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プロフィール
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増田俊也(作家)さんのプロフィール

住所
未設定
出身
北海道

作家です。単行本「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」(新潮社)「七帝柔道記」(角川書店)など。

ブログタイトル
作家・増田俊也の公式ブログ
ブログURL
http://blog.livedoor.jp/masuda_toshinari/
ブログ紹介文
「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」(新潮社)で大宅賞。他著に「七帝柔道記」(角川書店)など。
更新頻度(1年)

29回 / 365日(平均0.6回/週)

ブログ村参加:2009/12/17

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増田俊也(作家)さん
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作家・増田俊也の公式ブログ
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増田俊也(作家)さんの新着記事

1件〜30件

  • 小林まこと×増田俊也【対談】我が柔道部物語!!

    ◉2万字対談!目指せ「日本柔道人口100万人」計画小林まこと×増田俊也「我が柔道部物語」ともに「柔道部」で青春時代を過ごした小林と増田。その後、漫画や小説で、柔道の魅力を伝えることで、多くの柔道家・格闘家を生み出した。『柔道部物語』や『七帝柔道記』で描かれた柔

  • “Yuki Nakai on the eve of Vale Tudo Japan Open 1995. ”

    “Yuki Nakai on the eve of Vale Tudo Japan Open 1995. ”              【written by Toshinari MASUDA】   It was noon on April 21st, 1995. I was at a Zen temple of the Soto sect in Tokyo for the ceremony of Kanyuu Yoshida’s first death ann

  • 東孝先生が逝去。

    大道塾の東孝先生が癌で逝去されました。御存知のとおり、東先生は極真空手時代に全日本優勝を果たし、のちに大道塾空手を起ち上げて独立しました。大道塾ではつかみや投げを認め、スーパーセーフ着用での顔面パンチを取り入れて、当時の先進的な総合格闘技を模索していきま

  • 古賀稔彦追悼『超二流と呼ばれた柔道家』を全文掲載。

    ロンドン五輪のときに「ゴング格闘技」誌に発表した『超二流と呼ばれた柔道家』という短編があります。古賀稔彦を追って、最後に背負い投げで古賀を投げる堀越英範を書いた作品ですが、じつはこの作品を出したとき、中学の友人(柔道未経験者)から電話をもらいました。「あ

  • 北海道の4コマ漫画、4話あります。

    僕は意外に器用で、小説もノンフィクションも漫画原作も書きますが、漫画それ自体も書きます。今回、第二の故郷北海道を舞台にした4コマ漫画を4作紹介します。▶増田俊也公式ブログのトップページに戻る▶blogランキング

  • 岩釣兼生対ジャイアント馬場はなぜ流れたのか。

    昭和51年の夏、拓大柔道部出身で木村政彦先生の最強の愛弟子、岩釣兼生は全日本プロレス入りを控えて猛特訓を行っていた。しかも「セメントになっても対応できる」バーリトゥード用の技術を磨いていた。もちろん師匠の木村が力道山にやられた復讐をしようとしていたからだ。

  • 北尾光司の「この八百長野郎」発言の真意について。

    北尾光司は最後までプロレスに馴染めなかった。ジョン・テンタとの一戦では試合直後にマイクを握って「この八百長野郎」と怒鳴ったのは有名な話だ。動画を見ると、リングを降りてすぐのマイクであり、挙措からしてアングルではなかったのがわかる。こんこんなことをやればこ

  • 木村政彦先生と牛島辰熊先生のお墓。

    木村政彦先生も牛島辰熊先生も地元熊本にお墓があります。現役のスポーツ選手はぜひ訪ねてください。▶増田俊也公式ブログのトップページに戻る▶格闘技blogの最新情報▶柔道blogの最新情報

  • 木村政彦vs阿部謙四郎。牛島辰熊はこの試合にショックを受けた。

    前記事の続きです。武専の阿部謙四郎に木村政彦が投げられて一本負けしました。木村が全日本選手権で優勝する前年のことです。この敗戦以後、木村は一度も負けてません。この試合を見ていた師匠の牛島辰熊がのちに試合の回顧をしています。今回はそれを動画で紹介します。▶

  • 木村政彦は合気道に投げられたのか?

