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島の医者になって、た頃もあった https://syuheitsunemi.hatenablog.com/

京都から五島列島の奈留島の医者になって10年以上、また京都に帰ってきました。 はてなブログに何とか引っ越しました

ブログ名と解離したブログになってしまいました。  現在は京都で家内の介護、ブログがほぼ唯一の楽しみです

島の医者になって
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2010/04/14

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  • 鳥羽街道7.

    前回の壬生寺の裏側に、新撰組の隊旗を掲げてるお菓子屋さん 京都鶴屋 が有りましたので、休憩で1個和菓子を買って食べてると、新撰組発祥の地壬生屯所旧跡「八木家」の拝観受付があることが分かりました。丁度案内説明時間だったので、せっかくだからと拝観しました。 八木家の方と思われる女性が、USJの「ターミネーター」の司会女性のような口ぶりで、新撰組の話を説明してくれました。 14代徳川家茂上洛の警護目的で江戸から上洛した浪士隊の一行は、間もなく清河八郎と共に江戸に呼び返されましたが(その中には、私の家の家系図に載ってる同じ名前の人がいましたが)、芹沢鴨・近藤勇・土方歳三・沖田総司・山南敬助・新見錦・原…

  • 阪神優勝

    阪神、終盤はやきもきしましたが、弱い巨人が負けてくれたので、何とか連覇達成!!!!嬉しいより、ホッと安堵したと言う方が正しいですね。 デイゲームの広島戦に負けたのに、ナイターで巨人が負けて優勝決定、広島のホテルでビールかけしてましたが、私はあまり盛り上がらずに観てました。 はてなブログに移行してから、50ぐらいの他人のブログを毎日のように見ていますが、誰も阪神の優勝は挙げておられず、奈留島に居た頃の完全アウェー(ソフトバンクホークスか巨人ファンしかいなかった)の中で、一人で阪神優勝を祝ってた以上に、なんかしれっとした優勝でした。

  • 鳥羽街道6

    昨日の阪神巨人戦、1回無死満塁・2回無死一三塁・3回一死二三塁を逃して万事休す、1点先に取られたのでもう負けと、WOWOW観だしたら大山の本塁打、再び1点取られて9回裏、もう観てませんでしたが、二死から大山が打ってくれて同点になってました。圧勝してもよい試合でしたが、まあ引き分けなら良しとしなくては行けませんが、昔々の悪夢(あと1勝で優勝が、中日に負けてる試合を移動中の堀内が笑いながら観てた?し、翌日巨人にボロ負け)がよみがえりますね。私は負けてる阪神の試合は観てられません。 気を取り直して、千本通(平安京の朱雀大路)に沿って1.の四条通を横切って、五条通までどんどん南下しますね。 四条通の信…

  • 岸田今日子

    今日で9月も終わり、扇風機を仕舞ってガスストーブを引っ張り出してきました、衣替えもボチボチですが出来る男になってきてます。 岸田今日子(キシダキョウコ)(1930(昭和5)~2006(平成18))、私より18歳年上で、もう20年も前に76歳で亡くなられていたのですね。安倍公房原作の映画「砂の女」で岸田今日子さんは観ていますが、あの頃の私には理解できない映画でしたし、岸田さんの顔からは余り女性を感じられず、それほど好きにはなれなかったです。 その後は「犬神家の一族」などの映画でたまに見てましたが、なんと言ってもテレビアニメ「ムーミン」の声でなじんでしまった岸田さんの声です。なんとなく浮世離れし…

  • 孤独のグルメ

    息が長いテレビ東京系の人気テレビ番組「孤独のグルメ」、私も再放送や再々放送をテレビ大阪で何度か観ています。 主役の井之頭五郎を演じてる松重豊さんが監督も兼任して作られた「劇映画 孤独のグルメ」、昨年公開で和さんなどはもう観られてましたが、今回WOWOWで上映してくれたので、やっと観ることが出来ました。杏さんや内田有紀さんなど豪華顔ぶれですが、映画自体はそれほど良い出来ではなく、店で美味しく食べてるだけのテレビシリーズ物の方が楽しかったです。 五島列島生まれのお爺さんが、もう一度食べたかったスープの味を求めて、主人公が五島列島から韓国へさ迷うのですが、私達が10年間お世話になった五島列島奈留島で…

  • 鳥羽街道5.

    今まで通ってきた千本通は、平安京の昔は84ⅿも道幅のあった朱雀大路とまではいきませんが、4車線で歩道も付いた広い道路でしたが、千本三条から南の千本通は、今年9月からは時速30㎞の制限速度で走らなければならないような生活道路幅になってます。 写真はその狭くなった千本通に入って、振り向いて北の今まで広かった千本通を見ています。千本通を以前は走っていた市電や、今信号で停止してる車の大半は、斜めに走る後院通(コウインドオリ)に流れますので、この狭くなった千本通に入ってくる車はまれです。 狭くなって朱雀大路の面影などは全くなくなった千本通を、三条通から四条通に下がって行くと、この辺り材木商の看板を掲げ…

  • 秋分の日

    今年は4連休のシルバーウイーク、私は毎週月・火・水休みの4連休ですので、いつもと変わらない日々です。 家内は又眠り姫になってしまい、連休中もよく眠って、食事するひまが有りません。 今日はシルバーウイーク最後の秋分の日、朝から雨ですが目の前の彼岸花のこの写真を撮るため、少し雨に打たれました。先週は蕾だった近所の彼岸花も、皆さんの写真と同じように満開になって、雨に濡れていました。 そう言えば最近は彼岸花を曼殊沙華と呼ばなくなりましたかね。 ♫ 赤い花なら 曼殊沙華 近所の畑に 雨が降る 濡れて立ってる お爺さん ♫ もうこんな歌憶えてる人も、長崎人以外は少ないでしょうね。 娘の嫁ぎ先の義祖母・義母…

  • 鳥羽街道4.

    千本通(平安京では朱雀大路)を2.の朱雀門跡から青↓に沿って南下しています。4.5.は前回紹介した涙の神泉苑と二条陣屋です。 赤線を引いた千本三条から南の千本通は極端に狭くなります。青点線の広い道に沿って進むと四条大宮で、●に今や全国チェーン店になった王将の第1号店が開店したのは私の高校時代でした。 ちなみに、右端の✖あたりが私の実家で、△が通学した中学で、▲が高校ですので、どちらも家から近いので昼は自宅まで食べに帰っていました。私の青春時代に弁当の歴史はなく、新婚時代に麻酔科ローテートしていた半年だけ、張り切って家内が作ってくれていた、私の数少ない弁当の歴史です。 南下してすぐ、右手に地図に…

  • 彼岸花

    9月18日(金)、やっと秋になりましたかね。夜のクーラーは付けなくても行けますし、半袖で自転車走らせるとやや涼しく感じますし、阪神の試合も寒くて観てられなくなってきています。 今朝の窓からの空は、秋を感じます。最近は眠る時間が増えて、食事するひまがなく、カロリー計算が1000Kcalいかない日があって、心配な家内ですが、今朝はゆっくりサンドイッチも予定量を食べてくれて、今は又眠っています。 東の方の方のブログでは、彼岸花が満開になっていますが、いつもの私の近所の畑の彼岸花は、今朝はまだ蕾でした。毎年今頃は彼岸花をブログに挙げていますが、京都の彼岸花は遅れ気味ですね。 そうして彼岸花が咲くといつ…

  • 104.阿波十善ういろ

    外郎と言えば名古屋名物と思っていましたが、徳島の名物でもあるらしいです。 日本三大外郎は、「名古屋ういろう」・「山口ういろう」と「阿波ういろ」らしいですが、徳島だけが「う」が無く「ういろ」でした。 阿波ういろは、徳島藩主や領民が旧暦の3月3日の節句にに食べたとされ、その風習が今も徳島県人の習慣として残ってるそうです。家内は元徳島県人ですが、そんなことは聞いたりも、徳島で外郎を食べたこともないと思っていたら、娘曰く「お母さんもおばあちゃんも外郎は嫌い、お母さんは自分の嫌いなものは食べさしてくれなかった。」と、私が知らなかったはずですよ。 今回の「阿波十善ういろ」は娘の徳島土産、徳島市国府町の有限…

  • 103.焼き栗きんとん

    京都市中京区御池油小路西入ルにある若菜屋、昭和2年創業ですし、昼ごはんは家まで食べに帰っていた中学時代の通学路にあたるのですが、私にはそんな店があったと言う記憶が有りませんでした。 それもそのはず、これは中学時代の友人が手土産に持って来てくれたお菓子ですが、その友人に尋ねると、色々あって、若菜屋さんは二条城の辺りからここへ店を移転し新しくしてから、まだ日が経ってないとのことでした。 その若菜屋さんのこの「焼き栗きんとん」、貰い物ですので値段は書きませんが、小さいですが妥当な価格の和菓子です。 香ばしく栗の味が充分にして、美味しくいただきました。 私は京都の友人宅を訪問するのに、手土産なんか持っ…

  • 鳥羽街道3.

    1.の平安宮朝堂院大極殿跡から2.の朱雀門跡の石碑まで、2回に分けて紹介してきましたが、今回は朱雀大路から少し東にある二条城の、北と南にある3.4.5.を紹介します。 2.の二条公園にある鵺(ヌエ)池。鵺と言えば、一時期はやった横溝正史原作映画の一つ、「悪霊島」のキャッチコピー「鵺の鳴く夜は~恐ろしい」をいつも思い出す私です。 平安時代後期、深夜に内裏に怪しい鳥の鳴き声がし、まだ幼い第76代近衛天皇(1139~1155)が非常に怯えられたので、弓の名手源頼政(ミナモトノヨリマサ)(1104~1180)(宇治平等院の中に墓が有りましたね)が射落とした怪鳥は、頭は猿・胴は狸・手足は虎・尻尾は蛇と言…

  • 鳥羽街道2.

