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  • 【2842冊目】町田康『壊色』

    壊色 (ハルキ文庫) 作者:町田 康 角川春樹事務所 Amazon これは小説? エッセイ? 日記? それとも詩? 分類不能の一冊です。 例えばこんな感じ。 「確かにそのような日々 石炭殻、風に舞うモノトーンの風景に 突然、フォルクスワーゲン出現する。 確かにそのようなデイズ 悲しい目と憎々しい口もと 壁にむかいて、君の目は閉じられている。日本一の行き止まり。」(「二人の呪師とフリッカ」より) あるいは、こんな感じ。 「免許を更新し、感情の火災。夕方、なにか盗んでやろうと忍びこんだ近代的なアパートで私は三歳くらいの童子に銅鐸の使用法を説明している。「これは水さしだよ」などと嘘を教えておるのだ。…

  • 【2841冊目】『フラナリー・オコナー全短編 上下』

    フラナリー・オコナー全短篇〈上〉 (ちくま文庫) 作者:フラナリー オコナー 筑摩書房 Amazon フラナリー・オコナー全短篇〈下〉 (ちくま文庫) 作者:フラナリー オコナー 筑摩書房 Amazon 一部、物語の結末に触れておりますので、ご注意ください。 ずいぶん前に読んだきりだったのですが、いくつかのきっかけが重なり、読み返してみました。 ちなみにきっかけの1つは、こないだ読み返したG・ゼヴィン『書店主フィクリーのものがたり』の登場人物の愛読書が「善人はなかなかいない」だったこと。 そしてもうひとつは、映画『スリー・ビルボード』の町山智浩さんの解説で、やはり「善人はなかなかいない」が紹介…

  • 【2840冊目】ポール・ウィリス『ハマータウンの野郎ども』

    ハマータウンの野郎ども ─学校への反抗・労働への順応 (ちくま学芸文庫) 作者:ポール・ウィリス 筑摩書房 Amazon 原題の「learning to labour」も素晴らしいが、邦題もおもしろいですね。本書のトーンとエッセンスがよく伝わるタイトルだと思います。 本書のテーマは「反学校文化」、日本で言えば「ヤンキー文化」です。学校では教師に反抗し、授業をサボり、仲間とつるんで悪さをし、卒業するとガテン系の仕事に就く連中、といえばイメージしやすいでしょうか。『ビー・バップ・ハイスクール』『ろくでなしBLUES』から『東京リベンジャーズ』まで、マンガでは定番のネタですね。 本書が描いているのは…

  • 【2839冊目】町田康『夫婦茶碗』

    夫婦茶碗(新潮文庫) 作者:町田康 新潮社 Amazon 短編2つが入っています。「夫婦茶碗」は働かない夫が妻に言われていろいろ仕事をするがうまく行かない話、「人間の屑」はいろいろあって逃げ回らざるを得なくなったパンクロッカーの珍道中・・・・・・なのですが、そこは町田康ですから、それだけでは済みません。とにかく饒舌で、しかもどんどん脱線していく、その脱線が面白い。 「夫婦茶碗」では、童話作家になろうといきなり思い立った「わたし」による「子熊のゾルバ」というお話が延々と展開され、 「人間の屑」では、脱「SMうどん」というとんでもないネタに爆笑。 まあ、筋書きがどう、という話は、こと町田康に関して…

  • 【2838冊目】アニー・ディラード『本を書く』

    本を書く (ポケットスタンダード) 作者:アニー ディラード 田畑書店 Amazon ライティングメソッドの本では、ありません。 文章作法の本とも、違います。 これは、もっと根源的な、「書く生活」あるいは「書く人生」の要諦を綴った本なのです。 久しく絶版でしたが、このたび、文庫サイズで復刊しました。 このサイズ、このページ数で1,540円は高いと思うかもしれませんが、そんなことはない。 本書は、「書く人」であれば、10倍の値段がついていたとしても、必ずや購入し、座右に置くべき本であります。 そのことは、本書を読めばすぐわかります。 自分の書いた文章の核となる部分が、その文章全体を弱めていると気…

  • 【2837冊目】町田康『供花』

    供花 (新潮文庫) 作者:康, 町田 新潮社 Amazon 先日読んだ『くっすん大黒』より先に出た、町田康の第一詩集です。 詩集、と言われて、どんな内容を連想するでしょうか。 どんなことであっても、この詩集を読めば、その想像は裏切られます。 たとえば・・・・・・ 「大仏が建立され 陛下が地球の長さを測る」(「きりきり舞い」より) 「夢も希望も無い者どうしで商店街へゴー 最後の金を握りしめて爆笑しながらゴー」(「下りみち」より) 「安全太郎 便所のとびらをつかんで 犬の死体を裏返す」(「夢で流血」より) 「フィストファックを試みて 御名があがめられる 小児のからだを舐めまわし 御名があがめられる…

  • 【2836冊目】小紫雅史『10年で激変する!「公務員の未来」予想図』

    10年で激変する! 「公務員の未来」予想図 作者:小紫 雅史 学陽書房 Amazon この手の本を読むのは本当に久しぶりでした。この「読書ノート」を始めた頃に集中的に読んでいたのですが、あまりにも内容が薄く、また似たような本が多く、少々ヘキエキして遠ざかっていたので。でも、久々に手にとってみると、それなりに新鮮で楽しめました。 さて、本書は「10年後の自治体の姿を予想する」という触れ込みですが、内容はAIから少子高齢化、地方創生など盛りだくさんです。その中で全体を貫くコンセプトは、おそらく「自治体3.0」ではないかと思います。 著者によれば、「自治体1.0」が旧来の自治体の姿だとすれば、そこか…

  • 【2835冊目】町田康『くっすん大黒』

    くっすん大黒 (文春文庫) 作者:町田 康 文藝春秋 Amazon 町田康のデビュー作ですが、いきなり物凄い。いったいどうして、どこからこういう小説が出てくるんでしょうか。 家に転がっていた金属製の大黒が不愉快なので捨てに行く。言ってみればそれだけの話なのに、それが思いもかけない方向にどんどん転がっていきます。警察に職務質問され、友人宅に転がり込み、古着屋で働くことになり、そこのおばさんがとんでもない奴で・・・・・・と、物語は脱線につぐ脱線で、しかも大黒はついに捨てられない。 これってカフカ的? 筒井康隆的? いやいや、やはりこれは町田康なんです。最初の作品の最初の一文から、もういきなり町田康…

  • 【2834冊目】山岸涼子『鬼』

    鬼 (潮漫画文庫) 作者:山岸 凉子 潮出版社 Amazon 「怖い」というより「哀しい」一冊でした。 特に最初の「鬼」という作品ですね。飢饉にあえぐ江戸時代の東北で、口減らしのため穴に捨てられた子供たちと、その場所を訪れた現代の大学生たち。 穴に捨てられた子供たちは、飢えのあまり、先に死んだ子を食べてしまいます。そうして生き残った子も、自分たちを捨てた大人たちへの恨みと、自分が食べてしまった子らへの罪悪感で引き裂かれてしまう。人肉食を描いた作品の中でも、飛び抜けて悲痛な物語ではないでしょうか。 一方の現代の大学生たちもまた、見えづらいながらさまざまな事情を抱えています。そんな彼らが、なんと地…

  • 【2833冊目】川端康成『古都』

    古都 (新潮文庫) 作者:康成, 川端 新潮社 Amazon 不思議な小説です。古都・京都の風物を背景に、千重子と苗子という幼い頃生き別れた双子の再会と交流を描いているのですが、読み終わって印象に残るのは、なぜか、背景のはずの京都の祇園祭やチンチン電車や北山杉のことばかり。まるで主人公たちが背景で、京都という場所のほうが主役のようなのです。 一方、千重子たちの物語のほうは、終わりが見えないままふっつりと終わります。苗子が秀男と結婚するのかどうかもわからず(たぶんしないのでしょう)、千重子と真一、その兄の竜助との関係もすっきりしません。苗子は千重子のところに泊まりますが、それもたぶんこの一回きり…

  • 【2832冊目】トルーマン・カポーティ『カポーティ短篇集』

    カポーティ短篇集 (ちくま文庫) 作者:トルーマン カポーティ 筑摩書房 Amazon 文庫オリジナルの短篇集とのことです。エッセイや旅行記に近いものから、やや長めの読みごたえのある作品までバランスよく収められています。 文章がいいですね(もちろん翻訳もすばらしいです)。こういう小説を読むと、筋書きだけを追いかけるような読書がホントにばからしくなります。「ヨーロッパへ」「イスキア」「スペイン縦断の旅」など、どれも筋書きらしい筋書きもほとんどありませんが、文章表現だけでたっぷり堪能できます。 「蔦におおわれたガラス窓の向こうに見えるゆがんだ風景のように、これほど恐ろしく澄みきった湖底には、きっと…

  • 【2831冊目】アランナ・コリン『あなたの体は9割が細菌』

    あなたの体は9割が細菌 微生物の生態系が崩れはじめた (河出文庫) 作者:アランナ・コリン 河出書房新社 Amazon 本書は人体内部の「細菌」を主人公とした一冊です。人間の体質や行動、病気を決めているのは、DNAよりむしろ共生する細菌たちだった、というショッキングな内容ですが、大変面白く読めました。 中でも一番びっくりしたのは、自閉症をめぐるケース。耳の感染症を治すための抗生物質の投与が腸内細菌のバランスを乱し、神経毒素を発生させる破傷風菌が体内で増殖したため、自閉症が「発症」したというのです。そして、適切な抗生物質の投与で破傷風菌を退治したところ、自閉症の症状が全快したというから驚きです。…

  • 【2830冊目】マーク・オーエンス&ディーリア・オーエンス『カラハリが呼んでいる』

    カラハリが呼んでいる (ハヤカワ文庫NF) 作者:マーク オーエンズ,ディーリア オーエンズ 早川書房 Amazon 本書は、先日読んだ『ザリガニの鳴くところ』の著者ディーリア・オーエンスが、夫のマークとともに若き日々を過ごした7年間の記録です。その舞台は、アフリカはボツワナ、カラハリ砂漠。「バックパック二個、寝袋二つ、携帯テント一つ、小さな調理器具一式、カメラ一台、着替えを一揃いづつと六千ドル」が全財産の貧乏フィールドワークの日々が、みずみずしくも細密に綴られています。 そこにいたのは、まだ人間を怖がることを知らない、1970年代のカラハリ砂漠の動物たち。特にライオンとの交流には驚きました。…

