ぶらり歴史旅一期一会
読者になる
住所
兵庫県
出身
明石市
ハンドル名
けんさん
ブログタイトル
ぶらり歴史旅一期一会
ブログURL
http://poreporetraveler.blog96.fc2.com/
ブログ紹介文
戦国武将にまつわる史跡と近代建築をテーマに全国各地色々巡っているブログです。
自由文
-
参加カテゴリ

旅行ブログ / 国内一人旅

歴史ブログ / 戦国時代

更新頻度(1年)

73回 / 320日(平均1.6回/週)

ブログ村参加:2010/08/22

※ランキングに参加するとカテゴリ順位・ポイントが表示されます。

今日 10/22 10/21 10/20 10/19 10/18 10/17 全参加数

けんさんのブログ記事

1件〜30件

新機能の「ブログリーダー」を活用して、けんさんの読者になりませんか?

ハンドル名
けんさん
ブログタイトル
ぶらり歴史旅一期一会
更新頻度
73回 / 320日(平均1.6回/週)
読者になる
ぶらり歴史旅一期一会
  • 筑後吉井重伝建地区(福岡県うきは市)

             筑後吉井駅から徒歩15~20分ぐらいでしょうか、豊後街道沿いを歩いて行くと国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている筑後吉井の街並みへ辿り着きます。今回は伝建地区エリアから微妙に外れているものの雰囲気ある建物なども併せてアップすることにします。         ...

  • 久大本線筑後吉井駅(福岡県うきは市)

           博多と大分を結ぶ特急ゆふ号も停車する旧吉井町の代表駅である筑後吉井駅は国の重要伝統的建築保存地区である筑後吉井の最寄駅。ということでところどころ土蔵を模した木造駅舎です。                    こちらも簡易委託駅で日中は駅員が配置されています。            ★当ブログのまとめサイトなどへの無断転載・使用は一切固く禁止しております。にほんブログ村    当ブログ...

  • 勝楽寺 問註所統景の墓(福岡県うきは市)

    うきは駅から歩いて20分ぐらい果樹園などが広がる道を進んだところに山が見えてきます。この山の斜面でも果樹栽培(栗とのこと)が行われていますがこの山に戦国時代は井上城と西ノ城が築かれていました。現在その西ノ城が築かれていた場所中腹にこの付近を治めていた国人領主門註所氏の菩提寺勝楽寺があります。資料などには臨済正宗とありますので現在は黄檗宗のお寺だと思われます。...

  • 久大本線うきは駅(福岡県うきは市)

              国鉄時代は筑後千束駅という名でしたが民営化後に駅が所在する当時の浮羽町に合わせて現在の駅名へ改称されています。          自動販売機が少し邪魔していますが雰囲気のある昔ながらの木造駅舎です。          小さな駅ですが無人ではなく簡易委託駅で日中は駅員が配置されています。          3月ということで駅には雛人形が飾られていました。             ...

  • 久大本線でうきはへ

    記事は熊本からいきなり久留米駅に飛び、あと関西へ戻る前に数ヵ所久大線沿線を訪れることにします。 久留米駅に降りたのは九州新幹線開業後は初めてかも。博多から久大本線回りで別府まで行く特急ゆふ号が入ってきました。車両はJR四国の中古のキハ185。国鉄時代最晩年の車両ですが今も現役、湯布院や日田など観光地が複数抱えた久大本線を走る特急だけに車内は手を加えられ実はそこまでの古さを感じないのですが(185系よりさらに...

  • 旧泰勝寺 肥後藩主細川家墓所再訪(熊本市東区)

              熊本大学黒髪キャンパスから北側の立田山という小高い岡のような山に泰勝寺(臨済宗)という細川家の菩提寺がありました。明治時代に入り廃寺となりその後は細川家の邸宅が建てられましたが(現在もこの地に細川邸があります)、現在は細川家墓所などが立田山公園として一般に公開されており墓所は国の史跡指定を受けています。熊本地震でこちらも被災しましたが同じく細川家墓所のある花岡山公園よりも復旧は...