    大極殿が中央にある朝堂院や応天門の変で名前だけは知っていた応天門の跡はかけらも有りませんでしたが、西にあった国家的な饗宴が行われた(今の迎賓館ですかね)豊樂院やその中央の豊楽殿跡地は、空き地として残されていました。 平安宮(大内裏)の南中央の一番大きな門である朱雀門、ここから南へ平安京の出口羅生門まで、道幅84ⅿの朱雀大路が始まるのですが、千本丸太町を少し南へ下がった東側に 此附近 平安京大内裏朱雀門 の石碑と説明看板が有っただけです。 朱雀門は2階建ての門で、宮城12門中では一番大きかったようです。1208(承元2)年に火災に遭い、翌年再建されましたが、構造的欠陥からか1211年に早くも自然…

  • 鳥羽街道1.

    9月になりました、子供の頃に観た映画「9月になれば」、本当の意味は理解してなかったのかもしれませんが、子供なりに楽しい映画だったと言う思い出はあります。 この9月で本格的な介護生活を始めて3年、丁度その頃から始めていたこの「京都へ、京都から」シリーズも3年経ったのですよ。 いよいよ始める鳥羽街道編、京の七口から言うと東寺口(鳥羽口)から始まるのですが、前回が京都御苑から出発したように、今回は平安京の中枢部 大極殿跡 から出発します。 場つなぎの平安京でも紹介していた、大内裏の西にあった大きな空き地で、鬼や妖怪が住むと恐れられていて、1000年頃には藤原道長が肝試しをしてたと言う宴の松原、この石…

  • 桃井かおり

    緑魔子・秋吉久美子・広末涼子や今回の桃井かおりのように、私はアンニュイな雰囲気の女優さんも好きですね。(正しくアンニュイの意味を私が理解してるかどうかわかりませんが) その桃井かおり(1951(昭和26)~)さん、家内と同学年になると思います。 ATG作品に出てた頃の初期の作品はあまり知りませんが、1977(昭和52)年の「幸せの黄色いハンカチ」は何度もテレビでも観てますし、1982(昭和57)年に岩下志麻と共演した松本清張原作の「疑惑」は家内と二人で観て、大変面白かった記憶があります。 家内の本棚に1冊だけ有った「ひとり身ポッチ」、TBSラジオで4年間ぐらい放送されていた「ひとり身ポッチ」を…

  • なんとか8月も終わりましたが

    椅子式階段昇降機タスカルSTVを付けて2週間、本当にタスカルで私は助かっています。デイサービス送迎時の階段の上り下りストレスも無くなって、腰も楽になりました。借りるようになった車椅子も、充分その役目を果たしてくれています。 その反面、家内は歩行までもしづらくなってきて、夏バテなのか今までは1日20時間眠ってる感じが、8月は1日22時間眠ってるのではないか、と思うぐらい眠るので、食事する時間がなく、1日摂取カロリーも1000Kcal以下の日が多く、少し心配しています。 介護は結構まだまだ日々一喜一憂と言う感じです。 そんな暑い夏の日はやっぱり素麺一択ですね!!素麺1束(50ℊ)(169Kcal・…

  • 102.オレンジゼリー

    村上家は奈良時代より京都に移り、宮中に奉仕されていたようで、明治遷都では東京に行って宮内省に奉仕していたので、京都村上開新堂を明治40年に寺町二条に開業した初代は、皇居で産まれたそうです。 大正時代に生まれた 好事福盧(コウズブクロ)は、池波正太郎に愛されたお菓子ですが、これに替わる夏季限定版(4月~9月)が「オレンジゼリー」です。 先日店の前を自転車で通ったら、横に新しく店を広げておられました。お客を案内してる店員さんに尋ねると、「オレンジゼリー」は1個630円で、今は予約しないと手に入りにくいそうです。 今回の菓子たくさんはこの「オレンジゼリー」、もちろん買ったものではなく、貰い物です…

  • 吉田修一

    吉田修一(ヨシダシュウイチ)(1968(昭和43)~)さん、私よりちょうど20歳若いです。 昨年大ヒットした映画「国宝」の原作者で世に知れ渡りましたが、2002年の芥川賞受賞者でもあり、長崎南高校出身の長崎県人です。映画「悪人」は、私達が何度も行った福江島の大瀬崎灯台がラストのロケ地だったので、二人で観に行きましたし、映画「楽園」も二人で劇場で観ています。WOWOWで「愛に乱暴」・「パレード」と吉田修一原作映画を最近も観てますが、どれもラストはスカッとしなくて、暗いモヤモヤ感が残る映画が多いいですが、どれも良い作品でした。 「国宝」は人気があり過ぎてる感はありますが、WOWOWで上映されるな…

  • 101.赤いサイロ

    株式会社清月(セイゲツ)、北海道北見市で1935(昭和10)年に創業、今回のこの「赤いサイロ」は1996(平成8)年から発売してる物です。 「赤いサイロ」は北海道産の牛乳・小麦・卵を使ったチーズケーキ、テレビでも紹介されたり、JALの茶菓にも採用されていましたが、2018(平成30年)年の平昌五輪で、カーリング女子日本代表のロコソラーレが、試合中のモグモグタイムにこれを食べていたので、全国的な人気になったそうです。 1個200円ちょっとですが、いつの頃からですかね、こんな土産用の大量生産の地方のお菓子が、それなりに美味しくなってきたのは、「赤いサイロ」も軟らかく食べやすく、そして美味しいです…

  • 階段リフト

    お盆も済んで、台風も過ぎて、久しぶりの窓からの青空に、飛行機雲が珍しく8本も。夏の飛行機雲を見ると、飛行航路にあたるのか奈留島ではいつも飛行機雲が流れていたなあと、晩夏の郷愁に柄になくふけってしまいました。 日曜日1日で階段リフトの工事が完成。この2ヶ月ほどで急激に階段を登れなくなった家内、デイサービスに行く朝はなんとか足が出て階段降りてくれるのですが、夕方帰って階段登ってくれず、1段ずつ担ぎ上げていました。 見上げるとガンダムみたいで、かっこよい階段リフトです。試乗してみましたが、ゆっくりと音もなく快適に昇降しますので、どこの階段でも手すりに頼るようになってる私も使いたいぐらい。 家内を1階…

  • 平安京10.

    写真は大極殿蹟趾の大きな石碑です。平安京の縁巡りから、平安京の中枢平安宮(大内裏)に戻ってきました。 1895(明治28)年、東京に都が行ってしまい衰退してきた京都を見かねて、大極殿の復元が計られ、結果大極殿は京都岡崎に建立(今の平安神宮)されました。それでも実際の大極殿跡保存のために周辺を公園化して、この石碑が立ったのですが、平安時代の尺の長さと長い年月による磁北の変化を考慮しなかったので、実際の大極殿跡は、現在ではここより南南東約60ⅿの千本丸太町交叉点北側となっています。 平安京(東西4.5㎞・南北5.2㎞)の北端中央に律令国家の中枢で、宮城垣(キュウジョウガキ)に囲まれ14の門が有…

  • 平安京9.

    嵐電妙心寺駅まで至りました。この辺りが平安京の北西角にあたりますので、ここからは一条通を離れて直角に南へ、もう直線ではなくなった道を下ります。 平安京の西の端沿い、現在は住宅が密集していますが、なんとなくちょっと前までは空き地や畑の雰囲気が残っていました。 丸太町通の西への延長である新丸太町通に行きつきました。私が大学時代にはまだこの道は工事中でした。JR花園駅も大きく綺麗になっています。 ここからは東に進んで、平安京の中心部に戻りたいと思います。 円町を過ぎて丸太町通沿いにあった、平安宮(大内裏)の西門の一つ藻壁門(ソウヘキモン)跡を示す石碑のみです。 途中丸太町七本松にある京都市平安京創生…

  • 送り火も終わった

    東から西に進んだ変な台風一過の金曜日、それでも台風一過は変わらず、なんか空も秋の気配が漂ってました。 送り火2日前の妙の火床は変わらず。 土曜日夕方、後半はぼろぼろになった対オーストラリアのラグビーテストマッチを観てたら、昨秋に死んだ友人の娘さん家族が寄ってくれましたので、明日の送り火にも来てもらうように約束。帰ってから娘に弁当の追加を頼んだら、松ヶ崎駅前で護摩木売ってるはずと。 娘さんには伝えられなかったので、買いに行って家の分と2個護摩木を購入、これを明日の送り火では燃やしてくれます。 なんて書くのか分からず、友人の初盆と書きましたが、初を発と書き始め、あわてて訂正、馬鹿な老人です。 16…

  • 冨士眞奈美

    冨士眞奈美(フジマナミ)さん(1938(昭和13)年~)は私より10歳上のお姉さんですね。若い時の写真を見ると、さすが女優さん綺麗です。 私にとっては1970年花登筺(ハナトコバコ)さん原作の「細うで繁盛記」のいびり役で冨士眞奈美さんを知り、その役の静岡弁?の印象が強く、その後テレビで観てもそのことが頭から離れませんでした。 この本にもあった岸田今日子・吉行和子さんとの三人旅行記の番組も楽しく観た記憶があります。 私は基本冨士眞奈美さんのような、明るくやや太めの美人が好きです。 家内の本棚36回目は、1冊だけ有った冨士眞奈美さんの「身ひとつの今が倖せ俳句のある人生」知恵の森文庫光文社200…

  • 墓参り

    読んでるブログでもお墓参りの記事が増えてますので、私も今朝(火・祝)はお墓参りに行きました。 家内の認知症が進んで3年ですから、4年ぶりくらいのお墓参りです。 家内のデイサービスお迎えを待って、電動自転車で出発しましたが、30分ちょっとで清水寺近くのお墓に到着、電動自転車の威力を再認識、これなら車で駐車場さがすより早く、バス・地下鉄で行くよりはるかに速いですね。 家内はあんな仕打ちをされた私の父母のお墓参りを、意地なのか四国徳島のお大師さんの下で育った為の義務感か、いつも勧めてくれて、家族中や最近は二人で行ってましたので、よくよく考えたら私は生まれて初めて一人でお墓参りに行ったのかもしれません…

  • 令和8年8月8日

    昨日は令和8年8月8日、なんかツキが有りそうでしたが、久しぶりの麻雀は四暗刻もされて負けてしまいましたし、夏の間は自粛していた土曜日の競馬購買もダメでした。まあ日本全体が令和8年8月8日のツキに有ったので、私だけのツキではなかったです。 麻雀のついででは決してないのですが、はてなブログに移ってから知り合ったブログ仲間の方の展覧会が有ったので、寄ってみました。 広島在住の方なので瀬戸内の情景「夕凪」です。本人のブログにも少し写っていたので、かまわないかと写真あげました。 素人の感想ですのでお許しを、涼し気で今の時期良かったですし、途中経過でブログにあげられてた時には、船影の黒さが強すぎるのではと…

  • 平安京8.

