「確かに俺には他人に知られたくない秘密がある。」言うべきなのか、いや・・・・・・俺の存在自体、忘れて貰いたいのに今更こんな話をするのもどうか。「どんな?」「それを知ったら、俺から逃れられなくなるよ。松田の一生を棒に振らせる事になる。」...
恋愛小説 R-18 TL BL
キャンパス・ラブ、オフィス・ラブ、お隣さんラブ、ノーマル&アブノーマルラブ、妊活ラブ?、現在長編16作完結、短編9作完結、連載中18作他掌編と散文。 2017.8.30より「そうそうない」連載開始
1件〜100件
「確かに俺には他人に知られたくない秘密がある。」言うべきなのか、いや・・・・・・俺の存在自体、忘れて貰いたいのに今更こんな話をするのもどうか。「どんな?」「それを知ったら、俺から逃れられなくなるよ。松田の一生を棒に振らせる事になる。」...
君は首を竦め、目を瞑った。ああ、もう・・・・・・言葉でも伝えられないのがもどかしい。君を強く抱き締めた。「間に合って良かった。ほんとに・・・」...
夢じゃない、けれど、いずれ夢よりも忘れなければならない記憶になる事は確かだ。恐い体験は人の記憶に残りやすい。でも、どうか、今日の事は君の記憶から消し去って欲しい。そんな事を考えて、空のマグカップを地面に置いて、君を見た。...
星を見上げた願いを唱えるのではなく託す...
ステンレス製のカップに入れたのはスティックシュガー。君が小さく息を吐いた。それを横目で感じつつ、俺もそっと安堵した。...
この洞穴の存在は知って居たが、ストーブを利用する季節に来なかったため、使用した事は無かった。テーブルの上のランプにも灯かりを灯した。洞穴の中が明るく、暖くなって行くと、君の表情も明るくなったように感じた。外は雨と風が強くなって居る。...
相手の気持ちが分からない、その事に対して落ち込んだ自分を、相手が知ったら苦しくなる?それはつまり、俺が優くんの気持ちが分からなくて落ち込んで、それを知った優くんが、俺を落ち込ませる原因になったと苦しくなり、俺に悩みを打ち明けなくなる・・・・・・そういう事?...
放心したように、ぼんやりと俺を見つめる君に言った。「寝るな、起きろ、掴まれ!」君は、やっと気力を取り戻したかのように、右手を懸命に動かし、何とかロープを握ってくれた。...
とにかく間に合ってくれ、どうか────あと少しで手が届く、その時、女性の体が岩壁から離れ、崖下に向かって傾いて、フードの下の顔が見えた。「!!!」君だった。...
慣れた俺達でも危ないのに、初めての君が進める道ではない。どうか、引き返して居て欲しいと、森を抜けて、道が左右に分かれる分岐点に辿り着いた。森を背にして、左が下山、登山口への道だ。右は頂上へ登る為の道だが、崖だ。...
※公開日付を一日 間違えてしまいました。ごめんなさいm(__)m(>_...
再び真っ暗になって、閃光が走る空、雨は止むどころか強くなり、風も弱まらない。深呼吸して、もう一つの音声メッセージを聞く。...
ゴロゴロゴロ・・・・・・低く唸る空、時折、音も無く白く光る。雨が強くなって来た。天候が悪くなるのは好都合。採取した薬草を車に積みに一度戻ろうと、俺は来た道を引き返した。荷台に積み、一度運転席に戻ると、スタンドに置いてあったスマートフォンの通知ランプが点滅して居た。...
“ヤツ”の人生を奪う事に罪悪感があったら、今までの”俺”の存在自体、罪になる。俺達は、同じ立場じゃないが、同じ体を使い、狭く囲われた中で生きる所は同じで、今更”親近感”なんて綺麗な言葉を使いたくないが、それについては似た見解になるのではないかと、それだけは想像出来た。...
山の斜面に作られた舗装された道を走ること三十分。いつも使う小さなゲートに着く頃、フロントガラスに雨粒が貼り付き始めた。車を降りて、登山時に使って居る上着を着てフードを被った。撥水効果があるので、多少の雨ならこれで十分だ。車の中と外では気温が違う。吐く息の白さが増した。手袋を嵌め、上着の襟を立てて肌の露出を抑え、薬草採取用のバッグを担いだ。...
才能について考える。「あなた、何か才能ある?」と訊かれて、「才能ある」と答えると、「どんな?」と訊かれる。答えられないと、才能は
死ぬのが怖いなんて思わない。このままこのカラダの中で生きても、いずれ俺の意識だけ消える事は以前から知って居たから。その日がもうすぐそこに迫って居る事も。“ヤツ”を一緒に地獄へ連れて行くなんて、俺の使命ではない。寧ろ反逆行為だ。...
2月19日、俺の人生最後の日。────なんて、大袈裟だな。この体と俺の意識と”ヤツ”の人生を、登山中の滑落事故に見せかけて”終わらせる”だけ。早朝に家を出たのは、両親と顔を合わせて、何かに気付かれるのが嫌だっただけ。...
