高志の国文学館で氏の展覧会があったので、その名前はうろ覚えするほどに耳にしたことはあったにせよ、殆んど知らなかった堀辰雄氏の小説を読みたくなった。それで、私小説からロマン派にシフトする試みの作品という「菜穂子」を選んだ。 とても魅力的な小説世界なのは、少し噛み砕くのに時間が掛かる長めの文体の所為なのか、浅間山を中心にした静謐な小説の舞台の所為なのか、いずれにせよ美しさを感じさせる情趣深い作品だった。しかし、一方で、この小説により作者は何を伝えたかったのかというような、顕著なメッセージ性がまるでない。始まりが菜穂子と不仲だった母親の日記から始まっていて、導入部としてとても興味をそそるのだけ..