    ちゃんとした赤線で囲まれてる平安京の範囲の北東角から、汚い赤線の如く一条通を西へ進んできた今回の平安京の旅、そろそろ西の端で折り返し、少し南の道(丸太町通)を平安京の中枢大内裏に戻って行こうとする道筋の地図です。 1は私の出生地、2は育ったところ、3が現在の住処です。 お土居の西の境界にもなってる、暴れ川の紙屋川の一条橋を渡りますが、平安京はまだまだ西まで平安京内です。 西大路一条の交差点に立って北を見ると、イズミヤの向こうが思い出の嵐電北野白梅町の駅です。 私の母校は単科大学ですが、教養の間はこの辺りのこの花園分校で学びました。今はこんな立派な校舎ですが、私の在学中は古い木造校舎で、戦前にこ…

  • 平安京7.

    ちょっと北野天満宮の位置がおかしい地図ですが、平安京(赤線)とお土居(黄色)の範囲を重ねてみました。大内裏は青線で囲みました。 794年に出来た平安京と、その800年後ぐらいに秀吉が造らせたお土居、こうしてみると京都の町は東へ北へと発展していったようですね。 これは町の案内板の地図、北を上にしたので字が逆になって見にくい地図ですが、中立売通と合体した一条通を、北野さんには寄らずにそのまま西に進んでいます。 大将軍八神社(タイショウグンハチジンジャ)赤丸、平安建都の際に都城の方除守護社として、大内裏の北西角(天門)に造営されたのが始まりで、最初は大将軍堂と称したが、江戸初期に大将軍社と改め…

  • 平岩弓枝

    平岩弓枝(ヒライワユミエ)(1932(昭和7)~2023(令和5))さん、昭和1桁生まれの女性ですが、91歳でつい最近亡くなっておられたのですね。 宮司の一人娘として産まれ、1959(昭和34)年「鏨師(タガネシ)」で直木賞受賞、1967(昭和42)年NHK朝ドラ「旅路」や、1970年代のテレビシリーズ物「ありがとう」・「肝っ玉かあさん」・「女と味噌汁」がヒットして、私も観ると言うことなく池内淳子さんを観てた気がします。私は全く読んでませんが、「御宿かわせみ」と言う大ヒット時代小説もありますので、我々世代では有名人気女流作家なのですが、その作品を雑誌などでなんか読んでる気はしますが、本として…

  • 吉田拓郎

    U‐NEXTで吉田拓郎のコンサート配信があると、娘から聞かされました。次男が1ケ月だけ無料のU-NEXTに入ったと言うので、そのおすそ分けで私のテレビにも1ケ月だけU-NEXTが写るように設定してくれました。8月1日土曜日19時から、勝ってる阪神もボロ負けしてる巨人の試合も観ずに、今年の春にあった吉田拓郎のコンサートを観ました。 家内の介護生活になってから、Youtubeで吉田拓郎の歌を流すことをおぼえ、今更ながら吉田拓郎のファンになって2年ほど。 どの歌も心にしみますが、最近は「恋唄」が気に入ってます、拓郎の恋の歌も良いですね。 娘のお姑さんがこの春のコンサートに行かれて、歌った曲をメモして…

  • 竹田街道21.

    暑い暑いですね!熊本のことを思うと、暑がってばかりいられませんが暑いです。 玄関の舗装の間にけなげに毎朝咲いていたつゆくさも、暑さに負けたか茶色に変色してましたが、今朝はなんとか二つだけ咲いていました。白い花なのでちょっと涼しげでしたが、まさか秋の気配ではないですよね。 次の予定撮影もあまり出来てないのに、いよいよ竹田街道編も終わりです。ブログ上では暑い竹田街道(青↓)を南下しています。 1868(慶応4)年1月2日、鳥羽伏見の戦いが始まる前日夕刻に、会津藩先鋒隊約200名が伏見京橋に上陸、ここ伏見御堂(フシミミドウ)を宿舎にしたそうです。 駿河屋本店の店先に建つ 我国に於ける電気鉄道事業発…

  • 京都は嵐、熊本はもっとひどい地震

    昨日は急に雷が鳴りだし、嵐のような雨が降ってきた京都、1日1回夕立があると楽なのですが、昨日は夕立どころの雨ではなかったです。 それどころか熊本でまた地震、地震は時間が経ってどんどん被害が明らかになって増えてくるのが嫌ですね。 高校修学旅行で行った水前寺公園、30代の家族旅行で行った阿蘇、島に居た頃には二人で2回も山鹿などを巡りました。島から去る10年前に、熊本など南九州を廻ってゆっくり京都に帰る予定が前回の地震でキャンセル、3年後にはもう一度と、初めて熊本城や八雲旧居も観光できた熊本、ニュースを見てるのが嫌になりますね、がんばれ くまモン!! 前回の貰い物のサカイの冷めん、もうひとセット残っ…

  • 久しぶりの雨

    京都は暑いと言うのが嫌になるぐらい暑い日が続いていましたが、今朝は曇ってると思ってたら、急に雷がなって激しく雨が降ってきました。(この写真で雨を感じるのは難しいか) これで少しは涼しくなるかと思いますが、雨はもうやみそうです。 家内が忘れられてしまわないようにと、家内の友達らしき人に暑中見舞いを出したり、もう契約切ってる家内の携帯からラインをママ友などにしたりしたため、返事の葉書や電話が来たり、尋ねて見舞いに来てくれた人もいて、結構忙しかった先週ですが、なんせ暑かったですね。 その家内も先週はデイサービス中に物を詰めて、施設の人が慌てて救急車で病院搬送、家でゆっくりしてた私も病院に駆けつけまし…

  • 竹田街道20.

    伏見観光と言えば何と言ってもこの寺田屋ですし、石碑だけではなかったです。⁂寺田屋事件(寺田屋騒動); 1862(文久2)年にあった薩摩藩内の同士討ちで、公武合体の島津久光に逆らって挙兵討幕を企てた藩士たちを上意討ちさせた事件です。薩摩藩同郷の藩士たちが切りあう悲惨な乱闘ですが、高校日本史でも出てくるので有名です。⁂もう一つの寺田屋事件(寺田屋遭難); 4年後の1866(慶応2)年、寺田屋に宿泊していた坂本龍馬とその護衛役の長府藩士三吉慎蔵(ミヨシシンゾウ)が、伏見奉行所の捕り方に襲撃された事件で、今ではこちらの方が龍馬人気もあって有名です。 有料ですが寺田屋内部も観ることが出来ます(600円…

  • 竹田街道19.

    そろそろ終盤でダレてきたわけでもないですが、少し間があいた「京都へ、京都から」の竹田街道編、ラストスパートかけます。 何度も無断で使ってる竹内康之さんの「京へと続く街道あるき」の地図でも、いよいよ終点が見えてきました。 濠川に架かる橋のたもとにあった 坂本龍馬避難の材木小屋跡 の碑、人気の坂本龍馬だからこんな碑も立ったんでしょうね。 寺田屋で伏見奉行所配下の役人に取り囲まれ、長府藩士三吉慎蔵(ミヨシシンゾウ)に助けられて一旦避難していた材木小屋跡らしいですが、その後は前回紹介した薩摩藩邸に救助されたようです。その後は船で西郷隆盛やお龍さん(オリョウ)と鹿児島に向かい、傷の治療を兼ねてお龍さん…

  • 連休でしたね

    いつもの家内の朝ごはん、ライフのサンドイッチを小さく切ってコーヒー牛乳につけて、小鳥に餌をやるように食べさしています。 今日(20日月曜日)は海の日で、世間は3連休だったのですね、ゴミ出しして(祝日でも集めに来てくれてるのですね)新聞見て気がつきました。 今朝の朝ごはんは、昨日娘が買ってくれてたちょっと高級パン屋のサンドイッチにヤクルト1000です。 あまり好きでなかった牛乳もコーヒーを加えて飲んでくれてますので、パンを漬けて食べさしています。嚥下力があまり落ちてないのは救いですね。 まあ変わらない1週間が始まりますし、休日もこちらの体制には変化なしです。 土曜日夕方、仕事帰りに寄ってくれた次…

  • 渡辺和子

    渡辺和子(ワタナベカズコ)さん(1927(昭和2)~2016(平成28)、全く知らない人でしたが89歳でもう亡くなっています。 1936(昭和11)年の2・26事件は和子さん9歳の時で、父親陸軍大将渡辺錠太郎(61歳没)が決起した青年将校により44発の銃弾を浴びて命を落とすのを、1ⅿほどの近距離から目撃していたのを知って、ちょっと衝撃を受けました。18歳でカトリックの洗礼を受け、29歳でナミュール・ノートルダム修道女会に入会、36歳の若さで岡山県にあるノートルダム清心女子大学の学長になっています。 京都のノートルダム女子大学(今年で廃校)と岡山のノートルダム清心学園は似たような名前ですが、…

  • 平安京6.

