プロフィールPROFILE

大澤寺さんのプロフィール

住所
牧之原市
出身
小田原市

浄土真宗はかつて「一向宗」とも呼ばれた本願寺の宗徒で信長に11年も反抗し、その中でご先祖が生きながらえたことによって今があります。 興味の方向は「城郭と墓」です。「城郭」は建物が無いもの、墓は鎌倉期から室町期の宝篋印塔や五輪塔に思いが傾きます。近隣高天神城はじめ遠州を中心に、生まれ育った小田原界隈、当家先祖の出身地近江そして関西方面の歴史について記したいと思っています。

ブログタイトル
墓場放浪記
ブログURL
https://www.daitakuji.jp/
ブログ紹介文
相州小田原生、遠州高天神近住(相良)、戦国時代を中心に雑感を記すブログと寺のサイト
更新頻度(1年)

301回 / 301日(平均7.0回/週)

ブログ村参加:2012/04/01

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大澤寺さんの新着記事

1件〜30件

  • 類例希少 古い形式 瓦塔 がとう 静岡弁だと・・・

    インフルエンザの流行との報せ。 私の周囲にはまだそのウィルスの罹患情報はありませんが、ここのところの朝の冷え込みで「風邪をひいた」という方は散見しています。 「風邪を・・・」と聞いただけでガチっと固まるように反応をしてしまうのは昨年そのインフルエンザで七転八倒の苦しみを味わったからです。 以後、予防接種は怠れまいと今年からその対応をするようになりました。 昨年はちょうど11月下旬の先方自宅の法要にてそれを持ち帰ったわけですが、そちらの孫がそれまでインフルエンザで休んでいたらしい仏間にてその侵入を許したようでした。 昨年もその苦しみを味わったあとに「冬季の法要はヤメにしたい」旨ブログにて吐露していましたが、どうしてもみなさんは法要を忌日に合わせようとしますからね。 まぁ当然だとは思いますが「墓参も本堂も酷く寒いので春を待っても・・・」とは一応は勧めるものの厳冬期に笑いながらの平ちゃら顔でそこいら期間を指定します。 仕方がないことですが私からすればマスク着用者だらけの中で一人だけ喉を使っているワケ。 いつも冷や冷やになっていますのでね。一か八かのように・・・。昨日も自宅法要がありました。 何とかやり過ごしたいところですが、冬は長いですからね。 いやな季節に突入です。 先日面白い記事がありました。 内科医はインフルエンザの患者を診つづけて「なぜインフルエンザに罹らないのか」です。 その中の医師のコメントに「患者を診る度に緑茶を飲む」というものがありました。 うがいでなく飲み込んで胃酸でウィルスを消滅させるようですが、緑茶にはそもそも殺菌効果がありましたね。 私は緑茶を小まめに飲むことは習慣になっていますが読経中にちびちびそれを飲むことはできません。 また、先方で供されるお茶についても「子供がインフルになっちゃって」と言いながら出されたお茶を果たして「口にして大丈夫だろうか」などの疑心に陥ります。 申し訳ないことですが、私がその件のたうちまわることはまっぴら御免ではありますが、何よりそれ以後のスケジュールが無茶苦茶になって多くの皆さんに迷惑をかけることになってしまう二重の苦しみが待っているようで・・・。 法事というと(たとえインフルエンザになったとしても)「無理しても出席する」という風潮がありますね。何事もそのスタンスが思わぬ流行につながってしまうのですね。 「無理」は禁物、それは他者のためです。 さて、画像は国立博物館

  • 田沼意次300年 資料館特別展示 昨日は1200人超え

    大河ドラマは「もう間に合わない・・・」というため息がNHK番組担当の間に広がっているそうですね。 来年1月放映開始まであと1か月ですから、そういえばそうでしょう。 私も日曜朝の日曜美術館をパスしての(まず普通にそれを見るにゆっくりできない日時です)夜の再放送にチャンネルを合わせる習慣もそろそろ飽きて来たところでしたので、戦国時代大河ドラマの放映は期待していました。 しかしどうやらそれはムリのよう。 編集と少々の撮り直しではもう対応不可といいます。 劇中セットは次々に作り直すそうで、あの薬物容疑者登場のシーンを新しい役者に差し替えるためにまたセットまで作り直して次々にそれを変えていくという作業を繰り返さなくてはイケないそう。 そもそも他の配役の人たちを急きょ今一度集めなおすなど気が遠くなるほどのスケジュール調整があるはずです。 まぁたかが演劇。画面中の「つくりはなし」ですからね。 ちょっぴり残念ではありますが延期はやむを得ないでしょうね。無理なものはムリですから。 今年の視聴率最低更新の大河ドラマにあって次回のものも一部の戦国時代ファンを除いて期待している人たちも多くはないでしょう。 昨日も記した通り、下衆な芸人を連れてくると後から痛い思いをするということ、つくづく思い知ったのでは。 「身体検査」に関して今回の件は首を傾げるところがありましたしね。あとはNHK内部の問題。 責任者は腹を切る思いでしょうが。 さて、昨日は「田沼意次生誕300年」の大名行列当日。 法事で忙しく「別世界」に居てその状況はまったく知り得ませんでしたが、お斎の最中、史跡研究会の会長から電話がありました。 史料館展示物のうち「本日で展示終了の品があるので見た方ががいいよ」とのお知らせでした。 ということで帰宅後15時前に史料館へ。 まだ小学校グラウンドは賑やかで、お祭りムードは満点でした。 なかなか珍しい展示物が並べられていて、聞けば史料館学芸員長谷川氏が各所有者にかけあって借り上げて展示に辿り着いたと。お軸に刀剣、古文書、そして旧家から出た古伊万里の大皿たち初めて拝見しました。 それにしても1階の通常展示場所+2階会場のセッティングは「殆ど2人で・・・」とのことで、そのご苦労を思うと唖然とさせられますよ。 あの手のものを所有者に頭を下げて借りまくりこれから返却に向かうのでしょうがそれも大変な労力です。 保険の類については聞き漏らしましたが期間

  • 相良快晴 大石学氏来る 明智大河愈々楽しみ

    NHKも大変です。 夕方までは次回大河ドラマ「麒麟が来る」のPRサイトは見ることができましたが、しばらくして画面は消えて「こちらの記事は掲載が終了しています。ごめんなさい。」と俄作りの味気ない画像に早変わり。 なんてったって明智光秀役の役者さんと並立して2番目に紹介されていた斎藤道三の娘、信長の妻(濃姫・・帰蝶)役の芸人が違法ドラッグ使用の疑いで捕まっちゃったのですからね。 キャスト選択の恥といえば恥。 その人は以前もレッド・ツェッペリンのコンサートを観に行って何やら偉そうな事を言っていたことを覚えています。 私たちオヤジ~ジジイ範疇の世代からして「カチン」とくるようなところがあってまぁ今回の件も「そんなものだろう」程度のこと。 それでも「ズル賢い?」と思ったのは「麻取」に踏み込まれてドラッグの存在が明白となった時の言葉「私の物でまちがいない・・・」に感じました。 ガッチリ証拠を掴まれたとき、それを第一声で表現することがこれからのいろいろに関わるのでしょう。 たとえば誰かに譲る(売る)ことになっていたとしたら(自分だけで終わりにして)その連中の名を出す必要はありませんし、その「譲り渡し」の有無はさらなる罪の軽重に関わりますからね。 捕まっちゃったら即「私の物」であって「それ以外一切ない」ことを主張するのでしょう。 そうであったとしたらかなりの曲者。 芸人どもの悪戯は目に余るものがありますが、いい加減NHKも懲りなくてはね。「身体検査」の方、事前にしっかりとしなくてはあまりにも見っともなさすぎ。 少しばかり人気があるから?といって違法薬物所有の軽薄者をキャストに迎えれば手痛いしっぺがえしを喰らうことはこれまで何度も味わっているでしょうに。 私は視聴料に関してはOK、OKのスタンスですが、変ちくりんな連中に足元を掬われないようご注意願いたいものです。 また専属事務所と当人の損害賠償の件は私の心配するところではありませんが、大層な請求を覚悟していただかなくてはね。 芸能関係者からもこんな時に「もしかして悩みがあったのだろう」の同情の言が吐かれますがそれは違うでしょうよ。 言っちゃあ悪いが、ただのガキの慢心。 お調子者の躰でアホくさ・・・。同情の余地なし。 まぁ「好きにしてくんな」で今後そんな追加報道は無用・無視といったところ。 NHK大河ドラマはおはなしの冒頭部分からおそらく出まくる役柄ですからリセットでしょう。 これ

