町の上空に浮かぶ雲のベッドで僕は目覚めた。寝ているうちにまた巨大化してしまったようだ。ベッドから足を下ろすとき住宅を一棟踏み潰してしまった。 いつまで寝ぼけているんだ、と町の住人から怒りの声が上がる。 ベッド下に落したティッシュの箱を取ろうとして暴れ回り、町の一区画を更地にしてしまったところで、完全に目を覚ました。 ...
少女は環状線に乗り込み永久に降りない。窓の外を眺めていて眠らない。服を全部脱ぎ線路の前で踊る僕、踊りつづける僕の指先だけを1日に何度か少女は目にする。 隣には異星人のような緑色の体にピンク色の足を持った人、たぶん女で『アバター』に出演していただろ? 髪は何色だったかもう思い出せない。 ...
(痒くなったらどうするのだろうと思う。果たして我慢できるのか。)4階建ての緑色のビルにはピンク色の足がついていて、さすがに歩けはしないようだったが、それは人間の足によく似ていた。 ...
その町では人は横顔しか持てない。その人の正面に立っても僕には何も見えない。横に回って声をかけた。その横顔は鏡を合わせて見る自分の横顔に似ている。僕も左から誰かに声をかけられたような気がして動揺した。‥‥その声は録音した自分の声のように耳障りな声ではないか。 ...
閉鎖された空港のような場所。人が1人、また1人と消えていく。そのたびに明かりが1つ、また1つ灯る。ついには誰もいなくなる。最後に僕の番がくる。僕はいなくなるのか、僕はそれとも光り出すのか。どちらでもなかった。 ...
すると僕以外の誰かの重さで自動扉が開いた。その向こうは「日本」だった。今までいたところよりほんの少しだけ明るかった。そこも無人だった。 僕が「無限に偏在する有限の‥‥」と何かを言いかけてやめると、韓国語のアナウンスがその後を引き継いだ。 ...
あまりおもしろくない夢だった、と言い訳してから書くのもおもしろくないのだが、本当にそういう夢だったのだから、仕方ない。銃を持っていて、それを撃つ夢だ。僕たちは誰もがわかる形で、大きな銃を所持している。出会って一言喋るとき、人は発砲する。別れるとき、また発砲する。それは挨拶なのだ。 ...
夜の町、パジャマを着た女のコたち。洗い上がったばかりの髪から、シャンプーの香り。足元はスリッパ。信号の色が変わったのにも気づかず、ずっとお喋り。をしていると、電子レンジのチンという音が、何度も鳴る。 ...
拍手が聞こえる。それとも空耳か。花が次々と投げられた。ボンネットの上の赤いカーネーション。僕はそれを束にして、車のトランクに入れた。「どうしたの? これ」と君は訊く。誰も何も答えない。 雨が僕たちを濡らす。車は故障して動かない。「どうするの? これから」。わからない。赤い花は慰めになるだろうかと思う。 ...
ある日君はこう言った。「私はここに住んでいるのよ」 そして次の日こう言った。「あなたもここに住んでいるのよ」 そのまたあくる日には何と言うだろうか。 それを考えるだけの時間が僕にはある。 ...
1人乗りのレーシングカー、運転は難しくはなかった。エアコン点けていい? と隣の女が訊く。気づいてみると僕たちは観光バスに乗っていた。女は冷房の設定温度をいちばん低くした。 車内にドイツ語のアナウンスが流れた。「冷房効きすぎで寒いからやめろって言ってるんだよきっと」「そんなワケないでしょ」 つづいて韓国語、それから日本語の案内が。バスは空を飛んでいた。眼下にピンク色の花。桜だ。 ...
少しだけ開いた扉から、人が何人か出てくるのを見て、僕はどうして、もっと大きく開けないんだと思って、ドアの前に立つのだ。軽く、薄い木の扉は、 それ以上開きもしないが、閉じもしない。出て行ったのと同じだけの人数が、また中に入って行く。 ...