    京都今日は37度になるそうで暑いです、私は家で(家内も観てるような気がしますが)二人で祇園祭巡行TV中継を観ながらブログを書いています。 この暑いなか山鉾連合会の理事長や放下鉾長老の二人の同級生が歩いてると思うので、大丈夫かいなと思っています。 平安京の最北一条大路(現在の一条通)を西に進み、丁度この地図右の千本一条まで来ましたので、平安京の北の中央まで来たことになります。 大内裏(ダイダイリ)(塀に囲まれています)は平安京の北限に接しています。 ここで同じく東西の通り中立売通(ナカダチュウリ)が、チンチン電車を通す軌道にしたのか斜めの通りになって、一条通と交差すると言う不思議なことが起…

  • 平安京5.

    平安京の外縁を赤線に沿って青1から青2までを4回もかかって行ってみました、しばらく空きましたががその続きです。 平安京の地図では、今戻橋を渡り堀川すを横切った所の青2で、一条大路(一条通)を西へ進んでいま。 平安京の中枢大内裏(ダイダイリ)(正式名は平安宮(ヘイアンキュウ)が近づいてきました。平安京は中国の都のように塀では囲まれていませんが、大内裏は塀に囲まれていたようです。しかしその痕跡は全く見当たりません。 堀川通より東の一条通よりさらに狭くなってる今の一条通を行きますが、史跡らしいものは何もありません。写真の辺りが大内裏の北東角ぐらいと思われます。 京都の町中にはまだこんな仁丹の町名…

  • 100.西湖

    ネイションズチャンピオンシップ2戦目は世界ランク2位のアイルランドと、負けましたが最後の10分までは逆転の可能性が有ったので、まあ良しとしましょう。 和久傳(ワクデン)、京都丹後の網野で明治3年から料理旅館を始め、丹後ちりめんと共に栄えて、蟹料理でも有名になりました。 母が丹後ちりめんを扱う家で生まれた丹後育ちなので、和久傳の名前は何となく知っていました。 丹後ちりめんが衰退し、京都へ進出した和久傳は高級料理屋になり、敷居は高くなりましたが、私達のママ友の息子が和久傳で修業し、ミシュラン一つ星の店も持ったので、家内が元気な時は食べに行ってました。 料亭では料理の締めに出されていた、蓮根のでん…

  • 99.出雲三昧

    大学入学してすぐに知り合い、その後ずっと私を支えてくれた友人の実家が松江なので、私は松江には何度も行っています。 江戸時代後期を代表する大名茶人、松江藩七代目松平治郷(ハルサト)・不昧公(フマイコウ)を生んだ松江ですので、松江城や小泉八雲旧居以外にも不昧公ゆかりの観月庵も有名です。 観月庵も友人に連れて行ってもらいましたが、大学時代は何も知らなかった私は、どんなとこかの記憶も有りません。 茶の湯の習慣が根付いてる松江ですので、茶事の為のお菓子屋さんも沢山あります。 桂月堂(ケイゲツドウ)は1809(文化6)年創業、今回はそこの名菓 出雲三昧(イズモザンマイ)。これが1個180円ぐらいな…

  • いくつになってもhappy birthday

    吉田拓郎の「いくつになってもhappy birthday」を歌います。 🎶誕生日がやってきた 祝おうよ今日の日を 良かったね 元気だね おめでとうをおくりましょう (皆様もご一緒に大声で) いくつうになっても happy birthday to you ♪ と言うわけで、本日7月8日で語呂よく78歳になりました。 いくつになっても誕生日はそれなりに嬉しく、78年間恥をさらしながら生きてきた甲斐が有りました。 日曜日には娘一家が来てくれて、ケーキで祝ってくれましたし、昨日は次男夫婦が上等のアイスクリームを持って来て祝ってくれました。 6まわり違いの同じ鼠年の一番下の孫からのメッセージも貰いました…

  • ネーションズチャンピオンシップ

    今年から2年に一度開催される新しいラグビーの国際大会ネーションズチャンピオンシップ、まだ知らない人が多いですが、私はサッカーのW杯よりはるかに楽しみにしてました。 サッカーは世界ランキング17位→18位ですが、ラグビー世界ランキングは日本は12位です。 12ヶ国が北と南半球に分かれてのネイションズチャンピオンシップ、ランク12位なのでまあ勝てるとしたら今のウエールズぐらいで、全敗してお荷物と言われたくないと思っていました。 昨日は初戦のイタリア戦(昨年は大敗してます)、秩父宮ラクビー場は超満員でしたね。 開始早々あっさり抜かれてトライされ、あああっやっぱりかと思いましたが、その後は写真のきれい…

  • 竹田街道18.

    赤↓の竹田街道もいよいよ伏見の旧城下町に入りますが、伏見に入ると地図青↓の伏見街道と合流するような形になりますので、どの道が竹田街道でどれが伏見街道か、私には区別がつきかねる状態です。 赤線ひいた神泉苑橋を渡ると、いよいよ伏見市街です。 酒造会社の塀沿いに 薩摩藩邸屋敷跡 の碑が立ってましたが、伏見は鳥羽伏見の戦いの戦火で結構燃えたので、跡と言っても石碑だけの史跡が多いいですね。 3代将軍家光からは、約250年間徳川将軍は京都に来てませんので、江戸時代には(幕末を除き)原則諸大名も京都には入れず、諸藩の屋敷も洛中にはありませんし、参勤交代時も西国大名は伏見から山科へ廻って行ってました。 そのた…

  • 竹田街道17.

    少し間空きましたが竹田街道も終盤です。竹内康之さんの「京へと続く街道歩き」の地図を又使わしてもらっています。 前回の伏見街道と今回の竹田街道は、終点の伏見では合流しあっているので、地図でもだんだん近づいてきました。地図上の方で赤線をひいた、七瀬川の流れと伏水街道第四橋を、憶えておいてください。 伏見街道では、伏水街道第四橋(直違橋(スジカイバシ))で七瀬川を渡りましたが、竹田街道では近鉄京都線を越えたこの1.で七瀬川を渡ります。さすが七瀬川の名の通り屈曲してた川なんですね。 2.の棒鼻(ボウバナ)交差点に来ました。変則の四叉路で、右の斜めに走ってるのが旧京都市電の軌道跡、まっすぐ行くの…

  • 原田康子

    原田康子(ハラダヤスコ)(1928(昭和3)~2009(平成21))、私よりちょうど20歳年上で、81歳で亡くなっています。北海道在住、1955年「挽歌」がベストセラーや映画化もしてるので、なんとなく知ってるぐらいでしたが、本を読んだことは全くありません。家内の本棚33冊目は、2冊あった中から薄いほうを選びました。 「恋人たち」昭和57年刊行の文庫版、昭和60年発行の昭和62年8刷新潮文庫320円。 23篇の短編からなってます、家内は30代で読んでるのですかね、その頃はトレンディな小説だったかもです。 家内とは結婚してるので恋人ではなく、私の恋人と言えばフークだけでした(雌犬です)、盲導犬に…

  • 運転免許証更新

    5月には教習所での認知機能検査・運転技能検査も受けましたので、今回は運転免許更新に行って来ました。 運転免許書更新はスイスイと15分ほどで、2850円の更新手数料払うと全て終了。 これであと3年は車に乗れることになりましたが、次回は違反していて、難しいほうの運転技能検査を受けなければならなかったら、もう免許返納でしょうし、そんな違反がなくても返納したほうが良い状態になってるかもしれません。 交通安全協会協力金1000円、ハイハイと断らずに払ってしまいました。あまり役に立ちそうにない、協会マスコットキャラクター「コンちゃん」・「カイくん」の付いたマスクが掛けられる反射板を貰いましたが、まあ自転車…

  • 父の日

    私は子供の頃の母の日に、姉とカーネーションを贈った記憶はありますが、自分の父親に父の日の贈り物をした記憶がないですね。私の子供の頃にはまだ父の日の習慣がなかった気もしますし、結婚した時にはその父から勘当されましたし、家内の父親はもういませんでした。 父の日に貰う立場になってからは、子供が幼稚園の頃は似顔絵付きの肩たたきとか紐ネクタイとかを貰った記憶もありますし、息子たちも結婚してからは、良き嫁の指導で贈ってくれるようになっています。 今年も長男の嫁からは、父の日の数日前に、写真の一瞬にして綺麗に折りたためるエコバックと保冷できる風呂敷が届きました。 父の日当日には、次男の嫁さんから食べるのが惜…

  • 平安京4.

    一条通をゆっくり西に進んでいますが、堀川に架かるこの戻橋は有名な橋です。 現在は土台に少しだけ昔の石組を残して、整備された堀川に架かる普通のこの戻橋ですが、918(延喜18)年、文章博士・三善清行(モンジョウハカセ・ミヨシキヨツラ)が亡くなったと聞いた子の浄蔵が、紀州熊野から京へ駆け帰ってみると、父の葬列はちょうどこの橋の上でした。浄蔵は柩にすがって泣きながら、神仏に祈願したところ、父清行が一時蘇生し父子物語を交わした、と言う伝説からこの橋は戻橋になったそうです。 心電図などモニターが付いてない患者の臨終では、死亡宣告してから動いたらなんか恥ずかしいので、だいぶ間をおいてから宣告するようにし…

  • 平安京3.

    ミニシリーズにしてネタ不足を補おうとしてる平安京、1回目と2回目で地図右上の現在の京都御所内500ⅿぐらいしか進みませんでしたが、まあこんな調子で数稼ぎをしていこうと思っています。 乾御門を出て烏丸通を少し南下すると一条通で、ここが平安京の北の縁、昔の一条大路です。 今や京都の和菓子屋ではなく、東京銀座の店のようになってる(なり下がってる)「とらや」がこの角にあります。 一条通を西に進みますが、もちろん平安京の面影なんか全くありません。 本田味噌本店(京都の白味噌で有名です)のある交差点、約1カ月前にはここを南に電動自転車で下ってる時に、足を着いての一時停止を怠ったと、私は初めて白切符を切られ…

  • 平安京2.

