タクシーの中で、重倉が肩に手をまわしてきた。 そして、熱いキスを求めてきた。 タクシーの運転手の視線が気になる。 重倉は気にならないのだろうか。 肩の手が次第に下りていく。声を出すことはできない。 されるがまま、されていた。 住宅街へ入り、重倉が先にタクシーを降りた。 タクシーを降りると、何事もなかったかのように 平然と振り返りもせずに歩いていく。 奥さんが待っている家へと。 —これくらいの距離がちょうどいい そう、「これくらいの距離がちょうどいい」 ほんの2、3時間前に思ったことだ。 何がちょうどいいと..
お店をあとにして坂をくだる。 重倉に手を引かれ、セルリアンタワーに入った。 ホテルか・・・ 気が重くなる。 やはり重倉も同じか。 木目調の3�u程の個室。 重倉が手を腰にまわしてきた。 無言の二人を乗せて エレベーターは40階で止まった。 「?」 「せっかくいい気分だからさ、もう一杯付き合ってよ」 状況がのみ込めないまま、 タキシード姿の男性に案内され重倉の後ろを歩き、 カウンター席に座った。 宝石みたいな夜景が目前に広がっている。 手を引かれ、連れてこられたのはバーだった。 ピアノの生演奏がきこ..
今夜は、どこに連れて行ってくれるのだろうか。 重倉から4度目の食事の誘いが来た。 重倉と会うのは平日の夜というパターンが出来つつある。 しかも、大抵、待ち合わせる時間の2時間程前に誘ってくる。 「今夜早くあがれそうなんだけど、どう?」 という感じで。 週末の予定はすっかり水谷との約束で埋まってしまっているが、 彼氏もいないので、平日の夜はほとんど空いている。 だから急な誘いでも特に問題ないのだが、なんだか悔しい。
「そういえば、菅原チャンのこと覚えてる?」 菅原ハナならよく覚えている。 私の1年後輩だ。よく一緒に徹夜をしたものだ。 「ハナちゃんですよね?覚えてますよー。元気にやってますか?」 「彼女ね、こないだ賞をとってね。 たぶんそれがきっかけなんだろうけど、転職したよ。」 「えーっ、知らなかった。連絡くれればいいのにぃ。 で、どこに転職したのですか?」 重倉から返ってきた、そのハナの新しい活躍場所は 日本全国だれでもが知っている有名出版社だった。 「すごいですねぇ。そっか、そうなんだ…。」
***8月22日 22:00 「須貝チャンはキレイだねぇ」 マティーニを口に含みながら重倉が熱い視線を注ぐ。 重倉は以前勤めていた出版社の上司だ。 働いていた頃は、ほとんど会話を交えたことがなかったが、 お互いお酒が好きという共通点があることがわかり、 退職してから2、3度か共にお酒を愉しんだことがある。 交際倶楽部に登録し水谷と付き合うようになってから マナミは美に対して気をつかうようしている。 2週間に一度は美容院に行きトリートメントをしてもらい髪をケアし、 また化粧や微笑み方、美しい仕草の研究もした。 ツカサにアドバイスされ、ネイルは指が細く..
夜、耐え切れなくて元カレのタカシに電話をしてしまった。 プルル〜、プルル〜、プルル〜 呼出音が鳴る。 そして「ただいま電話にでることができません・・・」 のアナウンスが流れる。落胆することはない。 わかっていたことではないか。 彼は私からの電話に出ることはもうない。 私は何を求めているのだろう。 お金に切実に困っているワケではない。 実家暮らしでそこそこの貯金もある。 じゃあ、何のためにこんなヤキモキしながら こんなバイトをしているのだろう。あと3ヶ月のガマンだ。 ひと月30万。半年で180万が稼げる。 そうしたらきっぱり足を洗おう。 来春ミチと計画している..
