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プロフィール
PROFILE

大澤寺さんのプロフィール

住所
牧之原市
出身
小田原市

浄土真宗はかつて「一向宗」とも呼ばれた本願寺の宗徒で信長に11年も反抗し、その中でご先祖が生きながらえたことによって今があります。 興味の方向は「城郭と墓」です。「城郭」は建物が無いもの、墓は鎌倉期から室町期の宝篋印塔や五輪塔に思いが傾きます。近隣高天神城はじめ遠州を中心に、生まれ育った小田原界隈、当家先祖の出身地近江そして関西方面の歴史について記したいと思っています。

ブログタイトル
墓場放浪記
ブログURL
https://www.daitakuji.jp/
ブログ紹介文
相州小田原生、遠州高天神近住(相良)、戦国時代を中心に雑感を記すブログと寺のサイト
更新頻度(1年)

366回 / 365日(平均7.0回/週)

ブログ村参加:2012/04/01

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大澤寺さん
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墓場放浪記
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墓場放浪記

大澤寺さんの新着記事

1件〜30件

  • 小田原日帰り電撃墓参 北条五代を大河ドラマに 

    午前3時に起床してオオタニサンを視聴。 NHKがやめていたMLB放送を「視聴者のご要望が多いため」ということで「7回ばかり枠を」と報じられていましたがその第一回目ですね。 本来ならばオオタニサンが投げる予定でしたが1日スライドしてバッターに専念。二刀流が見られず不満は残りますが・・・ すると期待のブラボーが1本。それだけで大いに満足しました。 復調を期待しています。 次は8/1とのことですが、それまではネットで我慢します。 その後は気分を良くして小田原へ墓参に。 ここ数日は台風による荒れ模様の予報につき、今日中に顔を出したいということで、朝食もとらずに「えいやぁ」の勢いで飛び出しました。 墓参は2か寺へのお参りですがどちらも駐車スペースがないお寺で毎度難儀させられますがこれは小田原は住宅街密集地に寺といったシチュエーション(本当はお寺が先・・・)多く見られ車社会「駐車場」必携の思想がまだ芽生える以前のもの。 明治期の寺排除の困窮期に寺地を手放していった歴史が垣間見られます。 しかし今時、墓参で車の置き場を考えて、尚のんびりても合わせられないという状況はいやはや・・・田舎でよかった。 まぁ不動産の価値がナイに等しいのでしょうが、お寺としても土地がおカネに化けるのなら手放したくなる気持ちはわからないでもなし。 その手のことを考えると六本木ヒルズ下の麻布山善福寺など広い敷地で墓域もたくさんありますが「きっとスゴイ」のだろう・・・などと下世話なことを想像してしまいます。 さて、小田原というと毎度その変貌ぶりを体感するのですが、今一番に力を入れているのは「観光」ということが手に取るよにわかります。 お堀端どは、観光を全面にした新設施設も目に入りましたが今回目についた市の観光課が発行している冊子に気合の入り振りが伝わってきました。 それが以前から言われている「北条五代」をMHK大河ドラマにしてほしい・・・という訴えです。 それは毎度「次は・・・」という具合に言われているのですが、問題は「5代」の人物像を分散させて描くのはなかなか難しくストーリーがブツブツに別れて収まりがつきにくいという点。 以前「葵 徳川三代」という大河ドラマがありましたがまぁその「三代」に絞って進めるのが無難かと。ではタイトルをどうするか・・・どちらにしろ頭数に拘ることを捨てましょう。 それポイントでしょう。 さもないと明智に先を越されたように、「三好」や

  • 七曜紋手ぬぐい 500円 浜岡まで歩くのは

    日曜にもかかわらず境内参拝者はまばら。 午前中はざっと先日持ち込まれた盆栽含めて、すべての松の剪定に区切りをつけました。 気になるところはたくさんありますが、どこかで手を打たないとキリがありません。 まばらにある参拝者の皆さんはマスクをガッチリ装着してのいでたちでどなたか一瞬で判別するのは難しい。そして私。 境内作業にマスク装着の件、以前記しましたが、もはやそれはもう完全にナシ。 へいチャラの躰で境内をうろついています。 午後は久々に徒歩で浜岡方面に向かいました。 いつもの行ったっきり、向こうで適当に奥方を呼びつけて拾ってもらうという作戦です。 緑の中を蝉と鳥の声を聞きながら歩を進めることは至福の時間。法事もなく直近黒くなったとしても「障りはない」と決めつけてのブラつきです。勿論ノーマスク。車しかすれ違いませんからね。 昨日は蝉と鳥たちの声以外にいつもと違う音が耳に入ってきましたがそれが波の音。 海を実際に目にしてはいませんが、太平洋上には台風8号がありました。 この7月の台風でこの辿るコースに首を傾げる方は多いのではないでしょうか。 本州に近づくにしろ普通は高気圧のへりを回り込んで、沖縄から九州方面を「狙い撃ち」にしたものですからね。 ところがこの8号の予報進路を見ると上陸地点は福島辺り。 台風は高気圧を避けたり偏西風の影響を受けながら進みますが、パワーの供給源は海水の温度の高さですね。 いくら何でもその辺りの海水温が沖縄周辺ほど高いはずもなく、成長は限定的と思いますが、8号がこの進路を取るということはやはり以前とは違う変化、やはり気温、海水温の上昇が影響しているのでは・・・ その件、昨年もどこかで記した覚えがありますが、台風といえば即西日本の被害という連想はもはや古い考えになったかもしれませんね。 強烈台風が東京湾を襲って「レインボーブリッジ崩落」「お台場浸水」などいうニュースが起こり得るかもしれない・・・などなど歩きながら・・・ そして昨日は私の誕生日。まぁ365分の1ということだけで最近は「目出度い」より嫌悪しかありませんが息子から「いくつになった・・・」などふざけたメールが入っていました。 「何かくれるのか?」と返せば完全無視となっていました。 その前日は最近平田寺で催されるようになった田沼意次法要の日。「私」の前日ですから忘れようがありません。 天明8年(1788)7月24日の没で法要に参加された秋野

  • 繁栄も衰退の道を 岩淵廃寺跡 地球上の人類の刹那

    普通の土日ときたら、それなりの墓参の方たちとお会いしたものですが、昨日は殆ど参拝者の影が見られませんでした。 毎日のようにヘルパーさん同行で電動車椅子でお参りに来られる才次郎さんが言っていました。 「8月はヘルパーさんの同行はないので一人で来る」。 これは「表に出るのは危険だから・・・」ということのよう。 酷暑がキツイということですね。 まぁ私の沖縄時代も、この時分、街から人影が消えていました。 酷暑=危険というのではないのですがね。 何事も自己コントロール次第と思いますが。 昨日はNHKの番組「未来への分岐点」の視聴について記しましたがここのところニュースで報じられ目に焼き付いていることといえば「人々の生活の変化」に因るであろう(いやそうに決まっている・・・)「気候変動」の様。 ドイツ・ベルギーで発生した豪雨による洪水で欧州全体で216人が亡くなったといいますし中国の「1000年に一度」という洪水による地下鉄の画像やら道路に車たちをごちゃごちゃにしながら流れる水流の様子には驚愕させらています。 どちらの画像も先日の熱海の土石流画像に匹敵するものがありました。 ただし中国のその「1000年に一度」の形容についてはちょっとばかり首を傾げたくなります。 1000年前の洪水とやらと現代をどう比較できるのかというところ引っ掛かりますし「1000年」の語はとかく数的重みの方ばかりに目が向いてしまいがち。 それだけ「滅多にない自然災害」だから・・・「仕方ない・・」の雰囲気を醸し出そうという意図も勘繰りたくなってしまいます。 真っ先に「人災」を否定したいようにも感じるところ。 ダムが崩壊したという噂もありましたからね。 要は国の認識と対応力の甘さへの弁解に聞こえてくるのですね。そしてその「責任はナイ」の表明です。 中国は大河の存在から各支流の広がりが無数にあって一筋縄ではいかないことはわかりますが、これまでそれへの対応策として堤防とダムの設置をしてきたというのが歴史ですね。 ただしそれでは不十分なほど上を行く気候変動が進み対応が遅れているということを考えてしまいます。 ここでの「夏の水害」たちですがいわゆる先進国系というのがポイントです。 これまでは気候変動の被害を真っ先に受けていた地域、人々といえばその変動に加担していない、まったく関係のない(先進とはいえない)生活を送っていた人というのが定番で、それでいてかつ世界のニュース