  • 掛川北 平らな地形と小河川2本 「殿道」バス停

    以前はそうは「ラーメンが食べたい」などと思ったことがありませんでしたが、最近は「ラーメンでいいや」の安直さお気軽さでお昼にラーメン屋に飛び込んだり、奥方の手をかけないよう自宅でも「それで構わない」という感じてその頻度が高くなっています。 一応は塩分の摂取と血圧管理から「大丈夫か?」と提供者に問いますが「汁を飲み干すワケではないからOK」と。 冗談で「殺されちまう・・・」などと言いながらおいしくいただいている私がありますが昨日の新聞紙上に興味深い統計の数字が発せられている記事がありました。 それが「人口あたりのラーメン店が多い県ほど脳卒中による死亡率が高い」というもの。 調査結果を自治医大のグループが発表したそうです。 10万人あたりの店舗数でトップは山形県、2位が栃木県といいます。店舗数上位10県のうち青森・秋田・山形・新潟・栃木・鹿児島は脳卒中の死亡率も男女ともベスト10入りだと。 塩と油のミックス+香辛料の味付けはクセになる人は多いでしょうね。いろいろなバリエーションがあって味比べも・・・などという人もいるでしょう。 やはり塩分過多は血管をボロボロにするのですね。 適当に誤魔化す食事はダメでした。 「食事」というものが毒を自ら率先して摂取する自滅の道であるとしたら気分が悪い。改善していきましょう。 さて、最近は古風な地名やら平地の小河川の氾濫についてちょくちょく記していましたが、大きな河川がない掛川中心部の北側あたり、西郷、溝江やら初馬(水垂城)ですが案外とフラットな田園風景が広がっています。 こちらには2つの小河川、初馬川と倉真川がうねうねと流れていて、氾濫浸水についても「大いにありえそう・・・」と感ずる場所ですね。 「水垂」の名についてはその地名の推測についてあの時色々と思いついた事を記しましたがやはり初馬川の氾濫は過去に相当の被害をもたらしていたのではないかと推測。 その地名は案外怖いかも・・・ そちら水垂城でも記した古の地名「殿道」の追記。 田園風景のバス通りに「殿道」のバス停がありました。 「殿」とは・・・遠江三十六人衆といわれるほどに群雄が割拠した時代を通していますので特定しようとするのも無理がありますが西郷局の屋敷も近く家康の名あるいは北条の何某の「殿」などいろいろな殿様がここを通過したのでしょうね。

  • 三幕目は手越の宿 忠義に生きるか親子の情 報恩か

    昨夕は予報に違わず北風びゅーびゅー。 気温的にはそれほどの低下ではありませんでしたが風の強いのには閉口します。 お取り越しへお邪魔する日でしたが、髪の毛がぼーぼーになるのはちっとばかり気が引けますからね。 「真宗坊主ですから」などいう開き直りもまぁいいのかと思いますが、一応は見栄えも気になります。 まぁ「乞食坊主」なる聖なる僧籍に憧れる身としてはその手の事に気を配っているのもおかしなものですが。 本当の乞食(こつじき)の道を歩めるはずもなくそれもおかしな話です。 坊さんとは、常に自己の矛盾・反省を問い続けて行かなくてはならないのでしょうね。 門徒の坊さんのその反省点は齟齬でもなく、また傍からみてよく言われる「行」というものの範疇にありません。 要は「御開山の御掟が守られているか」ということのみです。 その御掟とは阿弥陀仏への信心一つから獲得した「安心」(あんじん)が生活に溶け込んでいる、いわゆる「お念仏(南無阿弥陀仏)の人」なっているかどうかなのでしょうね。 それを勧められた御開山への報恩感謝の御礼が「南無阿弥陀仏」であり、この報恩講(毎年11月28日)こそが当流ならではの「反省」と「感謝」のキャンペーン。 1年中、それらを感じずにのほほんとただ当たり前のように生きてることは「あり得ないぞ」のお達しです。 それを毎年迎えられる有難さも真に味わうことができるというものですね。 カンタンの様で難しい。 その反省を「改悔懺悔」(がいけさんげ)と蓮如さんは言いますがコレもただの「私の悪いところを修して良いことをしなくては・・・」的反省とは違うのです。 恰好や体裁にこだわらない真の自身の心を見つめて「愚」になり切る念仏者になっているかそれを自問する「週間」です。 報恩講日中の御文が息子が拝読した三帖-十一「毎年不闕」でしたが、昨晩初めてそちらを先方仏間にて拝読しました。 好きな御文ですが、何分少々長いということと難解な言い回しがありますので拝読の機会はこれまでありませんでした。 よって御門徒さんのお内仏前での拝読は初めての試みです。 あの内容は聞いているだけでは理解不能の部分がありますので予め人数分のプリントを作っておいて目で追っていただきました。 本来は「聴聞申し訳」でありますので通例の「頭を垂れて」とは違いますが、こういうカタチで御文を拝読した後、「法話」へと引っ張っていくのも悪くないかと思いました。まぁロクな話もでき

  • 東海道安倍川渡って手越と丸子の間 消えた佐渡

    昨日は自治体公表のハザードマップに「手心が加えられていやしないか」について記しましたがやはり結構に傾向はあったようです。 昨晩のニュースにあったのが「都道府県管理の約1600河川の2割強で、洪水ハザードマップの作成に必要な浸水想定データが法律で定める最大のリスク(新基準)を反映していず、豪雨リスクを低く見積もっていた」です。 今年3月末の時点でハザードマップが最新版だった市区町村は33%とのことですから住民には「今そこが危険な地である」ことを伝えられなかったわけですね。 それが怠慢だったのか故意だったのかそれぞれでしょうが、不動産価格が下がるから・・・対策について住民から突き上げを喰らうから・・・などの躊躇はありえません。 正確な予想を提示していただかなくては・・・ 新基準は「1000年に一回の豪雨」への対応河川というもので静岡県にあってはすべて対応済みでした。 ちなみにあのお騒がせ知事のいる千葉県にいたっては当県の真逆、殆ど未対応。お仕事してたの?とあらためて思うところがあります。台風被災のあの日に「公用車で別荘」の件を指摘されて震えながら「あそこは自宅」と強く強く主張していた姿を目にしましたがやっぱりあちらは「自宅」ではなかったそうです。 だいたい「自宅住所」などは決まっているはずで各種届けや記入書面は同一であるはず。 都合よくあっちもこっちも「自宅ですから」は通らないでしょう。 さて表記、手越宿から丸子方面、東海道を進むと佐渡という地名があります。あの道路を行き来する機会の多い方でしたらその名の交差点があって信号待ちの度に目にするはずです。 「佐渡」は「さど」ではなくて「さわたり」ですが、語源としては湿地を推測する地名。 全国にその音で沢渡・澤渡・猿渡の地名があるようですが「渡」だけに「水」そして水害までも考えてしまいます。 安倍川・藁科川・丸子川が暴走すれば当然にこの辺りも水浸しになって街道を「渡る」ことになるでしょうね。 現住所は今は「丸子」の街区となっていてその佐渡の名は前出の交差点とバス停、公民館に地蔵堂にその名が残ります。 あとひとつこの公民館前に万葉の碑があってそちらにも「さわたり」の地名が刻まれていました。 この「佐渡」の地名消滅に関して地元の人たちの怒りのようなものを感じます。 地名消滅というものは気分がいいものではありませんね。 無知と無配慮のなせる業でしょうか。

  • 磐田の地名「白拍子」 千手の前の墓

    水害そのものの発生は一言で「想定外」とカンタンに言われるものですがそこがハザードマップの「浸水想定区域」に指定されるなどしていれば予測が可能だったということで被害にあって初めて気づかされるものです。 最近はやたらとそのハザードマップが重宝に語られるようになりました。 そもそもその存在は以前から声高に言われてはいましたがその製作担当各自治体の「温度差」があってなかなかその地元の地形による危険性について公表を躊躇する傾向がありましたね。 また、その公表に「手心」が加えられていやしないか・・・なども気になるところでした。 というのはその「地元の地形の危険性」についてマジメに公表したら・・・色々と困る人がいらっしゃるということでしょう。 まずは危険レベルの高い地に今住居や職場を構えている人は不安を増長されるでしょう。 それから不動産屋さん。 投資物件を抱えて、さぁこれから売りまくるぞ !というところにその手のネガティブ状況を発せられたら商売はおじゃんになりかねません。投資金額の回収すらも期待できません。 現住居所有者にとってもそれを売りつけられた、知らなかった、資産価値が下がったと不満も噴出するでしょう。 自治体にとっても人口減少の憂き目に繋がりますしね・・・ 住居定住の基本というものは安心・安全が専ら中心であってそのあとに快適や利便性などが付いてきますのでイキナリ「危険」ではお話しになりませんね。新規に住まいを求めようという人にとっては「誰が買うか」ということになります。 ところが今回の各地水害にあってこれこそが想定外なのだろうと思ったのが水害の死者が「浸水想定区域外」で被災していること。 その理由は各あるにしろハザードマップも結構にイイ加減な想定をしていたということですね。 2004~17年のデータでは国内の風水害で「死者・不明者7割が浸水想定区域外」で被災していたそう。「範囲内」は18%「範囲の近く」が16%とのこと。 山あいの中小河川が氾濫した九州北部豪雨の洪水では、「14人のうち12人が範囲外」ということでそうなればハザードマップって無意味? ということになりますね。 私が思うにあのハザードマップの主役は「大河中心」なのですね。その大河の支流、小河川流域に関しての浸水想定の指摘は見落としがち。 ところが今回台風の「氾濫」といえば中小河川が主役。そのメカニズムは地形、人為的堰の閉鎖による逆流等色々ですが、その件お