軽い足取りで出て行く小百合を手を振って見送り、 マナミは会社の非常階段から交際倶楽部オンリーの ツカサに電話をかけた。 「お世話になっております、マナミと申します。」 交際倶楽部内では下の名前で名乗ることになっている。 「あら〜マナミちゃん、お疲れ様。調子はどう?」
***8月23日 13:00 日曜の早朝から汐留のホテルにチェックインをし、 夕飯を食べて帰るというサイクルで、水谷とはもう 3ヶ月以上カラダを重ねている。 そして、その行為は回を重ねるごとにどんどんエスカレートしていた。 (恐い!恐い!) それは、今までに抱いたことのない初めての種類の“恐怖”であった。 1プレイが終わって水谷が軽い睡眠に陥ると、 マナミは水谷が起きないことを必死で祈った。 イビキが聞こえる間は安心だが、 途中で自分のイビキの音に起きる可能性もある。 (お願い神様、助けて!彼を起こさないで!) 彼とのSEXは苦痛な試練でしかなくなっ..
ツインベッド。2つのベッドに向かい合って座った。 水谷の大きな手がマナミの手を握る。 「あったかい手だ。本当にこういうの初めてなの?」 「うん。」 「そうか。じゃ、先生がいろいろ教えてあげるよ。 で、マナミちゃんはどこが感じるの?」 「う〜ん、胸がとくに弱いかな」 「ふ〜ん、本当?じゃぁ色んなところ試してみようか。 まずはココかな。」
***5月17日 18:00 水谷がなかなか予約が取れないという鮨屋を“お得意様” という圧力で用意してくれた。 10人座れるか座れないかのカウンター席しかないお店で、 こざっぱりとした内装をしていた。 気取った照明もなければBGMもない。 そこが潔く、マナミはひと足踏み入れるなり気に入った。 「先生、最近調子はいかがですか?先日はたいそうなものを いただきまして、ありがとうございました。」 頭にハチマキを巻いた強面の大将が水谷に丁寧に挨拶をする。 水谷、職業:医者、年収:4,000万円以上の男。 彼と付き合えば、毎回こんな処で食事ができる。 マナミの奥底の..
「この後どうする?夕飯は食べたの? せっかくだからここで食べていこうか。」 マナミの返事を待たずに水谷は手を上げてボーイを呼んだ。 粕谷と同じでどうやら彼もせっかちのようだ。 メニューを持ったボーイがやってくる。 コースを頼むことにした。 メニューから顔を上げると、水谷と目が合った。 見ず知らずの、しかしこれから肌と肌を合わせることになるで あろう男と向かい合わせに座っている。 前回は失敗した。
***5月10日 19:00 もう来ることはないと思った“交際倶楽部オンリー” のドアを再びノックしている。今日で3回目だ。 粕谷とはあの晩以来会っていない。 一度メールが来たが、それきりだ。 つまり、私はフラれたのだ。あとでツカサが教えて くれたのだが、付き合えない理由は「いい子すぎて抱けない」 というものであった。思わず鼻で笑ってしまった。 十分堪能したクセに。 あの朝、家に帰ってからまた粕谷は自分を消毒したのだろうか。 したに違いない。粕谷はきれいになり、そして私は汚れていく。
窓から容赦なく差し込んでくる朝陽に、マナミは起こされた。 カーテンを閉めずに寝てしまったのだ。 時計の針は6時を指している。 粕谷を起こさないようにそろりとベッドを抜け出しバスルームに行く。 すると、空になった消毒液とうがい薬のビンが洗面台の上に 無造作に転がっていた。 風俗では消毒にうがい薬を使っているという話を聞いたことがある。 ——どんなに会話を弾ませて心ヲ通ワセヨウト、 私ハ彼ニトッテ娼婦ナノダ。 どうせ付き合うのなら、この人のことを少しでも好きになりたい。 そう思ってできるだけ粕谷のいいところを探した。 なのに、なの..
会話だけ聞けば、まるで恋人のようだ。 マナミはバスルームへ入ってお風呂の蛇口をひねった。 勢いよくお湯が流れ出る。 窓の外の東京タワーも灯りが消えていた。 目線を左下に移すと、増上寺がひっそりと佇んでいる。 どれくらい外を見ていたのだろう。 気がつくとお湯が半分くらいまで溜まっていた。 マナミは重い腰を上げ、シャワーを浴びた。 香りの良いフランス製のシャンプーは泡立ちがよく、 しばしマナミは目を閉じた。 これが夢だったらいいのに——。 頭を振った。ゆっくりしすぎてはいけない。 このバスタイムはリラックスの場ではないのだ。 勝負の場。仕事の場。 十分にお湯の張..
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