  • 東塔院基盤と回廊発掘事業 地球温暖化警鐘の番組

    昨晩はBSの再放送「未来への分岐点」を視聴しました。 地上波では五輪オープンの番組が放映される予定とのことで7時のニュースの時間にチャンネルを変えました。 6月に放送されたものの再放送ですが、世の私の如くの五輪とバラエティ逃避組にはうってつけの避難地となったでしょう。 前後半別れていて前半が脱プラスチックを促す地球の危機的状況について。そして後半は食料システム(不耕起栽培)の改変に私たちの行動の変革(使い捨て社会からの脱却・・・「LOOP」)です。 だいたい推測はしていましたが「飽和状態になった地球」などいう表現はショッキングですね。 人類の活動を受け取れなくなったということですが温暖化がいよいよ加速して地球がこれまで人類の暴走(大量生産・大量消費)を受け止めていた包容力について、もはや限界であるとの警鐘でした。2030年までに何とかしないと取り返しがつかなくなるというものです。 特に地球を壊しているのがプラスチックの大量使用の件。 その使用済み廃プラの一部リサイクルなど微々たるもので、焼却そして殆どが埋め立てか(不法)投棄。 年間3000万トンのプラゴミが海に流れ出ているとのこと。 その陸や海で分解されるプラスチックがメタンガスを発生することがわかったそう。 冒頭温暖化によって永久凍土の氷解が進み閉じ込められていたメタンガスや未知のウィルスが開放されていることも指摘されていました。 ウィルスの増殖力も恐ろしいものがありましたがメタンガスが二酸化炭素の25倍のオゾン層破壊力というのは驚き以外の何物でもありません。温暖化がさらに温暖化の拍車をかけるという悪循環です。 とにかくプラの消費を抑えようというのがこれからの社会の、私たちの行動規範なのですがマイクロプラスチックという微細プラの問題もあり「LOOP」(使い捨てされていた洗剤やシャンプ ーなどの日用消耗品や食品などの容器や商品パッケージをステンレスやガラスなど耐久性の高いものに変え、繰り返し利用を可能にする新たな商品提供システム)などの循環システムへの変換 が急務なのです。 それらシステムを受け入れられない、努力しない企業は淘汰されるべきなのかも知れません。 どこかのストロー会社の社長さんが「それほどに早くストロー拒絶社会など訪れっこない!!」との軽口を述べていたことを思い出しますがその流れは速かったですね。 世の中は今その温暖化対策非協力には敏感になっているよ

  • 水上勉の禅僧、小僧(10~13才)時代 瑞春院 雁の寺

    「恥をかいて(経験を重ねて)大きくなりなさい」などとよく言われたものです。 その言葉は躊躇して前に進めない出来損ないの私など若衆に向かって他者の目を気にせず、ありのままで進め・・・的、まずは師からの叱咤激励の言葉ですね。よく言う「失敗を恐れるな」というやつですね。 これは成長過程にある者へ「恥」「羞恥心」というものなど一時的なものであって、それを物ともせずに遮二無二なって事にあたることが肝心であることの勧め、一種の超然、諦観でしょう。 まぁ周囲の人の思いなどを気にして、自身のやるべきことを見失うことほどの愚はありませんからね。 しかしこれまでの五輪のあれこれを見廻していてこれほどの「醜態」を世界に晒した「日本」のそのご担当諸氏に言いたいことといえば「もうこれ以上の恥は世界に発信しないでほしい」というのがせめてもの今の気持ち。 未成長のガキではないのですからね。 何から何までみっともない「恥」と思える事案が沸き上がり、また沸き上がっているような現状です。 今度は五輪開会式のショーディレクターさんとやらがユダヤ人ホロコーストを過去に揶揄していたことが発覚して解雇されていました。数日前には開会式の曲を作ったミュージシャンが「イジメ」問題でクビになっていましたね。 しかし世界の協調とか平和を大層な旗印として掲げる五輪のスタッフ様の人事それも直前になってのドタバタ劇ですからね。 それ以前のみっともない系の話となると女性差別に人格蔑視などなど枚挙に暇がないくらい。 これらをもって日本人そのものの考えが一律そうであったと世界中で受け取られるというのは一庶民として辛いことです。 ここでも昨日の通り「ドコカニイッテ、ハヲミガク」系のビッグなネガティブサプライズでした。 しかし直近その名の上がったお二人の件。 それまで私などまったく知らない人たちでしたから、それでもその名前は全国に知れ渡ったワケで・・・。 名が知れてナンボの世界と聞きますからね。 もっとも3日もたてば私の記憶から消えていくでしょうし、名前が出回った分、事が事だけに(「非道徳」の部類です)今後人様の前に出てこられるかといえば普通の感覚でいえば「もう無理」でしょうね。「サヨナラ」です。 それにしてもそれほどの国際的大イベントとなれば有り余るほどの準備期間があったはず。 その手のゲスな発想をする輩たちの性根を見抜けなかったというのもお粗末様としか言いようがありませんね。

  • ドコカニイッテ、ハヲミガク!スワッテクダサイ

    驚きました。 昨日は今週中に「応仁の乱-1467」にまで行くのでは・・・と東京都の新規感染者数について記していましたが蓋を開けてみれば昨日は1823。 天保3年、まさかのタイムワープが起こりました。この波は今回はスケールが違うような。 増え方半端ない。 「ドコカニイッテ、ハヲミガク!」・・・ これはMLBのオオタニサンを絶賛する実況アナウンサーの言葉。三振アウトとなったバッターに「家帰って寝ろ!」との表現を解釈するしかありませんが、まぁテキトーな日本語を並べていることは確か。「サヨナラ」「スワッテクダサイ」も絶叫していました。 しかしそれを聞いて吹き出している方は案外多いのでは・・・ 片言の日本語の意味不明がなぜか面白いのです。 そのNHKBSの朝のお楽しみが消滅して茫然と過ごしているわけですが、ただしあまりにクレームと要望があったとのことで「7回ばかり放送します」のアナウンスが昨日ありました。 これで少しは日々の鬱憤が解消されるかとは思います。 その「ドコカニイッテ、ハヲミガク!」ではありませんが日本でもそれと同様の意味不明の言葉といえばガースーが発する「安全安心」でしたね。 「一体何それ・・・」と首を傾げるばかりですが、ぶっ壊れたテープデッキの如くそれだけは連発しています。 リスクだらけのデタラメ五輪。 海外の選手からも「選手村ヤバイ」の声があがっているそうですよ。それって「不安」の声。「安心」など提供していないということ。 「人類がコロナに勝った証としての五輪」とかの勇ましいフレーズはさすがに影を潜めましたが大会関係者や選手たちから続々と出てくる陽性者も「安心安全」どころか「日本がコロナに負けた恥の証」にようなるような感じがしてなりません。 「五輪」じゃなくてまったく「懲りん」。 オヤジギャグまで出てくる次第、お粗末。 首都圏中心に全国的に感染者upupの様で油断の置けない流れとなりましたが私は昨日は通夜の席に。 唯一のすくいとなるものといえば牧之原市はゼロというところだけ。 ところが会場は想像以上の密状態でここでも驚かされました。 最近はどちらも感覚的に「緩み」溢れるばかりで解放感満載。通夜葬儀は県境またぎは基本アリですからね。 1年間なら「来るな」でしたが今は「殆どOK」と化していますね。緩み、油断が怖いのです。何事も。 家族のみの通夜と一般焼香の時間を分けての開催でしたが、あちらでマスク装着とはいえ始

  • 宣明とは跋陀婆羅菩薩が管理する風呂 相国寺

    昨日も気持ちいい晴れ間となりました。 昨年は浜松の「42℃」を体験させていただいた身としては昨日あたりの30℃と少々の気温ではそう暑いとは感じなくなってしまいました。 今年もその40超えを「味わってみたい」などの軽口も・・・もしまたそうであったとしたら完全に地球が壊れだしたということでしょが。 先週末には以前の恒例行事だった「真夏の徒(かち)」として御前崎まで歩こうか・・・と奥方と話していたところでしたが、お弔いの予定が入り自宅待機となってしまいました。 訃報を受けてからインターバルがありますが、やはりその葬儀が無事終わるまでは基本自宅待機となります。 よって昨日もこれまでとは別の松の剪定を行いました。 普通は緑摘みといってもっと早い時期に行うものですが、たまたま遅れてこの時期になっただけ。 要は真夏の酷暑にやるべきものではナイということでしょう。これが私の松をやっつける時期なのですが・・・。 それも1回だけ。 緑摘みに加えて秋冬にも剪定をするというのが本筋のようですが、現状それをやっているところは奇特なことでしょうね。 立派なお寺に高級料亭、そしてお金持ちのお屋敷だけ。 松は人にお願いすればコスト掛かるわけで最近は経費削減から真っ先に庭木から引っこ抜かれている植栽とも聞きます。 植木屋さんを呼べば春先に消毒も勧められますね。 松くい虫対策のスミチオンの散布ですがコロナのワクチンと同様、100%安心とはならないもので無駄になることもしばしば。 海岸端の松も各所で葉を赤くした松が見受けられます。 よって私はその薬剤散布をしたことがありません。 その時は仕方なしとあきらめるつもりです。 暑い日であっても松の剪定は日光があたっている方が仕事が比較的ラク。細かい仕事の継続ですから対象物がライトアップされて目視しやすいのです。 自宅の仕事ですから、頃合い見てテキトーに引き上げひとっ風呂浴びて昼寝。お気楽です。 さて、昨日のトーキョーの新規感染者数は1387人で先週火曜より557人up。 ここのところ「鎌倉~室町」を行ったり来たり(西暦)していましたが私は奥方に今週中には「応仁の乱(1467)をブレークするよ」と予想。 それどころか専門家によっては3000などいう数字も出していましたから超絶未知の世界もありうるかも。 乱立する松がキレイに整えられた寺といえば相国寺。 応仁元年1467に東軍の武田信賢勢が陣を置いた相国寺勝定院

  • 拙寺石垣 BSNHKとアスファルト陥没 猛暑のせい? 

