とき号に 乗って帰省の ふるさとは コシのヒカリの田園地帯
仲間から 三年ぶりの 集まりの 知らせのとどく雨上がりの午後
めがね屋で レンズ交換 度数変え 痛みが消えるあたまの奥の
つくばでの カフェの庭での 食事会 家族のごとき和気あいあいと
むせかえる 朝の湿気に エアコンを つけるかどうかとまどうわれは
家ネコの 暮らし拒否した「プーちゃん」は つらぬき通す自由気ままを
森からの 鳥のさえずり 聞きながら 一首をつづる午前五時半
診察を 終えて駅前 ドトールの ミラノサンドを味わいて食む
信頼の かかりつけ医は 何にでも 答えてくれる午後の診察
初めての マルゲリータを ほおばった 思い出しますナポリの街を
嗚呼なんと いつのまにやら タワマンの 街に変貌昭和の街が
さて今日は 検査検診 心臓の 音が聞こえる目覚めの朝に
定型に 落とし込んでも 結局は 羽ばたいているわたしの歌は
くちなしの 白き花にも 小雨降り におい和らぐ裏の細道
友だちは 百人要らない 数人で じゅうぶんですと思うこの頃
作曲家 ワーグナーを指す「ワグネル」は さまよっているオペラのごとく・楽劇「さまよえるオランダ人」より
わが街も 再開発で みどりの消え もう戻らない森や林は
教員は スーパーマンでは 無いのです なんでもかんでもぶち込まないで
一杯の ソーダを飲んで 目を覚ます どんより雲の空に負けずに
さやかなる 風のわたりて 午前五時 ひとり楽しむ新聞ひろげ
信州の 山をひとりで 歩くとき 支えてくれたキスゲの花が・20代
いちにちに 十首のペースを つかみつつ 今日も歌詠む明日も歌詠む
あじさいの 旬は去り行く 色あせて 梅雨明けを待つ並木通りは
教え子は 女優目指して 演じます 下北沢の小劇場で
何もかも 公教育に ぶちこんで パンクしましたいつのまにやら
窓を開け 耳を澄ませば 聞こえくる 青葉の奥の鳥のさえずり
さて今朝は 梅雨の晴れ間の 休日に コーヒー淹れるキリマンジェロの
目の前の 仕事をこなす こつこつと いずれは終わると信じながらも・教職時代
信長の 人気の高さが 分からない つぎからつぎに人を殺めて
窓からは梅雨の晴れ間の 風わたり 午後の個室で一首をつづる
あの頃の 花のニッパチ 古希になり 忘れられないフォークソングを
ロケットも 潜水艇も それぞれに リスクかかえて何が観光
沖縄の 6・23「慰霊の日」初めて知ったマラリア地獄を・マラリア地獄・・・八重山諸島の戦争マラリア
早朝の 鳥のさえずり 聞きながら コーヒー淹れるエスプレッソの
この朝は ぼやけた曇りの 空なれど なぜかスッキリひとみは晴れる
いついつも 前を見ていた 青空の ごとく澄みきる二十歳のわれは
振りかえる ことの多くて 未来など 語ることなく曇天の空
路地裏の 旬を過ぎたる あじさいの 花をながめて梅雨明け近し
父よりも 十五年間 永らえて 古希を迎える感謝をしつつ
下戸のわれ 仕事終えての 一杯は ビールではなくブレンドコーヒー
くちなしの 香るコースを 今日もまた ひたすらあゆむ梅雨の晴れ間に
青空を さえぎるものが ないように ひろがる田園越後平野は
ちょっとした こころの揺れる 瞬間に 凡庸なれど短歌をつづる
ふるさとの 因習しきたり なじまずに 飛び出しました二十歳のわれは
クレームの 電話を切って 飛んで行く 公園・広場・コンビニ店に・教職の頃を思い出して
世の中が とても明るく なりました レンズ交換メガネをかけて
ふるさとの 山に伝える「ありがとう」いつもわたしを迎えてくれて
黒板に チョークの授業は 古いのか「そんなことない」こころの叫び
馬鈴薯の 収穫とどく LINEにて つくばの友の笑顔が浮かぶ
読みかえす 隅から隅まで 新聞を 家事を終えてのお茶の時間に
