というわけで、 過去の記事ごとブログの引越しが完了したので これからはここでまた日記を続けていこうと思います。 今までのカウンターも引継ぎたかったのですが このブログにはカウンターってついてないのかな? 10年間の間に、インターネットでの流行りや常識も だいぶ変化したと思うので、 もしかしたらもうカウンターつけるのとかって流行ってないのかも。 これからあとまた10年経ったら、 どんな世の中になっているのかな。
作日の日記で書いたとおり、今使っているこの日記サービス「はてなダイアリー」があと1週間ほどで修了してしまうそうなので、新しいブログに移転することにしました。 ↓新しい日記はこちらになります。https://ikkokukan.hatenadiary.jp/どれだけの方が見てくれているかわかりませんが…。 アドレスを取得するとき、とっさに良い名前が浮かばなかったので、めぞん一刻の「一刻館」にちなんでみました。日記のタイトルなどは特に変えませんでしたので、今までと同じです。 これからもまたゆっくりマイペースになると思いますが、たまに思い出に浸りたくなったときなどに更新していけたらと思います。 それ…
昨年末、あの人と死別してから10年が経ち、 つい昨日、この日記をつけはじめてから10周年になりました。「10年一昔」とは言うけれど、 この10年間は私にとって毎日が戦いだったような気がする。 その戦いの記録がこれからは、過去の出来事になってしまうのかな…。10年が経って、 色々なことが変わったし終わってしまいました。「平成」もあと半年で無くなるし、 色々時代というものを意識してしまう。この日記、 「はてなダイアリー」というシステムを使っているのですが、 先日通告が来て、そのサービスが今月末で終了してしまうそうです。まるでこの日記の終焉のようなタイミング…。この日記をどうするか。 やめようか。 …
あの人と死別した日。 私の人生が変わったあの日からもうすぐ10年が経とうとしている。そのせいか、最近は今までにも増してよくあの人を思い出してしまうし 何度も夢でみてしまう。あの日からずっと胸の奥に閉じ込めてきた苦しさがある。 黙り続けていたこともある。 昔の知人たちに未だに話していなかったりもする。この10年という節目に、もう少し気持ちを軽くしていきたい。 なにか、良い方法で、それができないだろうかと色々考えてみている。もしかしたらもう血縁者以外は誰も、 あの人のことなんて思い出していないのかもしれないけれど、 私にとってはまだそれは過去のことにはなっていなくて いつか、それから解放される日が…
太陽がまぶしくて、とても気持ちの良い朝だったので、 今日、ふと思い立って、なんとなく出向いてしまいました。 惣一郎さんが昔お世話になっていた下宿先の場所へ…。住んでいたのはまだ私が高校生で、 惣一郎さんが高校を卒業したばかりの頃だったから、 今からはもう20年以上も前。でもその場所自体には惣一郎さんが元気だった頃には たまに通っていたりしたので、 今回私がそこに行ったのは多分10年ぶりくらいかな。何度も足を運んだことがあるところだし、 行けば絶対わかるはず、となんとなく思い込んでいたのですが。あれ…どこだっけ?と。目印になるお店なども残っていたし、 すぐ近くまで行っていたはずなのですが、 具体…
JUDY AND MARYが好きで、 惣一郎さんといたころはよく聴いていたなぁ。「風に吹かれて」という曲が、今ものすごく…染みてくる。にほんブログ村
ここに日記を書くのはどれくらいぶりになるでしょうか。 楽しい日々、幸せな日々は本当にあっという間にすぎていきます。 今は求めても叶わないと思っていた、もう無理だろうと思っていた まるで夢の中にいるような毎日をおくっています。隣にいてくれている人はあの頃とは違うけれども…。だけど。 この幸せが訪れる前にはあんな出来事があったんだということは 今もいつでも私の全ての前提に有ります。…近況ですが。子供が生まれました。 再婚した時点で30代後半だったこともあり、 不妊治療を行ってようやく抱くことが出来た我が子です。不妊治療はまさに「出口の見えないトンネル」で、 お金は膨大にかかりまくるし、焦りもあるし…
