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プロフィール
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汎武さんのプロフィール

住所
八王子市
出身
佐世保市

写真やイラストなど殆どない、文字だけの地味なブログです。全体のトーンはエッセイ風でありましょうか。ま、ちょっと創作ものも入っていますし、批評めいたものも煩わしくない範囲で書いております。よろしければ覘いてみてください。

ブログタイトル
はなし汎武ん
ブログURL
https://hanbu-y.blog.ss-blog.jp/
ブログ紹介文
日常のあれこれ、本の事、誰彼の事、合気道の事等々、諸事への思いを整列させることもなく書いております。
更新頻度(1年)

154回 / 365日(平均3.0回/週)

ブログ村参加:2009/02/10

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ハンドル名
汎武さん
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はなし汎武ん
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はなし汎武ん

汎武さんの新着記事

1件〜30件

  • あなたのとりこ 510

     それに大方は片久那制作部長が居なくなっても、当面何とか会社は然したる滞りもなく動いているという感触を得て、少しは胸を撫で下ろしているのでありますから、その辺の実感は那間裕子女史も共通のものを持っていると思われるのであります。それとも何か他の連中とは違う、那間裕子女史だけが感じ取れるところの決定的な危機の予兆でもあるのでありましょうか。或いはまあ、要するにちょっとばかり思い過ごしているとか。  ひょっとしたら均目さんとの仲が上手くいっていない、と云うのが気鬱の理由なのではないのかとも頑治さんは勘繰るのでありました。まあしかしこれは均目さんと那間裕子女史が好い仲であると云うのが大前提で、そうであるのやら、単なる気の合う同僚と云う程度の仲なのやら、その辺りの確証は頑治さんには無いのでありました。ただ、二人は言葉で仄めかしたり、或いはそんな素振りを見せりとかはなかなかしないけれど、恐らく九分方..

  • あなたのとりこ 509

     寧ろ会社存続が無理だと社長が判断を下すと云う結論に向かって、なかなかの早足で進んでいるようにも頑治さんには感じられるのでありました。こういう感触は頑治さんだけではなく、均目さんも薄々感じ持っているようでありました。那間裕子女史にしても明日の会社の存続と云う点に於いて不安な表情を隠さないのでありました。  袁満さんと日比課長、それに甲斐計子女史は一方に大いに不安は感じながらも、しかし制作部の二人に比べるとあたふたしている風ではないようでありました。別に根拠は何も無いけれど、屹度何とかなるだろうと云う生来の楽天家の表情でありましたか。  しかし確かに営業部と会計係でこう云った具合に切迫感が些か緩いのは、その楽天的な人柄と云う要素もありはするでありましょうが、片久那制作部長が居なくなった影響を直接受けていないからでありましょう。片久那制作部長が居ると居ないで会社の安定感がまるで違うと云う点..

  • あなたのとりこ 508

     頑治さんに関しては、均目さんが制作部を統括するようになってから制作部関連の仕事はグッと減るのでありました。これ迄殆どが、要するに片久那制作部長の助手みたいな仕事が多かったのでありましたが、片久那制作部長が居なくなったから、その手の仕事はほぼなくなるのでありました。均目さんとの関係がここにきて少し冷えたと云うのも仕事が減った一因であるかもしれませんが、均目さんとしても制作部に於ける頑治さんの扱いをどうしたら良いものか、少しの戸惑いがあると云った面も恐らくあるでありましょう。  本来の出入庫の管理とかの業務仕事に関しても、袁満さんと出雲さんの出張営業が無くなった分仕事は減るのでありました。業績回復が遅れているのでありましたから、制作部関連の材料管理の仕事も商品配達とかの業務も以前程忙しくもないのでありました。  依って頑治さんは手持無沙汰解消のため倉庫周りやビル前の道路の掃除とか、倉庫内..