平凡は 非凡であると 気づく朝 鳥のさえずり聞いて目覚める
もうすでに 終わったしまった ことなのに ひとみの奥によみがえる午後
新たなる 出会いのありて キャンパスは 青葉若葉の楽園だった・1971年
テレビ観ず 過ごすひとりの 一ヶ月 なぜかこころが洗われていく
リビングの エアコン朝から フル稼働 むせる暑さのここ武蔵野は
打ちました 23号 また今日も 元気をくれる大谷さんは
ひとけなき 裏道に入る くちなしの 花の香りについ誘われて
梅雨に花 添えるアジサイ 今見ごろ 道をあゆめばみずみずしくて
あまりにも 風が清しく 爽やかで 歌も生まれる一日十首の
さて今日は 何をしようか 考えて 一日暮れるそれもしあわせ
パンに塗る ブルーベリーの はちみつを 北アルプスのかおりをのせて
思い出を 胸いっぱいに 詰めこんだ 欧州一周ひとりの旅で・1973年
湘南の 地にてスタート 独立の 二十歳のわれに想いをはせる
すらすらと 歌が生まれる この朝に ご褒美ですとコーヒー淹れる
だれにでも ふるさと問われ 友は言う「三河ですよ!」と愛知と言わず
くちなしの 花の香りを 待っている まだかまだかと路地の裏にて
カラカラと 部屋の換気の 音がする 清しき朝の風のわたりて
久しぶり 梅雨のあいまの 晴天に ふとん並べるベランダいっぱい
「さあどうぞ ゆっくりしてね!」と コーヒーを 淹れてくれますいつものマスター
梅雨空を ながめながめて 一首詠む「ひとり」楽しむ明るき歌を
ゆったりと 時が過ぎゆく 日々のなか「ひとり」楽しむコーヒー淹れて
北岳を ともに登りし かの友は どこでどうしているのでしょうか・北岳・・・南アルプスの最高峰
教職を 終えて仕事に 未練なく それでものこるあまたの記憶
しとしとと 雨降る窓を 眺めつつ スマホで聴くは「恋は水色」
あじさいの 色あざやかに 匂い立つ 路地の裏にて雨に濡れつつ
また今日も 相変わらずの 雨なれど あじさいは咲く和気あいあいと
たっぷりの しずくをためて あじさいは 清らかに咲く雨に打たれて
望郷の 歌に「いいね」が パッとつき こころときめく雨降る朝に
わずかでも「いいね」がつけば それだけで 沸きおこるのです詠う意欲が
シンボルは もどることなき ふるさとの 弥彦の山と信濃の川よ
新聞を 大きくひろげ ゆったりと ただ読むことが何より好きだ
駅までは マスク外して 歩きます 初夏の香りをたっぷり吸って
効率や コスパ重視の 世の中で ゆったりあゆむ時間をかけて
上京を 許してくれた 両親に 感謝をしますこの歳になり
いわれなき クレームなのに とりあえず あたまを下げた「ごめんなさい」と・教職時代の苦い思い出
ひとり飯 ひとりコーヒー ひとり旅 ひかりが当たるひとりの世界
この朝は コーヒー淹れて 焼きたての パンにジャム塗るブルーベリーの
ボーナスで 買ったレコード 針落とし 夢中で聴いたクラシックを
たくさんの 未知のとびらが 開きました 上京したての湘南の地で
生きている ような気がする 今日でした 雨の上がりしマックでお茶を
いつのまに 雨は止んだよ 涼やかな 赤のあじさい青のあじさい
どしゃ降りの 雨に打たれて 咲いている 額あじさいに青のしずくが
蒸し暑き いちにちなれど あじさいの 青き花びら沁みいる胸に
どくだみの 白き花咲く 路地裏に いつもいたのさ野良ネコ「プー」は
ありあまる 自由のときを 謳歌する 特にやることないのだけれど
待ち合わせ したねときどき 雪道を 並んでかえる高三の冬
曇天の 梅雨空ながめ 耳にする ポールモーリア「恋は水色」
振り向けば いつも二十歳の ぼくがいる 上京したての華奢なからだの
咲きほこる ブーゲンビリアの 八重山に 基地はいらない戦さのための
「ブログリーダー」を活用して、マウビーさんをフォローしませんか?