  • 言 ボキャブラリー自虐承認 螺鈿紫檀五弦琵琶

    先般報恩講の日中が終了して片付け中に、檀家さんのお婆さんが訪れて私と目が合うと「私は〇〇ですが・・・わかりますか?」と少々元気なく言われます。 勿論、ずっとお世話になっている家の方で面識もあります。よって私も明るく「知ってますよぉ~」と返しました。 すると「知ってたのぉ? 最近物忘れがひどくて・・・ところで今日は何かあった?」と。 何となく歩いていたらお寺に来ていたとのことですがこれまで報恩講といえば真っ先に本堂内に陣取っていた方ですからね。 「時間の経過」はどうにもなることではないだけに切ないことです。「老化の無常」なのでしょうがそれを今は「認知症」といいますね。 「長生き」についてそれが何歳以上かといえば、余り欲張らない数字「80歳以上」として、現代の医療発達の恩恵の下にいる我々からは少々ハードルが低そうな数字とは思われますが、2025年には、認知症患者が全国で700万人、65歳以上の5人に1人が認知症が発症しているといいます。 ということは65歳で認知症の症状が出てそれから「ご長寿」の勲章を得るまでかなり自身も周囲も「切ない」人生を送らなくてはならないということです。 その5人に1人の括りからは是非に逃れてうまいこと一生をハッキリ楽しくハッピーに送りたいというのが人情というものですが、その認知症の初期症状で決まって出る傾向があってそれに周囲が気づくことによってある程度の修正をさせることが可能だといいます。 それが「特定の言動のパターンがある人」(原田文植医師)だといいそれが症状の進行を早くする傾向があるそうです。 「言動」とはその人がよく口にする言葉(口癖)で、今の「わたし」についてのネガティブ体調について語っている人だといいます。 それが「最近物忘れがひどくなっちゃって・・・」です。 境内で会うその方はいつも会う人会う人にその言葉を挨拶の如く使用していました。 また他に「面倒くさい」「別にイイ」の語も認知症状としてよく使われるそうですが、そういえば私も「面倒だしまぁいいか・・・」などしばしばのスタンスではありました。 日頃からポジティブな言い回しを心がけることは「言葉」としても大切のようです。自身承認を毎度言葉にして言い聞かせしているのですから・・・また、私は「頭が腰が肘が肩が膝が・・・と痛いところばかりを口にしだしました。痛いのは事実ですがそれを口にして繰り返し吐き散らしているのはやはり病的症状に陥れる

  • 御正忌 毎年不闕に よろこびてもなほ 欣笑す

    大きな法要も無事終了して嬉しく、またほっとしています。 たくさんの御門徒さんの支えがあって大切なお勤めを修することができました。 特に「これ、おかげさま」と一応の感動をさせられたのが手前味噌ながら息子が日中法要にて率先して動いてくれたこと。 彼の御文の拝読など初めて聞きましたのでそれ一層の事。 私が「御文は何を?」と聞けば「毎年不闕(ふけつ)に」(三帖-十一)を指定してきました。 「え?」と思わず聞き返してしまいました。 内心、「聖人一流(五帖-十)」あたりだろうと思っていましたので。 ちなみにその「聖人一流」とは数ある御文の中で短くわかりやすくかつ御門徒さんにも馴染み深いものです。 一方「毎年不闕」の方といえばその4~5倍の長さ。 御正忌となればよく拝読されますが、難しい言葉も出てきて、結構に難解な御文です。それに何より蓮如さんが私の事を怒っているようで・・・ 拙寺では初めて耳にする方たちが多かったかも知れません。 まぁ「感じだけでも・・・」ということで彼にまかせました。 私も外陣で頭を垂れてその拝読を聞いていて思わずニヤリとさせられましたがその御文の中のフレーズです。 「あまつさえ」など今風な使いまわしではない古風なところ。あの息子の口からそんな言葉が吐かれるなんて・・・と不思議な感覚におそわれました。 それにまたその語といえば大抵は「ピシッと」お説教をいただくようなシチュエーションですからね。 テーマとしては拝読のスピード。 もうちっとばかしゆっくりとお願いしたいですね。 とにもかくにも彼の成長とその尻腰を押していただいてお育ていただいたお寺のご住職、関係者の皆様に感謝せずにはいられません。 南無阿弥陀仏 合掌。 それではそのなが~い御文、「毎年不闕に」の全文を。 「そもそも、今月二十八日は開山聖人御正忌として、毎年不闕にかの知恩報徳の御仏事においては、あらゆる国郡そのほかいかなる卑劣の輩までも、その御恩をしらざるものはまことに木石にことならんものか。 これについて愚老、この四五箇年のあひだは、なにとなく北陸の山海のかたほとりに居住すといへども、はからざるにいまに存命せしめ、この当国にこえ、はじめて今年、聖人御正忌の報恩講にあひたてまつる条、まことにもつて不可思議の宿縁、よろこびてもなほよろこぶべきものか。 しかれば自国他国より来集の諸人において、まづ開山聖人の定めおかれし御掟のむねをよく存知すべし。 その

  • 文化財は永遠に・・・とはいいながら ショッキング

    報恩講本法要の準備におおわらわの日々です。 夕刻にはお逮夜法要がありましたが、午後からは法要が入っていました。 施主の住まいは阪神高速の魚崎近く、片道5時間の帰郷、墓参行脚です。 スケジュール的に「その日」だったわけで、まぁ10日の当地各イベントといい重なる時は重なるものです。 セッティング準備に境内が慌ただしい中、堂内法要の勤修に参列の皆さんも気が散ったことでしょう。 遠いところから来られているのに申し訳ない気持ちでした。 まぁ事前にその辺りのお断りはしていましたが・・・ お天気はまずまずでお帰りの5時間の間の天候の崩れはないことは有難いことでした。 息子も横浜の仕事が終わってからこちらに向かっています。 報恩講は帰って手伝えと強制的に休みを取らされるようです。 さて、ショッキングなニュースでした。 私からすれば首里城の炎上の炎と同様、あるいはそれ以上に動揺させられた画像です。 11月6日の岐阜新聞によると大垣市綾野の真宗大谷派真照寺でのできごと。 『江戸末期に造られたとされる本堂の正面側の軒が幅約15m、奥行き約5mにわたって境内に崩落した。同寺によると、崩れたのは4日午前11時30分ごろ。 風は強かったものの前兆らしい現象はなかったといい、原因は不明。 1891年の濃尾地震で大きく傾いたが、檀家の協力を得て解体、補強して建て直したと伝わる。その後、瓦は定期的にふき替えていたが、少なくともここ50年間ほどは建物自体の補強工事は行っていなかった。 崩れた軒先は長くせり出し風雨にさらされて老朽化していた。岐阜大工学部の木下幸治准教授(維持管理工学)は「寺社仏閣は耐震設計のような発想がなかった時代に木材のみで造られたものも多く、日頃から専門家に点検を依頼することが非常に大切」と指摘した。』 お参りの方がたまたまその下に居なくてよかったです。 住職は本堂の中に居たそうですが・・・ 「専門家に点検を」の件よくわかりますが、拙寺の状況も上記のお寺と殆ど同じような感じ。 どうしていいかなどわかりませんね。 点検して何かしなくてはならなくなったらまた頭が痛くなりそうですし、黙って見ていていいのかという気持ちもありますが・・・ 物のカタチとしてあるからにはいつかは滅ぶのは必定。 永遠にそれを維持させることは不可能と思われますが。 ①②は先般足を運んだ博物館の図録。 ③は牧之原市からの文書お達し。 スプリンクラーに放水銃も欲しい

  • 磐田の地名千手堂(せんずどう) 「千手の前」の名

    今朝の慌ただしい時間の中でしたが、テレビから流れる千葉の知事さんの会見の様子に耳を傾けていました。 会見とはいいながらも釈明ですね。 それは例の台風の翌日に「公用車を飛ばして別荘へ」の「言い訳」といった感じ。 「別荘ではなくて自宅」と強調したのは前の東京都知事がやはり「公用車で別荘へ」が問題になって辞職に追い込まれたことが頭にあったのでしょうが、それより今回のテーマは「台風直後に公務を離れたこと」へ沸き起こった疑問ですので、行った場所が別荘だろうが自宅だろうが関係なし。 むしろ台風が心配で自宅に戻っていたのでは・・・という職務放棄に近いその「スタイル」~この語は知事が「走る車の中からさーと視察する」やり方の知事ならではのやり方、合理性を語るに使用していました~であって自宅に戻ったのは自車をとりに行くためであってあくまでも「私的視察」が主眼であるとのもの。 千葉県民の大いなる疑問は甚大な被害が起こった千葉南部ではなく、被害の少なかった東部の自宅?方面に私的に向かったことですね。理由が「自宅視察」ではなくあくまでも県下被害状況の視察であると強く訴えていましたが利害無関係の一視聴者の私が思うところ限りなく付け焼刃的応急の言い訳にしか見えませんでしたね。 思うに記者の質問に対して「反論」のみに全力を投じるかの如くであって素人目に見ても「そこは謝っちゃった方が・・・」と思うところありました。 何故に素直にそこは私が悪かったの「ごめんなさい」が言えないのでしょうかね。 おかげで本当のところがよくわかるような記者会見でしたが。 元の三文役者だけあって演技は落第点、演劇指導が必要かも。 水の入ったコップを口に近づける場面が何度も放映されていましたが確実に「手が震えていました」。 犯罪心理学の観点から明らかに「嘘をついている時」の興奮状態の反応のよう。 もはや時間の問題というか、地元に総スカン喰らったとしたらひょっとすると千葉県に居られなくなるかも知れませんね。 地元の声がわからなかったトップなのでしょう。 芸人さんあがりということで「花道」がお好きだったのでしょう。 千葉の人が決めること、私はただの傍観者。 さて、手越宿の「千手の前」について先日記しました。 千手って何?と思うところですが、これは「千手観音」からという推測の通りですね。 アリがちな伝承ですが「手越長者」の子生まれ願掛けをその千手観音にしたら、彼女が授かったという

