月に一度の楽しみが土砂降りでガッカリ!梅雨は開けた、と気象庁は言うが嘘だった。ここ数日、雨降りが続いた。ゴルフはゴルフ場が中止と言わない限りやるもの。こう先輩から教わってきた。過去に一度だけハーフで中止の経験がある。その時は台風が接近してきて危険
関市の堀野さん発行の“バトン”の中に見た。ヴィヴィアン・リーチと言う女性が書いた詩。“コロナウイルスから人類への手紙”15年前、マイケルジャクソンが歌った。”アース・ソング“、それは、人間は地球を虐めてきた、今、地球は泣き叫んで反撃してきた、と。そ
長滝白山神社の宝印シンポジュームに参加。去年の5月6日のブログに“白山瀧宝印”、5月10日に“起請文”を書いている。長滝神社では5月5日にデデデン祭りがある。その日、その時だけの御朱印が発行される。それを求めに神社に参拝した。その時は、書かれた起請文に
ギャンブル依存症で大谷の通訳が御用に。桁外れの金額に貧乏人の俺はただ唖然!英語を話せなくて良かった・・・。I Love gamble 程度じゃ勝負にならねぇから?大谷の傍で十分豊かであったろうに・・・。人間の果てしない欲望が哀れと言うもいとおかし。 愚生、2
ようやく出番が来た。開幕2試合は若いクラスで控えだった。古希の開幕でスタメンが廻って来た。シニア岐南戦は8番セカンドで先発。1死満塁の好機にセカンドゴロ。でも打点1を稼いだ。2試合目の高山シニアは8番ファースト。2死2,3塁でセンター前ヒット!2
今年も所属するクラブのコンペが始まった。新役員が一部ルール改正をした。バーディー、イーグル、アルバトロス、ホールインワン、これ等には賞金を与えるらしい。賞金は、その都度、皆から集めると言う。何とも、しみったれた規則である。我々老齢ヘナチョコプレー
久々に女房とバンテリンドームに向かった。岐阜まで車で行き、名鉄で名古屋へ。自動販売機で切符を何とか2枚買った。自動改札機へ切符を突っ込んだ。バーが開いて、中に入れた。発車迄時間があり、トイレへ。快速電車にうまく座れた。先程から、女房が落ち着かない
日本の食料自給率は38%らしい。詩人の高村光太郎は言った。“食うものだけは自給したい。これなくして真の独立はない“と。これは戦後の日本を見て言ったものと思う。戦後日本の食料自給率は80%位だった様だ。いま日本は急激な物価高騰に泣いている。その引き金は
今年のトラはまだ寝てるのか?昨年のビリ中日が現在、首位。昨年の覇者阪神が5位。その中日に1敗1引き分け。我慢ならねぇ・・・。現地に乗り込んで、直接気合を入れないと。14日、多くをキャンセルして名古屋へ向かった。この日は忙しかった。早朝6時から宮掃除、
NHK連続ドラマ“風の峠”に魅せられた。原作が葉室麟の“銀漢の賦”と知り図書館へ。2007年に初版が出ているから、かなり古い。知らなかったが、かなりの人が読んでいる。この頃から葉室麟は藤沢周平の後継者と言われだした。 西国の小藩である月ヶ瀬藩の小役人・日
静岡県知事が突然辞任した。県庁職員激励訓示でミスった。“皆さんは菜っ葉を作る人とは違うんだエリートなんだから努力しろ!“職業の差別だと叩かれた。言わんとする事は解るが、舌足らずだった。再三に渡り、言い過ぎる人だった。今度、言い過ぎたら辞める!と、
明治40年(1907)4月3日夕刻。上之保村白鳥に大火が発生。白鳥全戸206戸の内、153戸が全焼した。半焼、倒壊を含め壊滅的状況となった。原因は竈で炊事中、天井に積み置いた藁に点火。火は近隣の白鳥神社に移り始めた。皆で御神体を辛うじて捧げ出した。火は烈風に煽ら
宇都宮と言えば大谷石と餃子位しか知らなかった。孫が就職するので一緒に訪れた。昔、栃木に住んで居た頃は、度々行っていた。半世紀余り前の事で、記憶は大半が消えている。宇都宮CCで道路公団主催の大きなコンペが有った。遅刻して出場出来なかった事は今も覚えてい
初孫が栃木県芳賀町にあるホンダ系の会社に入社。オートテクニックジャパンと言う社名。かく言う自分も昭和45年(1970)栃木市に住んだ。東北自動車道栃木IC造成工事の時、愚生30歳。長女はここで生まれて4人家族になった時だった。今回、孫を送ってゆくので立ち寄って