  • 常楽寺跡 小笠原少斎の墓(熊本市中央区)

    常楽寺は肥後藩主細川家の菩提寺であった泰勝寺の塔頭のひとつでしたが泰勝寺ともども廃寺となり、現在寺の跡地には肥後藩重臣であった小笠原少斎家の墓所が残されています。                       小笠原家墓所小笠原少斎が筆頭家老を務めるなど細川幽斎の時代から細川家の重臣として代々続いた家での墓所すが、熊本地震で墓石の奥が倒壊してそのままの状態となっていました。         小笠原少...

  • リデル・ライト両女史記念館(熊本市中央区)

                      ハンセン病患者のために生涯を尽くしたハンナ・リデルと姪のエデ・ハンナ・ライトの功績を後世に伝えるための資料館で病菌研究の研究所が活用され建物は国の登録有形文化財となっていますが熊本地震で被災し長期休館中で復旧工事の最中でした。ハンナ・リデルは明治24(1891)年に英国国教会の宣教師として来日し2年後に熊本に来ますが多くのハンセン病患者たちの悲惨さに心を打たれ救済に...

  • 了性院 草刈家墓所(山口県長門市)

               寛文5(1665)年に長州藩寄組(重臣)草刈就氏が京都妙満寺律師日英上人を招いて祖父草刈対馬守重継の50回忌を機に建立した日蓮宗の寺院で草刈氏の菩提寺です。             ...

  • 旧宗頭小学校(山口県長門市)

                        防長交通バス宗頭バス停前に位置する元は宗頭小学校だった建物。昭和46年に他校と合併し廃校となり現在は三隅町を経て長門市の宗頭文化センターなどとして活用されています。          敷地内にはホタルの家。ホタルの幼虫を飼育しているようです。          宗頭文化センターから了性院に向かう途中に渡る樅の木橋の袂にホタルの看板があったので恐らくは文化センタ...

  • JR美祢線

              宿泊した新山口駅前のホテルをチェックアウトして山陽線で美祢まで向かい美祢線に乗り換えます。美祢線は列車の本数が少ないため朝7時台の列車は部活の高校生なども多く、列車もJR西日本のローカル線専用ディーゼル車キハ120形は単行で座席もロングシートのみだったため車内では車窓などまったく撮影できず。かなり渋い木造駅舎である渋木駅など撮影したかったんですが…。列車は長門市駅から山陰本線に入り東...

  • 山田家本屋(山口県周南市)

                                  湯野一帯を領していた長州藩重臣堅田氏の家臣山田家の在郷住宅で、江戸時代中期に山陽道沿いに建てられ一度移築されますが再び湯野の地へ移築復元され現在山口県指定文化財となっています。山田氏は江戸時代に萩藩の重臣堅田氏の家臣を勤めました。その在郷住居である山田家本屋は江戸時代中期の建築といわれ、かつては戸田の山陽道沿い、湯野温泉入口の西に位置して...

  • 性梅院 堅田家墓所(山口県周南市)

                        慶長8(1603)年に創建された浄土宗のお寺で創建当時は西蓮寺という名でしたが寺のある周防湯野の領主である堅田就政(毛利家重臣)の正室が亡くなり彼女の戒名性梅院殿の院号をとって性梅院と改め現在地へ移されています。...

  • 山陽本線戸田駅(山口県周南市)

              徳山駅から下関方面に3駅目にある戸田駅。戸田と書いて“へた”と読み、現在は無人駅ですがかつては急行の停車駅だったというだけあって中々立派な木造駅舎です。                                  ★当ブログのまとめサイトなどへの無断転載・使用は一切固く禁止しております。にほんブログ村    当ブログを補完するFacebookページを始めました。よろしければご覧くださ...

  • 第一敷島湯(兵庫県尼崎市)

              尼崎の中でも最も下町的雰囲気が残っている地域である杭瀬にある大正12年創業の銭湯。唐破風の玄関が特徴的な昔ながらの和風建築のたてものは創業当時からのものですが入口は狭い路地に面しており撮影は中々大変です。          靴箱の鍵はツバメ、脱衣場の鍵は鶴。          脱衣場にある鯉の滝登りのタイル画。鯉のはずですが太っていて鯛の滝登りのように見えます。大正時代からの建物...

