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住兵衛さんのプロフィール

住所
熱田区
出身
熱田区

日本の常識は世界の非常識? もしそうならその原因は、この国が体験してきたユニークな歴史にあるのかもしれません。 そんな「日本史」を軽い目線でヤジ馬しています。

ブログタイトル
ヤジ馬の日本史
ブログURL
https://nagoya301.at.webry.info/
ブログ紹介文
日本の常識は世界の非常識?この国が体験してきたユニークな歴史《日本史》の不思議をヤジ馬しよう!
更新頻度(1年)

72回 / 365日(平均1.4回/週)

ブログ村参加:2011/08/28

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住兵衛さんの新着記事

1件〜30件

  • 日本史の「トンデモ」04 言霊商標の平和万能薬?

    1945年以降の、いわゆる「戦後日本」は戦争に対する猛省という意味合いも あってか、「何にもまして平和」を重視する姿勢に転じました。 戦争よりは平和の方をありがたく思うのは人の常ですから、これはこれで 評価されるべきことでしょう。 そうした風土にあって、「戦後日本」はさらに「平和構築」を目的とした 多くの思想・政見も登場させました。 ただ、玉石混合というか、そうした中には当時はそれなりの注目を浴び…

  • 日本史の「ライバル」04 神々の悠久なるリベンジ

    列島民僕にとってはまったく目新しい宗教と言っていい「仏教」が、 百済王からこの地に伝えられた(公伝)のは548年のこととされています。 これが正しければ、我が国においては第29代・欽明天皇(509?-571年)の 時代ということになりますが、もっともその時期については他にも 538年説、552年説など諸説あって、実際のところはイマイチよく分か…

  • 日本史の「微妙」12 日本もじ文字バラエティ

    普段はあまり意識しませんが、現代日本人が普段使っている「文字」は、 結構ユニークさに満ちています。 まず第一に指摘できるのは、文字の種類が結構豊富なこと。 思いつくまま並べても、漢字・ひらがな・カタカナはずっと昔からがありますし、 明治以後なら、アルファベットを利用したローマ字という表現方法も 提供され、さらに現代では絵文字なんて代物も、その仲間に加わりつつ あります。 おそらくは、日本人が…

  • 日本史の「数字」01 文政テーマパーク殺人事件

    筆者の生息地・愛知県では、戦国時代に天下を掌握した三人を 「郷土の三英傑」と称え、「名古屋祭り」の折には、それぞれの名を 冠した隊列を組み、豪華勇壮なパレードまで披露しています。 いわゆる「英傑行列」ですが、その三英傑は地元以外の人にもかなり有名な 存在だとは思います。 念のためにその顔ぶれをご紹介しておくと、 織田信長(…

  • 日本史の「ツッパリ」26 時世時節が変わるは悪だ

    「原理主義」という言葉があります。 ~一般的に、基本的な理念や原理原則を厳格に守ろうとする立場~ と説明されており、さらには、 ~(原理原則を)忠実に解釈し実践しようとする思想や運動~のことでも あり、さらには、そういう~原理主義の立場をとる人~のことを 「原理主義者」とも言うと説明されて…

  • 日本史の「大雑把」03 昔年齢をイメージする

    「関ヶ原の戦い」(1600年)に勝利し、戦国乱世の最終勝者となったのは 豊臣政権五大老の一人である徳川家康(1543-1616年)でした。 その数年後には自らが征夷大将軍に就き「江戸幕府」を創立していますから、 家康はこの時点で事実上天下を掌握したことになります。 そうした家康に対して、数多の大名は抵抗姿勢を改め、そのことによって 「戦国の世」にも落ち着きが感じられるよ…

  • 日本史の「陰謀」28 名君なおもて暗君をや

    昔々の時代劇映画お多くは、主君が絶対的な権力を持ち、家臣はそれに ひれ伏す姿を当然のものとして描いていた印象があります。 君臣の立場にはハナから絶対的な違いがある、と言ったところでしょうか。 ですから、仮に家臣側が異を唱えるにしても、それはやんちゃな若殿に 対して、古手の家老がちょいと御意見を述べる程度の姿に留まります。 それ以上の攻勢は、一種のタブーにも似た感覚があったのでしょう。 もっとも…

  • ヤジ馬の日本史 超駄級600記事 №501-599編/だがしか史!