  • 【2829冊目】松田行正『眼の冒険』

    眼の冒険 ――デザインの道具箱 (ちくま文庫) 作者:松田 行正 筑摩書房 Amazon 直線、面、形、文字。 ありとあらゆる視覚情報をこきまぜて、「見えること」と「見ること」の間隙を突く一冊です。 ★★★ まずは「相似」の話から。 雑誌『遊』で展開された「似たもの同士カタログ」を紹介し、モンドリアンのアートとコンピューターの集積回路と曼荼羅図を重ねるのは、まだ序の口です。 相似は、文化や歴史でも重要です。 たとえば、縦ストライプの服。 日本でも西洋でも、当初は身分の低い者しか着用できませんでしたが、後に斬新なデザインとして人気となり、アメリカやフランスの国旗デザインにまでつながりました。 あ…

  • 【2828冊目】アンソニー・ホロヴィッツ『ヨルガオ殺人事件』

    ヨルガオ殺人事件 上 (創元推理文庫) 作者:アンソニー・ホロヴィッツ 東京創元社 Amazon ヨルガオ殺人事件 下 〈カササギ殺人事件〉シリーズ (創元推理文庫) 作者:アンソニー・ホロヴィッツ 東京創元社 Amazon 前作『カササギ殺人事件』では、前代未聞の「入れ子状ミステリ」に驚愕しました。 ミステリの中にもうひとつのミステリを仕込むなんて、こんな仕掛けが可能であること自体が驚異でしたが、だったらこの『ヨルガオ殺人事件』は、どう評すればよいのでしょうか。 なにしろ本作は二度目の「入れ子状ミステリ」であって、しかも前作を上回る(と私は感じた)面白さなのです。 ★★★ メインの登場人物は…

  • 【2827冊目】泡坂妻夫『しあわせの書 迷探偵ヨギ ガンジーの心霊術』

    しあわせの書―迷探偵ヨギガンジーの心霊術 (新潮文庫) 作者:妻夫, 泡坂 新潮社 Amazon 著者は推理小説家にしてマジシャンとして知られる作家ですが、本書はどちらかというと「マジシャン」としての手際があざやかな一冊です。 推理小説の中には、トリックのために物語が作られているものも少なくありませんが、それにしても、それをここまで徹底した本はめずらしいと思います。 実際、正直言って、物語としてはそれほどぱっとしない印象でした。 にもかかわらず、多分この本のことを忘れることはないでしょう。 これは、そういう本なのです。 これ以上はどうやって書いてもネタバレになってしまうので、今日はこのへんで。…

  • 【2826冊目】ディーリア・オーエンス『ザリガニの鳴くところ』

    ザリガニの鳴くところ 作者:ディーリア・オーエンズ 早川書房 Amazon 世界中で1000万部以上売れたという本書は、なんと70歳の動物学者が書いた初めての小説だそうです。 でも、それも読んで納得。 確かにこれは、動物学者でなければ書けない小説です。 ★★★ 本書はディテールが際立っています。 沼地の自然の描写の美しさに、カイアの研究する沼地の生物のありよう。 随所に、動物学者としての目が活きています。 そんな「沼地」の包み込むような存在感があってこそ、この物語は光り輝いているのでしょう。 ★★★ 物語はなんとも切なく、痛ましく、それでいて、とても美しいものでした。 一方でチェイスという青…

  • 【2825冊目】吉村萬壱『ボラード病』

    ボラード病 (文春文庫) 作者:吉村萬壱 文藝春秋 Amazon 村田沙耶香『地球星人』を紹介した際、ある人からオススメいただいた一冊。やっと読めました。 『地球星人』を受けてのリコメンドという時点で、相当ヤバいことが想像されるわけですが、 読んでみたら予想以上のヤバさ。 『地球星人』ほどの破壊力はありませんが、じわじわとこちらの精神を蝕んでいくような小説です。 海塚市という架空の町が舞台。一人の少女の視点で綴られています。 この少女自体もいろんな意味で生きにくさを抱えていて、妄想癖があったり、母との関係もだいぶ病んでいたりするのですが、 読んでいくとそれよりも、舞台の海塚市自体の気持ち悪さが…

  • 【2824冊目】國分功一郎『中動態の世界』

    中動態の世界 意志と責任の考古学 (シリーズ ケアをひらく) 作者:國分功一郎 医学書院 Amazon ケアをめぐる良書を量産されておられる「シリーズ ケアをひらく」の一冊です。とはいえ、内容はかなりガチの思想書、あるいは思想史に近いものになっています。登場する名前も、アリストテレス、バンヴェニスト、デリダ、ハイデッガー、ドゥルーズ、ハンナ・アレント、そしてスピノザと、名前を見るだけで恐れ入ってしまうようなメンツがずらりと並んでいます。にもかかかわらず、本書に書かれている内容は、ケアの現場にも深く関係するものです。そのことがよくわかるのが、冒頭に出てくる「ある対話」です。おそらく依存症と思わ…

  • 【2823冊目】小山聡子『もののけの日本史』

    もののけの日本史-死霊、幽霊、妖怪の1000年 (中公新書) 作者:小山 聡子 中央公論新社 Amazon もののけ(本文中では「モノノケ」)と言えば、多くの人が思い出すのは映画『もののけ姫』でしょう。 でも、そもそも「モノノケ」ってなんなんでしょうか。 この世の栄華を極めた藤原道長が、モノノケを恐れるがあまり錯乱状態になっていた。 本書は、そんな話から始まります。 それくらい、当時のモノノケは、人に病気や死をもたらす、リアルに恐ろしい存在でした。 かつて「モノノケ」は「物気」と書かれていたそうです。 「物」とは今でいう物体のことではなく、「神を成す元、あるいはその力」を意味していました。 一…

  • 【2822冊目】遠藤周作『海と毒薬』

    海と毒薬(新潮文庫)作者:遠藤周作新潮社Amazon 戦時中に起きた米軍捕虜の生体解剖実験を扱った、遠藤周作の代表作のひとつです。本書に出てくる人々はみな、どこか不気味です。生体解剖というとんでもないことをしようとしているのに、全員が「なんとなく流されて」その行為に参加する。色恋や出世欲が複雑に絡んでいるものの、それを超える「倫理」は、ついに登場することはありません。著者は、そうした姿を典型的な日本人像として描こうとしています。それと明確に対比されているのが、ヒルダというドイツ人女性の描き方でしょう。「病人の恥ずかしさや気づまりに気がつか」ず、「男の子のように大股で病院を歩き」、「ビスケットを…

  • 【2821冊目】宇佐見りん『かか』

    かか (河出文庫) 作者:宇佐見りん 河出書房新社 Amazon 『推し、燃ゆ』が芥川賞となった宇佐見りんさんのデビュー作です。 そういえば最近、最新作も出ましたね。 この現代日本で、新刊がこんなに話題になる作家なんて、他には村上春樹くらいなのではないでしょうか。 さて、本書ですが、 19歳で書かれたとは信じられないほど、すでに独自の世界というか、空気感をもっています。 まず、全体が、「おまい」(お前)に向けた語りかけからなっています。 『推し、燃ゆ』の畳みかけるような怒濤の一人語りとは違う、ゆったりとして落ち着いたテンポですが、 それでもやはり、読み手を巻き込んでいくような独特のパワーがあり…

  • 再開に向けた口上、というか言い訳

    ええと、3ヶ月ぶりくらいでしょうか。久々に、再開したいと思います。3ヶ月間、何をしていたかと言いますと、インスタに走ってみたり、ツイッターの読書垢を作ってみたり、読書メーターをいじってみたり、noteに手を出してみたり、まあとにかくあれこれ試していました。で、その中でいくつか手応えのある試みができたので、「主戦場」であるコチラで実践してみようかと思ったワケです。よく言えば、充電期間ということになるでしょうか。思えばこの読書ノート、前からお読みいただいている方はご存じのとおり、しょっちゅう中断しています。でも、最近思うのですが、頻繁に中断しているからこそ、こんなに長く続いている、ということもあり…

  • 【2820冊目】伊藤亜紗・中島岳志・若松英輔・國分功一郎・磯崎憲一郎『「利他」とは何か』

    「利他」とは何か (集英社新書)作者:中島岳志,若松英輔,國分功一郎,磯崎憲一郎集英社Amazon 「利他」が、コロナ禍で注目を集めているという(ホントに?)。でも、利他って一体なんなのか。今もっとも脂の乗った5人の論者による論考。とにかくメンバーがめっぽう豪華だ。いわゆる大御所ではなく、思想や創作の第一線で活躍している「イキのいい」メンツばかりを揃えている。「利他」というキーワードながら、扱っているテーマが幅広いのもいい。しかも、それぞれが意外な形で「利他」につながっている。親鸞の「他力」を取り上げた中島岳志、意外なところでなんと柳宗悦の「民藝」と利他をつなげた若松英輔、小説の書き手の立場か…

  • 【2819冊目】ロバート・L・スティーヴンソン『ジキルとハイド』

    ジキルとハイド (新潮文庫)作者:ロバート・L. スティーヴンソンShinchosha/Tsai Fong BooksAmazon 小学生の頃に児童書バージョンで読んで以来でしょうか。もっとも、読んだことはなくても、ほとんどの人がどういう話か知っているという意味では、文学史上もっとも公然とネタバレされている小説でしょう。再読してみて、あらためてそのことを強く感じました。なぜかといえば、本書のメインであるジキル博士のところに出入りしている謎のハイド氏、突然のジキル博士の失踪、ハイド氏にかかる疑惑といったサスペンス要素が、「ジキルとハイドは同一人物である」ことを知っている時点でほぼ成り立たないので…

