ウォーク更家の散歩
住所
港北区
出身
北区
ハンドル名
峰さんさん
ブログタイトル
ウォーク更家の散歩
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/mrsaraie
ブログ紹介文
一人旅で、東海道、中山道、日光街道、奥州街道を全踏破しました。 現在、甲州街道を踏破中です。
自由文
一人旅の街道歩きに、すっかりハマってしまいした。 街道歩き以外の横浜・東京の町歩きもブログに書いています。
更新頻度(1年)

80回 / 320日(平均1.8回/週)

ブログ村参加:2013/01/26

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峰さんさんのブログ記事

  • 日光江戸村 (栃木県日光市)   2019.8.3  

    (写真は「新選組体験」)東武ワールドスクエアを見物して、SL大樹で鬼怒川温泉へ向かい、温泉で1泊した話の続きです。翌朝、ホテルを出て、鬼怒川温泉の近くの「日光江戸村」へ向かいます。ここを訪れるのは3回目ですが、私はここが大好きなのです。最初に来たときは、ここで真面目にキビキビと働く若い人達に心を打たれました。今回も、役者志望?の若い人たちの時代劇に対する真摯な姿勢に感動しました。ここの若者達を見ていると、日本の未来は明るい!、という気持ちになってきます。上の写真が日光江戸村の入口です。入場料は4,700円と高い気がしますが、園内の施設がほとんど無料で1日遊べますので、ディズニーランド等に比べると、かなり割安です。入り口から暫く歩いて行くと、江戸っぽい町並みが現れます。暖簾で覆われたコスプレ用の家もあります。町人...日光江戸村(栃木県日光市)2019.8.3

  • 東武日光線「SL大樹」 と 鬼怒川温泉 (栃木県日光市) 2019.8.2

    (写真は、SL大樹)前回ご紹介した東武ワールドスクエアの見物を終えて、一駅だけですが、東武ワールドスクエア駅から、今晩の宿がある鬼怒川温泉駅へ向かいます。東武ワールドスクエア駅(16:36)→SL大樹5号→鬼怒川温泉駅(16:42)「SL大樹」は、乗車券以外に座席指定750円(乗車区間内一律料金)が必要です。東武ワールドスクエア駅に「SL大樹」が入って来ました。私は小学生の頃、将来なりたい職業は、蒸気機関車の運転手でした。学校が終わると、毎日、近くの駅に蒸気機関車を見に行きました。動力機関が丸出しになっており、躍動感に溢れています。僅か8分の乗車で、写真の鬼怒川温泉駅に着きました。(鬼怒川温泉駅の連絡通路からSL大樹を見下ろす)(鬼怒川温泉駅の外観)上の写真の駅前の人だかりは、「日光さる軍団」の猿回しです。SL...東武日光線「SL大樹」と鬼怒川温泉(栃木県日光市)2019.8.2

  • 東武ワールドスクエア (栃木県日光市)  2019.8.2

    (写真はマンハッタンの高層ビル)先週(8/2)、久し振りで「東武ワールドスクエア」を訪れました。(浅草駅)東武・浅草駅(9:00)→(特急・リバティ会津)→東武ワールドスクエア駅(11:05)(東武ワールドスクエア駅)東武ワールドスクエアには、世界の102の建造物が、25分の1のサイズの縮尺で展示されており、手軽に世界一周旅行の気分が味わえるスポットです。私は、ここを訪れるのは3回目ですが、何回来ても新たな発見があり楽しいです。先ず、最初に来たときは、建造物のミニチュアの精巧なクオリティに驚きました。また、建造物のみならず、その周辺の風景もミニチュアの中に作り込まれています。従って、いつも正面からの写真しか見たことがない建物も、裏側の様子や、上からの構造など、どの様な雰囲気の中に建っていのかよく理解出来ます。そ...東武ワールドスクエア(栃木県日光市)2019.8.2

