…………んあ? 目が覚めて空を見上げる。 夜だ。 満月が揺れている。 街灯も揺れている。 コンビニ……スーパー銭湯……学生寮。 見慣れた風景も揺れていた。 「マイ、ついたよ」 「あっ」ナオキの声に反応した。 まるで動物の赤ちゃんのように、あたしは彼の背中にしがみついていた。 ……そうだった。 ドライブはサイアクだった。無言の時間がずっと続いた。 その後、…
*** あたしは長編小説にとりかかった。 今回は、ナオキへの思いの詰まった作品にしたい。 執筆にリキがはいる。 がんばるぞ! まず、無数の魔女が騎士である主人公を襲う場面から入る。 ジャンルは、ファンタジーホラーかな。 主人公のモデルはもちろん、ナオキ。 で、あたし自身をモデルにしたキャスティングをどうしようか。 ドキドキワクワクしながら試行錯誤している。 ああ、妄想女…
「顔、こっち向けろよ」 「……うん」 ナオキに指輪をプレゼントされて、1週間後。 日曜日。雨催い。 一人暮らしの彼の部屋。 5階建ての賃貸マンション。最上階の12畳のワンルーム。 室内の色調はとてもシンプル。 グレーのカーテン。オフホワイトで統一された電化製品や家具類。 必要最低限なものしか置かれていない、清潔感のある彼の部屋。 あたし達の写った思い出の写真立てだって…
その日の夜。 逸る気持ちをなんとか抑えながら、書き終えた短編作品の推敲を済ませた。 そしてついに、あたしは彼から手渡された包み紙を開けようとしている。 どきどきしている自分がいた。 「わあ」 中身はピンキーリング。 それは、あたしが以前、表参道で彼に子供のようにねだったもの。 お姫様の冠の形をした、5つのダイヤが入っているピンクゴールドの指輪。 高かったはず。 彼なりに、ずいぶん…
駿河するが麻衣まい−21歳のとき 「ったくよぉ遅えよ」 「ごめんごめん!」 あたしは駆け足で彼に寄った。 日曜日。澄み渡った青空の下。多くの若い子達が浮かれ歩いてる。 そんな光景を眺めてるだけでも心地良い。 だけど。 今日は渋谷で13時の約束はずが、あたしの落ち度で30分も彼を待たせちゃった。 「ほんとにごめん! 大家さんに家賃支払うのに時間がかかっちゃった!」 嘘。 …
「痛ってえ……」 直前に電柱の存在に気づいたナオキは、素早くハンドルを切ってバランスを崩した。 横倒れになった自転車の後輪が空しくまわっている。 深夜零時を過ぎていた。 どこなんだろう、ここ。 知らない住宅街。 月の明かり以外に、彼にとって見慣れない空間だった。 余計に寂しさがこみあげてくる。 自転車をたて、ペダルに足をのせる。 ハンドルがとられる。 うまく進まない。 「…
静寂の時。ナオキはエリからの返事を待つ。 2階の部屋にいる彼女の表情は伺えない。 まるで空気の流れが完全に止まっているかのよう。 「会社の……男の子……」エリは声を曇らしていた。 「ははっなぁんだ」男が愉快そうに両肩を揺らした。コンビニ袋もつられて振れる。 「単なる社員ね、あ、元社員か」 「エ……エリ! 嘘だろ!? 嘘だと言ってくれ!」ナオキは媚びるようにして、…
築30年の安アパートに住むナオキ。 彼は自宅で横になっていた。すばやくボタンを押す。 「もしもし?」 返事がない。 「エリ……?」 「……」 「会社……なくなるんだね」 そう言ってすかさず言い直した。 「あ、いや、立て直すんだね」 「……違うよ」 「エリ?」 「もう……終わりだよ」 「え?」 「……父さんが死んじゃった」 「な……社長が!?」 「うん、自…