このブログを開いてくださった方、有難うございます。 しばらく書き込んでいないうちに2年半も経過してしまっていて 時の流れにびっくりしています。前回の記事にたくさんのコメントをいただいていて、 その下にレスをつけるとなが〜くなってしまいそうなので、 別記事としてこちらに投稿します。レスがかなり遅くなってしまったので もう見ていただけているかわからないですが、 コメントくださったみなさん、本当に有難うございます。こんな私のブログでも、 誰かが見てくださったんだということがとても励みになりました。●memeponさんコメントくださって有難うございました。 気がついたらこんなに経ってしまって…すみませ…
2014年になりました。 今年は昨年できなかったことをやったり 新しいことをやったり、大切な1年にしていきたいです。年末年始は五代さんといっしょに私の実家に顔を出したり 初詣に行ったり、 とても平和に過ごしました。こんな日が訪れるなんて、 何年か前の私には想像も出来なかった幸せです。年末に惣一郎さんの命日があったので お正月休みに五代さんとお墓参りに行ってきました。お墓には、まだ新し目のお花が残っていたので きっと前日か前々日あたりに ご両親かだれかがお参りに来たばかりだったんだろうな。五代さんと惣一郎さんの親類が万が一そこではちあわせしたら どうしようかと思っていたので、 内心ヒヤっとしたと…
亡き夫…惣一郎(仮)さんと 私がはじめて会ったのは、高校1年生の時。 入ったサークルの1年先輩だったのがあの人だった。初めて惣一郎さんを見た時の印象は「あ、かわいい」。当時の惣一郎さんにはまだ子供っぽさがあって(私もだろうけど)、 失礼ながら最初は先輩には見えなかったけど、 明るくて大きな声でよく笑う人で、 一緒にいると周りを楽しくさせてくれる人だった。高校2年生の時、夏休みのサークル合宿で、 夜、男女ペアになって麻雀大会をやった。女子はほとんど麻雀初心者だったので、 男子がコーチとして一緒にペアを組むかんじだった。そのときに私はたまたま惣一郎さんとペアを組むことになった。 結果は…。無敵だっ…
亡くなった夫が会いに来てくれた…!そう私が感じることができた最初の出来事は、 独りになってからピッタリ1ヶ月が経った朝。この日記の最初の頃にも書いた出来事です。うつらうつらしたほんの短いひと時でしたが、 亡くなった夫が私のことを抱きしめてくれました。「夢だった」といいきってしまえば それまでかもしれないけれど、 普段見ている普通の「夢」とは違っていて、 確かに、そのときは感触があったと感じられたのでした。私は、あれはきっと亡くなった夫が 天国に登る前の最後のお別れに来てくれたんじゃないかと 思っています。身体から魂がはなれたあとも、 しばらくの間は私の近くに居てくれたんだと思うのです。にほんブ…
自分の気持ちを整理するため。 また、何かの記録にでもなるかと思って 5年間、不定期ながらも細々と書き続けてきたこの日記ですが。「亡くなった人に会う方法」 「死んだ夫に会いたい」などの検索ワードで見に来てくださっている方が 多いみたいです。かくいう私も、独りになってから3年位の間 かなりやっきになってその方法を探し続けました。過去の記事にも書いたとおり、 いくつかの方法を試してみたこともあります。それで私なりに体感して 分かったことがいくつかあったのですが、 結果から言うと…。この5年間で、亡くなった夫に 私の方から好きなように意思の疎通を図ることは 出来ませんでした。その代わり。亡くなった夫か…