初孫の栃木就職に随行。ついでに大奥の実家、石岡に墓参する。義兄の葬儀以来、7年振りである。コロナが帰省を長く阻んで来た。今回も万全ではないが、行く事にした。姉の旦那が病み上りで、心配なのだ。お互いに80を越した身だから不安なのだ。80を越した身だ
地元郡上市の選挙が終わった。4期16年の日置市政に終止符。久々に激しい選挙戦が予想された。選挙は地域を活性化させると言われる。半面しこりも残るが・・・。当初は副市長が出馬し三つ巴も予想された。だが副市長は体調を崩し戦う前にダウン。結局、新人二人の激
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月に一度の楽しみが土砂降りでガッカリ!梅雨は開けた、と気象庁は言うが嘘だった。ここ数日、雨降りが続いた。ゴルフはゴルフ場が中止と言わない限りやるもの。こう先輩から教わってきた。過去に一度だけハーフで中止の経験がある。その時は台風が接近してきて危険
又しても桜の木が切られた。我が散歩道は長良川の堤防である。そこには桜並木がある。2年前に右岸側の約50mが切られた。堤防の補強工事に邪魔だとされた様だ。だがお立合い!今見ると、工事には何の支障もない。何故切られたのか、未だ解らず!この事は2023/3/8
八十路坂を越えると早い!急速に冥土が見えてくる感じ?同世代が黄泉へ向かうせいもある・・・。でも俺だけは・・・と身勝手に思う。思えども、体のそこかしこは老いてゆく。老いに、少しは遠慮しろ!と言えども無視される。 年に一度の検診に大垣徳洲会病院へ。家
最初の与七は3年前だった。女房が胆のうの手術をして退院の日。大和道の駅でウチョウランの展示会を見た。そこに、親戚の人が出展していた。退院の記念だと言って一鉢頂いた。小さな鉢には“与七”の名札が差してあった。 愚性の親父・正三は野々村家からの養子で
痛恨の極み!我がチームの名ショート・鷲見保 77歳。陽気で気さくな男だった。俺がセカンドで二遊間を守った。彼との二遊間は息があった。打順も1番、2番の切り込み隊だった。初回に俺達が塁に出るとほとんど勝ちパターン。今の俺の姿からは想像も出来ないだろうが
漂流ポストの事を仏教小冊子“御堂”で知った。高齢ドクター鎌田実氏の記事にあった。東日本大震災で亡くなった人に手紙を書く。それをこのポストに投函する。相手に読まれることのない返事も来ない、でも書いて投函するのだ。やりきれない思いを便箋にぶつけるのだ
拝啓 今冬は稀にみる大雪でした。近年は雪のない冬が続き、雪囲いはしなくなりました。油断大敵、災害は忘れた頃にやって来る。大雪は庭木等をしっかり虐めました。少々の雪の重みは、木を丈夫にするから、雪囲いはしないのだと、怠け者の弁。毎朝、庭木の雪を払いまし
女 房の温習会の出演は3回目である。前の名簿から見ると会員の減少が目立つ。師匠格では16人が8人に。白鳥だけの会員は10数名が2人の激減。何故だろう?でも我が家の大奥は生き残ってきた。弟子の孫もへこたれなかった。バーバはこれが最後だろうと老体にムチ打った
10年ぶりに開催された。この一か月、我が家は大騒動だった。門下の子供たちとバーバの踊り練習で。俺様だけ、蚊帳の外。畑の雑草も伸び放題、ジャガイモ収穫も忘れられていた。ソフトの試合を休んで、舞台を見に行った。下の孫の美夜は第二部の五番目に登場。樋口一
寅次郎の妹・さくら。男はつらいよの元題は“愚兄賢妹”だった由。絶妙の兄妹である。そのさくら・千恵子が綴った。倍賞自体はモノを残さない主義とか。モノが残ると次に進まないという。彼女は俺より一つ若い?84歳。晩年になり人生を振り返る事も大事かと思い直し
平家物語の白川天皇のたまう。予には三つのままならぬものがある。“賀茂川の水と賽の目と比叡山の僧兵だ”時の大権力者でも、この三つが思い通りに出来なかった。 寅にもままならぬものがある。一つは八十路越えのカカ殿。連れ添ってやがて60年になろうか?最初は
リモート同窓会、レター同窓会とも言う。コロナの副産物である。5年前に一度開催したことがある。その時の最後のセリフは“コロナが治まったら、この世の見納めに、最後の同窓会をやろうぜ!” だった。世界を震撼させたコロナ菌騒動も収まった。愚性も二回ほどコ