君の視線の、重さ、軽く押してくるような圧力を感じた、それに逆らって、前に進んだ。あの目のすぐ前まで行って、自分をさらけ出すと、心は、君の視線の分だけ重たくなり、大きな瞳の中に沈んでしまうだろう、沈んでしまえばいいのだ。 ...
青い靴下に穴が開いた。それを直すのに青い糸を探している。女房はベッドの上で死んでいる。役に立たない。 結局そのまま出かけた。逆さまになったオレンジ色のUの字が空中に浮いていた。「本当はUなんだろ?」「何か訳があって逆さになってるだけなんだろ?」そのオレンジ色に話しかけてみる。女房がやっと目を覚ます。 ...
絵を描いたら入賞した。銀のトロフィーをもらった。それをまた絵に描いた。そしたらまたトロフィーをもらった。写真に撮った。今度は誰にも見せなかった。 ...
青い髪をしたアイドルが嘆いている。僕は普通の生活がしたいと。それをもう少し年上のアイドルが諫めている。もしかしたら彼らは兄弟だ。兄の髪の毛も青い。兄は弟の肩を抱き泣いている。観光客が通りかかり、その様子を写真に収める。 ...
ここでは小石の位置までもがきちんと決められていて、定められた場所から動かしてはならない。歩くときには注意しなければ、と男は言う。泣きながら言っているのは、動かしてしまったからだ、故意ではないにしても彼は、間違いを犯した。もとの位置がどこなのか、わからなくなってしまった。 僕は彼を慰める。特別歴史保存地区で。 ...
光の速さで進む特攻隊、太平洋戦争で使われた、などと言う会話が聞こえる。 本当だ、本当に光速なんだ。特攻機はオニヤンマのように、空中に停止している。 志願するかい? だが‥‥ 僕の返事を待たず、空の彼方へ行ってしまった。 ...
やってみれば、何だってやる価値のあるものになる。だからやってみることだ、やる価値がなさそうに思えることから、不必要だと思われることから。そうすれば、それは必要になる。それをせずにはいられなくなる。 彼らは価値のある人間、必要な人間になり、そこから離れられなくなる。僕はやらずに逃げ出す。 事件があり、事件記者たちが集まる。抜け道は塞がる、僕はカフェに引き返す。カフェの中にも...
事件があり、事件記者たちが集まる。帰り道は塞がる、僕たちはカフェに引き返す。カフェの中にも、事件を報じる人はいる。場違いだ。でも僕たちは気にしない。 ...
歌を忘れた、と歌手が相談にくる。歌でアピールしたい。合コンの席で。それはもう始まっていて、歌手のファンのコが、熱い視線を向けている。 「踊るんだよ」と僕はアドバイスした。「歌を忘れたなら、ダンスでアピールすればいいじゃないか」 だが彼は、歌おうとする。踊ったのは彼女だ。彼女はフラメンコを踊り、歌手は突っ立ったまま。僕は眺めている、翻る赤いスカートを。 ...
天井からロープが垂れている。ロボットはそれをよじ登る。ロボットはスカートをはいている。でもまぁロボットだから、と僕たちは思う。実際どうということはない。 ...
僕はその部屋に何度も入る。いつ入っても明るい昼だ。実は僕は眠りたいのだ。他の部屋を確認した。全室ちゃんと夜になっている。僕は再度その部屋に入る。まだ昼。 ...
僕たちは手紙をラケット代わりにして卓球をする。「読まないの?」と君は訊く。「そっちこそ」と僕は言い返す。「せっかく書いたのに」。ラリーはつづく。 ...
先日は室内楽のコンサートに行った。君は演奏者の1人として舞台に立った。夢日記によく登場する「君」だ(彼女は実在するのだよ)。僕もまた観客の1人として舞台に上がり、君の隣に座った。ステージ上に観客席があり、演奏者の隣で演奏を聴くことができる。 たしかにこんな夢を見たことは何度かあるけど、まさか現実になるとは思ってなかった。ちなみに席料は2万円くらい。何にせよ得難い体験ではあった。 ...