    昨日もドがつく晴れ。 NHKのここへきて変てこなBS放送スケジュールの変異があってオオタニサンの放送ナシ。 まったく興味のわかない五輪関係の番組になっていました。 おそらくお国から「MLBなんかけしからん」と指摘されたことと拝察いたします。 私から言わせていただければ国民からすればその方がよほど「けしからん」。いよいよ呪われたごとくの五輪の躰になりつつありますが、もはや苦笑するだけです。 これからオオタニサン見たさにユーチューブライブの検索から朝を始めなくてはならなくなりました。 前日に大正八年生まれのお婆さんの逝去の報せがあり、今後の諸予定の連絡待ちということで終日お寺に居っぱなしでした。 ちなみに故人は孫ひ孫玄孫合わせて53名というご長寿。 まぁスケール半端じゃない。 というわけで私は続けて松の剪定のため脚立の上に。 松の剪定など本来私の性格には合わない仕事。 根気、集中力、センス何をとっても落第者。 それをやらなくてはならないのはただ松があるから・・・ 松は剪定しても1年後には勢いよく伸びて元の木阿弥、それでいてバッサリ伐ればより見苦しくなりますし、機嫌が悪いと枯れてしまいます。そもそものところ松は嫌いではありませんがね。 私の松剪定の様子を見た檀家さんからそのご自宅の庭にあるお父さん由来の松の盆栽の引き取りを依頼されました。 私は盆栽には興味がないところですが、「どうしようが勝手」とのお気楽対応を許容されて引き受けました。 あと2本小ぶりではありますが松が残っていますのでそちらも早いところやっつけなくてはなりません。 手が入っていない松ほど見苦しいものはありませんからね。 脚立の上で淡々と葉摘みをしていれば、時折奥方が様子を見に来ます。脚立といえば「落ちる」を連想してそれを楽しみに見に来るのかも知れませんが、お日様の勢いが強く、それでお頭の方も「イッている」かも・・・と気にかけてくれているのかも知れません。 私はそれでもこの門近くの松に張り付いていたのは、市の道路課の担当が来ることを待っていたということもあります。 それは朝一、門前の道路、アスファルトに陥没箇所アリの通報をしたからですが、気温が高くなればアスファルトの陥没、剥離はつきものです。 この道は通学路兼避難路になっていますので、今後それが拡大していけばケガの元となるかも知れません。 忙しいのでしょうね、私の居るときには見えなかったようですが、こち

  • 廣坂と兼六園川口門跡周辺の石垣がある景色

    日曜日のスカ晴れ。 法要が入っていませんでしたので気合を知れて境内作業となります。静波墓園の生垣が中途半端になっていますので、そちらにも行きたいところですがさすがに日曜日だけに寺に籠りっきりの一日でした。 境内は周囲の土地よりも50㎝~80㎝ほど高くなっていますが一部境界には石垣が使用されています。 河原に転がっている丸いタイプの石を積み上げたものですが墓地の台座にもそれらが使用されています。 日々頭の痛いことばかり各対策について考えさせられていますがその石垣でいえば、先般撤去した更地の東側隣地の境界と南側墓地との境界の件。 特に墓地との境界の上にはコンクリートの壁が巡っていますが各所にクラックが入っています。勿論倒壊のおそれもありますが、見苦しさは甚だしいものがあります。 会館を撤去したことによって目立つようになりました。 その墓地の排水(大雨でプールの如くになる)について相談したことのあるコンクリ屋さんの意見を聞きながらいずれはその箇所の修正をしていくことになりますが、石積みの上にコンクリの壁を載せることはしばしば石積みの動きによって壁が沈下したり割れたりするとのこと。 それを聞いて城郭等の積み石の上に立つ櫓などの建造物の重さについて想像しました。 城郭の石積みは初期の野面積みにしろ主に今残存しているものといえばその道のプロ(穴太衆・・・)が積んだもので偏に経験に裏打ちされた技術のたまものですから、この手の積み石とは違うに決まっていますがやはりその上に載る建屋を支えるものはやはり「木」であるということでしょうね。 木と木を組み合わせたものは多少の地盤の変化程度では木そのものの柔軟な性質によって正立を維持できるものだということです。コンクリでしたら数ミリの沈下がクラックを招きますからね。一度クラックが入れば経年によってそれは広がっていきいずれは崩れるでしょう。 今一度「木の良さ」というものを感じたのですが、最近は世の中もその方向性に気づいたようで世界的に木材価格が高騰しているというニュースがあります(ウッドショック)。 春先に整備中の勝間田城について記しましたが伐採した木々は谷底へ捨てるという「処理方法」でした。 まぁもっと地の利(道路が近く搬出に利便)が良い諏訪原城でもそうでしたが「なんか勿体ない」を感じるわけですね。 搬出に経費がかかり「ペイしない」というのが理由のようですが、「御自由にどうぞ」の有効利用の

  • 金沢城 鯉喉櫓台復元石垣と背後の段改変の石垣

    昨日のお天気は今年一番の好天に恵まれました。 突き抜ける青い空はまさに夏、爽快な季節となりました。 気分よく午前中は法事に、午後からは史跡研究会にて雑談会。 私は何か出し物を・・・ということで今回は「一橋様御支配之節」の文書を持参しました。 奥方から「自慢かよ・・・」と指摘されましたが、「お寺にとって古き良き時代のお宝」・・・と言い残して出かけましたが「まったく意味不明・・・」と。 その文書が包まれていた「一橋様~」の表題のある切紙(リンク先ブログの④)を紛失して真っ青になっていたところを「やれやれ」感満載の顔で見返されましたが、心当たりのあった役場の駐車場に取って返すと植え込みの中にさりげなく置かれていました。 車を降りた際に落として2時間30分の間この付近に存在していたのでしょうが、きっとどなたかがそこに差し込んでおいてくださったのでしょうね。 私は風下を探そうと心得ていましたが植え込みの中とは有り難いことでした。 偶然が良き方向に向かってラッキーだったわけですが、奥方からは大事なものなら①持ち歩くな②落とすなと罵られました。 私は「拾い返した」と即反論しましたが、いつもの「バカなの?」と言われて問答は終了。 私が「バカなの?」と思わされることといえば「バッハの歓迎パーティが迎賓館で・・・」の件でしょうか。 あれだけ顰蹙を買っている中国人と日本人を混同しているかに思える「貴族野郎」をパーティを開催して煽て上げるとは・・・ですね。 国民には「やめなさい」の制御の文言多くして自分たち特権階級は何でもアリの躰というのはいくら何でもダメでしょ。 も手を挙げてそれを許容する方、探すことは難しいのでは? 反発の声が沸き上がることは、想定外だったのでしょうかね。 やはり私と同じバカでした。 単細胞の私が思いついたのは「自粛するヤツはもっとバカ」「大阪、京都に奈良に滋賀 美濃に越前も加賀も・・・ どちらにしようかな~」です。 そして昨日も記した熱海土石流の件。 この世界の専門家の声が寄せられていましたが「完全な人災」との判定。 ところが静岡県副知事のそれ(人災)を匂わす意見について、昨日は「今後はその手のコメントは差し控える」との談。 これに違和感を覚えましたが、ハッキリ言って裏から突き上げがあったかと思うのがスンナリ行くところですね。 一般論で言えば「まだ科学的見地からの確証がないのに」「推論を公言するな」とのお叱りを受け

  • 相良海水浴場の開設 熱海はどうだろう・・・

    今年の相良海水浴場は開かれます。 海水浴場が開くとなれば「海難供養」がオープニングイベントとなりますので相良の仏教会そして私にもお声がかかるわけで8時30分すぎに会場へ向かいました。 良きお天気で心地よい風が吹き渡り、これまであまり経験したことがない絶妙の「海開き」でした。 てっきり今日こそ梅雨明けの「宣言」かと思いきや東海地区はまだのよう。 「宣言」の重みは殆どナイに等しいですね。 尚海開き法要は今年1件だけ建てられた海の家で行われました。 そして8月の灯籠流しについては中止とのこと。 まぁ判断の理由はいろいろあるのでしょう。 その大した仕事でもない時間を過ごしたあと(導師は平田寺さんで私は同座するのみ)は静波の墓地の草取りと生垣の剪定に向かいました。 待ってましたの季節ですから。 この時間が来るのを待っていました。 これまでは息子にその仕事をやらせておいて自身自坊にてふんぞり返っている楽ちんでしたが、今はそれは無理。 ということで去年はまるまるサボって生垣はボサボサというわけです。 奥方のヘルプで今回は2~3日かけようという作戦ですね。 3時間ほど軽トラ半分程度を積み込んで「今日はこのへんで許してやらぁ・・・」と捨て台詞を残して撤収しました。 充電式のバリカンと刈込ばさみを駆使、腕を伸ばしての久々真面目な作業は関節と手の痛みを招き、集中力もダウン。 そこへきてアシナガバチの巣と遭遇、「まともにやっちゃあいられない・・・」というところ。 奥方は「日焼けしたじゃないか」と怒りギミでした。 さて、熱海の土石流は殆ど人災ということを示唆していた静岡県副知事さん。それは「盛り土」がすべてということになりますが、その件あまり早いうちに公言されるのは困る人もいるでしょうね。 よて副知事さんのその判定について、「よく言ってくれました」というところ。 誰もがそれを思うところですが、確証がナイということでうやむやにしてしまう(責任を・・・)というのはよくある話ですからね。 「激甚災害の指定」となれば地方の財政負担が助かることになりますから当初はスグにでも指定?・・・と思いましたが、人災に激甚災害の指定があるの?というのが単純な疑問となりますね。 それでいて政府は早いところ「天災につき激甚災害に指定」したかったのかも・・・などとも考えてしまいます。 天災でないということは人災。 人災なら責任。当然に連想するところです。 その重き責