  • この形式はかなり古い 塼仏―せんぶつ 

    先日は毎年恒例、報恩講前の「おみがき」。 本堂荘厳お飾り、黄銅仏具をキレイにします。 ご担当地区から12名が集まり、それぞれおしゃべりをしながらののんびりとした作業でしたがおかげさまでお昼前には終了しました。有難いことです。 勿論、私もその中に紛れて舌長、もうちっとばかし手を動かさねばね。 人の会話に入り込んで耳にした単語に反応してのおしゃべり、終わった後からいつもの後悔でした。 皆さん「腰が(痛くて)」の言葉があった際、その日の朝、ちょうど見た新聞記事から「腰痛持ちも悪くないかも・・・」と。 その記事を見た人もいて「そうそう」と応えていただく方がいたり「え~」という不審を抱く方もいました。 その記事の見出しが「腰痛持ちの80歳以上 認知症リスク半減」というもの。 痛みを感じること=脳の機能が維持されていることなのでしょうが、65~79歳の人で膝の痛みに関して認知症になるリスクが1.7倍高く膝が痛いに加えて+「1日30分以上歩かない人」となると認知症に1.9倍なってしまうそう。 要は「痛いから歩かない」という図式ですね。 その80歳以上の「膝の痛み」に関してはデータ不足から差異は見られなかったそうですが、「腰の痛み」に関してそれを感じる人は感じない人の0.5倍とのこと。 痛いながらも体に負荷をかけることが健常につながるのでしょうね。ほどほどというものもありますが「痛い」を言い訳にせず適当に自分に鞭を打つくらいの厳しさも必要なのかも。 楽ばかり求めている自身反省しつつそんな話をしましたが、オチとしては「自分の痛み」を知るということはやはり「他人様の痛み」に関して理解しやすい。 何にでも「痛い」からは解放されたいものですが悪いばかりではありませんね。 先般、脳動脈瘤が3つ発見されて2度の手術を無事終えて現在リハビリ中という方とお会いしました。 そしてそのトータル80針以上の頭蓋内大手術の痕跡を拝見しましたがその痛みというものの筆舌に尽くしがたさをうかがって私は震えあがりました。 しばしば頭痛に付き合いつつ時として薬の力を借りてしのいでいる私ですので少しばかりその頭痛の辛さはわかっているつもりです。 麻酔から覚めた時はそのうれしさ(手術終了の)を通り越して酷い激痛に襲われるのだそう。 その手の手術後の流れだそうですが、目が覚めた途端に質問の「連続口撃」があるそうです。 貴方の名前、何故ここにいるの?から始まって細々とし

  • 左の伏兵 adidasは3本 板碑といえば2本線 種子

    世の中いろいろ人間のやることなすことのアホらしさ(勿論自身も含めて)にはほとほと・・・ニヤニヤと傍観しています。 それを受け入れる側や自分自身の中にある「まともな私」(他力による気づきとしての仏縁)からすれば毎度毎度のヤレヤレ感でしょうし、まぁいつものことでしょう。 「どぉ~」ってことはないといえばそうですが・・・。 たとえば各大臣殿が有権者にいろんなモノを配りまくって、あるいは選挙カーのウグイス嬢に余計に報酬を支払ったりの公職選挙法抵触の疑いがバレてクビになった(実際は自分から辞表を出しての逃げ)ことや千葉県の知事殿が実はあの台風当日に自身の別荘に「公用車」で行っていたことがバレちゃった・・・などなど私からすれば「知らぬこと」のスタンスでありました。 直接の関係はまったくありませんからね。 ところがこればっかりは「腹が立つ」と思ったのは「週刊文春」( 2019年11月14日号)から。 その大臣職をクビになった河井法務大臣が大臣在職時に車両移動中、秘書に「急げ」と指示し80キロ制限の高速道路を60㌔オーバーの140㌔で走行させたというもの。 「へーっ」ですね。 法務大臣が法令順守の精神が欠落していたことは一応は「けしからん」とは思います。 しかしスピード違反など交通違反は誰でもやらかしますから。それにしても60㌔オーバーはいくらなんでもやり過ぎか・・・。 まぁほとほと呆れて腹が立つのはそれに対して御咎めをしない広島県警のあり方。検挙しないということは容認したということですからね。 「今年3月には、麹町署の巡査が、警察官の交通違反を見逃したとして、犯人隠避容疑で書類送検されている。 一般市民の違反については厳しく取り締まる一方、政治家の違反は見逃していたとすれば、警察への信頼を失墜させることになりそうだ。」と上記取材で締めていました。 まさにその通りでしょう。 「ケーサツのインチキまかり通るの」一言でしょう。 昨日は静岡県警で万引きがバレて依願退職・・・のニュースが地元テレビで伝えていましたが、その件は「まぁ人間だから」の出来心ということで「しょうがないか」というところもありますが、その交通違反に対する手心について政治家OKのスタンスはあり得ないことです。 警察という組織、「庶民の敵なのか・・・」と感じさせられたワケで。 覚せい剤や麻薬のお世話にならないマジメな庶民が刑事被害を除いてのケーサツとの関りは自動車で公道

  • 寺標土台補強完成 板碑のベース(東京国立)はコレ 

    岩手県の釜石市がワールドラグビーの年間表彰(キャラクター賞)を受けていました。 東日本大震災の津波被害からの復興を通じて「ラグビーの価値を高めた」ということが理由だそうです。華やかに盛り上がった今大会にあって地味な裏方としてこつこつと活動してきた成果が認められたのでしょうね。 あの大震災からの苦難を乗り越えての活動が評価されたことは本当によろこばしいことでした。 日本全国「自然災害」の増加はどちらでも困りますがこと東北地方の人たちがそういった災害に遭うことを見ると二重三重の苦痛を強いるようで一層のため息が出てしまいます(それは自然災害にあわせて人間の余計な造作・・・厄介な原子力発電所発のいろいろがあったこともありますし)。 そこに昨日のニュース。 例の台風19号で仙台市の災害用の備蓄食料が浸水被害にあったとのこと。計約2万7600食の約650万円相当がおじゃんになったようですが、保管倉庫が河川氾濫時の浸水想定区域内にあることを承知していての被災だったよう。 それを言っては気の毒といえば気の毒ですがハッキリ言えばお役人の怠慢ですね。日本全国共通ではありますが。 役所というところはそういったところの改善の動きに関しては甚だしく「遅い」ですから、まぁわからないでもありません。 ちょいと市として余計な事を添えるな~と思ったのはおじゃんになった食品は「堆肥などに使用する」そうです。 体のいい変な言い訳・・・と思いました。 要は「土に埋めて捨てる」ことだろうと。 みすみす管理不適格地にあった食料倉庫について放置したことによって起こした損失と、予測する緊急時未対応になりうるリスクについて厳しい目で見る必要がありますね。 全国の自治体は一斉に見直さなくてはなりません。 私の地元でそれら非常食でも台無しにされたとして「ちゃんと肥料にしますから目をつぶって」などと言われたら私なら腹を立てますね。それを食い物の恨みといいます。 さて、門標補強工事は昨日で完成。 ガッチリ固めました。 逆に逃げの部分をまったく設けていませんので、棹の部分が根元からポッキリということも考えられます。しかしこれ以上の対応はもう無理かも。 そもそもこんな小さな寺の割に大きすぎる石標なのですから。 最近エライ人が流行り言葉にした「身の丈・・・」に合っていないということでしょう。あの半分から2/3でも十分でしたね。 まぁその言葉の使用方法としてはそもそも自身の身に