    京都御苑北東の石薬師御門から御苑に入って、平安京の北の縁を巡る平安京2.を始めます。 御苑内の中山邸跡、中山忠能(タダヤス)の娘慶子(ヨシコ)が第121代孝明天皇の典侍となり、皇太子祐宮(サチノミヤ)(後の第122代明治天皇)を産んだので、裕宮は4歳までここで養育されていたようです。 明治天皇は公家の生活から、江戸に移ってからは軍服なんか着せられて、強い天皇にならなければならなかったので、大変だったでしょうね。 明治天皇の御製(ギョセイ)の歌は十万首にも及んでるそうですが(ほんまかいな)、 あらし吹く 世にも動くな 人ごころ いはねにねざす 松のごとくにこのように教訓を含むものが多いようで…

  • 平安京1.

    たびたび参考にさせてもらってる他の人のブログ(「どたぐつ」をはいて・・・)を読んでいて、平安京趾イメージマップ2025を売ってることを知り、買ってみました。 平安京が(泣くよ坊さん平安遷都)794年に出来て、その後中心はだいぶ東にずれて行ったことは知ってましたが、現代の地図と重ねあわされた平安京を見直すと、改めてそうなんだと思いますね。 写真はその地図ではありませんが、今の京都と重ね合わせてるので、私は平安京からは西に外れた鳴滝で産まれ1.、2歳からは平安京の中の新町で育ち2.、30歳から平安京からは外れた昔の松ヶ崎村に住んでることになります3.。赤線で平安京北限を書き直しましたが、そう言うわ…

  • 98.やわた走井餅

    夏至も近づき朝が早くなりました。4時にトイレに行った時に、もう明るい外を見ましたが、雲があってか月は見えず、カレンダーを見たら今日は新月、雲がなくても月は見えない日でした。 せっかく朝早く目覚めてるのに、サッカーの試合忘れていて、気づいたのは7時で終わってましたが、引き分けなら上等でしょうね。 久しぶりなので忘れられたかもしれない「菓子たくさん」は、石清水八幡宮一之鳥居門前の やわた走井餅老舗(ハシリイモチロウホ)の「走井餅(ハシリイモチ)」です。 「京都から、京都へ」の東海道編でも紹介してた、逢坂関近くの名清水「走井」、近くの茶屋で1764(明和元)年初代井口市郎衛門が売り出した、刀身を模し…

  • 伊集院静

    伊集院静(イジュウインシズカ)(1950(昭和25)~2023)、早生まれなので私より1学年下の様ですが、73歳でもう亡くなっておられたのですね、びっくりしました。 夏目雅子さんと不倫の末結婚、夏目雅子が死んだら篠ひろ子さんと再再婚した、男の敵のような男で悔しいですが、なんとなく影が有るようなアウトロー的な生き方に女性が惹かれるのですかね、女性ファンが多いです。残念ながら家内の本棚にも1冊だけ(1冊だけで良かった)あった伊集院静の本、確か家内のママ友の一人に熱心な伊集院静ファンがいたと思います。(嫉妬心から写真がぼけたわけではありません) 伊集院静とかけて 私とときます してその心は? ど…

  • 竹田街道16.

    昭和16年製の地図では走っていた京都電気鉄道(その後京都市電伏見線・現在の竹田街道)緑線からは西へずれた青↓を進みます。 師団街道沿いにあるだけだと思っていた龍谷大学のキャンパスが、ここ赤〇の国道24号線の交差点にも出来ていました。 国道24号線の道ではなく、少し西へずれた青↓の東高瀬川沿いの道の方が、元々の竹田街道に近い気がしますが、街道の面影は有りませんでした。 写真右にあるのが東高瀬川ですが、今は用水路の感じ。 再び国道24号線に合流する手前の道端に立ってた白河・鳥羽・近衛天皇陵の道標、まだ新しいものですね。 前回のシリーズ物「天皇陵巡り」で御陵を巡ってたのは、もう5年以上前になります、…

  • 竹田街道15.

    青↓は竹田街道、赤↓は少し前までは京都市電伏見線が走ってた現在の国道24号線で、昔の竹田街道と少し違うかもしれません。 赤〇から右(東)に伸びる赤→が、もっと前に廃線になった京都市電稲荷線で、その少し北の直線道が稲荷参道でした。 黄↓の師団街道はさすがに軍事道路、直線ですし、その東の緑↓伏見街道も秀吉が作った人工の街道ですので、ほぼ直線ですね。 勧進橋を渡って少し右に行くと、赤✖写真の勧進橋東公園があります。写真中の赤↓の、車が渡ってるのが、勧進橋です。 川に橋をかける際は、なるべく川に直角にかけるのが理にかなってるようですね(最短距離でもあるし)。 以前の勧進橋は今の勧進橋の少し下流のこの公…

  • 竹田街道14.

    昭和14年の地図です。青↓の竹田街道は1.の十条通を横切り、鴨川を2.の勧進橋で渡り、今は大きな道でちょっと前までは京都市電伏見線が走っていた国道24号線赤↓よりは少し西側の、青↓の部分を旧竹田街道は走っていたと思われます。 1.の十条通の手前の写真です。frozenroseさんのブログで教えてもらった古代の道、奈良時代には道幅12ⅿ・総延長6300㎞にも及ぶ大きな官道が全国に造られたようです。平安時代でも6ⅿ幅が有った官道、今で言う全国高速道路網が有ったことを教えてもらって、少し官道(違う感動)したので、推薦の武部健一著「続古代の道」まで買ってしまいました。 この官道の起点は平安京の南出口羅…

  • 雨の日

    6月に台風が来て、テレビの天気予報は大忙しですが、最近の台風は風と言うより雨ですね。 京都も昨日(2日)は一日中雨、庭の紫陽花は世間より開花が遅いのかまだまだですが、さすが紫陽花雨がよく似あいます。 せっかくの家内デイの自由日(火曜)ですが、さすが自転車は無理なので、傘をさして近くのショッピングモールまで買い物に出かけました。 雨で増水していて面白いかなと思っていた高野川は、夜明けに降り出したのでまだそれほどの水量ではなかったですし、背景の比叡山は雲の中でした。 雨にあたるのはそんなに気になりませんが、運動靴はすぐに中までびちょびちょに、車でもよかったかなと少し後悔しながら、高野川に沿って歩き…

  • 原田マハ

    家内の本棚にこれ一冊だけしかなかったと思っていた原田マハさんの本「星がひとつほしいとの祈り」、最近WOWOWで原田マハさん原作の映画「風のマジム」を観て良かったので(ちょっとだけ伊藤紗莉ファンです)、原田作品を読んでみようと思いました。読み終えてこのブログを書いてる時に。45万人が泣いて(今は75万人になってるよう)私も少し涙目になった「本日は、お日柄もよく」を以前に読んで、別の棚に置いてることを思いださせてくれたので、急遽本棚に2冊並べて写真を撮りました。家内の本棚31回目は、2冊あった家内の本棚の原田マハ作品から「星がひとつほしいとの祈りです」。 背景写真はToitenlaさんからヒントら…

  • カモが来た

    朝、デイのお迎えに来てくれた若者が、鴨の親子がいますよと教えてくれました。 家内を送迎車に乗せた後、カメラを手に又見てみると、小さな2羽の小鴨を連れたお母さん?鴨が泳いでいます。 どこから来たのでしょう?家の横を流れる用水路は高野川から取水して、松ヶ崎のもう少なくなった田んぼを潤し、町内の家の前を流れて、私の家の横を流れ、その後は泉川になって、下鴨神社では神様の水になってるようです。 私の息子たちは、ここでザリガニ取りに夢中になり、最近は蛍も飛ぶようになりましたし、鷺の姿も見ますが、カモが来たのは初めてですね。昔は鳥と言えば、雀かツバメか鳩か烏でしたが、今は近所にもいろいろ飛んできてますので、…

  • 高齢者講習

    私の誕生日は7月、半年前の2月ごろに送られてきた高齢者講習の案内書、教習所は隣なので直接受付に行って予約しておきました。 一応最近は無事故無違反ですが、75歳以上の高齢者は3年ごとの免許更新なので、高齢者講習も2回目のベテランです。 認知機能検査も前回と同じでしたので、本日の年月日曜日などは確認しておきましたが、16枚の絵を記憶するのは、書き始めたら全然出てこず、焦りましたし16枚中11枚しか憶えていませんでした!ガーン!!、まあヒントを貰った次のテストでは16枚すべて書けましたので、一応認知テストは合格ですが、3年先が心配ですね。 運転教習は、私は少し膨らんで回るのですかね、C判定も有りまし…

  • 女性の活躍

    2連勝していた競馬GⅠ、昨日のオークスはせっかく伊坂幸太郎さんの本のような「ジュウリョクピエロ」が勝ったのに、あまり買ってませんでしたので、夢の3連勝はならず、GⅠは5番人気までの5頭ボックス3連複が安くても入るのですかね。 しかし今村聖奈さんとジュウリョクピエロ、最後馬群の間を凄く伸びて圧勝、堂々とした勝ち方で日本女性騎手GⅠ初勝利!!私も少し涙目で観てました。 その横で阪神も巨人に堂々の(立石君のおかげですが)3連勝で、交流戦に行きますので、こちらはにっこりでした。 二刀流はメジャーリーグに先を越されましたが、これよりすごいかもしれない女性のプロ野球選手が、日本プロ野球から生まれませんかね…

  • ■

    記念すべき?30冊目の家内の本棚は阿刀田高さん。なんと23冊も有りました! 私は阿刀田作品を1冊も読んだことないのに、家内はこんなに読んでいたのですね(多いいなあとは思ってましたが)。50年連れ添った夫婦と言えども別の人間です。 写真右から文庫本の発行順に並び変えて、右の初期の頃から「Aサイズ殺人事件」を選びました。 阿刀田高(アトウダタカシ)(1935(昭和10)~)さん91歳、40歳過ぎてから作家デビューし、「ナポレオン狂」で1979(昭和54)年直木賞受賞、世界の古典を軽くまとめてる作家さんだと思っていましたが、私の得意?分野の探偵小説が多いいのですね、全く知りませんでした。 最近観た…

  • 青切符・白切符

    朝、新聞取りに行ったり、ゴミ出ししたり。家内をデイに見送る時など、いつの頃からか玄関横にムラサキツユクサですよね。どこから飛んできたのか分かりませんが、白も青もあって気持ちいいです。夕方デイから帰ってくる家内を迎える頃には、もうしぼんでいますが、次の朝は又咲いてますね。 白と青と言えば、4月から自転車も違反で青や白の切符を切られることになって、その都道府県別の集計が新聞に載ってました。 4月は全国で自転車青切符切られたのは2147件、京都府は指導警告票の白切符は1009件と全国で14番目なのに、違反金を払わなければならない青切符は158件、全国5番目でした。沖縄や徳島のように青切符0件や10件…

  • 竹田街道13.