  • バスで行く「奥の細道」(その42) 丸岡城(福井県) 2019.6.11

    (丸岡城の天守)我々の「奥の細道」バス旅行は、宿泊地の山中温泉を出発して、芭蕉が宿泊した全昌寺などに立ち寄りながら、丸岡城へ向かいました。芭蕉も、丸岡の城下町を抜けて福井へ向かいました。上の写真の「日本一短い手紙の館」の駐車場でバスを下りて、駐車場の斜め前の「丸岡城」へ向かいます。「日本一短い手紙の館」は、信長と家康の連合軍が武田を破った長篠の戦いの陣中から、家康の家臣の本多重次が妻にあてた手紙を題材に建てられた観光施設です。”一筆啓上火の用心お仙泣かすな馬肥やせ”(日本一短い手紙)武士らしく余計な事には触れず、留守中には火事に気を付け、「お仙」(仙千代という彼の子供)の面倒をよくみて、馬などの貴重品を大切にしろ、という意味です。簡潔明瞭に用件を伝える短い文ですが、その中にも、家族を気遣う優しさが伺えます。ちな...バスで行く「奥の細道」(その42)丸岡城(福井県)2019.6.11

  • バスで行く「奥の細道」(その41)「山中温泉」(石川県) 2019.6.12 

    (写真は、「鶴仙渓(かくせんけい)」)今回は、前回の山中温泉の続きです。昨晩は、「ロイヤルホテル山中温泉」に宿泊し、ゆったりと温泉に浸かり、早朝、もう一度浸かって温泉を満喫しました。(露天風呂:ホテルのパンフレットから)朝食を済ませ、徒歩で、ホテルの前にあるS字型のデザインの「あやとり橋」を渡り、渓谷沿いの「鶴仙溪」(かくせんけい)を散策します。「鶴仙渓」は、大聖寺川の中流にあり、砂岩の浸食によって数多くの奇岩が見られる景勝地です。この渓谷は、山中温泉の中心街に並行しており、渓谷沿いに約1キロの散策路があります。芭蕉は、この鶴仙溪からの風景の美しさに、「行脚の楽しみここにあり」と喜んだそうです。渓谷沿いには、写真の「鶴仙渓川床」が営業していますが、未だ準備中でした。鶴仙渓川床は、川のせせらぎを聞きながら、風情あ...バスで行く「奥の細道」(その41)「山中温泉」(石川県)2019.6.12

  • バスで行く「奥の細道」(その40) 「曽良との別れ」(山中温泉:石川県) 2019.6.11

    (写真は、「芭蕉と曽良との別れ」)加賀の国(石川県)では、「金沢」を発った「芭蕉」は、「山中温泉」へと向かい、何と!、この温泉に8日間の長きわたって滞在しました。芭蕉は、奥の細道の中では、いくつかの温泉地に宿泊していますが、これほど長く滞在した温泉は「山中温泉」だけです。そして、山中温泉は、長らく奥の細道を共に旅をしてきた「曾良との別れの地」でもあります。実は、曾良は、越中(富山県)から金沢(石川県)に入るあたりから、体調不良で医者にかかっており、健康を害していました。曾良は、几帳面で責任感の強い性格だったので、師である芭蕉の同行者として、何かと気を使い、そこから生じたストレスで腹痛となり苦しんでいた、と言われています。ここ山中温泉に、8日間も浸かって静養するも、回復せず、このままでは、師匠である芭蕉の足手まと...バスで行く「奥の細道」(その40)「曽良との別れ」(山中温泉:石川県)2019.6.11

  • バスで行く「奥の細道」(その39) 那谷寺(石川県) 2019.6.11 

    (写真は、「那谷寺」の「奇岩遊仙境」)加賀の国(石川県)では、「金沢」を発った「芭蕉」は、「小松」で「実盛の兜」を拝観して、「山中温泉」へと向かいます。芭蕉は、「山中温泉」に向かう途中で、ここ「那谷寺」(なたでら)に立ち寄りました。平安時代、花山(かざん)天皇が、西国33ヶ所巡礼のあと、観世音菩薩をこの寺に安置されました。花山天皇は、西国33ヶ所の観音霊場の全てがここにあると感じられました。そこで、西国33ヶ所の1番・那智山の「那」と、33番・谷汲山(たにぐみさん)の「谷」を取って、この寺の名称を「那谷寺」(なたでら)と改名されたそうです。我々のバス旅行も、今晩の宿泊地の「山中温泉」へ向かう途中で、ここ「那谷寺」に立ち寄りました。境内には、本堂を始め、三重塔、鐘楼など、国重要文化財が点在します。(御柱鳥居)(金...バスで行く「奥の細道」(その39)那谷寺(石川県)2019.6.11