帰ろう、と不要なものを詰めたリュックを肩に担いだ時、ガチャッ、研究室に入って来たのは先輩で、服の上に白衣を纏って居た。卒業しても、その恰好で研究室に出入りするのだろう先輩の未来が見えた気がした。「俺、そろそろ帰りますね。」「快人くん、いつからここに居たの?」「少し前ですけど。」「さっき、中々来ないから、探しに行ったのよ?どこに居たの?」...
何よりも守りたかった君すら守り切れなくて、壊されるんだ。”ヤツ”に全部、俺の大切なものは全部────だけど、もう好きにはさせない。俺が君を守る為に最後に出来る事。引き換えに二度と君に会えなくなってもいい。...
『記憶に無い罪』をこのカラダが犯したという証拠は、あの朝の状況と、”ヤツ”が撮った動画。“俺”のカラダ、でも本当は”ヤツ”のカラダ。今この世界の全ては、”俺”のものにならなかったもの。ここに生まれて、生きる権利があるのは”ヤツ”の方だ、初めから。...
「違うって、じゃあ、女子更衣室で野島先輩といかがわしい事を一切してなかったって、神に誓えますか?」「それは・・・・・・」君が俺達のやり取りを女子更衣室の外から窺って居たなんて思わなかった。...
人影と目が合った。君だった。「・・・松田?」一瞬の後、君は「さようなら。」と言って、開いた扉の向こう、廊下へと後退った。...
「でも、その足で大丈夫?結構険しい山よ?」治り切って居ない怪我の事は確かに不安だが、いつもどおり”ヤツ”の力を借りるから問題無い。「前にも行った事があるので多分大丈夫です。」...
「誰か彼女作れば?そしたら、悩み一個減るでしょ。」「無理です。俺には。」「何でぇ?モテるくせにぃ。あー、あの子が好きなの?先輩先輩くっついて来るぶりっ子ちゃん。可愛いもんねぇ。腹黒そうだけど。あの子の為にここまでするんだからさぁ。妬ける!」...
先輩は、クーラーバッグに試験管を入れ、手袋を外した。そして立ち上がると、俺の目の前で汚れた下着を脱ぎながら言った。「じゃあ、快人くん、コンビニで女物のパンツ買って来てくれるの?」...
もしも・・・・・・あの夜の君を前にしても、”ヤツ”が出て来なかったら、俺が君のカラダに触れる事が出来たのだろうか─────そんな事を考えながら、排出させる為の刺激を与え続けた。カラダがビクンと跳ねた反動で、ベンチの脚が浮いてガタンと着地した。...
先輩の事だから、いくら俺が睨んだって叱ったって、いつも通り笑って流して、体液採取して、俺をからかった事なんて無しにしてしまうんだろう・・・・・・と思って居たのに、今日は違った。俺を見上げて居た先輩の瞳がぐにゃりと滲んだ。...
さっさと済ませて、ここを出る。俺は”ヤツ”と違って、女性に対する性的欲求が起こらない。とは言え、刺激に体は反応し、生理現象も発現する。...
実験・・・・・・か。嫌悪感は無い。俺の体の事情を知っても離れず、傍に居るのは、俺を利用する為だ。“ヤツ”の両親だってそうだ。義務感から、厄介者の面倒を見て居る。或いは、それに疲れたから薬を使用した。その理屈は事実だ。...
暖房が効いて暖かくなった更衣室は、誰も入って来られないようにと先輩が内鍵を掛けたから密室。ただし、声は外に漏れる。誰かが通り掛かったら、不審に思われる。人けが無い所とは言え、いつ学生や職員が通るとも知れない。早く済ませて出よう。...
「入って。誰も居ないわ。」躊躇う俺の背中を、先輩は両手で押し込む。【女子更衣室】...
「こっちこっち。」と俺は先輩に手を引かれて、準備室を出た。先輩がここへ来るのは、研究室に居る敦兄に会いに来たとか、そういう甘い話であればいいのにと願うが、違う。...
どちらにしても、事故に見せかけるけれど、死んでしまえば一緒だ。“ヤツ”を抑えるのが俺の役目。明日、永久にそれを果たし続けられるようにする。ヴビビビビッ・・・・・・最後の束が飲み込まれ、細断された。...
例えば”恋人”になれたとしても、俺が消えた後、”ヤツ”がその”恋人”を俺と同じように”好き”と感じるかは分からないし、大切にするとも思えない。“ヤツ”からしたら、自分の知らない所で作られた”恋人”の存在なんて邪魔以外の何ものでもない。特に、憎い俺のものなんて、それだけでぶっ壊したくなるだろう。...
皆さま、ご無沙汰しております(とは書いても、毎日投稿しておりますが・・・φ^^;)...
俺のこの特殊な体は、研究者達にとっては、研究材料採取の為に必要だ。でも取り扱いに困り、持て余したから、薬で抑え込もうとした。その副産物がまさかの俺で、本体を消してしまおうなんて考えるとは誰も思わないだろう。”ヤツ”と違い、周囲の信頼を得て来た”俺”が、それに反する事をするとは。...
今までは、俺はいつ消えるのかって、”その日その時”が来る事に怯えたりもしたけれど、自分で決めた”その日その時”を、ゴールを迎えようとする今は、とても穏やかな気持ちで居られた。...