  • 初期職人のモラルとコンクリートそのものの劣化

    関西地区の地震でブロック塀の危険性が問われてから特に、各自治体では資金援助しながら既存ブロック塀の解体と別素材での境界フェンスの工作を進めていますね。 よくブロック塀に「鉄筋」の有無について問われることがありますが、一昔前は鉄筋無しなどの工事は当然の如くあったわけで・・・。いい加減というかそれが「予算に応じて」の工事方法の一つであったのですから。 かつての職人さんと話したことがありますが、鉄筋どころかブロックの間の空間に親方から「新聞紙を丸めて詰めろ」と指示されていたといいます。 要は生コンをケチるということですが、時として新聞紙も詰めない空洞のままのブロック工事もあったといいます。 まぁそういった工事によるブロックはすでに軒並み崩れ去って今となっては問題として上がってこないのかも知れませんが、ひょっとすると奇跡的に生き残ってて未だ街路に建ち続けているやもしれません。 それを考えると恐ろしいですね。 しかし恐ろしいのは橋ですね。 また橋梁型の道路はそこいらじゅうに走っていて考えるところはそれらの耐用年数、コンクリートの経年劣化の件です。 イタリアでは大きな橋が崩れていましたが日本でいうと「長さ2m以上の橋」というくくりだけで70万橋弱といいます。 また日本のトンネル崩壊事故も記憶に新しいですがトンネルだと1万強。他に道路・水道管・下水管・港湾施設に空港にビルなど様々な施設に使われているコンクリートですがそのコンクリートたちにブロック塀工事の業者のするようなモラル欠如の姿勢がまったくゼロであるとしたとしても、それらの耐用年数の迫っているあるいは時間切れの超危険なそれらは今社会に溢れかえっているはずですね。 そこいらじゅうに道路に橋にトンネルが通って私たちの利便性は向上はしていますが、メンテナンス・補修の方におカネを回して行かないとこれから橋やトンネルはどんどん落ち・崩れていくのでしょう。 ちなみに拙寺寺標が立てられてから20数年。 倒れることを殆ど考えていなかったとみえて薄っぺらいコンクリートが張られていましたが劣化は甚だしいものがありました。 今度はステンレス製の鉄筋を入れてベース部に差し込みミキサー車を・・・ 午後には型枠が外れます。

  • 今年はいろいろイベント重複 報恩講 QR再掲

    お手元のスマホでコードを撮影するだけ PCからは https://www.youtube.com/watch?v=DljZBPDaz5g&feature=youtu.be

  • 丸子(鞠子)名物と丸子川端の高札場

    南アの「デカくない」デクラークとコルビの弾け具合、光っていました。 「歓喜踊躍」(無量寿経)の様相は見ていてこちらも楽しくなってしまいましたね。 人種隔離政策という負の社会から離れて、その社会の成長があったことを確認できたことが素晴らしいのです。 ラグビーは「クレバーな連携と協力」が命。 今回のRWCの優勝は人種混在のアフリカ代表チームが真の民主的国家に成長していることを証明したのでしょうね。 日本チームを見ていてもそうですがあの競技はそもそも国籍・人種・民族の区別をとやかく言いませんね。 「みんなちがってみんないい」(金子みすゞ)・・・、それを受け入れて一つにまとまれることの強さを見せてくれました。 昨日の法要の締めは地代の墓地。 イイお天気すぎて気温はどんどん上昇。参列者から「11月なのにね・・・」の声が。私としてはうれしい限りですが・・・ 自宅仏間で拝読した御文、「当流の安心の一義」の「安心」について「あんじん」読み、「濁る」でした。 そういう仏教語と現在の一般的なものとの読み違いについて「結構ある」として本堂本法要に入ったわけですが、冒頭に拝読した「至心懴悔」の「さんげ」読みの「濁らず」、また開経偈からも「無上甚深微妙法」を持ち出して「微妙」の「みみょう」読みをあげてみました。 特に参列者に教師がいらっしゃることを知っていましたので漢字のカナを振る国語の試験でおそらくその仏教語についての私どもの正論としてそれを記したとしたら×(バツ点)をもらうかも・・・と。 私がモンスターペアレントだったら・・・怒鳴り込みに行くかも・・・などと笑いをとろうとしましたが、完璧に滑りましたね。 特に現代で使用する「微妙」とは殆ど否定語になり果てていますが本来の仏語でいうそれは「無上甚深微妙法」の通り。 以前も記した覚えがありますが、その語を「ビミョー」と言いつつ(殆ど拒絶の意思表示)物事に前向きににれない若者に虫唾が走ります。 使い方違うだろ!!勝手にしやがれ!!と短絡してしまいます。 それも「それはそれでイイ」と許容すべきなのでしょうかね。 さて、私はその店に入ったことはありませんが丸子(まりこ)宿で一番に有名なものといえば何といっても「とろろ」。 近くのカレー屋には入りますがね。一度は入ってもいいかとは思っていますが、財布の事情もあって直前で「カレーでいいや」になってしまいます。 最近はバイパスに合流して少し、宇津ノ谷の

  • 牧之原市ユーチューブ紹介 寺標工事 丸子宿

    いいお天気は本当にありがたい。 昨日はハイビスカスの植木鉢の整理が少々捗りました。 その前夜は駐車場に2台の不審車両が居てその警戒に周辺フラフラと見回りました歯がガチガチなりそうな「寒い!!」を感じました。季節は確実に進んでいます。 不審車両の件はよくあることで「夜だからわかりゃあしねぇだろ」程度のお気軽で近所の人が置いていくパターンかポケモンのなんたらかんたらでスマホ操作をする輩が来るくらいですが 「念のため」その車両ナンバーはこちらもスマホ撮影を・・・というワケです。 以前は「パンクしたので置かせてもらった」とジャッキアップしてタイヤを1本外した車両を置いて行った方がいましたがそれはさすがに警察に通報しました。 その旨一言ことわりを告げてくれれば無駄な騒ぎにはならなかったのに。 日本で就労しているだろう外国の人がニヤニヤしながら境内をうろついていたこともありましたので、夜間ともなると以前は真剣おっ取り刀ですっ飛んで出たこともありました(勿論違法です)。 何かあったら面倒な事になりますが、「最悪正当防衛の主張を」などのお気楽刃傷事案覚悟のかなりのバカでもありました。 信用のおけないご時世で致し方ないのかとは思いますが無茶苦茶なお頭です。奥方は「まだ成長過程にある」からだと納得はしているようですが。 信用のおけないのは社会ではありますが、やはり一番に信用ならないのは自分の事。 先ごろお寺の門前の寺標が傾き出したことを記しました。 石屋さんに連絡を入れての緊急工事。 4トンユニックでだましだまし支えながらべース部を剥がして正立させたところでした。 棹の部分とベース部分はソケット式にはめ込まれていますが、上部を横に引っ張れば接合部分を破損させることになるとのことで引っ張ったり支えたりする部分はどうしてもベース近く、重量のかかる下部になるとのことでした。 壊したら元も子もない、より酷いことになりますからね。 結構気を使いながらの仕事のようでした。 重量は「1t近い」ということでした。 前回も記しましたがこれを「まぁ当分大丈夫でしょ」というような感じで放置し、たまたま前を歩く通行人にかすりでもしたらもはや致命的。 お寺が人を殺めるという大皮肉を惹起させかねない「今ここにあるリスク」でした。 昨日はそのベース部の半分程度までコンクリートでガッチリ固めるための型枠工事。 とにかくアレに関しては絶対安心を得るために・・・です。

  • 丸子宿と近年の堤防決壊の歴史 時を経て痛みを忘れる

    昨日は朝から凄まじい炎の状況を見て気分を悪くした方がたくさんあったでしょうね。 酷い有様で特に沖縄の皆さんの心中を思うとどうにもならないことながらこと悔やまれる事件でした。 何せ、あの戦争で米軍の侵攻の際本土の「堤防」となって焦土と化した沖縄の第一のシンボル的建築物でしたから。 その悲運の城郭については世界中に発信されて各方面から温かいコメントが入っていましたが単純に世界の人の心中は「日本とは特異的に災害の多い国」のイメージでしょうね。 以前の地震津波に原発のメルトダウン、昨今の台風、水害の被災を見て単純に思うに「行っても大丈夫かよ」・・・です。 まったく関連性のない合理性に欠く感覚ですが、人のイメージとはそういうものですね。 灼熱地獄のオリンピックに「人命」についてハッと気づいたIOCの決定事項にダダをこねているあの知事殿は見苦しいこと甚だしいかと。 次の都知事選のパフォーマンスという評価もあるようですが、札幌では実は冬季オリンピックの招致活動を控えていますね。 ここでのゴタゴタはカンベンして欲しいところでしょう。 決まったこと、決められたことに「イヤイヤ」をする日本人をイメージづければ「日本人に何かやらせるとゆくゆく面倒なことになるかも知れない」ので「できるだけ日本での開催はやめておこう」という図式になるということに気付くべきですね。 次回の集票を期待しての「ヒステリックなわからずや」を演じているのか実は本心なのか知りませんが、これ以上粘ってしこりを残せば世界の日本への印象はすこぶるダウンするでしょうね。「ルール度外視の人情論をたらたらと」の面倒くさい人種の烙印を押されるということですね。 そもそも東京都はIOCとつるんでひと儲け図るべくIOCの規約にのっとって「是非やりたい」と招致したのですから。 このオリンピックは「2億円送って買収招致成功した」という噂は世界周知のこと(それを指摘された日本の責任者は辞めてしまいましたね)。 そんな裏の事情をよく知るIOCを正攻法の理でもって非難しても始まらないことでしょう。「そもそも論」を持ち出されたらぐーの音も出ないのでは・・・ 知事殿は「そんなの関係ねぇ・・・」でしょうがね。 札幌に「びた一文出さない」風の知事殿コメントは「財布」の件を超えてとことんケチな性分なのだということがわかりました。 あーいやだいやだ・・・結局どうでもいいけど・・・。 しかしここはひとつ沖縄

