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ザボンの香り https://blog.goo.ne.jp/bunya_2008/

日常で感じるささやかな喜びや悲しみを、エッセイで。エニアグラム・体操競技が好きです。

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2009/02/27

1件〜100件

  • ひとつの区切り

    当ブログは、私が50歳の誕生日を迎えた、前回の記事をもって、完結させていただきます。大切な宝箱のふたを閉じるように、慈しみを持って、40代後半の幸せな日々を、(又は2008年10月から2012年2月までの、一つの記録として)ここに残します。長きにわたってご愛読下さる皆様、本当にありがとうございます。新たに始める50代のブログは、⇒『果てのある路』※2013.11.25追記※旧HP『いろんなことを語りたい』も、プロバイダ変更により、こちらへ移転しました。なお、旧サイトにおいて移転の連絡が、私の技術不足により、掲載できなかったことを、心よりお詫びいたします。ひとつの区切り

  • ほほえみを口元に

    今日で半世紀。人生は、苦楽半々。良いこともあれば、悪いこともあり、山もあれば谷もあり。辛い時ほど、より素直な眼差しで真理を見詰め、ほほえみを口元に、温もりを胸に、生きていけたら、と願います。与えられた歳月と生命に、心から感謝。ほほえみを口元に

  • 第三舞台への感謝状

    私は、1962年生まれです。23歳の時、演劇雑誌で読んだ戯曲『リレイヤー』が、あなた方との最初の出会いでした。当時、地方のアマチュア劇団に入っていて、創作にも生きることにも、もがいていた私にとって、あなた方の存在が、どんなに希望になったか、測り知れません。ずっと長い間、太陽でい続けてくれて、ありがとう。歳月は無常で、全てを変えていってしまうけれど、人間が「心と心で握手できる」存在であることは、きっと永久に変わらない。最後の作品『深呼吸する惑星』で、あなた方が、亡き岩谷真哉と共にいたこと――鴻上尚史が、心の奥で、尊敬する盟友・岩谷真哉と対話しながら、演劇を作り続けて来たことが分かって、涙が出ました。ありがとう。第三舞台が、風に書いた文字は、人々の記憶の中で、消えずに輝き続けることを、私は信じます。第三舞台への感謝状

  • 『深呼吸する惑星』 第三舞台

    今日は、解散公演の千秋楽。そのライブビューイングを、映画館で、観てきた。鴻上尚史率いる第三舞台は、私が20代の頃、何よりも大好きだった劇団だ。久しぶりの彼らは、20数年前と同じように、素敵だった。そして、そこには厳然と、経過して戻らない“時間”と“いのち”が感じられた。詳しい感想は、また改めて。『深呼吸する惑星』第三舞台

  • 2011年が行く

    日本中に、禍々しい傷跡を残したまま、今年が暮れてゆく。大晦日が、こんなに心地良い、日本晴れであることの皮肉。せめてもの青天と、太陽の恵み。未曾有の大禍を経て、我々はどこへ行こうとしているのだろう。本当は、大自然が与えた試練と共に、心を入れ替えて、生まれ変わるべきではなかったのか。それができなかった我々に、新たな応報が待つのでは――という悪い予感にフタをして、新年には明るい未来があることを願う。どうぞ皆様、良いお年をお迎えくださいませ。2011年が行く

  • 『妖怪人間ベム』 最終話

    録画をあらためて観直してみて、最初から最後まで、ずっと涙が止まらなかった。この回だけで、充分見事な名作だ。――人間になることを切望しながらも、人間に差別されたまま、悠久の時を彷徨い続けてきた彼ら。永い年月の間に、人間の醜さ・冷酷さ・身勝手さを、イヤと言うほど見せつけられてきた。(と同時に、人間の美しさ・優しさ・温かさをも、彼らは忘れなかった)辿り着いたこの町で、心優しい刑事一家に出会い、人間と同じ体験を重ねることができ、どんなに幸せだったことだろう。その人たちの受容は、彼らにとって、まさしく砂漠の一滴の水に匹敵するほど、貴重なものだったに違いない。その幸せを捨て、妖怪体を衆目にさらす覚悟で、犯人たちの銃口から人々を守った彼ら。それゆえに、大切な人(刑事一家と学者一家)の元から、去らねばならなくなる不条理さ。その...『妖怪人間ベム』最終話