運転免許の更新をしました。元々車に全然興味の無かった私が どうして免許をとったのかというと、 惣一郎さんを病院に送り迎えするためでした。癌が発覚したあと惣一郎さんは、 いつも家から30分くらいかけて車で病院に通って そこで毎回6時間くらいかかる点滴をしてもらっていたのですが、 その薬が入るとフラフラになるため、 行きは良くても、帰りの運転が心配だったのです。そのため、当初は 車で1時間ちょっとかかる場所に住んでいた 惣一郎さんのお母さんが わざわざ車で送り迎えをするために来てくれていました。それで私も急遽教習所に通い始めて 運転免許を取ったのですが、 免許とりたてだからか、信用がなかったのか、…
どう書こうか…。あるいはもうこの日記自体を書くのをやめるべきなのか 悩んでいるうちに何ヶ月も経過し、 事後報告となりますが…。再婚しました。以前日記に書いた好きになったあの彼です。 年下の方ですが落ち着いていて とてもしっかりしていて、優しい人です。数年前から知り合いでしたが、 旧姓に戻した後に1年以上の交際を経てから籍を入れました。人生のうちで2度も 好きな相手と結婚することが出来るなんて、 私はなんて幸せなんだろうと思います。だけど今の夫と知り合って再婚することができたのは、 前の夫が亡くなったため。 それ自体は決して幸せなことではなかったと思う。今の夫と何気ない会話を交わしたり、 一緒に…
また気が滅入ってきて泣きたくなっている今の私は 多分誰かに「よしよし」して欲しいんだろうな〜。それで「頑張ったね」って 褒めてもらいたいだけなんだと思う。出来ることなら「もう頑張らなくてもいいんだよ」って 言ってもらいたいけど…。 そんな高望み。休みたい…。にほんブログ村
この前実家に置いてきた、亡き夫の思い出BOX。それを久々に開けて、中を見てみたら、 なんと! なぜか生ゴミがつまってた!!なんでゴミがはいってるんだ〜と思いながらかき出す私。 みかんの皮とか、かみくずとか、 これも捨てなきゃ、あれも捨てなきゃ。ちゃんと必要なものだけ大切にしまっておくんだから!そう思ってかき出し続けていくけど。あれ?大切なものばかりをしまっていたはずなのに、 何故か今はゴミばっかりになっている…。あれも捨てて、これも捨てていくと、 中に入っていたものがどんどん無くなっていく。 でも実際に、中には捨てたいものばかりが入っている。っていうか、あとどれだけがゴミなの!? 大切なものは…
ここ1年間、まともに仕事をしていない。 貯金をきりくずしながら生きている。危機感はある。 だけども「これでいい」と肯定している自分もいたりする。そもそも、以前はあんなに頑張っていた仕事を 今はしたいと思わない。遣り甲斐を見失った。 頑張り甲斐が無くなった。以前亡き夫と、 文字通りに死ぬほど頑張っていた仕事の成果は ステータスではなく、収入として私の手元に残った。だけど独りになったとき、 もう独りになったというのに 亡き夫の分まで税金を支払わないといけないことになって 結果、全財産の数分の一を失った。あの頃は夫が居たから、 2人で協力しながら仕事が出来たから得られていた収入だった。 独りになって…
今日は亡き夫の生誕記念日。今日をどう迎えるのがいいんだろう。 どう過ごすのがいいんだろう。祝うべきなのか、普段どおりにするべきなのか 分からなかったけど、 心の中ではやっぱり意識してしまいました。生まれてきてくれてありがとう。 あなたのおかげで今の私が存在しています。先日。母の日だったこともあり、私の実家に行ってきました。 そこで夫の思い出の品をまとめて入れていたBOXを 実家に置かせてもらうことにしました。捨てることはもちろん出来ない大切な品々…。亡き夫の写真とか、生前持っていた小物とか、 そこにまとめて入れて、部屋の中に置いていたのだけど、 考えた末、距離を置くことにしました。悲しいことで…