  • 【2818冊目】凪良ゆう『滅びの前のシャングリラ』

    滅びの前のシャングリラ作者:凪良ゆう中央公論新社Amazon 1か月後に地球に小惑星が激突し、人類が絶滅する世界での物語。似たような設定で思い出すのは伊坂幸太郎『終末のフール』だが、あちらは年単位の猶予があったので、どこか静かで達観した印象があった。一方本書は、いきなり1か月後。なので、人々は自暴自棄になり、ほとんどの人は仕事などしなくなるので社会インフラは崩壊し、略奪と暴力と得体の知れない新興宗教が横行するバイオレンスな世紀末世界になっている。そんな世界で生き抜こうとする「家族」の物語が、主人公を代えて第1章から第3章まで続き、最終章は突然、ある歌手の物語になる。もちろん彼らの物語は最後には…

  • 【2817冊目】小川三夫『棟梁』

    技を伝え、人を育てる 棟梁 (文春文庫)作者:小川 三夫文藝春秋Amazon 本当に大事なことだけが詰まった、ホンモノの仕事論。本当に大事なことは、言葉で伝えるのは不可能だ。だから、本書は「伝え方」自体を教える本になっている。聞き書きの名手、塩野米松さんによって引き出された「ホンモノの棟梁」の言葉は、声色や息遣いまで聞こえてきそう。著者が設立した「鵤(いかるが)工舎」は、全員が一緒に住み込み、仕事も生活も共にするところからはじまる。人を知るには、仕事だけ見ていてもダメだからだ。特に「掃除」と「料理」をやらせると、そいつの本質がわかるという。集団生活は、仕事に「浸りきる」ためにも必要だ。著者自身…

  • 【2816冊目】ラフカディオ・ハーン『小泉八雲東大講義録』

    小泉八雲東大講義録 日本文学の未来のために (角川ソフィア文庫)作者:ラフカディオ・ハーンKADOKAWAAmazon 明治時代、お雇い外国人として東京帝国大学で教えていたラフカディオ・ハーンの講義録である。ハーンといえば『怪談』の著者小泉八雲であるが、本書はそのハーンの文学観や日本への想いがつぶさに語られている。『怪談』とのつながりで言えば、やはり外せないのは第2章「文学における超自然的なもの」だろう。夢や妖精、樹の精などについて正面から語った文学講義というのがすでに珍しいが、その語り手がかのラフカディオ・ハーンなのである。ちなみにここでハーンが言う「夢は、利用の方法がわかっている人間にとっ…

  • 【2815冊目】姫野カオルコ『昭和の犬』

    昭和の犬 (幻冬舎文庫)作者:姫野カオルコ幻冬舎Amazon しょっちゅう理不尽な怒りをぶちまける(本書では「割れる」と表現。うまい言い方だ)シベリア帰りの父と、自分の娘のこととなるとこれっぽっちも認めない母のもと、昭和33年に生まれた柏木イク。いささかアブノーマルな両親、声が極端に聞こえづらい(これ、私もそうなので、気持ちはよくわかります)ため無視されやすいイクの、やや微妙な、でもやっぱり平凡といえば平凡な昭和の家族の日々を淡々と描いています。そして、その人生には、いつも犬がいたのです。犬と共に過ごした故郷・滋賀県での、そして大学に入り上京した東京での日々。こんなふうに書くと、なんだかあまり…

  • 【2814冊目】立松和平『道元禅師』

    道元禅師〈上〉 (新潮文庫)作者:和平, 立松新潮社Amazon 道元禅師〈中〉 (新潮文庫)作者:和平, 立松新潮社Amazon 道元禅師〈下〉 (新潮文庫)作者:和平, 立松新潮社Amazon とてつもない本でした。単行本で上下巻、計1,000ページ以上(その後三分冊で文庫化されたようですが、私が読んだのは単行本でした。リンク先は文庫本の方にしておきます)というボリュームに加え、物語としてはそれなりの紆余曲折はありますが、どちらかというと淡々としたもの。にもかかわらず、圧倒的な引力のようなものがあって、読み始めると止まらない。滔々と流れる、しかし底まで澄み通った大河のような、実に不思議な、…

  • 【2813冊目】信田さよ子『カウンセラーは何を見ているか』

    カウンセラーは何を見ているか (シリーズケアをひらく)作者:信田さよ子医学書院Amazon カウンセラーは感情労働?カウンセラーの仕事は「傾聴」し「共感」すること?カウンセラーがやっているのは「心のケア」?カウンセラーは、相手の自己決定を促す仕事?いわゆる「一般的なカウンセラーのイメージ」といえば、こんなところだろうか。だが、こうしたイメージをお持ちの方が本書を読むと、びっくりすると思う。なにしろ、本書はこれらをすべてひっくり返す内容なのだから。おそらく著者の実践の「背骨」になっているのは、本書でも紹介されている、松村康平氏の言葉であるように思う。「共感なんかできませんよ。人の気持ちなんかわか…

  • 【2812冊目】結城浩『数学ガール』

    数学ガール作者:結城 浩SBクリエイティブAmazon 今さら『数学ガール』かよ、と思われるかもしれませんが、初版が出た2007年には、こんな人気シリーズになるとは思わなかったんです。「フェルマーの最終定理」「ゲーデルの不完全性定理」などの続編、「秘密ノート」シリーズ、さらにはなんと『行政法ガール』なんて本まで出るなんて。いやはや、おみそれしました。簡単に言ってしまえば「ラノベ+数学」なんですが、たぶん本シリーズの成功の秘訣は、ラノベ風味を取り入れながら、数学のほうをしっかり本格的に取り上げたことにあるように思います。この手の「やわらかめの本」では避けられがちな数式もガッツリ出てきますし、内容…

  • 【2811冊目】最相葉月『れるられる』

    れるられる (シリーズ ここで生きる)作者:最相 葉月岩波書店Amazon 軽いエッセイかと思って、何の気無しに読み始めたのですが、読むうちに背筋が伸びてきました。思いのほか、しっかり中身が詰まっています。境目について書いた、と著者自身が冒頭に述べていますが、むしろ「裂け目」についての本だと思いました。世界の裂け目。平穏でふつうの日常と見えていたものの裏側にあって、何かの拍子に突然あらわれるものです。たとえば第1章「生む・生まれる」では、人工授精と出生児診断が取り上げられています。びっくりしたのは、NT(胎児頸部浮腫)のこと。これは妊娠9〜10週のころ、一時的に胎児の首の後ろに現れるむくみのこ…

  • 【2810冊目】ミカエル・ロネー『ぼくと数学の旅に出よう』

    ぼくと数学の旅に出よう―真理を追い求めた1万年の物語 作者:ミカエル・ロネー NHK出版 Amazon 最近、わけあって数学の入門書系の本を何冊か読んでいるが、その中でも本書は飛び抜けている。トピックの選び方、説明のうまさ、絶妙のユーモア、いずれも申し分ない。さすが新進気鋭の数学者にして、30万人以上が登録する「数学Youtuber」だけのことはある。 組み立て自体はとてもシンプルだ。旧石器時代の「手斧の対称性」や「数の起源」にはじまり、バビロニア、ギリシャ、インド、アラビア、そしてヨーロッパと、時代の流れとともに数学の歴史をたどっていく。その時代の文明の中心地できまって、数学が発展するのは、…

  • 【2809冊目】村上春樹『羊をめぐる冒険』

    羊をめぐる冒険(上) (講談社文庫)作者:村上 春樹講談社Amazon 羊をめぐる冒険(下) (講談社文庫)作者:村上 春樹講談社Amazon 村上春樹、初期の代表作です。一ヶ月まえに妻と離婚し、東京で広告の仕事をしている「僕」は、一枚の写真がきっかけで、羊をめぐる奇妙な冒険に出かけることになります。読んだのは20年ぶりくらいでしょうか。あらためて読んで、こんな筋書きだったんだ、と驚きました。それほどに、最初に読んだ時は、「僕」の繰り出す独特のレトリックと冷めた内面語りのセンスに酔うばかりで、これがどういうストーリーなのか、全然把握できていなかったのです。もっとも、今読んでも印象自体はあまり変…

  • 【2808冊目】アミール・D・アクゼル『「無限」に魅入られた天才数学者たち』

    「無限」に魅入られた天才数学者たち (〈数理を愉しむ〉シリーズ)作者:アミール・D・ アクゼル早川書房Amazon 無限という言葉を聞いて、どんなイメージが浮かぶだろうか。例えば「数」。1、2、3・・・と、数字はいくら数えても終わりがない(最も大きな数字を考えても、それに1を足すことができる)。また、無限は、案外身近なところにもある。例えば、0と1の間を半分に分割すると0.5だが、さらにその半分(0.25)、またさらにその半分・・・と分割を繰り返すと、何回割っても終わりがない。これもまた無限である。無限について考えていくと、奇妙な結論にたびたび出くわす。例えば19世紀の数学者ボルツァーノの方法…

  • 【2807冊目】宇佐見りん『推し、燃ゆ』

    推し、燃ゆ作者:宇佐見りん河出書房新社Amazon これはすごかった。新たな日本文学の誕生だ。言葉の熱量がすごい。それを完全にハンドリングして、ドライブする著者の腕力がすごい。現代的でありながらすべての年齢層に通じる、個性的で普遍的な文章がすごい。主人公の「あかり」は生きづらさを抱えた高校生だ。勉強はまったくできず、バイト先では失敗ばかり。病院で何かの診断を受けているらしいが(おそらく学習障害をともなう発達障害)、家族にはまったくその理解はない。つまり、家にも学校にも居場所がない。そんなあかりにとってもっとも大切なものが「推し」であるアイドルの上野真幸だ。「推しはあたしの背骨」であり「推しのい…

  • 【2806冊目】イアン・スチュアート『若き数学者への手紙』

    若き数学者への手紙 (ちくま学芸文庫)作者:イアン スチュアート筑摩書房Amazon 数学エッセイの名手イアン・スチュアートが、メグという女性に向けた手紙、という形式の一冊だ。メグとの関係ははっきり書いていないが、親戚のおじさんが同じ道に進んだかわいい姪っ子に手紙を書いているような、温かい文章になっている。タイトルはリルケの『若き詩人への手紙』の本歌取りかと思いきや、解説によれば、下敷きになっているのはハーディという数学者の『ある数学者の弁明』なる本とのこと。それはともかく、本書には数学がいかに魅力的で、役に立つもので、つまりは生涯を捧げるに足るものであるかが繰り返し書かれている。著者によれば…