    木村政彦先生を最後に破った阿部謙四郎先生は武専出身、武徳会所属の柔道家でした。戦後、GHQによって武徳会が解散されたのに失望し、イギリスへ渡ります。そこで柔道を指導しました。しかし戦前、阿部先生は植芝盛平先生のもとで合気道も並行して修行していました。今回

  • もし『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』が映画化されたら牛島辰熊先生役は誰が適役でしょうか?

    もし『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』(新潮社)が映画化されたら、師匠の牛島辰熊先生役は誰がやるのでしょう。漫画化の板垣恵介さんとの電話で何度か話題に出たことがありますが、僕は「あの人しかありえない」と思っています。

  • 岩釣兼生先生がソ連へ乗り込み、サンボに挑戦。師匠の木村政彦との特訓。

    木村政彦先生の最強の愛弟子、岩釣兼生先生のと木村先生との出会い。そして岩釣先生が主将のときの拓大柔道部の優勝大会優勝、岩釣先生によるサンボへの挑戦などを、YouTubeにアップしました。15分程度の短い動画ですのでぜひ御覧ください。▶増田俊也公式ブログのトップペー

  • 牛島辰熊先生と木村政彦先生、現代に繋がるファイターたちの魂。

    牛島辰熊先生の金歯と書の話からはじまり、木村政彦先生、現代のファイターたちへ繋がる魂魄の話をYouTubeにアップしました。15分ほどの短い動画ですので、ぜひ御覧ください。

  • 木村政彦先生のゴリラのような裸の写真。

    木村政彦先生のゴリラのような写真を動画にしてアップロードしました。おそらく拓大時代のものです。ご存じのように、木村政彦先生は昭和15年(1940年)の天覧試合制覇後、応召されて兵隊に取られますので、もっとも強い時代に柔道をできませんでした。もし戦争がなければど

  • 牛島辰熊先生の金歯から考察する勝負魂の系譜。

    数年前、牛島辰熊先生の御遺族から、牛島先生の金歯と書をいただきました。どちらも大変貴重なものであり、見る者の心の襞をさまざま喚起してきます。今回、これをもとに動画を作り、考察してみました。どうぞ、15分程度の短いものなので、ぜひ御覧ください。▶増田俊也公式

  • 琴光喜の経営する焼肉屋へ行ってきました。

    名古屋市内で元大関の琴光喜が開いている焼肉屋「やみつき」へ久しぶりに行ってきました。「やみつき」の名前は「ことみつき」という名前とかけたもののようです。仲人口ではなく本当に美味しいのでみなさんもぜひ。会計もかなり安いです。名駅や錦の一流店以上の美味しさで

  • 今年の全日本柔道選手権の試合動画。

    春開催が順延されていた全日本柔道選手権が、12月26日に講道館大道場で開かれました。そのすべての試合動画がYouTubeにアップされました。体重無差別で柔道日本一を決める柔道家にとってオリンピック以上の権威ある大会です。60kg級の永山竜樹選手(身長156センチ)も出場し

  • 小兵の天才柔道家、松田博文先生の内股動画。

    関西大学柔道部出身で身長161センチの小柄から繰り出す松田博文先生の内股です。小柄な体で凄まじい内股を持っていたという活字は読んだことがあるのですが、動画で見たのは初めてです。内股はけっして重量級の技ではないのがわかります。背負い投げと同じくらいバリエーショ

  • 神永昭夫×ヘーシンク(その2)

    東京五輪1964の神永昭夫先生とヘーシンクの戦い。この動画を観て驚きました。リーグ戦も決勝も、ほぼ全体が収録されています。僕のこの試合のイメージは、ほとんどが神永先生の体落としをヘーシンクが潰すところから始まっています。でも、こうして全体を見ると、神永先生は

