プロフィールPROFILE

汎武さんのプロフィール

住所
八王子市
出身
佐世保市

写真やイラストなど殆どない、文字だけの地味なブログです。全体のトーンはエッセイ風でありましょうか。ま、ちょっと創作ものも入っていますし、批評めいたものも煩わしくない範囲で書いております。よろしければ覘いてみてください。

ブログタイトル
はなし汎武ん
ブログURL
https://hanbu-y.blog.ss-blog.jp/
ブログ紹介文
日常のあれこれ、本の事、誰彼の事、合気道の事等々、諸事への思いを整列させることもなく書いております。
更新頻度(1年)

154回 / 365日(平均3.0回/週)

ブログ村参加:2009/02/10

本日のランキング(IN)
読者になる

新機能の「ブログリーダー」を活用して、汎武さんの読者になりませんか?

ハンドル名
汎武さん
ブログタイトル
はなし汎武ん
更新頻度
154回 / 365日(平均3.0回/週)
読者になる
はなし汎武ん

汎武さんの新着記事

31件〜60件

  • あなたのとりこ 371

     土師尾営業部長は眉根を寄せるのでありました。袁満さんに依ればその目にはたじろいだような色が浮かんだと云う事であります。例に依って会議の件は片久那制作部長にすっかりお任せの心算でいたのでありましょうから、その怯みも宜なる哉でありますか。  これも後に聞いた袁満さんの言に依るのでありますが、土師尾常務はすぐに片久那制作部長の家に電話を入れたのでありました。勿論片久那制作部長に全体会議の件で指示を仰ごうとしての事でありました。しかし電話の様子では、発熱のために不機嫌になっているであろう片久那制作部長に、自分の器量で適当に切り抜けろとか返されてけんもほろろにあしらわれたようで、困じた顔をして受話器を架台に戻したのでありました。  こうなるとどうして良いものやらさっぱり見当も付かず、暫し自分の机で椅子の背凭れに身を預けて腕組みして考えを回らせていたのでありましたが、ふと何やら方策を思い付いたの..

  • あなたのとりこ 370

     当初からお流れ派の筈の袁満さんが、ここでなかなかきっぱりしない素振りを見せるのでありました。まあ、信義に於いて正当な意見と云うべきではありますが。 「事実とか方針だけ聞き質すと云うスタンスで、出来る限り内容の具体的な議論を避ける、と云う態度で臨むかな。どうせ土師尾常務相手では話しを掘り下げようとしても実のある議論にならないだろうから。そんな風に会議の意味が薄くなるのを承知で、円満に短時間で切り上げる事のみ念頭に置けば、一応会議を要請したこちらの顔も立ちはするか」  均目さんが一種の打開策を披露するのでありました。 「そう云う事なら、態々会議をする意味なんか無いじゃない」  那間裕子女史が舌打ちするのでありました。 「そりゃそうだけど、土師尾常務との余計な軋轢回避のみを考慮して、ま、会議を予定通り開くは開くとしても、あんまり意気込まないで、チャッチャとやっつけ仕事的に片付けると云..

  • あなたのとりこ 369

     袁満さんは均目さんの言はさて置いて、眉根を寄せて首を横に振るのでありました。  そこに、例に依って別に悪びれた風も無く、二十分遅刻の那間裕子女史が姿を見せるのでありました。那間裕子女史は朝っぱらから袁満さんと日比課長が揃って制作部スペースに来て、二人で同じような渋い顔をしているのを当然訝るのでありました。 「何、どうかしたの?」 「片久那制作部長から、風邪で今日は休むと云う電話が今し方入ったんですよ」  頑治さんが説明するのでありました。頑治さんはその日は池袋の宇留斉製本所に朝一番で向かう予定でありましたが、何となく出そびれて未だ居残っていたのでありました。 「へえ、片久那さんはお休みなの、今日は」  那間裕子女史が云うのでありましたが、それは驚きの口調ではあるものの、聞きように依っては少し弾んだような云い草と云えなくもないものでありました。一向に反省の様子も無く例に依ってそ..