僕は上昇していた。だから僕は旅した。一年中旅した。その横向きの重力のようなものが、僕に味方してくれると思った。上昇の角度がもう少しマシになるんじゃないかと期待した。大気圏外に飛び出てしまうことはなくなるんじゃないかって。放っておくと宇宙に行ってしまいそうな僕ら‥‥ ...
部屋の天井はあまりにも高いところにあり見えない。それで僕は塔の螺旋階段を上った。塔は部屋の中にある。というか部屋の中には塔しかない。高い塔だ。とにかく僕は塔の階段を上った。部屋の天井を見るために。 ...
母親は、息子に言った。お母さんになってくれる? そしたら私は、あなたの‥‥ その先は、聞き取れなかった。そもそも何を言われたのか、息子は理解できなかった。理解できぬまま、とりあえず頷いた。そうすると彼は、もうお母さんだ。どうして私を産んだの? と、母親が息子に訊いた。どうして、どうしてよ? メロドラマであったような、セリフだ。それもまだ幼い息子には、よくわからないことだった。 ...
僕はそれらを燃やした。それらは灰も残さずに消えたが、匂いは残った。奇妙なのは、みんな同じ匂いだったことだ。そして1つになった。それぞれ違うものが残した同じ匂い、同じ空気が、合わさって大きな匂いになった。それは地球全体を包むほど、大きな匂いだった。 ...
動かないエスカレーターの前に、赤い絨毯が敷いてあり、僕はその上に立って、待つように言われた。エスカレーターが動くのを待っている人は他にもいたが、いちばん遅く来た僕が、彼らより前の位置だった。 「あと30分で動くから」と、いつの間にか横にいた君は、僕に言った。 だがその言葉を聞いた人々は、並ぶのをやめ、どこかに去った。何人かは、階段を歩いて上った。僕たちは手をつないで立ち、静かに待ち...
高いところから低いところへ、滑るように移動している僕は、自分が乗っているものの姿を、見ることができなかった。操縦しているわけではなかったが、僕が止まりたいと思ったところで、それは止まった。また高いところへ行ってみよう、と僕は心の中で話しかけた。しかしそれは、もう高いところへは行かず、横へ平行に滑った。僕はそんなふうにして、遠いところへ行った。最初にいたところから、離れた。 ...
エレベーターのような箱に乗って待っていると、それは床下に沈んだ、天井が床と同じ高さになるまで。側面の壁から大きな板のようなものが出てきて、箱の内部はそれで仕切られた。僕はその仕切り板に寄りかかった。そして次に起きることを待ったが、何も起きなかった。 ...
それが花びらなのか、雪なのかわからなかった。アスファルトに描かれた、模様なのかも知れない。この光景は、絵画なのかも知れない。僕の足元は、白いもので埋め尽くされている。坂の下の方に行くほど、真っ白だ。降り積もったものがどこからやって来たのか、知りたくて僕は空を見上げ、もういちど坂を上った。 ...
さっきまで「私太った」と言っていた水着の女は既に痩せていた。 車の運転をしていた。夜だった。ライトを点けた。何も見えるようにはならなかった。 雨が降っていた。雨はむしろ車内に降っていた。胸と背中に汗をかいたと思ったが、実際には雨に濡れていたのだ。 ...
僕はそのつもりではなかったが、車は海に向っている‥‥ 行きたいところがあり、行き方は全部地図に載っている。地図は溶けかかっている。地図はアイスクリームでできているのだ。溶ける前に食べてしまおうと僕は思う。それで道に迷った場合の言い訳を考える。 ...
歩いているときに、今自分が動かしているのが、右足なのか左足なのかわからなくなって、立ち止まってしまった。 僕は改めて、自分の右足に、前に出るように命じたが、実際に動いたのは、左足だった。 「お茶碗を持つ方が、左手、お箸を持つ方が、右手‥‥」 「行きましょ」と君は言う。 ...
僕はカメラを向けた。水しぶきがかけられた。滝の上の方から、垂れている糸、その糸を伝って、蜘蛛はスポーツを楽しんでいるようにも見えた。ちいさな蜘蛛で、注意して見ないと気づかない。また別の蜘蛛もいて、まるで鮭のように、滝を泳いで昇っている。 ...