窓を開け、部屋の空気を入れ換えた。ひんやり冷たい風が、熱くなった頭を冷まして行く。息を吐くと白く、雲みたいだった。鼻先が冷たくなった頃、窓を閉めた所までは憶えて居た。彼を怒らせた理由。俺が伝えたい言葉。...
うちだって、兄と妹が医師と薬剤師になる為、海外で学んで居る。海外に留学する事になったのは俺のせいでもあるのだと、それは関係者の話から辿り着いた結論。まあ何にしても、それが兄妹の為になる事には違いない。...
2月18日火曜日。ゆうべ普段より早い時間に眠りに落ちたせいか、午前5時前に目醒めた。両親と顔を合わせたくなくて、身支度を済ませるとすぐに家を出て、大学へ向かった。...
この体の中に居る“ヤツ”だけを消してくれ─────”俺”の願いを叶えてくれ・・・・・・なんて、ほら、無理だろう?運命も奇跡も永遠も偶然も人生も、どうにか出来ると信じて居る人と居ない人では捉え方が違うのと同じだ。誰一人として同じ答えは出せない。多数決で決めた答えに、自分が納得出来るとは限らない。...
「おやすみ。」揃った二人の声に頷いた後、歯を磨き、戻った暗い部屋のベッドに潜り込んで目を閉じた。両親との食事はこれが最後になるだろう。食事を始めて終えるのを、誰かが人生みたいに喩えてた。...
『愛されたい』なんて、懸命に振舞って居た頃の俺は、滑稽だった。初めから俺が要らない存在だという事を知ってからだって、大きく変えられず、特に何も出来なかった。俺は独り、大した力もなく、持ち物は孤独と使命くらい。ただ”ヤツ”を抑える役目だけを掲げるしかないちっぽけな存在。...
「快人、どうしたの?ぼんやりして。」「ううん、眠いだけだよ。」「そう?さあ、温かい内に食べて。」「いただきます。」...
あのこがうらやましいとおもうだけどもしもわたしがあのこになれたとしてもしあわせになれたとおもわないかもしれないあのこにはわたしよりおかねがあってやさしいかぞくがいてすてきなこいびともいるおおきなおうちでまいにちきらきらわらっていられるひびがある...
迷って悩んだけれど何も浮かばなくて疲れて誰かに打ち明けて見ようと考えたでも誰に?それで迷って悩んで堂々巡り...
何一つ俺の物にはならないのに、頑張る必要なんてあるのか・・・と考えた。でも、薬を飲まずにヤツを暴れさせて、周りに思い知らせてやろうなどという気は起きなかった。下手な行動を起こすより、何をしても無駄なんだと、諦める方が楽だった。...
『殺してしまえば良かったのに』と言ったのは、俺が”ヤツ”の中に生み出された人格だと理解してから間もなくの事。その時、父と母が静かに悲しい顔をしたのを憶えて居る。最初は、我が子だから殺せないだけなのかと考えたが、そうでは無く、俺のというかヤツのこの体は医薬研究に無くてはならない貴重なものだというのをサンプル提出する事で理解した。...
その晩19時過ぎ、珍しく両親が揃って帰宅した。俺は明後日の登山準備を終え、ベッドの上でぼんやり天井を眺めて居た。コンコン、ノックの後、「快人?入ってもいい?」と母の声がした。「いいよ。」と返事をすると、ドアが開いた。同時に、体を起こしてベッドの上に胡坐を掻くと、「夕飯食べた?」と母が訊いた。...
良く晴れた日の雲一つない青空みたいな色のフィルター...
「それじゃあ快人くん、また明日ね。」────明日で先輩に会うのも最後だ。「お気を付けて。」...
「快人くん、また恐い顔してる。眉間に皺。ほらほら、お風呂行きましょ。」断ろうとする俺の腕を先輩が掴んだ時だった。近くから電話のバイブレーター音が聞こえた。...
やはり先輩は、俺が帰る前に部屋に入って、纏めた俺の荷物を見たのだろう。普段より整えた部屋の異変、若しくは机の中の手紙に気付かれたのだろうか。...
そんな俺を、先輩はいつも試す。抑制薬を使用しても、ヤツが発現するかどうかの実験なのだろう。俺は最初、ヤツが先輩の挑発に乗って発現する事を恐れて居た。...
殺したいのはお互い様だ。しかし、ヤツが俺を殺す事は無いだろう。これはヤツの体だ。だけど俺の場合は違う。俺の体ではないから、これを殺せる。勿論、ヤツを殺すという事は、俺自身も消えるという事に他ならない。...
一緒にお風呂・・・またか、と思った。先輩はどういう目的でそんな事を言うのかと初めて聞かされた時は考えた。誰かと入浴する事を両親に禁止されて居た。断ったが、『小さい頃、一緒に入ったじゃない』と押し切られた事もある。...
「確か・・・通話は5分無料みたい。」『もうすぐ5分だよ。通話料かかるよ』「えっ?そんなすぐに?」5分って、そんなに短かった?...
“おやすみなさい”と言った彼女との電話が終わらない中、思い切って切り出す。「青維ちゃん?切らないの?」『先輩から切って下さい』...
