プロフィールPROFILE

仁保裕介さんのプロフィール

住所
小倉北区
出身
東村山市

このブログでは、痛みの連鎖のある世界について、祈りを共有し、見るべきこと知るべきことを探していきます。皆がぶつかって考え込むような共通のことを書いています。 クリスチャン2世として、教会の問題、カルト化の問題について、傷を受けた皆さんと共に祈り、教会・教派主義からの脱出と信仰について、自立を目指す現実的視点で触れていきます。

ブログタイトル
真実なクリスチャンライフを求めて〜自由な祈りのため
ブログURL
http://blog.livedoor.jp/chlife/
ブログ紹介文
キリストへの祈りは生活の現場から誰にでも自由にできます。キリストは呼び求める人と共に居る方です。
更新頻度(1年)

16回 / 365日(平均0.3回/週)

ブログ村参加:2013/01/20

仁保裕介さんのプロフィール
読者になる

仁保裕介さんの人気ランキング

  • IN
  • OUT
  • PV
今日 11/20 11/19 11/18 11/17 11/16 11/15 全参加数
総合ランキング(IN) 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 978,489サイト
INポイント 0 0 0 0 0 0 0 0/週
OUTポイント 0 0 0 0 10 0 0 10/週
PVポイント 0 40 10 40 0 20 140 250/週
哲学・思想ブログ 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 13,118サイト
キリスト教 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 圏外 814サイト
今日 11/20 11/19 11/18 11/17 11/16 11/15 全参加数
総合ランキング(OUT) 73,763位 76,552位 58,862位 54,109位 54,188位 58,820位 58,764位 978,489サイト
INポイント 0 0 0 0 0 0 0 0/週
OUTポイント 0 0 0 0 10 0 0 10/週
PVポイント 0 40 10 40 0 20 140 250/週
哲学・思想ブログ 1,028位 1,085位 757位 659位 654位 743位 741位 13,118サイト
キリスト教 70位 70位 49位 46位 46位 53位 56位 814サイト
今日 11/20 11/19 11/18 11/17 11/16 11/15 全参加数
総合ランキング(PV) 14,228位 14,043位 14,512位 14,267位 13,341位 13,064位 12,963位 978,489サイト
INポイント 0 0 0 0 0 0 0 0/週
OUTポイント 0 0 0 0 10 0 0 10/週
PVポイント 0 40 10 40 0 20 140 250/週
哲学・思想ブログ 157位 156位 158位 156位 141位 136位 132位 13,118サイト
キリスト教 11位 11位 11位 11位 10位 10位 9位 814サイト

新機能の「ブログリーダー」を活用して、仁保裕介さんの読者になりませんか?

ハンドル名
仁保裕介さん
ブログタイトル
真実なクリスチャンライフを求めて〜自由な祈りのため
更新頻度
16回 / 365日(平均0.3回/週)
読者になる
真実なクリスチャンライフを求めて〜自由な祈りのため

仁保裕介さんの新着記事

1件〜30件

  • 自分を追込み、何かに縛られ、罰することでしか頑張れず、動けない

    親や家族に否定されて育った人が、教会でまた罪の指摘をされて自分を否定されても、無意識に「ここが居場所だ」と感じてしまう、そんな問題があります。愛や救いにおいて完璧であれと言われても、決して完璧にはなれません。完璧であれば味方、罪があれば敵

  • 人が人であるために、私が私であるために

    罪の指摘は、人を殺すためでなく、生かすためです。また、罪の指摘や信仰の指導は、人をコントロールするためではありません。キリストに出会うためです。キリストは自由を与え、人を生かします。しかし、人は人を縛りたがります。教会や牧師が人を縛るのは、まさに地

  • 自分が借り物ではなく、本気で、本物であること

    社会生活や勤めや、教会での悔い改めや奉仕で、しなくても良いことをしていると、本来の自分のあり方の一部を失って心をなくすことがあります。私たちの心の願いがどこにあるのかだけは、いつもしっかりさせておく必要があります。支え合い、誰かに頼って生きる部

  • 教会で失ってしまった賜物や存在価値を回復する

    私たちは必ず何かの影響を誰かに与えています。誰かに言われたことがある、自分にある良い影響力について、私たちが注目していなかったり、軽んじてきた面があるかもしれません。私たちの存在価値について、教会が視点を外して、牧師の教えだけに注目させられていたかも

  • 乗り越えるために、心の平穏と冷静さが欲しいのに

    乗り越えるために、心の平穏と冷静さが欲しいのに、リラックスや冷静さを邪魔する『不足感、脅迫感、焦り』があります。原因として、他者の要求に応え他者に服従する決心を迫る教えやしつけがあります。私も長い間そんなものに支配されてきました。切り分けて客観視する

  • 伝道の目的、教会の目的は、「求める心」を持つ人のため

    牧師でも教会員でも神を求めないで、勝手にすり替えることがよくあります。他人事ではなく、私たちの心が求める像に、神を近づけたい思いがあります。神を自分の思い通りの『理想像』に取替え、身勝手に、欲望のまま、福音をねじ曲げて人を支配し、教会が神から離れた虐

  • 弱くなければ負えない十字架がある

    成長や「証し」とは、強い人になること、違う誰かになることではなく、置かれた自分の内外の問題や現実の状況から物事を見て、十字架と重荷を負い、隣人の救いを願うことではないかと感じます。しかし、理解力、共感力に優れた領域が「弱さ」にフォーカスされ、「普通

  • 脱会者、脱出者には、真実な祈りがあったはず~その葛藤は聖書が言う「正しさ」です

    聖書が言う正しさとは、心砕かれ、貧しく、悔いた思いで神に祈ることではないでしょうか。「私は私の罪を知っています」と言えるなら、それは大きな幸いです。だから、私たちは何を探求すべきかと言えば、自分の内面にある真の心の姿、罪ある姿を知り、しかしそれを恐