  • 忍辱山円成寺苑池の天文と元亀の板碑 +石仏残欠 

    昼間のクマゼミの合唱と青空の下にいて「さすがに梅雨明」と思いきや夕刻になってもそのアナウンスはありませんでした。 昨日も落ち着いて家にいる時間がありませんでしたのでのんびり天気の状況を眺めることはできませんでしたが、やはりいいお天気は当地周辺限定だったのでしょうかね。 ニュースとしては東京の感染者が新たに1308人出たというのがありましたが、その件大方の予想通りでさして驚きはありません。ド田舎住まいの私に軽口を叩かせていただければ、あのトーキョーの人々の動き、流れを見ていれば「さもありなん」。 そちらに足を踏み入れさえしなければ、「安心安全」かと思う次第です。 ただしその語「安心安全」を口にする者はその語そのもの以上にそれを発した人物を「信用するな」が頭に刷り込まれてしまったようです。 五輪水際対策などボロボロの穴だらけということもわかってきたところで。 とはいえ先般の盂蘭盆会にて東京国立博物館で催される「聖徳太子と法隆寺展」にGO!!などと宣伝したばかり。そこへきてこのザマ・・・「足を踏み入れるな」などとはいえません。 まぁワクチンを接種された方はこっそりと覗いてきてくださいな。奈良と違って人だらけですからね。あちらは。 またワクチン全員接種済みの搭乗員のイギリス空母で現状100人が感染というニュースもありましたから、ワクチン接種が完璧とはいえないようで。軽く済むとは聞きますがすべてのことがまともに聞いていられない「話半分」の世界になったようです。 さて、昨日に続き忍辱山。 円成寺浄土式庭園の苑池の南側の淵、道路沿いの土塁の下に室町期(天文と元亀)の板碑があります。③がお揃いの図。右奥にお店の建屋が見えます。 ④の手前の上部が欠損している板碑。 半分欠損している梵字から大日如来(胎蔵界 ア)をあしらっているようで現状判別不可ですが 藤原七郎次郎家友 一見卒塔婆永離三悪道 (梵)ア 何況造立者必生安楽国 元亀二辛未(1571)八月十五日 そして⑤の上部山形形状とラインのハッキリ残る板碑には 一和尚法印 泉教 天文二(1533) (梵)ケン ウーン ラ ビ ア 法界 施主 法印栄助大阿闍梨一聖 卯月廿八日 とのこと。 この梵字の解読は私が確認したワケではなくあとになって史料(奈良県史)を参考に記していますがこの梵字の羅列「ケン ウーン ラ ビ ア」について大日如来三身(法身 報身 応身)という真言がありますがその「

  • 一生すぎやすし~たれか百年の形体を 保つべきや

    夕方になって晴れ間がのぞきましたがドカンドカンと比較的「近い」を思う落雷タイムがある不順な一日でした。 それでいて北陸方面が梅雨明けとのことで少々不思議に感ずるところもありますが、あと少々の我慢ともいえて週間予報をあらためて見てみれば以後☼マークが勢ぞろいしていました。 とりあえずは梅雨という嫌悪すべき時間ははやいところクリアしていただきたい。 昨日の法要では蓮如さんの御文「五帖―十六 白骨」の件 「一生すぎやすし 今に至りて たれか百年の形体を 保つべきや」 「百年の形体」について少々。 故人の年齢が九十六歳だったということもありますが、その「難しい」形体の維持をし続けて生きること、生かされている奇特とその一所懸命の姿を追いかけてそれに追いつけずとも今度は「私」が気張って生きることの気概、その大切さについてお話させていただくました。 要は与えられた「私の人生の<時間>」、「その時」まで気合を入れて生きるといったところでしょうか。 ネガティブ(四門出游)から始まる人生の希望です。 私の叔母が大腿骨を骨折して病院付属の介護施設に入所していることをブログでも何度か記していますが浜岡の独り住まいからそちらに入ってスグ「電話で話を付ける」といいながら「今スグ出せ」の主張をしていたのでしたが、だんだんと落ち着き尚慣れて今はその場を楽しんでいるとのこと。 最近は「頼むから歩き回らないでくれ」と担当者が説得しても「ちょっと遊びに行ってくる」といいながら施設内リクレーションルームやら他の入所者の部屋に行き浸っているとのこと。 友達ができたというか対応力の速さにおそれいったところです。「黙っていれば御飯が三食出てくる」「独りで居るより楽しい」「環境は快適」ということがわかったようでそれはそれで私はひと安心したところです。 施設の危惧としては活発に動くので「また転んで骨折するかも・・・」と心配の談。事前にそのときの了解を求めてきたほどです。 活発に動いてくれるならそれでOKです。 転ぶことを考えていたら何もできなくなってしまいますから。 その蓮如さんの御文の記述、あっという間の「百年」について語ったあと、帰宅すれば叔母の施設から前1か月の締めの請求書と叔母からのメッセージが届いていました。 昨日は私の「体力の消耗キツイ」とボヤきましたが叔母の方はいたって元気、痴呆の進行もないそう。 ワクチンの2回を打っても副反応一切ナシ

  • ニンニクといえば忍辱 円成寺室町期阿弥陀と2地蔵

    続けて当地は朝から青空に恵まれました。連日の好天です。 そしてこれまでと違ってまさに真夏の陽射しが・・・ 昨日は私事、朝から西へ東へと動き回っていましたが直射日光の下に車を少々置いただけで車中は強烈な温度に。 帰宅は午後3時過ぎでしたが、今年一番の気温に疲労度は久々にアップ。体力の消耗が殊にキツイと感じる一日でした。 年齢のせいにはしたくありません。 季節の変動の中にいてこれは徐々に慣れていくにちがいないことと考えたい。 自坊に帰って遅い昼食を取るとスグに睡魔に襲われて畳の上にゴロンと。2時間も昼寝をしてしまいました。 西日のあたる部屋に寝たことを後悔しました。 昼寝としては長すぎでこれではあまりいいことではありませんね。 さて、昨日は当家の「ニンニク」大好き人間(奥方)について記しましたがその音を仏教の語で記せば「忍辱」。 「侮辱や苦しみに耐え忍び、心を動かさないこと」とあります。「忍辱波羅蜜」(六波羅蜜-布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧)。 その「忍辱」といえば奈良円成寺が思い浮かびますが、先日あの崩壊間にも思える十三重塔を記しましたが道路を隔てた駐車場前の「うどんのおいしい店」と季節感の違う塔の画像がありましたのでそれを追記すると同時に詳細記述をしていなかった石仏の件、思い起こしましたのでこちらに。 以前ブログではさらっと画像をあげただけでした。 円成寺の室町期の三体石仏です。 勿論こちらは拝観料を支払うエリアとなり本堂の西側にあります。 面白いことに現在の三仏の並びは以前とは違っているのです。 ⑤が現在の図で左から⑥⑦⑧と一番大きな阿弥陀さんの石仏が中央に鎮座し、あたかも阿弥陀三尊の形式をとるかのように設置されていますが、昭和の頃といえば⑦と⑧が入れ替わっていて阿弥陀さんは向かって右端でした。 現在のバランスの方がやはりしっくりきますがそもそも地蔵・地蔵・阿弥陀を3つ並べたとして中央に阿弥陀さんを鎮座するのが何よりには思います。 ということで阿弥陀さんが主役と考えますが、これらは当初から3体並べることを意図したものではないですね。 花崗岩製の一番大きな阿弥陀さん(定印)の頭上に阿弥陀の種子「キリーク」がよくわかります。 脇に「天文十九年(1550)二月十五日重栄」と。 ⑥⑧とも錫杖と宝珠の地蔵。 ⑧には「永禄元年八月廿四日」。 石仏の並びの修正はともかくとして、こちらでもあのヨダレ掛け、何とかならないか

  • 他人の靴を履いてみる 黒ニンニクを作ってみる

    昨日も当地は朝から晴れ。 まぁそれは主に午前中。気持ちよくクマゼミの声が聞こえました。ただし盛夏のクマゼミ大合唱の境内にまでにはまだ至っていません。 午後以降曇天となり夕刻にはポツポツ程度の雨がありました。 世の天候は不安定の様。「静岡県内」というくくりで午後になってから竜巻等の発生やら大荒れになるとの予報が発せられたものですから奥方は洗濯物の取り込みに急ぎバタバタしていました。 以前、檀家さんが法要時の動きの参考としてスマホで雲の動きを見ていたことからその情報は法事前の確認は当然ながら、プライベートで山歩きその他何をする際も得るべき情報として便利なソフトと思い先般取り入れました。 それが気象庁のサイト「ナウキャスト」(「雨雲の動き」)「キキクル」(危険度分布)です。 大雨が長時間続くなどいつもと違う変異を察したら「記録的短時間大雨情報」や「指定河川洪水予報」などに切り替えてみれば事前の行動規範となりますね。 奥方が洗濯物の取り込みを行う前に私はテラスの屋上に投げ上げていたスニーカーたちを回収。 朝の好天に一昨日洗って一晩軽トラの荷台に置いていたものを、さらに完全乾燥させようと目論んでいました。 黒色屋根の放射熱と風通しの良さは最高の場所ですからね。 どちらにしろPCからその「雨雲の動き」を見ていれば当地はいつもの如く「大したことなし」がわかるわけで。 さて、表記「他人の靴を履いてみる」とは今や社会に耳慣れてきた「シンパシー」の対義語「エンパシー」について「一言で語れば・・・」と形容された語のようで、自身の感情ではなく他者の気持ち(喜怒哀楽)を共感することをいいます(『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』-本屋大賞-)。 これもまたよくいう忖度の類と違って自身の意見と対峙したりこれまでの既成の考えである人種、宗教、富の格差による「違う人たち」の声をよく聞いて一緒に考え、受入れようとする方向性です。 相手の立ち位置に自分も立ってみるという姿勢が「他者の靴」をイメージしたのでしょうね。 それは聖徳太子の十七条憲法の15条「私あれば必ず恨あり」に通ずるものがあってその「他人の靴」こそがこれからの私たちに行動と心情に一つ置いておかねばならない考えでしょう。 さて、最近は奥方がどっぷりハマりこんで集中しているのがクロニンニクの製造。 それをよそで教わったのがつい最近のことと思っていましたがみるみるうちにその技量は熟