和田政宗参議院議員に初めて会った。藤井孝男議員の秘書だった浜崎氏はその後、縁あって、和田議員の秘書になった。その関係で、逢う機会が出来た。7月に参議院の選挙があり和田議員は改選期である。寸暇を割いて郡上に来られた。藤井後援会・藤政会の残党と面通し
今年は週末に天気がよく崩れる。今日までに13試合予定されていた。そのうち7試合が雨の野郎が邪魔した。梅雨前にこんなことは異例である。何故だろう?トランプのせいだろうか?中日が勝てないからだろうか?7月5日に大災害が起きると予言されている。その前兆なの
日本のトイレは世界で一番快適と言われる。ウオシュレットが行き届いている。数年前に中国の五つ星のホテルに泊まった。そこですらウオシュレットは手動である。脱臭装置も優れている。でも、臭いは完全とは言えない。先日、ある冊子を読んだ。トイレ研究家・白倉正
この時期、我が堤防道路は真っ黄色である。と言うのは去年までの話。今年は、真っ茶色である。何とも汚れた風景になってしまった。除草剤を撒いたのである。清流に除草剤を撒いていいのかねぇ?一面黄色のイエローロード。阪神ロードだとも思っていた。一転一面枯
50年前の事。小生35歳、江戸からUターンしてきたばかり。郡上に青年会議所をつくる話が聞こえてきた。そして誘いが来た。青年会議所って何もんだ?俺は正直、知らなかった。創立準備会に時の町長も呼んだ。商工会議所青年部の親戚かい?どうせ数年で消えるだろう
1936年(昭和11年)生まれ。1958年、立教大学から巨人に入団。1974年、38歳で現役引退。巨人軍は永久に不滅だと語る。2004年、68歳で脳梗塞で倒れる。2007年、妻・亜希子64歳で逝去。2025年、6月3日、89歳で旅立った。巨人は嫌いだが長嶋は憎めなかった。小生、ある
住民健診はおおむね良好だったが、血液検査から2点、指摘された。その1は、糖尿病予備候補生だと言う。今までは、その気配は全くなかった。甘いものを沢山食べていませんかと聞かれた。そう言われれば以前より少し多いかな?最近、孫と競って食べているから。競っ
今年の大雪はいろいろ被害を出した。このところ暖冬気味で雪が少ない年が続いた。それをいいことに庭木の雪囲いはさぼった。今年の雪は半端じゃなかった。量的にはそれ程とは思わなかったが重かった。毎朝、庭木に積もった雪は取り払った。でも枝はかなり折れた。近
ソフトは夏休みで中断、暇が出来た。同窓会をやろうと親友・角に相談。二つ返事でやることを決めた。84歳になり、人生最後の同窓会と銘打って。名簿は角が午前中に各務原から車で持ってきた。午後から案内文を作り、往復はがきに印刷。時間がない、その日の夕方に投
人生は“生老病死”と言われる。生まれて生きる、老いる、病む、死ぬ。この4つの苦しみの事とか。苦しむと言う事は、自分の思う様にならない事。生きてる限りは避けられねぇ苦悩らしい。仏教用語の四苦八苦の、四苦を指す様だ。人生は苦しみの連続なんかい?仏教は
白鳥神社、宮の森の下草刈り。例年、7月中旬に行われる。総代衆が草刈り機を唸らせて、刈り込む。今年は時折小雨の降る中だったが頑張った。合羽は外の雨と中の汗で、グショグショ!終わって社務所前で暑気払いのビール。この時、十数名の参拝客が来られた。刈り込
毎年7月に診察を受けている。大垣徳洲会病院まで片道90kmを走って。そこには昔お世話になった吉村先生が居られる。頸動脈狭窄症で首にステントを入れて頂いた。今年で16年経過した。その後の経過観察であるが、良好である。愚生も齢84になるそろそろ免許返納が叫ば
老いが随所に現れてくる。今年に入り、歯の工事が増えてきた。虫歯ではない。ポンコツの歯なんぞは、虫も食わねぇ。まずいから・・・。歯の老朽化である。歯が擦り減って来る、欠けてくる、割れてくる等。もう10年も20年ももたなくていい。適当に治して下さいとお
網走番外地、唐獅子牡丹・・・。女房との恋が始まる頃、流行り出した。女房のアパートの隣がヤクザ屋さんだった。彼女をヤクザ屋さんから守らにゃならん?高倉健さんを見習ったのでございます?お陰様で無事でした。てなわけで当時、健さんを兄貴と慕いました。晩年