  • あなたのとりこ 507

     組合としても、この社長の一件をたちまち公然と追及し始めると云う事はないのでありました。それは片久那制作部長に、今後の秋年末闘争や次の春闘の時に奥の手として効果的に用いるために取って置いて、その間もっと綿密に社長の罪業を調べ上げて、外堀を埋めるみたいな準備をした方が良かろうと云うアドバイスを貰っていた故でありました。  ところで土師尾常務は、社長のこの不実なる道楽をどのように考えているのでありましょうか。まあ勿論、片久那制作部長のように畳みかけるように冷厳に追及する手腕は到底持ち合わせていないでありましょうし、会社や従業員のために厳しく追及しようと云う健気な気持ちも当然ないでありましょう。しかしこの社長の不良行為は当然知っているであありましょうから、自分の取り分を社長からより多く分捕るための材料としてのみ、ちゃっかり利用しようとはするでありましょう。あくまでも従業員とは無関係なところで。..

  • あなたのとりこ 506

     那間裕子女史は袁満さんを見据えながら首を傾げるのでありました。 「でも俺より甲斐さんの方が貰っている賃金は多いからなあ。俺は出張が無くなった分、日当が入らなくなって実入りが減っているから、大いに助かってはいるんですよ」  袁満さんはあくまでも屈託が無いのでありました。 「それにしたって、ちょっとちゃっかりし過ぎていない?」  那間裕子女史の眼容が批判的な風に変わるのでありました。 「あたしは別に構わないのよ。袁満君が組合の委員長として社長や土師尾さんと渡り合ってくれたから、あたしのお給料も上がったんだし。まあ、あたしは春闘が終わった後で、社長に不当な扱いを受けそうになったんで、慌てて組合に入ったんだけどね」  甲斐計子女史が庇うような事を云うのでありました。 「でも、男として女の人に奢って貰うと云うのは、どうなんだろう」  那間裕子女史は、今度は先程とは反対側に首を傾げる..

  • あなたのとりこ 505

    「おや、またもやお揃いで」  頑治さんは含むところがあったせいで、竟そんな風に声を掛けるのでありました。 「おう、そっちもお揃いで」  袁満さんは照れなのかちょっとした対抗意識なのか、同じような事を頑治さんに云って片手を挙げて見せるのでありました。甲斐計子女史は頑治さんと那間裕子女史に目撃されたのが何やら気まずそうで、少し狼狽えるような素振りを見せるのでありました。 「今日の昼は鰻ですか天麩羅ですか?」  頑治さんが袁満さんに訊くと那間裕子女史が大仰に反応するのでありました。 「へえ、それは随分豪勢な昼食ね」 「いや、今日は人生通りのいもやで豚カツ、ですよ」 「いもやの豚カツも昼食としてはまあまあの値段よ。それでもこの街の他の豚カツ屋に行くよりは、あそこの方が値段以上に美味しくはあるけど」 「あそこは何時も並ぶから、滅多に行かないんだけど、どうした訳か今日は覗いたら空いて..

  • あなたのとりこ 504

     頑治さんは楽観的な観測を述べるのでありましたが、仕事に慣れて来る前に均目さんは片久那制作部長が新たに興したか会社に呼ばれて、そちらに鞍替えするために贈答社を辞める事になるのではないかと思うのでありました。しかしこの観測は那間裕子女史には云わないのでありました。那間裕子女史を徒に激昂させて均目さんに対して喧嘩腰になるように仕向けるのも大いに気が引けるし、均目さんの折角の秘かな去就の計画を、告げ口をするような形で邪魔するのも何やら潔くない仕業のような気もするのでありました。  まあ、どだい均目さんの秘かな去就の計画自体が、節操が無いと云えばそう云えるのかも知れません。それに片久那制作部長が幾ら会社を良く思っていないとは云え、後日興そうと計画している自分の会社に自分や均目さんを秘かに誘うと云う遣り口も、何だか信義に悖る邪険な臭いもするのでありました。だからそれに対して潔い態度を保とうとする自..