  • 多々のごとくすてずして  阿摩のごとくにそひたまふ

    昨日で晴れが3日続きました。 自分的には「梅雨明け」ですが、気象庁も慎重のようです。 色々な場所で線状降水帯が発生してドカ雨を降らせていますからね。 梅雨明け宣言もそうですが「宣言」などいうものがいかにアテにならないものか。 まぁお天気の方はあとになってからでも「実は・・・」という具合にその宣言があったりしますからただの気分程度のことと割り切れますし、さしてどうでもいいこと。 しかし好天は何よりのことなのです。 昨日も4回に分けた盂蘭盆会法要のうちの3回目が催されましたが朝から日光に恵まれベストコンディション。 御多分に漏れず皆さんより「暑い」の連呼がありましたが、各地に見られる土砂降り荒天の景色とは真逆であってそのこと(暑さ)に文句を言っちゃあ・・・申し訳ないこと。 それほどの「仕合せ」がないと実感しなくては・・・ 恵まれているのですよ、相良の衆。そしてこの私も。 さて、盂蘭盆会の御和讃の拝読タイム、私は聖徳奉讃6首(正像末和讃83~88)と決めています。 これは今年の聖徳太子1400年御遠忌に合わせたものではなく盂蘭盆会といったらコレということで。 なぜならば親鸞聖人は聖徳太子を観音菩薩の化身であるとし、また父として母としてあると仰っているからです。 聖徳太子関係の和讃は親鸞さんの80歳代のものばかりでいわゆる最晩年。 父母への思いが噴出してきたとしても不思議はないところですがその件、人として「そんなものなんだろうな・・・」と納得もさせられます。 私はまだまだその域に達していませんが。 そして私が毎年その聖徳奉讃の拝読する夏、毎度感動する場面が出てきます。 それが 「救世観音大菩薩 聖徳皇と示現して 多々のごとくすてずして 阿摩のごとくにそひたまふ」 そして 「無始よりこのかたこの世まで 聖徳皇のあはれみに 多々のごとくにそひたまひ 阿摩のごとくにおはします」 の「多々と阿摩」の件。 この「多々」が父で「阿摩」が母であることは推測できます。 そのあとに続く 「大慈救世聖徳皇 父のごとくにおはします 大悲救世観世音 母のごとくにおはします」 かつてその和讃を拝読し始めの頃、素人目にもその意(父と母)を間違いないと確信に至ったわけですが、私はその際、「ウソだろ・・・」とも感じたものです。 その音が「多々」(タタ 父)で「阿摩」(アマ 母)。 そうです、タタはパパでアマはママ。日本ではもちろんのこと西欧世界でも使わ

  • 盂蘭盆会法要は全4回分散 兼聖徳太子1400遠忌

    昨日2回、本日1回そして8月8日(日)の全4回の盂蘭盆会法要。 昨年より1回減らしました。 他のお寺さんがどのような方式でコロナ禍の法要を行っているか知りませんがお盆の法縁をだけで4回もやれば十分とそこで落ち着きました。 どちらにしろ3回というのが毎年の流れでしたし。 昨日の相良はというか静岡県は、朝からシャキッと晴れてこの自然からの思わぬプレゼントに阿弥陀さんへ感謝の念を告げました。地方によっては九州など土砂降りの画像が入っていましたので法要当日ということもあってこの晴れには感謝してもしきれないくらい嬉しくありました。 オオタニサンのホームランと同じ、朝一青空に向かってブラボーと発しながら舞鶴殿のトイレ片付けをしていました。 今年の盂蘭盆会のテーマは聖徳太子。聖徳太子の1400年御遠忌にのっとってです。 ということで通常本堂余間に七高僧と並んで掲げられている聖徳太子のお軸を外陣との結界の真上、参拝者の目前に引っ張り出して紹介させていただきました。 太子16歳の孝養(きょうようず)といわれるものでいわゆる聖徳太子像のうち他を圧倒する構図-角髪(みずら)を結い柄香炉(えごうろ)を捧げ持つ童子形です。 柄香炉も右手で持って左手で添えるというパターンですね。 これは父の用明天皇の病気平癒を祈願する姿といわれてる孝行姿。「孝養図」(きょうようず)というお決まりのパターン。 その姿の木造の16歳、なみさんが大奥働きから持ち帰った聖徳太子像もそのお軸の下に安置しあらためて紹介させていただきました。 お軸とは違って既に何回か法要の度に出張っていただいています。 お話の最後にご案内したというのは東京国立博物館の聖徳太子1400年遠忌記念 特別展「聖徳太子と法隆寺」の件は普通の流れでしょうね(サイトがありますのでググってください)。 昨日のトーキョーは950人とコロナ花盛り。 博物館に行きたいのはやまやまだが「ヤバくて行けない」というのが本当のところ。 言わせていただければそんな数字は殆どの人が予測していたところで、「奥の墓道」氏などはスグにでも「千の風になって」ならぬ「千の風邪になって」となることを確信していました。 専門家の予測では2000、3000あり得るとまで。 五輪開催中にはひょっとすると・・・ 静岡県の五輪サッカー会場には人を入れるといいますが、他会場が無観客を決めている中、それヤバいのでは?

  • 聖徳太子の墳墓へお参り 一遍上人聖絵

    ここ2.3日案外当地は雨がないのです。 ポツポツ程度のものはありましたが、植木鉢の土はカラカラに乾いています。 かといって何時降りだすかわからないような空でもあってホースを持ち出してガッツリ散水する気にもなれず。 ハッキリしないというのはお国のコロナ対策と同じで困りますね。 まぁ矛盾だらけということですが、やはり今一番に感じることといえばワクチンの件。 どんどんワクチン接種しての大号令、地方の行政担当部署の尻腰を叩いておいて、今度は打つのをやめてください(ペースを落として・・・)ですからね。 要は「ワクチン足りなくなっちゃった」ということなのでしょうが、品物の数量について当初からわかっているはずにもかかわらず、それが予見できないなんて、やっぱ「バカなの~」と思うばかり。 ちなみに当家ではその言葉、ブームになっていますのでたびたび失礼します。それは奥方からもよく言われている語です。 まぁ仕方ないことですね。 ガースーが手に入りもしないワクチンを大風呂敷を広げ期限まで指定してその接種完了とコロナ後の「復活」を自身ありげに語っていましたね。 それを「かたり」と言わずして何というのでしょう。 安心・安全を連呼しつつそのワクチン供給の万全を自身の安泰とその夢(五輪開催実現)のために騙り、その真実を知った国民のガッカリはいかばかりでしょう。 まぁ私はその手の大風呂敷は大いに予想していましたので、まぁいいか・・・とどうでもよし。 とは言いながらもその副反応とやらの体験をしてみたかったところでもあって、少々残念でもあります。 そして盂蘭盆会の候、これから大小法要が開催されていきますが昨日は本堂内の片づけと清掃の一日でした。 雨降りでないのは絶妙でした。気づいたことといえば扇風機の件。 それらの活躍の時節といえば7~9月の3か月程度であとは本堂の端っこに片づけてあるだけです。埃にまみれて。 比較的参拝者の多いこの時期は涼を求める意もありますが強制換気に配慮しなくてはなりませんのでそれらを引き釣り出して電源テストをしたわけです。 すると2台が少々の唸り音を出して以後不動。 「これはヤバい」と思ってコンセントを抜くのですが思うにこれは本堂内の空気は劣悪、澱んでいるからでしょうね。 モーター内もおかしくならないワケがない。 昨日は殺人的湿気もあって不快感よりアップ。 それは何も堂内に限ったことではありませんが、扇風機の壊れやすいのは空気

  • そろそろヤバいよ十三重塔 奈良円成寺 崩壊危機

    五輪開催の地トーキョーの再々々々の緊急事態制限とやらのお触れがありました。 その挙句「五輪だけはヤル」には大いに呆れますがしかしその宣言、「します、しません」の動向にいったい何の影響があるの?と感じるばかり。 「一つのメッセージ」というハナから割り切っているフシもありますがハッキリ申しあげてその宣言、効果ナシの感。 あたかもママごと遊びの「宣言ごっこ」の様で・・・。 都民のみなさんの今のごく活発な現状を見て「もはや何の自粛を期待しての宣言なのか・・・」というところと同時に「五輪はヤル」の前提があってのまっく奇妙な発信でした。 記者会見の様子がテレビモニターから流れていましたが、私が合点したところといえば記者団の質問に対してガースーはまったく「応えていない」ということ。 記者の質疑にはまともに「応じるな」、世間話と過去の思い出話でもして「誤魔化せ」とでも念押しされているかの如く。 いつもすれ違いで噛み合わない問答。 アホらしくて聞いていられないレベルでテレビを点けっぱなしにしていたことを後悔したほどです。 さすがにあんなのでは通用しないでしょ。普通の社会では・・・。 友人「女墓場」の人を揶揄するときの口癖「バカなの~?」を思い出しますし、そもそもまともな会社のプレゼンや会議であのザマだとしたらボコボコにされますよ。 それがまかり通ってしまうのがこの国の政治屋ならではなのでしょうね。 「責任はどうしてくれるの・・・」という記者の質問には「はぐらかし」の技を使っていましたが、その場はそれでおしまい。 まったく彼を甘やかししすぎですよ。 デルタ株の国内浸潤と今後もっと強烈な、ワクチンの効きにくいラムダ株の蔓延が予想されているのにね。 世界はきっと面白がってトーキョー五輪を「応援する」といいながら見ていますよ。 さすがに昨晩になって無観客を決めたようですが。 私は「野球はMLB」と決めています。 かつては子供たちを連れて球場に足を運ぶほどでしたが今はテレビでも国内のプロ野球はまったく視聴しなくなりました。 今朝も早朝からMLBのディゲーム、オオタニサンの雄姿をテレビモニターに噛り付き、適宜横浜の「奥の墓道」氏と戦況について各持論をline交換。それが日々の楽しみになりました。 昨日も一日の気分高揚の指標である1ブラボー(ブラボーは私どものいうホームラン)があり、まずまず。 ハッキリ日本と違うこと(笛に太鼓にラッパの「応援」

