祈りを豊かにする道はひとつではない。最新90号の特集は「年をとるということ」。
学問と信仰の間をぬって、思わぬ発見と出会う。
2006年以来、日本の調査隊によって発掘調査が行われている「テル・レヘシュ」Tel Rekheshの調査がこの夏も行われます。イスラエル北部、タボル山付近の遺跡です。 調査隊では学生のボランティア参加を広く求めており、参加説明会が都内で4月23日に開かれることになりました。...
『教皇フランシスコ キリストとともに燃えて――偉大なる改革者の人と思想』 オースティン・アイヴァリー 教皇フランシスコは歴代教皇と何が違うのか? 世界的ベストセラー評伝、邦訳まもなく刊行。 日本のニュースではこぼれ話程度にしか扱われないローマ教皇がなぜアメリカ...
NHK教育の「スーパープレゼンテーション」を見ていたら、動物も診察する人間の医者の講演だった。 天地創造における人間の特別視の影響がこんなところにも残っているとは思わなかった。医者は進化論を信じていない? 盲点を突かれる講演。 いつものことながら、TEDは新鮮な視...
特 集 年をとるということ 第90号 2015年9月 定価2000円+税 ご予約、継続講読のお申し込みはこちらから まえがき 「生まれる時」があり、「白髪が輝く冠」である時があり、「死ぬ時」がある(コヘ三1、箴一六31)。...
電車に乗っていると、隣の人がスマホのゲームをしている。一心不乱。30分以上、休むことなく。 こういう経験は珍しいことではない。皆さん、よくご存じのように。 なにやら丸いものをなぞって、消していくゲームをしている人が多い。無心になれるのだそうだ。仕事のストレス解消とか。 ...
ハリー・R・ムーディー W・アンドリュー・エイケンボーム 「世代を超えた環境倫理に向けて」 (90号「年をとるということ」) 人は自分の家族の中で世代をまたいだ義務、つまり親の子どもに対する義務、子どもの親に対する義務について考えることに慣れている。 ...
9月30日 発売開始 特 集 年をとるということ 第90号 2015年9月 定価2000円+税 ご予約、継続講読のお申し込みはこちらから まえがき マーガレット・M・ガレット(榊原芙美子・訳)Margaret Mo...
ウルリヒ・ルツ 「芸術表現におけるイエスの復活」 (88号「イースターの祈り」) イエスの復活という出来事の最古の描写は新約聖書外典の「ペトロ福音書」の中に見られる。 ペトロ福音書は一五〇年より少し前に書かれたと推定されるが、文書全体は残されていない。 ...
テリー・マック 「パラダイムを越えて 」 (86号「対話を求めて」より) ニッターもヒックも西洋の哲学、西洋の神学の伝統に属している。 他に何者であり得よう。 ヒックの言葉を別の形で言い換えれば、ヒンドゥー文化の中に生まれた人はヒンドゥー教徒になる可能性...
「学者の会」アピール賛同者の皆様へ緊急のお願い 緊迫した国会情勢のもと、「学生と学者の共同行動」を大成功させましょう。 佐藤学(「安全保障関連法案に反対する学者の会」発起人・事務局代表) (1)9月6日(日)は午後3時から午後5時半、新宿伊勢丹前の歩行者天国で、「学生と学者の共...
クリスティーン・ジョインズ 「沈黙の音」 (88号「イースターの祈り」) マルコ福音書の女性たちが空の墓を訪れる物語は、この出来事の最初期の伝承と考えられている。 福音書記者はマグダラのマリア、ヤコブの母マリア、サロメの三人がイエスに塗るための香油を...
ジョセフ・マーシャル 「キリスト賛歌のレトリック 」 (87号「フィリピの信徒への手紙」より) フィリピの信徒への手紙はパウロ書簡の中でも些細で重要度の低い書に分類されることがあまりにも多い。 そのような評価のせいで、不幸なことに、この手紙はあまり検証さ...