  • 「丸子」と書いてマリコと読む② 丸子宿水神社

    色々と学校の先生がバッシングされているようです。 先生が先生をイジメるという件に関して、「凄いな・・・」とは思いますがある意味「そういうこともあるのか」というくらいにしか・・・ 決してその手の人権侵害最たる陰湿極まりない今風のテーマを軽んじるつもりはまったくありませんが、一般の会社内、社会人の間でもその件よく耳にする話。 どこにでも転がっていそうで珍しくも何ともありませんが、こと教職員同士のそれとなれば世間の目は一層厳しかったということですね。 あの教師たちは吊るしあげられてあたかも公開リンチの如く状況になっていますが、まぁ自業自得といえばそうかも知れませんが日頃対学校、対教師、教育委員会へと鬱憤を晴らすべく一気に不満をブチ撒けている諸父兄さま各位に社会全般の学校と教師嫌いの皆さま、ほどほどにしないとね。 日本全国、「教師になろう」などいう酔狂な若人は居なくなりますよ。 遥か昔、私は父親に倣って教職の道へ進むことを願われたにもかかわらず、早々にそれを放棄して祖父含め親類にアホ呼ばわりされながらも好き勝手をやってきた私ですが、今考えてそれでも「まったくOK」で後悔はナシ。 父親の背中を追おうという気もなければおそらくあの社界・風習に馴染めるものではないと、まったくヤル気もナシ。 最近の教師を取り巻く各バカバカしさを見てますますその選択は間違っていなかったと思うワケですが、私の周囲にいる責任感強い教職の方たちに「子供さんを教師にさせるの?」を投げかければ皆さん異口同音に「絶対にやらせない」と言います。 「これほど辛い思いを子供にさせたくない」とその理由を付け加えられます。 あるニュースには「部活動、寮の管理、体育祭や文化祭などの企画運営、学校ホームページや公式フェイスブックの更新」などで「残業時間は毎月100時間、ある月は170時間」とありました。 酷い「ブラック」このうえなし。 そのうえ例の「モンスターペアレント」の襲来。 おつおつ休んでもいられないと聞きます。 トラブル対処のために呼び出されるそうです。 そういう状況と教師バッシング旺盛な世の中、「誰が教師などなるものか」は当然のところ。 ということで「教師の質」というものはどんどん劣化していくワケです。 成り手が少ない中でも最低限の頭数だけは揃えなくてはなりませんからね。 ゆくゆくは子供達・・・孫たちの教育環境に関わってくるというもので、教師に詰め寄って言いたい

  • 安倍川右岸の万葉歌碑に逢いに行く 長田南中学校

    インフルエンザ薬を服用した後に異常行動(突然走る、飛び降りる)をした人が昨季で72人にも上ったといいますね。 奥方に言わせれば「365日異常行動」と言われている私としてはそれを聞いて、「私は異常になりえない」と断言したのでした。 去年はインフルエンザで40度の高熱を味わってフラフラになりながらも受診、例のゾフルーザを処方してもらったワケですがあの時は「ただただスグに家に帰って休みたい」の一心でした。 異常といわれるような行動を起こす余力など微塵も残っていませんでしたからね。 72人の人が「オカシイ」というデータが残っているのですから、薬剤投与後の様子については周囲が見守る必要がありますが、少なくとも私や奥方の場合は「ただフラフラ」でその手の心配は無かったのでした。ただ無投薬の人でもそのうち10人ほどいたといいますから、高熱によて頭の中がオーバーヒートしているような気もします。 奥方は「どうかしている」というのは墓でも石碑でも「見てみたい」と思ったら時として脱法行為とも取られかねない行動をとることでしょうか。 先日も東京都区の教育委員会の方から「ブログで見た」という方から問い合わせをいただきました。 立ち入りを制限されている某墓地を隣接する空き地から身を乗り出して撮影したものを使用したのですが、その問い合わせの内容は「いつなら墓地内に入れるか」というもの。 私はその旨誤解させたことを謝ってこれは「盗撮」でしたと。 たくさんの画像をアップさせていただいていますがそれが続けられているのはひとえに「生身の人ではない」からでプライバシーに関しては希薄というか故人であり「墓石」だからですね。 要はお墓をこっそり「盗撮」したとしてもその墓石の権利の侵害について訴えが起こりにくいということ。 墓地が私有地であれば勿論違法行為になるでしょうが・・・ また、カメラを持ってのうろうろ歩きに「不審」を抱かせて「通報された」と思える場面は何度かありますが、職質対応等イザとなれば「本当の事」を言って名刺でも出せばOK。 ただ「変わった奴」と苦笑い程度はされるでしょうが。 その「苦笑い」というのは大事なのですよ。先方さんとしては不審者といえば結構に緊張感溢れての対応となりますので、私がニッコリと自身出所と目的を表せば「ああよかった」の緊張がほぐれた「笑い」が浮かんでくるものなのです。 さて、昨日記した手越河原合戦址の碑のある公園の近くに長田南

  • 安倍川駅近 167000人 手越河原古戦場 

    トランプのしたり顔と「まるで映画」の言に一つ思った事。 それはイスラム過激派組織「イスラム国(IS)」の最高指導者をアメリカ軍の特殊部隊が急襲して殺すまでのライブ中継の感想でした。ホワイトハウス内で「作戦」を大統領が椅子に座ってモニターで観戦できるシステムですね。 その「映画」の件、トランプがIS指導者の最期の様子「犬のように喚き散らして死んだ」との言を付け加えていましたが、その台詞はやはりハリウッド映画で覚えがあります。 デ・パルマ監督の「アンタッチャブル」で警官マローン役のショーン・コネリーがカポネの殺し屋にマシンガンで蜂の巣にされて殺されてしまいますが、その後ネスの前でその殺し屋が言った台詞が「マローンはブタのようにわめいて死んだ」でした。 キレたネスが屋上から突き落として観客はスカッと気分が晴れる思いをさせられるのでした。 その手の言葉は演劇などしばしば「言ってはならない、言わなくてもいい言葉」としてそれを吐いた人物の人生を変えてしまう語として扱われています。 まず要はその手の言葉は自分の首を絞めるような結末があるということですね。またそれは特に悪役の台詞です。 自分のおかげで「世界に平和が訪れる」的慢心が画像から溢れていましたが「歴史」から見ればそれはちょっとありえない話では・・・と思ったのでした。 すでに「イスラム国(IS)」を狂信的に支持する人々は世界中に散らばっています。カリスマ指導者は一旦は不在となっても再び誰かが祭りあげられることもありましょうし、今度は潜伏してゲリラ活動にウェイトを移してテロのタイミングを見計らうかもしれません。 別にISでなくてもそのシンパや反米主義者(貧なる者たち)はいくらでも「我こそは・・・」と出てきそう。 いつまでも力でもって貧者(反米)を押さえつけられるという発想にも疑問がありますね。 まぁそういうことでトランプは余計な台詞を吐いたこと、一つ覚えておきましょう。 さて、先生同士のカレー騒ぎが世を騒がせているようですが私も激辛カレーを人に喰わせて「辛い」の悶絶の顔を見て大騒ぎした経験はありました。辛いカレーはそれなりに美味しくて今も好んで食しますね。罰ゲームの使用もありましたが、こっそりと「奥の墓道氏」にだけ激辛を出して喜んでいたことも思い出します。 またそんな時といえばレトルトの「20倍」というものを使用しました。まぁそこまでくると「痛い」。 人に食わせても「自分は

  • よろしかったらどうぞおこしください 田沼300年

    猛暑も暴風も大雨も過ぎた昨日の日曜日は絶好の行楽日和だったのかも知れません。 神奈川県内在住の妹家族が母親に会いに当地に来ていましたが東名高速は行きも帰りも「地獄の大渋滞」だったとのこと。 まるでGW並みと。 きっと関東地方在住の方々の欝憤を一気に晴らしに各レジャーのために移動したのでしょう。 そんなものなのですね。 かたや同地域で過酷な天からのお裁きのごとくの天災の連続で悲鳴を上げている人々がいる中、われ関せずのリゾート気分。 それをいうのもまぁ無茶というものですが。 とてもそれを私は否定などできませんしむしろ当たり前のことだろうと思うところですが少しだけ・・・心に残った現象を見たわけです。 私は午前中の法事のあとは夕刻からの南ア×ウェールズの試合が始まるまでぼけ~っとして過ごすばかりですから他人様のお楽しみに対して文句を言う資格など微塵もありませんし、人とは自分主導で生きる動物ですのでその手の傾向は「そんなもの」・・・なのです。 ということで以前、被災は皆が抱えている不安で、それを自然への「納税の時」というような言い回しをしたことがありましたが今考えれば考えるほどその実の無いお裁きを何度も何度も受ける人があって、時に命まで奪われるなどの現実、天とはなんて気まぐれで理不尽きわまりないものかと思います。 たまたま私はいつも毎日がお気楽でその「納税」は先延ばしになっているだけですが。いずれ強いお達しがあるのでしょうか。 ではその理不尽からどう逃れらるのか・・・どうすればいいかということになりますが、それは絶対に逃れられないということですね。 何と言っても気まぐれなのですから、その督促は。 よってしばしば人によって差があって超理不尽な結末。 どうしても理不尽=人生なのですね。 良寛さんの「災難」を思い出します。 「災難に逢時節には災難に逢がよく候 死ぬ時節には死ぬがよく候 是ハこれ災難をのがるゝ妙法にて候」 何度か拙ブログに登場する語で仏に「まかせる」ほかはないところを記した有名な言葉です。 やはり私は「生き長らえたい」・・・(禍には逢いたくない)それが本音です。 世間様は手を差し伸べてくれても限界があります。 自分の命は自身の手で長らえるよう努めなくてはね。 いずれの時も。 画像はいよいよ田沼300年本番の月に入ろうとする今、色々なところでその宣伝を見かけるようになりました。史料館では展示が始まっています。 ①旧東