日記を書いているが、僕は文字を知らない。月火水木金土日の7文字しか知らない。 月曜日には月とだけ書いて、日記帳を閉じる。(その瞬間が好きだ。) 今日もたくさんのことがあった。嬉しいこと、あまり嬉しくないことも、月の文字にはすべてが凝縮されている。 火曜日には火と書いたあとで、月と付け加えよう。 水曜日には水と書いたあとで、また月と付け加えよう。 ...
地面に掘った穴の中で寝ていると、その上を戦車が通った。僕は戦車を待ち伏せていたのだ。しかし寝過ごした。 蟻の巣の中にある学校へ行き、寝過ごしたことを報告した。たぶん試験には受からない。ただ敵の戦車に見つからなかったのはよかった。 ...
穏やかさと毎日の、両方を手にした僕が、穏やかな毎日を過ごすのと、穏やかに毎日を過ごすのは、似てるけど違うと気づいてしまった日に、君は言った。 私を失いたくないと、あなたは言うけれど、私を失えるのは、あなただけなのだ。それほどまでに私は、あなたのものなのだ、と。 あなただけのものなのだ。 その言葉で僕は、穏やかさと毎日の、両方を失ったが、幸せだ。 ...
空中に浮いた天守閣のようなものが、下界に雨を降らせているのを見て、あれが線状降水帯さ、とオープンカーに乗った男は言った。「こっちに来るぞ」 「あぁ? あの天守閣は、我が家さ」 僕は車を降りて、その近くまで行った。天守閣は、3階建ての建物の上に留まり、集中的に雨を降らせている。 それを恵みの雨と言うなら、これは何の雨で、なぜあの建物だけが、天守閣に選ばれたのだろう。 ...
黒い空には白い積雲。頭を突っ込んで覗いた。雲の中には家があった。雲の外にあるのと同じ家で、僕たちは床に寝転がりテレビドラマを見ていた。見ても見ても見ても、永遠に見終わることがなかった。 ...
僕には家が2つあって、財布をどっちに置いたのか忘れてしまった。1つの家を中途半端に探して、こちらでは見つからないと諦めた。もう1つの家に行った。テレビのある方の家だ。そこには2人の女がいた。寝そべってテレビを見ていた。「何しに来たの?」「テレビが見たいの?」 「うちにはテレビがないんだ」と僕は言った。 「あるじゃないの‥‥」 「うん、そうだね‥‥」 財布はこの家で見つかった...
解像度の低い夢は、そのせいで、過去の出来事のように見える。実際はそれは、未来の予言なのだが。夢の中の女が、僕に、もう少し重力を弱くできないかと言ってるところからして、明らかに「未来」だ。僕は「無茶だろ」と答えつつ、重力制御装置のつまみを、ゼロに近いところまで回す。 雲。シャープペンシルの芯のような雨が降る。それは動画ではなく静止画だ。低重力のせいで、芯はなかなか落ちて来ない。 ...
夜空に月が打ち上げられた。つづいて星たちが。まるで花火のように。しかし花火のように、消えたりはしない。花火のような音を立て、星は流れ星のように流れる。 ...
両側に鏡のある狭い通路を歩いた。たくさんの鏡があったが、どの鏡にも何も映っておらず、ただ光るだけ。それはファッション・ショーで、それも何かの演出なのだ。 突き当たりまで行くと、やっと映る鏡がある。大鏡。そこに映った自分は、女物の、蛍光黄緑の服を着ている。腰をくねらせて歩くモデルだ。 ...
冷蔵庫の中では寒くて動けなかった。扉が開くまでじっとしていた。扉は自分で開けてもよかったのだが、誰もそうしなかった。誰かに開けてもらうことが重要だったのである。外に出ることではなくて。実際扉が開いても、中に留まる者もいた。 真っ先に飛び出したのは蜘蛛だった。蜘蛛は勢いよく糸を吐き出し、歪んだ巣をつくったが、それはもういちどつくり直さなければならないだろう。部屋は暑かった。 ...