「うん、ええと、何を話そうか・・・」彼女を欺き続け、穢れて行く自分が、彼の友達である事を許せなくなって行きそうだった。限界を感じて居た。彼にはともかく、彼女には僕が彼を想って居る事を正直に打ち明けるべきなのではないかと考えてしまう。...
青維ちゃんも皇くんも、僕とは違う。いつも二人に引け目を感じるのは、それがあるからなのかもしれない。友達だから、恋人だから、遠慮はいらない筈なのに、二人に嫌な思いをさせるような事を言いたくないと、言葉を選んでしまう。そうする事で、言葉に詰まったり、黙ったりしてしまう時もある。...
電話から聞こえて来たのは、いつも綺麗な言葉を話す女の子の声。青維ちゃんだった。皇くんにかけたばかりでかかって来たから、皇くんに間違いないと思い込んでしまった僕のミスだ。...
今日の事を後悔しながら、皇くんに電話をかけた。コール音が鳴るのは以前と同じ。皇くんと青維ちゃんの電話番号とメールアドレスは、以前の携帯電話の電話帳データを移す事は出来なかったけれど、記憶して居たから良かった。...
スマートフォンの使い方について、帰ってから姉の指導を受けたけれど、初めてで分からない事ばかり三時間も続けて聞いて、とにかく疲れて昼寝して、夕方には電池も無くなったから充電して、シャワーを浴びたら夕飯を食べて・・・・・・部屋に戻って今に至る。...
夕飯を食べ終えて、暗くなった部屋に戻った時、机の上で充電して居たスマートフォンのランプが緑色に点滅して居た。急いで手に取って、姉に教えて貰った側面のボタンを短く押すと、画面が光り、デジタル時計が表示された。...
「伸、何やってんの?」新しいスマートフォンを手に持ったまま眺めるだけの僕を見兼ねたように、姉が声を上げた。「えっと・・・電源はどうやって入れればいいの?」画面を触って見たけれど、反応は無かった。「電源?入ってるでしょ。ほら、ここ押すの。」...
父と姉の前では、”何か方法は無いのですか”とお店の人に対して食い下がれなかった。仮にメールをすんなり移せても、父と姉には見られたくないと考えて、古い携帯電話のデータにはこだわって居ないのを装った。だから、手許に壊れた携帯電話を残す事も諦めた。...
何に怯えて居るのだろうと思った。父に、皇くんと青維ちゃんと、「付き合いを絶て」ともしも言われても、僕は嫌だ。立ち向かう。予備校に行かせる、その父の狙いはきっと、そういった事も含まれて居るのだろう。...
駅に近付くにつれて、ビルの谷間から覗く夕日の帯は、細切れになって行った。街路樹に絡まる電飾は、空が暗くなるのを静かに待って居る。夕暮れ前、ビル影に覆われた道は、独りで歩くのに似つかわしいのに落ち着かなかった。昔、みんなで浮かれ騒いだ後に、独りになった途端、冷静に自分の行動を振り返って恥ずかしくなった時の雰囲気に似て居た。...
父と姉のやり取りを見て、僕の心の中に芽生えたこれを反骨心と認めるのは少し違う気もするけれど、父に従う事だけがすべてではないと思えた。親だって大人だって間違う事がある。...
「畏まりました。ただ今ご用意いたします。」お店の人が、販売するスマートフォンを用意する為に席を立った後、「色なんて、ケース着けるんだったら、どっちでもいいだろう?」と父が誰にという訳でもなくぼそりと言った。「お父さん、いいじゃない、どっちだって。中身一緒なんだから。」...
「綺麗な子よね。何考えてるか分からない子だけど。」どう答えて欲しいのか分からずに黙って居た。先輩は続けた。「相思相愛?素敵な関係ね。」「それはありません。」...
俺に変化が生じたのは君に出逢った後からだ。恋愛かどうかも分からないこれを、恋愛だとしてしまいたくなるくらい、君の事ばかり気になるようになった。君と居る時だけ、俺は俺になれる。ただ唯一、ヤツを抑える為に生きる人格で在る事を忘れてしまう。「しあわせそう。美味しい?快人くん。」...
「ささっ、食べて、快人くん。ホイップクリームもあるよ。」彼女の得意料理というか、いつもこればかりだけれど、憎めない。「ありがとうございます。」逆らわず、椅子に腰を下ろす。...
敦兄との事を思い出して、フッと笑った時、両肩に後ろからバサリと重みが掛かった。腕だ、人の腕。やわらかく温かい。首に絡み付いた両腕に、右手を伸ばした。幾種類かの花の香りがする。...
あなたの浮気を知って悲しかったのはいつも苦しくて遣る瀬無くて眠れなくて涙が止まらない夜もあっただけど最近それとは違う感情があることに気付いた...
未来の事を考えた過去の事を思い出しながらそうしたら...
明日は何をしようかなわくわくした気持ちになれることがいいなずっと笑って飽きることなく楽しく続けられること...
何も選択出来なくなった状況で唯一選べるのが『死』だとしたらどうするのだろう...