  • あなたのとりこ 368

     那間裕子女史は珍しく冷の日本酒のグラスを片手に、頑治さんと均目さんの、先の居酒屋での弱腰を詰るのでありました。頑治さんと均目さんは恐縮の態で那間裕子女史のイチャモンを、首を竦めて頭の上に遣り過ごしているのでありました。その内屹度酔い潰れて目と口を閉じるでありましょうから、要はそれ迄の辛抱と云うところであります。  月曜日の全体会議に片久那制作部長は出席しないのでありましたが、これは慎に以って不測の事態でありましたか。片久那制作部長は前日の朝から、風邪で熱が四十度近く出て仕舞って、身動き儘ならないから欠勤すると云う電話をかけてきたのでありました。  先ずその電話を取ったのが甲斐計子女史で、上のような欠勤理由が述べられた後、電話は片久那制作部長の指示で均目さんに回されて、均目さんはその日の仕事の指示をあれこれ受けるのでありました。因みに電話が均目さんに回ったのは、例に依って那間裕子女..

  • あなたのとりこ 367

    「金額そのものは山尾さんの退職金と比較して、妥当かどうかを判断する必要があるわ。到底妥当性なんか無くて、自分達に都合好く計算をして分捕ったと本人たちが自覚しているのなら、甲斐さんが云うように後ろめたいものだから、誤魔化すために荒い言葉を吐き散らしてくるでしょうし、そうなるとそれはつまり馬脚を現した事になるわね」  那間裕子女史が皮肉っぽい笑いを口元に浮かべて云うのでありました。 「土師尾常務は妙な体裁や外聞には気を遣うけど、元々恥とか矜持とか云う感覚が薄いし、そんな感覚に嫌になるくらい縁遠い人だから、当然今の那間さんの試すような意図の向けられる先は片久那制作部長に対して、と云う事で良いのかな」  均目さんがややまわりくどい云い方をして、那間裕子女史の一種の覚悟を確かめるような事を訊くのでありました。 「そうなるわね。片久那さんが言葉を荒げて何やかやと弁解するなら、どんなに正義面した..

  • あなたのとりこ 366

    「退職金を貰うのは許せないと云う怒りは我々の感情の部分であって、世間一般の制度として瑕疵は無いとなれば、それを云い出しても結局詮無い話しだと云う事だよなあ」  均目さんがやや消極的な気色を見せるのでありました。 「でも何も云わないで置くと、何だかあの二人の遣りたい放題を許す事になっちゃうんじゃないの。そう云う事が行われたと判っていながら、一言もこちらの不愉快を表明もしないのは、あの二人を憚って只管気後れしているだけると云うものよ」  那間裕子女史はあくまでも月曜日の会議でその件を取り上げたいようであります。 「でも特段の問題は無いと云うのに、一種の憤慨に任せて態々問題視すると云うのは、態度としてどんなものかなあ。問題だと捉える論拠が無い、或いは薄いために、結局すごすごと引っ込む事になるなら、全く以って格好の悪い話しじゃないかなあ」  均目さんは那間裕子女史に気弱そうな笑みをして見..

  • あなたのとりこ 365

    「まあ、行われた事は問題が無いとしても、支払われた退職金の額が妥当であるのかどうかは、一応確かめてみる必要はあるかも知れませんけど」  頑治さんは、四人の鋭角な視線に怖じたからと云う訳ではないのでありましたが、そんな風な、多少四人の剣幕に阿るような事を口にするのでありました。 「それはそうだな。退職金が土師尾常務と片久那制作部長の云いなりに、或いは社長の恣意に任せて支払われているのなら、これは問題だ」  均目さんが頑治さんの言に早速乗るのでありました。「ウチの退職金の規定はどうなっているんだろう。退職金に関してはこれ迄何も話し合ってはいなかったからなあ」  均目さんは云い終ると甲斐計子女史を見るのでありました。 「あたしは何も知らないわよ、そんな退職金規定の事なんか」  酒を飲めないから一人だけグレープフルーツジュースを飲んでいた甲斐計子女史が、そのグラスをテーブルに置いて手を..