バスルームの隣に、もう1つ別のバスルームがあった。普段は使われていない蛇口から、普段は使われていない水が出た。僕はその水を温めてお湯にした。普段は使われていないバスタブを満たした。そして自分の体の、普段は使われていない部分を浸けた。 女の人や子供が、入れ替わり立ち替わり、入浴中の僕を覗きにきた。僕の体の、普段は使われていない部分を見るために。そして「明日からそれを使うの?」と言う。「使...
ものすごく背の高い男が人々の間を縫うようにして歩く。僕が指差すとその瞬間に天から紙吹雪が降ってきた。「指なんか差しちゃだめ」と君は注意するのだが、紙吹雪が見たくて僕は何度もそうした。僕たちの頭や肩に、本物の雪のようにそれは降り積もった。 ...
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町の上空に浮かぶ雲のベッドで僕は目覚めた。寝ているうちにまた巨大化してしまったようだ。ベッドから足を下ろすとき住宅を一棟踏み潰してしまった。 いつまで寝ぼけているんだ、と町の住人から怒りの声が上がる。 ベッド下に落したティッシュの箱を取ろうとして暴れ回り、町の一区画を更地にしてしまったところで、完全に目を覚ました。 ...
東大生とは、東京大学の学生ではなくて、東京大学に連れていってくれる人のことだと、その人は主張し、5月のある日、東大を案内してくれたのだ。 東大は東京の大学というより寺院のようで、建物の中に入るとき、靴を脱がなければならなかった。 その日は休みなのか、構内に学生や教員の姿はなく、静かだった。 犬小屋があって、そこで白い犬が寝ていた。 ...
右側通行の道路、右ハンドルの日本車とすれ違った。赤いスポーツカー。運転していた女性が歩道の僕に手を振った。僕も振り返すと、それを合図に人が集まってきた。日本語が通じるか挑戦したい、という人たちだ。日本語を学んでいる学生たちだった。 ...
その家の玄関の前には大猫がいて、カメラを構えた僕が近寄ると後ずさった。そうか写真に撮られるのが嫌いなんだ。家に入るのに大猫が邪魔だった。どうすればどいてくれるだろうと思っていた。無事追い払うことができた。 ...
夕日を浴びて電車が走っている。電車には人は乗ってない。ジャガイモが積まれている。収穫したばかりのジャガイモだ。 線路はあるところで直角に曲がっている。電車はそこを上手く曲がれず、脱線してまっすぐに行ってしまう。まっすぐ行った先には車庫がある。まだ車庫に入りたくない、と電車は思う。 ...
陰茎は固く絞られた雑巾のようだった。僕だけじゃなくみんなのがそうなっている。ニュースでやっていた。みんなそうなってしまったなら仕方ない。 小便をするときはそれをさらにきつく絞る。残尿感があるならまだ絞れるってことだ。 ...
この写真家を僕はアラーキーという仮名で呼ぶことにする。つまり僕が拾ったのは普通のエロ本・エロ写真集ではなかったのである。後で見てわかったが、それはあるストーカーの日記だった。彼(おそらく男だろう)は複数の女性を追いかけていて、隠し撮りした写真の他に、標的の女性の利用するバスの時刻表や、訪れるカフェのメニューなども参考資料としてあり、その本を持っているのが僕は怖くなった。 ...
アイマスクの代わりに黒いタオルを巻いて寝ていた。電車の中だ。電車が駅に着いた。慌てて飛び起き、降車した。目的の駅の、1つ前だった‥‥ やってしまった‥‥降りたホームで、次の電車を待った。それはすぐ来た。先行する電車に追いつき、しばらく平行して走る。向こうの乗客たちが、僕に手を振っている。 ...
高速道路を僕は歩いている。険しい山を削ってつくられた道だ。時速300キロで走る透明な車が、僕の体を通り抜ける(逆なのかも知れないが、透明なのは僕の方で)。 路肩に男の子がいる。1人で遊んでいる。危険だ。僕は声をかけた。 親に電話してやるよ、迎えに来いって言ってあげる。 おうちの電話番号、覚えてる? 迷子の男の子が教えてくれた番号にかけると、それは僕の実家だ。死んだはず...