  • 尼崎市立大庄公民館(兵庫県尼崎市)

                        尼崎競艇場の北側にある地域は昭和17年に尼崎市と合併するまでは大庄村という独立した自治体で、その村役場が今も現存しています。設計は当時すでに我が国を代表する建築家であった村野藤吾が担当。村野に依頼できるのだから大庄村はかなり裕福だったことは想像できますが、調べるとやはり当時の村は人口が倍増を繰り返し日本で最も裕福な村と言われていたそう。元々進行中だった新庁舎建...

  • 旧阪神電鉄尼崎発電所(兵庫県尼崎市)

                        尼崎城のすぐ北側、阪神尼崎駅より梅田方面の場所にある古いレンガ造りの建物。明治37(1904)年に阪神電車尼崎発電所として建設されたもので1919年の発電所閉鎖後は阪神電車の資材置き場として今日まで活用されています。            ★当ブログのまとめサイトなどへの無断転載・使用は一切固く禁止しております。にほんブログ村    当ブログを補完するFacebookページを始...

  • 尼崎市役所開明庁舎(兵庫県尼崎市)

                               船を思わせるフォルムのこの建物は昭和初期に開明尋常小学校の校舎として昭竣工、現在は尼崎市役所開明庁舎として活用されており国の登録有形文化財に登録されています。RC造3階建で,敷地の東側と北側にL字形平面で建つ。東棟南端から平屋を延ばし,入隅に設けた四半円平面の玄関ホールとその上の半円筒形階段室がアクセントとなる。外壁は矩形窓を整然と配し,窓庇で...

  • 旧うさぎはり浅井鍼灸治療院(兵庫県尼崎市)

              尼崎城のすぐ東側にあるのが旧浅井鍼灸治療院。建物的にはそこまで古くなさそうですが門には一対のウサギの像が。現在は看板など撤去されていますが以前はうさぎはりという文字が入口に踊っていました(検索すると複数の方のブログなどで確認できます。上方では江戸時代から小児針のことをうさぎはりと言っていたようで、大阪十三にあった岡島家のうさぎはりはかなり有名であったようです(岡島家ではウサギを...

  • 尼崎城(兵庫県尼崎市)

              現在の尼崎城は大坂の陣後に尼崎へ入封した戸田氏鉄により大物川と庄下川との三角州に築かれた平城で本丸には複合式四重四階の天守が築かれていましたが明治時代に入って破却されました。          その尼崎城跡に今年資料館を兼ねた復元天守が再建されることになりました。尼崎に本社を置いていたミドリ電化(現在のエディオン形成企業のひとつ)創業者が地元への恩返しとして天守を建てたうえで尼...

  • 2018年10月岩手の旅

    ・JRバス東北ドリーム横浜・仙台号乗車記・雄山寺 北信愛の墓(岩手県花巻市)・旧マルカン百貨店(岩手県花巻市)・東北本線石鳥谷駅(岩手県花巻市)・光林寺 岸田忠氏の墓(岩手県花巻市)・治部堂(岩手県花巻市)・盛岡城(岩手県盛岡市)・旧岩手銀行中ノ橋支店(岩手県盛岡市)・旧盛岡貯蓄銀行本店(岩手県盛岡市)・旧第九十銀行本店本館(岩手県盛岡市)・佐藤写真館とライト写真館(岩手県盛岡市)・橋本屋本店(岩手県盛岡市)・龍...

  • 近鉄バスフォレスト号乗車記

              帰りは仙台駅前からフォレスト号に乗車します。以前はミヤコーバス(宮城交通)との共同運行でしたが現在は近鉄バスの単独運行。ミヤコーバスは運転士の慢性的不足だそうで他路線も共同運行を休止するケースが相次いでいます。乗車するまでは過去2度重大事故を起こしている磐越道から新潟側へ抜けて北陸道経由だと思っていたんですが、車体アナウンスで現在は東北道を南下し那須高原サービスエリアで唯一の開...