ゲイル・オデイ 「未来に戻れ アドベントの終末論的ヴィジョン」 (83号特集「アドベントと典礼」) アドベントの期節には時間それ自体が明確な神学的カテゴリーとなる。 アドベントは新しいキリスト教暦年の始まりを示すものであるから、その典礼期節としての中...
フランシス・J・マローニー 聖書の「終わり」 85号 「ヨハネ福音書と教会」 より イエスの死はイスラエルの聖典を実現するだけでなく、それを「完全なる終わり」へと導く。 一九章28─30節aの簡単な説明において確認したように、ヨハネはそこまでに「テロ...
クリスティン・M・スウェンソン 「エデンの東を守り、保つ」 (84号特集「他者へのまなざし」) 神はカインに語る。 カインが自分の職業とされた仕事、すなわち神が園に住まわせた人間を部分的に規定していた仕事をするとき、地は「もはやお前にその力を与えない。 ...
ジョエル・マーカス 「新約聖書における偶像崇拝」 (81号特集「ほかに神があってはならない」) 偶像崇拝と性的な不品行の結びつきはさらに深いレベルにも及んでいる。 像の礼拝は他のすべての違反の根源という考えもそのひとつである。 この点で、ローマの信...
ケネス・D・ハッチェンズ 「イザヤ書45章14−23節」 (81号特集「ほかに神があってはならない」) 前六世紀、バビロニア帝国各地に散り散りになっていた古代イスラエル人は多くの選択肢に直面していた。 彼らが住む世界は多神教が広く行き渡った世界だった。 ...
ユージン・ボーリング 「マタイ福音書の物語キリスト論」 (89号特集「ともにある神 マタイ福音書」) マタイが自らの福音書を通して自らのキリスト教信仰を発見したように、一八世紀以前のキリスト教神学者の大半は旧約聖書と新約聖書を均質なキリスト教信仰の書として読...
特 集 ともにある神 −マタイ福音書− 第89号 2015年6月 定価2000円+税 ご予約、継続講読のお申し込みはこちらから まえがき 「その名はインマヌエルと呼ばれる。この名は『神は我々と共におられる』という意味である」(...
ユージン・ボーリング 「マタイ福音書の物語キリスト論」 (89号特集「ともにある神 マタイ福音書」) マタイ福音書形成の物語は、以下の四つの段階をもって寸描されるだろう。 (1)キリスト論の変化 マタイ福音書が書かれる二世代前、マタイ自身がキリスト教徒...
バーバラ・リード 「どちらの神がともにいるのか」 (89号特集「とともにある神 マタイ福音書」) マタイが描写するのは、限りなく慈悲深い神が与えてくれる深い赦し、愛、忍耐であり、その意思は常に拡大し続ける慈悲の連鎖の中で永遠にわたしたちとともにある。 しかし...
ベネディクト・ヴィヴィアーノ 「マタイ福音書における神」 (89号特集「ともにある神 マタイ福音書」) 〈三つの位格〉 マタイ福音書は神について何か特徴的なことを述べているのだろうかという問いはすでに立てておいた。 インマヌエルの扱いがそのひとつに挙げられる...
6月中旬 発売開始 特 集 ともにある神 ― マタイ福音書― 第89号 2015年6月 定価2000円+税 ご予約、継続講読のお申し込みはこちらから まえがき ベネディクト・T・ヴィヴィアーノ (吉谷かおる・訳...
バーバラ・リード 「どちらの神がわたしたちとともにいるのか」 (89号特集「ともにある神 マタイ福音書」) それぞれの譬え話で描写されているのは、神から繰り返し無条件に与えられる慈悲と寛容さに応えるにも時間には限りがあるということである。 「山上の説...
88号『イースターの祈り』後記 ◎イースターの背後にある歴史を説明しようとするとき、ある種の難しさを感じる人も多いのではないだろうか。 クリスマスの場合、イエスがその日に生まれたわけではなく、キリスト教がローマの国教となり、冬至の祭りと結びついてイエスの誕生を...
「ブログリーダー」を活用して、MiSさんをフォローしませんか?