    これまで書き連ねた記事が通算600本に到達しましたので、今回その節目と して改めて直近100編(№501~599)を整理してみました。 全編粒揃いの「超駄級」であることから、全国津々浦々のヒマ人様からは、 「時間潰し」の最適ツールとして、割合に控えめなご好評?も頂いて おります。                   管理人:住兵衛 --直近の記事------------------------ 600 ヤ…

  • 日本史の「落胆」05 主君の悪口は言えない

    いわゆる幕末維新(1853-1869年)の折に、最も過激な思想・行動を示した のが外様大名・毛利家を藩主とする「長州藩」でした。 戦国時代に国人領主から戦国大名への脱皮を一代で成し遂げ、中国地方の 覇者となった毛利元就(1497-1571年)が同藩の始祖とされ、 その子孫が代々の藩主を受け継いできた御家です。 現にこの幕末時代の第13代藩主・…

  • 日本史の「発明発見」24 イロハのイの字は?

    当時はまだ日本とは呼んでいなかったでしょうが、現代でいういわゆる 「日本民族」が、文字を使うようになったのは、いったいいつ頃のこと なのか。 この文字自体についても、「すでに列島では独自のものがあった」など、 いくつかの解釈も成り立ちそうですから、ここはズバリ「漢字」として おきましょう。 それにも実は諸説あるようで、たとえばこういう説明にもぶつかります。 ~それ…

  • 日本史の「付録」11 アウェイ戦は負け続け

    島国日本は、内弁慶とでも言うのでしょうか、その昔から海の向こうでの 喧嘩が得意ではありません。 多少のいざこざがあろうとも、即相手を叩き潰すなんて過激な態度は、 国内でも慎重でしたから、その延長線上にあったのかもしれません。 そうした「穏やかさ」の背景には、恨みを持って死んだら怨霊となって この世に祟るという、いわゆる「怨霊信仰」があったとも考えられます。 しかし、そうであったにせよ、海の向こ…

  • 日本史の「ライバル」03 源氏と平家は好対照物語

    平安時代の終わり頃、平氏棟梁であった平清盛(1118-1181年)が、 武士階層出身の初の太政大臣に任じられるや、その直後に、今度は源氏の 貴種にあった源頼朝(1147-1199年)が幕府を開くことで武家政権を確立 させることに成功しています。 そして、武士の二大勢力であるこの源氏と平氏が覇権を争った、概ね 11世紀末から12世紀末までの約100…

  • 日本史の「忘れ物」28 歴史人物だって浮き沈む

    昭和20(1945)年以降、つまり「戦後」と呼ばれる時代には知名度イマイチ に陥っているものの、それ以前では超有名だった人物も少なからずいます。 神話めいた存在では「三韓征伐」で有名な神功皇后とか、その側近である 武内宿禰がそうでしょうし、確実に実在した人物なら江戸後期の二宮尊徳 (1787-1856年…

  • 日本史の「異国」07 朱と黒の幕末意地っ張り

    「紅白」あるいは「赤と白」と言われたら、めでたい折に出される 「紅白饅頭」とか、大みそかの恒例番組「紅白歌合戦」、さらには、 歴史好きな人の中には源氏の白旗、平家の紅旗を思い浮かべる向きもある かもしれません。 では、それが「赤と黒」だったら? 小説「赤と黒」を思い浮かべる方も少なくないでしょう。 ただし、おそらくはそのタイトルだけで、中身まで読破した方は、その中 でも少数派のはずです。 何を…