  • 阿部一二三と丸山城志郎選手の熱戦をスローモーションで分析してみた。

    阿部選手の大内が技有りであるという裁定でしたが、スローモーションビデオで見直してみます。スローにしてみると、丸山選手は最初から返しを狙っています。最後も左肩の三角筋(肩の筋肉)の後部はついてないように見えます。相撲なら「同体で取り直し」だったかもしれませ

  • 神永昭夫×アントン・ヘーシンク(東京五輪決勝)

    東京五輪柔道競技、無差別級決勝戦。神永昭夫先生とヘーシンクの戦いです。寝技の攻防がほぼ完全に入っています。立ち技で完全に互角です。▶増田俊也公式ブログのトップページに戻る▶格闘技blogの最新情報▶柔道blogの最新情報

  • 木村政彦VS.エリオ・グレイシー。

    木村政彦先生とエリオ・グレイシーとの有名な試合です。技の説明にBJJとIJF、そして日本名が混淆していますが、柔道の国際性が感じられますね。IJF名をあらためて調べてみて、合理的だなと思いました。 

  • 1975年の北海道大学。恵迪寮生たちを中心に。

    1975年の北海道大学の学生たちを追ったドキュメンタリーです。昭和50年のことですからずいぶん昔にも思えますが、僕は1984年、1985年、1986年と、3回北大を受験しましたので、いまから振り返れば、この1975年というのはほんの少し前の学生たちの生活だったわけです。だから

  • 木村政彦vs.エリオ・グレイシー、1951年の戦い。/ Masahiko Kimura vs. Elio Gracie

    木村政彦先生は1951年、ブラジルのマラカナンスタジアムで、ヒクソンやホイスの父であるエリオ・グレイシーと戦いました。世界の格闘技史でもっとも有名な戦いのひとつです。この動画は、その貴重な記録です。▶増田俊也公式ブログのトップページに戻る▶格闘技blogの最新情

  • 『ジムニー50年の歴史』

    エスエスシー出版の二階堂さんから『ジムニー50年の歴史』を送っていただきました。ホープスターの時代から原稿JB64までジムニーのすべてが網羅された大辞典です。▶増田俊也公式ブログのトップページに戻る▶blogランキング

  • YouTubeチャンネルのアカウントを変更しました。再登録よろしくお願いします。

    YouTubeチャンネル「増田俊也チャンネル」で昔のものをリニューアルして作っていましたが、いったんすべて下ろして新しいアカウント「増田俊也の作家生活」で再登録し、動画をアップしていくことになりました。よろしければ、こちらにチャンネルを再登録しなおしてください。

  • YouTubeチャンネルを始めました。

    まわりの様々な人に言われ続けて、YouTubeチャンネルを始めました。長州力さんや櫻井よしこさんも始めていますし、ほんの少しだけ僕のほうが若いのでパソコンが苦手と言っていられないようです。人類の歴史において表現手段は変化してきました。しかしここ20年ほどの変化のス

  • 「柔道新聞の研究」連載、今回は柔道vs空手の異種格闘技戦に迫ります。

    ゴング格闘技での連載、今月は7月22日発売ですので明日です。内容はますますマニアックになり、「空手バカ一代」のなかで芦原英幸が愛媛県警の柔道場へ乗り込み、“雲井代悟”を蹴りでKOする場面を検証します。この雲井のライバルのモデル(柔道マニアなら誰だかわかると

  • 「ビッグコミックオリジナル増刊号」で『七帝柔道記外伝』の連載スタートしました。

    『ビッグコミックオリジナル増刊号』(隔月刊)で、『七帝柔道記外伝』の連載がスタートしました。主役は中井祐樹、舞台はバーリトゥードジャパンオープン95です。この試合を日本武道館で観戦した人間には、生涯忘れられない体験となりました。とてつもない日です。▶増田俊

  • 「ゴング格闘技」誌で長期連載『柔道新聞の研究』スタート。

    2011年まで『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』の連載をした格闘技専門誌「ゴング格闘技」誌に『柔道新聞の研究』というマニアックな連載を始めました。▲写真上は「柔道新聞」の題号。▼写真下は創刊号の1面(はじめは題号が柔道通信だった)。社長兼主筆は工藤雷

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