hic quae tentationum; bonum enim innocentiae, quod per `agnum pasc
12-7851~7853意訳「天界の秘義」出埃及記Ⅰ7851.「その夜の内に」が悪い者達の断罪の時を意味することは、「夜」の意味が真理と善の荒廃の状態であることから知られよう。そのことについては221, 709, 2353, 7776番に示された。従って断罪である。なぜなら、真理と善がもは
12-7851~7853原典訳「天界の秘義」出埃及記Ⅰ7851. `In nocte illa': quod significet cum damnatio malorum, constat ex significatione `noctis' quod sit status devastationis veri et boni, de qua n. 221, 709, 2353, 7776, ita damnatio, nam cum non {1}amplius ver
12-7848~7850意訳「天界の秘義」出埃及記Ⅰ7848.「家の」が善い意志のものを意味することは、「家」の意味が人間であることから知られよう。そのことについては3128番に示された。またそのことは人間の心である。3538, 4973, 5023, 7353番を参照、それ故に、ここの意志のも
12-7848~7850原典訳「天界の秘義」出埃及記Ⅰ7848. `Super domibus': quod significet illa quae voluntatis boni sunt, constat ex significatione `domus' quod sit homo, de qua n. 3128, quodque sit mens hominis, n. 3538, 4973, 5023, 7353, consequenter id quod es
12-7846~7847意訳「天界の秘義」出埃及記Ⅰ7846.「そして、その血から取り」が無垢の善の神聖な真理を意味することは、「血」の意味が主から発している神聖な真理であることから知られよう。そのことについては4735, 6978, 7317, 7326番に示された。またそれは「小羊の血」