姉は、価格で選ぼうとする僕と同じ考えだったらしい父の意見を却下して、自分の見解を披露し、お店の人に同意を求めた。「そうですね。こちら画面が大きくて学生さんにも人気がありますし、バッテリー容量が大きい物の方が、劣化しても小さいバッテリーより容量残るので、多少長く使えますよ。」...
使い方だって、さっぱりだ。さっき携帯電話をスマートフォンに買い替えたというお客さんのおばあさんが、ピカピカのスマートフォンの使い方を店員さんから教えて貰って居るのが聞こえたけれど、「説明書は無いの?」「スマホの中で、オンラインで見るんですよ。ええと、メーカーのウェブサイトで・・・・・・」おばあさんは、スマートフォンの使い方がそれで分かるのだろうか。...
慣れ親しんだそれを壊したのは僕の責任だから仕方がないし、もしも、父に買って貰えず、携帯電話が無いままだったら、連絡が取れずにまた青維ちゃんがうちに来てしまう事になるかもしれないし、何より皇くんが気にするだろう。皇くんの目の前で壊れてしまった携帯電話。責任を感じて貰わない為にも、僕がスマートフォンにして良かった作戦を展開しなくてはならない。...
壊れた携帯電話をスマートフォンに買い替える日の朝、張り切る姉とは裏腹に、父は不機嫌そうに溜め息を繰り返した。夏休みに友達の家に泊まり、携帯を壊し、家を訪ねた恋人と父が鉢合わせして、僕は遊び歩いて勉強して居ないと父に誤解され、近々予備校に通う事になるという。...
生まれたく無かった。どうして俺が生まれたんだ?誰一人望まないのに。ヤツにとっても、俺は邪魔者でしかない。何の為に俺はここに居るのだろう。どこかへ行きたくても、それは叶わない。...
自宅に着いて玄関を入ると、緊張が解け、靴を脱ぐ事も出来ずに座り込んで溜め息を吐いた。怠くて重い体。ヤツの力が強くなると、抑え込むのに薬を増やす。...
「さよなら」と君に言われて背を向けた。“さよなら”と俺も言おうか迷った。俺はきっと、君に償いなんて出来ない。何をしたって、俺は許されない。このまま二度と君に会わないで消えたとしても、償いにはならない。...
君に会うのは、これで最後になるかもしれない。それを覚悟しながら、俺は水を口に含んだ。君の唇に触れる・・・・・・寸前、ガチャンと玄関のドアが開く音が響いた。...
「酷い事をした償いはする。だから、俺の事は松田の気の済むようにしていい。」「それって、何でも言う事を聞くって事ですか?」「今まで通り、死ねとか、殺せとか以外なら。」...
「一応、包帯、巻いとこうか?」「先輩、いつも湿布を持ち歩いてるんですか?」「ううん。これ、実は俺用の。」「先輩の?何で?」...
この家に二人きりだなんて、君は不安だろう。あの夜、豹変した俺を知って居るのだから。でも、今は大丈夫だ。薬を飲んで、99%安心していい。ただ、いくら俺がそう言ったって、君は少しも信用出来ないだろう。当然だ。それでも、君の足は放っておけない。俺に出来る事は何でもする。...
俺は、君の腕を掴んで、体を離した。向かい合うその隙間に、君の妹さんが潜り込んだ。君の妹さんは、「カイトくんはおねえちゃんのこいびとなの?」と君に訊いた。...
ゴトン、バシャッ、ゴロゴロ・・・「いっ、たあ・・・ぃっ!」落としたグラスは、君の足の甲を直撃した後にキッチンマットの上を転がった為、割れなかった。君はしゃがみ込みながら、ゴホンゴホンと咳を繰り返した。...
ガチャッ、振り向くと五月くんが戻って来た所で、目が合った。今の会話で誤解されたら、と慌てたが、五月くんには聞こえて居なかったのか、普段通り冷静な様子で「夢ちゃん、眠ってるみたい。部屋はカギ掛かってて入れなかった。まあ、昨日は大丈夫だったから、そんなに心配する事もないと思うけど。」と言った。...
「このお兄さんが宿題手伝ってくれるよ。」唐突に彼に言われてギクリとしたが、すぐに頷いた。俺に出来る事なら何でもするという決心は変わらない。「お友だち?えっと、名前は・・・」...
“住む世界が違う”なんて言葉を、君には使ってもいいのだろう。ただ、それを君が望まなかったし、俺もそんな事を気にするより、君の傍に居る方を優先して居た。君に頼られる度、存在意義を得て安心する俺みたいな小者は、さっさと君の前から消えるべきだったんだ。現実を見なかったせいで、君を深く傷付けた。...
五月くんは他人に触れられるのが苦手らしい事を思い出した。もう少しで触ってしまう、危ない所だった。「何か?」「・・・会いたい。」「は?」「松田さんに、会いたい。」...
“死ね”とか、まさか彼は言わないだろうが、言われてもおかしくない状況で、俺の体調を気にするなんて、一体どういう事なのか。「それは罪悪感から?それとも夢ちゃんの事が心配で?」「!」やはり彼は、君と俺の間にあった出来事を、どこまでかは知らないが、聞いたようだった。...