  • 真の文明は、人を殺さず

    『内田樹の研究室』11/24記事に、共感するところが多い。一つの社会集団(共同体)が存続するためには、司法・医療・教育という3つの原理的システムが、明文不文に関わらず不可欠であり、それがきちんと機能してこそ、成員たちを守ることができ、生活資源をフェアに分配することができる。――という。そして、そのシステムには、政治やビジネスを関与させてはいけない。つまり、誰かの“私利私欲”を混入させてはならない領域が、人類の営みの中には、確かに在るのだ。原発事故に、絶望的気持ちにさせられる理由は、まさにその領域が、政治とビジネスに侵されているのを、見せられながら、歯噛みするばかりで手をこまねいているからだ。タイトルは、一身を投げ打って公害と戦った義人、田中正造の言葉であるが、真の文明とは、まさしく“私利私欲との戦い”ではないか...真の文明は、人を殺さず

  • 『妖怪人間ベム』 第6話

    視聴者の意見感想が、賛否両論、分かれる回である。私自身、とても感情移入できなかった。ベラの恋は、素敵だった。人間の、普通の女性とは違って、ほのかで本当に純粋で、相手(大久保)への感謝しかない。大久保は、ベラの真心を受け取って、迷っていた自首を決意し、警察を訪れるのだが、赤い顔の謎の男によって、悪人化してしまう。そして、ショッキングなことだが、いきなりハンマーで、ベラを殴り(ベラは不死身だが、人間なら死んでいる)、「怪しい奴め、二度と俺に近付くな!」と叫ぶ。怒ったベムは、妖怪人間の腕力のままに、大久保を絞め殺そうとする。このベムの行為が、納得できない。警察署へ入っていくのまで見届けておきながら、なぜ、大久保の翻意に疑惑を抱かない?第2話や第4話でもそうだったが、一度改心したはずの犯人が、なぜかくも豹変するのか、い...『妖怪人間ベム』第6話

  • 『妖怪人間ベム』

    毎週土曜夜のドラマ、日テレ『妖怪人間ベム』を、録画しては、繰り返し観ている。脚本・演出が、毎回秀逸で、映像・音楽が、非常に美しい。特撮やCG効果も自然で、衣装・メイクもセンス良い。主役の3人ベム・ベラ・ベロが、(7歳の鈴木福くんも含めて)容姿端麗で所作が美しく、演技も上手いので、何回観返しても、飽きが来ない。むしろ、観返す度に、新しい感動を得る。カット1つ、台詞1つ取っても、無意味なものがなく、初見ではあざとく感じられたようなシーンに、「ああ、こんな意味があったのか」と、胸に沁みるものや、クスリと笑える遊び心があったりする。原作のアニメは、小・中学生の頃、夏休みの度に再放送され、胸躍らせたり、背筋をゾ~ッとさせたりしながら、観た。なぜかしら、好きだった。特に最終回は、幼心に強烈な余韻が後を引いた。「実は、すごく...『妖怪人間ベム』

  • 『火車』

    昨晩の、TV朝日・ドラマスペシャル『火車』。原作は、宮部みゆきが1992年に発表し、20年間のミステリー小説1位に輝くほど、読者支持の高い作品だ。原作は未読だが、このドラマは、胸を突かれた。上川隆也演じる休職中の刑事が、不自由な身体に負担を強い、苦しい境遇の中で我が子に誠実に向き合い、もがきながらも、日常をきちんと暮らして、謎を解いていく姿こそ、一見不幸に見えて、実は、幸せなのだと思う。その幸せ以上の極楽も、相対する地獄も、この世には在る。本当に恐ろしいのは、失踪した美女ではなく、自分が極楽を味わいたいがために、他人を平気で地獄へ突き落とす、亡者どもであろう。舞台は20年前でも、テーマは、現代にも通じる。現代の“火車”は、年金制度ではなかろうか。社会全体を、業火で焼き責めながら、地獄へ連れていってしまう――『火車』

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