  • あなたのとりこ 503

     頑治さんが云うと袁満さんは笑って首を横に振ってくれるのでありました。  少しだけ、袁満さんの顔に赤みが戻ったように見えるのでありました。しかしその眉宇から不安を綺麗に拭い棄てたと云う訳ではなくて、頑治さんのお気楽にすっかり当てられて、この場では取り敢えず気が晴れた振りをしていると云った風でありましたか。    最初の標的  片久那制作部長が会社を去った後土師尾常務は遣りたい放題にのさばるとか、利益とか待遇を露骨に壟断し出すだろうと大方は予想していたのでありましたが、暫く様子見の心算なのか、意外に大人しいのは従業員一同には些か目算違いでありましたか。ひょっとしたら片久那制作部長におんぶに抱っこでずっとここ迄来たものだから、その大黒柱と頼っていた人が居なくなって急に心細くなったのかも知れません。或いは社長の手前、実は会社を切り盛りするに於いて、自分の無能が露見するのを只管恐れて..

  • あなたのとりこ 502

     日比課長は云ってみれば土師尾常務の二番手と云う存在だから、どちらかと云うと馘首にする方に入るのではないかと頑治さんは思うのでありました。しかし色々情勢が変わって、存分に報酬を得た上で最大限楽を決め込もうとするなら、日比課長を残す方が得策だと土師尾常務は判断を変える場合もあるかも知れません。少なくとも、上司として自分を敬いもしていない、相性の好くない袁満さんを残すよりはその方が都合が好いでありましょう。日比課長は袁満さんよりは扱い易いと屹度判断しているでありましょうから。 「でもそんな事をしたら均目君がおいそれとそれに従わないか」 「さて、どうでしょうかね。・・・」  袁満さんはここで、あくまでも自分達従業員側の人間と見做している均目さんと云う要素を出して、自らのこの観測を結構簡単に打ち消して見せるのでありました。しかしそう打ち消して見せたけれど、それに対して頑治さんが捗々しく反応し..

  • あなたのとりこ 501

    「あの二人が知恵を絞っているんですから、大した話しにはならないないでしょうね」 「単に、大した事じゃない話しだけをしているのなら寧ろ結構だけど、またもやつまらない謀をしているんじゃないかとも考えられるぜ」 「つまらない謀、と云うのは、どんな謀ですか?」  頑治さんがそう訊くと袁満さんはちょっと言葉に詰まるのでありました。具体的に是々然々と思い付く事はすぐにはないようであります。 「つまり、自分達には都合の好い事で、従業員にとっては不利益になる事かな。まあ、会社全体としては間違いなく最悪となるような事、だよ」  その自分の応えが如何にも漠然としているのが云った傍から自分でも判るので、袁満さんは何となく決まり悪そうにもじもじするのでありました。 「会社全体にとっては最悪の事、ですか。・・・」  頑治さんは車のドアをロックして確実に扉が開かないかどうか確認してから、横に立っている袁..

  • あなたのとりこ 500

    「ええまあ、戯れ言だろうと云われれば敢えて首を横には振りませんけど」 「ね、こうして考えてみると、会社の先行きはかなり絶望的でしょう」  那間裕子女史は溜息を吐くのでありました。 「そうなると、じゃあ、要するに、片久那制作部長が居なくなった後、どのくらいの期間会社が持つか、と云う事になりますかね」 「そうね。どのくらいして空中分解するか、だわね」 「那間さんはその期間をどのくらいと見積もっているんですか?」 「まあ、良くて一年かしら」 「ほう、一年も持つんですか」  この頑治さんの返答に、那間裕子女史は目を見開くのでありましたが、それは殆ど目立たない程度の僅かな瞼の動きでありましたか。頑治さんにそう云われて自分の予測がひどく甘いと、暗に指摘されていると感じたと云うところでありましょうか。それは認識力と云う点に於いて沽券に関わる問題だからちょっとおどおどしたと云う訳であります..