  • あなたのとりこ 364

     袁満さんの発声に皆はジョッキを少し持ち上げて和するのでありました。考えてみればこんな場面で屡、律義に乾杯をするのは全く以って無意味な慣習であるなあと頑治さんはふと思うのでありましたが、まあ、それは取り敢えずさて置くのでありました。 「あたしが頭にきたのは、今袁満君が云った事に尽きるのよ」  那間裕子女史がジョッキを顔の前から下げて、口角に付着していたビールの泡を吹き飛ばしながら云うのでありました。「結局、あの二人を優遇するために、あたし達の賃金や一時金は抑えるだけ抑えようって云う魂胆でしょう。ふざけているわよ」 「あの土師尾常務と片久那制作部長の二人だけが会社に必要な人間で、俺達は居ても居なくてもどうでも良い存在だと云う訳だよなあ。だから待遇面だけじゃなくて、今度の妙な人事異動なんかを敢行して、俺達を酷く扱うんだ。一応組合が出来たんで体裁上はそれなりの回答をしたけど、あの二人の優遇..

  • あなたのとりこ 363

    「唐目君は向うの味方なの?」 「いや、別にそう云う訳ではありません。俺は何時でも正義の味方ですから」  頑治さんはそんな通則的な軽口をうっかりものしたものの、これは見るも無残に適宜性の著しく低い冗談と云うものであって、云うべき時でない時に云って当然に滑った全く以って間抜けな言葉であると、云った傍から内心大いに悔やむのでありました。 「まあ、繰り返すけど、今度の会議の席上で、あの二人に退職金が出た話しを持ち出すかどうかは、未だ判らないと云う事だけどね」  均目さんはその点を頑治さんに念押しするのでありました。 「会議の席で、文句を云うかどうかも含めて、組合員全員で話し合うと云う事よ」  那間裕子女史もそう云うのでありますが、女史の顔は退職金の話しを一等最初に会議に持ち出す気満々、と云った風情に見えるのでありました。  全体会議は週明けの月曜日に開催すると土師尾営業部長から提..

  • あなたのとりこ 362

    「この件は一応組合員で話し合う方が良いのかしら?」  那間裕子女史が均目さんと頑治さんの二人を交互に見るのでありました。 「その方が良いんじゃないかな。遣り口が如何にも不愉快だし」  頑治さんがそれはどうだろうかと疑義を挟むより先に、均目さんが使っていた箸を取り皿の上に揃えて置きながら頷くのでありました。「まあ、組合として話し合って、その結果あの二人や社長に何か文句を云うかどうかは、今のところ別にして」 「一応組合員全員で、あの二人に退職金が支払われた、と云う事実を共有しておく方が良いと云う事ね。あたしも確かにその方が良いと思うわ」  那間裕子女史はそう云った後頑治さんの方に顔を向けて、頑治さんの考えを質すように首をほんの少し傾げて見せるのでありました。 「全員で共有するのは別に反対ではないですが、抑々組合が口出し出来る事柄なのかどうかの点は、俺としたら少し疑問がありますけど」..

  • あなたのとりこ 361

    「ざらに聞きますよ。その退職金で会社の株を半ば強制的に購入させられる、とか云う話しなんかも良く耳にします。だから一概に虫の良い話しとは云えないでしょう」  頑治さんは那間裕子女史の剣幕に油を注ぐ愚を犯さないように、大いに内心配慮した物腰でそんな言葉を返すのでありました。この点に関して、那間裕子女史も均目さんも知見が無いようでありました。頑治さんは大学生時代からすっとやっていた色々なアルバイト先でそう云う事例が時にあったものだから、偶々知識が有ったと云う事であります。考えてみれば、そんな事例は普通の会社員にとっては全くの無関心事でありますかな。 「あの人達も退職金で会社の株を買わされるのかしら?」 「さあ、ウチの会社の場合に関しては、俺には判りませんけどね」 「ウチは一応株式会社だけど、別に株を公開している訳じゃなくて、社長やその親族辺りが分け持っているんだろう、多分」  均目さん..

