chevron_left

メインカテゴリーを選択しなおす

cancel
arrow_drop_down
  • 不倫相手との別れ

    その後、このドゥルとはギクシャクした仲になりました。相変わらず結婚したいとかいうけど、以前みたいに素直に信じれなくなりました。なぜなら、どんなに待ってもDivorcepaper(離婚書類)なんて持ってきて証明してくれなかったし、以前は毎日わたしのアパートに来てくれてたのも、ほとんど来なくなったのです。しかし、私と彼の関係とは裏腹に、私の友だちや彼の友だちは私たちが近いうち結婚するんだとばかり思ってたようです。それだけ、表面では彼は私にやさしく愛をささやいてたから。気付いたら、彼の日本での任務がおわり帰国が近くなってました。ドゥル「どうやったら君をアメリカに来させることができる?ぼく、飛行機代も払うから!本気だよ。」と真剣に聞いてきました。「留学だったら、ちょっと長い間は入れるけど、長期は結婚でもしない限りムリよ...不倫相手との別れ

  • 初めての不倫

    その後、私は広島市西区からの住処を山口県岩国市に変えました。岩国にある米軍基地、クラブが近いという理由から。昼は派遣で仕事に行き、夜は岩国の飲み屋(ちょっと高級なクラブ)でバイトをする平凡な生活が続きました。毎年5月5日の子供の日は「日米親善デー(FriendshipDay)」といって、岩国米軍基地が一般開放されます。普段は通行証がないと入れない。1997年5月5日、私のアパートにクラブ仲間が集まり、みんなで歩いて基地へ。中には、BBQしてる兵隊たち、カード(トランプ)ゲームしてる兵隊たち、とにかく酒のんでワイワイ楽しそうです。皆で歩いてたら、カードゲーム(トランプ)してるクールな人たちが目にとまったのです。その中の一人に、一目惚れしてしまった。真っ黒ではない褐色の肌のアフリカンアメリカンで、筋肉質で頭はキレイ...初めての不倫

  • Heart broken

    デイモンからの毎日あった電話は数日置きになり、そして気付いたら週末は捕まらなくなっていた。すぐにアパートを見つけて迎えにくると言ってたのに…。見知らぬ土地へ彼を頼りに来たのに、放置されてるようでたまに電話があると彼と口論になることが多くなった。デイモンの母に涙で訴えたこともある。「息子はまだ若いから、結婚の準備(責任とか)がまだ出来てないのかも。」と言われ、なんだか、私との結婚を拒否されたようで悲しくなった。彼と連絡がほとんど取れなくなって途方にくれました。私の日本帰国の日が近づいてきた。結婚すれば使うことはないと思ってた帰国のチケット。*実際こんな甘いもんじゃないです、国際結婚は。焦る私は何度も何度も彼に電話をし、詰め寄りました。「私は日本人だからアメリカにずっと滞在できないんだよ?結婚できなかったら、そのま...Heartbroken

  • バージニア州へ

    婚約してしばらくした後、デイモンに次のステーション(基地)がワシントンD.C.に決まったと告げられました。次のステーション移動まで、一ヶ月(だったと思う)休暇があって、実家に居るらしい。親や親戚みんなに紹介したいから来てくれと言われた。彼が帰国した一週間後に到着するように、飛行機のチケットを買い、親には何もいわずに旅行気分で、彼の実家、バージニア州へ飛んだ。たしか1996年の春ころだったか。ハワイに二度行った事はあっても、ひとりで知らない土地へ行くのは初めてで怖かった。「もし彼が迎えに来てくれなかったらどうしよう。」そんな不安は、飛行機を降りて彼を見つけて吹き飛んだ。車を走らせ彼の家へ到着。一階建てで決して豪邸ではないが、日本の家よりは広い。裏庭にはニワトリやウサギが飼ってあり、その向こうは林が広がっていたが、...バージニア州へ

  • 婚約

    お久しぶりです。GooのIDとパスワードを見事に忘れ、なかなか戻ってこれませんでした。>「そして25歳」の続きです。甘いマスクの彼と会ったのは、次の沖縄来訪のときでした。私とリンがあそびに行ったクラブで再び出会ったのです。怖い思いをしたのに、なぜか惹かれる彼は名前をダミアンと言いました。21歳で私より年下でしたが、再び出会った私たちはクラブで一緒に話をしたり踊ったりし、別れるときには電話番号を交換しあってました。沖縄に行けば彼と過ごす。それが当たり前になりました。いつでも彼はやさしく、子供っぽく、私を幸せな気分にさせました。本島の広島に帰ってる間は長電話して過ごし、数ヶ月置きに沖縄にダミアンに会いに行きました。そんなある週末の沖縄滞在中。いつものようにリンとクラブに行き、ダミアンは友達と来て、みんなで和気藹々と...婚約