  • あなたのとりこ 499

    「こう云っちゃ悪いけど、どちらも何だか頼りないわね」  那間裕子女史は眉根を寄せて見せるのでありました。「日比さんは結構なお調子者と云った感じだしね。何だか今一つ油断ならないところもあるし、結局土壇場で土師尾さんや社長の側にコロッと寝返るような気がするわ。処世術と云う点で手抜かりは無さそうだけど、その手抜かりの無さからうっかり目を離すと寝首を掻かれるような気もするわ」 「じゃあ、袁満さんの方はどうですかね?」 「袁満君は間違いなく好い人なんだけどちょっと気が弱くて、皆をリードしていくような意気込みは感じられないわね。ここが正念場と云う時に決まってあたふたするし、焦れったくなるくらい会話をしていても反応が鈍いし、ピント外れなところがあるし」 「ああそうですか」  頑治さんもここで眉根を寄せて腕組みするのでありました。「甲斐さんは地名総覧社時代からのキャリアは土師尾常務にも引けを取ら..

  • あなたのとりこ 498

     那間裕子女史は眉間に皺を寄せるのでありました。「と云う事は結局社員が個々バラバラの動きしか出来なくて、色んな点で仕事のロスが多くなるんじゃないかしら。そうして次第に社員間の気持ちのズレとか隙間が顕在化してきて、皆の士気もやる気も仲間意識も落ちて、寧ろストレスばかりになって、結局何に依らず上手くいかなくて、・・・みたいになっていく気がするの。そう云うところでの片久那さんの存在は大きいのよ」 「片久那制作部長が扇の要、みたいな存在であると云う点は同意します」  頑治さんは一つ頷くのでありました。「しかし時間が必要かも知れませんが、片久那制作部長の代わりに、扇の要の役割を担える人が屹度出て来るんじゃないですかねえ」 「そんな人、出て来るかしら」  那間裕子女史は至って懐疑的な様子であります。 「不可欠と云う存在なんて実は存在しないのかも知れませんよ、この世の凡の組織に於いては。誰かが..

  • あなたのとりこ 497

     そんな事を考えながら頑治さんは小滝橋の交差点を早稲田通りに入り、すぐに右にハンドルを切って落合中央公園を右に見ながら八幡通りを北上するのでありました。もう目的地の西武新宿線下落合駅近くにある荒井デザイン事務所は目と鼻の先であります。  どうしたものかその日は小滝橋通りの車通りも少なく、頻繁に信号に掴まる事もなくスムーズに車を走らせることが出来たのでありまあした。袁満さんと甲斐計子女史の将来も日比課長の、ガツガツした嫌らしい目、と云う障害もしっかり乗り切って、このようにスムーズに目的とするところに到着すると良いかなあと思うのであります。頑治さんはここ最近に無かった弾んだ気持ちでブレーキペタルをグイと踏むのでありました。  片久那制作部長が会社を辞める日が近付くにつれて、那間裕子女史の気が何だか次第に塞いでいくのでありました。どちらかと云うと片久那制作部長から多くの責任を引き継ぐ事に..

  • あなたのとりこ 496

    「と云う訳で、この頃は前とは比べものにならないくらい頻繁に、甲斐さんと一緒に昼飯を食う機会が増えたんだよ。出雲君が居なくなってからは、二人だけでね」 「甲斐さんが夕方家に帰る時に神保町駅まで送っていくこともあるから、場合によっては甲斐さんの気分次第で夕食も一緒に、と云う場合もあるんじゃないですか?」 「まあ、ない事もないけど、それはごく偶にね。甲斐さんは大方の場合帰ってから、お母さんと一緒に夕食を摂るのが慣わしになっているようだから」  だったら態々袁満さんに駅迄送って貰わなくとも、若し日比課長に声を掛けられても、お母さんとの食事を口実に断れば良いのではないかと頑治さんは考えるのでありました。断る理由としてなかなか尤もらしくて、きっぱりしてもいるようではありませんか。  それに甲斐計子女史としては、日比課長は以ての外であるけれど、袁満さんとは偶にではあるものの、お母さんの方をすっぽ..