  • バスで行く「奥の細道」(その38) 「弁慶の勧進帳」(安宅の関:石川県) 2019.6.11

    (写真は、「勧進帳」を読み上げる「弁慶像」)前々回の「倶利伽羅峠(くりからとうげ)の戦い」、前回の「実盛の兜」に続いて、今回は「安宅の関」(あたかのせき)です。「源義経」は、平家討伐に大功績をあげたにも関わらず、兄の「源頼朝」に追われる身となります。頼朝の追手から逃げるために、「武蔵坊弁慶」らと共に、山伏の一行に姿を変えて、奥州へ落ちのびて行きます。その逃避行の道中の最大の難所が「安宅の関所」でした。実は、「安宅の関所」は「箱根の関所」の様な”恒常的な関所”ではなくて、義経を捕らえるためだけに”臨時に設けられた関所”だったそうです。えぇ~?、臨時の関所だったの!知らなかったなあ~!現代風に言えば、指名手配犯の義経を逮捕するために緊急手配をして、逃走したと思われる北陸方面に非常線を張り、臨時の検問所を各地に設けて...バスで行く「奥の細道」(その38)「弁慶の勧進帳」(安宅の関:石川県)2019.6.11

  • バスで行く「奥の細道」(その37) 「実盛の兜」(多太神社:石川県) 2019.6.11

    (写真は、”むざんやな甲(かぶと)の下のきりぎりす”の本物の「実盛の兜」)既にご紹介した「倶利伽羅峠(くりからとうげ)の戦い」に続いて、今回は、同じ「平家物語」で描かれた「実盛の兜」です。火牛の計で有名な「倶利伽羅峠の戦い」で平家の大軍を破った「木曽義仲」は、そのまま敗走する平家軍を追撃して加賀国(石川県)に入ります。そして、「篠原の戦い」(現在の石川県加賀市)で、再び平家軍と戦い、一気にこれを打ち破ります。その時、敗れた平家軍の本隊を逃がすべく、ただ一騎だけ、義仲の軍勢の前に立ちはだかった平家の武将がいました。義仲軍の「手塚光盛」が先ず名乗りを上げ、”名乗らせたまへ”と促しますが、その平家の武将は自らを名乗ろうとしませんでした。二人は、一騎打ちとなり、その平家の武将は、「手塚光盛」に首を討たれてしまいます。何...バスで行く「奥の細道」(その37)「実盛の兜」(多太神社:石川県)2019.6.11

  • バスで行く「奥の細道」(その36) 金沢城 (日本100名城) 2019.6.11

    (写真は、金沢城の五十間長屋)もともと、この地には、加賀の「一向一揆」の拠点だった「御山御坊」(おやまごぼう)という浄土真宗の寺院がありました。1580年、この「御山御坊」は、「織田信長」によって攻め落とされ、信長から加賀一国を拝領した「佐久間盛政」によって築城されたのが「金沢城」のはじまりです。その後、佐久間盛政は、「賤ヶ岳(しずがたけ)の戦い」で「豊臣秀吉」に破れ、金沢城は「前田利家」の所領となりました。「前田利家」は、キリシタン大名として有名な「高山右近」に金沢城の縄張りをさせて、金沢城を大改築しています。金沢城には天守閣が設けられていましたが、1602年、落雷によって焼失し、その後再建されることはありませんでした。天守閣に代わって三階櫓が建てられました。我々の「バスで行く・奥の細道」ツアーは、初日、金沢...バスで行く「奥の細道」(その36)金沢城(日本100名城)2019.6.11

  • バスで行く「奥の細道」(その35-2) 金沢 (石川県) 2019.6.11

    (写真は、夜の金沢の武家屋敷)我々の「バスで行く・奥の細道」ツアーは、芭蕉関連の金沢市内の史跡を巡り、金沢市街地の中心を流れる浅野川沿いの主計町茶屋街の見学を終わりました。次に、主計町茶屋街の脇の浅野川大橋を渡り、向こう岸の「ひがし茶屋街」へ向かいます。私は、一昨年の金沢観光の際に「ひがし茶屋街」に立ち寄っているので今回で2度目です。(一昨年のひがし茶屋街見物については、2017/9の(金沢・ひがし茶屋街)を見てね。)この日は異常に暑かったので、前回に入った「箔一」(はくいち)に再びに入り、前回と同じ金沢名物「金箔ソフトクリーム」を食べました。(891円)前回食べた「金箔ソフトクリーム」との違いは、令和のウェアハウスが付いているだけで、あとは同じものでした。食べ終わると、同じ旅行のメンバーに、「口のまわりに金箔...バスで行く「奥の細道」(その35-2)金沢(石川県)2019.6.11

