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ブログタイトル
嘘-たわごと
ブログURL
http://monrider-kai.blog.jp/
ブログ紹介文
甲斐バンド、甲斐よしひろの音楽に対する想いを・・・
更新頻度(1年)

152回 / 365日(平均2.9回/週)

ブログ村参加:2009/02/16

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モンライダーさんの新着記事

1件〜30件

  • あの頃~東京の冷たい壁にもたれて

    「東京の冷たい壁にもたれて」東京の冷たい壁にもたれて 1メートル君は60センチとてもステキさ それは君にとってはただの遊び文句 本気でまにうけたのはこの僕だけどステキさ燃える体寄せあって くずれていったあのうそっぱちの夜恋の終りもあきらめも知ってい

  • あの頃~ポップコーンをほおばって

    「ポップコーンをほおばって」映画を見るならフランス映画さ 若かった頃の君と僕の想い出話しは君が手を振りきった二十歳の時 埋もれ陽の道に すべては消えうせた僕等は飛べない鳥じゃなかったはず 翼を広げたら きっと飛べたんだ僕等は飛べない鳥じゃなかったはず

  • あの頃~『らいむらいと』

    『らいむらいと』Side-Aあの頃No.1のバラード悪魔に狂って恋時雨週末バス通りSide-B魔女の季節放課後の並木道アップルパイ思春期吟遊詩人の唄(ONE MAN BAND)このアルバムのタイトルからして、このアルバムをプロデュースした人のあるようなないような甲斐

  • あの頃~吟遊詩人の唄

    「吟遊詩人の唄」今日も枯葉の街 肩を落として 軽やかに流れゆく風が 道連れさ安いオンボロのギター これが俺らの命 数えきれない明日に 歌をうたってそうさ俺らは 君を探し歩く 愛を奏でながら 街から街へとこのお茶はとっても とってもあったかい ずっと

  • あの頃~思春期

    「思春期」つかまえてもつかまえても つかみきれない人の肩追いかけても追いかけても 届くはずないからくり運命裸足のままで裸足のままで いつもいたかった少年はいつのまにかいつのまにか 絹をまとった青年に全ての夜から色のない朝まで 地球は回り続ける時の

  • あの頃~アップルパイ

    「アップルパイ」僕の好きなアップルパイ 君と一緒に食べてしまおうお目覚めの時にいかが ねむい目をほら こすりこすりうす紫色の雲が 無邪気な君を連れていかないうちに白いテラスに木もれ日が差しこむときは 君と僕の楽しい そう楽しいおやつの時間さ僕の

  • あの頃~放課後の並木道

    「放課後の並木道」眠れない夜 切ない恋 あの娘がくれた ただひとつの甘い夜もう一度 もう一度だけ小鳥の歌声に 風がほほえんだ日々よ まっすぐにのびた影法師たどって帰った たそがれ時よ真新しいノートを 君はひろげ 僕の名前のよこに君のイニシャルだけ

  • あの頃~魔女の季節

    「魔女の季節」インド洋をひとまたぎ 地中海をひとっとび七つの海をこえ 君はやってくるたとえば僕が 他の娘を見ていると君の頭の中は狂いだす耳まで裂けた口で ウムも言わさずボクをたいらげてしまうルビーのような瞳の中で 君のなすがままに操られるボク

  • あの頃~バス通り

    「バス通り」鞄をさげて 目の前に現れ おじぎをして 微笑んだ時に白い歯が眩しかったのを 覚えてる冷たい手に息を吹きかけ 寝ぼけ眼のボクを見て 小声で笑った枯葉がボクらの歌声を隠した バス通り学生だったボクにうまく愛は語れなかった花のような君の 

  • あの頃~週末

    「週末」バスが停車場を離れてしまう 手をふる君がいる訳もないのに幾度も幾度もふりかえり 君を探す休みになればここに来ては 君と語り オー明した遠い日々暑い夏も 雪の冬も 君は僕の胸の中にいた暑い夏も 雪の冬も 君は僕の胸の中にいたバスが君の街を

  • あの頃~恋時雨

    「恋時雨」恋の時雨をふりかけて お前のほほが真っ赤に染まったらもや越しに口をおさえた 街をかけるという銀のバスに乗り込もう恋の時雨をふりかけて お前の靴が星屑に変わったらキラキラ流れ星が落ちてくるというマッチ箱の街に出かけよう ウトウトそばで揺

  • あの頃~悪魔に狂って

    「悪魔に狂って」気が狂いそうになる(恋こがれている) それは可愛い悪魔さとってもチャーミングに バラのトゲでボクを刺す本物だよ素晴らしい朝から夜まで 夜から朝まで 頭の中は悪魔でいっぱいさある日ボクは夢を見た(不思議な夢さ)ボクの素敵なあの娘が 

  • あの頃~No.1のバラード

    「No.1のバラード」それは確か1年前の事その時の君はヒーローで いわばNo.1そして僕といったら 君ののけものでおまけにしかない ピエロあぁ君が手を出せば何でも 手に入ったし大声だして指させば 周りがうごいてくれたやる事なす事うまくいって 悦にいってたよね

  • あの頃~あの頃

    「あの頃」赤レンガの街 白い坂道をひきつれて 僕の目の中に立っている時計の針は 動くこともやめず 人の足は 止まることさえ知らない僕の想いよ 闇を突っ切ってあの娘の胸にとどけ茶色の木の葉が一片落ちたら 襟をたて人は通りすぎていた捨ててきたものも