  • 罪赦されることと、心がまっすぐなこと

    主は世界中至るところを見渡され、御自分と心を一つにする者を力づけようとしておられる。歴代誌下 16:9a 新共同訳https://bible.com/bible/1819/2ch.16.9.新共同訳心をつくして主に信頼せよ、自分の知識にたよってはならない。 すべての道で主を認めよ、そうすれば、

  • The Light of Eternal Agape

    The Light of Eternal Agapeの翻訳は『永遠の【(神の、無償の、不変の、一方的な恵みとしての)愛】の光』【Agape】アガペー は、ギリシア語のαγάπηアガペーの愛の語が使われている聖書箇所わたしは、新しいいましめをあなたがたに与える、互に愛し合いなさい。

  • 福音派聖霊派教会の弟子訓練、セルグループ、終末論を越えて、キリストのみからだに生きる

    カルト化した組織では、その組織の一部となり目標実現の一翼を担う気になることで安心や一体感を与えます。福音派聖霊派教会の弟子訓練、セルグループ、終末論の切迫感の強調は、現実の厳しさに理由付けをして試練の肯定や必然性を覚えさせ、『負いやすい使命』を謳って飴と

  • 祈りの力は、誰でも、どこででも

    私たちが危機にあって、できることが少ない時には、祈りは特に大切なものです。あきらめの祈りでよい文句多めの祈りでよいどんな言葉でもよい祈りの形など無くてよい神に絶望し、祈ることに絶望した叫びでもよい祈りを意識していなくても、言葉

  • イエス・キリストは現場から逃げないし、弱さに伴い不思議な力を与えます

    私たちの罪も弱さも愚かさもその結果も、キリストは目を背けず、私たちのところに来て、共に居ます。私たちがたとえ逃げても、キリストはその現場を離れず見続けています。私たちが見ている戸惑いや恐れの光景も、一緒に見てくれます。これを信じると、聖書の意味が深く

  • 生きて、なすべきことのために

    人は皆誰でも、なすべきことのために懸命に生きています。神様はすべての人の行いや思いをご存知で、その人の生きる道を深く理解しています。人はそれぞれ、自分が何をなすべきか心に思え、誰かに理解されているなら、苦しくても生きようとします。しかし、

  • 自分や周りに不十分さや不満を感じても、満足できること

    自分や周りに不十分さや不満を感じても、満足できることそれが信仰かもしれないだって、もともと罪ある身を、神の目で義と認めて愛されているだけで、私たちの貢献はまったく無く、人の目にはただただ不思議なのだから律法的に完全なのではなく、恵みとして完

  • 誰の心にも主の宮が建つために、人は皆召されています~伝道とは

    「ペルシャ王クロスはこのように言う、天の神、主は地上の国々をことごとくわたしに下さって、主の宮をユダにあるエルサレムに建てることをわたしに命じられた。エズラ記 1:2 JA1955https://bible.com/bible/81/ezr.1.2.JA1955分け隔てなく、どの人の心にも祈る余地が

  • 間違いや弱さにこそ生きる意味を感じる

    人は間違いを犯しつつ、弱さに苦しみ、逃避したり、克服や努力に苦闘し、地上の短い人生を死に向かって生きる。そこにこそ、人は生きがいや生きる意味を感じています。正しさのみに生きることは実際不可能です。正しさのみに生きることを確信した心は人間らしさを

  • 傷ついた過去を肯定する胆力、頑なさを手放すための自由の祈り

    傷ついた信仰者の人生は、恨みと回復願望に頑なにしがみつく心と、それを神や受容者に委ねて手放すことの繰り返しかもしれません。旧約聖書の預言者の書も、詩篇も、使徒パウロの書簡も、祈りの中に嘆きと神を見上げる委ねと、将来への希望を繰り返し述べています。生き

  • 反省の日々。後悔は無いが、立ち直りと救い、教会カルト化問題解決の理解が難しい。

    1999年に、牧師をしていた教団の独裁化、カルト化を見て、脱出・独立を志しました。その後も、福音派・聖霊派教会内の独裁、カルト体質による問題発生は続き、改善せず、私の教会へのイメージは変わりました。教会が、人の意のままになると、人を支配する、という

  • 隣人と共に歩むために、十字架を追い求める

    自分の十字架とは?キリストの御跡を追い、自分の十字架を負いたい自分の十字架を日々追うことができるよう祈りたい。今負っているものは、果たして私の心からの願いなのか。負うべき十字架に必要なものなのか。平安なのは、自分が救われ、隣人が救われるからなのか

  • このブログの姿勢・コンタクト

    自由な心で神様に祈っていますか?祈りの言葉が何かに縛られていませんか?私たちは神様に向いて自由であり、それぞれの心の思い、叫びがあります。その自由に聖霊がおられ、必ずとりなされています。多様な祈りがあってこそ、みからだの一致ではないでしょうか。

  • 信仰・救いは、運命の縛りではない

    運命を信じる。運命に縛られる。このふたつの言い方では、運命のとらえ方が違います。人生に無くてはならない出会いを見つけ、信じられるなら、厳しい現実に必死に祈りながら愛や導きを信じられ、そこに留まる意思を保てるなら、たとえ恐れ不安があっても「信じる結

  • 私たちのみっともないところ、罪と失敗の破れ目から注がれる恵み

    永遠の命が与えられ、その恵みは、泉から溢れる水のように注がれます。その恵みの水が私たちの心に入り込む入口は、実は、みっともないところ、隠したいところ、誇れない、罪と失敗の破れ目であったりします。他人には言えない、その破れの穴から入ってきた恵みは、他人

カテゴリー一覧
商用