  • あなたのとりこ 360

     頑治さんはその場に居なかったからこの袁満さんと土師尾常務の遣り取りの光景は、後に自席でそれとなく様子を窺っていた甲斐計子女史から聞いたのでありました。その折にもう一つ、少々気になると云えば気になる情報が甲斐計子女史から齎されるのでありました。それは、新たに役員になった土師尾常務と片久那取締役制作部長の二人には、従業員時代の退職金が、けじめ、として支払われるようだと云うものでありました。  まあ確かに役員になったのだからその時点で一応は退職扱いになるので、退職金の支払いは当然であり何も問題が無いと頑治さんは思うのでありました。しかしそれを頑治さんに告げる甲斐計子女史の口調が如何にも憤怒に満ちているような具合で、頑治さんとしてはその甲斐計子女史の云い様がちょいと気になったと云う事でありました。  要するに甲斐計子女史としては、これは全く承服ならない事態だから、組合として大いに問題視すべき..

  • あなたのとりこ 359

    「まあ確かに、今唐目君が云った通りかなあ」  袁満さんが頑治さんから目線を外して頷くのでありました。 「じゃあ、社内全体会議を提案するとして、それは組合として提案するのかしら?」  那間裕子女史が頑治さんの顔を見つめながら訊くのでありました。 「まあ、組合の存在を後ろに匂わせて提起する方が、向こうに対して滅多な対応は出来ないぞと云う、多少の威迫感は伝えられますかね」  行きがかりから頑治さんが那間裕子女史に向かって応えるのでありました。 「それはそうかな。じゃあ、何時その提案をするかな」  袁満さんが天井に視線を投げて考える風の表情をするのでありました。「会議開催に向けての、こちらの用意もあるからなあ」 「いや、そこで議論すると云うのではなく、向こうが描いている将来の会社の見取り図を聞き質す会議なんだから、こちらの用意は取り敢えず要らないんじゃないですかね。まあ一般論として..

  • あなたのとりこ 358

     那間裕子女史が甲斐計子女史を見ながら一度頷いて見せるのでありました。 「若しそれが本当だったら、酷いわね」  甲斐計子女史は眉を顰めて頑治さんの顔を上目に見るのでありました。それは別に、頑治さん当人に対して険しい感情を向けた訳でないのは、頑治さんとしてもちゃんと判るのでありましたが、しかしそれでも頑治さんは少し怯むのでありました。 「つまり土師尾さんとしては出雲君と日比さんを馘首して、自分と山尾さんの二人でウチの社の営業を回して行って、ひょっとしたら近い将来には袁満君の出張営業も廃止する心算だった訳よ。これが恐らくリアルな、会社の斜陽を挽回する土師尾さんの策ね」  那間裕子女史が概括するのでありました。 「と云う事は俺もその内馘首になる訳か」  袁満さんが自分を指差しながらやや声を上擦らせるのでありました。 「そんな事をして、会社はやっていけるのかしら」  甲斐計子女史が..

  • あなたのとりこ 357

     袁満さんも何故自分ではなくて出雲さんがそちらに回されたのかは、実は明快には判らないようでありました。まあ、何事にも保守的で進取の気象と云う点では今一つもの足りない性向の袁満さんとしては、急に全く新しい仕事を押し付けられるのは御免蒙りたいでありましょうから、自分じゃない事に内心胸を撫で下ろしたでありましょうし。 「今度の出雲君が就く事になった仕事と云うのは、土師尾さんが前からずっと胸の中で温めていた営業形態だったのかしらね?」 「いやあそうじゃなくて、出雲君を今までの出張営業から切り離すために、急場凌ぎに思い付いたんだろうなあ。元々、そんな創意工夫なんか端から期待出来ない人だしね」 「要するに出張営業の縮小が狙いで、そのための方便みたいに思い付いたって事ね?」 「まあ、そんなところだろう」  袁満さんは何度か頷いて見せるのでありました。「正月の会議の時は山尾主任も会社にまだ居たか..