  • あなたのとりこ 495

    「今迄も偶には一緒に昼食を食う事もあったんでしょう?」 「まあ、年に数回ね。例えばボーナスの出た次の日とか、暮れの年末調整の金が返ってきた次の日とかに、甲斐さんは俺や出雲君に昼飯を奢ってくれる事があったよ」 「へえ、そうですか」 「甲斐さんは独り身で別に家族に使うお金が要らないから、結構豪勢な食事を奢ってくれるんだよ。鰻とか鮨とか、山の上ホテルの天麩羅とか」 「甲斐さんはご実家で暮らしていらっしゃるんですか?」 「そうね。お母さんと結構大きな邸宅に二人で暮らしているようだ。前はお父さんも一緒に住んでいたんだけど、急性心不全で五年前に亡くなって仕舞って、それに、こっちも未だ独身のお兄さんも一緒に居たようだけど、お兄さんは仕事の関係で、二年前から北海道で一人暮らししているとか云っていたなあ。だから今はお母さんと二人みたいだね」 「へえ、そうですか」  頑治さんは先程と同じ返事をす..

  • あなたのとりこ 494

    「じゃあプリンスホテルの真ん前迄乗せていきます」 「それは助かるなあ」 「その喫茶店に何の用事で行くんですか?」  今度は頑治さんが小首を傾げて見せるのでありました。 「ちょっと前迄出張営業していた時のお得意さんで、信州の蓼科と美ヶ原と、それから松本の浅間温泉でホテルとかお土産屋とかをやっている会社の社長が、今丁度東京に出て来ていて、その人に逢いに行くんだよ。あの辺の営業回りの代理店みたいな事を引き受けて貰えるかも知れないんで、その打診も含めて先方指定の新宿の喫茶店に出向くんだ」 「へえ、そうですか。そう云う事なら代理店を引き受けてもらえると良いですね。でもそう云う大事な話しなら、それなりの格式のある料理屋とかでちょっとした接待みたいな事をして、ヨイショの一つでも云わなくて良いんですか?」 「そう思ったんだけど、先方が色々東京での予定満載みたいで、ようやく今日の午後に一時間程逢..

  • あなたのとりこ 493

    「お二人は何処で食事を摂ったんですか?」 「甲斐さんに鰻丼をご馳走になったんだ」  袁満さんが云うと、どう云うものか甲斐計子女史がちょっとそわそわする様子を見せるのでありました。別に甲斐計子女史が袁満さんに鰻丼を奢ったからと云って、それを頑治さんが妙に思うような事でもないのでありましたから、このそわそわの素振りは一体どういう謂いでなされたのか頑治さんは良く判らないのでありマました。 「へえ、鰻丼ですか。なかなか豪勢な昼飯ですね」 「奢って貰いっ放しじゃ悪いから、食事の後で集英社の別館の傍に今度新しく出来た喫茶店で、俺がコーヒーをお返しして、その帰り道で唐目君と出くわしたと云う事だよ」 「ああそうですか」  頑治さんはニコニコと笑って袁満さんと甲斐計子女史を交互に見るのでありました。  ここでも甲斐計子女史が妙にもじもじするのは、これまた意味不明な仕草と云うべきであります。ひょ..

