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季山さんのプロフィール

住所
宇部市
出身
宇部市

後半生を豊かに快適に暮らすためのヒントとなるような話をしてまいります。

ブログタイトル
健康・シニア・老いのこと
ブログURL
http://xn--n8jzuh29e87lqi3b.seesaa.net/
ブログ紹介文
健康・シニア・老いのことについて話して参ります。
更新頻度(1年)

366回 / 365日(平均7.0回/週)

ブログ村参加:2007/07/01

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ハンドル名
季山さん
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健康・シニア・老いのこと
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季山さんの新着記事

1件〜30件

  • 食事を楽しくいただく

    あなたが食事を摂るときは、その食物に感謝して楽しい気持ちでおあがりなさい。その時には、口の中に非常に消化力の強い唾液が出て、そのためにたべる食物が口の中で消化して、甘くなるから美味しく感じられるのです。 すなわち楽しい思いをもって食べれば、食事は一層楽しくなり、「楽しさ」は一層楽しさを呼び出して来るのです。 これに反して楽しくない心で食べれば、口の中に出てくる唾液は消化力の弱いものとなりま…

  • 人間的な死にざまを、自然に見せてやる

    老人になって最後に子供、あるいは若い世代に見せてやるのは、人間がいかに死ぬか、というその姿です。 立派に端然として死ぬのは最高です。それは、人間にしかやれぬ勇気のある行動だし、それは生き残って、未来に死を迎える人々に勇気を与えてくれます。 それにまた、当人にとっても、立派に死のうということが、かえって恐怖や苦しみから、自らを救う力にもなっているかもしれません。 どんな死に方でもいいのです。…

  • 与えられた仕事に感謝<br />

    人間の心持ちというものは、ラジオの周波数のように、その波長と同じようなものを自分に引き寄せるようになっいますから、仕事をする時に、面白くない、楽しくない、不愉快な気持ちをしていますと、楽しくない、面白くない、不愉快なものばかりを自分の周りに引き寄せてきて、遂に自分の職業や商売がダメになってしまうものです。 それで私たちが仕事をする時には、その仕事に感謝し、この仕事を通して私は誰かのためになっ…

  • 若いうちから、よく脚(あし)を鍛えておくこと

    歩くということは、ただ単に、一つの地点から一つの地点へ移動できるという能力以上に重大な意味を持っています。 歩くということは、第一に健康にいいのだが、それ以上に歩けるということは、人並みだということの最低の保証であります。 歩くことによって人間は、自分が入って行ける世界を拡大することができます。新しいものが見られ、珍しい体験ができ、知らない人と親しくなれます。これが続くかぎり、人間は孤立す…

  • 自分は丈夫である(若々しい)と考えなさい<br />

    あなたは「自分は若々しい」と考えることも自由であり、また「自分は年寄りくさい」と考えることも自由です。そして、あなたはその思い通りになるのです。 あなたは自分の体を丈夫だと考えることもできます。そうすると体が自然に丈夫になります。 あなたは自分の体が弱いと考えることもできます。もしそう考えれば、自分の体が弱くなります。 あなたは若々しくありたいですか。それなら、「私は若々しい」と常に考える…

  • 「想い」が形の世界に実現する<br /><br />

    あなたが心に考えることは、それが形の世界に実現する素(もと)になります。あなたが心に考えたことは、大小となくことごとくあなたの肉体の形の上にあらわれてきます。 だから同じ成分の食事を摂りながら、自分を「老人」だと思っている人は、頭に白髪を造り出し、顔に皺(しわ)だらけの皮膚を造り出すのですが、「自分は、まだまだ若い」と信じている人は、年のわりに老いず、七十歳を越えてからでも「人生は七十から…

  • よき種を蒔く<br />

    この地上に生を受けた者として果たしていくべきことは、よき種をまいていくこと。 決して憎しみとか、悲しみの種をまいてはならないということです。 生かしていただいていることに感謝できる人生を築いていくこと。 少しでも人様のお役に立つことをなして喜びの種をまかせていただきましょう。 「喜べば喜びが、喜びながら喜び事を集めて喜びにくる。 悲しめば悲しみが、悲しみながら悲しみ事を集めて悲し…

  • 喜びの種をまく

    寝たきりで、すべて人の手を借りる暮らしをしていたおばあさんがおりました。自分が不甲斐ないのか、世話を受けながらいつも不機嫌でした。 ある時、一人のお坊さんから、お金、財産がなくても誰でも七つの施しができるという「無財の七施」という話を聞きましたが、「でも、私はこんな体で人に与えられるものなんかありません」と言いました。 お坊さんは、「あなたにも与えられるものがあります。人にしてもらったら、手…

  • 感謝して見送る<br />

    人にもよりますが、友人の死に対しては、意外とショックを受けてないように見えるお年寄りも多い。 若い者から見ると、友人が死ぬということは、心の流露を受けとめる相手がなくなることで、どんなにか辛いだろう、と思うのですが、年を取るということは、その淋しさをもあまり感じなくてすむようにしてくれるのかもしれません。 友人に先立たれる場合のことは、夫あるいは妻に先立たれることと同様に、常に事前に、繰…