足元に酒瓶があった。隣のテーブルの方に蹴飛ばした。赤い酒が入っていた。僕は酒を飲まない。 隣りのテーブルで飲み食いしていたグループが僕に手を振って挨拶したのを見て席を立った。 店の外に出ると明るかった。朝だ。カネを払わずに出たことを思い出した。 僕はいろんなことを忘れていた。椅子の背には上着をかけたままだった。上着の内ポケットには財布が入っていた。 ...
僕は窓際に追いつめられた。窓から外に逃げようと思った。 しかし窓には鉄格子が嵌めてあった。 そいつは僕の体の中から「13歳の心臓」を抜き取ろうとした。 取っても死にはしないとそいつは言うが‥‥そもそも「13歳の心臓」って何だ? ...
愛する女に初めてキスしようとしたとき、私は自分が女になっていることに気がついた。 私がキスをすればこの女は男になるのだろうか、と考えながらキスした。目は閉じなかった。女の変化を観察していたが、何も起こらなかった。相思相愛の私たちの未来が、少し不安になった。 ...
女が「レストラン」と言っている。それを聞いた男が「レンタカー?」と返す。「レストラン」大声。「何借りるの?」さらに大声。「レンタルビデオ?」日本人の観光客だ、地下鉄の中。僕は用もない次の駅で降りる。 ...
怪獣の背中に生えているような刺が、道路に生えていた。車は走れなくなった。ある日突然のことだった。僕は茫然と見つめた。 刺は完全な等間隔で生えていた。人工物には見えなかったが、自然の物とも思えなかった。僕はスマホを覗き込み、世界を裏で牛耳る悪の組織の陰謀ではないかという説が、狂人たちの口から、説得力をもって語られるのを待った。 ...
ポケットから取り出した紙片、4つに折られていたのを開いて、約3分間、お湯に浸すのだ。 書かれていた文字が、お湯に溶け出して、紙が真っ白になったら、取り出すのだ。 文字が溶けたお湯を、僕は飲むのだ。知識が僕のものになる。 ...
電話は、黒いダイヤル式の電話だった。ネットに投稿した僕のエッセイを読んだという人から、電話がかかってきた。「嬉しいよ」と言う、その声は知らない、若い男のものだった。たしかに嬉しそうな声であった。 「何が嬉しいの?」僕の返事にも、相手は愉快そうに笑った。その笑い声が僕を不安にさせる中、手にした受話器が、重くなったり、軽くなったりした。この自分の手にしているものは、いったい何なのだろうと僕は...
地下鉄の車内で、ピンク色のルーズソックスを履いた黒人の女のコが僕を見つめている。目がハートになっている。こんなハンサムな人は見たことがない、とその目は語っている。 「私と結婚して」と目は言う。 「私は大富豪の娘よ」 大富豪は次の駅で降りる。僕は降りない。大富豪の座っていた席に別の女性が座る。こんなに美しい女性は見たことがない。 ...
長い石段を上がりきると「門」だった。「門」にやってきた。旅の目的地だ。スマホをもういちど見た。 スマホによると、僕は90%の確率で「答え」を見つけることになっているのだ、その門のところで。 さらに10%の確率で「新しい自分」に出会えるという。 ...
手作りのバッグを君は持ってきて僕を旅に誘う。 人生で必要なものは全部入っていると、バッグを開け、中身を見せてくれる。ハサミがない、と僕は思った。 ハサミを何に使うの? うーんとね、切るんだ 旅先に切れるものはないの そうか残念‥‥ それじゃ今のうちに、と僕は思って、紙を切り始めた。僕は紙を1枚しか持ってなかった。切ることによってそれは2枚になり、3枚になった。...
女の殺し屋が銃を構え、こちらに向ってゆっくりと歩いてくる。対する僕たちは5人だった。こちらも銃の狙いをつけ、殺し屋の前に立ちはだかった。けれど殺し屋がゼロ距離にまで近づいても、僕たちは撃てなかった。 殺し屋も発砲せず、僕たちの体の中を通り過ぎた。仲間たちは膝から崩れ落ち、二度と立ち上がれなくなった。僕は怖くなり、自分の体から逃げ出そうとした。あぁ、それには成功した。 ...