  • あなたのとりこ 492

    「俺はその心算でいる」 「ふうん、そう」  頑治さんはプラスチックのコップを持ち上げて水を一口飲むのでありました。「で、片久那制作部長が辞める時に均目君も一緒に会社を辞めるのかな?」 「もっと後になる予定だ」 「そう云う指示が、片久那制作部長からあったのかな?」 「ま、そう云う事だ」  何となく均目さんの口は嫌に素っ気なくなっているのでありました。頑治さんがどこか批判的な様子である事に、失望と警戒心を持ったのでありましょう。 「具体的に何時と云う指示は出ていないのかな?」 「今の段階ではどうなるか判らないよ」 「若し出来るなら、日取りが具体的になったら、会社に辞表を出す以前にこっそり俺にだけでも教えておいて貰えないかな。教えられたからと云っても、別に俺はそれを妨害しようと云う心算はないから、そこは用心しなくてもて構わない」 「それなら別に、事前に知っても意味が無いじゃな..

  • あなたのとりこ 491

    「成程ね。それはそうかも知れないし、そう考えるのは均目君の自由だ」 「何かすっきりしないもの云いだな。それに妙に他人事みたいな云い方だ。この件は唐目君の身の振り方とか将来にも関わる事でもあるじゃないか。唐目君は一体この片久那制作部長の誘いのどこが気に入らないんだろう?」  均目さんは咀嚼を止めて頑治さんを上目遣いに見るのでありました。 「まあ、好い話しだとは思うよ。でもその好い話しにおいそれと乗っかるのは、嫌に抜け目がなくて図々しいように思えてならないと云うところかな」 「世の中はきれい事だけではなかなか遣っていけないぜ」 「でもちっとばかり抜けたところがあっても、何とかかんとか遣っていけはするさ」 「要するに唐目君としては、倫理に於いて、この片久那制作部長の誘いにすんなりと乗っかるには、大いに抵抗があると云う訳だな」 「倫理とか云うよりも、何となく自分の流儀に合わない、とで..

  • あなたのとりこ 490

     頑治さんは思わせぶりに片頬で笑うのでありました。 「那間さんじゃないけど将来に亘って編集者で遣っていく心算なら、今の贈答社で編集者だか地図類や図版の修正屋だかお土産品の工作屋だか、何だか判らない中途半端な仕事をしながら燻っているより、片久那制作部長の下にいる方が正解だと思うけどなあ。片久那制作部長が居なくなったら、贈答社は益々出版とか編集の仕事と縁遠くなりそうだし」  こう云う均目さんは、片久那制作部長の誘いにもう殆ど乗っかる気になっているようであります。均目さんにとっては願ってもない誘いと云うところでありますか。 「しかし片久那制作部長は、辞めていく自分の後釜として、均目君にあれこれ自分のこれ迄遣っていた仕事を引き継いだんじゃなかったのかな?」 「その心算だったんだろうけど、贈答社を辞めた後の自分の身の振り方を色々検討していく内に、とても自分一人では手に余りそうな具合になって来..

  • あなたのとりこ 489

    「ああ、知っている。大学時代の知り合いの紹介とかで、本の編集と雑誌の記事書きと、それから今贈答社でやっているNGRグローブ社の地球儀の地図面作成の仕事も、先方のたっての希望で贈答社から引き継いで遣っていくと云う事らしいね」  頑治さんはプラスチックコップに入れて出された水を飲むのでありました。「その話しと云うのは、均目君は片久那制作部長本人から直接聞いたのかな?」  均目さんは一つこっくりをして自分も水を一口飲むのでありました。 「昨日珍しく誘われて、片久那制作部長行きつけの神田の居酒屋で一緒に飲んだんだよ。一体何の話かと思ったら、急にそう云う話しをされたんだ」  ははあ、と頑治さんは心中で頷くのでありました。片久那制作部長は均目さんにも自分の新しく始める仕事を手伝わないかと誘いをかけたのでありましょう。 「で、贈答社を辞めて、自分の仕事を手伝う気は無いかと打診されたのかな?」 ..