余談ですが。前回書いた「人気占い師に占ってもらったら」の その占いルームには、 占ってもらう数ヶ月前から名前を伝えて予約済みでした。占いを開始して開口一番に 「あなた、いつも演技してますよね?劇団とかに入って…」 と言われたので「へ???」って思ってたのですが。実は私と同姓同名の女優さん(あまり有名ではないけど) がいらっしゃるのです。今まで他の場所でも何度か間違えられたことがあったのですが、 あの占い師さんはきっと事前に私の名前をネット検索かなにかして、 その女優さんだ!って思ってしまったんだろうなーと。後で気がつきました…。にほんブログ村
更新の間があいてしまいましたが、 某人気占い師に恋愛運を占ってもらった結果を書いていきます。 人気占い師の事務所をあとにした私は、 正直「ぉぃぉぃぉぃ」という気持ちだった。その占い師はタロットとか、占いの道具を広げることはほとんどなくて、 たんに頭に浮かんだことをポンポンと言っているだけのように感じた。言われたことは、一般論ばかり。 それが霊感とかインスピレーション的なものと とらえればそれっぽいかもしれないけれど。「30代女性が結婚できる確率は○%しかないから難しい」とか 「男性は若い子が好きだから、年上の私に振り向くわけがない」とか。あれは果たして占いだったのか? 疑問です。他にも 「せっ…
自分の今後の恋愛運、結婚運がどうなのか テレビに出ていた人気占い師に見てもらおうと思ったら、 予約が殺到していて、数ヶ月待ちでした。せっかくだから一応数ヵ月後の予約をとったけれど このもやもやした気持ち、数ヶ月間もそのままなんていられない! 思い立って別の占い師のところに行ってみました。>「彼と知り合ったことは縁だから、その縁は大切にしたほうがいい」 ある占い師にはそんな風に言ってもらったのだけれど、 この気持ちをいつまでこのままでどうすればいいのか…苦しい。もやもやが晴れなかったので、さらに別の占い師のところに。>「相性は悪くは無いから、軽い気持ちでだめもとで告白してみたら?」 そんなに軽く…
1年前、 私にはやらなければいけないことがあった。それは亡くなった夫と8年の間住んでいた古い家を引き払って 期日までに大家さんに明け渡すこと。 その家に置きっぱなしになっていた 沢山の思い出の品々を処分することだった。遺品の整理が終わったら、 その次は自分の身の上を清算すること。「待っていても夫はもう戻ってこない」その事実をようやく現実として受け止めた私は 苗字を旧姓に戻し、 自分の人生を再起動させることに決めた。ふいに、これから新しいパートナーを探すとしたら 何をどうすればいいのだろうと思った。・お見合いサイトに登録してみる? なんだか出会い系(?)っぽいかんじがしていやだな…。・お見合いパ…
好きな人ができました。書こうか迷ったのですが、 ここには自分の素直な気持ちを残そうと思うので、 何回かに分けて書いていくことにします。いつから好きになったのか、 はっきりとしたきっかけがあったのかどうかは 私自身にもわかりません。ただ、多分一昨年辺りから 気がついたらある男性のことが気になるようになりました。それが友人知人に対しての好意なのか、何なのか。 しばらくわからなかったです。気のせいなのかもしれないし。 そもそも私は未亡人だし。 私の心の中にはずっと亡き夫が住んでいるわけだし。そう思って、私は自分の気持ちに蓋をしていました。にほんブログ村
未亡人をやめたい。でもこんなこと考えてしまうのは、 きっと私のワガママなんだろう。独りになってから5年目を向かえ、 周りの人たちが私のことを「未亡人」としてではなく、 「独りの人」として扱うようになってきた。別にいつまでも独りでいようと思っているわけではないので ちらほらとお見合い的な話をふられることがあったりする。先日も目上のMさんという知り合いから Wさんという方を紹介された。男性ばかりの職場に勤めているから、なかなか出会いがないんだとかで、 私より2歳年下なのだそうだ。そういうわけではないんだよ。別に誰でもいいわけじゃなくて…。そのとき断ったつもりだったけど、 うまく伝えられなかったかも…