  • そして25歳

    この世界(アメリカ人と遊ぶ)に、一緒に足を踏み入れた悪友は、日本人の彼氏をみつけて落ち着き、連れのいなくなった私はクラブで知り合った他の女ともだちと遊ぶようになってました。アメリカ人と付き合うのを好まない人(親、友だち、飲み屋の客)から、「いい加減、外人遊びやめれば?」「アメリカ人男の○○○はそんなにでかいのか!」「黒人と一回でもやると、後日本人と結婚しても黒い肌の子が産まれる。それだけ黒人の色素は強いんだぜ。」「世間体が悪い。」「情けない。」「恥ずかしい。」など、いろいろ言われました。でも私は彼らとのつきあいをやめませんでした。英語も達者じゃないのに、なぜなのか自分でもかわからない。いつもと違う刺激的な雰囲気に夢中だったのかもしれない。窮屈な型にはまったルールだらけの日本は、息が詰まってたから。マリン(Mar...そして25歳

  • 殺される? 2

    彼が帰ってくるまで結構な距離があったと思ったのに、彼はほどなくして帰ってきた。怒りで体中の血管が切れそうなくらい興奮している。私は彼がくれたスニーカーを返し、自分の荷物を持って去ろうとした。バーン!とドアが閉められた。D「おまえはどこにも行かないんだ!」よこ「でも、さっきスニーカー置いて出てけっていったじゃん。それにDに他に彼女がいるって知らなかったよ!そこどいてよ。」D「お前はどこにも行かないと言ってる。」物凄い迫力のDは、ドアの前に立ち鍵を閉めた。そして、ドアの前を熊のようにウロウロしはじめた。彼が何を考えてるのか、何をしようとしているのか全くわからなかった。しばらくウロウロし、電気のスイッチを落とした。引き出しを開けて何かを探している。ガチャガチャガチャ・・・探し物が見つかったのか、彼は電気を付けた。手に...殺される?2

  • 次にできた彼氏 1

    そういう関係を自分で築いてたのか、相手が男が悪いのか・・・苦い経験の後、私は悪友と沖縄まで飛行機に乗って遊びにいってました。踊って遊ぶことが楽しくて、昼の正社員の仕事をやめ派遣に登録したほどのはまりようでした。決まった期間昼の仕事をし、貯まった金で沖縄で数ヶ月過ごしてました。(夜の飲み屋は融通が利いたため、数ヶ月のブランクあっても大丈夫だった)24歳くらいだったか、沖縄でグリーンとブルーをあわせたような目がとても綺麗なアメリカ人男性と知り合いました。彼D(仮名)はいろんなところに連れて行ってくれ、私はそのやさしさに心をときめかせました。その内、Dの親友の彼女キオちゃん(仮名)と仲良くなり、一緒に遊ぶようになりました。彼女に「沖縄に居る間バイトしない?」と飲み屋のバイトを紹介され、平日はヒマだからとバイトを引き受...次にできた彼氏1

  • 終幕 6

    警察に身柄を拘束されたエス。彼の浮気が発覚し、ストーカーになってから警察に捕まるまではとても早かった。あっと言う間だった。気分が少し落ち着いてきた頃、私のもとに彼の友だちであり、私も知ってる共通の女友達から電話があった。キャロ(仮)「彼は十分反省してるわ。もう絶対に暴力振るわないし、あなたとやり直したいと言ってる。それに…彼、日本の刑務所に入るくらいなら死んだほうがましだとも言ってるわ。私からもお願いするわ、彼を許してやってくれない?」どんなに心の奥から彼と一緒にいたいと思っても、私は彼と一緒にいるといつかは殺されるだろう。でも…どんなに憎んでも憎みきれない。自分がどんなにバカな選択をするかわかっていながら、私は彼の刑事事件を取り下げる旨を警察に伝えた。ほどなくして、彼の身柄は基地の憲兵に引き渡された。どれくら...終幕6

  • 最後の対決 5

    幼なじみとアパートに入り、電気をつけてすぐであった。ドンドンドン!激しくドアをノックされた。そう、エスである。車を移動させ隠れて待っていたのだ。ふたりで居留守を使うことにし、息を殺して押し黙った。なおも激しくドアをノックし怒鳴るエス。エス「あけろー!中にいるのはわかってるんだ!」それでも押し黙ったままの私と幼なじみ。エスは、今度はアパートの外に出て叫び始めた。エス「ごるぁ!電気ついてんのがみえるんだよ!居るのはわかってるんだ!」そしてまたアパート5Fまで再び駆け上がり、激しいドアノック。(私の部屋は5Fで階段だけでした)そろそろ、アパートの住人が目を覚まし始めることだろう。焦った私は、どうにかして帰ってもらおうと彼と話すことにした。自己防衛に包丁を手にして。ドア越しに語りかける。よこ「エス、私たちはもう終わった...最後の対決5

arrow_drop_down

ブログリーダー」を活用して、よこさんをフォローしませんか?

ハンドル名
よこさん
ブログタイトル
わたしの歩んだ道
フォロー
わたしの歩んだ道

にほんブログ村 カテゴリー一覧

商用