君によく似た容姿の、彼の綺麗な漆黒の瞳。吸い込まれてしまいたくなる魅力がある。いっそ君に向けられたかった憎しみの籠もったようなそれに、張り詰めて居た気持ちがぷつりと切れた。俺は俯いて、フラフラと腰を下ろした。...
スマートフォンを握り締めたまま、溜め息しか吐けない。君の事が気になるのに、電話も出来ない。ヤツを消す計画を立てても気持ちは晴れない。君の傷を癒すのを考える方がいいけれど、その資格が俺には無い。...
優里亜の様子が変わった事に気付いた遼大は、どうしたのだろう、緊張して居るのかな、と優里亜と所長へ交互に視線を送った。所長は遼大達の前に歩いて来ると、「所長の田中です。どうぞよろしくお願いします。」いつもと変わらない様子で優里亜に向けて話した。「あ、の・・・初めまして、竹内(たけのうち)と言います。」しかし、優里亜は緊張して居るのか、所長とは目を合わせなかった。...
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「確かに俺には他人に知られたくない秘密がある。」言うべきなのか、いや・・・・・・俺の存在自体、忘れて貰いたいのに今更こんな話をするのもどうか。「どんな?」「それを知ったら、俺から逃れられなくなるよ。松田の一生を棒に振らせる事になる。」...
君は首を竦め、目を瞑った。ああ、もう・・・・・・言葉でも伝えられないのがもどかしい。君を強く抱き締めた。「間に合って良かった。ほんとに・・・」...
夢じゃない、けれど、いずれ夢よりも忘れなければならない記憶になる事は確かだ。恐い体験は人の記憶に残りやすい。でも、どうか、今日の事は君の記憶から消し去って欲しい。そんな事を考えて、空のマグカップを地面に置いて、君を見た。...
星を見上げた願いを唱えるのではなく託す...
ステンレス製のカップに入れたのはスティックシュガー。君が小さく息を吐いた。それを横目で感じつつ、俺もそっと安堵した。...
この洞穴の存在は知って居たが、ストーブを利用する季節に来なかったため、使用した事は無かった。テーブルの上のランプにも灯かりを灯した。洞穴の中が明るく、暖くなって行くと、君の表情も明るくなったように感じた。外は雨と風が強くなって居る。...
相手の気持ちが分からない、その事に対して落ち込んだ自分を、相手が知ったら苦しくなる?それはつまり、俺が優くんの気持ちが分からなくて落ち込んで、それを知った優くんが、俺を落ち込ませる原因になったと苦しくなり、俺に悩みを打ち明けなくなる・・・・・・そういう事?...
放心したように、ぼんやりと俺を見つめる君に言った。「寝るな、起きろ、掴まれ!」君は、やっと気力を取り戻したかのように、右手を懸命に動かし、何とかロープを握ってくれた。...
とにかく間に合ってくれ、どうか────あと少しで手が届く、その時、女性の体が岩壁から離れ、崖下に向かって傾いて、フードの下の顔が見えた。「!!!」君だった。...
慣れた俺達でも危ないのに、初めての君が進める道ではない。どうか、引き返して居て欲しいと、森を抜けて、道が左右に分かれる分岐点に辿り着いた。森を背にして、左が下山、登山口への道だ。右は頂上へ登る為の道だが、崖だ。...
※公開日付を一日 間違えてしまいました。ごめんなさいm(__)m(>_...
再び真っ暗になって、閃光が走る空、雨は止むどころか強くなり、風も弱まらない。深呼吸して、もう一つの音声メッセージを聞く。...
ゴロゴロゴロ・・・・・・低く唸る空、時折、音も無く白く光る。雨が強くなって来た。天候が悪くなるのは好都合。採取した薬草を車に積みに一度戻ろうと、俺は来た道を引き返した。荷台に積み、一度運転席に戻ると、スタンドに置いてあったスマートフォンの通知ランプが点滅して居た。...
“ヤツ”の人生を奪う事に罪悪感があったら、今までの”俺”の存在自体、罪になる。俺達は、同じ立場じゃないが、同じ体を使い、狭く囲われた中で生きる所は同じで、今更”親近感”なんて綺麗な言葉を使いたくないが、それについては似た見解になるのではないかと、それだけは想像出来た。...
山の斜面に作られた舗装された道を走ること三十分。いつも使う小さなゲートに着く頃、フロントガラスに雨粒が貼り付き始めた。車を降りて、登山時に使って居る上着を着てフードを被った。撥水効果があるので、多少の雨ならこれで十分だ。車の中と外では気温が違う。吐く息の白さが増した。手袋を嵌め、上着の襟を立てて肌の露出を抑え、薬草採取用のバッグを担いだ。...
才能について考える。「あなた、何か才能ある?」と訊かれて、「才能ある」と答えると、「どんな?」と訊かれる。答えられないと、才能は
死ぬのが怖いなんて思わない。このままこのカラダの中で生きても、いずれ俺の意識だけ消える事は以前から知って居たから。その日がもうすぐそこに迫って居る事も。“ヤツ”を一緒に地獄へ連れて行くなんて、俺の使命ではない。寧ろ反逆行為だ。...