  • 【2805冊目】小川洋子『琥珀のまたたき』

    琥珀のまたたき (講談社文庫)作者:小川 洋子講談社Amazon その3人のきょうだいの生活は、いとおしくて、せつなくて、こわれやすいものでした。末の娘を亡くした母は、娘は「魔犬」によって命を奪われたと思い込み、残りの3人の子どもを、別荘に住まわせ、そこから出ることを禁じます。魔犬の追跡を逃れるため、オパール、瑪瑙、琥珀と名前を変え、囁くような小さな声で会話する。テレビもゲームもなく、あるのは別荘とともに父が遺した、何冊もの図鑑だけ。そんな閉ざされた空間で3人のきょうだいが営む独特の生活を、本書はいつくしむように綴っています。「オリンピックあそび」「事情あそび」といったユニークな遊びを考案した…

  • 【2804冊目】ブリッタ・ベンケ『オキーフ』

    オキーフ NBS-J (ニューベーシック・シリーズ)作者:ブリッタ・ベンケタッシェン・ジャパンAmazon 本書はアメリカの画家ジョージア・オキーフのハンディ・サイズの画集です。「ニュー・ベーシック・アート・シリーズ」というシリーズの一冊で、どうやら版元はドイツのよう。日本でいえば「もっと知りたい○○」のような位置づけでしょうか。ちなみに日本語に翻訳されていますが、なぜか翻訳者の名前がどこにも書いてありません。オキーフは、展覧会があったら絶対に行きたい画家の一人です。花の絵、ニューヨークのビル街、抽象画、いずれも絶品で、特に巨大な花の絵の質感と美しさは圧巻です。「リアリズムほどリアルでないもの…

  • 【2803冊目】菊地大樹『日本人と山の宗教』

    日本人と山の宗教 (講談社現代新書)作者:菊地 大樹講談社Amazon 山は異界。山中他界。神は山から里にやってくるのであり、人が山に入る時は、それなりの儀式や儀礼が必要。これまで、主に民俗学において、山はそのように捉えられてきました。また、山は修験道の修行の場でもあり、修験者、あるいは山伏と言われるその人たちは、異界である山の中で、人智を超えた能力を身につけると言われています。本書は、そうした従来の「山中異界観」「山岳信仰観」に大きく修正を迫る一冊です。著者が注目するのは、仏教の存在です。もともと修験道は道教や仏教、日本古来の信仰が混淆したものとされていますが、その中で、仏教の影響は、それほ…

  • 【2802冊目】深沢潮『海を抱いて月に眠る』

    海を抱いて月に眠る (文春文庫 ふ 47-1)作者:深沢 潮文藝春秋Amazon 「在日文学」という言い方は大雑把すぎてあまり好きじゃないが、こういう本を読むと、やはりこれは「在日文学」という表現が一番ふさわしいと思えてくる。頑固で横暴なだけと思っていた父の意外な過去を知り、父の内面に向き合っていく梨愛。その歴史は、まさに韓国が辿ってきた苦難の道のりそのものだった。そして、父の人生を通じて、梨愛は朝鮮戦争、朴正煕のクーデター、金大中の拉致事件などに翻弄され続けてきた在日一世の歴史を知るのである。そうした苦難の歴史は非常に読み応えがあったが、それにしても父親は不器用すぎだろ、とも思えてならない。…

  • 【2801冊目】今村夏子『星の子』

    星の子 (朝日文庫)作者:今村 夏子朝日新聞出版Amazon 新興宗教にハマっていく両親、家を飛び出した姉、学校や宗教のコミュニティでのやりとり。どれも、中学生の「わたし」の視点で描かれています。会社員だった父は仕事を辞め、家は引っ越しを繰り返すたびに狭くなり、両親は何年も着ている緑色の上下のジャージでどこにでも出かけ、近所の公園で二人で謎の儀式をしている。まあ、客観的に見れば、「わたし」が置かれているのは、かなり悲惨な状況です。たぶん、着ている服だってそんなにきれいではないでしょう。なにしろ家には修学旅行に行くためのお金もなく、父の弟がかわりに払ってくれるくらいですから。しかし、そういう「客…

  • 【2800冊目】町田そのこ『52ヘルツのクジラたち』

    52ヘルツのクジラたち作者:町田そのこ中央公論新社Amazon キリ番です。だからといって特になにもないのですが、キリ番にふさわしい本になりました。それほどに、心に沁み入る本でした。こういう本が売れる今の日本は、まだまだ捨てたもんじゃありません。主人公の「キナコ」は虐待サバイバーです。母から壮絶な虐待を受け、難病を患う義父の介護までさせられていたキナコは、アンという人物の助けでそこから救い出されます。しかし、その後のいろんなこと(ネタバレになるので詳細は伏せますが)を経て、大分の片田舎に来ても、表面上は普通に振る舞っていますが、キナコの内面は死んだままなのです。そんなキナコは、かつての自分と同…

  • 【2799冊目】篠田桃紅『その日の墨』

    その日の墨 (河出文庫)作者:篠田 桃紅河出書房新社Amazon 100歳を超えてなお現役書家として活躍し続けた著者による随筆です。ちなみに昨年3月、お亡くなりになりました。享年107歳。合掌。この人がすごいのは、単に高齢になっても書を続けたというだけでなく、常に前衛的で、実験的な書を生み出し続けたことだと思います。その創造力とエネルギーの源がどこにあったのかが、書かれた文章からだけでも伝わってきます。とにかくこの人には、妥協がありません。好きなモノは好き、嫌いなモノは嫌い。生涯独身を通し、どこでも着物で出かけ、あらゆる権威に背を向けた。「とって置きの言葉」という随筆が、そうした著者のありよう…

  • 【2798冊目】瀬尾まいこ『そして、バトンは渡された』

    そして、バトンは渡された (文春文庫)作者:瀬尾 まいこ文藝春秋Amazon 優子の最初の母は亡くなり、父が再婚。2番目の母が来たところで、最初の父が海外赴任。2番目の母と暮らしていたが、再婚。2番目の父の家に引っ越す。その後、2番目の母は家を出て、優子は2番目の父の家に残る。その後、2番目の母が再婚し、優子は3番目の父のもとに。でも、2番目の母はまたもや家を出て、優子は3番目の父と暮らすことになる。ああ、ややこしい。でも、優子をいじめたり虐待したりする親は一人もいない。優子はみんなから愛情を注がれ、すくすくと育つ。え、そんなんで小説になるの?と思いながら読んだけれど、これがたいへん素晴らしい…

  • 【2797冊目】伊坂幸太郎『アヒルと鴨のコインロッカー』

    アヒルと鴨のコインロッカー (創元推理文庫)作者:伊坂 幸太郎東京創元社Amazon 大学に入ったばかりの「僕」が、隣の部屋に住む青年に「一緒に本屋を襲わないか」と言われる「現在」のパートと、ペットショップに勤める「わたし」とブータン人のドルジが「ペット殺し」の三人組と出会う「二年前」のパート。過去と現在が交互に語られます。そこに共通して登場するのが、河崎という名前の人物なのですが、これが伊坂幸太郎らしい、トリッキーな人物。こういう「したり顔で不思議なことを語る人物」を描かせると、この人はやはりうまいですね。ペット殺しの連中のような邪悪なキャラクターも登場しますが、基本的に物語は、穏やかに、飄…

  • 【2796冊目】砥上裕將『線は、僕を描く』

    線は、僕を描く作者:砥上裕將講談社Amazon ひょんなことから水墨画の世界に飛び込んだ大学生、青山霜介の成長を描いた一冊です。水墨画の奥深さをめぐる絶妙のアート小説で、両親を事故で亡くした主人公の精神の回復の物語で、水墨画の賞にまつわるバトル小説で、主人公と友人たちの交流を描く友情小説でもあります(友人の古前君のキャラがけっこう好きです。森見登美彦さんの小説に出てきそう)。いろんな魅力がありながら、全部がバランスよくまとまっているのも素晴らしいと思います。そして、これらすべてを支えているのが、水墨画に関する圧倒的なリアリティ。その技法から精神面に至るまでの説得力はハンパじゃありません。こんな…

  • 【2795冊目】まちゅまゆ『ヒトを食べたキリン』

    ヒトを食べたきりん作者:まちゅまゆ集広舎Amazon 幻想的でグロテスク、でもどこかかわいい「まちゅまゆ」さんの絵が、さいきん気になっています。個展は終わってしまったようなので、まちゅまゆさんの描いた絵本を読んでみました。人づきあいが不器用なキリンの、かなしいかなしい物語。ちょっとした誤解がもとで、まわりからどんどん追い込まれ、ついにヒトを食べてしまう。そして最後の絵は、無人。キリンはどこにいってしまったのでしょう。絵は、おそらくカンバスに描かれたものをそのまま使っているのでしょう。布地の質感や絵の具の厚みがリアルに感じられ、これはやはり、現物を見に行かなければ,と思いました。まちゅまゆさんの…

  • 【2794冊目】桐野夏生『日没』

    日没作者:桐野 夏生岩波書店Amazon 「社会に不適合」とされる作家を収容し、矯正させる施設が舞台のディストピア小説です。監禁され、支配される恐怖が、とにかくこれでもかとばかりに描かれます。特に食事やトイレなどの生活のディテールがおそろしくリアルで、読むだけでも精神的に追い詰められ、「助けてください」と叫びたくなります。そんな中でも作家としての矜持を曲げず戦う主人公のマッツ夢井は、著者自身の投影でしょうか。まあ、考えてみれば、反社会的とされる小説や、著名人への発言へのバッシングが繰り返され、「炎上」によって簡単に社会的に抹殺されてしまう現代社会こそ、本書で描かれた収容施設そのものなのかもしれ…