  • あなたのとりこ 356

     袁満さんが時間と実働の兼ね合いをざっと勘案するのでありました。 「そう聞くと、全く非効率と云う感じだなあ」  均目さんが呆れたようなもの云いをするのでありました。 「車が使えたなら、もう少し時間が有効に使えるかも知れませんけど」  これは出雲さんの実感でありましょう。 「いや、そう云う問題じゃなくて根本的なところで、仕事として成立しているか、と云う疑問が当初から俺にはあるんだけどねえ」  均目さんが首を傾げるのでありました。「そう思わないか、唐目君は?」  急に自分に疑問を振られて頑治さんは少しどぎまぎするのでありました。 「車が有るか無いかに関わらず遠距離にある街に日帰りすると云うのが、先ずは非効率の元凶かな。全くの新規開拓の訪問販売的な仕事と云う点は、出雲さんにはきついかも知れないけど、ざらにある仕事と云えばざらにある仕事と云えなくもないかな」  これは冷たい云い草..

  • あなたのとりこ 355

    「それに横瀬さんより来見尾さんの方には、自分も中小企業の社員なんだから、あれこれ具体的なアドバイスがあるかも知れないか」  均目さんが云うのでありましたが、頑治さんはそれを聞いて、頑治さんの話しの進み方よりも、横瀬氏と来見尾氏ではどちらが相談に適しているかと云うくだりで、均目さんの思考が停滞していたような風情であるのに少々苛々を感じるのでありました。 「横瀬さんと来見尾さんではどちらのアドバイスが有効か、とか云う問題はここではもう後々の話として脇に置いて、組合が出雲さんの窮地に誠実に寄り添っていると云う態度を明確にすれば、出雲さんもそんな滅多なことはしないだろうし」  頑治さんはもう一度、均目さんが停滞していたところよりも先に進んだ辺りの話を、謂いとして繰り返して見せるのでありました。 「出雲君の件は早急に場を作って皆に俺から提起して見るよ」  その頑治さんの苛々を察して、心配し..

  • あなたのとりこ 354

    「出雲さんはのんびりした性格みたいに見えるけど、なかなか律義で細やかな心遣いの人だから、此の儘だと完全に参ってしまうんじゃないかな」  頑治さんはそう云ってからワンタンを割り箸で摘み上げて、それがぬるりと箸の間から滑り落ちる前に急いで口に運ぶのでありました。 「完全に参る前に、出雲君は妙に諦めが早いところがあるから、これ以上この仕事は続けられないと思ったら、色々悩む前にあっさり会社を辞めて仕舞うかも知れない」  均目さんは鶉の茹で卵を口の中に放り込むのでありました。 「組合でフォローした方が良いんじゃないの」  確かにその恐れありと思ったから、頑治さんはそう提案してみるのでありました。 「これは労働組合と云うもので取り上げるべき事柄なのかなあ」 「そうは云うけど、結局は我々従業員の働かされ方に関わる問題だから、一種の労働条件の問題だと捉える事も出来るんじゃないのかな。それに出..