  • 魚鱗鶴翼War Cry 名のり 罵り 私は南無阿弥陀仏

    昨日のお楽しみは勿論、RWCニュージーランド×イングランド。 試合は戦前の予想に反してイングランドの勝利でした。 イングランドの守備陣の「圧」に圧巻でしたね。 まぁオールブラックスらしからぬ凡ミスも目立ちましたが・・・ まさかと思ったのが試合直前の「War Cry」。 お馴染みニュージーランドの鬼気迫る「ハカ」でしたが受け手のイングランド陣のカタチはいつも見る「整列」ではなくニュージーランドのハカの陣形を包み込むように広がってV型の図。 前回の試合、ニュージーランドのその時間はアイルランドのファンが大騒ぎして彼らのハカをかき消していました。 よって今回も何かあるのではと思っていたところでそれも含めてそのハカに期待していました。 あの構図を見て「ほぉ」っと思わなかった人はいなかったのでは・・・実際ハーフラインをも超えてVの字型に広がったイングランド選手に審判が「引っ込みなさい」と注意していましたね。 私の「ほぉっ」・・・は「まるで三方ケ原」の連想からきたものでした。 ニュージーランドのハカはまさに陣形でいえば「魚鱗」ですがそれを本来なら整列して見守る儀礼があるはず。ところがイングランドといえば何と「鶴翼の陣形」。 知ってか知らずが「鶴翼」は大軍系、相手を飲み込んで封じる力関係を戦前にアピールするカタチ。逆にハカを挑発しているかの如く。 三方ヶ原では鶴翼をとった家康軍は魚鱗の武田に粉砕されましたのでこれを見た際ニュージーランドの突破力に勝利を推ったのでしたが・・・。 前の日本代表ヘッドコーチのエディー・ジョーンズはそれ以前からも「日本」との関わりが深く、日本の文化にも多く触れていたであろう人。もしかしてそれら戦闘の陣形について知っていて一つここ大一番にシャレてみようとでも思ったのでしょうか。 その際、イングランドの主将の顔には笑みが浮かんでいましたね。結果からもイングランドの強さを見せつけられてあらためてエディの凄さを知ったのでした。 少々考えすぎか・・・ 「War Cry」といえばオールブラックスほか、南太平洋国々、トンガ・サモア・フィジーのRWC御常連の国々でも有名で、今年は日本国内各所でもその人気と気合にあやかろうとしてか、それを集団で行う様子がうかがえます。 奇異に思うこと、異文化を物まねしながら吸収しその本質を学ぶことはよろしいことですね。 ただし「War Cry」はそのまま訳せば「戦争」という語が。 最近

  • 少将井神社 手越長者屋敷跡 「千手の前」

    台風21号が連れてきた低気圧は殆ど台風並みでした。 当地も風は吹きまくり雨が長く続きました。とはいえ何といってもあの「千葉ほどではない」というところ。 昨夕も当家奥方の縁者から奥方に川の氾濫によっての帰宅困難の報が入っていました。 天気予報を見れば絵に描いたように房総半島に線状降水帯が。 要は大雨を降らしに雨雲がわざわざ千葉の上空に集合しているが如くでした。 千葉在住の方々からすれば連続的に3回に渡る災難。 まぁ千葉に限らず各所に災いをもたらした連続の大雨ですがこの頻度でもって集中的な豪雨と毎年付き合って行くというのであればさすがに辛いでしょうね。 これから本当の「温暖化」の恐怖を味わっていくというのでしょうか。 床下でも床上でも「浸水」などたまったものではありませんが、土砂崩れで家といっしょに流される様子は報道される画像を見ているだけでショックを受けます。 退避せずに「外に出ない」という策もありますが、家に残って失う人命もあります。できるだけ早く判断する事が不可欠です。 旅行のスケジュールでも無理やりぶつけて家族で台風の進路とは逆方向に逃げ(遊びに行く)るくらいの余裕があればベストなのですが。 天気予報はよく当たりますから、予定も立てやすい。 ちなみに私ども地域の方々で「ちょっとヤバイかも」と思った方たちで公設の避難所ではなく「東名牧之原S.A.」に避難した家が結構あったそう。あそこなら水害はありえませんし外部からも入れます。 停電も断水もまずないだろうということ、食事はいつでもとれてシャワーだって浴びられると。 さて、昨日は日本弁護士連合会が死刑廃止と終身刑の導入を同時進行でに求めていくという方針を決定したといいます。 これは死刑廃止法案のみを成立を求めていく方策よりもより理解が得られるとの転換ですね。 「無期懲役」なる刑がありますがあれは「無期」というくらいで一瞬間「エンドレス」を思いますが大抵は模範囚など仮釈放の可能性がありますので案外娑婆に出てこられるもの。 それが「終身刑」となればそのものズバリ「死ぬまで」です。 よってこれは刑が重くなったワケで決してその件好ましい姿とはいえないのでしょうが、とにかく世界でも稀な死刑制度を「今スグ廃止したい」ためが故の流れ。「殺す」よりマシということでしょう。 これでその特に先進国の中で見苦しい国の仇討制度廃止の論議は進むことでしょう。 どちらかでも記していますが、当

  • 拙寺寺標は只今改修中 倒壊の危険

    台風21号は強風域はかなり本州の東に逸れていますが当地は午後から風が強めに吹き出しました。雨域は西から大雨が・・・台風に引きずられる如く追いかけてきているようです。 午前中は近くの医院でインフルエンザの予防接種を受けてきました。昨年それで苦しんだ経験からの反省です。 聞けば「5カ月有効」と。 私のそれまで聞いてきたそれは「3か月」でしたからこれはサプライズ。殆どこれで今季はガードされるといった感じ。 油断は禁物ですが、気休め以上の安心を購入したということですね。 さて、ハンセン病の家族補償について決定したとのニュースが伝わりました。 国が主導し末端の国民一人一人がその病気への偏見を「つい最近まで」続けていて、大いなる非人道差別を味あわせてしまったその対価(補償額)の支払いとその額が決まったというものです。 聞けば聞くほど耳を疑いたくなるような無茶苦茶な差別があったというこの事実を私たち皆が共有し、反省していかなくてはこの「一応のケジメ」は無意味でしょう。 そもそもその程度の補償額で国としての「反省しています」の気持ちはそうは伝わってきませんが。 意義としては「反省」があってその差別の方向転換があったということのみですね。 私たち市民レベルでそのような不合理の歴史があったことを知り、病気とその差別を味わった方たちへの理解を深めて行かなくてはなりません。 オリンピックのトーキョー以外の開催地変更大賛成の私ですが期限が迫っている中、開催地として白羽の矢が立った地も問題点があって大変そう。 所詮モニター前にいる傍観者の私は結局は他人事、ドタバタ劇をニヤついて見ていればいいのですが、ここでまたふっと思ったことを。 今回の開催地変移のIOCの判断は適格だったと思いますが、それに至った判断材料を考えるにたくさんあった日本初のネガティブ情報が思い浮かびます。 枚挙にいとまがありませんが、夏の熱中症による多数の救急搬送者から始まって真夏なのにインフルエンザ患者がうなぎ上り、暑い地域(沖縄)から北上し流行する状況も見せつけました。 また自然の猛威、台風に竜巻について海外メディアは色々尾ひれをつけて報道したでしょうね。事実、大層な被害があったことは事実ですが。 RWCという長期間日本に注目が行きやすい時期に台風が首都圏を連続して襲いまた、実際に試合が中止になったということも超ネガティブ材料。夏に来られた各スポーツ選手のコメントも凄いも