  • 【2793冊目】しりあがり寿『方舟』

    方舟作者:しりあがり寿太田出版Amazon 降り続く雨。水位は次第に上昇し、家が、ビルが、人が、少しずつ水に沈んでいく。不安を直視できず、バカ騒ぎを続けるテレビ。棒読みの「公式発表」を繰り返す政府。そんな中、突然出現する「方舟」。ハミガキのキャンペーンのために作られた舟に、大勢の人が殺到する。しかし、食べ物も水もなく、舟の上にいる人たちもまた、次々に死んでいくのだ。聖書に描かれたノアの方舟は、信心深いノアの家族を救うが、しりあがり寿の描く終末では、誰も救われない。長い雨がやみ、死体が転がる舟の上に、広がる星空。水底のビル街を漂う、人々のむくろ。未来が失われた人類のために描かれた、とびきり美しい…

  • 【2792冊目】瀬尾まいこ『夜明けのすべて』

    夜明けのすべて作者:瀬尾まいこ水鈴社Amazon 以前から気になっていた本です。障害がひとつのテーマと聞いていたので、ぜひ読まねば、と思っていました。主人公は、PMS(月経前症候群)の藤沢さん、パニック障害の山添くん。二人とも、周囲になかなか理解されない障害を抱え、そのため勤めを辞めたり、生活が大きく変わったりしてきました。そんな二人が出会い、お互いのことを知るうちに、相手だけではなく、自分自身のもつ障害についての理解も深まっていくところが面白いです。そして「2年間笑ってこなかった」山添くんは藤沢さんのおかげで笑うようになり、月経前になると怒りをコントロールできない藤沢さんは、山添くんによって…

  • 【2791冊目】乙一『銃とチョコレート』

    銃とチョコレート (講談社文庫)作者:乙一講談社Amazon ロイズ。ゴディバ。リンツ。ドゥバイヨル。モロゾフ。ブラウニー。ガナッシュ。共通点は何か、わかりますか?答えは、チョコレート。どれもチョコのブランドか、チョコを使った菓子の名前です。そして、これらはすべて、本書の登場人物の名前でもあります。この小説の登場人物は「チョコがらみ」なのです。さらに言えば、出てくる地名もチョコ関連。徹底しています。主人公の少年リンツは、亡き父の形見の聖書から出てきた一枚の地図がきっかけで、名探偵ロイズと怪盗ゴディバの戦いにかかわっていきます。ところが、展開は意外に意外を重ね、予想は次々に裏切られます。正しいと…

  • 【2790冊目】秋田麻早子『絵を見る技術』

    絵を見る技術 名画の構造を読み解く作者:秋田麻早子朝日出版社Amazon 「君は見ているけど、観察していないんだ、ワトソン君」シャーロック・ホームズの名台詞が冒頭に掲げられているのは、ダテではない。本書が解説しているのは、絵を「観察するように見る」ための手法である。実際、本書を読み始めてすぐに、今まで自分がいかに絵を漫然と見てきたかを思い知らされた。絵の主役「フォーカルポイント」への着目、そこからの視線の動きを誘導する仕掛け、バランスをとるために置かれたアイテム、色の組み合わせ、そして周到に仕組まれた構図。名画と呼ばれるような絵ほど、偶然の一致ではとても済まされないくらい、驚くべき仕掛けに満ち…

  • 【2789冊目】國分功一郎『はじめてのスピノザ』

    はじめてのスピノザ 自由へのエチカ (講談社現代新書)作者:國分功一郎講談社Amazon この間、熊谷晋一郎との対談を読んで気になったので、単著を読んでみました。それに、スピノザは、今までとっつきづらいイメージがあって敬遠していたのですが、対談の中で解説されていたスピノザの自由論がとても魅力的だったので。カツアゲの例えが面白いですね。銃をもった相手から「カネを出せ」と脅されて、自らポケットに手を入れて金を渡す「私」の行為は、さて能動か受動か(これじゃカツアゲというより強盗ですが)。行為それ自体だけを見れば、カツアゲされているとはいえ「自らポケットに手を入れてお金を渡す」わけですから、これは能動…

  • 【2788冊目】竹本健治『涙香迷宮』

    涙香迷宮 (講談社文庫)作者:竹本健治講談社Amazon ※ややネタバレに近い記述があります。未読の方はご注意ください。いろは歌、というのがありますね。いろはにほへと、ちりぬるを・・・・・・という、旧仮名遣いの48音すべてを一度だけ使った「歌」のことです。本書はこの「いろは歌」が主役のひとつとなっています。それも、なんと48通りの「いろは歌」が次々に披露され、どれもが歌としてもおもしろく、その上、その中に暗号が仕込まれているのです。まあ、驚天動地というか、前人未到というか。その凝りようは、暗号ミステリの中でもトップクラスです。そして、もうひとつの主役が黒岩涙香という人物です。明治時代に活躍し、…

  • 【2787冊目】フローベール『三つの物語』

    三つの物語 (光文社古典新訳文庫)作者:フローベール光文社Amazon フローベール晩年の短編3篇が収められています。フローベールは長編小説が有名ですが、短編も素晴らしいですね。中でも「聖ジュリアン伝」はものすごい。実はこの作品はポプラ社の「百年文庫」にも収録されており、読むのは2度目なのですが、やはりこれは頭抜けた傑作だと感じます。人間のもつ善と悪の極限を描き切り、しかもその両者がみごとに統合されている。思い出すのは、予言と宿命に翻弄されるという点ではギリシャ悲劇かシェイクスピアの四大悲劇(とくに『マクベス』)、善と悪の極北を同時に描くという点では、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』あ…

  • 【2786冊目】森田果『法学を学ぶのはなぜ?』

    法学を学ぶのはなぜ?作者:果, 森田有斐閣Amazon 高校生向けの法学の模擬授業がもとになっているとのことですが、むちゃくちゃわかりやすいです。私が高校生の頃にこの本を読んだら、法学部に行っていたかもしれません。いろんな事例を引きながら、法学のおもしろさを伝えているのがいいですね。気になったのは、イスラエルの保育園で実際に導入された「延長保育への罰金」の例。保育士さんたちが好意でやっていた延長保育を「罰金制」(有料化)したところ、かえって延長保育を利用する人が増えてしまった、というものです。好意でやってもらっていたことで遠慮していた親たちが「お金を払えば済む」ことで、かえって気軽に延長保育を…

  • 【2785冊目】村瀬孝生『ぼけてもいいよ』

    ぼけてもいいよ―「第2宅老所よりあい」から作者:村瀬 孝生西日本新聞社Amazon 「第2宅老所よりあい」は、福岡市にある高齢者の生活の場のこと。本書は、この地域の中のごくふつうの民家に、通い、あるいは暮らすお年寄りとの日々を綴った一冊だ。高邁な理想を唱えるのは簡単だ。でも、現実にシモの世話をし、同じ問いかけに何度も答え、「家に帰る」というお年寄りといっしょに何時間も歩くとなると、これはなかなかたいへんなのだ。本書には、そんな実践の日々から生まれた、地に足のついた言葉が散りばめられている。それは一見平凡だが、ときにドキッとするほど鋭く、こちらの思い込みをえぐってくる。たとえば本書の冒頭では、北…

  • 【2784冊目】尾脇秀和『氏名の誕生』

    氏名の誕生 ――江戸時代の名前はなぜ消えたのか (ちくま新書)作者:尾脇 秀和筑摩書房Amazon ややこしくも、大変面白い本でした。苗字があって、名前がある。現代の私たちには当たり前のことですが、実は、江戸時代以前はそうではありませんでした。当時は自分の仕事やポジションに応じて、名前を変えるのも当たり前。名前とはそれほど確固としたものではなく、むしろその人の地位や仕事をあらわす「しるし」のようなものだったのです。それが大きく変わったのは、明治維新でした。興味深いのは、そこで行われた「姓」と「名」という(現代にやや近い)名前の導入には、朝廷勢力の影響があったこと。実は、武家社会になり、名前のあ…

  • 【2783冊目】米原万里『マイナス50℃の世界』

    マイナス50℃の世界 (角川ソフィア文庫)作者:米原 万里,山本 皓一KADOKAWAAmazon 今朝のニュースで、カナダでは気温がマイナス50℃に達した、と言っているのを見て、この本を思い出しました。ロシア語通訳の達人にして名エッセイスト、米原万里の初の著作です。そして、なんと地球上で最も寒い場所、ロシアのヤクートへの旅を綴った一冊なのです。しかもこれ、TBSの企画で実現した取材らしいのですが、写真が山本皓一、同行のリポーターがあの椎名誠という意外な組み合わせ。ちなみに本書の写真のキャプションは全部椎名誠がつけているそうです。本書で一番強烈なのは、ヤクートの寒さ。なにしろ飛行機から降りた時…

  • 【2782冊目】宮部みゆき『昨日がなければ明日もない』

    昨日がなければ明日もない (文春文庫 み 17-15)作者:宮部 みゆき文藝春秋Amazon 杉村三郎シリーズの最新作。「絶対零度」「華燭」「昨日がなければ明日もない」の中編3つが収められています。「絶対零度」はとにかく読後感が胸糞。しばらく引きずってしまい、次の作品を読めなくなるほどでした。宮部みゆきの「容赦のなさ」が久々に味わえたような。「華燭」は、なんと同じ結婚式場で同時に2つの結婚式がお流れになるという意外きわまる作品。コミカルですが謎解き要素は3作中いちばん濃いかも。「昨日がなければ明日もない」は意味深なタイトルですが、その意味がわかった瞬間の切なさがたまりません。ラストで立ち尽くし…

  • 「私家版・新潮文庫の100冊」を選んでみました

    この間、100冊を通して読んでみたのですが、あらためて秀逸なセレクションだと感じ入りました。 ですので、その選書に異をとなえるつもりはないのですが、やはりこう見事な選書眼を披露されると、それをほめるだけではなんだか物足りないんですよね。及ばないながらも、自分なりの「回答」を示してみたくなる、というか。 なので、100冊読破記念企画として(まあ、誰もそんなの期待しちゃいないでしょうけど)「もうひとつの新潮文庫100冊」セレクションを作ってみました。少々長いリストになりますが、ご笑覧いただければ幸いです。 ジャンル分けはせず、基本的に著者名の五十音順にしてあります。複数冊に及ぶものはまとめて一冊…