  • バスで行く「奥の細道」(その35) 金沢 (石川県) 2019.6.11  

    (写真は、「主計町茶屋街」)芭蕉と曾良は、夏の終わりに金沢に入りました。金沢には10日間滞在し、地元の俳人達と交流を重ねました。また、金沢には、一笑(本名:小杉味頼)という俳人がおり、芭蕉と一笑は互いの対面を心待ちにしていましたが、金沢に到着する前に一笑は既に亡き人となっていました。このために、芭蕉にとって金沢は悲しい思い出の地になりました。我々の「バスで行く・奥の細道」ツアーは、前回のゴールの金沢駅からスタートします。金沢駅からバスで、先ず「兼六園」へ向かい、園内の茶屋で昼食、そのちに自由時間で、兼六園内を散策します。(兼六園については、2017/9の(金沢・兼六園)を見てね。)我々のバスツアーは、兼六園を見学したのちに、芭蕉が地元の俳人達と交流を重ねたという金沢市内の史跡を巡ります。「本龍寺」境内には、芭蕉...バスで行く「奥の細道」(その35)金沢(石川県)2019.6.11

  • 三陸鉄道リアス線(旧南リアス線区間)2019.4.30

    (写真は、奇跡の一本松)前々回の「旧北リアス線」(久慈~宮古区間)、前回の「旧JR山田線」(宮古~釜石区間)に続いて、今回は最終回の「旧南リアス線」(釜石~盛区間)です。前回の「旧JR山田線」の終点の「釜石駅」で下車・乗り換えをしないで、今回は、そのまま前回と同じ列車に乗り続けます。これは、今年3月に南北が1本につながったので、三陸鉄道リアス線として乗り換えなしで、北の端から南の端まで行ける様になったからです。降り続く激しい雨風は、止みそうにありません・・・むしろ、降り方が激しくなってきている様な気がします。「釜石駅」多分、花巻方面からJR釜石線でこの釜石駅にやって来た人達が、ここで三陸鉄道に乗り換えるからでしょう、駅のホームには大勢の人が並んでいます。釜石は、製鉄の街で、ラグビーの強豪・新日鉄釜石でも有名です...三陸鉄道リアス線(旧南リアス線区間)2019.4.30

  • 三陸鉄道リアス線 (旧JR山田線区間) 2019.4.30

    (写真は、浄土ヶ浜)前回に続いて、今回は「三陸鉄道リアス線の旅」の2日目です。本日は、全国的に激しい雨と風、という天気予報です。このツアーは、三陸鉄道の車窓からの風景を楽しむのがメインなので、雨風が激しいと何も見えない恐れが・・・ホテルの部屋から外を眺めると、未だ曇り空なので、何とかこのまま天候がもって欲しいのですが。朝、宿泊先の田老「グリーンピア三陸みやこ」を出て、バスで約40分の三陸の絶景ポイント「浄土ヶ浜」へ向かいます。曇り空でしたが、それでも、「浄土ヶ浜」の海の青と砂浜の白のコントラストがとても綺麗で、浄土ヶ浜のうたい文句である”極楽浄土のような景色”と言っても大袈裟ではない美しい風景です。写真の「浄土ヶ浜レストハウス」の2階の上部には、津波の高さのを示す「津波浸水ライン」(写真の赤矢印)が青色で描かれ...三陸鉄道リアス線(旧JR山田線区間)2019.4.30

  • 三陸鉄道リアス線 (旧北リアス線区間) 2019.4.29

    (写真は、三陸鉄道の車両)鉄道ファンの私は、今年のゴールデンウィークは、3月に全線が全通した「三陸鉄道」に乗りに行きました。東日本大震災の津波で、三陸地方の鉄道は壊滅してしまいました・・・でも、その後、沿岸北部の「北リアス線」(久慈~宮古区間)と、沿岸南部の「南リアス線」(釜石~盛区間)は、頑張って、順次、再開区間を伸ばしてきました。しかし、肝心の沿岸の中央部分の「JR山田線」(宮古~釜石区間)が、ずっと不通のままでした・・・でも、今年の3月、その「JR山田線」が8年ぶりに開通し、三陸沿岸の北部から南部の地域が、ようやく1本の鉄道で結ばれました!この新「三陸鉄道」は全長163キロ、広い岩手県をほぼ縦断します!1本につながった新たな「三陸鉄道」は、JR山田線も含めて「三陸鉄道リアス線」という名称になりました。この...三陸鉄道リアス線(旧北リアス線区間)2019.4.29