  • あなたのとりこ 353

     こんな観念論的営業活動なんぞが上手くいく筈は無いのであります。依って出雲さんは益々塞ぎ込んで仕舞うのでありました。 「出雲さんは今の仕事に就いて間もないのに、もう疲弊したような顔をしているなあ」  昼食を一緒にとお茶の水下交差点近くのラーメン屋に均目さんと赴いた折に、頑治さんが均目さんに、夫々注文を終えて水を一口飲んでから話し掛けるのでありました。 「ここ最近急に口数が減ったかな」  均目さんも心配顔で応じるのでありました。 「動き出したばかりの新規の特注営業が上手くいかないんだろうなあ」 「あんな営業方法が上手くいく訳がないのは、初めから判り切っていたけど」 「ちょっと考えただけでも非効率極まりないからなあ」 「車を使えたらもう少し疲労は少ないかも知れないけど、でもまあ、経験も無い出雲君が地理不案内の土地に行って、飛び込み営業するなんて云うのがどだい無茶だし」  均目..

  • あなたのとりこ 352

    「あ、出雲さんとここでゆっくり会話をしている場合じゃなかったですね。それじゃあ後の発送作業はお願いします。先ず無いと思いますが、若し何か不明な点があったらインターフォンで呼んでください。それじゃあよろしくお願いします」  頑治さんは片久那制作部長に事務所に上ってこいと呼ばれているのでありましたから、出雲さんとの言葉の遣り取りをここでこれ以上続けている訳にもいかず、片手を挙げて出雲さんに挨拶を送ってからそそくさと倉庫を後にするのでありました。  この出雲さんの、何の用意も無く見切り発車のように始められた新規営業活動が、組合結成から色々続いていた様々な振動を激震に変える端緒となるのでありました。これ迄の事も充分に身に応える振動だと、頑治さん一人だけではなく従業員皆は感じていたのでありましたが、しかしそれは更なる激震の予兆に過ぎなかったようでありました。  出雲さんが今迄出張営業で使っ..

  • あなたのとりこ 351

    「文庫本サイズの食事マナー集とか、表書きの実例集とか、慶弔金相場事典とか」 「ああ、この倉庫で見た事はありますよその商品は」  出雲さんはそれが置いてあると思しき作業台の右横の棚の方に視線を向けるのでありマました。しかし残念ながらそれはそこには無く、作業台の真後ろの棚に収納してあるのでありました。それでも頑治さんは今敢えてそれは云わない儘にするのでありました。 「それから東京とか神奈川とか、或いはもっと広いエリアで南関東圏とかのグルメガイドと云う冊子なんかは知っていますか?」 「それは確か以前に、金箔の名入れをしたのを刃葉さんが引き取って来て、刃葉さんが忙しいと云うので俺が代わりに、浅草にあるギフト屋さんに納品した事があったかな」 「それならどんな体裁の商品かは知っている訳ですね?」 「まあ、ぼんやりとは」  出雲さんは頼りない返事とたじろぎの笑いを見せるのでありました。 ..

  • あなたのとりこ 350

     と頑治さんは一応考えるのでありましたが、先ずそれは無いもの強請りと云うものでありましょう。土師尾営業部長の口から零れ落ちる提案なんと云うものは、誰でも考え付きそうなものばかりで、しかも自分は何もしないで人に無理を押し付ける類のものばかりなのでありました。第一、部下の粗探しが人の上に立つ者の第一番目の仕事と心得ているらしく、提案、なんと云う仕事があるとは露程も考えていないような風でありましたし。  一時間程で、出雲さんは土師尾常務のお小言からようやく解放された模様で、社に戻って来るのでありました。尤もその時頑治さんは倉庫で仕事をしていて、戻った出雲さんが一時間を少し過ぎた頃合いで倉庫に現れたものだからそう推測したのでありました。 「上で片久那制作部長が呼んでいますよ」  出雲さんは頑治さんがその時していた梱包作業を自分が代わろうとする心算で、結束バンドを金具締めする工具を手に持つので..