  • あなたのとりこ 488

    「ええ、済みました」  その頑治さんの返事を聞いて一つ頷いてから、片久那制作部長は長女さんと次女さんの顔を交互に見るのでありました。 「じゃあ、これ迄色々お世話になりました。どうぞこれからもお元気で」 「こちらこそお世話になりました、片久那さんの方こそお元気で」  長女さんがお辞儀するのでありました。 「会社を辞めても、若し池袋の方に来るような事があったら、まあ別に何も用はないだろうけどここにも立ち寄って下さいよ。お茶の一杯くらいは何時でもご馳走しますよ」  次女さんも頭を下げるのでありました。 「有難うございます」  片久那制作部長も次女さんのありきたりな惜別の言葉に一礼してから、頑治さんに顎で行くぞと云う無言の合図を送るのでありました。頑治さんは頷いて、見送る長女さんと次女さんに挨拶してから車の運転席側のドアの取っ手に手を掛けるのでありました。  帰りの車の中では片久..

  • あなたのとりこ 487

    「今月の二十日を以て、片久那は事情に依り退社する事になったんです。それで、その報告と、長年のお付き合いのお礼旁、今日は寄せて頂いたと云う訳です」  頑治さんのそう告げる声は必要以上に小さいのでありました。 「え、片久那さんが会社を辞めるの?」  頑治さんの、奥に居る二人に気を遣った小声に比べると、目を剥いてそう口走る次女さんの声は全く無頓着に大きかったので、頑治さんは少しまごまごするのでありました。 「ええ、そうです」 「何でまた、辞める事になったの?」 「いや自分もあんまり詳しい事情とか経緯は知らないのですが、まあ兎に角、事実として今月で退社する事になったのです」 「へえ、驚いたわ」  次女さんは未だ目を剥いた儘なのでありました。「でも片久那さんが居なくなったら、会社はちゃんと遣っていけないんじゃないの?」 「いやまあ、そんな事もないと思いますけど。・・・」  先日の..

  • あなたのとりこ 486

     この後片久那制作部長は不快感を仄見せて黙るのでありました。尤もこの人のつれない様子はこの時に限った事ではなく、常日頃のものとも云えるでありましょう。依って今の頑治さんとの会話に依って不機嫌になったとは断定出来ないのではありますが、頑治さんとしては何となく身の置き所の無い心持ちでハンドルを握っているのでありました。  宇留斉製本所に到着すると、片久那制作部長は最初に顔を合わせた先方の長女さんににこやかに挨拶を投げるのでありました。その言葉つきなんぞは、別に頑治さんとの車中での屈託なんぞにはまるで頓着していないと云った様子でありました。 「あらまあ、お珍しい人がいらっしゃったわねえ」  長女さんは目を剥いて驚いて見せるのでありました。「御大自らお出ましになるのは、一体全体どういう風の吹き回しかしら。何か悪い話しでも持っていらしたのかしらねえ」 「いやまあ、そう云う事ではないんだけ..

  • あなたのとりこ 485

    「どうかな、素っ気無くしないで、ちょっとくらい考えてみてくれるかな?」  頑治さんがどう云う心算かなかなか捗々しい返事をしないものだから、片久那制作部長はそう訊いて頑治さんの出方を見ようとするのでありました。入社以来色々あって頑治さんが会社に辟易としていると踏んでいたのに、その頑治さんがすぐに自分の話しに跳び付いて来ないのが、片久那制作部長にすればちょっと心外だったのかも知れません。 「大変有難いお誘いです。・・・」  頑治さんは語尾に屈託をそれとなく込めるのでありました。 「すぐには大した給料も出せないが、軌道に乗ったら出来るだけの厚遇はする心算だ」 「まあ、未だ仕事を始められる前なんですから、収入の事は今の段階で何とも云えないのは理解出来ます。自分もそこにはあんまり関心はないですし」 「と云う事は、そこ以外は、関心を持ったと云う風に考えて良いのかな?」 「いやまあ、そう云..