  • 奥州市水沢の建築

    最後に水沢をぶらぶら歩いていて気になった建物をアップしておきます。情報はどの建物は乏しいので詳細はよく分かりません。                     この建物は元々は食堂だったようです。                                    小野寺時計店人造石洗い出し仕上げの近代建築である小野寺時計店は大正14年に薬局として創業しており建物もほぼ創業当時の物のようです。★当ブ...

  • 後藤新平旧宅(岩手県奥州市)

                       水沢出身の後藤新平は水沢伊達(留守)家小姓頭の家柄の生まれで新平自身も明治に入るまでは奥小姓を務めていました。旧宅は下級武家屋敷の造りとなっていて現在は萱葺の主屋に便所と板倉・冠木門・笠塀などが残っており、新平が晩年に手を加え今の間取りとなっており岩手県の文化財指定を受けています。             ★当ブログのまとめサイトなどへの無断転載・使用は一切固く...

  • 高野長英生誕の地(岩手県奥州市)

                        高野長英が生まれた場所は現在は小さな公園となっています。長英に関しては以前彼の記事で触れましたが改めてこの地にある案内板に書かれていた内容を記しておきます。長英は、1804(文化元)年留守家臣の後藤惣介実慶と美也の子として生まれ、のち母の実家高野家の養子となり、養父玄斎から蘭学の初歩を学びました。17歳で江戸に出、吉田長淑の門に入り、長英の名を与えられ、のち...

  • 旧内田家住宅(岩手県奥州市)

                        現在は武家住宅資料館として一般に公開されている旧内田家住宅。内田家は水沢伊達家の祖である留守政景に召し抱えられ足軽大将などを務めた家で、幕末の当主で大番役を務めた内田勘之丞の96石2升と家中2位の禄高を誇り、水沢城下で最も格式のある武家屋敷のひとつに数えられています。旧宅は茅葺きで四脚の薬医門を表門とし屋敷の間口は16間・奥行は30間あり、東西をひば垣、正面の板塀と...

  • 大安寺 水沢伊達家墓所(岩手県奥州市)

              實堂宗中禅師(松島瑞巌寺住職)開山・留守政景開基の臨済宗のお寺で、水沢伊達氏が一関から水沢に移ることに伴い大安寺も水沢に移ってきています。...

  • 東北本線水沢駅(岩手県奥州市)

           盛岡を後に東北本線で仙台へ戻りますがその間のどこかで途中下車しようと思い数か所をピックアップし見どころや時間などを考え水沢で降りることにしました。RC造平屋建ての国鉄時代の地方都市代表駅の多くで見られる作りの駅舎です。        旧水沢市の代表駅であり一関から盛岡の間では最も利用客が多いのがこの水沢駅でした。今も駅員が改札をしておりラッチが健在です。これから2時間強ほどですが水...

  • 茣蓙九(岩手県盛岡市)

                        盛岡市内の町家建築の代表例とされるのが生活雑貨店茣蓙九の建物群。江戸時代末から明治時代初頭や後期と建物それぞれの建築年代はバラバラですがこの地区の景観を成しており盛岡市の保存建造物となっています。広い敷地に店舗・住居・土蔵等数棟が建っている。紺屋町の道路側に見えるのは店舗と住居であり中津川側に見えるのは蔵と塀である。紺屋町道路側の建物は景観上絶妙とも言える位...

  • 関口屋菓子舗(岩手県盛岡市)

              関口屋菓子舗は明治26年創業の盛岡駄菓子のお店。前日立ち寄った時はまだ営業時間内だったにも関わらずすでに品切れで閉店していましたので翌日開店直後に訪れました。          焼酎糖東北各地には今も伝統ある駄菓子が残っていますがこの焼酎糖は盛岡独特のもので、創業時は焼酎のみでしたが現在は焼酎・ブランデー・コーヒー・抹茶・ペパーミント・メロン・ざくろ・ぶどう風味のシロップの8種類...

カテゴリー一覧
商用