2月19日、俺の人生最後の日。────なんて、大袈裟だな。この体と俺の意識と”ヤツ”の人生を、登山中の滑落事故に見せかけて”終わらせる”だけ。早朝に家を出たのは、両親と顔を合わせて、何かに気付かれるのが嫌だっただけ。...
帰ろう、と不要なものを詰めたリュックを肩に担いだ時、ガチャッ、研究室に入って来たのは先輩で、服の上に白衣を纏って居た。卒業しても、その恰好で研究室に出入りするのだろう先輩の未来が見えた気がした。「俺、そろそろ帰りますね。」「快人くん、いつからここに居たの?」「少し前ですけど。」「さっき、中々来ないから、探しに行ったのよ?どこに居たの?」...
何よりも守りたかった君すら守り切れなくて、壊されるんだ。”ヤツ”に全部、俺の大切なものは全部────だけど、もう好きにはさせない。俺が君を守る為に最後に出来る事。引き換えに二度と君に会えなくなってもいい。...
「帰ってからでいいよ。運転に集中して。」「え?でも、必要な食材とか買わないと・・・」「じゃあ、スーパーに着いてから言うよ。」「分っかりました!今夜は久し振りに腕を揮いますね!」瞬太朗が正と行ってしまった寂しさを忘れ、張り切る姫麗の隣で梧朗は呟いた。「ふふふ、楽しみだなあ。」近所のスーパーの駐車場に着くと、シートベルトを外した姫麗は、車に常備してある眼鏡とマスクを梧朗に渡した。...
「瞬、これ、持って行きなさい。」「母さんのトートバッグの中身って、俺のボストンバッグだったの?」「だって、梧朗さんが持って来てって言うから・・・」「父さんは、俺が彼に付いて行くって分かってたんだ?チケットまで用意してるなんて驚いたよ。」「最近、こうなるかもって思った予想が当たるんだよね。だからかな。」「うん、改めて父さんはすごいよ。母さんも。尊敬してる。ありがとう、俺の父さんとカウさんで居てくれて。...
「そうです。今度は、ただあなたに付いて行くんじゃなくて、自分の意志で行くので、誰に止められても反対されても、関係ありませんから。」「お前・・・・・・」「あなたの事は、俺が絶対にしあわせにしてやりますから。」「言うようになったな。だが、30年早い。」「あなたをしあわせにするのに、30年も掛けませんよ。」...
「セイ!大丈夫?どうしたの?」梧朗が訊いた。「ああ、悪い、何でもないから、ごめんな。」そう言ってセイは俯き、手のひらで鼻と口を覆った。────なぜ、監督。どうして涙なんて・・・しかも、”しあわせか?”なんて、もしも俺が”しあわせじゃない”と答えたら、どうするつもりだったんだ?と考えた時、そうか、と思った。それを訊くのは、少なくとも監督が”しあわせではない”から。監督は、せめて俺がしあわせであればいいと、願って訊...
彼の気持ちが俺から離れたのは、当然の事だったって理解出来た。悔しくない。俺はやれるだけの事はした。それでも、どうしようもない事ってある。昔、父さんと彼が別れたように。どんなに愛し合って居たって、その運命を選ぶのは、決めるのは、自分自身だから。受け容れる事も抗う事も、自分次第。父さんの言ってた、”これでいい、は本心じゃない”って、正しいと思うよ。...
姫麗の運転で空港に向かう間、瞬太朗と同じく後部座席に座った梧朗が、今だから、と映画撮影の話がトントン拍子に進んだ裏話を打ち明けた。「じゃあ、監督が俺に映画を撮らせる為に?」「そう。全部根回しして去った。」「どうしてそれ、俺に言ってくれなかったの?」「セイは死ぬまで言わないよ。」「何それ。」「だから分かるでしょう?瞬を捨てた訳じゃないんだよ。セイは、瞬に捨てられたって言ってた。これでいい、って。」...
「セイに、会いに行こう。」「え、何で・・・」「何で?何でじゃないよね?」「会う理由が無いよ。」「本気で言ってるの?」「本気も嘘も無いよ。俺達は別れたんだ。とうに終わった関係なんだ。」「いいの?これで。」...
ネットニュースには、週刊誌に書かれたような過激な言葉こそ並んで無かったが、特に喜ばしい言葉も見つけられなかった。セイの事には少し触れられて居たが、さほどでも無く、そこは安心したが、セイの事を思い出すのには十分なきっかけだった。映画のラスト、ヒロインは誰とも結ばれないが、これからの可能性は残って居て、見た人達がその先を創るのだろう。────俺だったら、どうするか。彼を待ち続けるか、忘れるか、今好きになり...
もしも”普通”の基準値が一つしか無くて、たった一人が”普通”に当てはまると、あとの人が”普通ではない人”になる。一人一つの【普通】という【感覚】があって、その人達全員の【普通】を一括りにした時、【真の普通】は幾つある?【どれも真】と答える人と、【平均が真】と答える人、曖昧な【感覚で真】と答える人・・・・・・それを追及した時、苦しまない人が居なくなるのかな。“普通”=”しあわせ”で、”普通でない”=”ふしあわせ”だ...