  • あなたのとりこ 484

    「でも当面は一人で遣っていかれるんでしょう?」 「そうだな。当面は一人で熟せるくらいの仕事量だろうからな」 「将来的には人を増やして、と云う風に考えていらっしゃるんですかね?」 「まあ、今後の成り行き如何では」 「遠からぬ将来、と云うよりはあっと云う間に仕事も増えて人も雇って、今の贈答社くらいの規模の会社にはされるんでしょうねえ」  頑治さんは少々おべんちゃらも加味して云うのでありました。 「まあ、どうなるかな」  片久那制作部長は含み笑うのでありました。つまりそんな将来像を満更描かないでもない、と云うところかと頑治さんはその心底を値踏むのでありました。 「手抜かりのない片久那制作部長の事だから、屹度思い通りにいくでしょうね」 「ところで唐目君は、この先も贈答社に身を置いておく心算でいるのかな?」  片久那制作部長がここでも、少し居住まいを改めるように身じろぎする気配を..

  • あなたのとりこ 483

    「ああそうですか、刃葉さんがそう云っていましたか」  頑治さんはここで思いがけない名前が出て来たものだから、幾分懐かしそうに少し頬に笑いを浮かべて見せるのでありました。 「厄介と云うところでは、そう云う刃葉君自身も結構厄介なヤツだったけど」  片久那制作部長は、ここは屈託なくもない笑いなんぞをするのでありました。  行程も真ん中辺りに差し掛かったところで、頑治さんがふと思いついたように助手席の片久那制作部長に訊くのでありました。 「片久那制作部長は、会社を辞めた後の仕事とかはもう決まったんですか?」 「まあ、ある程度は」  片久那制作部長は居住まいを正すように助手席で身じろぎするのでありました。 「良かったら何の仕事をされるのか聞かせて頂けますかねえ」 「学生時代の朋友が出版社とか通信社とかに複数居て、そこから外注と云う形で仕事を貰って、月刊誌のちょっとした記事を書い..

  • あなたのとりこ 482

     すぐに下に降りて来た片久那制作部長を頑治さんは倉庫を出て、駐車場の車の横で迎えるのでありました。後部座席は折り畳まれてそこには荷物が積んであったから、片久那制作部長は長躯を窮屈そうに折り畳んで助手席に座るのでありました。 「じゃあ、出します」  頑治さんはそう云って車を発進させるのでありました。 「入社して以来、何やかやとあって、今迄目まぐるしかっただろう」  白山通りに出た辺りで片久那制作部長が頑治さんに話し掛けるのでありました。 「そうですね。何やかや、ありましたね」  頑治さんは薄く苦笑いを頬に浮かべるのでありました。 「短期間に色々あり過ぎて、この先勤められるか将来が不安にならなかったかな?」 「いや、そこまでは。若し何か会社に居続けられない事が起こったとしても、それはそれで仕方ないですから。まあ、要するに縁が薄かったと云う事になりますかね」 「成程ね。唐目君は..

  • あなたのとりこ 481

     思いがけなかったようで出雲さんは少し戸惑いの表情をするのでありましたが、すぐに笑顔を見せて組合員夫々に感謝の言葉を投げるのでありました。考えてみたら山尾主任が辞めた時には、このような送別のセレモニーはなかったのでありました。  この差は何かと考えて見ると、要は他の従業員が山尾主任よりは出雲さんの方に屈託を感じていなかったが故でありましょうか。山尾主任は何方かと云うと万事に格式張りたい方で、何に依らず謹慎なる態度をはっきり他人に求める傾向が強いタイプであったから、ちょっと煙ったい存在であったと云うところでありますか。こういうところは、本人は不本意でありましょうが、土師尾常務に少し似ているとも云えるでありましょう。  出雲さんはその点程良くくだけていて、他人の振る舞いに対してもなかなか鷹揚でありましたか。そう云うところは、山尾主任から見ればちゃらんぽらんとも見えていたかも知れません。しか..

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