  • 【2781冊目】村田沙耶香『地球星人』

    地球星人(新潮文庫)作者:村田沙耶香新潮社Amazon いや〜、いいですね〜。狂ってます。これまで読んできた村田作品の中でも、本書はかなりぶっちぎっています。リミッターが外れているというか、遠慮がないというか、容赦がないというか。主人公の「私」は、小学生の頃は自分を魔法少女だと信じていたというのですが、まあ、その程度なら「夢見る年頃」にはよくあることです。でも、34歳にもなって、今度は「私は実はポハピピンポボピア星人」だ、なんて言い出したら、さすがにシャレになりません。でも、「私」は大真面目なのです。しかも、「性交渉なし」の条件でネットを介して知り合った夫も、おそろしいことに同じ意見、同じ思考…

  • 【2780冊目】森川すいめい『感じるオープンダイアローグ』

    感じるオープンダイアローグ (講談社現代新書)作者:森川すいめい講談社Amazon オープンダイアローグについて書かれた本はいろいろありますが、本書はその中でも、短いながらその本質に迫った一冊なのではないかと思います。その理由の一つは、著者が自らオープンダイアローグ発祥の地フィンランドで学び、日本人医師初の国際トレーナー資格を取得したことにあります。本書は外野の書いた「解説書」というより、オープンダイアローグを深く実践した著者による、一種の「体験記」なのです。その意味で、本書の白眉は著者自身が受けたトレーニングについて書かれた第3章です。そこで行われたのは、著者自身の過去や、心の痛みを他者に語…

  • 【2779冊目】國分功一郎・熊谷晋一郎『〈責任〉の生成』

    の生成ー中動態と当事者研究" title="の生成ー中動態と当事者研究"><責任>の生成ー中動態と当事者研究作者:國分功一郎,熊谷晋一郎新曜社Amazon 決して簡単な内容ではありません。特に「中動態」という概念は、定義を読めば理解はできるのですが、なかなか体感的に入ってこないものがあります。なので、ピンと来ない部分も多かったのですが、にもかかわらず非常に刺激的な一冊でした。今までの自分の思考を大きく揺さぶり、変えてくれた本でもあります。まず「免責と引責」のくだりに興味を惹かれました。例えば放火をしてしまう人がいる。もちろんとんでもないことです。責任を取らせるべき、という意見も出るでしょう。で…

  • 【2778冊目】草森紳一『その先は永代橋』

    その先は永代橋作者:草森紳一幻戯書房Amazon 博覧強記、稀代の読書家であった草森紳一は、2008年、門前仲町の自宅で、本に埋もれるようにして亡くなりました。本書はその晩年に書かれた2つの連載エッセイを収録した一冊です。第一部「その先は永代橋」は、永代橋という「場所」にまつわるあれこれを取り上げたエッセイです。そこに登場するのは清河八郎に小津安二郎、河竹黙阿弥に七代目団十郎と多士済々。しかもそこから四方八方に雑学の触手が広がり、思わぬところにつながっていくのがおもしろい。第二部「ベーコンと永代橋」のベーコンは肉ではなくて、著者が愛してやまない画家フランシス・ベーコンのことです。こちらはあまり…

  • 【2777冊目】夏目漱石『こころ』

    こころ (新潮文庫)作者:漱石, 夏目Shinchosha/Tsai Fong BooksAmazon 「新潮文庫の100冊2021」全冊読破キャンペーン100冊目。夏に始まった100冊読破企画も、秋の終わりを迎え、やっとこさ終わりました。記念すべき100冊目は、言わずと知れた定番中の定番、近代日本文学の代表作のひとつです。とは言ってもこの本、ずいぶん前に読んだきり、ずっと読み返せないでいました。初読の印象がなんとも「痛かった」ので、なかなか再読する気が起きなかったのです。特に「先生の遺書」は読んでいて辛かった。そして再読したのですが、なんとも不思議な小説だったという印象です。前半の「私」はど…

  • 【2776冊目】一木けい『1ミリの後悔もない、はずがない』

    1ミリの後悔もない、はずがない (新潮文庫)作者:一木 けい新潮社Amazon 「新潮文庫の100冊2021」全冊読破キャンペーン99冊目。過去と現在が交錯する連作短篇集。著者のデビュー作とのことですが、信じられない完成度です。冒頭のシーンから、イカを捌いていたら中から魚が丸ごと出てくるところが生々しく描かれていて驚かされます。イカのぬめりや内臓の感触まで感じられそうな文章です。実際、この人の文章は読む人の肌感覚にまで食い入ってくるようなところがあります。忘れられないのは、夫の実家での鍋のシーンです。各自が皿に取った具材を鍋にぼとぼとと戻し、ご飯を入れて雑炊にする気持ち悪さに、夫の実家での妻の…

  • 【2775冊目】町田そのこ『コンビニ兄弟 テンダネス門司港こがね村店』

    コンビニ兄弟―テンダネス門司港こがね村店―(新潮文庫nex)作者:町田そのこ新潮社Amazon 「新潮文庫の100冊2021」全冊読破キャンペーン98冊目。フェロモン全開でファンクラブまである超個性的な店長がいるコンビニ「テンダネス門司港こがね村店」が舞台の連作短篇集・・・・・・と言って、食指が動く人がどれくらいいるでしょうか。私も正直「新潮文庫の100冊」に入っていなければ、手に取ることはなかったかもしれません。でも、この小説はとてもいい。コミカルですが人の人情の機微に触れるものがあり、短いながらそれぞれの登場人物のドラマがあります。女子高生、30代のパート主婦、中年男性、定年を迎えた初老の…

  • 【2774冊目】重松清『ハレルヤ!』

    ハレルヤ! (新潮文庫)作者:重松 清新潮社Amazon 「新潮文庫の100冊2021」全冊読破キャンペーン97冊目。学生時代にバンドを組んでいた5人が、人生の後半を迎えてバンドの再結成に向けて動き出す・・・・・・というような話じゃなくて、安心した。本書で描かれているのは、人生の折り返し点に立った5人がつかのま交錯し、それぞれのステージで後半戦をはじめるさまなのだ。「終章」に書かれた作者の独白のようなものを読むと、もともとは別の物語を構想していたのが、キヨシローこと忌野清志郎の死で全部ぶっ飛んでしまい、そこから始まった「何か」を書くことにした、と書かれている。なるほど、確かにこの小説は、とても…

  • 【2773冊目】湊かなえ『豆の上で眠る』

    豆の上で眠る(新潮文庫)作者:湊かなえ新潮社Amazon 「新潮文庫の100冊2021」全冊読破キャンペーン96冊目。失踪した姉が2年ぶりに帰ってくるが、妹だけは姉が偽物だと思えて仕方がない・・・・・・という話なのですが、実は半分以上が、姉の失踪期間中の出来事で占められています。姉を探すため「変質者探し」でスーパーに張り込み、小学生の妹をダシに怪しい家の家探しまでさせる母の描写がエグいです。子どもが行方不明になって半狂乱になる気持ちは理解できますが、妹があまりにもその犠牲になりすぎていて、なかなかに読むのが辛いものがありました。姉が帰ってきてからの、妹だけが偽物だと疑い続けるところもスリリング…

  • 【2772冊目】湯本香樹実『夏の庭』

    夏の庭―The Friends (新潮文庫)作者:香樹実, 湯本新潮社Amazon 「新潮文庫の100冊2021」全冊読破キャンペーン95冊目。名作です。平成4年の刊行ですから、定番の名作が多い児童文学としてはかなり「新しい」作品ですが、おそらく本書は、はこれからもずっと読み続けられるでしょう。それほどの小説です。ズッコケ三人組を思わせる小学生3人が「死」に興味をもち、近所のおじいさんが死ぬまでを観察しようと集まります。しかし、思いがけずおじいさんと交流するようになった3人は、さまざまなことをそのおじいさんから学ぶのです。おじいさんが教えてくれるのは、どれも3人が親から教えてもらったことのない…

  • 【2771冊目】住野よる『か「 」く「 」し「 」ご「 」と「 』

    か「」く「」し「」ご「」と「(新潮文庫)作者:住野よる新潮社Amazon 「新潮文庫の100冊2021」全冊読破キャンペーン95冊目。高校生5人が主人公の連作短編です。章ごとに語り手が変わります。変わっているのは、それぞれが相手の心の中を覗ける特殊能力をもっていること。その内容は、喜怒哀楽がトランプのマークの形で見えたり、数字で見えたり、気持ちの向きが矢印で見えたり、とさまざまです。ただ、この能力以外の点では、本書は仲良し5人組の気持ちの交錯を描いた、ふつうの青春小説です。むしろこの小説のトーンからすれば、能力は果たして必要なものだったのか、よくわかりません。著者は、人の感情が分かってしまうこ…

  • 【2770冊目】瀬尾まいこ『あと少し、もう少し』

    あと少し、もう少し (新潮文庫)作者:瀬尾 まいこ新潮社Amazon 「新潮文庫の100冊2021」全冊読破キャンペーン94冊目。中学駅伝に挑む6人を主人公とした作品です。いい作品でした。まず構成がいい。1区から6区まで、それぞれの区間の走者を語り手に、同じ時間に起きた出来事を6通りに語ります。だから、同じ出来事でもまったく違う捉え方になるし、周囲からの見え方と本人の思いが大きく違う、ということも。そして、どの章も駅伝のシーン、次の走者にタスキをつなぐシーンで終わるのです。登場人物がいい。いじめられっ子の設楽、乱暴者の大田、気取り屋の渡部、盛り上げ役のジロー、素直な後輩の俊介、部長でリーダー役…