  • あなたのとりこ 349

    「ところで、メーデーには初参加するんだろう、ウチの分会も?」  頑治さんが今迄の話しとは全く無関係な話題を均目さんに振るのでありました。 「そうなるだろうな。色々世話になった全総連への義理もあるから」  均目さんは那間裕子女史の土師尾常務への敵意がふとした弾みにこっちに向けられたりしたら叶わないと、頑治さんの話頭変更に渡りに舟と乗っかるのでありました。 「一応全員参加が原則かな?」 「ま、原則はそうだけど」  均目さんはどうしてまた頑治さんがそんな質問をするのか、と云ったような目付きをしながら応えるのでありました。「未だ少し先の話しだけど、五月一日は何か今から予定が入っていて、唐目君はひょっとしたら都合が付かないのかな?」 「いやまあ、そんな事も無いんだけど、・・・」  頑治さんは曖昧に応えるのでありましたが、ゴールデンウィークには夕美さんが東京に出て来る筈で、頑治さんとし..

  • あなたのとりこ 348

     頑治さんが取り成すように云うのでありました。 「まあその内、土師尾常務の就業態度とかも、この儘じゃ従業員の士気に関わるからと、組合として問題にすることは可能だろうね。でもそれには、予め片久那制作部長を味方にして置く必要があるし、場合に依っては社長もこちらの方に引き入れておく必要もある。土師尾常務を孤立無援にしないと、あの人は自分をなかなか改めないよ」  均目さんもどちらかと云うと組合としての今後の対処を語ると云うよりは、多分当座の那間裕子女史の心情に配慮する方に力点を置いてそう語るのでありました。 「でも片久那さんは自分の盾として土師尾さんを利用しようと云う魂胆だから、寧ろ皆の怨嗟の的になっていてくれる状態を維持する方が、あれこれ按配が良いと考えているんじゃないかしら。だとしたらあたし達の土師尾さんに対する不満に、或る程度調子良く同調しながら、でも適当にあしらって、結局何もしないな..

  • あなたのとりこ 347

    「じゃあ、呑気と云うのか、天真爛漫に他人の心根に関心が無いだと云う事かな」 「或る意味、そう云う事だね」 「一方では自分を実像よりも大きく見せたいとか、自分に対する他人の目は矢鱈と気にしていると云うのに、他人の心根そのものに対しては無関心なのかい?」 「あの人は他人の目を気にしていると云っても、分析的に気にしているのではなくて、ただ、大して立派でもない自分の実像を立派に見せたいと云う欲求の上で懸念しているだけだしねえ。人の心の機微にはさっぱり通じてはいないし、通じたいと云う気も無いだろう。そんな人間への関心ではなく、要するに自分の見てくれへの関心だけなんだから」  均目さんは冷笑を浮かべるのでありました。 「それにしても、あの人は曲がりなりにも坊主なんだろう。仏教はあれこれ小難しい教義や建前はあるとしても、つまるところこの世の人間の心の救済を目的にしているんだし、他者への関心が薄..

  • あなたのとりこ 346

     それを察してか、土師尾常務に対する袁満さんの愚痴も日比課長の揶揄も、この後には何も聞こえてこないのでありました。片久那制作部長から窘められた事への不満八分と、土師尾常務がここに居ないのを良い事に悪口を述べ立てた自責の念二分から、二人は屹度マップケースの向こう側で顔を見合わせながら首を竦めたでありましょう。 「でも、ちょっと最近度が過ぎると思わない、土師尾さんの無軌道振りは」  これはその日の昼休みに地下鉄神保町駅近くの中華料理屋で、均目さんと那間裕子女史と頑治さんの三人で昼飯を一緒にした時の、那間裕子女史の言葉でありました。 「遣りたい放題と云った感じだな」  均目さんも眉根を寄せた表情をしながら同調するのでありました。「週に三日は真偽は別にして得意先に直行すると云う電話を寄越すし、週に三日は昼過ぎに、時には午前中から得意先に行くと称して会社を出て行って、決まって終業時間間際..