  • 日本史の「世界標準」26 国際派?KOBANの知名度

    道端で見つけた千円札一枚を律義に交番へ届けたものの、折悪しく交番巡査 が不在だったために、後日の出直し手続きが一層面倒になってしまった。 あまり食指の動かないこんな出来事を、何を思ったものか仲間の一人が、 自分の体験としてひどく得意気に話してくれました。 交番巡査が不在だったことはたまたまのことであり、当人の手柄でも なんでもないのですが、しかし、こうした場合はまあ顔を立てておいた 方が無難な…

  • 日本史の「トホホ」28 大没落に遭遇した管領家

    戦国英傑・織田信長(1534-1582年)については、こんな説明もされています。 ~その出自は、尾張守護・斯波氏に仕える守護代・織田氏の、そのまた  家老家の織田家である~ また別には、 ~越前朝倉氏の創始者・広景(1255-1352年)は斯波氏に仕えていた~ こちらも越前を拠点として戦国の世に存在感を示し…

  • 日本史の「アレンジ」20 草書風な五十三次宿場町

    必ず毎日というわけではありませんが、機会があれば熱田神宮界隈の散歩 することが筆者の楽しみの一つになっています。 トボトボ歩くのにほど良い距離であることも理由ですが、いつも緑に 包まれたる静閑な環境が大きな魅力でもあります。 ただ、以前に比べ、最近はその熱田神宮界隈で数人程度の旅行者 グループを見かける機会が目立って多くなってきたように感じられます。 大き目の旅行鞄(キャリーバッグ)を携えた、…

  • 日本史の「信仰」16 名もなく儚く墓も無く

    お盆の折ひょっこり親戚と話をする機会に恵まれましたが、時期的な雰囲気 もあってか、なんとはなしに「お墓」の話題に。 昨今、それなりの注目が集まっているとされるいわゆる「墓じまい」です。 しかし、その辺の事情にとんと疎い筆者は、ついつい初歩的な疑問を投げ かけてしまったのです。  ~そもそも「墓じまい」ってなにさ?~ 一瞬呆れ顔を向けられたものの、そこは親戚の…

  • 日本史の「微妙」11 将軍トライアル評判記

    立派な君主、すぐれた君主のことを「名君」と言います。 また、長い歴史の中で一度衰えたり途絶えたりしてしまった事や物を復興 させることを「中興」といい、そうした「中興」を成し遂げた祖先に対して は「中興の祖」という呼び方も用意されています。 ちなみに、「中興の祖」をもう少し深追いしてみると、この程度の意味合い になるようです…

  • 日本史の「災難」13 金縛り系?の不如意感覚

    筆者が望んだことではなかったのですが、顔見知りのオジサンからこんな話を 聞かされるハメになりました。 ~えぇか、自分の意識はしっかりしているのに、身体のほうが思うように  動かない状況ってのは、ありゃホントに恐怖だぞ~ オジサン族による薬・医者・検査・症状・入院・手術など己の非健康に 対する自慢話?はそれこそ耳にタコということもあって、筆者の気持ちは 逃げの…

  • 日本史の「異国」06 鉄砲伝来って訪問販売?

    ~一隻のポルトガル船が種子島に漂着して、日本に鉄砲を伝えました~ また、あるいは、 ~種子島に流れ着いた一隻の中国船に乗っていたポルトガル人が、  2丁の鉄砲を持っていました~ 上はいずれもいわゆる「鉄砲伝来」(1543年)についての説明文ですが、 漂着したのがポルトガル船だったのか、あるいは…

  • 日本史の「落胆」04 大御心と幕末婚約の命運

    黒船来航(1853年)に直面した幕府が見せたドタバタぶりは、こんな ふうにも揶揄されました。 ~泰平の眠りを覚ます上喜撰 たつた四杯で夜も眠れず~ 事態に泡を食った日本側の雰囲気がよく伝わってきます。 しかしアメリカ・黒船が来ることは、オランダ国王からの報せを通じて じつは幕府も事前に承知していたのです。 にも関わらず、この為体を露呈したのですからこんな疑心が生…