ナオキとエリが付き合いはじめて半年ほど経つと。 彼はすでに運転免許証を取得していた。 「ちょ、左寄りすぎ!」 エリは、愛車のロードスターを運転しているナオキを激しく叱りつけていた。 「わ! 危ない! ちゃんと前見て運転して!」 「わかってるよ!」 海岸沿いの国道。 椰子の木の立ち並ぶその通りを走っていると、まるで南国にいるかのようだった。 「きっもちいい!」と、叫んでみたナオキ。 「…
「……え?」 「……」 「いま、なんて言ったの?」 「好きだ」 「私のことが?」 「うん」 「もーう、おばさんをからかわないで!」 自身の言葉を即座に取り消したくなった。 何でも願いが叶うなら、いま口にした事を無かった事にして欲しい。 恥ずかしさのあまり、ナオキは頬を熱くさせた。 だが、彼女に背を向けたままなのでその表情は気づかれていない。 ……なんだ、やっぱ…
「なぁんでこんな暗いところで仕事してんのぉ?」 普段は聞くことのない、甘ったるい彼女の声とともにパチンと音が鳴る。 すべての蛍光灯がついた。 薄暗かった室内が一気に明るくなる。 同時に冷たい空気が彼の周囲を包む。エアコンも起動させたようだ。 夜中といえども、社員一人のために電気を使うことなど平社員であるナオキにはできない。 専務にばれたら経費節減に関して小言を言われるだろうから。 …
新田尚貴(にったなおき)−18歳のとき ナオキは高校を卒業してのち地元のアパレル会社で働いていた。 彼の住んでいる地域では、昭和の時代、繊維産業が最も盛んだった。 だがいまは経済活動の片隅に追いやられてしまっている。 彼の働く場所は、シャッター通りに面した小さな会社。 『有限会社フジサキ』である。 ナオキの直属の上司は、社長の実娘であり、専務である藤崎ふじさき江利えり。 彼女は部…
「握れ」 彼はそう言って、私の手を彼のモノに誘う。 凄いことになってた、大きすぎる。 「どこだ? 挿入(いれ)ろや」 言われたとおりに、私は彼のモノを私の秘部に。 ずん、と衝撃が。 「おおお・・・・・・」彼も感じてる。 私も感じる、その数秒間、互いに動きを止めてる。 「熱い。メグミの中が、すげー熱い」 「動かして、奥までついてみて」 冷静に彼を先導してる自分自身が可笑しかったけれど。 つかれるた…
「テメー! どこのどいつだよ! その野郎は!」 牙を剥くような形相で男が、私の足下から叫ぶ。 両手を腰に当てて私は見下すように声を出す。 「野球部のキャプテンだけど? で、アンタ誰?」 ふざけんな、そう一言呟いて男は脱ぎ捨てズボンのポケットから黒光りするモノを手にした。 え? ・・・・・・それって本物? 「テメー! ぶっころすぞ!」 銃口が私の額に・・・・・・ その時、男のつけてる銀のネ…
すごく似ていた。おじさんに。 ただ、すごく若返ったと感じるけれど。 「メグミ、やっと落ち着いた?」 彼は言う。ほんと、イケメンなネコ。 「なんだよ? 俺の顔になんかついてるか?」 彼はそう言って、自分の頬を摩る。 「違うよ、私、いつの間にここに?」 そう聞いた直後、私はグレーのダウンジャケットを身につけていないことに気づく。 着ているのはスウェットスーツ。 「え? あ? わ、私、いままでどうして…
クルマが停まった。 何故か湖の畔の休憩所。 曇り空。人気は無かった。 「もう、お前とお別れだ」言いながら、携帯電話と財布ごと私に手渡しくる。 小ぶりの携帯電話。 財布はずしりと重かった。 中身は一万円の札束。 「これで、そこの電話ボックスでタクシーの番号を調べて街中に帰れ」 たしかに電話ボックスがぽつんとたっている。 「え? やだよ」彼といたいよ。 すると突然彼は運転席を飛び降りて、助手席ドアを…