    前回の地図の再掲です。 (花水木さん地図嫌がらずについて来てくださいね) ✖の竹田街道札ノ辻(フダノツジ)です。この東南隅に、江戸時代には京都奉行所の高札場が有ったのでその名が残りました。 ここは宇賀辻子(ウガヅシ)とも言われていて、写真の宇賀神社参道の石柱も建っていました。 少し西に行くと2.宇賀神社が有りました。藤原鎌足がこの辺りで遊猟中に金爾(キンジ)を得、後世この辺りに都が遷されて、我が子孫が繁栄することを予知して、これを埋めたのが宇賀塚で、鎌足公没後125年を経て、その予知通り都は京都に遷され、藤原一族の栄華が始まったようです。 宇賀神社境内の大椋(オオムク)は樹齢500年…

  • 竹田街道12.

    前回は地図1の北向不動明王まででしたが、更に竹田街道を南下(右に)します。 🔴印の竹田街道九条の交差点から、道は緩やかにカーブしていて、今の道が元々の竹田街道かどうかはっきりはしませんが、なんとなく街道ぽくなっていました。 この交差点は大石橋とも言います、近くに川もなく橋もないのに何で大石橋ですが、今回なんとなく分かりました。 竹田街道に沿っては、有名な高瀬川(鴨川から取水して鴨川に戻る人工川)と同じ藍染川(アイソメカワ)が流れていて舟運に、その横には車石を敷き詰めた牛車用の車道があり、人が通る道と併せて3種類の道があったようです。 この藍染川がまだ狭かった九条通を横切るので、川に4ⅿほどの大…

  • テレビで奈留島

    肉野菜炒めゆで玉子甘きつね海苔讃岐うどんの昼食、半分以上家内が食べてくれるようになっています。最近はちくわを買うことが少なくなっていますが、そのかわりにパックに入った100円ほどの炒め野菜(こんなちぎったようなごみ野菜を買う人の気が知れないと思ってたやつですが)を買うこと憶え、こま切れ肉の野菜炒めがレパートリーに入るようになっています。 少しづつは進歩し、大きな退歩の繰り返しで、近づいてきた終末へと進んでいる私です。 ふとした気の迷いから、Dr.コトーではなくゴトーの五島列島奈留島で働いた9年半、楽しい思い出ばかりでしたので、その終末までにもう一度は訪問したい奈留島が、日曜日のテレビ珍百景でハ…

  • 連休後半

    私は2週間(14日)に3日働くペースの生活ですが、今年の最大12連休は4日も働きましたので、普段より働いたことになります、まあそれほどの働きではないですが。 一昨日の土曜日は家内がデイで私は自由時間、「京都へ、京都から」の取材貯金も少なくなってきてるので、西陣の方を少し電動自転車で巡りました。 大極殿蹟趾の大きな石柱も今回は背中だけで、本番は正面を載せます。 5月の気持ちの良い一日でしたが、こんな気候が1年中続いたら良いのですが、そしたら馬鹿になりますかね。 連休最後の昨日は母の日、長男の嫁からはいつもの花束が届きましたし、次男夫婦が寄ってくれて、この枕カバー(私の分も)を貰いました。 家内は…

  • 竹田街道11.

    貨物列車モモタロウが通過してる東海道線などの跨線橋を渡ります。橋の欄干に京都伏見線とあるのは、この跨線橋を京都市電の伏見線が通っていたからですかね。 竹田街道はこの竹田口から、今は廃線になった京都市電伏見線に沿っていると言うか、竹田街道に沿って市電の線路が設営されたのでしょうね。 跨線橋を渡って、今度は新幹線の高架をくぐりますが、この坂京都市電はよく登れましたね。 向こうに見えるのは大きな京都駅とちらっとの京都タワーです。 京都駅の南口にあたる八条口、この表示は竹田街道八条で、いよいよ竹田街道ですが、なんかすぐ終わりそうです。 結構外国人観光客が歩いてる竹田街道を少し進むと、右手にあった北向不…

  • 三谷幸喜

    三谷幸喜(ミタニコウキ)(1961(昭和36)~)さん、小林聡美さん繫がりで選んでみました。1995(平成7)年から2011(平成23)年まで、4歳年下の小林聡美さんと結婚されていて、なかなか良い夫婦だなあと思っていましたが、離婚後に三谷さんは再婚されています。 三谷幸喜さんの作品は本当に面白いですね、もう30年以上前のTV「古畑任三郎」シリーズは二人でよく観ていましたし(再放送でかも)、NHK大河「新撰組」「真田丸」は勿論、最近の「鎌倉殿の13人」はまだ家内と楽しく観てました。 映画でも「12人の優しい日本人」「みんなのいえ」「笑いの大学」「ステキな金縛り」「記憶にございません」など、2度観…

  • 連休前半

    今年のゴールデンウイークは働く木曜日・土曜日が休日になってないので、いつもの週と同じです。 土曜日は仕事、診療所庭の枝垂れ桜も柳も紅葉も皆新緑です。仕事はそうなくて、粽も貰い食べましたが、写真を忘れてしまいました。 日曜日は夕方から雨、天皇賞は勿論ダメでしたが、4コーナーまで池添が良い所にいて、10万馬券かなと一瞬思えただけ。阪神も雨にも助けられて順当に2勝1敗、数年前まではGW過ぎたら諦めていたのに、強くなったものです。 家族で石清水八幡宮辺りに遊びに出てた娘家族が、夕方来てくれて皆でお弁当を食べ、お土産の柏餅も2個食べました。鶴屋吉信の柏餅は、珍しい道明寺製でこし餡と粒あんです、これはこし…

  • 小林聡美

    小林聡美(コバヤシサトミ)(1965(昭和40)~)さん、もう60歳ですか。大林宣彦監督の1982(昭和57)年作「転校生」、映画も尾道三部作の中では断トツ好きだったですが、主人公の17歳だった小林聡美や尾美としのりも良かったですね。それ以来私は小林聡美さんのファンですね。 家内の本棚に1冊だけあった小林聡美さんの本「マダムだもの」2002年刊行、2005(平成17)年初版2008年8版幻冬舎文庫457円+税です。 小林聡美さんは1995(平成7)年三谷幸喜さんと結婚、2011(平成23)年には離婚されていますが、結婚してた間のマダムの頃の作品ですし、家内が読んだのは奈留島での生活中ですね。…

  • 竹田街道10.

    今日から5月、もう今年も三分の一が過ぎちゃいましたね、今日は雨で暑くないですが、また半年ほど暑い暑いと言って過ごすと、今年も終わりですか! はてなにgooブログから移って1年が過ぎました、アクセス数も3万近くになりましたので、1日80回ぐらいのアクセス、ありがとうございますですが、たくさん新しい人に読んでもらってると思ってましたが、あまりGooブログの頃と増えてないですね。 そのはてなの会社、他のブログを読んで知りましたが、オレオレ詐欺みたいなのにあって、11億円流失って、またブログ移行するのは嫌ですよ。 「オレオレ、社長や、ここに入金しといて」なんていうメールで、会計係が送金したと言うことで…

  • 竹田街道9.

    東洞院通は東海道線を含む京都駅で途切れてしまうので、コの字型に折れて跨線橋を渡って南下します。 京都駅の日本一長い0番ホームはお土居の上に造られたホームですので、京都駅を横切る跨線橋辺りが竹田口になると思います。やっと口まで来ました、これからが本当の竹田街道です。 東洞院塩小路✖までやってくると、右前方に大きな京都駅が見えてきましたので、ここを左折して京都駅を越えます。 この角に鉄道事業発祥地の80周年記念碑が建っていて(1975(昭和50)年建立)、その説明文によると、 東洞院七条下る鉄道踏切南側から伏見区下油掛通りまで6㎞の間で電車運転を始めたとありました。と言うことは、今のJR東海道線路…

  • 竹田街道8.