せっかく新年明けたのに気持ちがすっきりしない原因は、 古い友人から来た年賀状。友人夫婦と、娘さんと、猫ちゃんと。 家族が揃って仲良く写っている写真を見て ため息が出てしまった。娘さん、この間までまだ歯も生えていなくて 離乳食みたいなの食べてたと思ったら、 もう小学生なのかーとか。とっくにひとりで歩けるようになってたんだなとか、 なんだかタイムマシンに乗った気分。本当はその成長がほほえましくあるはずなのに、 何故か悲しい気分になってしまった自分が悲しくて…。こういう家族の団欒みたいなの見るのは 未だにダメージ大きいなあ。だけどそろそろ。 今年はそろそろ卒業したい。にほんブログ村
あの人が生きていた頃、私はいつも助手席だった。 あの人の運転する横顔を見ながら、 主にナビ係りをしていた。独りになってから今度は、私が運転席に座った。 だけれどその時助手席側には、誰も座っていなかった。どの方向に行くのかは、自分で判断しないといけない。あの人は私を色々なところへ連れて行ってくれたけれど 私はこれからどこに行きたいのかな。速度を落とし、一度路肩に車を停めて、 今は地図とにらめっこをしている。にほんブログ村
亡き夫が大事にしていた車があった。奮発して買った車だったというのもあるけれど、 いつも些細な傷や汚れすらつけないように気遣って、 洗車も給油も必ず自分で行って、 それはそれは可愛がって乗っていた車だった。夫が亡くなった後、それは私の元へ残ったけれど、 物理的な夫の形見としては、それが多分一番大きなものだった。私はなるべくあの人が扱っていた時と同じようにしようと思った。給油は必ずセルフで行い、 洗車も見よう見まねながらも、自力で出来る範囲で頑張った。ただ、乗り心地も良かったし、実際いい車だったのだけど、 大切にしようと思えば思うほど存在が重くて、 万が一にでも傷をつけないように!とか痛ませないよ…
独りになった直後の頃の自分の姿を比喩すると、 2本足で立ち上がることが出来ず、 ボロボロの状態で手足をプルプルさせながら地面にはいつくばって、 四方が崖になった不安定な足場から 落ちないようにしがみついているのが精一杯だった。今では普通に靴をはいて ふらふらしているかもしれないけれど、立ち上がることは出来ている。でもまだ周りが霧に包まれているからよく見えなくて、 足場はちゃんとあるのか、どちらのほうへ進めばいいのか解らなくて きょろきょろと後を確かめたり、立ち止まったりしながら たどたどしく歩きかけている状態かもしれない。だけどいつかこのもやもやとした霧が晴れて、 新しい景色を見つけることが出…
気がつけば、今年最後の月に入ってしまった。この1年は本当に色々なことがあって、 私にとって節目の年になったと思う。 ・2011年10月末 亡き夫と暮らしていた街に引っ越してきた。 亡き夫との思い出を整理するため、 結婚していたときのまま放置してあった古い家の片づけをするため 以前住んでいた家の徒歩圏内にあるアパートに部屋を借りた。・2011年11月〜2012年2月 数ヶ月かけて古い家の片づけ、遺品もかなり処分して、 亡き夫のご両親にその家を明け渡した。・2012年2月 ペットのシロ(仮)が亡くなった。 私は本当の意味での独り暮らしになった。・2012年5月 継続していた仕事の期限が来て無事完了…
不謹慎?というか何様?というか 最近自分で自分に腹が立つことがある。それは「亡き夫にまつわることをしたくない」と思ってしまうこと。いっそのこともう全部忘れてしまいたい。 忘れてしまえたらどんなに楽か!亡き夫に関する色々なことがらが浮上してくるたび、 何かの手続きをするたびに、とてもうんざりしてしまう。戸籍謄本、除籍謄本、復氏証明、死亡確認、 色々な書類の再発行、状況説明、繰り返される聞きたくないセリフ。「夫が亡くなったこと」と「過去結婚していたが今は独りであること」 をその度提示していかないと、今の私の存在は確立されないと言う事実。もういい加減にしてくれ!そろそろ開放してくれ!!許してくれ!!…
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