事業に失敗した父親。毎日どこかで酒をひっかけては帰ってきてた。 母親は夜の仕事に出向いてた。 酒臭い父親に、朝帰りの母親。 きょうだいはいなかった。 早々に布団に潜ってはモノを壊す父親に怯え。 だけど、すぐに肝臓の病気で死んでしまい。 母親は、男を作っていなくなり。 突然。高校に通えなくなったどころか、大家にアパートも追い出され。 捨てられても同然だった。 私は、世間に捨てられたんだ。 …
「まずいな・・・・・・兄弟」 「ああ・・・・・・こんな状況じゃ命がいくつあっても足りねえ」 とある漁港で取引に失敗した、カズヤとマサト。 残り少ない玉を入れた拳銃を片手に、10数人相手に逃げ回ってる。 昭和70年代。 荒くれ者の青春。 暴力のみでしのぎを削っていた。 突然、マサトが背後から撃たれた。 「マサト!」叫んだカズヤ。 「に、逃げろ・・・・・・」 「ダメだ! お前を残していけねえ!」…
美味しいお酒にほろよくなって。 あたしは、そのまま彼の胸の中に潜り込む。 その時、首元に乾いた音が。 あたしにつけられた輪っかの先でジャラリと鎖が鳴る。 馬車が停まり、地下に通じるお店まで、シルクのローブにくるまれたあたしを何人もの黒服の男たちが丁重に運び込んで。 クリスタルのようなキラキラした店内に入る。 再び素っ裸にされた。 大理石で囲まれたエントランス。店…
「暑いな」と、突然ウィンドウを開けたリューヤ。 すうう、と冷気があたしの頬を摩る。 誰をも圧倒させるかのような、あたしを乗せたかぼちゃの白馬車はすでにネオン街に入っている。 チラと年下の彼に目をやる。サングラスに映る色彩が走馬燈のように。 それが、昔、あたしのホストクラブに嵌った時代と重なるんだ。 点が、線を通り越していきなり強固な物体になったかのような、いつまでも変わらないでいる街。 色と欲…
スマホを取り出す、リューヤ。 「おう、いま見つけたから、こっちにクルマ寄越せ」みたいなことを、周囲の目も気にせず大きな声で発した。 すると彼は足を止めた、あたしも彼に合わせて止めてしまった。 「ここで待ってよっか」彼は、ニッコリした顔で身を固くしてるあたしにそう言ったんだ。 数分、いや、数秒後といったところか。 目の前の公道に、縦に長い真っ白なクルマが。 ハザードをつけて大儀そうに二人の前に…
暗いのか、 甘酸っぱいのか、 どっちか分からない思い出に浸ってたら、聞き覚えのある男の声に反応した。 「里奈じゃん」にこにこしながら、ピッチリフィットしたワンボタンで腰がキュッとしまってる、あたしより7つも年下の、当時は二十歳だったリューヤが立ってる。 「え? あ、久しぶり」不意に声を発して彼に目を見張った、あたし。 昔は、まるで貴公子のようなボブカットだったのに、いまは男らしくサイドを借…
銭湯を出た。 いつものネットカフェに向かってる。 最近入った年頃の若い女の店員が、カウンター越しであたしに向かって、おかえりなさい、なんて言う。 やめてほしいんだけど。 たまたまアンタを雇ってる親会社の運営する店が居心地良いだけよ。 ああ、いつでも、あたしはこんな生活から脱出してやるから。 なんて。 これでも数年前までは稼ぎが良かったんだ。 デートクラブってやつ。 25ぐらいまで、多いときで…
マジいやだ。 今日も隣のイビキがうるせー。 薄い壁。 ここはネットカフェ。 ほぼ我が家になってる、ナイトパック1200円也の1畳半部屋。 スーパーの特売で買ったインスタントのペペロンチーノを胃に収めて、液晶テレビの前に常備されてる紙のおしぼりでテキトーにカラダを拭いてから眠りにつこかと思ったけれど。 くっそウルセーよ、隣のおっさんのイビキが。 明日も朝早いんだよ、開店したて…