    途切れ途切れでなかなか竹田口まで到達出来てない竹田街道、飽きずに付いて来ていただくことを願います。 衛星写真の地図よりこの方が判りやすいですね、更に東洞院通を六条通を越えて南へ(地図右に)進んでいます。 左手に渉成園(ショウセイエン)の門が見えてきました、私には枳殻邸(キコクテイ)の名の方が馴染みが有ります。 この地は河原左大臣源融(ミナモトノトオル)が奥州塩釜の風景を模して作ったと言う河原院(わざわざ瀬戸内海から海水を運んで来た)の跡に近く、ここに徳川家光から寄進を受けた本願寺が、石川丈山らと庭園を築き別邸としたそうです。周辺に植えられた枳殻(カラタチ)の生垣にちなんで、枳殻邸と言われていま…

  • 読書会

    荒神口にあるゲーテインスティテュート、ここで変わった読書会があると「京の辻から」と言うしっかりしたブログで知りましたので、二回目の参加です。 KG+と言う写真展もやってたのですが、静かで綺麗な室内です、室外でもどこでも勝手な場所に座って、1時間ほど自分の本を読むだけの読書会ですが、なんかこういう読書会もあるようです。写真のように、庭で読んでおられる方もあります。 終わった後、パラパラと集まって、とりとめもない話をするのですが、50歳過ぎのびわ湖の街道本を読んでおられたマスコミ関係の人と、滋賀県は良いですねの話、その後は席を変えて、3人の女性(20代・30代・50代ですかね)と本の話、女性としゃ…

  • 親孝行

    家内はデイで私は何もなく自由な火曜日です。何故か火曜日を休みにしてる次男がランチに誘ってくれました。 宅配生協受け取った後の井戸端会議で、近所の主婦推薦の近所に出来たうどん屋さん、息子は初めて私は2回目に、散髪後合流。 天婦羅とざるうどん、大きいエビが入ってる天婦羅も美味しいですが、京うどん?かどうか知りませんが、やや柔らかめですがもっちりしていてかなり美味しいうどんです。写真下のプラスティックはうどんを切る道具ですが、これで1200円、ちょっと前なら高いと言いますが、今のご時世なら安いぐらいですかね、まあ美味しいです。 新年会や同窓会を除くと、今年初の外食かも、いつもは生協宅配弁当かライフの…

  • 森絵都

    森絵都(モリエト)さん(1968~)2006年「風に舞いあがるビニールシート」で第135回直木賞も受賞されてる方ですが、私は全く知りませんでした。家内はどこからこの本を見つけてきたのでしょうか、私が思ってる以上に家内は偉い人だったのかもしれませんが、私は知らなかったので、直木賞よりこちらを選んでしまいました。 「アーモンド入りチョコレートのワルツ♪」1996年刊行、2005(平成17)年初版の2010(平成22)年12版角川文庫438円税別です。「子供は眠るロベルト・シューマン〈子供の情景〉より」・「彼女のアリアJ・Sバッハ〈パリのゴルトベルグ変奏曲〉より」・「アーモンド入りチョコレートのワル…

  • 97.本之木餅

    娘家族が越前に旅行の途中長浜にも寄ったのでと、お土産にもらった 近江銘菓「 本之木餅(モトノキモチ)」 早速豊臣兄弟を宣伝に利用されていました。 長浜の近く北陸自動車のインターにもその名がある、木之本(キノモト)と言う地名が有るので、てっきり木之本餅だと読んでしまいましたが、本之木餅です。 創業大正15年 滋賀県長浜市木之本町の菓匠禄兵衛、地元木之本の名物を作りたいと言う想いから「木之本」を逆さにして「本之木餅(モトノキモチ)」という名を付けられ、読み方を変えて「ほんのきもち」と読んでも良いですよとのこと。 沖縄県産の黒糖蜜入りの粒餡を、餅粉入りの生地で焼き上げています。ネーミングもよかったの…

  • 竹田街道7.

    衛星写真の地図にしてみたのですが、ちょっと判り難いかもしれませんね。 東洞院通(青→)を五条→六条→京都駅の竹田口目指して南下しています。 烏丸通はこの辺からもう奈良に行く国道24号線なのですね、そして東本願寺に遠慮してその道筋を東に少し寄せているのも、地図から判りますね。 国道1号線でもある五条通を渡ります。写真の東の方向が前回の伏見街道の起点五条大橋で、奥の山は東山です。 この辺何もなっかたと思っていたのに、最近は民泊ホテルが沢山出来たのか、朝から外国人がたくさん歩いていました。 その一角六条の手前に「泉仙」赤✖の仕出し専門本店がありました。精進鉄鉢料理が有名で、私の小さい頃は法事と言えば…

  • 石井好子

    石井好子(イシイヨシコ)さん(1922(大正8)~2010(平成22))、87歳で亡くなっておられました。丁度私の母ぐらいの方ですね。 石井好子さんと言えば暮しの手帖に連載されていた「パリの空の下オムレツのにおいは流れる」ですが、私は中学時代は暮しの手帖は隅から隅まで読んでいた愛読書でしたので、「パリの空・・」はリアルタイムで読んでいたと思います。 家内の本棚にあった石井好子さんの本は1冊だけですので、まだ捨てずに家内が置いていた古い暮しの手帖の間に挟んでみました。 家内の本棚26回目のこの「パリ仕込みお料理ノート」は、「ふたりのこいびとシャンソンと料理」1970年刊を改題し1983(昭和58…

  • 竹田街道6.

    桜に見とれてる間に、忘れられたかもしれない竹田街道、先日終点までも行ってきましたので、また始めますが、まだ京の七口の竹田口まで行ってず、市内を南下中ですよ。 東洞院通を青矢印の如く四条通を渡って、しあやぶったかまつまんごじょう(四条・綾小路・仏光寺・高辻・松原・五条)と数え歌のとおり南下します。 四条通を渡ってすぐの右手のビルの前に、✖小さな祠を見つけました。悪王子社(アクオウジシャ)は素戔嗚尊(スサノオノミコト)を祀る八坂神社の摂社で974(天延2)年に建立、素戔嗚尊を讃えて悪王子の称号を賜っています。この地から怨霊を鎮める為の巡行の列を作ったのが、祇園祭の始まりです。この社は豊臣秀吉の命…

  • 春に元気を貰ったつもりですが

    右肩関節周囲炎の再燃で、気分が悪くなるほどの痛みが続いていたり、あまり今まで経験したことが無いふらつきが出てびっくりしたりと、不健全な体には不健全な心が宿り、少々鬱な気分です。 竹田街道の写真撮影も必要なので、久しぶりに自転車取材旅で鴨川を下ります。桜が終われば新緑ですかね、土曜日の朝のせいか観光客も少なく、風は気持ち良いです。 桜の花道を電動ですが自転車を走らせてると、気持ちが落ち着いて、簡単に鬱な気分が消えて行くと言う、単純な人間です。 竹田街道の終点伏見の水路を行く三十石舟(十石舟かも)が、花びらを分けて進むのを見ながら、やっぱり自分は動く方が気持ちが落ち着くのかなあとも思っています。 …

  • 通勤桜最終

    娘夫婦がゾンタの帰りでお土産の弁当を持って来てくれたので、水曜夜は久しぶりに豪華な食事になりました。家内が好きだったと言う銀閣寺茶懐石の三友居(サンユウキョ)の春らしい弁当、四条河原町のひさご寿しのチラシに、いつもの生協の宅配おかず綾錦、二人で美味しくいただきました、最近はよく食べてくれる家内です。体重も5~6㎏程は回復してるので、もう5~6㎏増を目標にしています。 木曜日、通勤の鴨川沿いの桜も満開過ぎてる木が多くなってますが、施設内診療所中庭の枝垂れ桜は、少し葉は出てきてますが満開で、柳の緑とよくあってます。 松ヶ崎疏水の桜はほぼ葉桜になっていますが、我が家の山桜はちょうど満開。今年はあまり…

  • 夏樹静子

    夏樹静子さん(1938(昭和13)~2016(平成28))、10年前に77歳で亡くなっておられましたが、今の私と同じ歳、77歳没に少しドキッとしました。 夏樹静子さんの本、家内の本棚には21冊も有りました。私の本棚は、翻訳物の推理・探偵ハードボイル物ばかりですが、家内もこんなに読んでいたのですかね。 確かに火曜サスペンス劇場や土曜ワイド劇場などテレビの推理物には夏樹静子さん原作の物が沢山あり、ミステリーの女王と称されているので、多分家内も島に行って初期の頃には何もすることが無く、夏樹作品をたくさん読んで、私の殺害方法を考えていたのかもしれません。(喜んで、むしろ私の背中を押して島に付いて来てく…

  • 家族

    50年前に二人で始めた私の家族、13人になってます。 春休みなので、年長さんから50歳になった長男まで、全員集合です。 セルフタイマーで撮った写真が何故かピンボケになりましたが、一応家内も含め全員元気です。 もう13人からは当分増えないと思いますが、5人とも男の孫から曾孫が生まれて14人になる前に、私が消えてしまってる確率は100%に近いと思います。 4月2日生まれがなんと二人もいて、あとは19日と28日の計4人も4月生まれがいますので、一応お祝い。 私の影響か家族旅行好きの子供達の家庭は、春休みにNBA観に遠くロサンゼルスまでや、別府温泉などや、福井の恐竜博物館など、3家族共に旅行のお土産も…

  • 通勤桜2.