  • 日吉神社裏山「塔の森」 奈良~平安期の十三重塔

    人の思い通りに木々を伐採し森をなくして私(人)のために土地を耕作活用しようと活動してきたのが歴史でした。 当初は主として稲作用の土地開墾が江戸期に入って、より上等な生活のためのインフラの整備・・・人口増に伴う宅地開発と「自然」を相手に大鉈を振るい本格対峙を始めたのが近年のこと。 一見、人が制圧したかと思われる「自然」に今、大攻勢にあって反省を促されているというのが現代ですね。 要はこの50年、いや明治以降「経済」を旗印に人々が狂喜乱舞したそのツケをこれから支払っていかなくてはならないといった構図かも知れません。 どうやらすべてが無謀な計らいだったようですね。 地球の温暖化を進めまたその温暖化をストップできる力量が追い付けない様を見せられています。 毎年毎年梅雨といえば前線が長い間停滞し、ドカ雨が降り続け大災害が起こるというパターンは今後長く続くのでしょうね。 一説にこれまでは比較的九州など西日本に多かった豪雨が東日本以北に移ってくるといいます。 まぁそれはそれで日本全国均等に被災地として巡ることですから平等といえるかも知れません。 いつどこでどのようにして自然災害に巻き込まれてしまうのか、人々は常時頭の中に入れておかなくてはならないということですね。 どちらにおいても先達の手掛けた開発とそれに付随する構造物が建ちまくっていますが、それら更新時期も同時に来ていますし、自然は温暖化によっていよいよ狂暴化していますからね。 「人の作ったもの」「人の考えたもの」「人そのもの」の信用というものが危うくなっている時代です。 熱海の土石流の起因となった「開発行為」・・・経済活動・・に大きな「不信」を思いました。 勿論利便性を追求しつつある私の反省も。 私は森の中を歩くことが少なくありませんが(主に山城歩き)木々に覆われた森林は神聖な雰囲気とうまい空気に浸って気分は最高潮に達します。 それはどちらにおいてでも享受できる自然の恵みですね。 今、山の土砂崩落について言われていますが山を歩いていて時に崩落個所を目にしますが、その「壊れているもの」といえば殆ど人間の工作物です。 橋にしろ道にしろ壁にしろ・・・それを思うと高速道路の高架にトンネルに橋梁・・・いつ崩壊しても不思議ではありません。 勿論拙寺本堂もそうですが「人の作ったものは滅びる」もの・・・などと思い出して少々の空しさも感じるものです。 ただし鉄筋コンクリートの崩壊は木材の構

  • 一昔前なら改元? 時衆の衆徒は戦場へ 檀那の所望 

    昨日、あの熱海の土石流の起因となった盛り土の土地の所有者の弁護士とやらが「法的責任はナイ」と断言していましたが、それはちょっと違う・・・と感じたのは私だけではないのでは・・・ 要は雇用関係(古い言い方だと弁護士から見て「檀那」-スポンサー)ということになりましょう。 弁護士はその「法外」の印象を広げることよりも自身の忠誠を「檀那」にアピールしたかったのでしょうね。 「責任がナイ」の理由がその人地権者は投資家で、ただ「買っただけ」何よりその土地の盛り土の件は「知らなかった」というところ。 法的に民法上「知らなかった」はしばしば免責対象になることがありますが、土地の登記上の所有者というものはその果実もそうですがすべてその瑕疵の責任を負うのが当然の事。 どう考えても「知らなかったから法的責任はナイ」は通らないでしょうね。 ただし東京では無免許運転で事故を起こしてもタイホされない人もいれば広島では買収事件のおカネを貰っちゃった皆さんもお咎めナシ(罪を問わない)という事案を目の当たりにしていますのでこの熱海地元の資産家の事案、本当に「知らなかった」がまかり通ったりして・・・いつもバカをみるのが民の衆なのでしょう。 それにしても思うことといえば疫病蔓延と災害の時節、こういう悪いことが重なるとまずは為政者から持ち上がってくるのは「改元」の提案というのが日本の歴史。 為政者は縁起を担ぎたがるもので天変地異や疫病、悪しき事、嫌なことがあればまずは「改元」を考えるものでした。 そしてその元号の字面もどうこうと学者たちの意見を聞きながら文字を決めていくのですがやはり使用文字には偏りがあります。「元」「徳」ありますがぱっと見、私は「応」の字の使用頻度の高さを思います。 たまたまですが一遍さんの生涯(延応元年1239~ 正応二年1289)など「〇応→〇応」でしたね。 また「洪」という字は広い・大きい・優れたなどの意があって明の始祖が「洪武帝」。それにあやかって足利義満が「洪」の字を元号に入れたかったといいます。 しかし本邦その語といえば洪水の「洪」。当時の天変地異の最たるもので「いくら何でも・・・」という具合にそれは周囲から却下されたそうです。 そして代わりに決まったのが「応永」(1394~1428)ということになります。これは一桁代当然の元号の時代に思わぬ特異の長さ(35年)となりました。 「応」という字は「こたえる」「承知する」で国の

  • 熱海を見てわが身を思う 牧之原市主体の開発あるが・・・

    昨日の相良は何故か晴れ。静岡全体ではくもりの予報でしたから。 時に雲が出てきて「ヤバいかも・・・」などの雰囲気も漂いましたが布団を干せるほど上々。 夕方も汐見台経由で大沢まで奥方と散歩できるくらい久々の雨のない貴重な一日でした。 熱海の土砂流出の起点が確定したようですね。 グーグル地図を見れば尾根筋の開削地ではなくその北側の谷筋の土砂堆積場の上部が起点となったよう。 地図で確認するとその谷筋には段々に盛り土工作がされていましたが、報道によれば小田原の業者から土砂搬入の届け出があったといいます。 もしそれが起因した事故だったとしたらまさに夜逃げレベル。 その先の開発目的についての情報はまだですが、いずれ明らかになっていくでしょう。 どんなに否定したとしてもそれを覆す論理だてた説明がなければ負け。 谷筋に盛り土をすると土砂流出のリスクがあることは大体想像がつきますが、谷には大なり小なり川が流れているものであり、埋め立てたといってもその流れは地下で生きているといいます。 要は大量に降った雨が集中的にそのパイプ化した「流れ」に集まってかつ周囲の地盤の軟弱質(埋立地の地盤)への水量も増えて限界を超えるということです。 何故にそのような想像をするのかといえば小島蕉園の記述の如く当地での土砂崩れは実際にありますし、この春ご寄進いただいた汐見台住宅地の谷筋の元にある山林がまさにそのような形状にあって1本の小さな川が流れています。 そしてその上部の山の伐採と開削というところ、まったく同じなのです。 以前のブログでは上部の台地に城砦があったことを想像して「堀底大手道・・・」などと記していました。 私としてはその上部開削にまったく関与していませんし土砂の流出があるとすればその起点の下の谷ということになります。 しかし崩れ出したとすれば下にある住宅地はひとたまりもないでしょうね。 まさかとは思いますが本当に土砂崩れが発生したとすれば基本は崩落が発生した土地の所有者の責というのがスジ。 しかしその上部の土地工作、開発責任者は牧之原市。 南東斜面に住宅地が広がっていることをお忘れてはいないでしょうがそちら側の土地崩壊の恐れに対して手を打っているようには思えませんね。 現状赤っぽい土がその水と一緒に宅地上部の排水溝に流れ込んでいますので・・・ 段丘トップから西側に向けて据え付ける工作物周辺はコンクリートで覆われるのでしょうが、排水施設がどうな