  • あなたのとりこ 345

     土師尾常務は役員になっても、相変わらず威光をひけらかそうとはするものの、前にも況して仕事に精を出す、なんと云うしおらしさは全く見られないのでありました。寧ろ朝の得意先への直行と夕方の出先からの直帰を呆れるくらい頻繁に、ま、ほぼ毎日、公然と繰り返すようになるのでありました。尤も以前もそれは屡行われていたのでありましたけれど、それは不当に残業代を稼ごうと云うさもしい魂胆からの仕業でありましたか。  しかし役員となった今では、そんなに給金のためにあくせくする必要も無いし、そうする事に対するほんの僅かな後ろめたさも感じないで済むようになるのでありました。他の社員からはそのあまりにあからさまな態度と、見え透いたさもしい根性を秘かに軽侮されるのでありましたが、自分以外の者共の心根なんぞは寸分も意にも介さず、何処吹く風と云った開き直りも相変わらすと云えば全く以って相変わらずなのでありましたか。  ..

  • あなたのとりこ 344

     まあしかし、制作部から特注営業の仕事にコンバートしようとした山尾主任が会社を電撃的に辞めて仕舞ったのでありましたから、その煽りで日比課長の危機も少し変容したと考えるのもあながち不自然な推考ではないでありましょうか。山尾主任が会社から居なくなった以上、日比課長は当面は特注営業に欠かせない人材でありますし、ここで日比課長迄抜けて仕舞えば、土師尾営業部長は楽が出来なくなる訳でありますし。  しかし出雲さんの方は、こちらは依然として危機の度合いは減少してはいないと考えられるのでありました。恐らく以前同様の地方出張営業の方に出雲さんを戻そうと云う考えは、土師尾営業部長には端から無いでありましょう。  いやいやそればかりではなく、頑治さんは均目さんと那間裕子女史との三人での、あの新宿の洋風居酒屋の酒席では敢えて口にするのは控えたのでありましたが、地方出張営業と云う仕事自体を土師尾営業部長は近い将..

  • あなたのとりこ 343

     均目さんがそう云いながら日比課長の説得に加わるのでありました。 「その片久那さんも、全幅の信頼を置けると云う訳じゃないわよ」  那間裕子女史はそう云いながら横目で頑治さんの顔を見るのでありました。これは何時だったか、組合が正式に結成される前に、確か新宿の洋風居酒屋で那間裕子女史と均目さんと頑治さんの三人で飲んだ時に話題に上った、片久那制作部長と土師尾営業部長の魂胆は、実は日比課長と出雲さんに会社を辞めさせる口実として、業態と人事の改変を持ち出したに違いないと云う話しを踏まえた上で、でありましょうか。  その折には最初、今はもう居ない山尾主任と出雲さんを辞めさせようと云う裏の企図を疑ったのでありました。しかし頑治さんが人件費の削減と云うところから考えると、実は日比課長と出雲さんと云う二人の二番手がターゲットなのではないかと云い出して、那間裕子女史も均目さんも、ああ成程とそれに納得した..

  • あなたのとりこ 342

     那間裕子女史がそう云う風に日比課長を追い詰めるのでありました。しかしこれは嫌悪感からと云うよりは、少しからかってみようと云った意味合いが強いでありましょうか。那間裕子女史も頑治さんと同じように、日比課長のどこか遠慮がちな否定の言が可笑しくなって、ちょいとばかりちょっかいを出してみたくなったのでありましょう。 「他にも色々な方面に興味はあるよ、俺だって。もう良い歳なんだから」 「歳が増すにつれてスケベの方も益々盛んになると云うんじゃないのかしら、日比さんの場合は。そう云われてみれば我が社の男達の中では、日比さんが一番ギラギラ脂ぎっているようにも見えるわね。甲斐さんもそう云う風に思わない?」  那間裕子女史は卓の上に身を乗り出して、頑治さんの左向こうに居る甲斐計子女史の方に同意を求めて顔を向けるのでありました。甲斐計子女史は見返すもののただ口に手添えて笑うだけで、その那間裕子女史の言に..

カテゴリー一覧
商用