  • バスで行く「奥の細道」(その35) 倶利伽羅峠 (富山県) 2019.4.11

    (写真は、「倶利伽羅峠」(くりからとうげ)の「火牛の像」)今回は、平家の命運を決した「倶利伽羅峠(くりからとうげ)の戦い」です。それでは、先ずは、NHKの「100分で名著『平家物語』」に沿って、「倶利伽羅峠の戦い」の歴史を復習しておきましょう。木曽の山奥から、都に向かって進軍するのは、以仁王から平家追討の命を受けた「木曾義仲(源義仲)」、これに対し、京の都を出発して、迎え撃つ平家の総大将は、平清盛の孫の「平維盛(これもり)」です。平維盛にとってこの戦いは、先の富士川の戦いで、鳥が飛び立つ音に逃げ帰ってしまった、という汚名を挽回するチャンスです。両軍が激突したのは、越中の国(富山県)と加賀の国(石川県)の国境に位置する標高277メートルの「倶利伽羅峠」(くりからとうげ)でした。維盛軍7万に対し、義仲軍は劣勢の3万...バスで行く「奥の細道」(その35)倶利伽羅峠(富山県)2019.4.11

  • バスで行く「奥の細道」(その34) 高岡城 (日本100名城) (富山県) 2019.4.11

    (写真は、高岡城の水堀)我々のバス旅行は、歌枕の地「那呉の浦」を出て、木曽義仲が活躍した古戦場・倶利伽羅峠へ向かいますが、その途中で「高岡城」に立ち寄りました。1605年、加賀藩2代目藩主の前田利長は、隠居して富山城に居ましたが、1609年の大火により城が焼失したため、新たな隠居城として、ここ「高岡」を選び、築城に着手しました。「高岡城」は、キリシタン大名で、築城の名手として有名な「高山右近」が縄張(設計)したと伝承されています。その5年後の1614年に利長は死去し、翌年の1615年に、高岡城は、一国一城令により廃城となりました。しかし、加賀藩3代目藩主の前田利常は、高岡城の水堀を埋めないで、城の実質的な保全を図りました。そして、明治3年、高岡城跡は民間に払い下げられましたが、市民の熱心な保存運動により、明治8...バスで行く「奥の細道」(その34)高岡城(日本100名城)(富山県)2019.4.11

  • バスで行く「奥の細道」(その33)( 那呉の浦)(富山県) 2019.4.11

    (写真は、義経が雨宿りをした「雨晴海岸の義経岩」)(ホテルの部屋から)我々のバス旅行は、昨晩1泊した富山の市街地のホテルを出て、万葉の歌枕の地「那呉の浦」(なごのうら)へ向かいます。昨晩の富山のホテルの夕食では、ホタルイカ等の色々な富山名物の海の幸を満喫出来ました。(夕食の撮影を忘れ、食べ終わるときに気付いたので、最後に出た「白エビ」の天ぷらの写真しかありません・・・)我々のバス旅行は、歌枕「那呉の浦」(なごのうら)がある「放生津(ほうしょうづ)八幡宮」に着きました。親不知を抜け、市振宿を出発した芭蕉一行は、ここ歌枕の地「那呉の浦」にやって来ました。そして、ここから更に、同じく万葉の歌枕の地である「有磯海」(ありそうみ)を訪れようとします。しかし、土地の人から「有磯海は、ここから五里もあるし、有磯海には泊めてく...バスで行く「奥の細道」(その33)(那呉の浦)(富山県)2019.4.11