  • 【2769冊目】伊予原新『月まで三キロ』

    月まで三キロ(新潮文庫)作者:伊与原新新潮社Amazon 「新潮文庫の100冊2021」全冊読破キャンペーン93冊目。珠玉の短篇集です。どれくらい素晴らしいかというと、図書館で借りて読み始めたにもかかわらず、最初の作品を読んですぐ本屋に走ったくらい。こういう出会いがあるから、読書はやめられません。どの作品にも、さまざまな過去や鬱屈を抱えている人が登場します。ある人と出会うことで凝り固まった感情がほぐれたり、人生が大きく変わるのですが、ユニークなのはそこに、月科学、化石、火山といった「科学」が介在していること。それも、単に知識上の小道具として出てくるのではなく、科学自体のありようが、人に大きく影…

  • 【2767・2768冊目】芦沢央『許されようとは思いません』『火のないところに煙は』

    許されようとは思いません(新潮文庫)作者:芦沢央新潮社Amazon 火のないところに煙は(新潮文庫)作者:芦沢央新潮社Amazon 「新潮文庫の100冊2021」全冊読破キャンペーン91•92冊目。100冊中に複数作品がエントリーされていたのは、芦沢央のほかには重松清だけ。その割に名前くらいしか知らなかったので、興味津々で読んでみた。いずれも短篇集なのだが、『許されようとは思いません』は意外な結末が魅力のミステリ仕立て。絶妙なシチュエーションと心理描写の巧さがとにかく際立っている。「目撃者はいなかった」の営業マンが、ミスを隠蔽しようとするうちにどんどん追い込まれていくさまは、自分のことのように…

  • 【2766冊目】米澤穂信『儚い羊たちの祝宴』

    儚い羊たちの祝宴(新潮文庫)作者:米澤 穂信新潮社Amazon 「新潮文庫の100冊2021」全冊読破キャンペーン90冊目。舞台は現代のはずなのに、スマホもゲームもSNSも出てこない。裕福な旧家の屋敷や召使いたち、どこか病んでいる登場人物、まるで横溝正史か江戸川乱歩の世界。短編集である。バベルの会という読書会が共通して出てくるが、最後の作品を除けばほとんど名前のみ。そして、どの作品も女性の一人語りであって、ギョッとするラストが用意されている(「山荘秘聞」はそこを逆手にとっているが)。本書の独特の雰囲気は、その語りのうまさにある。やはりどこか江戸川乱歩を思わせる。まあ、それだけといえば、それだけ…

  • 【2765冊目】津村記久子『この世にたやすい仕事はない』

    この世にたやすい仕事はない (新潮文庫)作者:記久子, 津村新潮社Amazon 「新潮文庫の100冊2021」全冊読破キャンペーン89冊目。ちょっと風変わりな「お仕事小説」。風変わり、というのは、お仕事小説の多くは「一つの仕事を通じて人間が成長していく」プロセスを描くが、本書は、一人の女性がいろんな仕事を転々としていく連作短編なのだ。しかもその仕事が、どれも、どこか変わっている。ある小説家をひたすら監視。バスの広告アナウンスの原稿づくり。菓子袋の裏のプチ情報作成。ポスターの貼り替え。そして最後は、広大な森林公園にある小屋でひたすらチケットにミシン目を入れるという、ほとんどコナン・ドイルの「赤髪…

  • 【2764冊目】三浦綾子『塩狩峠』

    塩狩峠 (新潮文庫)作者:綾子, 三浦新潮社Amazon 「新潮文庫の100冊2021」全冊読破キャンペーン88冊目。読み終えて、いろんなことを考えさせられました。特に、キリスト教というもの、信仰というものと、そろそろ正面から向き合わなければなるまい、という思いが強くなりました。自分の命を犠牲にして列車を止めるという信夫の行動自体は、彼自身の気高さ、人間的な高み、ということで説明がつくのかもしれません。しかし、それをかたちづくったのは間違いなく、キリスト教の信仰であったことを考えるとき、そのことを抜きにして信夫の行動だけを称えるというのは、やはりある種の欺瞞ではないかと思うのです。歴史を見れば…

  • 【2763冊目】伊坂幸太郎『ホワイトラビット』

    ホワイトラビット(新潮文庫)作者:伊坂幸太郎新潮社Amazon 「新潮文庫の100冊2021」全冊読破キャンペーン87冊目。誘拐ビジネス。たてこもり。死体隠しに、オリオン座に「レ・ミゼラブル」。う〜ん。並べてみても、まったくもって意味不明ですね。でも、この小説はこれ以上の解説が難しいので、致し方ありません。とにかく予想外の展開の連続で、しかも話が行ったりきたりするので、ややこしいことこの上ない。でもその分、全体像が見えてきた時の快感は、ちょっと比類がありません。まあとにかく、伊坂幸太郎の真骨頂とでもいうべき、トリッキーな展開に変わり者の登場人物のオンパレード。関係ないと思っていたオリオン座の蘊…

  • 【2762冊目】江國香織『号泣する準備はできていた』

    号泣する準備はできていた (新潮文庫)作者:香織, 江國新潮社Amazon 「新潮文庫の100冊2021」全冊読破キャンペーン86冊目。「前進、もしくは前進のように思われるもの」「じゃこじゃこのビスケット」「熱帯夜」「煙草配りガール」「溝」「こまつま」「洋一も来られればよかったのにね」「住宅地」「どこでもない場所」「手」「号泣する準備はできていた」「そこなう」の12篇が収録されています。今更ですが、江國香織はタイトル名人ですね。上に挙げたタイトルも、それぞれに見事で、内容が気になります。その内容もまた、素晴らしい。大きな事件が起きるわけではありません。夫の実家に行ったり、デパートで買い物をした…

  • 【2761冊目】王城夕紀『青の数学』

    青の数学(新潮文庫nex)作者:王城夕紀新潮社Amazon 「新潮文庫の100冊2021」全冊読破キャンペーン85冊目。数学と情緒を結びつけて語ったのは岡潔ですが、この小説では、数学と叙情が結びついています。細かい説明よりも、独特の空気感に包まれて読む小説です。描かれているのは、数学をめぐる、高校生たちの戦いと青春ですが、雰囲気はまるでスポーツ青春ドラマのよう。それも、ガチのスポ根モノというより、少女マンガ要素が入ったさわやかスポーツ青春モノなのです。実際、この小説は、マンガになったものを読んでみたいと思いました。叙情に流されがちな文章も、マンガであれば同時に背景を描き込むことで説明が足りる。…

  • 【2760冊目】谷崎潤一郎『春琴抄』

    春琴抄(新潮文庫)作者:谷崎潤一郎新潮社Amazon 「新潮文庫の100冊2021」全冊読破キャンペーン84冊目。再読ですが、何度読んでもヤバい小説です。「愛している」と、言葉で言うのは簡単です。それなりの行動で示すことも、あるでしょう。でも、ここに出てくる佐助のような行動を「愛のために」取れる人はいるでしょうか。盲目の春琴は、佐助にとって三味線の師匠であって、圧倒的な崇拝の対象でした。ところが、あるトラブルが原因で、春琴は顔面に熱湯をかけられ、その美貌が損なわれてしまいます。醜くなった自分の顔を見ないでくれ、と願う春琴。そこで佐助は、春琴の願いを叶えつつその傍らにいるために、自らの眼を針で突…

  • 【2759冊目】ハリエット・アン・ジェイコブズ『ある奴隷少女に起こった出来事』

    ある奴隷少女に起こった出来事 (新潮文庫)作者:ジェイコブズ,ハリエット・アン新潮社Amazon 「新潮文庫の100冊2021」全冊読破キャンペーン83冊目。当初はフィクションと思われて忘れられていたが、実話とわかるや否やベストセラーになったといういわくつきの一冊です。確かにノンフィクションとしての迫力やリアリティはものすごいですが、小説だからといって忘れられるというのは、いささか腑に落ちません。小説だとしても、本書のもたらす感動は十分なものだと思うからです。むしろこれは、刊行された1861年という時代が影響しているのではないかと思います。なにしろこれは、南北戦争が始まった年なのです。奴隷制が…

  • 【2758冊目】小川糸『あつあつを召し上がれ』

    あつあつを召し上がれ (新潮文庫)作者:小川 糸新潮社Amazon 「新潮文庫の100冊2021」全冊読破キャンペーン82冊目。実ははじめての小川糸作品。前から気になっていた作家さんではあったのですが。短篇集です。どの作品も、食べ物が登場し、重要な役割を演じています。味や香りの記憶は、人を過去に引き戻したり、失った人を思い出させてくれます。父親が愛してやまなかった中華屋のぶたばら飯。母が作り方を教えてくれた味噌汁。記憶の中にだけ息づくコロッケ、いや「ハートコロリット」。一番良かったのは「季節はずれのきりたんぽ」でした。亡き父がこだわったきりたんぽを再現しようとする母と娘。料理を作るうちに生き生…

  • 【2757冊目】佐藤多佳子『明るい夜に出かけて』

    明るい夜に出かけて(新潮文庫)作者:佐藤多佳子新潮社Amazon 「新潮文庫の100冊2021」全冊読破キャンペーン81冊目。大学を休学し、コンビニの夜勤バイトで生活する富山は、実はひそかに深夜ラジオにネタを投稿しています。実は、以前は別の名前で頻繁に投稿していた有名な「ハガキ職人」だったのですが、とある出来事がきっかけでバッシングされ、心が折れてしまったのです。本書は、そんな富山がバイト先の先輩でネットの「歌い手」である鹿沢、深夜のコンビニに登場するエキセントリックな女子高生の佐古田、性格にかなりクセがあり、富山の過去を知っている友人の永川と関わるなかで、少しずつ精神を回復していく物語です。…

  • 【2756冊目】宮沢賢治『銀河鉄道の夜』

    新編 銀河鉄道の夜 (新潮文庫)作者:賢治, 宮沢新潮社Amazon 「新潮文庫の100冊2021」全冊読破キャンペーン80冊目。「よだかの星」「オツベルと象」「猫の事務所」「セロ弾きのゴーシュ」など定番の名作揃いですが、やはり表題作「銀河鉄道の夜」が一頭抜けています。圧倒的にせつなく美しい物語世界は、日本のすべての小説の中でも最高峰でしょう。たとえば次のような描写は、ほかのどんな作家にも書けないものだと思います。「するとどこかでふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云う声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊(ほたるいか)の火をいっぺんに化石させて…