俺は、相手に愛されて居る実感がないと、愛せない人間だという事が分かった。一方的に追い掛け続けて、振り向いて貰えないのはもう嫌だ。独りで走るのは嫌いだ。甘えてると言われても、甘えられる人と歩みたい。あなたはそれを俺に与えてはくれない。望んでも、叶わない事なんだ。あなたの愛は永遠に、映画だけに向けられて居る。俺にではない。それを分かって居なかった俺がいけないんだ。...
まあでも、今の俺なら逃げ出せる、狭い世界なんてぶっ壊せる自信がある。だからと言って、彼との生活に戻る気はなかった。何より、彼が望まないだろうから。一年半も音信不通だった俺が今更彼の許に戻るなんて、全く想定もして居ないだろう。俺が向こうに顔を出したら、「何の用だ?」とか言って、碌に顔を合わせもしないだろう事が容易に想像出来る。...
「まあ、遼の一番はパパだけどね。」「いいよ、気を遣わなくて。」「遣ってないよ。遼は私よりも瞬くん大好きだもん。」「それ、多分、お風呂とかご飯とかでだよ。ママには敵わないって。」「あーあ、遼太朗は私が突然死んでも、瞬くんが居ればケロッとしてるんだろうな。」「そんな事、言わないの!」「はあーい、ごめんなさーい。ご飯、食べる?」「ん、軽く。先にシャワー浴びて来る。」...
「ふーん。じゃあ瞬ちゃんは、晴ちゃんとヨリを戻す気は無いって事ね?」「彼の事は今も尊敬して居ます。それはこの先も、ずっと変わる事は無いです。」「好きとか嫌いとかではないと言いたいのね。家族愛?もう一緒には暮らせないの?」瞬太朗は出来上がった肉じゃがを小鉢に盛り付け、もういいんだと言うように、力なく首を横に振った。「それじゃあ、そろそろ失礼します。」...
「そんな事言わないで下さい。監督は、晴之輔さんは、本当に立派で素晴らしい人です。」「瞬ちゃんに冷たいのに?」「いいえ。晴之輔さんからは、沢山の愛を貰いました。結局、全然お返し出来なかったですけれど。」「そんな事ないと思うけどねぇ。」「いいんです、もう。今の彼がしあわせであるなら、俺は何だって。」「晴ちゃんからしたら、そうじゃないんでしょうよ。」「えっ?」...
自分でも、いい作品だと納得出来るものに仕上げたつもりだ。俺だけの力ではないからこそ、素晴らしいと胸を張って言える。彼に何か言われるのは覚悟の上で、完成したこの映画を見て欲しい。みんなで作り上げた映画を。────それから、会いたい・・・少しだけ。ほんの一目、彼の姿を物陰から見るだけでいい。好きとか嫌いとか家族とか恋人とか、そういうのを忘れて、フラットな状態からの出発。離れて初めて、一緒に居る時より、彼の...
────何だか、「俺が監督だ」と胸を張って言ってもいい気のしない作品のような気がする。まだまだだと、力不足を痛感するばかりで、もう少しマシだろうと思って居たのに、結果、彼の足下にも及ばなかった。彼に見せたくないな・・・こんな出来で、ガッカリするかも。あ、でも、代表が手配してくれた編集のおじさんのセンスが良くて、すごくいい仕事をしてくれて助かった。直接会ってお礼を言いたかったけど、裏方の人間だから御礼な...
映画の原作者・舘川里穂が遼太朗のママだ。昨年9月の男児を出産する前から、五月家で一緒に暮らして居た。専門学校で瞬太朗と出逢った時、里穂は妊娠三か月だった。一緒に暮らして居た恋人は現在も行方不明・・・なのか、その後、見つかったのかどうかは、訊けていないまま。彼女は当時暮らして居た彼のアパートを出て、姫麗の弟子と言う事で、この家に住み込む事になり、現在は五月家の家事を取り仕切りながら、育児、脚本の勉強...
9月、最初の土曜日。今日は映画公開初日。10時から舞台挨拶がある。朝6時、スーツ姿の瞬太朗は事前打ち合わせに向かう為に、玄関で靴を履いて居た。すると、その背中にドシンと何かかぶつかって来た。「パーパーっ!」この9月で一歳になる遼太朗だった。「わわっ、遼、リビングから歩いて来たの?ごめんね、パパ、行かないとならないんだ。」「パーッ!」...
早く終わればいいのに、と思った。長い長い片想いが終わって、あなたと両想いになれたのに、想像して居たのと少し違う。一つ願いが叶って、そしたらまた一つ次の願いが持ち上がる。ねえ、いつまで、どこまで、願わなければならないの?片想いの時は、あなたと両想いになれたら、それだけで何も要らないとか願ってたのに。違うでしょ。もっと、もっと、もっとって、終わりが見えて来ない位に、願い事が増えて行く。あなたに釣り合う...
リビングにある大きな姿見の前に立つ夢野のドレス姿を後ろから覗き込みながら、こうめが嬉しそうな顔で言った。「Perfect!」「ふふ・・・こうめさんの発音、綺麗。」「実はね、光樹に教えて貰ってるの。たまにね、会話全部英語にして貰ったりね。」「そうなんですか。」「まあでも、本当にやらなくちゃなのはフランス語なんだけどね。」「そうですね・・・」...