  • 金箔瓦に「チキリ」 駿府城発掘品 チキリ締め

    一昨日は富士山に初冠雪があったとの報せ。 要はこれから「冬本番に突入しますよ」ということですが、昨日は朝のうちはトレーナーを一つ着込むほどではありましたが、陽が昇るに従って気温は上昇。 いつもと同じ半袖シャツで外出しました。 奥方が罵るには「夏は今日が最後だからな・・・」です。 温暖化が叫ばれる昨今、まだまだ「ノー天気」な陽気はありそうです。それにしても良かったです。 台風21号が反れてくれて・・・。アレが来ていたとしたら日本は立ち直れないほどの打撃を受けていたでしょうから。 「ノー天気」な陽気は海水温を高め、台風の勢力とコースを19号と同様にするでしょうから、まだまだデカいヤツが来る可能性があるということですが。 さて、昨日は静岡にて所要があったわけですが、その帰りがけ、ついでに先日見られなかった駿府城出土品の追加展示の品々を見てきました。 これは駿府城の発掘現場に行けばいたって気楽に見ることができます。 奥方は「毎度ここへ連れてこられる身にもなりなさい」などと息子に画像付きメールを送っていたよう。 見たものは「チキリ」。 なかなか聞き覚えのない語ですが、大抵は木造建築等、材と材の接合部分に使用いるパーツです。 両端が広く中央が狭くくびれた形状になっていて大きさは材に合わせ作ります。 特に古い木造建築物に見かけることができますが、その「チキリ」が駿府城発掘現場の慶長期天守台下の堀から出たのです。 勿論、石垣と石垣を繋ぐもの。材質は鉛製です。 繋ぐと言っても重量保持を期待するものではありませんので、微妙な石積みのズレを防ぐもの。 ただし石垣の崩壊は少しのズレをきっかけにしますので、大切な配慮でもありました。 ④は先日の画像①のポールの近くから。あの高さが石垣のトップであったということ⑤。

  • 秋田県角館 樺細工トレー 勿論国産ヤマザクラ

    考えてみれば、マスコミの盛りあげヨイショにスカされてその本当のところ、ネガティブイメージが隠されてしまっている東京オリンピック。 「あんな暑い所じゃあできない」と各方面から指摘されていましたがトーキョーの対応としては「打ち水」はじめ冗談の如く殆ど気休め的一時しのぎの策が真面目に。 日本人ならまぁ理解する人もいるかもしれませんが、海外の運営責任者としてまともに聞いていられないレベルでしょう。 まぁ今度のIOCのマラソン競技等の「札幌へ」の提案は業を煮やしての「もう限界」を判断されたのでしょうね。 まぁ東京の知事さんとしては反論新提案(スタート時間を5時)を用意しているようですが、日本には「熱帯夜」がありますし日の出は早い。あっという間に気温は上がります。 そもそも教訓的結果と非難が出た先般の世界陸上(ドーハ)と同じような策(午前0時前のスタート)です。絶対ダメでしょう。 IOCとしてヒステリーを黙らすには日本の管理職の一番ビビる言葉「誰が責任をとるの?」で黙らせばいいのです。 日本社会は会社でも公務員でも管理組織というものはその言葉に「固まる」という傾向があることを私は承知しています。 反論者は「じゃあいいです・・・」となるのが大抵の例。 黙りますよ。 選手のリタイア多数と最悪「死」を想定した健康被害と選手生命の途絶、観客の安全に関して「何かあったら・・・」の件。 「あんたどう責任とれるの?」ですね。 これは責任をとるのが大嫌いな保身一本やりのエライ人がたくさんいらっしゃる日本ということですがね。 安定的地位にしがみつきたいというのも人情ではありますが昔の日本人には「オレがひとり腹を斬る」などという気概があったものです。 今回のドタバタはさっさと引いて区切りをつけた方が得策だと思いますね。 そのみんなが期待するオリンピックの「裏側」についてまた一つ感心できないニュースを目にしました。 新国立競技場はやさしさと和風を前面に意識して木材を基調にお飾りしているようですが、その「前面」に使用されているのは国産材が強調されるようです。 しかしながらそのウラの部分、利用後は使い捨て廃材となるもの、特に鉄筋コンクリートの型枠材の量についての指摘がありました。型枠材とは私も時折使用しますがコンパネと呼びますね。今回の五輪施設建設のために「21万畳」のコンパネが使用されたとのこと。 これは別に「熱帯材」ともいわれ要はマレーシアやイン

  • 藁科川から安倍川を渡って右岸手越の宿(手越駅)方面へ

    台風19号の被災地は広範囲に及んで、まだまだ世間表に出てこずに苦痛を味わっている方たちがいるようです。 あまりにも衝撃的なシーンが数多、ソースが豊富すぎることもあるかと思われますが実は、人知れず忘れ去られたような地域もあるような気がします。 私ども静岡に住まう者として台風コースの直撃を免れた事はある程度の覚悟をしていただけに喜ばしく思いかつその被災については軽微、もしくは無い同然に受け止めていましたが、時間が経つと案外に床下・床上浸水の被害は「実はあった」との報が入っています。 牧之原市内でも男神で人命が失われたというニュースは伝わっていましたが河川の氾濫、決壊はありませんでした。 ただしどちらの小河川に隣接した地域に住まう皆さんに聞けば、満潮時間が微妙にズレたことと雨が小降りになったことが功を奏し、ギリギリのところで浸水は免れたと。 あと少し降雨の時間が延びまたは降水量が強ければ「まずはアウト」というくらいに危うかったよう。 やっぱりたまたま偶然、「運は天」だったのでしょう。 河川の恩恵といえば利水・排水のほか上流域から流れ込む栄養分ミネラル分があげられますがその栄養の補充のメカニズムはただただ「洪水」によるもの。 洪水はときとして下流域の農作物を流しますがその際、耕作者としてはその時の無収穫リセット状態は我慢、「ここは一つ肥沃の大地をもたらしてくれた」という前向きな思いに変えて次の大きな収穫に期待を抱いたものですね。 それが古くからの大水との付き合い方でした。 人々の住まいはといえば平坦な場所ではなくて谷から立ち上がった段丘や単立丘の上というのがお決まりのパターン。 そういった住まいと耕作地が分けられていたものなのですが、私たちはいつしか川の流れはコントロールできるという過信を得て「私は大丈夫」の意気で堤のすぐ脇にまで住空間を広げてきたわけです。 極端なカタチでいえば河原やその延長の平坦地は耕作地か墓地。人はそれらより高い位置にいるというのが当たり前だった時代があったのですが今はそれが完全に逆転しているかと。 旧東海道安倍川左岸からの図を記しましたがその道を手越宿に向かって安倍川を渡ります。 安倍川右岸域は藁科川との合流があり両河川とも歴史的に地元先人たちの「氾濫と治水」に対するご苦労が伝わっています。 またその藁科川に関して、私はこれまで現在の如くの安倍川への合流はなく、並行しながら駿河湾に注いでいたと断片

  • 家康のオランダ優遇 「蘭学」の興隆 解体新書へ

    勝負は時の運。 ただし本気の南アは強かったです。 破れはしましたが初のRWCベスト8入りの果実は大いに楽しめました。 あとは世界屈指の強豪国同士の試合を楽しませていただきます。 勝手なことを記しますが「だったら予選2位通過でニュージーランドと」当たってもより面白かったかもなどタラレバ。 さて、駿府城二ノ丸坤櫓(直近ではこちら)は平成26年に160年振りの完成お目見えとなって地元では鳴り物入り、その完成式典が開催されていました。 その際出席したオランダ王国の特命全権大使のお土産がありました。家康が駿府城から発行したという朱印状のコピー。 以下静岡市サイトから。 「慶長三年(1598)にオランダ船の「リーフデ号」が豊後臼杵に漂着し、ウィリアム・アダムス(三浦按針)が慶長5年(1600)に大阪で家康と面会。以後家康に優遇されることに。 「リーフデ号」乗組員は帰国後、家康が交易を望んでいることを報告した為、これを受けた国王が親書を持たせ駿府城に特使を派遣した。オランダからの特使の船は慶長14年に平戸に入港、同年7月駿府城の家康を訪れ、家康は慶長14年(1609)7月、朱印状を贈って、船の着岸の許可と長崎出島に商館を設けることとを許可。以降、幕末まで出島で交易を行った。」 ということでオランダのみ外交が許されていた江戸時代、海外の発展的発想、理科学、思想等の流入はオランダ経由で当然にオランダ色の強いものがありました。 またそれらが入る場所といえば長崎のみ。 それらの学びを「蘭学」といいました。蘭学といえば思い出すのが前野良沢。 特に日蘭の辞書の無い時代に1から時間をかけて『ターヘル・アナトミア』を解読し『解体新書』を編纂したという話は有名ですね。その翻訳・解読に主となって動き、それでいてその書に名を記すことをしなかった前野良沢の気概。 そのみち(蘭学)への傾注具合を見た中津奥平、藩主奥平昌鹿は彼を「蘭学の化け物」と呼び、それをまた彼は喜んで号を「蘭化」としたといいます。 彼らのへこたれない探求心が今の日本のノーベル賞選出御常連の根っことなって繋がっているのでしょうね。 「化け物」になれるってことはやはり勲章ですね。 スクラムの化け物、肉体の化け物たち・・・十二分に楽しむことができました。 私は何の「化け物」になれるか。野垂れ死んで化けるだけ・・・それもまた楽しみかも知れません。

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