  • 和製ロック~その100

    甲斐バンドの演奏には、微妙な間がありそれがアクを生み、魅力となっていたことは以前書いた。甲斐本人が曲者のようなところもあったので、尚更だったと思う。自分の身を切るというのは、生き方、生きてきた道のりとそこで抱えた想いなどもモチーフに曲としたということで

  • 和製ロック~その99

    「甘いキスをしようぜ」は、松藤作曲とは言え作詞は外部の人。でも、ブランクがあって流れを一旦切っていたのだから、甲斐バンド復活には外部の人の力も必要だったのだろう。おそらくアレンジは甲斐が行ったものと思われるが、バンドの持つビートや特徴などは考えずに詞を

  • 和製ロック~その98

    解散から10年以上経てば、バンドメンバーも変わるようにオーディエンスも変わる。聴きたくてもバンドがない、そのバンドが再々結成してもどうしても解散から再々結成までのブランクが邪魔をする。それは今も変わらないけど、バンドの旬はやっぱり1986年までだったというこ

  • 和製ロック~その97

    甲斐バンドでの甲斐は、自分の存在もさることながらメンバーを際立たせることへに気遣いも忘れない人だったように思う。曲を書き、ボーカルを務め、ギターまで使ってしまうリーダーだった甲斐は、甲斐バンドが甲斐よしひろバンドではないことへのこだわりがあった。それは

  • 和製ロック~その96

    甲斐の書く曲に必要なのは、間だと思う。必要というより、その間が特徴を引き出していたのは甲斐バンドだった。ソロと言っても楽器を演奏していたのはクセがあって洗練された演奏家だったし、時代ごとにギタリストを変えていたけど、そのギタリストは皆違ったクセがあった

  • 和製ロック~その95

    言葉を紡げること、これが何と言っても日本語でロックをやることの第一義として出てくる。甲斐バンド終期からあからさまにハードボイルド感が強くなっていった中で、失いそうになっていた言葉の紡ぎは、時折物語のように出てくることがあった。ソロに移行してもそれは変わ

  • 和製ロック~その94

    甲斐ソロ第2期はライブ本数も少なくなり、少人数での遠征が多くなったこともおおくなっていたこともあって、その活動が目につくことも少なくなっていた。また、迷っていると思ってたけど、甲斐バンドに想いが行きつつ、ソロとしての活動においては相棒の重要さが感じられた

  • 和製ロック~その93

    当時大リーガーだったイチローに触発されるように作ったアルバムが『GUTS』だった。イチローを見て感じるものはガッツもあるけれど、それを根底にした強い意思とセンスだと思うから、ガッツに触発されることは筋違いのような気がしてた。ただ、作られる曲の詞とその紡ぎ方

  • 和製ロック~その92

    意外と正面からロックを表現することが少なかった。よく、甲斐の書く曲やその人にはクセある、アクが強いと評され、同じ意見だったけど、それが独特のグルーヴ感を表現する一因となったことも確かなことだった。しかも、自分の生き様や思いを切り取ることで音楽を表現して

  • 和製ロック~その91

    いいと感じたものは、形と表現を変えてまた使ってみる。それは日本でロックという世界を構成しようとした者は多かれ少なかれやっきたきたことで、意外と大事なこと。ワードもフレーズも旋律と演奏も、それぞれど何処に魅力を感じていくのかということだし、自分のやろうと

  • 和製ロック~その90

    言い回し、選ばれている言葉や歌いまわしなど、甲斐独特の甲斐節は、甲斐バンド解散後ほとんど見られなくなった。辛うじて「イエローキャブ」には見受けられたかなと思いつつ、甲斐バンド終期で既に影が薄くなっていた。時が経ち、スタンスは変わっても甲斐節はいつまでも

  • 和製ロック~その89

    バンドを組まないと、独特のグルーヴ感が出ない。ヒット曲が出ていくのには、その独特のグルーヴ感が大事なのかもしれず、何故か甲斐がソロになってしまうとアクの強さが消えてしまい、独特のグルーヴ感も同じ道を辿っていた。ソロをやるには、強烈な匂いのあったバンドを

  • 和製ロック~その88

    TVの番組に向けての曲は「風の中の火のように」だったけれど、番組挿入歌として書かれ使われていたのは「嵐の明日」。曲としてはかなり出来がいいと感じ、この曲を聴きたくて番組を見ていたこともあった。郷愁を誘うような曲調は、どこかで聞いた気がすると思ってたけど

  • 和製ロック~その87

    重層感からシンプルスタンスへ。そこからどう出るのかはわからなかったところに、紙上で見つけたKAIFIVEライブの告知。これって、甲斐じゃないのかと感じ、調べてみたらやはりそうだった。シンプルさから転化したのはビート感の違いだった。ビート感は素人にはほとんど

  • 和製ロック~その86

    甲斐バンドはその終盤、ツインリード、ツインドラムなど重層感が際立っていった。俗にいう機械音が多くなっていったこともあって、音の重層感の割にそのために軽さ藻同居するようになっていた。いわゆるバンドの持つパワーが高まり、その表れだったものと思われたから当時

  • 和製ロック・ライブ~横浜・赤レンガ倉庫

    甲斐バンドシンフォニーに参戦して以来、ライブには行ってなかった。そのもう少し前から、演奏のテンポがスローダウンして、そんなところに歳を感じてしまったことへの不満があったための不参戦だった。ライブ会場でのファン同士の絡みは良いものだと思ってたけど、一人一

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