  • バスで行く「奥の細道」(その32)( 親知らず子知らず )(新潟県) 2019.4.10

    (写真は、親不知の断崖絶壁)「親不知・子不知」(おやしらず・こしらず)は、古くから、断崖絶壁と荒波が旅人の行く手を阻む”越後路の最大の難所”として知られてきました。かつて、旅人は、この断崖の下にある海岸線に沿って進まねばならず、波間を見計らって狭い砂浜を駆け抜け、大波が来ると洞窟などに逃げ込みましたが、途中で波に飲まれる者も少なくなかったそうです。危険な波打ち際を駆け抜ける際には、”自分を守るのが精いっぱいで、親は子を忘れ、子は親を顧みる暇がなかった”ことから、”親知らず・子知らず”と呼ばれるようになりました。そして、江戸時代の参勤交代では、加賀藩主は、親不知・子不知を往来することが必要になりました。その際は、500人くらいの”波除人夫”が近隣から集められ、この人夫達が人垣をつくって波濤を防ぎ、加賀藩主を通した...バスで行く「奥の細道」(その32)(親知らず子知らず)(新潟県)2019.4.10

  • バスで行く「奥の細道」(その31)( 直江津:春日山城(100名城))(新潟県) 2019.4.10

    (写真は、春日山城の土塁と堀)大変です!、越後時の芭蕉にトラブル発生です!「曽良随行日記」によると、出雲崎を出た芭蕉は、象潟の門人の紹介状を持って、次の宿泊予定地「柏崎」の豪商・天屋弥惣兵衛を訪ねます。しかし、何かが不快で、怒って、この天屋を飛び出してしまいます!天屋の家人が2度も走ってきて引き留めましたが、怒りが収まらないのか、芭蕉は聞く耳を持ちませんでした。芭蕉は、雨が降りしきる中を、何と!、米山峠を越えて次の宿場の鉢崎まで、一気に16キロも歩き通しました・・・驚き!!芭蕉は、江戸では超売れっ子の”大スター”なのに、ここ「柏崎」では無名の”一般人”扱いをされたので、怒りが爆発してブチ切れたのでしょうか。「曽良随行日記」を読み解いているうちに、「奥の細道」の本文からは分からなかった、生身の芭蕉の人間らしい気持...バスで行く「奥の細道」(その31)(直江津:春日山城(100名城))(新潟県)2019.4.10

  • バスで行く「奥の細道」(その30)( 出雲崎:妻入りの街並み )(新潟県) 2019.4.9

    (写真は、「出雲崎代官所」の入口で、立ち上がって観光客を迎える「代官」。)新潟県の「出雲崎」(いずもざき)は、佐渡ヶ島から、海を隔て50キロ余り、「佐渡金山」から産出される「金」の陸揚げ港でした。このため、幕府は、佐渡と同様に、「出雲崎」を、幕府直轄地(7万石)にして「出雲崎代官所」を置きました。また、出雲崎は、北国街道の宿場町でもあり、更に、北前船の発着の港でもあったので、大いに繁栄しました。我々のバス旅行は、道の駅の「越後出雲崎・天領の里」で下車して、「天領出雲崎・時代館」に入ります。(500円)入口では、「出雲崎代官所」のロボットのお代官様が立ち上がって、我々を迎えてくれます。出雲崎代官所の最初の代官の高田小次郎は、当時、出雲崎では民衆の力が強かったので、「橘屋」を名主にして、強い民衆を治めようとしました...バスで行く「奥の細道」(その30)(出雲崎:妻入りの街並み)(新潟県)2019.4.9

  • バスで行く「奥の細道」(その29)(寺泊:日本最古の「即身仏」)(新潟県) 2019.4.9

    (写真は、即身仏が安置されている西生寺の弘智堂)「曽良随行日記」によると、芭蕉一行は、現在の新潟市内から、北国街道沿いに南下し、弥彦神社に参拝、その翌日に「寺泊」(てらどまり)の「西生寺(さいしょうじ)」を訪ねています。「西生寺」は、奈良時代、行基により創建されたと伝えられる越後屈指の古刹です。西生寺は、「弘智法印」(こうちほういん)が、ミイラ像のまま、”日本最古”の「即身仏(そくしんぶつ)」(注)として安置されていることで有名です。(注)即身仏修行僧が、人々を救済するために、自ら断食し、生きたまま地中に埋もれて、瞑想状態のまま絶命し、その後にミイラ化した身体。当時、ミイラ化した僧侶を祀る信仰は日本各地にあった。曽良随行日記によると、芭蕉も、この即身仏のことを既に知っていて、ここ西生寺に立ち寄りました。我々のツ...バスで行く「奥の細道」(その29)(寺泊:日本最古の「即身仏」)(新潟県)2019.4.9