指定した記事をブログ村の中で非表示にしたり、削除したりできます。非表示の場合は、再度表示に戻せます。
画像が取得されていないときは、ブログ側にOGP(メタタグ)の設置が必要になる場合があります。
とき号に 乗って帰省の ふるさとは コシのヒカリの田園地帯
南風 吹きて雨降る この夜は なぜか落ちつくこころの奥が
咲いている ノウゼンカズラの 花房が 暑さに負けず朱色に染まり
咲いている 虞美人草の 一輪が 午後の日差しをたっぷり浴びて
ふるさとは きっと実りの コシヒカリ すくすく育て越後の里に
かならずや 選挙の前に 電話あり 同級生より律儀なほどに
涼しさに 胸おどらせた 蓼科の 山荘泊まる林間学校※引率として
駅前の ビタミンカラーの 花を観て 夏を乗りきる酷暑の日々の
この朝は 花を見つける 旅に出る わずか五分の小さな旅に
天高く 咲いていますよ ひまわりは 午前四時半花の散歩に
病院の 玄関横に 薔薇が咲く 赤白ピンク色をそろえて
北からの 涼しき風を 呼び込めば 一首が浮かぶエアコン無しで
清らかに そっと咲きたる 白百合の 花一輪をスマホにかざす
陽に映えて 真っ赤に燃える ハマナスの 花一輪をスマホにかざす
流行の ファーストよりも 共生を 願うわたしはいつのいつでも
見つければ スマホかざして 花を撮る 名もなき花も名のある花も
降りてくる 歌が自然に 降りてくる 天の国からわたしの胸に
トンカツの 定食食べる 夕食に「孤独のグルメ」観るかのように
ステントや ペースメーカー 入れながら それでも生きるしぶとく生きる
ひまわりの ようにまっすぐ ひらきます 今日もあしたもあさってまでも
亡きネコの「プー」がスマホに あらわれて 忘れないでと呼びかけてくる
言葉には つばさのありて 歌詠めば 世界広がるこころの奥の
歌詠みは わが体調の バロメータ 今日は詠めそう一首二首へと
柏崎 刈羽原発 再稼働 めざす東電背後に何が
めずらしく 目覚めすっきり この朝は 咳も止まりて麦茶がうまい
カナカナと 梅雨の晴れ間の 夕暮れに 鳴いてすがしきひぐらしの音
清涼な 風を呼びこみ 歌を詠む 冷えたサイダー机の横に
発熱と 喉の痛みに 2リットル ペットボトルの麦茶を空に
学びとは 探究心と 好奇心 歴史にはまる七十過ぎて
テレビでの 野球観戦 大リーグ 午前二時半目をこすりつつ
寝汗かき 体温下がる この朝は 体調優れごはんがうまい
咲きほこる 奈良大和路の ハスの花 訪ねてみたい藤原京に
むせかえる 喉の辛さに 耐えかねて 口に入れこむ塩飴二つ
ベトナムの コーヒーを飲む 練乳と 氷を入れてかき混ぜながら
アメリカン エスプレッソと それぞれに 味わい深きコーヒーの味
一時間 帰省切符の 購入に ならぶみどりの窓口前に
コロナでの 抗体検査の 陰性に ホッと息つく診察室で
ファシズムが あっと言う間に 舞い降りる 東京都知事選挙の夜に
挽きたての コーヒー一杯 飲む朝は われにとっての極楽浄土
午前四時 返歌三首に 目が覚めて 思い深めるあの夏の日を