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  • 命拾いの年明け

    元旦の朝、こんなことを考えた。目覚めてラインのニュースを見ると、トルコのナイトクラブで襲撃事件の見出しが飛び込んできた。サンタクロースの格好をした犯人が銃を乱射し、35人が死亡、40人が重傷を負ったという。僕はまた命拾いしたなと思った。昨年に続き今年も海外で

  • ある旅仲間との再会

    香川へ行ってきた。20年来の友人の結婚式に出席をするためだったのだが、その翌日、少し足を伸ばしてある友人に会うことにした。彼女とは7年前の2008年にインドのダラムサラで出会った。ダラムサラは亡命チベット人と共にダライ・ラマ法王が暮らしている。当時の僕は世界

  • 映画「ルンタ」のこと

    池谷薫監督最新作「ルンタ」制作に携わっているわけではないのですが僅かながら宣伝のお手伝いをさせて頂いている7月公開予定の映画です。映画はチベット人難民を救う活動を行われているとある日本人を追いかけたドキュメンタリー作品です。一つの民族のために生きることを選

  • 僕たち、地獄の底からやって来ました

    里帰りから東京へ戻る新幹線にて。毎度、慌ただしいスケジュールのため滞在は僅か二泊三日だったが、今回も味わい深いひとときとなった。体調が優れない祖母を見舞う目的だったが、まぁ、貧乏性の僕がそれだけで済ます訳はなく、とにかくいま会いたいと思

  • 森さんのこと

    大切な人が亡くなった。森さん。大学の部活の先輩。僕が一回生の時の四回生。知り合ったのは9月頃。その時、既に現役とOBの関係だった。森さんが卒業するまでに学生生活を共にしたのはわずか半年。大きな手の人だった。僕が酒の飲み方を知らなかった頃、部室のトイレで酔い

  • サヨナラ「あんた早死にするよ」

    「あんた早死にするよ。」5年前にとあるオッサンが僕に放ったこの言葉を信じて生きてきた。先日、受けた人間ドッグの結果が返ってきた。ほぼオールA。担当医からは、体型をトライアスロン選手並みと絶賛されあと5年は人間ドッグ受けなくても良いとまで言われた。「あんた早

  • 祖父のさすらい

    祖父の四十九日で護国寺へ。あまりにも簡易的ですが、1人、チベット仏教の祈祷を行ってきました。さて、ここからちょっとマニアックで長いお話です。仏教的には四十九日というと、冥土へ辿り着くまでの期間とされていますが、これは1つの区切りに過ぎません。四十九日を超え

  • スマホゲームのこと

    今更なのだが先日ドラクエ9をクリアした。遊ぶ時間がないことと、遊んでいる場合じゃないということと、わざわざ一つのソフトで遊ぶためにハードを買うという行為に納得がいかず先延ばしにしていたが、時間と気持ちとお金の余裕が少し出来たので遊んでみた。クリア後に感じ

  • 仮面ライダーにサヨナラを

    悪い怪人との戦いの中、生身の人間がかっちょいいポーズを取ると変身する。 そして、かっちょいい必殺技を技の名前を叫びながら敵にぶちかまして勝利を手にする。そんなお決まりのストーリーでお馴染の仮面ライダーは1971年の放送開始以来、いまも続く人気シリーズとなって

  • 無題

    「人様に恥じぬように生きる。」なんだかマジョリティに流されて生きる、みたいな感じがして昔はこの言葉が大嫌いだったけど、最近は少しずつしっくりくるようになってきた。けっこう居るんだよね、絶対に認めてもらいたい、或いは認め合っていたい人たちが。その人様たちに

  • 25mプールの真ん中で立つということ

    水泳の授業。多くの小学生にとって、それは最も楽しみな時間の一つなのだろうが、当時の僕にとってはその真逆だった。憂鬱という言葉を覚えた時にああ、あの水泳の授業で感じるアノ感覚のことかと思ったぐらい、僕は水泳の授業が憂鬱な時間だった。 そう、僕は泳げない。 

  • 楽しい絶望のこと

    16歳だった僕はこんな事を考えた。高校一年間で僕が見た映画の本数はおよそ100本。世に存在する映画は数千本。そして一年間に 誕生する映画は国内だけでも100本以上。そう、僕は一生かけてもすべての映画を見ることが出来ない!そんな計算をした時に僕は絶望を感じた。映画が

  • 場違いのこと

    都内某所の事務所。低いテーブルを囲む30歳前後の女性たち。数種類のレース素材が回ってきて、それぞれがその中から気に入ったものを選んでいる。僕が選ぶ番になって、そのレース素材を真剣に見ているとなんだか自分の顔が真っ赤になっていくのが分かった。 これは中学時

  • 記憶の旅のこと

    24年ぶりの場所に僕は居た。神奈川県横浜市東戸塚にある団地。僕が幼稚園児だった頃に過ごした場所。 神戸で暮らすことになるまでのおよそ3年ほど僕はそこに居た。僕のもっとも古い記憶はおよそここから始まっている。この場所での経験はいまの僕の原点そのもの、きっとそん

  • 炎のこと

    僕が通っていた小学校で左義長という学校行事があったことを思い出した。それは正月に飾った各家庭のしめ縄や、書き初めを大量の竹と共に学校のグランドで燃やすというもの。竹は三角すい上に高く組み立てられ、それは豪快に炎を上げていた。もしかするといまの僕からすれば

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