  • バスで行く「奥の細道」(その28)( 新潟 ) 2019.4.9

    (写真は、弥彦山展望台からの日本海の眺め)北陸路の山々の雪もようやく解けたので、我々の「バスで行く・奥の細道」ツアーも、前回のゴールの新潟駅から再開しました。ここまでの奥の細道・バスツアーについては、下記をクリックしてください。(1千住~白河)、(2那須・黒羽)、(3黒羽・雲岩寺)、(4殺生石)、(5遊行柳)、(6白河の関)、(7須賀川)、(8安達ケ原の鬼婆)、(9しのぶもじ摺り)、(10医王寺)、(11実方中将の墓)、(12宮城野)、(13多賀城)、(14末の松山)、(15塩釜神社)、(16青葉城)、(17松島・クルーズ)、(18松島・雄島)、(19松島・瑞巌寺)、(20日和山)、(21登米)、(22湯殿山)、(23羽黒山)、(24象潟)、(25酒田)、(26念珠ケ関)、(27村上)「奥の細道」の記載には、「...バスで行く「奥の細道」(その28)(新潟)2019.4.9

  • 川越・蔵の街 2019.3.17

    (写真は、川越の町並み)前々回の川越城跡、前回の喜多院に続いて、今回は、定番の”蔵の街・川越”です。東武バスの「小江戸名所めぐり」(1日300円)に乗って、喜多院から「蔵の街」へ向かいます。川越城跡、喜多院と歩いて、だいぶお腹が空いてきたので、蔵の街でウナギを食べます。”蔵の街・川越”は、これまでに何回も訪れていますが、やはり、”川越と言えば、芋と鰻!”と言う訳で、先ずは、鰻屋へ向かいます。川越市の繁華街には、江戸時代創業の老舗を中心に、9軒もの鰻屋があります。お目当ての大正浪漫夢通りの鰻屋「小川菊(おがぎく)」は準備中でした・・・仕方なく、蔵造りの町並みの入口に戻って、写真の「うなぎ一貫(いっかん)」に入ります。鰻重(3,000円)を注文しますが、久し振りのウナギはやはり美味い!満腹になって、蔵の街をブラブラ...川越・蔵の街2019.3.17

  • 川越・喜多院 2019.3.17

    (写真は、喜多院の「徳川家光誕生の間」)お花見のブログが、御殿山、桜坂、深川と3回も間に入ったために、暫く間が空きましたが、前回の川越の「本丸御殿」に続いて、今回は、川越の「喜多院」です。東武バスの「小江戸名所めぐり」(1日300円)に乗って、本丸御殿から「喜多院」へ向かいます。喜多院は、歴史ファンには必見の史跡です!それは、1657年の「振り袖火事」などの一連の大火で焼失して、無くなってしまったハズの江戸城が、何と!ここでだけ見られるからです!「喜多院」は、創建830年の天台宗の名刹です。1638年の川越大火で、現存の山門を除き、喜多院は、全て焼失してしまいました。このときの喜多院の住職は「天海僧正」でした。当時の、将軍・家光の「天海僧正」に対する崇敬ぶりは凄まじいものがありました。大火で焼失してしまった喜多...川越・喜多院2019.3.17

  • 深川 (お江戸 深川 桜祭り) 2019.4.2

    (写真は、大横川沿いの桜)首都圏は、少しの間寒い日が続いたので、何とか桜の花がもっている様です。と言う訳で、御殿山、桜坂に続いて、先週の2日に「深川桜祭り」に行って来ました。「深川桜祭り」の場所は、地下鉄「門前仲町駅」の南を流れる「大横川」沿いの桜並木で、約270本のソメイヨシノが1.3キロも続いています。「大横川」(おおよこがわ)は、江戸時代に造られた運河で、「竪川」と交差していました。江戸城に対して”横”に流れているところから、“大横川”と名付けられました。余談ですが、大横川と交差していた「竪川」は、江戸城に対して”縦”に流れているところから「竪川(縦川)」と名付けられました。(大横川沿いの散歩については、(大横川に沿って)を見てね。)地下鉄・門前仲町駅で下車して、4番出口から出ると、徒歩3分で「大横川」に...深川(お江戸深川桜祭り)2019.4.2