  • 「塔の森」下の日吉神社 石仏石塔 南田原

    熱海の土砂崩の悲劇の現場は投稿動画という以前はない衝撃の視覚伝達からでした。 地獄絵図がお茶の間でそれもスペクタクルなドラマの如く・・・ その絵図の中には人々の生活と命が隠れているのですが、こういった私のブログ等含め大概の皆さんは「客観」というかいわば他人事の感。 「ひょっとすると次は私・・・」という切実が無ければこういった災害に対する対応力が醸成されてきませんね。 ただあの泥の堆積中に「沈む」ことの悲痛、そこから助け出そうと二次災害の発生というリスクを承知で泥の中を動き回る人たちの姿は脳裏に焼き付けられましたが、どうやら今回の件、自然災害ではなかったようだという情報が静岡県から発せられていました。 昨日は災害の責任論、ことに行政の対応について少なからずどなたかまたは管理部署の「予知対応と対策の責」について少々興味深く考えたのですが、県として今回の調査によって判明した内容とは、「流れ出た10万立方メートル」という土砂の発生元、起点の周辺に「開発行為による盛り土があってこのすべてが流出した」というものでした。 そうとなれば熱海市のこれまで言われていた「各不作為による怠慢のおそれ」という疑義は消滅しその責任論はその開発行為を行った組織一本に向けられるのではないかと思われます。 行政としては許可を与えたとなればその責任も浮上しますがここは開発行為者がすべて責を負わなくてはならなくなったのかも知れません。 何の開発行為を行っていたのかは知りえませんが、山林を伐採、土地を開削した傾斜地に大量の土砂を搬入していたといいます。 グーグルマップを試しに見てみましたがその平らかにされた地形を拡大してみるとダンプカーが数台うかがえました。 ゴルフ場には狭そうですので今流行りの太陽光発電かも知れませんね。 熱海という地は未だ神奈川県と思われる人が多々いるようですが首都圏に近く、交通もお気軽であるため各企業の保養所の類は多数、都内からの移住者も多く、そちらからの資本の投下もよく見受けられます。 今回の件、もしも開発行為による「人災だった」という判断が下されたとなれば中小企業のレベルではまずもたないくらいの甚大さです。 今後の補償について推測するなど「まだ早い・・・」のかもしれませんが思うところ今後円滑な対応と再整備のためには避けられない問題となるでしょうね。 大きな資本であればあるほど前に進みやすくなるのですが弱小資本だったら破産して夜

  • 南田原摩崖仏 鎌倉期伊行恒の阿弥陀仏 弥勒と地蔵

    熱海の土砂崩れの画像は圧巻、言葉を失います。 私どもは小田原を永らく生活の場としていましたのでその地の悲惨画像に恐怖を感じました。 画像の道路を幾度も通行していましたし、伊豆山地区は大学3年の頃一泊二日のアルバイトでこの山を歩き回ったこともある箱根に次いで身近な場所でした。 あそこの美術館のコレクションは特筆ものが並んでいますし。 昨日ブログでは「早く帰れ」と息子に言い放ったことを記しましたがあれは午前11時頃のこと。13時すぎには「さわやか」での昼食を終えて東名高速に乗り17時前には義母の大和経由で横浜瀬谷区に到着していたようですが、以降夜半にかけて静岡の道路は昨日昼以降まで各地で分断されていました。 昨日は午前中に法事がありましたが三河方面からの参列された方が下を使ってのんびり帰るか(宿泊するか)・・・など悩んでいました。 当、相良は私の勝手に付けた県央「国道一号線理論」の通り降雨は山側が中心、当地はごく軽めでお墓参りの時刻1130過ぎは傘用のくらい。 私が「帰れ」と言えたのは肉親だからでしょぅね。 強い口調で言い放ったのですが今回熱海市として避難勧告を出していなかったということは不思議な話。 静岡県内は相当量の雨を降らせていたこと、私の如くド素人であっても「何かやばい」を早々に感じ取って息子に向かって「早く帰れ」を「勧告」できているのに・・・ 熱海市のご担当殿に強く言うのも酷ですが(まぁ「まさかの坂」ですから)どうしてその判断が下せなかったのでしょうか。 土曜日でお休み・・・なんてないですよね。 自然災害にありがちな言い訳「想定外」の文字が市長さんあたり出てくるのでしょうが、それは知らなかったフリとしか・・・ 以前から伊豆半島の海岸沿いの急峻のリスクは十分すぎるほど言われていたことですし特にかつて関東大震災に伴う土砂崩落で近隣の根府川で相当数の死者が出た話は有名なこと。 乾いた土地であっても地震の揺れで崩れる地盤ですから雨が多量に降り注いだら「崩れて流れる」ことは連想できるはず。 だからこそのハザードマップの流布なのですが、そのリスク表示公開はできてもそれを生かすことができない行政というのはお寒いことです。 これからも前線は停滞したまま。今年の梅雨はことのほかうんざりです。 私もそういった軽口を記すと土石流ならぬ海からの地震の産物(津波)に遭遇するのでしょうからほどほどに。 しかし地震-津波となれば多少の心

  • 時衆流行 横地城の三光寺跡  道俗時衆等各發無上心

    雨が激しく降りました。殆ど一日中。 朝から宿泊先をチェックアウトしてやってきた息子がうろちょろ庫裏を歩き回ってネコどもとじゃれていました。 今は少々言葉が過ぎたと反省していますが「家の中でもマスクをしろ」とか、雨が小康状態のうちに「とっとと帰れ」と追い返してしまいました。 昼でも一緒に・・・とは思いましたが一昨晩の焼肉に続いて『「さわやか」に行く』と言い出しましたので私どもは遠慮させていただきました。 2日続けての肉類過多となりますからね。 「早く帰れ!!」は明るいうちに帰着してもらいたいという思いからですが、いかにも昨日の県内天候は大荒れです。 新東名の西部は通行止めになっていましたし県内あらゆる地で警報の類のものが出ていました。 夜になって東名も通行止めになっていましたね。 「早いところ帰れ」は正解でした。 さて、昨日は藤沢清浄光寺について。 いわゆる一遍さんの時宗のお寺です。ただしここで付け加えなくてはならないのがその一遍さんの名は教科書的には当たり前の人ですが、実は一遍さんはやはり当流の親鸞さんと同様、現在のような大きなお寺(当流は本願寺)を後世に残そうなどいう気持ちは一切合切なかったのでした。 その死後になってたまたまの流れによってその跡を継承した4代目の呑海(他阿弥陀仏)が建てて「独住」したのがはじまり。 そもそも一遍の教えは一遍死後の一時衰退を経て2代目の真教(他阿)がその「衆」を纏めあげ、現在のような宗派の基盤を作ったという流れがありますが、「独住」とわざわざ記すのはそもそも一遍は「遊行」を旨としていたからですね。 そして表記「時衆」とは「時宗の宗徒」のことですね。 江戸期になって時宗と統一されたのですがもとはと言えば「時衆」がその呼び名。そしてなぜか当流が「一向宗」の名に決められました。 江戸のお上の意向は民衆を寺で管理するという体制を確立しようとしますが、それは本山と寺の関係とその宗旨をハッキリさせそれらに必ず所属させることに意義があったのです。 拙ブログでは司馬遼太郎の文章を記していますが「時宗にみる日本人」も参考にしてください。 時宗開祖一遍の発想もそうでしたが親鸞さんが善智識である善導さんを同様に讃ずる(正信偈 「善導独明仏正意」の件)ところなど「一向専念無量寿仏」以外にも似ているところがありますね。 また当流の出棺勤行や葬儀の冒頭「伽陀」に続く「勧衆偈」という偈文は、善導の「観経疏」(

  • 時宗「隅切角に三」の主張 遊行寺荘厳 乃至十念

    朝から久々大雨。 オオタニサンのブラボーはお預け。敗戦投手か?と思えばチームの奇跡的逆転があって気分はまぁまぁ・・・悪天候は仕方なし。 寄りによって横浜から息子が免許の更新のために帰っていますが警察署ではなく静岡の免許センターまで行っていました。 ちょうど昨日が彼の誕生日ということで、それでは飯くらい・・・ということで夕飯を食べに行きました。 彼に希望を聞けば「焼肉」といいますので、先日の人間ドックでアドバイスされて「肉は控えめに」の言葉が脳裏に浮かびましたが「たまにはいいだろう」などと勝手に承認して同行しました。 焼肉店の感染リスクは数ある飲食店の中で「低い」と聞いたことがあります。 それは換気がしっかりしていることと今時の焼肉テーブルには排煙機能がありますからね。 コロナ禍における「焼肉店」(藤枝)でしたが夕時頃といえば以前なら相当の混雑が見えていたものの昨晩は18時入店で私どものみという閑散さ。 「これじゃあ潰れるかもね・・・」とこそこそ話していました。 ちなみにこの梅雨時にまともに布団を干せず掃除ができなかったことなど、もろもろの理由あって2泊3日の宿を外に取らせました。 本当の理由は首都圏からやってきた者を家中やすやすと入れるワケにはいかないというところか・・・。前日には渋谷で葬儀というくらい首都圏でずっぼりですからね。 しかし「奥の墓道」氏のママチャリの前かごに嵌まり込んで彼の家まで行ったことの記憶も新しい、その息子の今度の齢をlineで送れば感慨深く「もうそんなか・・・」と。 私は「次は私どもがトコロテン」と返信すると、当月以降私と「墓道」氏も齢を重ねるためノー天気にも「今度はヘルシーなトコロテンパーティでもやるのか」と。 私のその食べ物の意味は「押し出される」・・・要は「お浄土に」向かうことを行ったのですがね。 1つ齢を重ねればそれだけ「その時」が近づくというところ。 さて、まず「時」といえば浄土系では「六時」・・・六時礼讃のこと。拙ブログでも何度か善導さんの往生礼讃から記していますが遊行寺はじめとするいわゆる「時宗」の「時」文字もその意を一言で記したものです。 最近当家文書を引っ張り出して「一向宗の混同」について記していますがそのごちゃ混ぜの他宗派の代表といえば番場蓮華寺の一向さんや清浄光寺(遊行寺)の一遍さんという流れ。 どちらにしろ善導の往生礼讃は当流でも御開祖が相当なる影響を受けておられる