6月23日は沖縄慰霊の日。日本人が忘れてはいけない日の一つである。6月のこの頃は、我が家にも因縁深い月である。母・故花子は6月26日生まれ。長女・美夏は6月27日生まれ。美夏の夫・秀人は6月24日生まれ。そしてわが弟・故健司は6月24日生まれ。彼は昭和17年、岐
白鳥小学校の校庭隅に飾ってある。全校生徒が書いた短冊が揺れている。子供達が何を願っているのか?短冊を覗いてみた。6年生の子は世界の事を考えている。“どの国も平和で笑顔で戦争のない事を願う”“貧しい国を無くしたい、その為に募金するよ”“こまっている
会社で使っているPCがストライキ!出勤したら、画面が真っ暗!左上に小さな英文字が並んでいる。訳してみたら、ハードデスクに不都合!トーシロには手に負えそうもない。パソコン110番にTel。救急車を呼んだ。早速デスクトップをひっくり返して開腹手術。人
今年前半の収穫を終えた。イチゴは今迄で最低の出来だった。連作がダメだったのか?甘味は十分だったが量が採れなかった。玉ねぎも育ちが悪かった。昨年は豊作だったが・・・。ニンニクもジャガイモも小粒。植えた位置が悪かったか?畑の南側に大きなクルミの木が
小4の孫、女の子。ジジババが東京に行くと聞いたらみやげをと言う。何がいいの?可愛い猫柄のリュック!東京駅にあると言う。スマホで調べたと言う。どうやって調べたの?猫グッヅ+東京駅 と打ち込んだら出たらしい。行けば解るだろうと詳しくは聞かずに出かけた
表があれば裏があるのが世の常。表になれなかったモノたち・・・。二番目ではない。“人の行く 裏に道あり 花の山”裏の道の方が、味があるとも人は言う。第1集、尊敬する柴又の寅さんとのツーショット。(67歳)第2集、尊敬する寅さんの格言。(68)“それを言っちゃ
第5集は孫3人、泣き叫ぶ凌太郎に成長を見る。大河7歳、優3歳、凌太郎1歳。第6集は新穂高ロープウエー展望台。古希を迎えた愚妻と脳胞手術退院祝いで新穂高へ。槍、穂高等、3,000m級の山々に俗界を忘れる。第7集は成長した孫3人。この年に愚妻は喫茶店稼業卒業、孫の守
単なる自己満足を続けている。ブログも今年で第18集になる。表紙も18枚になった。第1集からベースは変えて居ない。中心に描くモノだけ変えてきた。それは、その年の象徴的な出来事にした。第1集は2006年にスタート。カテゴリーは決めず、徒然なるがままに。頭
“土方殺すにゃ刃物はいらぬ 雨の三日も降ればよし”土建屋と致しましては、雨は天敵。仕事がやりずらい、進まない、出来ない・・・。休みになる、日当が出ない。パチンコに行く・・・負ける?踏んだり蹴ったり・・・雨、あめ、アメ。アウトドアー派には嫌われる、
夏になると深いラフに虐められます。ゴルファーなら“ラフ”は先刻ご承知。ゴルフの嫌な人も“裸婦”はご存じ? 得意?暇なのでラフと裸婦についてほじくってみました。カタカナと漢字ですが共通点がある、アル、有る。拙者のゴルフは仕事の接待から始まりました。
家の前の草むらに雀が沢山来る。何故だろう?そこには古いコメが捨てられていた。捨てたのは小生である。お米を捨てるとは、バチ当たりな奴だ。母が身罷って早や9年が過ぎた。母の住んだ隠居所はそのままにして来た。何時までも放置はできないと整理にかかった。そ
母が身罷って9年が過ぎた。母は晩年を気楽に過ごす事を望んだ。家の斜め向かいに隠居部屋を建てた。バストイレ完備の2DK。夫に先立たれ、還暦を過ぎた頃だった。以来、30年余を一人暮らしだった。大正琴、詩吟、宗教と気ままに楽しんだ。多くの友達が集まり、賑や
552ページある分厚い本。中々読む気が起きなかった。読み始めたら、止まらなくなって来た。そこには穴太積みが出て来たからだ。仕事柄、石積工事は土木につきもの。穴太積みを知ったのは10年前だった。仲間の新幹線会の旅で但馬の竹田城に行った。雲上の城が有名で
拝啓 今年に入り、二月が暖冬と言われたら、三月は急に冷え込みました。雪が命の我がスキー場群も、雪がなく、早々に店じまい。 同じく雪が金を産む、除雪作業も上がったり。 この地は雪が財布の紐を左右します。雪が早く消え、桜が早く咲くのかと花見に行けば、彼女