  • あとは、自分の知ったことではない

    老人の間で常に問題になるのは、自分の持っているお金をどのようなテンポで使っていったらいいか、ということです。 早く死ぬつもりが、長く生きすぎて一文無しになって余生を送らねばならぬと困る、という口実のもとに、爪に火をともすようにして、倹約して暮らし、ついに自分の貯えたお金の恩恵をまったくこうむらずに、何もしてくれなかった甥や姪に残して死んでいく老人がいかに多いことでしょうか。それは、ほん…

  • 若い世代は自分より忙しいと考えておく

    現役にある世代は雑用に忙しい。それを思いやることができなくなった時、私たちはかなり老化が進んでいる、と思うべきです。 老人が、自分が暇であることを中心に考えて、他人に簡単にものを頼むことは、ほんとうはかなり自戒しなければならないことなのです。 「ちょっとしたことだから」と老人は考えます。 もちろん誰もが、人にものを頼まずに生きることなどできません。だから頼む時は「ちょっと」のことだと思わ…

  • 明るくふるまう

    愚痴を言って、いいことは一つもありません。 愚痴を言えば、それだけ自分がみじめになります。 「ひがむ」のもあまりに凡庸だから、意識してやめることです。 体が悪くなり、能力がおとろえ、友人が死んでしまったら、暗く悲しい思いになるのも当然でしょうが、当然だから、そのままそのような顔をしていていいということはありません。 明るくすること、心の中はそうでなくても、外見だけでも明るくすること。…

  • 食物への感謝

    ただ今私のお膳にすえられた一杯のご飯、これは私の今日の命の糧、活動の根元です。 これが無ければ生きてゆけないとわかった時、食物に対してどんな心持ちでいるのが最も正しく、間違いない心構えであるかか、すぐわかります。 ここに食物に対する感謝感激の心持ちは自然とわいて来て、食物を通して天地の恩がしのばれ、やがて社会の恩、または生命の根元である父母・祖先・・・神仏のご恩まで、ひしひしと身にせまってま…

  • 日々に新たに

    名誉や地位や才能や世間の評判や、そうしたはっきりしない影のようなものにつかまり、失うまいとあせる。 それがかえって自分をそこにくぎづけにして、進歩も向上もさせないことになります。 一境に達すれば更に、また新しい次の一境、かくして月に進み、日に進み、時々刻々に新たなるこそ、不断の進行です。 進行は、捨てるのです。向上は、捨てるのです。 得ては捨てて、捨てては得る。こうして、その日々を、…

  • 食の自由の境地

    世の中には、同じものを食べる事をいやがったり、それがいけないことのように思ったりする風潮があります。これは考えようです。 ことさらに同じ物ばかり食べる必要はありませんが、得られない時は、何日でも何ヶ月でも同じ物を食べて、少しも飽きません それでも、少しも体にさわらないという食べ方が、本当なのです。お米のご飯はどうでしょう。ミソ汁は、お茶は、漬物は、年がら年中、同じものを同じ方法で煮炊きし、…

  • 心を変える

    物そのものを変え、相手の人を改めるということは、容易ではありません。 ことに天候、気候は、これを変えるということはできません。「どうすることもできない」ということがわかれば、我が心を変えるよりほか道がありません。 しかも我が心を変えること、これほど容易なことはありません。 人間ほど愚かな者はありません。できやすいことはせず、難しい道を無理に歩む。 すぐ変わることは変えようとせず、変らぬ…

  • 現在に生きる・・・今・ここに生ききる

    人は常に、現在の一瞬に生きております。そのほかに我はなく、これを外にしては人生はありません。 過去はすぎさった現在であり、未来は来ようとする現在です。 ただ今に生きる、これが人生です。 現在の一瞬を、最大に働きぬく、最高に楽しみぬくこと。 そしてその働きと楽しみとは、実は別物ではありません。 働きこそ最高の楽しみであり、いわゆる娯楽は、働きを真の働きとするためであり、娯楽によって得た…

  • 不自由は心の迷い<br />

    これまで不自由は、時のせい、所のせい、人のせい、環境のせいと考えてきました。 しかし、そうではありません。たとえば、厳寒のなか、寒さにちぢみあがるのは、さもしい心の人間だけです。この時、動物の多くは、しずかに冬眠して、夏の働きに備え、秋の充実の準備をしております。 目前の対象に、時・処(ところ)に不自由を感じているのは、実は己のわがまま根性が映ってそうさせているものです。 いかなる環境に…

  • 玉のような心で

    家庭に暗い影をなげるものは、不平であり、わがままであり、怒りです。これらがつのってくると、争いとなります。 争いは、自分一人を中心としてものごとを考えることから出発します。人をさげすみ、人を容れず、己一人を高しとする。 このような心を洗い去った、明るい、純一の心、これを持ち続け、養い高めていきましょう。 ついに、玲瓏(れいろう)玉のごとき心境に到達するでしょう。 そして、その家庭を理想…