  • 日本史の「誤算」12 長州流?公金処理の御作法

    幕府体制が終焉し、世が「明治」を迎えた頃の世情には混沌としたもの がありました。 諸外国がつけ入ることのないだけの短期間のうちに、それまでの 「ほとんど なにもかも」を作り替えてしまおうとするのですから、 そうした状況があるのは、ある意味ではやむを得ないことかもしれません。 事実、この時期には明治新政府の要人が絡んだ事件がいくつか起こって います。 そんな中で、事件の規模からしても、また新政府…

  • 日本史の「微妙」11 征夷大将軍そのウワサ話

    武家政権(鎌倉幕府/1185年?-1333年)が樹立されて以降、その トップの座を「征夷大将軍」という称号?で呼ぶことにしました。 その座に就いた人物の数は鎌倉幕府9代、室町幕府15代、江戸幕府15代、 という内訳で、合計では39人になります。 では、この他には金輪際誰も「征夷大将軍」にならなかったかと言えば じつは必ずしもそうとは言い切れない…

  • 日本史の「ツッパリ」05 地の果ての孤立文明圏

    昔学校の授業で学んだ「世界四大文明」の記憶がひょっこり蘇って きました。 ひょっとしたら、トラウマ体験による「フラッシュバック」現象 なのかもしれませんが、似て非なる「八つの文明圏」なんて言葉に でくわしたせいです。 さて、人類最初の文明として確かこの四つを挙げ「世界四大文明」 と説明されたように記憶しています。 ○黄河文明     (前7000年頃~) 現在の…

  • 日本史の「大雑把」02 五十年ワシ掴みの江戸幕府

    ~「江戸時代」とは1603年の幕府樹立から1868年の江戸城明け渡し   までの265年を指す~ 普通この程度の説明がされています。  しかし、始まりから終わりまでの265年はいかにも長い。  もう少しコンパクトに把握できないものだろうか? そこで思いついたのが、江戸時代265年をエイヤッとばかりに、 約半世紀50年単位で睨んでみる少々荒っぽいやり方です。 実際そうしてみると、…

  • 日本史の「列伝」11 御幼帝御用達?の歴史本

    人によっては、その字面はちょくちょく目にするものの、その時代や内容になると、とんと承知しない事柄も、ままあるようです。実はそうした状況が筆者自身にもあって、その一つに「神皇正統記」を挙げることができそうなのです。

  • 日本史の「タブー」11 怨霊封じ渾身プロジェクト

    〜「藤原」姓は天智天皇から亡くなるその前日の中臣鎌足に贈られた〜通説ではそうされているものの、前後の経緯からしても、おそらくは鎌足にではなく、その息子である不比等(659-720年)に下賜されたものでしょう。不比等自身に、現在の権勢は姓を下賜された父親・鎌足による「親の七光り」によるものとする態度を貫くことで、この頃の突出した権力に対する内外の批判をかわす計算が働いていたのかもしれません。

  • 日本史の「例外」02 天皇家好きの将軍家親戚

    〜朝方(午前9時頃)、藩士15名を含めた総勢60名ほどの護衛を従え、  彦根藩邸を出た大老・井伊直弼(1815-1860年)は、江戸城の入口・  桜田門の前で暴漢集団に襲われ絶命(即死)に至った〜

  • 日本史の「災難」12 アウェイ幕府は曇り空

    それまでにはなかった新しい階層「武士」の登場。その経緯を探ってみると、たいていはこのくらいの説明になっています。〜王朝国家体制の確立によって、朝廷は地方統治を事実上放棄した。  その上、桓武天皇が軍団を廃止した結果として、地方は治安が悪化し  無政府状態に陥り、16世紀まで日本列島は戦乱が頻発するようになった。  国家から土地経営や人民支配の権限を委譲された有力百姓(田堵・名主)  層は、自衛のために武装し、武士へと成長した〜 Wikipedia 「平安時代」...

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