chapter five: 天使の嘆き ところが。 私はフラれてしまった。 見合いの翌日だった。聞かされたのは彼本人からではなく。 毎度の如く私は塾の仕事を終えて、向かった先の老夫婦の屋敷のキッチンルームでエプロンをつけていた。 そこで顔をしわくちゃにさせたまさ子さんが近づいてきて、 「ごめんねえ・・・・・・光雄さんのほうがどうも、だから・・・・・・今回は残念だけ…
chapter four: もう、潮時 前借りの条件とはこうだった。 老夫婦の身の回りの面倒を、毎日1時間ほどこなすこと。 元々、信頼の置ける家政婦を雇っているが、彼女は家の事情で早めに仕事を切り上げなければならくなってしまった。 そこで丁度良く私が雇われて。 塾での仕事が終わる夜9時から約1時間。 私のすることは、彼等の済ませた夕食の後片付けと、お風呂の湯沸かし、あと…
chapter three: これが現実 サリーサリーサリー・・・・・・・・・ サリー サリー サリー 今夜は楽しかったよ。 ずっと会いに来てくれなくて寂しかったけれど 久しぶりにみた君はさらにいい女になったね。 またお店に来てくれる? PS:つかつんは随分酔ってたけれど 無事に連れ帰ってくれた? —————————————————…
chapter two: 彼の好み 指定された期日までに借金をどう返すのか、私は考えがまとまらないでいた。 1週間が経つ。期日まで残り2週間を切ってしまった。 それと同時進行で翔也への思いがどんどん強くなっていた。 彼とはずっと会えないままだと確信している。 だけど余計に妄想が膨らんでクラクラッとするのだ。 仕事中も不意にクラクラッと。塾の生徒に注意されるほどだった。 …
chapter one: 堕ちた私 どうしよう。 どうしよう。 どうしようどうしよう。 日曜日。 ついにクレジットカード会社から、配達日を指定された内容証明郵便が届いた。 郵便局員から受取の印鑑を求められる。 念のため、どこから来たのか尋ねてみた。 答えを聞くと、私は真冬の風に吹きさらしになったかのように固まってしまったのだった。 あああ。出…
3.そして逆転 廊下でこれほど言い争っているのに、事務所から誰も出てこない。 まるで異世界との境目が出来たかのように室内から物音一つ聞こえない。 当事者でない者は、皆、関わりになりたくない。 だから息を潜めて聞き耳を立てているのだ。 「なに言ってんだ。川本さんの仕分け担当区のパレットの裏に落ちてたんだぞっ」 洋介もいい加減うんざりした様子で、ため息をついた…
2.だけど暗転 翌日。出勤日であるが、里栄は会社に病院に行くので午前中だけ時間を貰うことを電話で告げた。 近所の内科医院に向かうことに決めていた。保険証を持ってアパートを出る。 1Kの鉄筋2階建てアパート。家賃は月1万円。 赤く錆びた階段を降りた。 やはり朝から耳鳴りが止まない。 それに加えて天気はあまり良くない。溶けた蝋燭のような濃い雲が空を覆っている。 …
1.開始は、好転 まただ。 ぐわんぐわん、と耳鳴りがする。 数日間それが続いて、仕分けの作業に支障を来すようになった。 手を休めて右の手のひらで右の耳を押さえていると、 「ちょっと、三崎さん! なにさぼってるの!」バイトリーダーである川本悦子の叱責が飛んだ。 三崎里栄みさきりえは慌てて、すみません、と小首を上下に動かす。 彼女はさらに慌てて、包装紙にく…
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