  • 幸福の鍵

    何事もいっこうに苦にしない人がいます。いつも朗らかで、その人がグループに入ると、皆朗らかになります。 それは、暗い所にともし火をもって行くようなもので、その人の行く所が明るくなります。 こうした人は、いつも幸福に暮らせます。 人は幸福に暮らしているから朗らかなのではなく、朗らかにしているから、幸福な事情がつぎつぎにあらわれてくるのです。 車にヘッドライトがついているから、行く先々が明る…

  • 今こそ無二の時

    人の自覚の第一歩は、今いるところをもっとも良いところであると自覚し、今の時間を最もよい無二の時なのだと認識するところに始まります。 人生は、一本勝負。やり直しが出来ません。 今をきらい、おそれる者は、人生を失います。

  • 若い人のモデルになるように生きる<br />

    「君たちは何歳まで生きたいですか」と聖路加看護大学の新入生に聞くと、学生たちの答えは、なんと「五十代まで」というのが大半で、「八十歳以上」と答えるのは毎年一人か二人だそうです。と日野原重明先生が著書のなかで言っておられました。 ほとんどの人が二十歳前の若い人たちですから、自分の老いた姿や死ぬときのイメージなどできないのも無理ないかもしれません。けれど、若い人があまり長生きしたくないと思うのは、…

  • 病気が回復しないとは思わないこと

    体の調子が悪いときは何より優先して治さなければなりません。 医者へも行かず、ひたすら体が悪いと訴える老人がいますが、それでは周囲が困ってしまいます。 老年の病気は、なかなか治りにくいものですが、それでもやってみるほかありません。病気に関して的確な療法が見つからないのは何も老人に限ったことではありません。 人間は治らなくても、治そうとする過程が大切なのです。 医者へも行かず、家の人に体…

  • 今この瞬間を大切に<br />

    年をとって気がつくと、もう先がありません。 過去は終わっておりますし、未来はあてになりません。 だからいま生きているこの瞬間を、一番大事にしないといけません。 いまこの瞬間を大切に。 いま目の前にいる人を、いま目の前のことを大事にすることです。 過去や未来に心を奪われないこと。 若いうちからそうしていれば、充実した穏やかな人生が送れます。

  • 凡事徹底<br />

    簡単なこと、単純なこと、単調なことをおろそかにしないことはとても大事なことです。 やれば誰にでもできる平凡なことを徹底し、その中で差をつけることが肝心です。 そんな信念を持って生きていきましょう。 普通は簡単なことはバカにしたり、軽くあしらいがちです。 しかし、そういう生き方をしていると、結果において人生をおろそかにすることになります。 何らかの分野で優れていると評価されている人は必…

  • してもらうのは当然、と思わぬこと

    「行政上の老人」としては、してもらう権利もあるでしょう しかし精神を持った人間としてはそうではありません。 今は若い人まで、社会や国家に何かを要求し、してもらうのが当然と思う時代です。 しかし根本は、決してそうではありません。老人であろうと、若者であろうと、不況であろうと、災害であろうと病気や感染症であろうとなんであれ原則はあくまで自立することです。自分の才覚で生きることです。(助けられ…

  • 頼りにされるように

    人間の喜びで最たるものは、人に頼りにされ、あてにされることでしょう。 どれだけ財産があっても、社会的な地位を得ようが、この喜びに勝る喜びはないでしょう。 人に頼りにされず、あてにされない生き方は、生きがいをなくすばかりでなく、活力を失い、老化の原因にもなります。 結果において、惨めな一生を送ることになります。 寂しい老後を送らないためにも、日頃からよく心しておかねばならないことです。

  • あるがままで十分

    毎春、鯉が黄河上流の兎門にある三段の滝登りに挑戦します。ほとんどの鯉は登りきれませんが、なかに三段の滝をすべて登りきる鯉がおり、するとその鯉は龍に変じて天に昇って行くといいます。 これを禅では、困難を乗り越えて一心に修行を重ねれば、やがて龍のような素晴らしい悟りの境地にたどりつくという意味に使います。 ところが、唐代の僧・重顕禅師は、こう言いました。 「鯉は鯉で、なに不足」 「鯉が鯉…

  • 笑顔は黄金にまさる<br />

    禅に「和顔愛語」という言葉があります。 人には、柔和な顔と愛情に満ちた言葉で接するということです。 江戸末期の儒者佐藤一斎の「言志四録」のなかに「春風を以て人に接し、秋霜を以て自ら粛(つつし)む」という言葉があります。 「人には春風のようななごやかな気持ちで接し、自らには秋の霜のように厳しく修養するように」という意味です。 人に会ったら、ともかくにっこりしてみるといいでしょう。理由な…

  • 自分らしく生きる<br />

    激しい競争やさまざまな困難のなかで、自分らしく生きていく限り、競うことも争うことも意味はありません。勝者と敗者など、もとよりありはしません。 勝ち負けにとらわれないそんな心境が見えたとき、人はうまく生きられるのだと思います。 勝って喜ぶ、成功して満足するのもいいでしょうが「うまく生きる」ことはもっといいでしょう。 心がそう定まれば、負けて自信を失ったり、失敗して劣等感に打ちのめされたり…

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