ある男性と一緒に、電車に乗っていた。彼は僕の父親だと言う。だがどう見ても僕より若いし、僕たちは全然似てない。 僕たちは、初めての駅で降りた。駅前にある、消費者金融に用事があった。僕は借りていた金を返すのだ。彼は金を借りるのだ。 駅前に、「お1人様専用のフランス料理店」があった。ひどく腹がへっていた。でも今は駄目だ。次回、1人のときに来よう。 ...
僕の夢の中で、彼は長身のイケメンに姿を変えていた。性格もすっかり明るくなっていたので、彼が誰だか、最初はわからなかった。画廊で絵を見せてもらったとき、やっと気づいた。画風は、昔と変わらなかった。 店は、閉店した。もう朝だった。最後まで残っていた僕は、店のスタッフと一緒に、掃除を始めた。女主人に、雑巾を渡された。あちこち拭いているいる内に気づいたのだが、鉢植えは造花だった。 ...
友人がバイトしている店で、無料のコンサートがある。それを聴きに行くと、店頭には、そのミュージャンの自伝が積まれていた。信じられないことに、日本語で書かれていたので、誰も読めない。誰も、手に取ろうとしない。 そういえば、僕は日本人だったっけ。だから日本語が、読めるんだっけ。夢中になって、頁をめくっている間に、自分が誰なのか、なぜパリに来てるのか、思い出した。 ...
韓国のどこか。「訓練」が始まった。僕は気分が悪そうにしていた妹を抱きかかえて隊長の前に整列した。ハングル語がプリントされたTシャツ(何て書いてあるのか読めなかった)を着ていた隊長は本当に韓国人だったのかと疑問に思う。いったい何の訓練だろう。僕たちは一言も韓国語を喋らなかった。 虹が子供を産んだ。そしてすぐに消えた。僕と妹。僕たちはその場所で空を見上げ、毎日虹を待った。大きくなったら虹に...
さっき降った雪が、もう溶けてる。車道は濡れて、凍っていた。スリップしたバスに、タクシーがぶつかった。次の瞬間には、パトカーが来ていた。やって来るのが、異常に早かった。サイレンも聞かなかった。 君の家の庭には、まだ雪が残っていた。ドアをノックすると、知らない人たちが出てきた。親と子供たち、家族のようだ。彼らは、町に出て行った。もう、夏だった。 ...
男2人と女1人、三角関係だった。1人の男が歌を歌った。歌詞は外国語でわからない。女はその歌を聴いて、2人のもとを去った。歌わなかった男が、彼女を追いかけた。歌った男は僕のところに来て、「どう思う?」と訊いた。 ...
寺で女の子が雑巾掛けをしながら僕に言う。「おならが出そうなの」 「出せば?」と僕は答える。そして僕も屁をこく。 ...
電話の声が、僕に盗みをするように促す。「盗めって、何を?」僕はペットボトルの水を盗んだ。 すると「段ボールごと盗みなさい」 僕はトラックを借りて、荷台に段ボールを積み込む。在庫を全部。誰が通報した。パトカーが何台もやってきた。そのうちの1台に、君が乗っていた。 君と、3人の偽警官。その車に乗って、僕は走り出した。 ...
濁った水の中を歩いているようだ。いつの間にか地下鉄の하駅に来ている(実在しません)。スターバックスに行きたい。見つけた。僕らは従業員専用の入り口の前に立つ。出入り口はそれしかない。 駅の構内は冬の植物園のようでむっとする。霧が出ている。日本車が展示してあった。車内には草木が生い茂っていた。霧はさらに濃くなった。何も見えなくなった。 ...
僕は君に本を読んだ。朗読しながら、町中を歩き回った。カフェのテラス席で、ランチの間も読んだ。 ショーウインドーの中の、ショールを見ている。肌寒くなってきた。背中から君を抱きしめた。雨が降り出した。君は下着をつけていなかった。 海岸に出た。海水は砂浜と同じ色だった。彼方まで砂浜がつづいているように見える。足元に海水が来ているようにも見える。木の椅子に老人が腰掛けている。その隣に僕た...