  • 【2755冊目】寮美千子編『空が青いから白をえらんだのです』

    空が青いから白をえらんだのです ―奈良少年刑務所詩集― (新潮文庫)新潮社Amazon 「新潮文庫の100冊2021」全冊読破キャンペーン79冊目。少年刑務所の受刑者が書いた詩を集めた一冊です。巻末にある編者の文章「詩の力 場の力」を最初に読むことをオススメします。詩を書くこと、書いた詩を褒められることを通して、罪を犯した少年たちがどのように変わっていったかが書かれています。いつもふんぞり返っていたのに、俳句を褒められたことがきっかけで、身を乗り出すような姿勢で話を聞くようになったO君。自傷傾向があり精神的に不安定だったけど、妄想や空想をノートに書くことで落ち着き、人の相談を受けるまでになった…

  • 【2754冊目】乃南アサ『しゃぼん玉』

    しゃぼん玉 (新潮文庫)作者:アサ, 乃南新潮社Amazon 「新潮文庫の100冊2021」全冊読破キャンペーン78冊目。親から愛されず育ち、何をやっても長続きせず、ひったくりで生活している翔人が、ひょんなことから山深い村で老婆の世話になり、人間性を取り戻していく・・・という、あらすじだけ読むと、なんともベタな物語ですが、これが実に良い小説で驚きました。特に翔人が村に戻っていくラストには、小説では滅多に泣かない私がうるっときてしまいました。翔人は、村で厳しく叱られたり、指導されたわけではありません(「シゲ爺」には叱られたり、はたかれたりしてましたが)。手作りのおいしい食事、「ぼうは、良い子」と…

  • 【2753冊目】恩田陸『夜のピクニック』

    夜のピクニック(新潮文庫)作者:恩田 陸新潮社Amazon 「新潮文庫の100冊2021」全冊読破キャンペーン75冊目。実は、恩田陸の小説はちょっと苦手。なので、本書もなんとなく敬遠していたのですが、読んでみたら予想外の素晴らしさにびっくり! 読むうちに夢中になってしまいました。全校生徒が丸一日、80キロを歩き通す「歩行祭」。本書は全編が、そのイベントの中で展開されています。ひたすら歩き、語るだけなのに、そこで起こるすべてがなんとみずみずしく、懐かしく、そして輝いていることか。そして、400ページ以上にわたって歩きつづけるだけなのに、次々に場面や話題が切り替わり、一瞬たりとも飽きさせず、むしろ…

  • 【2752冊目】コナン・ドイル『シャーロック・ホームズの冒険』

    シャーロック・ホームズの冒険 (新潮文庫)作者:コナン ドイル新潮社Amazon 「新潮文庫の100冊2021」全冊読破キャンペーン74冊目。言わずとしれたシャーロック・ホームズの第一短篇集。「ボヘミアの醜聞」「赤髪組合」「花婿失踪事件」「ボスコム谷の惨劇」「オレンジの種五つ」「唇の捩れた男」「青いガーネット」「まだらの紐」「花嫁失踪事件」「椈屋敷」が収められている。小学校の図書室にあった江戸川乱歩の「少年探偵団」シリーズから入り、シャーロック・ホームズにハマり、そこからクリスティ、クイーンに進むという王道ルートでミステリを読み始めた人間としては、本書のラインナップはなんとも懐かしい。同時に、…

  • 【2751冊目】谷川俊太郎『ひとり暮らし』

    ひとり暮らし (新潮文庫)作者:俊太郎, 谷川新潮社Amazon 「新潮文庫の100冊2021」全冊読破キャンペーン73冊目。著者は詩人だが、本書は詩集ではなくエッセイ。日常のつれづれやいろいろな思いをやさしい言葉で綴っているが、その奥はとても深い。そのあたりは、エッセイとはいえさすが谷川俊太郎、というべきか。生と死をめぐる文章が面白い。著者は葬式について「結婚式に行くのよりずっといい」と書く。なぜかというと、結婚式にはどうしても「未来」がつきまとうが、未来には心配や不安がつきものだ。だが葬式には「未来というものがない」。だから気楽なのだという。だいたい、みんな「死」のことばかり心配するが、実…

  • 【2750冊目】角田光代『さがしもの』

    さがしもの (新潮文庫)作者:光代, 角田新潮社Amazon 「新潮文庫の100冊2021」全冊読破キャンペーン72冊目。「本」にまつわる短篇集です。「旅する本」「だれか」「手紙」「彼と私の本棚」「不幸の種」「引き出しの奥」「ミツザワ書店」「さがしもの」「初バレンタイン」の9編に、「あとがきエッセイ」がついています。どの作品にも、本が登場し、「本を読む人」が登場します。古本屋に売った本に旅先で再会する「旅する本」、本を共有した彼との別れを本と一緒に振り返る「彼と私の本棚」など、読むほどに、本は本だけでは存在しないこと、そこにはかならず本を手に取り、読み、本棚に差す「人」がいることが感じられ、そ…

  • 【2749冊目】H・P・ラヴクラフト『インスマスの影 クトゥルー神話傑作選』

    インスマスの影 :クトゥルー神話傑作選 (新潮文庫)作者:H・P・ラヴクラフト新潮社Amazon 「新潮文庫の100冊2021」全冊読破キャンペーン71冊目。創元推理文庫の全6巻(現在は全7巻)、黒一色に不気味なイラストの『ラヴクラフト全集』にハマったのは、中学生から高校生の頃でした。他のどんな小説とも違う、独特すぎる世界観とそれを支える異様な文章は、自分を特別だと思いたくてしょうがなかった当時の自分にぴったりだったのでしょう。本書に収録された「インスマスの影」や「クトゥルーの呼び声」を読むと、当時のことをいろいろ思い出します。ちなみにその頃はクトゥルーは「クトゥルフ」、ヨグ・ソトホートは「ヨ…

  • 【2748冊目】芥川龍之介『蜘蛛の糸・杜子春』

    蜘蛛の糸・杜子春(新潮文庫)作者:芥川龍之介新潮社Amazon 「新潮文庫の100冊2021」全冊読破キャンペーン70冊目。「蜘蛛の糸」「犬と笛」「蜜柑」「魔術」「杜子春」「アグニの神」「トロッコ」「仙人」「猿蟹合戦」「白」を収録。芥川といえばこの作品、と誰もが思うであろう短編が揃っています(これに「羅生門」「芋粥」「鼻」が加われば、まさに芥川入門書ですね)。子どもの頃は「蜘蛛の糸」「杜子春」「魔術」のような、寓話のような作品が好きでしたが、今読むと、「蜜柑」「トロッコ」のような作品が気になります。どちらも子どもが登場するため、少年少女むきの作品と思えますが、その味わいは大人になってからのほう…

  • 【2747冊目】山本周五郎『さぶ』

    さぶ (新潮文庫)作者:周五郎, 山本新潮社Amazon 「新潮文庫の100冊2021」全冊読破キャンペーン69冊目。最初に読んだのは大学生の頃だっただろうか。そのときは通り過ぎるように読んだのだと思うが、それなりに年を重ねてから読むと、印象が全然違う。たとえば初読のときは、主人公がどう見ても栄二なのにタイトルが「さぶ」なのが不思議だった。特に本書のメインとも言える寄場での日々はほとんど栄二のみで、さぶはときどき面会に来るに過ぎない。しかもさぶときたら鈍くてどんくさく、とても主人公という感じではない。でも、これはやはり栄二が主人公で、なおかつタイトルが「さぶ」であることが大事なのだ。なぜなら、…

  • 【2746冊目】フランツ・カフカ『変身』

    変身 (新潮文庫)作者:フランツ・カフカ新潮社Amazon 「新潮文庫の100冊2021」全冊読破キャンペーン68冊目。朝起きると虫になっていたグレーゴル・ザムザの物語、という知識は多くの人が持っているでしょうが、それだけではもったいない。私は何回読んだかわかりませんが、そのたびに印象が変わります。おそらく読む人、読む時期ごとに、まったく違った見え方となる小説ではないでしょうか。今回印象的だったのは、本書のほとんどが虫になったザムザの独白であるということでした。なので、いきなり自分が巨大な虫になっている異様なシチュエーションなのに、なんだかそのことにはあまり触れず、自分の仕事のこととか、家族へ…

  • 【2745冊目】松岡圭祐『ミッキーマウスの憂鬱』

    ミッキーマウスの憂鬱(新潮文庫)作者:松岡 圭祐新潮社Amazon 「新潮文庫の100冊2021」全冊読破キャンペーン67冊目。ディズニーランドが舞台のお仕事小説という、まあ、こういう機会がなければ絶対読まなかったであろう小説でした。ディズニーランドの「表と裏」の対比がひとつの読みどころになっているのですが、そもそも私自身、ディズニー愛がほとんどゼロ、ディズニー映画もディズニーランドもできれば避けて通りたいと思っている人間なので、そのあたりは少々シラケ気味。まあ、誰もがディズニーランドを「夢と魔法の王国」だと思っているワケじゃありませんのでね。とはいえ、客観的に見れば、お仕事小説としてはなかな…

  • 【2744冊目】『江戸川乱歩傑作選』

    江戸川乱歩傑作選 (新潮文庫)作者:乱歩, 江戸川新潮社Amazon 「新潮文庫の100冊2021」全冊読破キャンペーン66冊目。「二銭銅貨」「二癈人」「D坂の殺人事件」「心理試験」「赤い部屋」「屋根裏の散歩者」「人間椅子」「鏡地獄」「芋虫」を収録した一冊です。初期作品が中心のセレクションですが、探偵モノであらためて読んで上手いな、と思ったのは「心理試験」。倒叙モノですが、心理テストをごまかそうとしてかえって墓穴を掘るという展開が鮮やかです。「屋根裏の散歩者」「人間椅子」「鏡地獄」「芋虫」の後半4編はいずれもオールタイムベスト級の傑作。特に、唯一中期の作品から選ばれた「芋虫」は、何度読んでもと…

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