    今日は日曜日、朝ご飯を家内に食べさして、皆のブログを読んで、競馬を買って(全く入らないので、昨日も当たらない重賞2レースだけ、今日も大阪杯だけにしときました)、京都知事選の投票に一人で出かけ、帰ってからブログを書き始めています。 先週は2回出勤の週だったので、土曜日も出勤で通勤桜です。 曇り空の朝、もう満開の鴨川堤の桜は、木曜日よりピンクがかって見えるのは、葉が出てきてるせいでしょうか? 花の命は1週間ほど、桜のように365日で7日だけの絶頂期の生活より、私は365日ずっと何でもない生活の方を選ぶ人間です。 土曜日はよりのんびりしてる仕事ですが、施設内診療所の中庭の枝垂れ桜はほぼ満開、バックの…

  • 通勤桜

    北海道や東北以外のどのブログを観ても桜ばかり、そう言う私のブログも桜ばかりです。 木曜日、週1~2回の通勤日は鴨川に沿って南下しますが、鴨川堤の桜は満開、何とか新幹線と一緒に撮りましたが、も一つですね。 老人ホーム診療所の中庭に咲く枝垂れ桜を毎年撮って、もう10年、満開までもう少し。 ホーム玄関に停めた車のフロントグラスに、満開の桜と共に写ろうと思った出たがり爺さんの思惑は外れました。 今日の帰りは醍醐の施設にも寄るので山科廻、インクラインの桜も満開でたくさんの人、渋滞で車が停まるので、ゆっくり車中花見です。 岡崎疎水の桜と平安神宮大鳥居、車の中はもう暑いですので、桜が終わったらすぐ夏になりそ…

  • 雨の日

    今日の京都は雨、家内はデイですので私の自由の日なのですが、あいにくの雨どこにも行けず、かたずけなどで過ごしています。 家内がいなくなって一人になったら毎日こんな感じなんですかね、会話できなくても寝てるだけでも、やっぱり一人より二人が良いですね。 家の中から花見できる唯一の桜も、雨に煙ってます。写真右下のいつものグランドのベンチも寂しげです。 昨日は買い物ついでに近所の花見、いつも見事に咲く枝垂れ桜、老木で数年前に少し切られていますが、今年も見ごたえあります。 桜と同じ頃に、桜に負けないで咲く近所の木蓮、少し盛り過ぎましたかね。 町内の家の桜も満開です。出たがり写りたがりのお爺さんが、カーブミラ…

  • いよいよ満開

    今週の土曜日は仕事がない週、家内をデイに見送って電動自転車で竹田街道の取材に出発。 出町葵橋からの賀茂川堤の桜はまだでした。 出町本満寺には朝早くからたくさんの見物客、11年前に五島列島から京都に帰ってきて、本満寺の桜が有名になってることを初めて知り、仕事場が近かったこともあって毎年観てきましたが、今日はテントまで出てました。 人を入れずに撮影することは不可能ですが、綺麗な見事な枝垂れ桜、満開です。(和さん、撮影出来ましたよ) 御所の桜も他のブログや次男の情報から、初めて観に行きました。御所にこんな立派な桜たちが有ったとは知りませんでした。朝9時過ぎも、結構な人が来てます。 茶店のガラス窓に写…

  • 春に元気づけられましょう

    働いてる施設診療所の中庭の枝垂れ桜は、3月26日はまだまだでした。 昨日書いた死亡診断書、署名と共に記載日時を書くのですが、その日時を書き落とし、看護婦さんが患者さんの家まで行って診断書を回収して、他の先生が日時だけ書き足してくれました。 公文書ですので、いつも慎重に書いてるはずなんですが、がっくりです、完全に焼が回ってきてます、そろそろ引退ですかね、落ち込んでます。 ブログも間違いや、勘違いを書きそうで心配です。 帰って生協に買い物に行く途中の松ヶ崎疏水の桜は、一部は七分咲き、やっと近くにまで春が来ました。 私も桜のように、せっかくの春ですので、元気を出さなければなりませんね。 自宅狭い庭の…

  • 96.天上天鼓

    私の麻雀仲間では一番新しいと言っても50年以上の付き合いになる友人が作秋死んで、その忌明けに貰った天上天鼓(テンジョウテンコ)。 友人は仲間内でも皆の気分を盛り上げてくれて、笑いに引き込んでくれるムードメーカーでしたし、若い時は無茶苦茶なお笑いゴルフでしたが、急に真面目に取り組みセミプロ級の腕前になってました。完璧にパーオンして、鮮やかなパットで時にはバーデイも取る彼のゴルフを、感心しながら見ていました。 京都府長岡京市の みずは北川 の天上天鼓、蕎麦風味・栗薯蕷万頭(ジョウヨマンジュウ)です。 平成22年3月に上皇・上皇后陛下が長岡京に行幸され、市役所で休憩の折、この天上天鼓を召し上が…

  • 竹田街道5.

    東洞院三条周辺は本当に色々想い出が有り過ぎて、ついつい自分だけの世界に入り込んでしまいます。写真の文化博物館(旧日本銀行京都支店)や今や有名になり過ぎて観光客であふれ、以前の入ったら必ず友達が座っていた喫茶店ではなくなったイノダコーヒー本店、お世話になったYMCA、憧れの君の家など、たくさんあり過ぎて前に進めませんので、この辺にして更に東洞院通を南下します。 あねさんろっかくたこにしき(姉小路・三条・六角・蛸薬師・錦小路)と東西の通りを横切って東洞院通を進みます。 江戸時代には竹田街道に通じる幹線道路となり渋滞するので、享保年間(1716~1736)には北行一方通行になったようで、一方通行規制…

  • お彼岸

    先日(3月14日)の小学校の同窓会も電動自転車で行ったのですが、島から京都に帰ってから出町の診療所で働いている時に知った本満寺の桜、寄って観てきました。 まだ蕾でしたが、あれから1週間でもう満開でしょうか、そろそろあちこちで桜桜桜、1年に一回は蟹や鱧や松茸を食べたいものですが、桜も1年に1回ですが、タダで観れるので良いですね。 今日はお彼岸の中日、昨日娘が嫁ぎ先の義祖母さん(同居)の作るちらし寿司を持って来てくれました。 自作のひろうす付きのちらし寿司・生協の宅配弁当(おかずだけの綾錦)・即席みそ汁・写ってないがスーパーのポテトサラダと豪華な夕食になりました。家内も沢山食べてくれて、二人で完食…

  • 林真理子

    24回目の家内の本棚は、前回の小池真理子さんからの真理子繫がりで 林真理子(1954(昭和29)~)さん、現在71歳ですので家内の妹分になります。 たくさんのエッセイを書いていたり、直木賞も獲っていますし、何故か日本大学の理事長もされているので、最近は日大アメフト部問題でも有名になってます。 しかし私はエッセイぐらいは雑誌なんかで読んだことはあると思いますが、本を読んだことは有りません。 家内の本棚には2冊だけありましたが、天皇陵巡りしてる私はミカド(帝)に惹かれて「ミカドの淑女」を選びました。 70年近く前NFLでマイアミドルフィンズが強かった頃からのアメフトファンでしたし(今はNHKBS中…

  • 小学校同窓会

    京都河原町竹屋町の東に昔からある旅館 石長松菊園(イシチョウショウギクエン)、木戸孝允邸宅跡にある修学旅行生も泊まる宿ですね。 木戸孝允(桂小五郎)(1833(天保4)~1877(明治10))の雅号が松菊なのと長州なので、石長松菊園と付いたのは今回初めて知りました。 フロントで聞いたので、裏にある木戸孝允宅を急いで見てきました。木造二階建ての小さな家ですが、今は京都市の管理下の元雨戸も閉まっていて中には入れません。 明治10年5月19日、京都に来てた明治天皇がわざわざ病床に見舞いに行幸したそうで、その1週間後に孝允は亡くなっています。 奥さんの幾松さんゆかりの料亭「幾松」はここの少し南の高瀬…

  • 小池真理子

    小池真理子さん(1952(昭和27)年~)、家内と同い年ですね。 1995年「恋」で直木賞も取っているので、恋愛小説家と思ってましたが、ミステリー作家の範疇に入るのですね、でも私は1冊も読んでなかったと思います。 3冊あった小池作品、NHKBSでドラマ化されたと言う「モンローが死んだ日」でも良かったのですが厚いので、「恋人と逢わない夜に」にも題名から食指が動きましたが2ページほどのたくさんのエッセイなので、結局選んだのは「ひぐらし荘の女主人」です。 1994~1996年作の「ひぐらし荘の女主人」「花ざかりの家」「彼なりの美学」のミステリーと言うのかどうか分かりませんが3作品が入っています。20…

  • 95.独鈷水

    独鈷(トッコ・ドッコ)は密教で用いる鉄の爪のような形の法具です。 これを用いて(だいたいが弘法大使空海さんですが)、地面を叩いたら水が湧いてきたのが独鈷水(ドッコスイ)、全国いたる所にあるようです。 兵庫県城崎温泉の極楽禅寺の裏山にも、この独鈷水が湧いていますが、ここは温泉寺開山の道智上人が千日曼陀羅修行の時に、手に持つ独鈷(金剛杖)で岩を叩かれた時に湧き出たものですし、この修行によって720(養老4)年に霊泉も湧いて、城崎温泉も始まりました。 この独鈷水にちなんだ 城崎温泉土産「独鈷水」御菓子司みなとや です。 1個80円ぐらいで、つぶ餡の素朴な小さな焼き菓子ですが、思ってた以上に美味し…

  • 竹田街道4.

    東洞院通を三条通までやってきました。この辺りは私の中学や特に高校時代は、繁華街の映画館に行く為や友達に会うための通り道でした。 この南西角だけが三角形に切り取られてるわけは理由あると思いますが、わかりません。ここに北極星?と言う喫茶店が確かあって、初めてカラーテレビやクーラーを入れて流行ってましたが、今は何もありませんでした。 反対側の北東角には京都中京郵便局、1871(明治4)年西京郵便役所として開業、1902(明治35)年建築の年ネオルネサンス様式の赤煉瓦作りの綺麗な建物です。 北西角には京都電信電話発祥の地の碑が。1897(明治30)年にこの地に京都電話交換局が出来てから100年記念の碑…

  • 秋山ちえ子

    秋山ちえ子と聞いて、私は料理研究家と思いましたが違ってましたね、誰と思い違いしてたのですかね。 家内の本棚22回目は 秋山ちえ子さん(1917(大正6)~2016(平成28))、10年前に99歳で亡くなっておられます、私の母よりほんの少しだけお姉さん。 昼の話題→秋山ちえ子の談話室で1957(昭和32)年から45年間ラジオのパーソナリティーをされていたようですが、何となくそれで記憶が有るようなないようなですし、戦後40歳ころから執筆活動もされていたようで、私も名前だけは記憶にあるのですかね。 家内の本棚にあった秋山ちえ子さんは2冊だけ、エッセイの「雨の日の手紙」にも食指が動きましたが、短編集の…

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