暗殺者が僕を撃った。頭を狙った弾は外れて肩に当たった。スマホのカメラを構えた通行人が一斉に倒れた僕の写真を撮る、動画を撮る‥‥ 血の海の中で僕は気の利いた最期のセリフを考えている‥‥ 救急車は僕が気を失う直前に到着した。 アニメの登場人物のような青い髪をした男が病院から君に電話した。君はやってきた。お見舞いにたくさんの本を持って。 青い髪の男は、まだ電話中。...
子供が僕に笑いかけてきた。その子は本来は、とてもシャイなのだろう、自分がなぜ知らない大人に笑いかけているのか、説明を始めた。 彼女の説明は長く、飛躍が多く、そしてわかりづらかった。(というかワケがわからなかった。) 全部話し終えると、彼女はもう笑顔ではなかった。その真剣な目は、少し怒っているように見えた。「友達になってあげようか」とその子は僕に言った。 ...
自動ドアの前に足を置いた。僕の体重は軽すぎて扉は開いてくれなかった。店の従業員が出てきて、僕にリモコンを手渡す。次からはこれで開けてくださいと言う。 僕はリモコンを手に町の通りを見て回った。いちばん大きな店に入ろうと思って。だが店は全部同じ大きさだ。(リモコンをあっちこちに向けて、開くのボタンを押した。) ...
食事をするために僕はそのデパートへ向った。だがどうしても辿り着けなかった。最初は徒歩で向った。次は路面電車で。「デパート前」という停留所で降りればいいはずだった。 海外からの観光客がいた。彼らもそのデパートへ向うようだ。僕は後をついて行った。それでも辿り着けなかった。 ...
舞台は2〜30年前のフランス、パリではない地方都市。エピスリーと呼ばれる小さな食料品店。コンサートに行く、君が演奏する。(食料品店の中で行われる演奏会)紙のチケットを持った人たちが並んでいる。予約はしたが僕はまだ発券してもらってない。「チケットは持ってる?」「持ってない」君との会話は英語。君は茶色いツーピース(セットアップ)のスーツを着ている。肩にかけた大きな、重そうなバッグ...
レストランの案内された席についたとき、何の脈絡もなく僕はヒゲを抜きたくなった(しかし鏡がない)。 すると1人のおばさんが目の前に立った。おばさんのTシャツにはヒゲが生えていた。僕はそれを抜くことで自分の欲求を満足させたのである。 ...
小雨の中、動物園まで駆けた。 結局使う機会はなかったレインコートがポケットの中にあった。走っている内に雨は上がった。そもそも小雨だった。 動物園の中からたくさんの人が出てきて駐車場へ向う。今から入ろうとするのは僕だけのようだ。動物たちの匂いがする。動物たちの鳴き声が聞こえる。僕を呼んでいるみたいだ。 ...
彼はイクときに「レーニン」と叫ぶ癖があった。隣の部屋にいてもその声は聞こえた。「誰?」と後で僕が質問すると、彼は恥ずかしそうに顔を伏せた。そして「知らないのか?」と逆に訊いた。 ...
彼はテレビを見るのが好きだ。いつも頷きながら見ている。彼は本を読むのが好きだ。いつも頷きながら読んでる。 彼は僕の話を聞くのが好きだろうか。僕の話を聞くときには絶対に頷かない。 彼の手足は細い。昆虫の手足のように細い。僕は話をしながらその手足に生えた毛を見る。 ...
何でも溶かしてしまう硫酸のプールにその人が両足を浸したとき悪魔がやってきたので僕は逃げた。 その人は悪魔につかまってしまうだろう。両足はもう溶けているだろう。逃げられないだろう。 だけど悪魔は言うのだ、「あのコの足は溶けないよ」 「お前の足はどうだい? 逃げられるのかい?」 僕は逃げた。「綺麗な足だね」。ここは地獄だ。エレベーターで地上に帰ろうと思いボタンを押した。 ...