  • 昨日はブラボー×2で気分爽快 女墓場は赤城山

    檀家さんに仕事でアスベストを取り扱い、肺がんとなって亡くなった方がいましたが、ご当人はそのアスベストが直接の病因となったことについて(当人はうすうすは知っていたかもしれませんが)生前、体調万全ではない中その手のボヤキについて私には一切することはありませんでした。 亡くなったあとからその件ご遺族から聞いたのでした。 国からの給付の決定がありましたが、そのあとのことは私にはわかりません。 ・・・本当に気の毒なことだと思います。世の中にはそのリスクについてまったく知らないで病気になって亡くなった方はたくさんいらっしゃいますからね。 いつかの寒い朝、火葬場から自宅に向かって歩いていると車の向きが違うにも関わらず急ブレーキに近い停まり方をして「乗る?」と声掛けしてくれたその人です。 その優しい言葉が忘れられませんね。 先日は石標の移動工事を手伝っていただいた石工の若者と雑談。 既に10年以上の付き合いとなりますから若いといっても私よりは・・・ということで最近はどちらも「若くない」が口癖になっていますが・・・。 そこで初めて聞いたこと。 彼は実は喘息という病を抱え「既に5回は・・・」過呼吸で救急搬送されているとのこと。 重量物を難なく持ちあげるどその屈強さには圧倒されていましたが、案外人には弱みがあるもので驚いたところでした。 私はその彼の喘息には心当たりがありました。 当人はとっくに気づいているはずですが・・・ 墓石等に銘を彫る際はその相手の形状を見てサンドブラスターというコンプレッサーに金剛砂を使った移動式の彫刻機を使用する場合と手彫りがありますが、その両方とも彼の担当になっています。ダイヤモンドカッターでの切削や手彫りでは相当量の粉塵を吸い込むでしょう。 親方が近くに居ましたのでその件触れませんでしたが、ひょっとして「労災」に近いものがあるのではないかと。 以前も私どもが蔵の埃を吸って肺炎になって苦しんだことを記しましたが、毎度毎度あの石の微粉末を吸い込んでいたら肺をヤラれることもあろうかと。 たまたまアスベストではなかっただけで、肺に空気以外の微粒子を吸い込むこと、肺の機能を劣化させることは確かでしょう。 たばこも同様のはず。 人はどんどん年を重ねていきますので、数年後の彼の体調について「大丈夫?」の思いがしてくるワケです。 私と言えば昨日(「ブラボー」)の通り朝の「2B」(二打席連続)に気分よく一日を過ごさせていた

  • 芝公園の芝丸山古墳 ブラボー 閑居のMLB習慣

    昨日は前夜からの雨はやんでスカっ晴れの相良でした。 気温も上昇、ちょっとばかりの外仕事のあとの昼寝が心地いい時節となりました。 午前は最近の傾向、メジャーリーグのオオタニを観戦しつつ盂蘭盆会法要の案内を記しました。 私の野球観戦は国内の中継はまったく離れてしまいましたがメジャーリーグは特別です。 横浜の「奥の墓道」氏もオオタニ好きで、今年は殊に盛り上がっていますが毎度ホームランが出た際は「ブラボー!!」などと歓喜のlineを送っています。彼の場合はTVに噛り付いていられませんので真っ先に彼に知らせます。 昨日はヤンキースが相手でしたがニューヨークは32℃とのこと。 28日はカナダで47.5℃、その前日が46.6℃といいますから凄い数字です。 アメリカ大陸大変の感ありますがあの辺りは特に寒暖差がキツくなっているような。 たまたま球場ではオオタニさんがホームラン(26号)を打ったあとエ軍投手の「マウンド上の変化」についてテレビは指摘していました。すると汗だくで帽子のひさしを浸って流れ落ちる汗と真っ赤になった顔が映し出され、仕舞には膝に手をつき嘔吐するシーンまで。 すかさず降板、継投の投手が入りましたが、スグに広報から熱中症だったと伝えられていました。熱中症になるという実況中継を見た思い。 テレビの解説コメントで「だらしない」という厳しい表現がありましたが、調整不足を断じるプロ意識から出た言葉だったのでしょう。 自分の意思ではどうにもならない体調不良というものはあるものですからね。それを言っちゃあかわいそう。 私も外仕事となるとイライラは尽きませんね。 やはり暑いときこそクールにならなくては・・・ と言ってもわたしの午後の仕事は例の石標に微妙な傾きが出てそれを修正するというものでその用意の段階でトラブルに見舞われてホットになりました。 修正は1~2度程度のものですが、軽トラで引っ張るという作戦になります。少々余計に石を傾かせてその下に土を入れ均等をとろうというものですがすべて「見当」勝負です。 軽トラをの支点を取るため少しだけ先日撤去したばかりの会館跡地に入れましたがお約束の通りスタックしたのでした。 脱出方法の候補は色々ありましたが、一番安直な方法(コンパネを敷いて自力)を奥方が提案、取り敢えずそれでやってみたらスンナリ出てくれました。 私は四駆を持ち出すつもりでした。 イキナリ、マイナスからのスタートでしたが気を取

  • 港区芝公園 伊能忠敬測地遺功表 旅の起点

    昨日は午前の法要のあと午後から総代のみなさんとお会いしましたが、みなさんワクチン接種に関して「1回打った」「私は2回・・・」などの声が。 最年少の私のみ「まだ・・・」ですので少々肩身の狭い思いも。 特に「オレは2回打ったから大丈夫」の談がありましたので「ワクチン打っても過信は禁物」とご注進。 ウガンダからの五輪選手の陽性者2名は「ワクチン接種済み」とそのアテにならないところを強調しました。 一説にワクチンは三回打たないとダメ・・・などその確実性に至らぬ理由を言う人がいたりしますが、それが流布、確証されたとしたらますますのワクチン不足に陥りそう。 現状2回であっても国民全体に回っていくという感じがしてきません。 まぁ塩野義製薬から今年の年末から来年春に国産ワクチンが出るとの報がありました。 私はまともなものを接種したいという気持ちがありますが、果たしてそれまで我慢できるか・・・五輪で再びの感染爆発があるような気がして・・・バブルは弾けるというのがイメージですし、検疫はざるどころか大穴が空いているような。 すれ違っただけで感染するというインド型の変異・・・それが蔓延ったとしたらこれまでのように「旅」を気軽にするわけには行かなくなるでしょうね。 10月のお寺のバス遠足も4回目の順延となるのかも。 全国そこいらじゅうでバス会社が潰れていますがお世話になっているそちらの方も心配してしまいます。 会社が生き残ったとしてもコロナ後の需要がスグに戻るとは限りません。 業種によっては先が見えない切実があるのでしょうね。 さて、昨日の伊能忠敬つながり、数年前の画像、伊能忠敬測地遺功表を。 全国に彼が測量に訪れた主だった場所に顕彰碑等建てられているようですが、やはり沿海地区というのが主ですね。 しかしこちらは東京の芝公園です。 「芝は海じゃない・・・」というのは現在の話。 かつてはこの丘から目と鼻の先に海岸線があったのでした。東京湾から房総半島まで望めたはずです。 私は横浜金沢区柴町に数年間居を構えていましたがその芝公園の「芝」の語はもとはといえば「柴」だったといいます。 全国にその「柴」付の地名があるかと思いますが私の勝手に思うところ海岸のイメージ。 金沢区柴町は柴漁港があってあなご漁で有名。 そしてこの増上寺のスグお隣の「芝公園」にある測地遺功表は 伊能忠敬の偉業の「旅」の起点だといいます。

  • 伊能地図 オマケ欲しさに 作礼 教典では礼して退場

    4月に亡くなられて繰り延べしていた四十九日の法要がありました。朝から台風のコースと雨の降りだし予想にやきもきさせられました。 今回は特に付随する自宅と墓地での事前のお勤めがありましたので降雨について「天候が荒れ気味だったらさらに順延を・・・」などと3日ほど前に提案までしたほどでした。 だいたい「午前10時以降」の降りだしというのが予想でしたが、結局最後まで雨は降らず。つい有頂天に・・・嬉しすぎの感。 まずは、皆さんズブ濡れというのが頭の中にありましたから。 さて、先日は史跡研究会の皆さんが史料館に集まりました。 そこで冒頭出た件が雑誌の付録について。 「こんなのが付いてきた」とうれしそうに披露されたのが伊能忠敬の描いた地図。東海道・富士山周辺のものですが、その素材が気が利いています。生活防水素材ということでただの紙キレではないのです。 地図というものはぼんやり眺めているだけでも面白いものです。 特に最近では高速のS.A.で貰ってきたものをトイレの壁に貼り付けるなどしています。ただし紙は破けやすく劣化が進みがち。 貼り付けなくても折り畳みの繰り返しからどうしても折り目から穴が開いてしまいます。 ところがその地図の素材は巷にありがちな紙ではなく一見したところビニール風。これからどういう劣化となるのかわかりませんが「コレは私も欲しい!!」と思ってもう一方の分と合わせてその場で近くの布施書店に在庫確認、取り置きしていただきました。 その地図を皆さんで眺めたわけですが、私の無知から「この細密地図がいわゆる伊能の地図なの?」と半信半疑。 よくもまぁあの時代に今と殆ど変わらないような地図が作れるものか・・・と改めて感心したのでした。 その地図を紹介した方が当相良周辺が「村」であって「相良」が村でなく「町」というのはどういうこと?というなげかけが。 昨日の成瀬大域の書でも「於相良街」とありましたが「当時、相良は『町』だったから」の結論となってその理由を深く考える必要はなかったということで収まりました。 ここでもふっと思い出したのがその「相良」の名を残さず「牧之原市」などいう以前で言えば金谷付近の台地をイメージするような市名と改めた愚に「勿体ない」を感じたワケです。 それにしてもオマケ欲しさに何か買う・・・など久しぶりのこと。 奥方は最近の流行りものだといいますが・・・。しっかりと本体の方も目を通させていただきます。 ふ~ん、伊能

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