  • 桜坂・福山雅治(田園調布) 2019.3.31  

    (写真は、「福山雅治」のヒット曲「桜坂」の舞台となった田園調布の「桜坂」)品川・御殿山の桜祭りの見物を終え、JR品川駅から京浜東北線で横浜へ帰る途中、ふと、「福山雅治」の「桜坂」を思い出して、蒲田駅で途中下車しました。東急の蒲田駅から、多摩川線に乗り、「沼部駅」で下車します。”福山雅治の桜坂”は、東急多摩川線の「沼部駅」から歩いて5分ほどのところにあります。大田区の田園調布本町の桜坂は、平成12年に大ヒットした、福山雅治が切なく唄う「桜坂」で一躍有名スポットになり、大勢の若いカップルが訪れるようになりました。しかし、桜坂のヒットからもう20年近くになるので、最近の若い人はヒット曲「桜坂」を知らないだろうし、当時のフィーバーは去って静かにお花見が出来るのではないか、と思ったので立ち寄ってみました。沼部駅を横切る駅...桜坂・福山雅治(田園調布)2019.3.31

  • 品川・御殿山 桜祭り 2019.3.31

    (写真は、御殿山の桜)テレビの開花情報によると、首都圏の桜も満開ということなので、一昨日(3/31)、「御殿山の桜祭り」に行ってみました。(3月18日~4月7日:夜間はライトアップ)江戸時代、「御殿山」は、桜の名所として広く庶民にも親しまれた山で、また、ここでは、将軍の鷹狩りや茶会も催されました。「御殿山」の地名は、“将軍の品川御殿がある山”に由来するそうです。幕末、黒船来航に慌てた幕府は、品川沖の江戸湾に「御台場(砲台)」を築きました。そして、この「御台場」構築ための土の供給源こそが、実は、現在の御殿山庭園の周辺だったのです!そう、現在の「御台場」の土は、何と!、埋め立て用に「御殿山」を切り崩して調達したものなのです!このため、「御殿”山”」の”山”は、削られて無くなってしましました・・・更に、明治に入り、御...品川・御殿山桜祭り2019.3.31

  • 川越城 (日本100名城) 2019.3.17 

    (写真は、本丸御殿の家老詰所)川越城は、1457年に、太田道灌が築城しました。やがて、小田原の北条氏が川越城を掌中に収めますが、1590年の豊臣秀吉の小田原攻めに際し、川越城は前田利家に攻められて落城しました。その後、徳川家康が江戸に移ると、川越城には重臣の酒井重忠を配し「川越藩」としました。1639年、川越藩主となった松平信綱は、本丸、二の丸、三の丸等の各曲輪、3つの櫓、12の門の拡張・整備を行いました。川越城は、天守閣を持たない平山城で、日本100名城に選定されています。横浜から、東横線のFライナーに乗って、乗り換えなしで、東武東上線の川越駅に着きました。川越駅前から、東武バスの「小江戸名所めぐり」(1日300円)に乗って、「札の辻」バス停で下車します。蔵造りの街並みと、川越市役所の前の道が交差するのが「札...川越城(日本100名城)2019.3.17

  • 豊洲市場 2019.3.12

    (見学者通路から水産卸売場を見下ろす)昨年10月に豊洲市場の一般公開が始まり、半年が経ちました。もう、そろそろ当初の混乱も収まり、見学者も少なくなったのではないかと、先週(3/12)、行ってみました。(ゆりかもめから見た豊洲市場:左手の黄色の丸印が水産卸売場棟、右手の赤丸印が青果棟、豊洲駅は緑の四角。)地下鉄有楽町線の豊洲駅で、ゆりかもめに乗り換えて2駅の「市場前」で下車です。私は、新橋から、ゆりかもめに乗つて「市場前」で下車しました。「市場前」駅を出ると、改札口の前は、もう「豊洲市場」の見学者コースの専用デッキに繋がっています。(豊洲市場の休業日は、旧築地市場と同様、日曜と水曜なのでご注意下さい。)「豊洲市場」は、①「水産卸売場棟」、②「水産仲卸売場棟」、③「青果棟」の3つのエリアに分かれ、飲食店街もそれぞれ...豊洲市場2019.3.12